マガツキノウタ〜現代異能ファンタジーエロゲ世界で何故かようじょに懐かれる件について〜   作:鳥居神棚

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ヤツカちゃんに膝枕してもらいたい人生だった。


任務初日

時間は昼前、と言ったところだろう。空に雲はなく、清々しいほどの快晴。

 

俺たちは最初に集まっていた二階建ての建物……今回の任務においての拠点、というか宿代わりらしいそこから暫く歩いて、人の営みを確認出来る地点に訪れていた。

 

山の斜面を利用して作られた田畑、俗にいう段々畑、というヤツだ。ぽつん、ぽつんと点在する民家と、畑の側に停めてある軽トラと、農作業に勤しむ人影が、辛うじて廃村ではないことを教えてくれる。

 

車がギリギリ通れるかどうか、という幅の坂道。一面の田畑と、奥に見える木々。

 

民家や畑の下方には川が流れていて、その両脇を固めるようにアスファルトで舗装された道路が見える。コンクリートブロックの壁の隙間からは生命力逞しい雑草が生えている様子も窺えた。

 

「お婆ちゃんの家の近くってこんな感じだったなぁ」

 

畑と畑の間に作られた、急傾斜の細い坂をとっとっとっ、と、転ばないように気をつけて下りながらも、懐かしむように水上先輩が口にする。

 

12月の頭、本格的に寒くなってきてはいるものの、風は強くなく、また日差しが暖かいのも影響しているのだろう。歩き続けたこともあって、その肌にじんわりと汗を滲ませながらも、水上先輩はどこか楽しそうな様子だ。

 

「そうなんですか?」

 

「うん、昔、お父さんが帰省する時に着いて行ったんだけど、ここも似たような感じだからかな、なんだか懐かしくなるね」

 

ふんわりと、柔らかな笑みを浮かべながらもどこか寂しげな表情。何かを言った方が良いのだろうか。原作においては、不思議と彼女の過去についてはあまり明かされないが故、触れて良いのかわからない。

 

というか、語る前に大概死ぬのだからそりゃ語られない。意味深に仄めかしたかと思えば次の瞬間肉片になったり、餌になったり、いきなり刺されたり、無駄にバリエーション豊かな死に様を迎える水上先輩である。

 

なんで過去を語ろうとしただけで無限に殺される必要があるのか分からないが、謀ったかのようなタイミングで怪奇現象が発生するか不審者が横切るのだ。

 

「まあ、田舎、それも山間の町村だと何処も似たような感じですからね」

 

情緒もデリカシーも微塵もない回答を返しながら、唐突に背筋に走った悪寒と、とんとん、とポケットの中から俺の胸を優しく叩くヤツカからの警告に、静かに身構える。

 

チラリと視線を少し後方を歩く奏と咲耶へと向ければ、彼女達も、いつでも動き出せるように軽く身構えている。

 

キョトン、とした様子の水上先輩だけが気付いていないようだったが、俺達の様子から尋常ではないのを察したのか、警戒するようにキョロキョロとあたりを見渡す。

 

周りには何もいない。自分達以外、特に人影もない。獣や鳥、虫の姿も見当たらない。

 

けれど、嫌な予感は止まらない。ぞわりとした悪寒は消えない。

 

一瞬、強い風が吹いたかと思えば、まるで幻だったかのように、感じていた悪寒は消える。

 

「ヤツカ、何か分かるか?」

 

「けはいは、とくにかんじませぬ。あるじさまにむけた、てきいも、がいいも、ありません。ですが、ゆらぎは、いっしゅんだけ、かんじられました」

 

小さく、ふるふると首を振りながら教えてくれるヤツカの頭を軽く指先で撫でて、水上先輩と顔を見合わせる。

 

不思議そう、ではない。どこか強張った表情の彼女は、奏と咲耶の方へと視線を向ける。

 

「九十九くん、木暮さん、あの嫌な感じがする風って、神隠しに関係してると思う?」

 

問い掛けに、奏は頷いて、咲耶が口を開く。

 

「神隠しに直接関わってるか、は分かりません。けれど、自分達が来た意味はありますね」

 

少なくとも、『虚の庭』と繋がってしまった、その事実を、ただ淡々と口にした。

 

 

***

 

 

「収穫は一応あったっちゃ、あった、って感じだな」

 

あの後、これといって妙なものは見つけられなかった。村の中をそのまま歩き続けてみたが、あの嫌な感覚と、ヤツカが察知してくれた揺らぎはあれ以降感じることはなかった。

 

時間は夜、集合場所であった民家のところに戻った俺達は、テーブルを囲んで夕食を摂っていた。

 

事前に準備してあったのだろう。棚の中に置いてあったレトルトの白米とカレーを温めただけのものではあるが、美味しいので何も文句はない。

 

一日中歩き回ったが故の空腹を満たすために黙々とカレーを食べていると、真っ先に食べ終えていた奏は一息付いたのか、そんな事を口にした。

 

「ですね。こちら側に関わる事なのは確定と言っても良いでしょうし、それが分かってるのであれば出し惜しみもせずに済みます」

 

同じく、食べ終えている咲耶はナプキンで口元を拭ってからこくりと頷く。

 

「えーと……、漱くん漱くん。あのお化けみたいなのが関わってる、って事でいいの?」

 

納得したように通じ合う2人に対して、水上先輩はいまいち理解が及んでいないのだろう。

こちらに顔を向けて尋ねてくる。

 

どう答えたものかな、と悩みながら、カレーを掻っ込む手を止めて、口の中を空っぽにしてから答える。

 

「神隠しにオカルトが関わってるかどうかは知りませんけど、こないだの化け物みたいなのがいるのはほぼ確定です」

 

隠す事ではない。というよりは隠した方がまずい内容。なんせこの先輩だけ、ピンときていないのだ。

 

専門家である2人や、前世で得た原作知識に加えてヤツカが付いてる俺は化け物の気配や存在を察知し得る。

 

対して、水上先輩にあるのは店長から叩き込まれた血の制御法と、力の使い方。それに知識だ。

 

けれど、経験を伴わないのだ。直感的に存在を認識する能力はまだ身に付いておらず、明確に違和感を覚えたのは不自然な風を受けた時だ。

 

だからここで危険性を伝えておく必要がある。

 

「警戒は怠らないようにしてください。何があるかわかんないですからね」

 

「うん」

 

俺の言葉に素直に頷いてくれる水上先輩。本当、良い人なのに何でこの人が悉く酷い目に合わせられるんだろうなぁ。

 

つい、遠い目になってしまうが、気を取り直す。

 

「夜は、多分この村で動き回るのはやばそうだから今日はこのまま休みだ。日が昇るまで家から出るなよ」

 

「分かってます。自分はお風呂先に貰います」

 

「あ、私もお先に貰うね!咲耶ちゃん一緒して良い?」

 

「……構いません」

 

女子2人姦しく風呂に向かう姿を見送って、俺と奏は顔を見合わせて苦笑した。

 

何処となくツンケンしてる咲耶だが、なんだかんだ、水上先輩と仲良く出来てるようで、それが微笑ましかった。


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