憧れの太陽へ手を伸ばす   作:まむれ

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3話

「なあ……目白ってほんとに一年か?」

「失礼な。いやわからんでもないけど、正真正銘一年だよ」

 

 試合が始まって即座にショートカットを駆使して攻撃力ダウンの式神をばら撒いた後、「じゃあ走ろっか」と笑顔で全速力を指示した俺に神崎が疑わし気な目を向けてくる。しかもチートとかを疑ってるんじゃなくて、人外を見るかのような目だった。向けられる方としては遺憾砲の準備をせざるを得ない。

 ARはあくまで「拡張現実」、動くプレイヤーは人間が出来る範囲の動きしか出来ないから、式神の移動速度と行動可能範囲を当てはめれば、開幕に限り敵がどこにいるかなどを探るのはそう難しくない。

 ましてや俺を侮ってる奴が敵にいる状況で、式神召喚をショートカット駆使して大量に差し向けるなんてありえない展開を予想出来る訳がない。新一年で組まれた親善試合の側面がある腕試しでマジギレしてる俺が大人気ないだけだ。

 

「にしては相当ヤバいことしてるぞ?」

「あのな、人間やれば何でもできるんだよ」

「えぇ……」

「例えばミスると脳天斬られたり、どこがどう違うか文字通り手取り足取り教えられたり……」

 

 いや痛いのはまだいいんだ。痛いは痛いだけだが、手取り足取りってのがそのままの意味すぎて別の意味でヤバかった。

 思春期の男が美人で肌がそこそこ見えてるAR化に接触されて色々柔らかい体験をしてみろ。下半身が大変よろしくないことになる。

 そもそも投影用に着るスーツだってピッチリして身体のラインがはっきりわかるから性的に意識しないさせないのがマナーであるはずなのに、あの人はそんなの余裕でぶっちぎって来るから本当に酷い。しかも美人だしよぉ! 胸もあるしよぉ! 東京のゆるキャラ盛りもっこりくんとか言われたのは一生忘れねぇからなァ!!!

 

「お、おいどうした! 勝ち確信した瞬間横からSMGの一斉射で不意打ちされた騎士職みたいな顔して!」

「俺そんな酷い顔してたか!?」

 

 心なしか神崎が距離を開けているが、実際男子の心を弄んだOLに憎しみを抱いているのでしょうがない。

 あんなんずっとやられてたらころっとオチてた。間違いなく好きになってたし、その結果どれ程弄られたか想像がつく。そうならないよう平静を保つために式神召喚の詠唱を脳内で延々とリピートしていたのが今の練度に結び付いたのは皮肉だが……

 

「ん。接敵したっぽい」

「やるじゃん! つまりそっち行けばいいってことよね!」

 

 俺の報告にぱちんと指を鳴らし、突撃志向を隠さない少女がスキップしそうな声で俺達を急かす。小袖に袴は神崎と同じ『侍』ジョブで共通だが、標準仕様の刀より長い長刀とも言うべき武器を腰でなく背中に乗せている。というか、その子が小さいから余計に刀が大きく見える。目算で身長が140あるかないかんだが、中学生じゃないよな?

 

「なんというか、改めて見ると凄いよなそれ」

「いいでしょ~~~! バッサリとね、斬れるの!」

「豊島さん、間違えて俺は斬らないでね」

「敵と味方の区別はついてるよぉ!」

 

 ミニマム侍豊島 秀子(とよしま ひでこ)、色物は俺だけかと思われたがそんな中でさも普通ですと言わんばかりにデカブツ引っさげたとんでもガールである。

 長刀ってクリーンヒットが難しくて変な斬り方したりすると損耗が結構早いイメージがあるんだけど、彼女は上手く扱えるのだろうか。

 

「じゃあ私たちは後ろで援護するから、手筈通りにやりましょ」

「なんだっけ、金髪の侍くんは目白くんがやるからそれ以外だよね?」

「……ほんとに僕も行くの? 護衛付けずに後衛を置くのって不安なんだけど……」

 

 後衛を務めるのは高島さんと西さん、本来なら護衛兼遊撃のはずだった海道くん。懸念は最もだが、式神を置いておくし問題ない。

 一言断って更に二体の式神を召喚したあと、草木をかき分けてフィールドを走りながら進む。大きな木とか茂みの根本にしか当たり判定はないんだけど、これやらないと武器とかに損耗判定入るからロールプレイは大事。

 

「そう言えば放った式神って何タイプなの?」

「最初に放ったのは出来る限り耐久を減らして攻撃低下と行動時間が長いやつ。一緒に凸らせるのはリソース消費凄いけど耐久攻撃申し分なしの精鋭タイプだね」

 

 繰り返しになるが、ARはあくまで「拡張現実」だ。リアルをベースに装備もフィールドも整えられているし、相対する相手は実体があるから攻撃と防御の駆け引きが生まれる。

 だが一部のスキルや魔法によるトークンの召喚は映像なので、当たり前だが実体を持たない。つまり、相手が盾で防御しようとしても攻撃が擦り抜けるのだ。もちろん接触判定で耐久値は減るが、同時にそれで撃破されなければ攻撃が通る。追い払おうとしても手応えがないからあとどれくらい攻撃すればいいかもわからないし、そもそも相打ち上等で向かってくるから手に負えない。オマケに視界もふさがれると来たもんだ。

 

 そんな優位性があるから召喚系は発動までの時間が長いしショートカットもシビア……のはずが師匠はそこらへんミスったところ一回も見た事ないし、遠隔起動に加えて重複召喚とかいう曲芸までやるからやってるゲームが違う。

 駄目だ、師匠が凄すぎて召喚魔法使う度に頭に過ってくる。敵も近いし切り替えないと。

 

 敵の声が近くなり、間もなく接敵すると高島さんが支援の魔法を読み込ませる間に、式神を複数召喚して数的有利の確保。

 都合三体、索敵と護衛に使う分も除けばこれでリソース全部。ただしその性能は折り紙付きで、デバフ貰ったアタッカーじゃ早々落ちることはない。

 あとは号令出すだけなんだが、戦闘が始まったら言えないし終わった後だと素面になるから今のうちに俺の気持ちを言っておこう。

 

「じゃあ作戦通りに行くけど……皆ありがとう。初対面の俺の願いを聞いた挙句、こんなロールプレイにも付き合ってくれるなんて」

 

 改めて頭を下げて仲間に感謝を伝えると、きょとんとした後に全員が小さく笑う。

 

「いいっていいって。まずは楽しく、が俺のAR/MSのモットーだからね」

「突撃して斬ればいいって簡単だもん!」

「どうせ私はやること変わらないから。前衛に支援(バフ)飛ばして細かい指示だすだけだし」

「ウチも同じ。けど目白くんの考えてる通りならライン考えなくて済むから普段より楽だよ」

「僕は後先考えずに攻撃なんて普段しないので、むしろ新鮮でいいですね」

 

 いやほんとに、気持ちの良い奴らばっか仲間になったなと自分の幸運に拍手どころかハグして親愛のキスしたくなった。

 観戦してる上級生達にあっと驚くサプライズ。いや一歩間違えるとなんのつもりだテメーとか言われそうだけど、やるのはこの一回こっきりだから許してほしい

 

 じゃあ、往こうか。

 

 


 

 

 その声はフィールドに強く強く、響き渡った。

 

俺たちが! ただ一つ目指す先は!?

勝利!!

 

 腰にぶら下げていた刀を抜き、敵チームがいる方向へ切っ先を向ける。

 

じゃあ、その道行きを阻むものは――

ただ!! 斬り捨てる(・・・・・)のみ!!

 

素晴らしい叫び声。即興にしては熱がこもっていて、最大ブーストのマイクが音を拾って見えない圧力を相手に叩きつけていた。

 何よりも、去年AR/MS部に所属していた上級生達と、夏の大会を見ていた全員が既視感を覚えた。

 

「止まるな! 最後まで走り抜けろ! ――――

 

 

 

突  撃  !!

 

 

 

 死を覚悟したような掛け声と共に、チームのアタッカー全員と召喚された式神達が鬼の形相で敵の前衛に斬りかかった。

 式神によるデバフが残っている中での奇襲――いや奇襲と言うには前口上で存在を知らせてしまっていたが――にBteamの面々は浮足立つ。陣形は碌に取れておらず、前衛3人に対して襲い掛かる蛮族。音が衝撃波となって身体を叩くような叫びと共に、文明の「ぶ」の字も知らなさそうな顔で得物の振りかぶって襲い来る集団を前に冷静でいろという方が無理だろう。

 

 とは言え、声の方へと向けば敵がいるのだから迎撃を試みる。懐に潜り込まれる前にと符術で返り討ちにしてやろうと、後衛の女子生徒がとっさに指で挟んだカードを起動し、何に妨げられる事無く直撃したと確信を得た後衛が、得意げな表情が驚愕にバケツ塗りされるまで僅か一秒。

 両脇に狛犬のトークンを従え――「メタ的な事を言えば相手の術攻撃は痛みがない。つまり恐怖を克服すればお前なら抜けられるはずだ」「いやお前何言って」「そら! 後ろから符を投げられたくなければ走れ走れ! 突撃あるのみだぞ俺達は!」「ふっざけんなァ!!!」――ヤケクソ気味に煙の中から飛び出した金髪の男子生徒に一突き。女生徒の胸部を突き抜け、背中から綺麗に伸びる銀の刃をBチームの全員が幻視し、その呆然とした数秒が運命の分かれ目となる。。

 バフとトークンによる数的有利、それに加えて敵は跳ね返すための攻撃力を下げられているのが何より致命傷だった。

 

 

「諦ちゃん、どういうこと?」

「私が聞きたいくらいだよ……」

 

 号令をかけた青年をよく知る参社院家の二人は真顔でフィールドを見つめる。

 眼下には理性の欠片も残っていないアタッカーが、思うままに武器を振るっている。初見で気の弱そうな子だなと感じていた小柄の男子生徒が、嬉々として後衛の女子生徒に槍を何度も突き刺してライフを全損させ、割れたと認識すると鍔迫り合いしていた敵前衛の背中を満面の笑みで貫く。

 一種の狂化(バーサーク) 状態になっているのか? いやでも割った瞬間攻撃止めたし……。(あきら)が困惑している間に試合は終わりつつある。

 数が少ない代わりに長持ちする式神、デバフ、ロールプレイとは言え後先考えていなさそうな突撃に冷静に対処出来るはずもなく、最後に残った侍の生徒が良く知る幼馴染によってライフがゼロになるまで何度も斬られていた。

 

『ごめ、ごめん、ごめんね押上くん! ジョブ的には俺後衛だからさ! 一思いにやれなくてほんとごめんね!!』

『嘘つけぇ! その刀ぜってー最低ランクのものだろ! おいてめぇら! ふざけんな! 初対面の癖になんでそんなノリノリで俺の両手足抑えてんだよ!! 聞けよおい!!!』

『俺に……俺に実力があればこんなことにはならなかったんだよね、押上くんの言う通りだった……俺はチームの足を引っ張ってる……』

『いてぇんだよ! 安全素材でもいてぇもんはいてぇんだぞ! 物理的にお前のチームメイトが俺の足を千切ろうと引っ張ってるんだよ! くっ、殺せ!! いや頼むから、開始前の事は謝るから早くとどめ刺してくれ!!』

 

 AR/MSには試合中に偶然を装ってセクハラを行った相手へペナルティを行う機能が存在するが、手足合わせて四回の機会が与えられているにも関わらずどれもが「下心無し」の判決を下しているようで、大の字に固定された最後の選手はされるがままだ。

 ……袋叩きにされた男子生徒も案外ノリが良い方らしい。惜しむらくは性別が女ではなく男であった事と、ジョブが騎士でなかった事だろう。

 

「……聞きたい事が出来た」

「手加減してあげてね、その状態の昌ちゃん怖いから」

 

 去年の東京都地区大会、とある高校がお披露目した戦術。幼馴染の青年が“憧れた”とまで言った派手な突撃を青年が再現したなど、到底スルー出来ることではなかった。

 

 参社院 諦は1vs1(サシ)で仕留められなかったせいでプライドが。

 参社院 昌は緻密に立てた戦術に大きな穴を開けられた悔しさが。

 

 夏の激闘が記憶の底から蘇る。予想外の試合展開で、楽勝だと侮った相手に苦戦した事実は戒めとして二人の脳裏に刻まれている。認めたくはないが、自分たちの喉元を食い破る程の実力があると確信している。

 で、そんな相手の戦法を二桁年付き合いのある幼馴染が真似たとしたら。少なくとも参社院 昌は平静でいられないし、参社院 諦も色々気になったわけで。

 

 まあつまるところ、()へ手加減してあげてねと言っても()が青年を詰める場に堂々と居座る気満々であった。

 

『Bteam全員リタイア、Ateamの勝利!』

 

 こうして。

 黒木々葉学園AR/MS部部長の幼馴染である目白 盛光の初陣は観戦していた全員の記憶にキッチリと残る事となる。

 上級生の全員が、リンチされていた男子生徒に笑顔で手を差し伸べる犯人をドン引きしてみていた。

 




なんか評価一つ入ってるやん! ありがとうございます!!

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