サリーのロボトミーコーポレーション 作:エリック
ただ、それだけだったのに。
「モルティ→幸せなテディに愛着作業」
「エフゲニ→オールドレディに愛着作業」
「アンジェリーナ→宇宙の欠片に愛着作業」
業務開始直後から古参勢が言っていた通りに大量の業務指示がなだれ込む。
「だろうと思って準備しといたさ。」
「結構気に入られたみたいですね。」
「問題ないですよ。」
しかし、古参勢から話を聞いていた職員一同は自分がよく割り当てられるアブノーマリティの作業計画をあらかじめ立てておいたため問題なく職務を遂行できている。
そんな職員たちの様子を見てか、管理人もついつい調子に乗って作業指示を頻発する。
「ジーニー→魔弾の射手に抑圧作業」
「っし。今日もまた、愛着の崩壊手順を行うか。」
「ダコタ→罰鳥に洞察作業」
「視覚的環境満足度のチェックがいいかな。」
作業が終わったのを確認したら、管理人はすぐに別の作業の指示をする。特に古参勢は仕事が早いためか、よく振られる傾向がある。
「ジュリアン→キュートちゃんに本能作業」
「ダコタ→幸せなテディに愛着作業」
そのためか、今日もダコタは過労死枠だった。
いつもの半分以下の時間でクリフォトレベルが上がり、クリフォト暴走がいくつかの収容室でクリフォト暴走が起きる。
管理人は調子に乗って作業をポンポン進めたことに気づいておらず、驚きのあまり変な叫び声を上げていた。
「アンジェリーナ→罰鳥に洞察作業」
「エフゲニ→オールドレディに愛着作業」
それでもある程度職務にも慣れた管理人は冷静に対応する。
クリフォト暴走の起きている収容室に落ち着いて人員を送り込み、素早くクリフォト暴走を抑制する。
自分が浮き足立っていたことを自覚したのか、次の作業は単体で指示された。
「メイ→大鳥に本能作業」
「……まだ情報が足りないアブノーマリティだ。気をつけていこう。」
これまでやってきた中立刺激の強化が上手くいったか確認するため、メイは条件刺激テストとレポートに書き記して収容室へと向かう。
条件刺激テストの結果が良ければ、ようやく安全に血液検査やバイタルサインチェック、それに脳波検査といった侵襲的な検査ができる。今回のテストは社の発展に非常に有用かつ不可欠なものだ。
メイはいつも通りに収容室へと赴く。
「……うん。慎重に。」
大鳥を一瞥してメイが呟く。
勇気の急激な成長によりランクⅣに昇格したメイは昨日とひと味違う。大鳥の前でも緊張することなく冷静に前に立てていた。
メイの行うテストは大きく分けて3段階。
まずは単純接触。これは問題ないだろうとメイは思っているものの、一応調べておかなければ重大なインシデントを起こす可能性がある。今回は本能作業のため、単純接触をアブノーマリティ自身を清潔にすることと表皮の強度チェックで調べることにした。
次に刺激への暴露。アンジェリーナの血液採取によって大鳥に条件付けされた恐怖が緩和されているかを調べるため、血液採取に使用した注射器そのものへの恐怖刺激に慣れさせる必要がある。
ただ、いきなり注射器を見せるのは危険が大きすぎるため、メイはそれによく似た刺激──先端の尖った物への暴露で少しずつ慣れさせようと考えていた。
一般的には「系統的脱感作法」と呼ばれるその技法は、恐怖刺激を階層分けして暴露させて恐怖対象に慣れさせる技法だ。
そして最後、階層分けされた刺激のうち、大鳥が興奮した刺激への繰り返しの暴露。
エサを与えることと単純接触によって大鳥が落ち着きを取り戻すことはこれまでの作業で明らかになっている。そのため、大鳥が興奮したらなだめ透かし、また刺激に暴露させてを繰り返すことで、刺激と条件付けされた恐怖を少しずつ取り除こうというのがこの段階の目的だ。
最悪の場合は何をやっても大鳥の興奮が治まらなかった時になるのだが、その時はエサで気を引くなりで注意を自分から逸らして退出してしまえばいい、なんてメイは考えている。通常のカウンセリングであればクライエントからの信頼を失う行為だが相手はアブノーマリティ、クリフォト抑止力を強化すればどうとでもなる。
「……よし。」
再度自分の行うべき作業手順を確認し、メイは作業に取り掛かる。
まずは機嫌がどうか調べるためにいつもと同じ単純接触。これにはいつも通りで大鳥は嫌がるような素振りを見せない。
「……うん。それじゃあ、今日は体を洗っていくからね。」
一言声をかけてからメイは腕まくりをして洗浄を始めた。
大鳥は全身の羽根をむしり取ってランプの芯に、身体中の皮を剥いでランプの油にしている。それが理由で大鳥の表皮は筋繊維がむき出しになっていて非常に脆弱だ。
メイは泡を使わず、湿らせたホットタオルを用意して丁寧に大鳥の身体を拭いていく。
大鳥は目を閉じて気持ちよさそうにそれを受け入れていた。
(単純接触は問題なし……か。)
メイは大鳥の近くでレポートをとる。
いつもレポートには社内規定のボールペンを用いるが、今回は検査のためにと特別にシャープペンシルを用いていた。
メイがレポートをとり始めた瞬間、大鳥の眼差しがメイの手元に注がれる。
「……いつもとちょっと違うけど、ただの筆記用具だよ?」
メイの言葉を理解したのか、大鳥の視線が元の位置に戻る。
メイはレポートに「拒絶反応は針そのものよりも侵襲するかどうかが関わる可能性がある」と書き加えた。
「おっきいから清潔手順にかなり時間取っちゃったな……続きは次ね。」
不安階層表の第1段階を終えた時点でかなりいい時間になっていることに気づいたメイは、それ以上の作業をすっぱり諦めて退室する。
大鳥はかなり上機嫌でPeBoxをたくさん生産していた。
「うん、今日は順調そうだね。」
メイのその言葉の通り、その後の作業も順調に進む。
まずはいつも通り、ジーニーが魔弾の射手に、アンジェリーナが宇宙の欠片にそれぞれ作業を命じられる。その後も管理人とニコイチと見られている疑惑があるモルティと幸せなテディが引き合わされた。
数日間働いてきて幾分か管理人の癖が読めるようになってきたエージェントたちは、管理人のあまりの急ぎようからもうすぐ試練が始まることを察した。
「ジーニー→魔弾の射手に抑圧作業」
「また俺かよ……」
ただ1人、入社してから馬車馬の如くこき使われていて、何かを考える余裕のないジーニーを除いて、だが。
その後、ジュリアンがキュートちゃんに本能作業を終えたところでピタリと作業指示が止まった。
「2人とも、わかってるよな?」
「えぇ、試練が始まるね。」
「覚悟はできていますから。」
次の作業で試練が始まる。
そのことに1番ピリついていたのはコントロールチームの同期3人組。それぞれ別の部門で、別の先輩を師事した3人組だった。
理由は至極単純。
「俺たちは、先輩たち抜きで試練を超えたことがないんだ、気を引き締めていこう。」
「えぇ。」「はい……!」
3人は、同期3人組だけで試練を鎮圧した経験がない。
今までは先輩たちにくっついて、導かれるままに試練を鎮圧していただけだから。
確かに昨日も試練は起こった。だがそれは、場所を転々としてアブノーマリティのクリフォトカウンターと固有E-Boxを減少させる【深紅の黎明】
脱走の可能性のあるキュートちゃんの収容室前に集められた3人は【深紅の黎明】を見ることもなく試練を超えた。
だから、自分たちだけで試練を超えた経験が3人にはまだない。
「アンジェリーナ→罰鳥に洞察作業」
「始まるな……」
「大丈夫……私たちならできる……!」
「僕らにだってできるはずです!多分……」
ジュリアンは【彼方の欠片】を
スーザンは【くちばし】を
エフゲニは【懺悔】を
それぞれ強く握りしめた。