Act.0 It is their every day.それが彼らの日常
8年。日数に直せばおよそ2920日。
その決して短くない時間をどう感じるかは人それぞれだろう。たとえば俺ーー黒道リクトにとっては、自分が8年もの間1つの街に、しかもあの犯罪都市に住み着いていると考えると中々に感情深いものがある。
「……売り切れ? マジで?」
「マジ。さっきあんたが来る数分前に最後の1個が売れた」
木製のカウンターに肘をつけたまま、俺は目の前の女に近づく。僅かに香るオイルと鉄とタバコの匂いが鼻についた。
「どうする?なんなら他の銘柄ならあるけど」
「…………いや、止めとく。俺がこれしか吸わないのは知ってるだろ?」
カウンター奥から様々な地球産のタバコを出してくる彼女を手で制し、懐から空っぽになった愛用の赤いタバコの箱を見せる。
「あんたも物好きよね。なんでわざわざ手に入り難い地球産のタバコなんて吸ってるんだか」
「それゃあ、アレだ。昔から言うだろ?こだわりのある男はかっこいいってさ」
問われた俺はにやりと深みのある笑みを浮かべる。
彼女は呆れ顔でこちらを見た。
「面倒くさいの間違いでしょ?」
「手厳しいな、ウェンリーは」
カウンターに肘を預けた俺を見て、彼女ーーウェンリー・テンドリックはおどけて笑いかける。俺の真っ黒な黒髪に相反するようなきめ細かなブロンドの髪が肩口で踊るように揺れた。
「事実でしょうが。こだわりなんて持ってる男なんて、ロクデナシか面倒くさいかの2択って相場が決まってるわ」
「ウェンリー、そいつは違う。それゃ偏見に基づく誤解ってもんだ」
「あら、そうなの?」
肘をカウンターから離して、背筋を伸ばす。どうやら彼女は変な誤解をしているらしい。
俺は1度身なりを軽く整えて、
「そうとも。男ってのは生まれてから死ぬまで、こだわりと浪漫無くしては生きられない生き物なのさ。今も昔もこれからもな」
大げさに、芝居がかかったようにまくし立てながら腕を振るとウェンリーはけらけらと笑った。
「なるほどね。どうりでウチみたいな寂れたタバコ屋が今でも潰れないわけだ」
パチンと彼女の手にある俺の相棒のリボルバーが鳴る。そのままウェンリーはリボルバーをカチャンカチャンと数回出し入れして、異常が無いかを確かめるとカウンターに相棒を置く。
「はい。メンテ終了」
「相変わらず仕事が早いな」
「まあね」
ふふん。と自慢気に鼻を鳴らしたウェンリーが豊満な形の良い胸を反らす。ジーンズのパンツにヘソ出しの短いタンクトップというラフな格好の彼女はその服装もあってか、その仕草が良く似合う。
「いくつかガタがきてたからサービスで変えといたわよ。感謝してよね」
「もちろん感謝してるさ。タバコも買えて、銃の手入れもしてくれる。おまけに店主は美人ときてるんだ。こんないい店、次元世界中探してもここだけだよ」
「どうだか」
「嘘は言ってないぜ?」
「知ってる」
ロアナプラには今どき珍しい古風な昔ながらのタバコ屋が存在する。
今代で3代目になるこの店は、大変ありがたいことに俺の故郷のタバコを取り扱っていることで有名だ。
赤マル、セッタ、アメスピと中々に品揃えが良く、俺のように地球産のタバコが好きな物好きがよく集まる。
無論、それだけではないが。
カウンターに置かれた愛銃を腰にかけたホルスターに仕舞う。
若き3代目店主ウェンリー・テンドリックはタバコ屋の他にこうして副業でガンスミスを営んでいて、その腕は確かなものである。
現在のこの店の集客はタバコ目当てが5割、銃のメンテが4割、そして彼女目当てが1割と言ったとこだろう。
「ま、今回は出直すよ。整備あんがとさん」
「…………あ、ちょっと待って!」
ウェンリーが何かを思い出したようにカウンターの下を漁り始める。タバコが無いなら出直すつもりだった俺の足が止まり、彼女に視線を戻す。
「はいこれ」
カウンターから出てきたのは小さな茶紙に包まれた箱だった。手のひらに乗る程の大きさしかないそれをウェンリーは手渡しする。
「なんだこれ? 俺への婚約指輪か?」
「……普通、そういうのは男が贈るんじゃないの」
「俺は常識に囚われないのさ」
「そんなんだから、毎回ディアーチェに怒られるんでしょうが」
彼女の忠告に肩を揺するだけで応じ、小さな箱をジャケットの胸ポケットに仕舞う。こんな冗談が通じて、しかも律儀に返してくれるのはロアナプラではウェンリーだけだ。
他の、それこそ身内連中なんかに同じことを言った日には王様からの求愛(物理)を頂戴する羽目になる。
「この後、ディアーチェと会うんでしょ? それ、ディアーチェに渡しといて。頼まれてた魔力カートリッジだから」
「カートリッジ? よくそんなの手に入ったな」
カートリッジシステムはベルカ式にはなくてはならない貴重なシステムだが、そのシステムの根底にある魔力カートリッジは入手がかなり難しい。特にこの街の場合は余計にだ。
「聖王教会からの払い下げ品。偶然安く手に入ったのよ」
「そういうわけですかい」
「そういうわけよ、ちゃんと届けてよね“運び屋”さん」
「……整備代金の代わりってか」
「不満?」
ウェンリーはカウンターに身を預けながら聞いてくる。ユーリ程ではないが、大きな胸を見せびらかすような体制に思わずクラっとした。
「まさか、むしろお釣りが出るよ」
「あら?…なら、お釣りを貰ってもいいかしら」
口元を不敵に上げると、ウェンリーはカウンターから身を乗り出した。
「は?それってーー」
不意打ちに、いきなり、彼女の薄い桃色の唇が俺の頬に当たる。チュッと小さな水音が鳴った。
「…………じゃ、ディアーチェによろしくね」
悪戯に成功した子供のように不敵に笑う彼女に俺は乾いた笑みを浮かべるしかなかった。
ウェンリーのいるタバコ屋がある裏路地を抜けて、メインストリートに出るとすぐさま殺人的な日差しが俺を襲う。
本当に今は4月なのだろうか?そんな錯覚が生まれてくるくらいに、今日もロアナプラの気温は暑かった。
南方の最果てに位置し、海に面したロアナプラは暖流の影響からか気候はとても穏やかな反面、平均気温は真冬だろうが20度を軽く超える。おまけに高温多湿な所為で温度計の数値以上に体感気温が高い。
誰かが冗談混じりに言った。
この街は常夏の街だと。
上手いことを言うもんだ。
「あっつ……」
額に流れる汗を手の甲で拭う。
海面から運ばれる温かい風は春の息吹きなどとロマンチックなことをほざけないレベルである。まだ砂漠の熱風の方がマシかもしれない。
目的地の場所までは其れ程の距離は無いのだが、いかんせん暑い。だが、金も無いので水は買えない。ロアナプラの水の相場は市場より少し高いのだ。
そんな地獄のような日差しの中を歩き続けること数分。
偶然にも、それが耳に入った。
「ふざけんなよ! ごらァ⁉︎」
メインストリートから離れた裏路地から若い男の怒声が聞こえた俺は、思わずその足を止めてしまった。
何事か?と首をその怒声がした方に向けると、そこには数人の男が何かを取り囲むように立ち並んでいる。
どうやら怒声の主はあの連中らしい。
「あらら……可哀想に」
取り囲む男たちに俺は見覚えがあった。最近になってデカイ態度を取るようになったチンピラ集団だ。
いちゃもん付けて弱いやつをボコるなんて当たり前で、噂では黄金夜会の許可なく麻薬を売り捌いたりもしてるとか。
とは言え、だ。
このロアナプラではそんな集団は大して珍しくもなんともない。
関わるだけ無駄な事。余計な事に好奇心で首を突っ込むとろくな事にならないのは14年も昔に経験済みだ。
見なかった事にしよう。そう決めた俺は再びその足を進もうとして、
「聞いてんのか! この
ピタっと、女という言葉に再度足を止めた。
なるほど、それならそうと早く言え。
余計な事に好奇心で首を突っ込みはしない。
ただし、女が絡む場合は例外だ。ただし美人に限定で。
止めた足を動かす。目的地は連中のいる裏路地だ。
未だこちらに気がつかない連中のところにゆっくりと近づくと、そこには倒れた若い女がいた。
年はまだ10代半ば、15から16といったところか。
赤と茶が混じったような髪に雪のような白い肌。ボサボサに好き勝手に伸びた髪の所為で顔は見えないが、たぶん美人。こういう直感は生まれてこのかた1度も外れた事がないので間違いない。
なんとなく知り合いの乱射魔を思い出させる容姿だが、こんな場所にあの馬鹿女がいるわけないと切り替えてから、俺は軽く喉を鳴らした。
「ーーやれやれ、なってないな」
ワザとらしく大きな声で背後から声をかけると、声に反応した男たちはこちらに振り向き、直ぐに睨みを利かせてきた。
「あん? なんだ手前は。怪我したくないならさっさと失せな」
「ご忠告どうも。いや、なに、面白そうだから首を突っ込みにきたのさ。それよりも、ほら」
指を倒れている女に刺すと、連中の視線も自然と女に集まった。
「女の扱いがなってないぜ。女には優しく、騙されたって笑って許せ。ママにそう教わらなかったかい?」
肩をすくめてそう言うと、男たちは盛大に笑い出す。
それもそうだ。わざわざ昔の漫画よろしくカッコつけた馬鹿がいきなり現れたんだから彼らの態度は当たり前である。
「馬鹿か手前。この街でそんな間抜け言ってるやつなんて死にたがりの馬鹿か、薬でラリったやつだけだぜ」
「なら試してみるか? どっちが死にたがりの馬鹿なのか」
「へッ…上等だ!」
先手必勝と言わんばかりに連中の1人がいきなり胸ぐらを掴んで来た。動きを封じようとする手際は中々場慣れしているようだ。
そのまま掴んだ左腕を力強く自分の元に引き寄せて、反対に右腕を思いっきり前に出してくる。まともに受けたらたぶん痛い。
「いいね、わかりやすいのは好みだ」
なので首を軽く横にズラして躱す。空を切った右腕を横目で見ながら右足で相手の下半身の重心を乱す。バランスを崩した男はがくりと倒れ出したので、1度体を反転させて相手の右腕を掴み、
「そおぉい!」
そのまま力任せにぶん投げた。
柔道の一本背負いのようにくるりと宙に舞った男はそのまま硬いコンクリートの地面に背中から叩きつけられて意識を手放す。
「手前…ッ!」
勢いよく掴みかかる2人目を闘牛士みたいにヒラりと避けて、そのまま右肘を首筋に落とす。膝の力を抜くことで体重を預け、自由落下に逆らわずに体を落とした一撃は相手を気絶させるには十分過ぎたようで、男はカエルが潰れたような声を漏らしながら倒れた。
「…………で、まだやるか?」
質問と言うよりは確認。
今ので実力差がわかる物分りの良いタイプなら良し。
今ので実力差がわからない物分りの悪いタイプなら更に良し。
「こ、このやろう!」
どうやら後者だったようだ。
声を張り上げて自らを鼓舞しながら連中は一斉に飛びかかってくる。
その光景に思わず口角が上がった。
「お、覚えてろよ。俺らに喧嘩売ってどうなるか…こ、後悔させてやるからな」
顔を2倍くらいに腫らした男がお約束な捨て台詞を吐く。
しかもご丁寧に仲間2人に肩を預けながらだ。
「ああ、覚えてたらな」
ぱんぱん、と手の汚れを落とす仕草で答えると、連中は苦虫を潰した顔でそそくさと逃げて行った。
たぶんだが、もう2度と会うことはないだろう。あのタイプは頭を低くして生きていけるタイプだ。
「………………さて、と」
乱れた衣服を軽く整えて、ついでにジャケットについた埃を払う。
何が楽しくてこんな炎天下の中で正義の味方ごっこなんてしたのだと聞かれれば、それ相応の見返りを期待しているからである。
「怪我はないか? お嬢さーーーー、?」
頭でなにか考えるよりも早く微笑み、振り返って手を差し伸べた所で、俺は声を詰まらせた。
やましい気持ちは確かにある。華麗に助けた後はお茶でも飲みながら、見るからに訳ありな彼女の身の上話を聞いて仲良くなろうと考えていた。……できたらそのままベッドインもなんて思っていたりいなかったり。
認めよう。やましい気持ちは確かにあった。
だけどーー
「…………何も言わずに去るのはどうなんだろ」
彼女がいた場所には既に誰もいなかった。
有り体に言えば逃げたのだ。おそらくは乱闘に乗じて。
誰もいない裏路地で1人虚しく手を差し伸べている自分にものすごく悲しくなった。
ゴーン!と、昼を知らせる鐘の音がメインストリートから聞こえる。
「…………あッ!」
ディアーチェとの約束の時間は12時丁度。
鐘の音が鳴るのも12時丁度だ。
つまりは遅刻。
胸を駆ける冷たく悲しい風に涙が出そうになるのを必死に堪えながら、
「不幸だ……」
と、何処かの不幸学生の台詞をため息と一緒に吐き出した。
ウェンリーのイメージCVは林原めぐみさんや沢城みゆきさん辺りをイメージして書いてます。まあ、特に深い意味はないですが。
戦闘シーンが難しい。もうちょい上手く書けないものか……