「えええええええええええッ⁉︎」
驚愕でもなく。感嘆でもなく。
やたら煩く、語尾の上がったそれは、純然たる抗議の声であった。
「嘘ぉ⁉︎ なんで⁉︎ 王様のバカーー‼︎ ひんにゅーー‼︎ チビ‼︎」
ーーしばき倒してやろうか。この駄目家臣。
そう突っ込みそうになった言葉を呑み込み、代わりにディアーチェは青筋を立てながら、眉をひくひくと動かした。
ーーあと、ひんにゅーとか言うな。貴様らがデカいだけで、我は普通だ。少なくともオリジナルである小鴉よりは身長も胸の大きさも勝っている。
「ボクのことばっかり除け者にして。だから白髪が増えるんだよォ!」
「…………言いたいことはそれだけか?」
率直過ぎるその言葉にいい加減にディアーチェのナニカがプチッと音と共に切れた。
そんなディアーチェの様子を見て、ようやく彼女は自分の失言に気づいた様だ。ぶんぶんと大きく首を振るのに合わせて、後頭部でツインテールに纏めた長い水色の髪が揺れる。
「ーーあ。もちろんそんなのは嘘で、王様は優しいし、スタイル良いし、かっこいいよ。本当だよ、本当!」
大慌てで両手まで振り回し始める。その速度たるや、頭と腕ーー共に残像が残るかと思うくらいの勢いだ。多数の顔に多数の手。中々に摩訶不思議な光景である。昔、コクトーの故郷で神仏の類いに、似た様な木彫りを見た記憶があるが、目の前のソレはなんとなくソレを連想させた。
「でもボクに内緒でコクトー独占して、デートに行くのはちょっと反則って言うか、ズルいって言うか、あ、でも、それで王様の事を嫌いになるとかそう言うのじゃなくてーー」
「……もうよい」
片手を挙げてディアーチェは眼前の女性を制した。
さもなくば彼女は延々と言い訳だか何だかわからないナニカを喋り続けたに違いない。
感情表現が他人よりも豊かな分、時折自らのそれにひきづられて暴走しがちなところがこの水色の髪の女性には在る。年不相応に幼く、一途で可愛らしいところが彼女の魅力でも在るのだが。
「わかったから、少し落ちつけレヴィ」
昼過ぎーー酒場の騒動の後、ディアーチェは一旦自分が構える事務所へと帰って来た。
一度、自分の部下たちに事の全容を報告する為にだ。
コクトーが件の2人をどうするかはわからないが、少なくとも何かしらこちらの手を必要とする事態になるのは間違いない。それは長年の付き合いから容易に想像ができた。
そんな訳でーー正式に仕事として依頼される可能性も考慮したディアーチェは、その事を丁度仕事から戻って来た部下兼臣下の2人に告げたのだが、途端その片方が前述の様に騒ぎ始めたのである。
水色の髪の女性の名はレヴィ・ラッセルという。
彼女もまたユーリやディアーチェ同様、コクトーとは彼が小さい頃からの付き合いになる。
子供のままの心で大人になったを体現したような彼女は、子供のころから変わらず現在までコクトーにべったりと懐いていた。お互いがまだ年端もいかない幼子からーー運び屋として、大人として相応の年齢や体格になってもだ。正直、ディアーチェとしては未だにあの男の何処にそこまで惚れ込んでいるのか不思議でならないが、それでも自分の臣下でもあるレヴィが実に幸せそうに充実した顔を見せているので、とりあえずはそれで良いと思っている。
「ぶうぅ……。せっかくお仕事早く終わらせて帰ってきたのになァ」
思いっきり溜め息をついて、レヴィは事務所の来客用兼レヴィ、コクトー専用のベッドとして使っているソファにボスんと深く腰を落とした。誰が見てもわかりやすいくらいに落ち込んでいる。
「残念でしたねレヴィ」
「ねー」
「まあ、私は3日前に一緒に出かけましたけどね」
「裏切り者ーー⁉︎」
気の毒そうに眉を寄せ、しかし口元には苦笑を浮かべ、おまけにきっちりトドメを刺したのは、領収書の束をさばいているもう1人の女性であった。
シュテル・スタークス。
レヴィとは対照的に寡黙で物静かな印象が強い女性だ。
下ろすと膝下まである長い髪のレヴィとは真逆に、ディアーチェ同様肩口あたりで流している茶色の髪。一見すれば無表情な表情と瞳。知的な印象を強調するような赤いフレームの眼鏡。レヴィとは色々な意味で正反対である。
右脳と左脳。感覚派と知能派。2人を初見で見た人はそんな感想が自然と出るくらいにとにかく対照的な2人なのだ。
…………ただし、この2人。スタイルの良さだけは互いに負けず劣らずである。身長やバストサイズなど総じて2人に負けていたりするディアーチェなんかは、密かに妬んでいたりするくらいに良い。
「せっかく今日は大きな依頼も無いし、ラッキー、とか思ってたのに……」
ゴロンとジーンズタイプのミニスカートが捲れるのを気にせずに、レヴィはソファに寝転がる。
女である事を自覚していない、その無防備過ぎる態度にディアーチェとシュテルは声には出さずに内心で呆れた。これで身長やスリーサイズのバランスなんかが自分たち3人の中でトップなのが地味に腹が立つ。しかもふざけた事に栄養バランスや適度な運動など、影ながら努力しているシュテルとは違い、このド天然は一切その辺りのことをしていないらしい。以前にレヴィが真顔で「ダイエット?何それ食べ物?」とうっかり口を滑らした時に見た他の商会メンバーたちの般若の様な顔は記憶に新しい出来事である。
「こうなったらこの悲しみを忘れる為にも、帰りにケーキワンホール一気食いでもしよう!」
拳を力強く握り締め、聞いてるだけで胸焼けが起きそうな事を言うレヴィ。
一応、形としては落胆しているはずなのだが、それでも妙にテンションが高い。これがまあ、良くも悪くもレヴィ・ラッセルという人物の特徴であった。
対してーー
「太りますよ……」
茶色の髪の女性はやはり静かに柔らかい声をかける。
静かな声音と諭す様な口調がじつによく似合う。
「あ、大丈夫。ボクいくら食べても太らないし」
「……レヴィ。ちょっと話し合いませんか? 久しぶりにキレちまいましたので。ああ、大丈夫ですよ。レヴィはちょっとバインドされながらルシフェリオン・ブレイカー喰らうだけですから、時間は取らせません」
「なんで⁉︎」
レヴィが走ってシュテルが舵をとる。ついでにアクセルを踏む抜いて突っ走っていく。これが彼女等の基本形。
ブレーキを次元断層に投げ捨ててきたと公言する迷コンビは今日も絶好調に遠慮と地雷を踏み抜いて行く。
ちなみにだが……
レヴィ、シュテル、そしてディアーチェの3人は『マテリアル』と呼ばれる少々他人とは違う存在であり、シュテルの事を『理のマテリアル』レヴィを『力のマテリアル』と呼ばれたりもする。
一応は2人を統率する王であるディアーチェを含む三機のマテリアルを束ねるのが、ここにはいない『紫天の盟主』ことユーリ・エーベルヴァインになるのだが、本人たち全員に盟主だ、なんだ、と言った意識はあんまり無いし、その事について深く考えてもいない。
それこそ、少し昔はそこそこハードな人生も経験してきたが、現在は「ああ、そんな事もあったなァ……」くらいである。
「ところで王。先ほどから端末が鳴っていますが?」
とテーブルを指差して声をかけてくる。
言うまでもなくこういった細かいところに気がつくのはシュテルの方。
「む……すまぬな。気がつかなかった」
プライベート用の連絡端末は仕事中はマナーモードに設定してある。その所為で端末が鳴っていたのにディアーチェは気がつかなかったようだ。
デバイスを使えばこういった不便さは解消されるのだが、ディアーチェは敢えてこの不便さを利用している。
本人曰くーー「便利さを感じるのは良いが、それに頼り過ぎるのは良くはない」との事らしい。
ともあれ。
端末を開き、中身を確認すれば予想どおりの人物からのメールだった。ディアーチェは内容を確認する。
「ーーなんだ。何故そうなった?」
メールを読んだディアーチェが率直な疑問を声に出した。その顔には呆れと困惑が混じったような表情が浮かんでいる。
「どうかしましたか?」
「いや……コクトーからなんだが」
ディアーチェは頬を掻きながら言う。
「例の2人組の片割れが意識を取り戻したので、話をしたらしいのだが……何故か、これから酒を飲むから金を貸してくれと連絡が来てな」
「交渉の為なのでは?」
尋ねるシュテル。
ディアーチェの視界の端っこでーー気になる音でも耳にした猫の様な仕草で、ひょいとレヴィが顔を挙げた。
「いや、彼奴の事だから案外、自分が飲みたいだけと言う話の可能性もありそうなのだが」
「先ずはお酒で相手の警戒心を解くと考えては……ないですね。間違いなく」
「はいッ、はいッ‼︎」
突然ーー開会式などで行う宣誓でもするかの様な勢いでソファから飛び上がったのはレヴィだ。何をそんなに意気込んでいるのか不思議だが、右手を真っ直ぐに垂直に掲げ、指先まで全部きちんと揃えている。
「なら今からみんなで行こうよ! ちょうどボクら今日はもう仕事無いんだし」
「いや、行くと言ってもなァ……」
突然の提案に、流石のディアーチェも困惑の表情で応じる。
「そもそも、そこまで金に余裕があるわけでもないし」
「ありますよ?」
「ーーは?」
シュテルからの予想外な一言に、ディアーチェの口から珍しく間の抜けた声が漏れた。
いつの間にやらーーである。
「あるって、いったい何処にそんな」
「ディアーチェ。見くびって貰っては困りますよ」
にやりーーと笑うシュテルがディアーチェに歩み寄りながら、手元にある1枚の紙を取り出した。
「先日レヴィと飛び込みで引き受けた仕事の経費がかなり残っていまして。これを使ったらどうですか?」
報告書の一部であろう経費の記載された紙には、とんでもない額が書かれていた。
「2万ドル⁉︎」
「はい」
してやったりーーといった様子で笑みを深めるシュテル。
「これ、丸々か?」
「はい」
更ににんまり。
「飛び込み、速達の仕事でしてたので、少し多めに経費を依頼金に組み込んだんですがーーなにぶんウチには飛び切り速い便がありますので」
シュテルからの説明に胸を張り、自慢気にレヴィが鼻を鳴らした。
ムフー、と荒い鼻息にドヤ顔。中々にムカついたディアーチェだったが、今はそんな事はどうでもいい。
「端的に言うと少々ちょろまかしたんですよ」
「…………」
なんとまあ。
恐れ入った。
「ーーそうか。なら、ありがたく使わせて貰おうか」
久しぶりに自分の臣下の手腕に舌を巻いたディアーチェはテーブルにあった書類一式を纏め、引き出しにふち込んだ。
「よーし! なら早く行こう! 王様! シュテるん!」
善は急げと言わんばかりにレヴィがソファから勢いよく飛び跳ねる。
「ええ」
「いや………………まて、まて、おい!まだシュテルと我は色々やり残した仕事が在ーー…………」
最後まで言う前にさっさと臣下2人は事務所を出て行ってしまいーーディアーチェ・K・クローディアの短いため息と事務所の扉が閉じられらる音が重なった。
「って、我を置いて行くなーー!」
数秒経って、ようやく自分が置いて行かれた事を理解したディアーチェは慌てて事務所を飛び出して行った。
所謂その頃王様たちは回。