マガツキノウタ〜現代異能ファンタジーエロゲ世界で何故かようじょに懐かれる件について〜   作:鳥居神棚

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幕間:弥栄叶

とんとんとん、と軽快な足取りで女は歩いていた。

 

身に包んだ黒い衣服は、彼女の存在を闇と同化させていて、平時であれば、2m近くある背丈故に目立つその姿も、こと暗闇の中では捉えにくくなる。

 

闇に紛れるように路地をするすると抜けていく彼女は、楽しげに鼻歌まで歌って、非常に機嫌が良い。

 

久々に、可愛い可愛い、目に入れても痛くない弟分の顔が見れて、その彼が、自分の落とし物をわざわざ拾って届けてくれた。

 

それだけで、弥栄叶は天にも昇るような幸福感を感じていた。

 

だから、自分の体の重さも気にならないくらいに、今にもスキップでもしそうな程に軽い足取りで夜道を迷いなく進んでいく。

 

__そうやって、しばらく歩いて、路地を抜けた先には、こじんまりとした民家が一つ。

 

煤けた赤煉瓦で組み上げられたその家へと、まるで我が家のような気軽さで近寄り、扉を開ける。

 

中に入れば、それは果たして人の住む家、と言えるのか疑問に思う光景があった。

 

外側から見れば民家の一つ。けれど、その中は、コンテナか、あるいは倉庫か、と言った具合。

 

例えるなら、そう、四角い籠をひっくり返しただけのようなもの。仕切りも何もない、壁と屋根に覆われただけの空間。

 

そこには、いくつかの松明が並べられ、灯った火が、電灯のない空間を怪しく照らす。

 

奥の壁際には人が数人は寝転べそうなぼろ布が敷かれていて、その上には三つの影があった。

 

__一つは、背中に鴉の翼を生やした、山伏装束に身を包んだ老人の姿。

 

__一つは、白いワンピースの上から、ベージュ色のカーディガンを羽織った、狐の耳と尾を持つ少女。

 

「あら、鬼一さんもコンちゃんも、酷いことするのね」

 

もう一つの影を見て、叶は頬に手を当てて、困ったように眉根を寄せて口にする。

 

鬼一とコンの間に挟み込むように置かれた、縄をぐるぐると巻かれ、身動きの取れない子供に、気の毒そうな目を向ける。

 

けれど、救いの手を差し伸べることは、しない。

 

「幾ら『迷い家(まよいが)』を利用するためとは言え、ちょっとねぇ……」

 

「喧しい。拘束するだけに留めているのですから、むしろ温情ではありませんこと?」

 

「主を失った家守に勤め先を与えてやろうというのに、襲ってきたからねぇ……。仕方のないことじゃないかい?うん?」

 

何とも言えない表情で口にする叶に、妖狐は眉根を寄せて不愉快そうに、鴉天狗はへらへらと笑いながら、己に非はないと主張する。

 

もがこうとする子供、家守と呼ばれたそれは、叶らがいる家の付喪神だ。

 

既に尽くすべき主を失い、彷徨うだけとなった流浪の家。

 

それがこの世界における『迷い家』である。

 

『迷い家』は主を失い、新たな主たり得る存在を求めて彷徨う『家』であり、『付喪神』である。

 

その性質故に家を建てるスペースがあればどこにでも現れる事ができるのが『迷い家』で有るが、当然、それに目をつけて狙う者もいる。

 

それが、鴉天狗の鬼一と、6尾の妖狐であるコンであり、家守の端末で有る子供が、下手なことをしないようにぐるぐる巻きにしたのは、『迷い家』に損害を与えたくない、という考えのもと。

 

付喪神であり、『迷い家』そのものでもあるこの子を傷付けて、その能力に影響が出たらたまったものではない。

 

それでも、子供を縄で縛るのは好ましくないのか、叶の表情は晴れないままで、コンは気に食わないのか、鼻を鳴らして、叶をじとりと睨む。

 

「共犯者である以上、貴女も同罪ですわよ、ヒトモドキさん。善人ぶるのは良しなさいな」

 

「いやぁ、狐娘は手厳しいねぇ。感傷を抱くのは自由だろうに」

 

くっくっくっ、と、何がおかしいのかニヤニヤと笑う鬼一は、顎を摩りながら宣う。

 

叶をフォローしているのか、していないのかいまいち分かりかねる態度であった。

 

「子を好んで取り憑き殺す怪異に憑かれながら(わっぱ)に心を配るなんて愉快だねぇ」

 

「だって子供は宝じゃない。当たり前のことではないのかしら?」

 

心底愉快そうな鬼一に、むっ、と頬を膨らませる。

 

「家守の付喪神はもっと歳を重ねておりますわ。子供、という年齢ではありません。

 

と、そうではありませんわ、本題に入りましょう」

 

ゆるゆると頭を振った妖狐は、口にしながら懐より2枚の紙を取り出す。

 

それをそのまま鬼一と叶に手渡す。

 

描かれているのは津雲町の詳細な地図。

 

いくつかのポイントには赤色で丸が付けられていて、いくつかのポイントには青色で丸がつけられているそれを見て、鬼一は顔を上げた。

 

「ふぅむ……、なるほどねぇ。宴の準備、というわけかい?」

 

「ええ、準備は確実に、しっかりと、ですわ」

 

「けれど、暫くは様子見た方がいいかも知れないわねぇ……。直ぐには動けないでしょうから」

 

にやりと、口角を上げる鬼一。淡々と妖狐が答えて、叶は嘆息混じりに口にする。

 

「ええ、近頃は魔狩りもピリピリしているようですもの」

 

「それはそれは……怖い話ねぇ、嫌になっちゃうわ」

 

争い事が嫌なのだろう、叶が伏せ目がちでいえば、冷たい視線を叶に向ける。

 

どの口が言うか、とでも言いたげな視線。

 

「あの酒豪の怪童まで、その身に飼っている化け物が言っても冗談にしか聞こえませんわ」

 

「あら、この子達はお友達よ?」

 

けっ、と吐き捨てるように言う妖狐に、柔らかな笑みさえ浮かべて見せて、けれど有無を言わさぬ雰囲気を纏わせた叶は告げる。

 

ゆらゆらと揺れる火も相まって、より不気味に変わっていく空気感の中、老鴉天狗はくつくつと笑いながら、宥めるように言葉をかける。

 

「よくない、よくないねぇ。思うところはあるだろうが、儂らは目的自体は同じだろう?小競り合いは目的を達成してからで良いじゃないか、ねぇ?」

 

問い掛けるようにも聞こえるように、言葉を重ねて、妖狐はため息を吐いて首を縦に振る。

 

もとより争うつもりはないのか、叶も直ぐに引き下がる。

 

その姿を、満足そうに見た鬼一は、愉快そうに口の端を歪めて見せた。

 

 

「理由は違えど、世界をひっくり返したいと願った同志なんだからねぇ」

 

その声は、彼の耳以外には、誰にも届かない。

 

 

どんよりとした曇り空の中、雲の隙間から覗く、『迷い家』を照らす三日月は、天に弓引いているように見えた。


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