サリーのロボトミーコーポレーション 作:エリック
理解出来ぬものを理解するために夢を見る
低く不気味な音が施設中に響く。
メイやダコタ、サンチェスなら【紫の黎明】だと特定できる情報だが、コントロールチームの3人ではまだ場数が足りず、試練タイプの特定には至らない。
「試練は計何色でしたっけ?」
「確か、深紅・緑青・橙・紫の4色?」
「昨日は深紅、昨日と対応が違うから深紅ではない、紫は早い鎮圧が必要で、橙はうじゃうじゃいるやつ、緑青が殺戮に特化……だったはず!」
お互いをカバーするためにと、エフゲニが試練についての基本情報について確認する。その答えをスーザンが手早く提示し、ジュリアンが対応について話すために試練の具体的な特徴を羅列した。
特にジュリアンの手腕は凄まじく、試練タイプの推察をしながら可能性がある試練タイプの特徴を手早く伝えていた。さすがはメイに師事したと言ったところだろうか。
「コントロールチーム各位→【理解の果実1】鎮圧」
「紫です!」
「手早く鎮圧……鎮圧出来なかったら?」
「そんときゃそん時だ!今はとりあえず、今できることだけ考えとくぞ!」
「はい!」「わかった!」
鎮圧指示が出てすぐに3人は【理解の果実】へと急行する。まずは【調整の鏡】で正義の値が同期の誰よりも高くなったスーザンが到着し、【くちばし】で遠距離から【理解の果実】を狙い撃つ。
「早く倒すんだ……!何が起こるか分からないからこそ……早く!」
逸る心を落ち着けず、スーザンは心のままに武器を振るう。そこに正義の値が全く同じのジュリアンとエフゲニは同時に到着した。槍である【彼方の欠片】を持つジュリアンはメイスの【懺悔】を持つエフゲニよりも早くに攻撃を開始する。
「スーザン、状況は!?」
「移動速度は早くなくて、定期的に発光を繰り返してる!ダメージは離れてて受けてないから分かんない!」
「了解!イェーナ、油断するなよ!」
「言われなくとも!」
どんな時でも情報共有は怠らない。
別部門で教わった3人が、唯一共通して言われ続けたことだ。
ジュリアンが【彼方の欠片】を突き刺し、エフゲニが【懺悔】でぶん殴る。
その瞬間、【理解の果実】から生暖かい体液が吹き出して2人の頬を不気味に染めた。ブヨブヨとしたその感触が、手のひらを通して2人に嫌悪感を与えてくる。
けれど、それで手を止めてしまったならば、自分以外をも危険に晒すことをその場の全員が理解していた。
【…………!】
唐突に【理解の果実】が脈動する。微かな震えとともに【理解の果実】は不気味な光を部屋いっぱいに撒き散らした。
「……っ!?」「んっ……!?」「…………!」
ただ光るだけだと思っていた3人は、光と同時に微かに傷んだ体と脳を揺さぶる不安感に困惑していた。
体力・精神力がバランスよく育っていたエフゲニは微かな不安を覚えただけに留まるが、精神力が低いジュリアンとスーザンは違う。
勇気と慎重に倍以上の開きがあるジュリアンとスーザンにとっては精神的な負荷が高すぎた。
(早く殺さないと……早く……!)
(血の匂いがする……)
脅迫的な考えと、妙な高揚感を覚えながらも2人は武器を振るい続ける。特にスーザンはE.G.O.防具の耐性も相まって、かなり精神的に参ってしまっていた。
さらに【理解の果実】の進行方向もよろしくない。
【理解の果実】は最初に見えたスーザンを標的にしているのか、彼女にどんどん近づいてくる。1番耐性のないスーザンが狙われ、逆に幾分か余裕があるエフゲニは攻撃範囲外に出てしまっている。現状はあまり好ましいものでは無いだろう。
何度目かの発光で、ジュリアンもスーザンも精神力を危険域まで削られる。
不味いと考えた2人は視線を交わし、ある賭けに出た。
「お願いねっ!」
言うが早いか、スーザンは進み続ける【理解の果実】を【くちばし】の銃身でぶん殴る。完全に虚を突かれた【理解の果実】はほんの数瞬だけ動きを止めた。
ジュリアンは、その数瞬を逃さない。
「任せろ!」
上から【彼方の欠片】を振り下ろし、床ごと【理解の果実】を串刺しにする。これで動きは完全に封じた。
「イェーナ!」
「詰めますね!」
後ろにいて表情は見えずとも、何をしたいのかは伝わってくる。なぜかは分からないけれど余裕のない同期のために、エフゲニは自分に期待されているであろう役割を十全に把握して完璧に実行する。
【理解の果実】に【懺悔】をぶちかまし、押し返してくるブヨブヨした感覚ごとその肉塊を叩き潰す。弱点属性でもある【懺悔】の一撃で【理解の果実】は溶けるように四散した。
「っしゃあ!」
「できた……!」
「やりましたね!」
自分たちだけで試練を超えたことに対して3人は快哉の声をあげる。自分たちの力が充分黎明に通用することが分かり、これから先の自信もついた。
鎮圧の時に受けたダメージはまだ残っているものの、3人には余裕が生まれたらしく笑顔で語らいながらメインルームに戻ってきていた。
そんなふうに互いを称え合う同期3人組を邪魔したくなかったのか、管理人は【魔弾の射手】や【宇宙の欠片】、【幸せなテディ】など、コントロールチーム以外のアブノーマリティに作業を指示する。
しばらく他の作業を見ていた管理人だったが、コントロールチームの3人の育成もしなければと思ったのか画面を戻す。
3人はまだ喜んでいると言うことはなかったものの、他の試練の対策や作業についての情報交換をしていた。
管理人はその様子を微笑ましいなぁと見ていたが、育成はきちんとしないとなぁと緩みきった頬で作業指示を出す。
その気の緩みこそ、今朝メイやダコタが警戒していたことだった。
「スーザン→たった一つの罪と何百もの善に愛着作業」
「ジュリアン→キュートちゃんに愛着作業」
「キュートちゃんに愛着作業?」
「……まぁ、管理人が言うなら大丈夫なんだろ。行ってくる。」
「気をつけてくださいね……?」
作業に赴くため、3人とも頭に浮かんだ疑念を無理やり振り払う。大丈夫だ、これまで上手くやってきただろうと自分自身に言い聞かせる。
「………………」
けれど相手は異常存在、どんな妄想でも「ただの妄想だ」と笑い飛ばすようなことは出来ない。ジュリアンもスーザンも、2人の帰りを待つエフゲニも、誰もが何も言えなかった。
「……やるしか、ないんだ。」
キュートちゃんのつぶらな瞳を見て幾分か冷静になれたジュリアンが作業を開始する。
「お前はいつでも可愛いな。それじゃ、直接接触の試みをするか。」
【ワンっ!】
キュートちゃんは今日も元気に吠える。
いつでも空腹なキュートちゃんは、今日もエサがたらふく食えると信じて、元気に吠える。
「今日は少し運動だ。お前用の玩具をいろいろ持ってきたから、とりあえずそれで遊ぼうぜ?」
ジュリアンは冷静にキュートちゃんと向き合う。
キュートちゃんも、ジュリアンの手元にあるドーナツ型の玩具に釘付けだ。
【ワンワンっ!】
「ははっ!お前も案外乗り気か!ならいい。そらっ!取ってこい!」
【キャワウン!】
ジュリアンが投げた玩具に向かってキュートちゃんは一目散に駆け出していく。そんなキュートちゃんを見てジュリアンは「なんだ、そんなに心配することなかったな」と考えていた。PeBoxも順調に生産されており、作業は非常に順調だった。
その時までは
ジュリアンが投げた玩具に追いついたキュートちゃんは、口で拾い上げたそれを噛み潰す。ある一定の弾性があるそれはキュートちゃんの鋭い犬歯をもってしてもなかなか噛みきれない。
口の中に含み、よく噛み、食いちぎる。
食いちぎったそれを咀嚼し、嚥下した。
そして気づく。
それが、食べ物では無いことを。
【グルルルル……!】
キュートちゃんが低く唸った。その愛らしい顔を歪めて、鋭い牙を剥き出しにし、目には憎悪の感情すら浮かべてジュリアンの方を見る。
「???どうかしたのか?」
ジュリアンがそう声をかけた瞬間だった。
【ウガゥ!!!】
キュートちゃんがジュリアンに飛びかかる。なんでも噛み砕く強靭な
「っっっ!?」
いきなり飛びかかられたジュリアンは、とっさに手で顔をガードする。キュートちゃんの凶牙は首筋より前に腕にぶち当たり、ジュリアンは何とか一命を取り留める。
幸運だったのはジュリアンの両手が空いていたことだろう。
これがいつぞやのダコタと同じように両手が塞がっていたのなら、あの時のダコタと同じく首筋を食いちぎられて大惨事になっていたかもしれない。
けれど、だからといって安心できるわけでもなかった。
「グルルルル……!」
腕に食いついたキュートちゃんは口を強く閉じて自身の牙をジュリアンの腕にロックする。顎は万力のようにギリギリと強く閉じられ、骨ごと腕を食いちぎらんとばかりに締め上げる。
「離せクソ犬……っ!」
ジュリアンは決死の抵抗とばかりに食いつかれた腕をキュートちゃんごと壁に叩きつける。腕と壁とに挟まれて肺が押しつぶされたのか、息をしようと必死に喘ぐ。
その隙を──キュートちゃんの口が僅かに開かれた隙をジュリアンは逃さない。僅かな隙間に手を入れると、口を一気に開かせて牙がくい込んだ腕を抜く。
腕に残った歯型から血が吹き出すが、それを気にしている場合では無い。
「エネルギーは!?」
ジュリアンは即座にE-Box量を確認する。NeBoxが大半を占めるものの、E-Boxの数は規定量に到達している。
「よし、撤退だ!」
ジュリアンは即座に判断し、肩を震わせながら大きく息を吸っているキュートちゃんを無視して収容室を後にする。
ちょうどジュリアンが出ていった時に、その異変は起こった。
【ウゥゥゥゥゥゥ……】
キュートちゃんの肩の刺青が淡く光る。
裏路地ではそれなりに見ることのある、通常のものとは少し異なる刺青が。
次の瞬間、キュートちゃんの肢体が隆起する。
皮が伸び、筋肉がはち切れんばかりに肥大化して、その小さな体躯を普段の十数倍にまで爆発させた。
結果生まれたのはキュートちゃんの顔をした、3mを優に超える体躯を持った四足歩行の化け物。
その化け物は収容室の扉をこじ開けて外に出る。
「なっ!?お前……!」
収容室を出てすぐのところで先ほど作業を終えたジュリアンが見えた。
今日の獲物は見つかった。
【キャワウオォォォォォォォン!】
キュートちゃんが咆哮を上げる。声色こそ小型犬の可愛らしいものだったが、その音圧や声量は今のキュートちゃんの巨躯にふさわしいだけの迫力がある。
不思議な威圧感にジュリアンは思わず武器を構えた。
「今すぐ元の持ち場へ戻れ」
その瞬間、手元の端末に管理人から個別の指示がやってくる。ジュリアンはキュートちゃんから目を逸らし、一目散にメインルームへと急いだ。
(気にするな、今は逃げろ!)
真後ろにピッタリと着いて離れない足音となにかの興奮した荒い息遣いを頭の隅に追いやってジュリアンは逃げる。
先ほどまで自分がいた位置に打撃音が響こうが、構えば次に潰されるのは自分だ。
(それに、ほんの少しずつだけどアイツは離れてってる!メインルームで体勢を建て直して、管理人の指示に委ねよう!)
情報チームの全員にキュートちゃんの鎮圧指示が出されていることを確認する余裕すらなくジュリアンはメインルームに駆け込んだ。
「ジュリアンくん!そんなに焦ってどうしたの!?」
「すまんスーザン、失敗した!キュートちゃんが脱走中、多分俺を追ってる!もしかしたらもうすぐここまで来るかもしれねぇ!」
「分かった、少し休んで……!?」
スーザンがジュリアンに労いの言葉をかけようとした瞬間、メインルームの扉が大きく歪む。
扉の隙間から爪が見えたかと思えば、次の瞬間には肉球が見え、瞬きをしていた間に扉が弾け飛ぶ。
壊れた扉の向こうから、可愛い小型犬の顔をした筋肉の化け物が現れた。
「っそ!もう来たのかよ早すぎんだろ!」
「構えて!ここで迎え撃つんだ!」
2人は素早く臨戦態勢を取る。【たった一つの罪と何百もの善】の作業に行ったエフゲニも、たった今作業が終わったと連絡があった。
【理解の果実】と危険度は同じTETH、3人で力を合わせられれば勝てない相手では無い。
「…………!んだこれかってぇ!」
抉るように【彼方の欠片】を突き出したジュリアンだったが、その先端はキュートちゃんの鋼のような腹筋に止められる。ビリビリと痺れるような感覚を腕に覚えたジュリアンは少しの間体勢を変えられない。
その隙を狙ってキュートちゃんは横薙ぎにジュリアンを払おうとする。
「させないよ……っ!」
ジュリアンが動けないことを視界の端に捉えたスーザンは【くちばし】の照準を急いでキュートちゃんの瞳に合わせる。熟練の射手を彷彿とさせるスーザンの早撃ちはE.G.O.を使用していることを加味したとしても、明らかにスーザンに可能な速さではない。どう見ても異常な早撃ちだが【くちばし】ならばその動きも可能だろう。
なにせあのくちばしは、罰を与えるためにあるのだから。
【キャワン!】
「助かった!」
「集中して!」
スーザンのサポートもあって、ジュリアンへの攻撃は頬を浅く切っただけで済んだ。
けれどまだまだ油断はできない。短いやり取りで連携し、2人でキュートちゃんを抑えていた。
その時だった。
「大丈夫か!?」
キュートちゃんの背中を蹴り倒してダコタがコントロールチームのメインルームに入ってくる。キュートちゃんは完全に不意を突かれたこともあって地面に組み伏せられた。ダコタに踏み潰されているキュートちゃんは何とか危機を脱しようと身をよじるが、上からダコタにガッチリと押さえられていた。
「手早く倒しますよ!」
「お前らよく持ち堪えた!」
ダコタに続いて情報チームの面々がやってくる。頼もしい口調と勇姿にジュリアンとスーザンは安堵した。
「よし!押さえててやっからビビらずやれ!」
「「はい!」」
ダコタの声に呼応して、ジュリアンとスーザンも気合いを入れ直す。
ダコタの後ろではモルティが「まぁたカッコつけてるよこの人」と少々呆れ顔だったが、キュートちゃんしか見ていない後輩たちが気づくことは無かった。
弱点属性である【クマの手】と【くちばし】、それに耐性があるとはいえ【孤独】までもが加わった火力は凄まじく、火力が一気に倍以上に跳ね上がる。
対するキュートちゃんはダコタに押さえられているのも相まってろくなダメージを与えられない。
【キャワウン……】
可愛い断末魔を上げてその場にへたり込む。
動く様子は見られなかった。
「やった……!」「助かった……」
「お疲れ。誰も死ななくて良かったよ。黎明もコントロールだけで鎮圧してたし、お前らは優秀だな。」
ニッと笑ってダコタは言う。スーザンもジュリアンも、自分より遥かに実力のあるランクⅣの職員に褒められてしどろもどろになってしまっていた。
そんなふたりに背中を向けながら「ま、たまには私たちにも頼ってくれよ?」と手をヒラヒラさせながら言う。
遠ざかっていくその背中に、2人が憧憬を抱いたのは至極当然のことだろう。
「2人とも!平気ですか!?」
「あぁ……情報チームの先輩たちが助けてくれた……」
「カッコよかった……」
「???はぁ……まぁ、おふたりが無事で良かったです!」
慌てて戻ってきたエフゲニは、ダコタが去っていった方をぼうっと眺めている2人に少しの困惑を覚えつつも2人の身の安全を喜んだ。
「前はアブノーマリティには絶対勝てないって思ってたけど……」
「えぇ、今なら……先輩たちと一緒なら、勝てる気がするわ……」
2人の宙に浮いているような感覚は、その後業務が終了するまで続いていた。