マガツキノウタ〜現代異能ファンタジーエロゲ世界で何故かようじょに懐かれる件について〜 作:鳥居神棚
「按摩……ってマッサージみたいなものだっけ」
「はい!ひびの、きびしいたんれんで、おつかれのごようすですから。おからだも、こわっているかと」
「あぁ……、お願いしても良いか?」
「はい!ぜひ!おまかせくださいまし!」(ふんす)
それからの数日間は割と率直に言って地獄だった。自ら望んだこととはいえ、マガツキになってなければそも初日の時点で死んでいたレベルだったが、それ以降は普通に死ねるレベルのものだった。
訓練、とは名ばかりのリンチのようなものばかり。内容は初日にやった、式神を使った模擬戦闘。
ただそれをずっとだ。戦えなくなるでずっと繰り返す。なまじ頑丈になってしまったせいで普通なら体が壊れるような訓練であっても耐え切れる。
また、奏の陰陽術には他者を回復させる術式があるのも要因の一つだろう。それもあってか、式神どもは遠慮なく俺を殺しにくるし、大怪我を負っても奏が治してくれるため怪我を理由に訓練を中断することもない。
気絶しても起こされ乱闘続行、指先一つ動かなくなるまで疲弊してようやくその日の訓練は終わり、と言うスパルタっぷり。
全裸で戦わせないだけマシかもしれないが、荒事とは無縁だった人間にやらせる代物ではない。
そんな苦行を乗り越えて、依頼当日である。
「しっかり休めたか?」
昨日は休息日、と言うことで訓練は休みだった。その為、軽い運動はしたものの、殆どは家でゆっくりと過ごした。
そのおかげで体調は万全。ヤツカが施してくれたマッサージの効果もあるだろう。肉体に疲労は一切残っていない。
「ああ。ヤツカがマッサージしてくれたし」
家の前に来ていた奏に応えながら、彼女やヤツカと話しながら用意したいろんな道具を詰め込んだバッグを背負う。
俺の服装は動きやすさを重視したジャージ。ただし学校指定のものではなく、新しく買った紺色のもの。その胸元にはヤツカがポケットを縫い付けてくれている。
そこに、いつも通りヤツカの分身が入って、準備は完了である。
「ならよし。じゃあ行くか」
そう言って、いつも通りの格好、つまるところは見慣れた学ラン姿で奏が言えば、俺はそれに頷いた。
***
津雲町自体が田舎であり、多少商店街の方が栄えているとは言え周りを見渡せば一面のクソ緑、と言いたくなる環境であるのだが、十塚村はそれ以上に田舎であった。
山の中腹にあるからか、離れた距離にぽつん、ぽつんと民家が建つ程度で、基本的に周囲は田畑か木々ばかり。
街灯一つすらまともに立っておらず、なんなら道路もあまり舗装されていない。
辛うじて電気やガス、水道は通っているようではあるものの、限界集落、と言う言葉が合うような村だった。
そんな村の外れのほう。いよいよ他の民家、どころか建物一つ見えない場所にぽつんと建つ、二階建ての一軒家の前に俺らはいた。
「えーと、神隠し?の調査だっけ」
首を傾げて口にしたのは水上先輩だ。野外での活動、と言うこともあってその長い髪をポニーテールに纏めており、黒をベースに、脇腹から腕にかけて青いカラーリングのあるパーカーに、黒いレギンスの上から同じく黒いショートパンツを履いている。
「そうですね。厳密には行方不明者の捜索、調査、と言う名目ですけど、神隠し、と言う噂が出た以上は僕らの出番になりますから」
それに言葉を返すのは奏だった。
恐らく、この中で最も現場での経験が多いのが彼女だろう。奏と同じように、制服姿でこの場にいる咲耶は、奏とは違い現場に出る、という機会はそう多くないことが原作で語られていた。
それはヨリシロ、と言う存在の特異性に帰結する。
神をその身に降ろせる特異体質者。だが、当然上位存在の力を借りるのはただ、とは言えない。
そもそも、日本において神との関係性を表すなら契約、と言うのが相応しい、というのがマガツキノウタのシナリオライターの弁であり、その言葉通りヨリシロが異能を使う場合は何かを捧げる必要がある。
それは契約した、つまり降ろした神によって様々であるが、コノハナサクヤヒメのヨリシロである咲耶もそれは例外ではない。
だから、だろうか。特に口を挟まずにいるようだった。
「でも、行方不明者なら警察とかそっちの方の仕事じゃないの?」
「先輩、違うんですよ。重要なのは行方不明者が出た、という事よりはそれが神隠しの仕業、という噂が出た事のほうなんです。それに、警察はもう動いてますよ。……魔狩りに関わる部署がですけど」
疑問を述べる先輩に、奏は首を横に振る。ちらり、と視線を咲耶の方に向けると、彼女はこくりと頷く。
説明していいか、の確認だろうか。アイコンタクトで思惑を伝え合うあたりは、流石、主人公とヒロイン、と言ったところだろう。
奏と咲耶は作中において、原作が始まる前からの知り合い、仕事仲間である。流石に恋愛感情までは抱いて居なかったが、同僚としては信頼し合っていたことは明かされいた。
だからこそ、目線だけである程度の意思疎通も出来るのだろう。
「梢さんから聞いていると思いますが、怪奇現象には人々の認識、と言うのが深く関わって居ます。科学の発展により『そんなものはない』という認識が強まったことで現代において殆ど怪奇現象は起きなくなりました。
それでも、人々の認識が覆れば現れやすくなる」
「神隠し、っていう怪奇現象が出た、ってみんなが思ったのがまずい、ってこと?」
「そういうことです。そして、その認識が出たことで仮に初めはただの事故だったとしても、それ以降は本当の怪奇現象が起きている可能性が出てくるんです」
真面目な顔つきの奏に、気圧されるようにこくり、と水上先輩は頷く。
原作の設定と違わぬその説明に、だよなぁ、と嘆息する。
言ってしまえば、学園が『非日常への憧れ』から虚の庭と繋がりやすくなるように、『神隠しが起きた』と噂されたこの村も虚の庭と繋がりやすくなっているのだ。
特に、迷信深い田舎の人間、御老人が多いこのような村では完全に重なる、という可能性もなくはない。
「聞き取り調査とかした方がいいのか?」
「いや、その辺りは必要ない……というか、学生身分の僕らがそんなことしても怪しまれるだけだろ。警察側で調書は取ってもらってる。
僕らはそれを参考にしながらこの村の周辺を虱潰しに調べるだけだよ」
「非効率極まりないですけどね。基本的には八束さん、水上さん、お2人にお任せします。自分たちはバックアップですから」
俺の疑問に奏は首を振りながら答えて、咲耶はキッパリと答える。
その言葉から余計な手出しをする気がないことは窺えるも、元からそういう話ではあったので特に気にしない事にする。
「とりあえず、ぐるりと歩いて回るか。水上先輩、大丈夫ですか?」
一度地面に置いていたリュックを背負い直して、水上先輩の方へと視線を移す。
不安げな様子であったが、ぱん、と気合を入れるように頬を叩けば、彼女は表情を引き締めた。
「うん、大丈夫」
頷いたのを確認すれば、コクリ、と頷き返す。
「なら、いきましょうか」
枯れ木と紅葉が入り混じる山の中、過疎化が進む村での初任務。
頭上を鳴きながら、幸先が不安であることを告げるように鴉が飛んでいく。
そうして、地獄のような1週間の幕が開けた。