マガツキノウタ〜現代異能ファンタジーエロゲ世界で何故かようじょに懐かれる件について〜   作:鳥居神棚

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ボコボコタイム

襲いくる式神の群れの中でも先行するのは、脚の速い獣の姿の式神だ。

 

いち早く俺を射程圏内に捉えた狼の姿の式神が飛び掛かってくる。大きく開けた口からは鋭利な牙が覗いていて、噛まれればタダじゃ済まない事は容易に想像がつく。

 

咄嗟に横に跳ぶことでそれを回避する。

 

回避した先には同じ姿の式神が飛び込んできていて、その口は大きく開かれていた。

 

回避は間に合わない。そも、行動直後の明確な隙に差し込まれるその暴威は対処が出来ない。

 

訓練だから、避けれなくても酷い事にならないだろう、という甘い考えが一瞬浮かぶも、作中でも、この瞬間でも見せ付けられている、この主人公様の能力の多彩さに、思考を切り替える。

 

このままなら確定で食い千切られる、どころか他の式神にもリンチされるだろうし、隣を抜けてった、今しがた避けた式神の爪の餌食にもなるのは想像に難くない。

 

だからと言って、避け回れる元気はもうとっくに品切れで、戦闘勘なんてものも、当たり前だが持っていない。

 

「っってぇなぁ!!」

 

だから、盾にするように、左腕を前に出し、その表面を鉄に、つまりは妖刀のものへと変質させる。

 

勢いよく閉じられた口は、俺の腕に激痛を走らせ、けれど鋼鉄と化した肌を貫くことは叶わずに止まる。

 

狼型の式神が食らいついたままの格好であることをいい事に、左腕を振り回すかのように、その場で大きく回る。

 

ぐるん、ぐるんと回し、近付いてきた他の式神を巻き込みながら、腕に食らいつく式神をある種の武器として利用する。

 

力尽きて噛む力が弱ったあとは、そのまま明後日の方へとその式神は飛ばされて、そして。

 

「あっ」

 

残った力を使い果たした俺は、足を縺れさせてすっ転んで、被害を免れた、離れたところにいた他の式神に囲まれ、なす術もなくフルボッコにされたのだった。

 

くっそ痛い。

 

 

***

 

 

「はい、おわり」

 

流石にこれ以上は無理だと思ったのだろうか、俺が動く様子がないと見ると、式神は全て紙屑へと姿を変えた。

 

咄嗟に全身を硬質化させ、大きな怪我は防いだとはいえ殴打等によるダメージは未だ消えず、全身にじくじくと内側から蝕まれるような痛みに苛まれていた。

 

それとはまた別に、極度の疲労からか全身が鉛のように重く感じられ、指先一つすらまともに動かせそうになかった。

 

「あるじさま、おつかれさまでございます」

 

とてとて、と離れた所で見守ってくれていたヤツカがこちらに駆け寄ってくると、労いの言葉をかけてくれる。眉根を寄せ、悲しげな表情。それに少しばかりの安堵が入り混じるのは、目立った外傷がないからだろうか。

 

俺自身の訓練だから、とヤツカには助けを呼ばない限り介入しないように言ってはいたが、その顔つきをみるによほど心配させたようで、しつれいします、と呟いたかと思えば、ふわりと体が浮き上がる感覚と共に、一瞬のうちに視界は切り替わり、見覚えのある天井とヤツカの顔が映る。体を包む柔らかな感触と、人肌の温もりを感じて、どうも、今の一瞬で寝室に移動した上でヤツカが膝枕をしてくれたらしい。

 

上手く働かない思考ではヤツカってすげー、と言う小学生並みの感想しか浮かばない。

 

「ありがとう、ヤツカ」

 

運んでくれた事に対して礼を言えば、ヤツカは俺の頬を両手で挟むように添えれば、ぷくりと頬を膨らませる。

 

「むちゃは、なさらないでくださいと、もうしました」

 

いつもなら笑顔で、きにしないでください、と言ってくれそうなものだが、訓練の風景がお気に召さなかったらしい。

 

不服そうな顔で、けれど俺の頬を潰すようなことはせず、手を離したかと思えばそのまま優しい手つきで俺の頭を撫でる。

 

その手つきから、心配と、慈しみが伝わってくるようで、思わず笑みが溢れる。

 

「ごめんな、でもこれは必要な事だし、目を瞑ってくれると助かるよ。少なくともこの訓練で死ぬことはないから」

 

こちらが注意すれば大怪我を負わない程度に奏も手加減してくれているようではあるのだ。そも、あいつが本気を出せば鋼くらい容易く貫通する式神だって出せる。

 

「……あるじさま」

 

「大丈夫だって。無茶しなくて良いように今無茶してる、ってだけなんだ。ヤツカを置いてはいかないから」

 

「あるじさま」

 

安心させるために頭を撫でてやりたいところではあるが、あいにく体は動かないので笑いかけるくらいしか出来ない。

 

だから、笑って見せると、むぅ、不服そうなままだが、仕方のなさそうに首を縦に振ってくれる。

 

「やくそくは、まもって、ください」

 

「ははは」

 

真剣な顔付きで言う彼女に笑って誤魔化せば、ついと視線を逸らす。

 

「いちゃついてるのはいいけど、依頼の話しても良いか?」

 

「あ、頼む」

 

視線の先には呆れた顔の奏。俺の体をざっと見て、たいして怪我をしていないのを確認すれば、小さく息をつく。

 

こほん、と小さく咳払いをすれば、座り込んだまま話し出した。

 

「場所は殿下が言っていたが、十塚村、まあ津雲町の直ぐ隣……というか、まあそこの山の反対側にある村だな。山の中腹辺りにある村なんだが、そこで行方不明者が何人か出ているらしい。

 

神隠しの疑いのある村での調査任務、ってわけだ。捜索するのは行方不明者の痕跡、遺体でも、遺品でも、あるいは原因と思しきものでも構わない、との事。期間は2日から1週間を予定。

 

任務自体は1週間後から、との事だった」

 

淡々と言えば、ふぅ、とため息をつく。

 

「あのスパルタってお前……」

 

「1週間後だからな、1日は休養に充てるとしても5日しかない。それだけでお前を劇的に強くする、なんて無理だし、戦闘技術を仕込むのも厳しい。

 

だから僕がお前にしてやれるのは『最悪のコンディション』でも対応出来る様に扱いでやることだけだからな」

 

だから、と奏は付け足す。頼もしく思えるような、けれど背筋に悪寒が走るような、そんな様子で笑った。

 

「残りの日数で場数だけは踏ませてやる。少なくとも力尽きて何も出来ず死ぬ、なんてことはないようにな」

 

そんな奏の姿に、頼もしい限りなんですけど、もしかして訓練で真面目に死ぬのでは、と言う一抹の不安が拭いきれなかった。




「あるじさまが、むりをなさらなくてすむように、わたくしも、がんばらねば」(ふんす)

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