マガツキノウタ〜現代異能ファンタジーエロゲ世界で何故かようじょに懐かれる件について〜 作:鳥居神棚
あの後は特に何事もなく、退屈な始業式や、夏休み明け一発目だと言うのに存在する授業をこなして、現在お昼時。今日は午前中のみのため、既に放課後ではあるものの、学園内はまだ賑わいを見せている。
部活動生の為か、半日のみだと言うのに空いている食堂に、漱と泰斗は訪れていた。
どちらも帰宅部ではあるものの、わざわざこの暑い中、空腹を我慢して帰宅するのが嫌だと言う泰斗と、そんな彼にドナドナされた形の漱は、食堂の一角、角の方に空いている四人座れそうなテーブル席に座っている。
漱の手元には、中身が入った青い巾着袋が一つ。泰斗の手元には山のように肉が積まれた大きな丼と、味噌汁の入ったお椀が乗せられたお盆がある。
「にしても、漱くん今日弁当なんだ、珍しいやね」
「まあ、偶にはな。だから今日は教室で食おうと思ってたんだけど」
巾着袋の中に入っていたのは、黒い弁当箱。蓋を開けると、中には可愛らしい俵おにぎりが三つほど、それに鮭の切り身に、きんぴらごぼう、玉子焼きにほうれん草のお浸しが、丁寧に詰められていた。
「なんか和風やね、美味しそう」
「だろ?」
弁当箱を覗き込みながら泰斗が言えば、漱は少し自慢げに笑う。
実はこの弁当、今日の予定を話したところヤツカが用意してくれたものだ。
家族のことを誇らしく思うように、ヤツカのことが褒められるのは嬉しく思いながら、箸を持って手を合わせる。
いただきます、と言いながら、漱が弁当に手をつければ、泰斗も丼に手を伸ばすと、かきこむように食べ始める。
ゆっくりと、噛み締めて味わうように食べる漱と、詰め込んで勢いよく食べ進める泰斗の姿は対称的だ。
しばらくは食事の音だけが二人の間に響いて、ふと、食事の手を止めた泰斗が、思い出したかのように口を開く。
「そういやさ、漱くん知ってる?」
問い掛けに、最後に取っておいた玉子焼きを口に放り込んで、咀嚼し終えると、弁当箱を片付け始めながら、疑問を返す。
「何を?」
「ここ最近の通り魔事件なんやけど」
言われて、漱は思い出す。と言っても別に『マガツキノウタ』における事件や、スピンオフで語られていた話を思い返したわけではなく、つい先日回覧板で回ってきた地方新聞のようなものの内容を、である。
「えーと、なんだっけ。確か、隣町で"刃物で切り殺されたような死体が見つかった"ってやつだろ?」
被害者自身にははこれといった共通点はなく、ただしその死体は全て刃物で切り付けたような痕跡が存在し、体の一部は切り落とされていた、という凄惨な事件。回覧板で回ってきた記事を見る限り、一度限りではなかったらしい。
記事の内容を思い返しながら言えば、そうそう、と泰斗は頷く。
「そうそう、あの事件で確か四件目らしいけど。次はこの町で起きるんじゃねえかな、ってのが一つと、もう一つが、犯人は"刀の化け物"って噂が出てるんよ」
噂話と言った感じで泰斗は語る。
事件の概要と、それに付随する警察の見解、そこに含まれた民衆の空想、想像、妄想の設定。
曰く、最初の事件から一週間後に似たような事件が起き、それから一週間おきに通り魔事件が起きている。
曰く、遺体は刃物で切り付けられたような傷があり、腕か足が一本、切り落とされていた。
曰く、事件ごとに右足、左足、右腕、左腕と切り落とされた部位が変わっている。
曰く、事件が起きた隣町で次の事件が起きる。
曰く、事件の前日の夜、刀を持った、血走った目の男を見た。
曰く、最初の遺体が見つかった次の日の夜、全身から刃物を生やしたような、怪物の姿があった。
曰く、怪物の正体は妖刀である。
「とか言う噂話。まあ少なくとも刀を持った人の話辺りから真偽は不明なんすけどねぇ」
一通り話し終えると、ここまで来ると都市伝説みたいだよね、と笑う泰斗に対して、漱も笑って賛同したかったが、笑おうにも笑えなかった。
『マガツキノウタ』においてはオカルトは一般人にこそ広まっていないものの、実際に存在する超常の存在であり、同時に脅威として実在する。
怪物、妖怪、悪霊。それらは普段は重なり合うように存在するもう一つの世界、『虚の庭』と呼ばれる人ならざるものたちが棲まう世界にいる。普通はこちら側には出てこれない彼らが、自らの意思でこちらに来る唯一の方法が、人に取り憑くこと。
(どう考えても禍ツ人じゃねえかよ、それ)
嫌そうな顔を浮かべる漱に、泰斗はケラケラと笑いを溢すのみだった。
***
時間は飛んで夜。22時頃の商店街はほとんど人通りがなく、車通りも殆どない。大概の店は既に明かりを落としており、辛うじて存在するコンビニやカラオケ、それの街灯のみが明かりを残すのみとなっていた。
泰斗との昼食の後、漱はバイトのためにこの商店街内にある古本屋に訪れていたのだ。そもそも、弁当を持ってきていたのもそのままバイトに行くつもりだったからだ。
そんなわけで、バイトも終え、暗い夜道を自転車で進んでいた漱は、ライトが照らし出す小さな影に気がついた。
四角い箱の中に、黒い塊が入っている。
「にゃあ……」
弱々しく鳴く声が聞こえ、近付いてみれば、そこに居たのは小さな猫だった。どうやら足を怪我しているらしく、こちらを見て怯えたように鳴きながらも、逃げる様子はない。
「うーん……」
なんとなく、碌なことにならない気がしたが、放っておく訳にもいかないなと、そう感じて箱ごと猫を抱え上げて自転車の籠に入れる。
幸いと言うべきか、籠にすっぽりと収まるサイズ。一度猫を持ち上げて、クッションがわりに箱の底にタオルを数枚入れてやり、また猫を戻す。
「ヤツカにどう説明しようかなぁ」
そう呟いて、自転車を漕ぎ出した、その瞬間だった。
鈍い音が耳に届く。勢いよく、何かが衝突したような音だった。
耳障りな音が聞こえる。
それは金属が擦れるような、不快な音。
恐る恐る振り返ると、そこには、一つの影があった。
身体中から刀のようにも見える、片刃の金属を生やした、成人男性くらいの大きさの、化け物。
__禍ツ人と思しき、異形の姿があった。