あ、今回はブラクラ要素強め?です。
ロアナプラはよく無法地帯だと言われたりするが、それは大きな間違いだ。
時空管理局が定めた管理局にとって都合の良い法律という点に関してだけ言えば、ロアナプラは間違いなく満場一致で無法だが、ロアナプラにも悪党なりのルールや法は確かに存在する。そうでなければ、ロアナプラは悪徳の都などと呼ばれるくらいに繁栄はしていないし、そうでなければ今頃ロアナプラは世紀末になっていただろう。どんな場所にも相応のルールと抑止力は確実に在るのだ。
その中の一つに「中立地域では“極力”銃を抜くな」というものがある。
極力、という激しくグレーゾーンな言い回しではあるが、少なくともロアナプラではこの中立地域を除いて安全と言えるような場所は黄金夜会の各事務所か聖王教会くらいだろう。ちなみに、巷ではウチのユーリがいる場所が一番安全だとか冗談で言われている。本人は大層不満らしいが、あの見た目で彼女はオーバーSSすら軽く超える魔力を保有しているので一概に否定もできないそうだ。
ともあれ、今現在俺たちがいるこの場所ーーロアナプラ屈指の大衆酒場イエローフラッグもそんな数少ない中立地域の一つである。
「ひどい」
そう溢したのは、本日晴れてロアナプラでのデビューを決めた期待の新人こと、クルツ・マートンだった。
右手に持つグラスには未だ口を付けず、頭痛を訴えるかの様にバーカウンターに突っ伏している。その後ろでは、身体に刺青を入れた男2人が殴り合いの喧嘩をしていた。喧嘩の原因は知らないが、たぶんくだらない理由だろう。この場所ではさして珍しい話ではない。
気持ち良いくらいに綺麗に入った右ストレートに回りにいる客から歓声が上がる。
「ひど過ぎるぞこの酒場は。まるで地の果てだ」
ーー西部劇に出てくる酒場じゃあるまいし、もう少しまともな場所はなかったのか。
次いでクルツから出た言葉に俺は笑いを堪える仕草で肯定する。
「地の果てね。上手い喩えだ。ここはもともとロアナプラに流れ着いた敗残兵たちが始めた店なんだがーー訳ありの連中を何度も匿ったりしていくうちに、気が付きゃ悪の吹き溜まりに早変わりさ」
バーカウンターの後ろにある丸テーブルの上には財布やカードと一緒に黒く光る銃がさも当たり前に置いてあり、座る客たちも明らかに堅気な人物ではない。
娼婦、ヤク中、傭兵、殺し屋。そんなどうしようもない無法者たちが唯一、羽とハメを外せる場所。それがここイエローフラッグである。
「ロクでもないな。この街は」
店に入った当初は、顔バレしないかと警戒心を強くしながら俯き気味だったクルツとアーシャだったが、店の雰囲気に慣れたのか、はたまた開き直ったのか今は堂々と顔を上げていた。
「まあ、そう言うなよ。こんな場所でも住めばなんとやらってな。慣れたらそこそこ快適だぜ?」
ロックスタイルのウイスキーを傾けながら戯けて見せる。
「慣れたくない」
キッパリとクルツが言い切るのと同時にグラスに入っていた酒が空になった。追加の酒を注ごうとするバーテンを手で制して、1人席から立ち上がる。なんてことはない。ちょいと野暮用ができたのだ。
「そういう顔だ。シュテル。俺はちょっとトイレに行って来るから後頼んだ」
後ろの丸テーブルで1人静かに淡々とバカルディをロックでもなくストレートで飲んでいたシュテルに一言告げ、ひらひらと手を振って俺は煩い店内を抜けて行った。
わからない。
それが今のクルツ・マートンの素直な感想だった。
悪党が我が物顔ではびこり、時空管理局すら迂闊に手を出せない正真正銘の悪の巣窟。この街に来る前に何度となく聞いたこの街の噂は寸分違わないものであった。
この酒場ーーイエローフラッグがその良い例だ。
クルツは改めて店内を見渡す。どう見てもカタギには見えない連中が、当たり前な顔で酒を飲んでいる。
店内に設置された丸テーブルに座る連中はどれも刺青やらピアスやらをした強面に加え、その隣に座る女連中も一般人にはとうてい見えない派手で露出の高い服を着ていた。テーブルの上にはグラスやカード、財布といったものと一緒に平然と管理局が禁止にしている質量兵器の代表たる銃が置かれているのにも関わらず、誰もそれを咎めたりしない。この街ではそれが当たり前だ。そう言っているような気さえしてくる。
だと言うのに、自分たちを助けた男はそういった悪党特有の空気をまったくと言っていいほど感じさせない。ヘラヘラと笑いながら複数の女を連れているところは如何にもこの街の住人らしいが、そんな遊び人のようなやつはミッドチルダ首都クラナガンでも大勢いる。
彼は何者なのだろうか。
何故自分たちの素性を知りながらもここまで献身的にかつ協力的なのか。
クルツの疑問は尽きない。
「気になりますか?」
「あ、えっと」
「シュテル・スタークス。彼の愛人希望第1号で一応は仕事仲間です」
無表情で淡々と度数の強い酒を飲んでいた女性ーーシュテルがグラスを静かに丸テーブルに置く。さりげなく今さらっと、とんでもない事を言っていたのは気のせいだろうか。
コクトーと名乗る怪しい青年や、その雇い主らしいディアーチェとはまた違った、独特な空気を纏ったシュテルに一瞬クルツは言葉を詰まらせる。
「君も長いのか? その……この街は」
「長いですよ。もうかれこれ8年目になりますかね」
少し遠い目をして話す。
正確な年齢をクルツはわからないが、その容姿はどう見ても20代そこそこ。そんな彼女が何故8年前にーーおそらくはまだ10代前半から半ば程度の年齢からこんな犯罪都市に住み着くようになったのか。
酔いもあってか、クルツはとくに躊躇う事もなく言葉を滑らす。
「……どうしてこの街に?」
「彼をーーコクトーを追いかけてきたんですよ。彼、ちょとした事情で管理局から追放されちゃってまして、本人曰く戸籍上では既に死亡扱いだそうです」
なんでもないように話すシュテルだが、クルツは思わず座っていた椅子から転げ落ちそうになった。
自分だって訳あって時空管理局から追われている身だし、望む望まないは別にして人を殺めたこともあるが、そんな自分の境遇と照らし合わせても彼の境遇は異常だ。一体何をしたらあの時空管理局に社会的にも法律的にも抹消されるようなことになるのか。
「死人の自分が生者のいる場所には居られないと、彼がロアナプラに流れ着いたのを知って、私たちも彼を追いかけてこの街に」
「私たち?」
「ええ。私とディアーチェとレヴィ。それとこの場には居ませんが、仲間の3人が彼を追いかけてロアナプラに来たんです」
ちらりとクルツはコクトーが去った後を目で追った。見れば先ほど店に入る前に自己紹介された女性ーーレヴィ・ラッセルが派手に殴り合いをしている連中の輪の中で呑気にカレーを食べている。信じられないが、彼女もその1人らしい。
出会ってまだ数時間程度だが、アーシャの話からは彼が此れ程多くの人間に慕われるような人物には見えなかった。どこか他人を小馬鹿にしたようなやつ。それがクルツがコクトーに抱く正直な印象だ。
「あれでも昔は将来有望な魔導師だったんですよ、彼」
「え? 魔導師なのか、あいつ」
さらに明かされる衝撃の真実にクルツは声を上げる。
「昔の話ですけどね。魔術師ランクもとっくの昔に剥奪されてますし、本人も魔術師見習い程度の出来損ないだってよく言ってます」
それがどうなってあんなチャラ男になったのか激しく疑問だが、たぶん彼にも色々とあったのだろう。
もう少し詳しく話を聞いてみたくなったその時ーー
「シュテル。あまり他人の過去を本人の許可無しにペラペラと喋るでない」
とそこでアーシャの隣にいたディアーチェから制止の声がかかった。怒っているとまではいかないが、コクトーの過去を喋り続けるシュテルを咎めるような口調と態度である。
シュテルは一度頭を下げた。
「失礼しました。駄目ですね、お酒が入るとつい口が軽くなって」
「顔色一つ変えないでそんな度数の高い酒を1人で数分持たずに空にしてるやつが言っても説得力が無いぞ」
そう言ってディアーチェはウォッカの入っているグラスに口を付ける。アルコール度数はそれなりに高い筈なのに、ディアーチェもシュテル同様水でも飲むかのように飲み干してみせた。どっちもどっちである。
どうやらこの酒場にはカクテルやソーダと言った気の利いたものはないらしく、基本ストレートかロックしかない。例外的にあるとすればビールか、今現在未成年のアーシャが飲んでいるコーラくらいである。
「まあいい。それよりもクルツ・マートン……だったか?一つ、この街に居るにあたり教えなければいけない話がある」
視線をシュテルの座る丸テーブルから再びバーカウンターに戻すと、バーテンから新しいボトルが置かれた。それを手慣れた手つきで開けつつ、ディアーチェは静かに口を開いた。
「汝等が何かしらの目的があってこの街に来ているのはコクトーから聞いてはいる。我らもそれに関してはとりあえずは追求はするつもりもない。……だが」
注がれた新しい酒を口に含んでからディアーチェはピンと細い人差し指を立てる。
「この街には絶対に厳守すべきルールがある。それだけはきっちりと守ってもらいたいのだ」
「ルール?」
「なに、難しく言ってはいるが、ようは怒らせてはいけない人間たちがいるという話だ」
「それは、この街を支配してるやつがいるという事か?」
「近からず遠からずと言ったとこだな」
ディアーチェの立てられた指が人差し指に加え、中指と薬指が立てられて3本になる。
これが意味するところは、その人物たちは大きく纏めて3組いると言うことだろう。
「一つ目はこのロアナプラを実施的に管理、統率している四大マフィア。通称黄金夜会。この街の収益全てに黄金夜会が関わっている故、迂闊に人前で暴れたり殺したりすれば直ぐさまやつらの耳に入る」
それは暗に昼間の出来事に釘を刺している事を意味していた。
ディアーチェの薬指が静かに折られる。
「二つ目、聖王教会」
「聖王教会⁉︎ この街にもベルカ聖王教会があるのか?」
「名前だけの教会だがな。とは言え、本当に聖王教会なのか怪しいところではある。なにせ、あそこはこの街で唯一表立って武器の販売が許されている場所だからな」
武器。そう聞いて、おそらくは一般的な武器である魔法演算サポートのデバイスではなく、時空管理局が禁止にしている質量兵器ーー銃器の類いで間違いないだろう。
教会という神聖な場所で、堂々と聖王に喧嘩を売る行為にクルツは驚きを隠せない。既にこの数十分足らずで彼の常識は崩壊していた。
「後は……そうだな。怒らせるという意味合いでは違うが、手を出すなという意味合いでならこの街で唯一の医者であるマオ先生の居る診療所や、汝等も世話になったウェンリーのタバコ屋もあるが……、まあこの辺りはロアナプラでは常識中の常識だ」
そこでディアーチェはグラスに注がれた酒の残りを一気に呷って、一度言葉を切った。
中指が折られ、最初と同じように人差し指がピンと立っている。
「最後に一つ。最悪これだけは守ればいい」
並々ならないディアーチェの迫力にクルツは思わず息を呑んだ。
今話された二つだけでも相当なレベルで危険なのはよく理解できた。
この街に来てまだ日が浅いクルツだったが、それでもこの街が常識外れな危険な場所だとは理解できる。
そんな場所に長年、8年もの間過ごしてきたディアーチェが最悪、と頭を付けてまで怒らせてはいけない人物。
「たった1人。あいつを怒らせなければ、とりあえずはロアナプラで生きていける筈だ」
重苦し空気の中、ディアーチェが口を開く。
「ーーーーコクトー。我の部下にして、このロアナプラでただ1人、黄金夜会も聖王教会も危険視している人物だ」
「えっ……あの男が?」
クルツの間の抜けた声が騒がしい店内の騒音に消える。
ディアーチェの言葉を流石のクルツも直ぐには信じられなかった。確かに先ほどのシュテルとの会話から、彼が普通ではない経歴の持ち主だとは理解できたが、それを差し引いても彼がこの街の支配者たちから一目置かれた存在だとは信じられない。
「信じられないか? まあ、無理もない。大抵新参者にこの話をしても鼻で笑うか、タチの悪い冗談程度にしか受け取らんからな」
そう言って苦笑を浮かべるディアーチェ。
いつの間にやら話を聞いていたアーシャも首を傾げている。
「その……そんなに危険なやつなのか?」
「あやつがか? それは無い。断定して無い」
はっきりとそう答えたディアーチェに、クルツとアーシャはますます首を傾げた。
周りを見渡せば、人の1人や2人は殺っていそうな強面の連中。そんな男たちが畏怖の念を抱く男。
だというのにその事を話すディアーチェは彼が危険な思考の持ち主ではないと言う。
「じゃあどうしてーーーー」
クルツの言葉は最後まで紡がれることはなかった。
突然、乱暴にイエローフラッグの入り口の扉が開かれ、複数人の軍服を着た男たちが銃を構えて現れたからだ。
「イェア! 楽しく飲んでるかクソ共? 俺からの素敵なプレゼントだ」
軍服の中でただ1人ーーおそらくはリーダー格のサングラスをかけた男の声が店中に響き、店にいた客の視線が一気に男に集まる。
男の手には丸い玉のような物が握られていた。細いピンのようなのを男は引き抜く。その姿には見覚えがある。
とんでもない。あれはーー
「受け取れ」
丸い玉が二つ。男の手から離れて店に投げ込まれ、それが手榴弾だと店内ににいた客が気がついた時ーー
イエローフラッグは閃光と爆炎に包まれた。
聖王教会はブラクラでいう暴力教会になります。
しかし本編あんまり進んでないなぁ……