マガツキノウタ〜現代異能ファンタジーエロゲ世界で何故かようじょに懐かれる件について〜   作:鳥居神棚

49 / 52
「あるじさま、おひとりで、であるくのは、おひかえ、くださいませ。なにか、あったときに、おたすけできませぬ!」(ヤバげなことに巻き込まれる頻度が高い主になにかあったらと思うと気が気ではないヤツカちゃん)

「はい……ごめんなさい……」(薄々理解してるので大人しく反省する)

「にゃっにゃっにゃっ」(漱の頭の上でご満悦)


正月・1

「にゃぁん」

 

可愛らしい鳴き声で、意識が浮上する。

 

冬の冷たい空気と、布団の中の暖かさのギャップを感じながら、まだ眠気の残る頭でまだ重たい瞼を開けると、部屋の中には日の光が差し込んでいることに気付く。

 

「うぅん……」

 

呻きながら身動ぎ一つすれば、もふり、と柔らかく温かな感触を頬に感じる。

 

どうやらクロがすぐ横で丸まっていたらしい。

 

その瞳はじぃっとこちらを見つめていて、再び目を閉じて、心地よい微睡に身を任せようとする俺の頬をぺちぺちと前脚で叩いてくる。

 

どうやら目覚まし代わりらしい。

 

ぷにぷにとした肉球が何度も押し付けられ、仕方なしに再び瞼を開ける。

 

ゆっくりと体を起こすと、寒さにぶるりと身を震わせて、傍に置いていた半纏をのそのそと羽織ると、立ち上がる。

 

「くぁぁ……、眠いし寒い……」

 

ボヤくように呟きながら、軽く伸びをする。

 

ぐぐぐ、と力を入れて、ふっと脱力すると少しだけ、思考がハッキリしてくる。

 

スンスン、と鼻を鳴らすと、美味しそうな、けれどいつもの朝とは違う香りが漂ってくる。

 

はて、何かあっただろうか、そう考えながら、ああ、と、理解する。

 

居間に移動すれば、ちゃぶ台の上には重箱が並べられていて、二つ置かれたお椀には煮物にしては色鮮やかなもの……筑前煮がよそわれている。

 

割烹着を着て、髪の毛を三角巾で纏めているヤツカは、こちらに気づくと、三角巾を外そうとする手を止めて、にこやかに笑う。

 

「おはようございます、あるじさま。あけまして、おめでとう、でございますね」

 

「あけましておめでとう、だな。おはようヤツカ」

 

挨拶を返すと、込み上げる欠伸を噛み殺した俺に、ヤツカはくすりと笑う。

 

「ごはんを、よそいますので、おさきに、おかおをあらわれては、いかがですか?」

 

「ん……、そうするわ。助かる」

 

「いえいえ、おきになさらないで、くださいませ」

 

まだ幾分かぼんやりとした頭でヤツカに促されるままに、洗面所の方へと顔を洗いに向かう。

 

 

***

 

 

冷たい水で顔を洗うと、纏わりつくようですらあった眠気は吹き飛び、意識がしゃきりとする。

 

用意されていたタオルで濡れた顔を拭き、水気を拭き取った後、また、居間へと戻る。

 

ちゃぶ台の上にはご飯がよそわれた茶碗と、温かいお茶が注がれた湯呑みが追加されていて、ヤツカは割烹着を既に脱ぎ、いつもの格好でちょこんと座りながら、膝の上で器用にそれを畳んでいた。

 

本日は新年初日、お正月である。

 

だからか、重箱の中には黒豆や紅白なます、数の子に栗きんとんなど、縁起のいい食べ物が詰められている。

 

所謂、おせち料理、という奴だ。

 

良い匂いを漂わせるそれらに、ぐぅぅ、と腹の虫が鳴く。

 

キョトン、とした後にくすくすとヤツカは楽しげに笑い、俺は苦笑しながらちゃぶ台の前に座り込むと、手を合わせる。

 

「いただきます」

 

「どうぞ、おめしあがりくださいませ」

 

真っ先に手を伸ばしたのは塩焼きにされた魚の切り身。おそらくは鰤であろうそれを箸で摘めば、そのまま一口齧る。

 

パリッ、とした皮と、全くパサついた感じがしない、ふわふわとした身の食感と、程よい塩気が身の旨みを引き出してるような気がする。

 

臭みも一切感じることなく、丁寧に調理されたのが素人である自分にも理解できた。

 

……なんて、脳内で食レポ風にしてみたが、こう言ったことを言葉にするのはあまり得意ではない。

 

「うま……」

 

「よろこんで、いただけたようで、さいわいで、ございます。まだ、ほかにも、おりょうりはありますので、たくさん、おめしあがり、くださいませ」

 

口からこぼれたのは、うまい、の一言だけ。

 

うまい、うまいと言いながら夢中で並べられた料理に箸を伸ばし、ご飯と共にがつがつと食べ進める。

 

筑前煮も味がよく染みていて美味しく、紅白なますを時折口に放り込むと、酢の酸味が口の中をすっきりとさせてくれる。

 

蒲鉾、黒豆、伊達巻に栗きんとん、海老に鯛に、と夢中で箸をつけ、米をかきこんでいく。

 

そんな俺の姿に、ヤツカは嬉しそうにニコニコとした笑みを浮かべながら、自分も手を合わせる。

 

「いただきます」

 

元旦の朝の、いつもとは少し違う朝の時間は、いつも通り、平和に、笑顔に溢れたまま過ぎていく。

 

 

***

 

 

「美味かった……」

 

美味しいおせち料理をたらふく食べて満足した俺は、ごろんと寝そべっていた。

 

品数が多いからだろう、量自体は各品目毎で言えばそれ程多くはなかったが、ヤツカがご飯に合うように調理していてくれた為、おかわりの手が止まらず、いつも以上に食べた感じがする。

 

ちゃぶ台の上に置かれた器の中身は全て空っぽ。

 

残さず綺麗に食べたは良いが、少し食べ過ぎたか、と腹が圧迫されるような感覚に少しだけ思う。

 

けれどまあ、美味いものを腹がはち切れそうな位まで食べれたことに後悔などあるはずもなく、むしろ気分は最高である。

 

暫し休んで腹も落ち着いたのでゆったりと体を起こして立ち上がる。

 

空になった重箱を重ね合わせて、その上に重ねた茶碗とお椀、それに箸を乗せる。

 

纏めて台所へと運ぶと、そこには既にヤツカがおり、踏み台の上に立って、和服の裾が汚れぬように襷掛けをして、鍋やフライパンを洗っている。

 

邪魔にならないように食器を置くと、殆ど洗い終えていた様子で、ヤツカはお湯で鍋やフライパンの泡を流すと、テキパキと水気を拭き取って片付ける。

 

「あるじさま、ありがとうございます」

 

「いえいえ、と。全部やらせるのも悪いしな」

 

「あるじさまの、おせわは、わたくしのやりたいこと、でございますよ?」

 

「それでも申し訳ないし」

 

じゃー、と蛇口からお湯を流しながら重箱にお湯を満たしながら、箸に茶碗とお椀を洗剤をつけたスポンジで擦る。

 

お礼に対してそう返すと、ふふふ、と嬉しげで、申し訳なさも入り混じったような笑みを浮かべながら、ヤツカは口にする。

 

多少言葉は変われど、彼女が来てから毎回、こうして洗い物を手伝うたびにこのようなやりとりを繰り返している。

 

主の手を煩わせるのをあまり好ましくは思っていないようだが、一緒に作業できる事は嬉しいらしく、隣り合って食器を洗っているヤツカはいつも楽しげだ。

 

「そういえば、あるじさま。はつもうでには、いかれるのですか?」

 

「ああ、行く予定。誘われたし」

 

洗い終えた食器をそれ用の籠に置きながら投げかけられた問いに、重箱を洗いながら首肯と言葉で返答する。

 

「ごゆうじんさま、でございますか?」

 

「あいつはなんか忙しいらしくてなぁ……。泰斗とだよ」

 

「ごがくゆうさま、でございますか?」

 

「そうそう。昼頃から行く予定」

 

ふむふむ、と頷くヤツカは、じとり、とこちらを見る。

 

「あるじさま、きちんと、わたくしのわけみも、つれていってくださいませ」

 

どうやらクリスマスの日に、ヤツカに言わずに、クロと一緒に出掛けたことをまだ忘れてはいないらしい。

 

「ごめんって……。心配かける訳にもいかないし、きちんと連れていくよ」

 

「はい!」

 

肩を竦めて言えば、にぱ、と華やぐような笑みを見せてくれる。

 

そんなヤツカの姿に、俺は微笑ましく思いながらも、苦笑しか浮かべることができなかった。




「お母さん、私初詣行く予定だったんだけど……」
「悪いけどバイトしてもらうんだなぁこれが。アタシも行くから安心しな!」

正月朝の水上家

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。