サリーのロボトミーコーポレーション   作:エリック

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「あら、サンチェス!どうかした?」

「1つ、お願いがあるんです。」

「???なに?」

「僕に、社内研修を受けさせていただけないでしょうか?」

「うーん……サンチェスはそのままでも優秀だと思うんだけど……」

「僕は、いつでも強いひとの後ろにいるんです。」

「サンチェスは支援が上手だもの!それもひとつの個性だと思うわ!」

「はい、確かにそうだと思います。ですが……」

「だけど?」

「強いひとに守られてばかりなのは、もう嫌なんです。」

「……………………」

「ダメ……でしょうか……?」

「いいえ、分かった。管理人に掛け合ってみるね!」

「!!!ありがとうございます!」


#17~18 ジュリアン④

16日目

教育チームの開放と同時に新しい職員が3名雇用された。

それに伴い、教育指導職員としてサンチェスが抜擢される。

 

管理人は現在、問題が起きた時にカバーがきく人材であるダコタを全部門にアクセスしやすい情報チームに、アブノーマリティの管理作業に最も長けたメイを現状一番危険な大鳥のいる安全チームにそれぞれ配置している。

そのため、この2人を除いた中で1番の古参であるサンチェスを教育チームへと派遣したのだろう。

 

「社内研修も受けさせてもらいましたし、僕もメイさんのようになれるよう頑張らないと。」

 

サンチェスは頬を叩いて気合いを入れ直す。

社内研修で勇気も慎重も、そして自制も大幅に強化したサンチェスは本日付けでランクⅣに飛び級昇格していた。

いつもメイの後ろでサポートに回っていた頃とは全く異なる、それでいて見つめた背中が語っていたことと同程度の活躍ができるようにと管理人は期待を込める。

 

「さて、そろそろ業務開始時間のはずですが……」

 

サンチェスがもしや1人でチームを回すのかと心配になり始めた時、教育チームの扉が開き、2人の新人が入室してくる。

 

「すみません遅れました!ほらシャオ!君も頭を下げろ!」

 

「えぇ……やだよメンドイじゃん。」

 

「シャオ!」

 

友好的な職員のメレンデスと不真面目な職員のシャオだった。

 

「アブノーマリティは危険な存在だって研修で聞いただろ!今日も僕が起こしに行くまでずっと寝てたし、もう少し緊張感を……」

 

「ふあぁぁ……」

 

「話を聞け!!!」

 

仕事に責任感と緊張感を持つよう諭すメレンデスの言葉を大きなあくびをしながらシャオは流す。ぎゃあぎゃあと口うるさく注意するメレンデスだが、肝心のシャオには全く響いていないらしい。

 

「だいたい君は研修の時も……」

 

「そこまでにしましょう。あまり責めるものではありませんよ。」

 

留まることを知らないメレンデスの注意を見かねて、サンチェスが口を挟んだ。

 

「しかし……」

 

「確かにメレンデスくんの言う通り、アブノーマリティは危険な存在です。ですが、気負いすぎると普段ならありえないようなポカをやって、重大なインシデントを引き起こす可能性があります。考えすぎはあまりよろしくないですよ。」

 

職員への忠告の仕方なら、サンチェスは誰よりも学んできた。頼りにされていた彼女の後ろで、彼女を頼る数多の職員の姿を見てきていたのだから。

 

「そう……ですか。」

 

「あっはは、ラッキー。」

 

サンチェスの言葉を聞いてメレンデスはある程度納得して引き下がる。そんなメレンデスの様子を見たシャオはあまりにも率直すぎる感想を漏らしてメレンデスに睨まれていた。

 

「モルティ→幸せなテディに愛着作業」

 

「……業務開始ですね。おふたりとも、いがみ合うのは後にして、業務に集中してください。」

 

「はい。」「うぃ。」

 

毎日恒例となりつつ朝イチモルティの幸せなテディ作業の報せを聞いて、サンチェスは新米2人組に声をかけた。なんだかんだで上手く回していけそうだとサンチェスは密かに安堵している。

 

そんな雰囲気の教育チームと同じく新人職員がやってきた安全チームでは、教育チームとは真逆の雰囲気が精製されていた。

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

誰一人として喋らない異質な空間がそこにはあった。

そもそも無口なメイと裏路地出身でガラの悪いジーニーに挟まれた新人職員マキは、安全チームの異様な雰囲気に呑まれてしまってただただ震えることしかできない。

 

メイはこの前ジーニーを困惑させてしまった1件とその前日にアンジェリーナをいたずらに怖がらせてしまった経験から話しかけるのを躊躇しており、ジーニーもジーニーでメイの方が上手くやるだろうから自分が出しゃばる場面では無いと1歩引いている。

 

マキに至っては先ほどから何度もなにか言おうと口を開くものの結局その行為が行動に繋がることはなく、口をもにょもにょと動かすだけで終わるという優柔不断さを見せつけている。

 

考えうる最悪のお見合い状態が展開されていた。

 

(メイさん、なにか言ってやらないんですか?)

 

(……まぁ、うん。ジーニーくんも私が安全チームに来た時はすごく混乱してたし、私が話しかけると逆効果かなって。)

 

(あー……)

 

小声でジーニーとメイはそんなやり取り。

ジーニーは自分より学があるメイの方が気の利いた事を言えるだろうと考えているが、2日前のことを思い出すとメイの意見に納得せざるを得ない。

 

(それに、安全チームのチーフはジーニーくんでしょ?)

 

(それ言われると……はぁ……)

 

ため息をひとつついてジーニーは諦めたようにマキに向き直る。

 

「なぁおい、マキ……だったか?」

 

「!!!は、はい!」

 

「そんなビビんなよ。別に取って食おうってわけじゃないんだ。」

 

「はい!」

 

いきなりチーフに話しかけられたマキは可哀想なくらいビクビクさせながらジーニーに返事をする。生来の半眼と口調の粗暴さ、【魔法の弾丸】ギフトによってへの字口になっているのも相まってジーニーの人相はかなり悪い。マキが怯えるのも納得だろう。

 

「……とりあえず、安全チームはオフィサーも含む全職員の治療や応急処置、それに伴って必要になる搬送や再生リアクターの機能保全が主な職務だ。的確な処置のための慎重さとある程度グロいもんに耐えうるだけの勇気が必要になってくる。ここまでは大丈夫か?」

 

「はい!」

 

「試練の鎮圧やアブノーマリティの収容違反の時に、安全チームは最も活躍を期待される。それがなんでか分かるか?」

 

「はい!」

 

マキの返事にジーニーの表情筋が引き攣る。眉はメイに似た困った時のような曲がり方を見せているが角度がついていて、口元も笑ってはいるものの左側の口の端が奇妙につり上がって左右非対称になっていた。

 

ただ、この態度を表に出してしまうのも仕方のないことだろう。なにせマキは緊張のあまり同じことしか言えていないのだ、明らかに質問の意図と噛み合わない返事をしていて不自然極まりない。

 

「……おぉそうか。なら具体的に言ってみろよ。」

 

ジーニーの額に薄く青筋が浮かぶ。引きつっていた笑顔は貼り付けたような笑顔に様変わりし、眉は何とか体裁を保とうとピクピクと痙攣していた。

 

「え、えっと、あの、はい!あの……」

 

「お前……っ!」

 

「ジーニー→魔弾の射手に抑圧作業」

 

ジーニーの苛立ちが最高潮に達した瞬間、管理人から作業指示が届く。

奇しくも作業対象者はジーニーだった。

 

「はぁぁぁぁぁ……メイさん、続きお願いします。作業ついでにドタマ冷やしてきますわ。」

 

「えぇ。くれぐれも作業は落ち着いて……ね?」

 

【魔法の弾丸】を吹かしながら「……了解です。」と返事をしてジーニーは作業へと赴く。

メイはその背中を見ながら「しょうがないな……」と覚悟を決めた。

 

「ジーニーくん、怖かったねぇ。」

 

「!?はい!あ、いえ、ちがっ……!」

 

「とりあえず1回落ち着こう?ジーニーくんも言ってたけど、私たちもマキくんをいじめようとしてるわけじゃないんだ。」

 

「はい!」

 

同じことしか返せないマキを見たメイは「困ったな……」と言いたげに眉を下げて笑う。

そんなメイの姿を見てか、マキは焦って空回っていた状態から沈んだ表情へと変わっていった。

 

「あの……ごめんなさい……」

 

「???なにか謝られるようなことあったかな?」

 

「その……僕なんかが翼に入って……頑張らなきゃって思って……でも信用はされてないみたいで……」

 

取り留めのないマキの言葉をメイは丁寧に拾い上げ、その内心に切り込んでいく。

 

「どうして、信用されてないって思ったの?」

 

「ごめんなさい……」

 

「ううん、なんでそう思ったのかなってだけだよ。」

 

「えっと……同期のメレンデスくんやシャオさんは、E.G.O.が支給されたのに……僕にはなくて……だから成果を出して信用してもらおうって思って……でも、何も出来なくて……」

 

同期との差に苦しみ、自分に自信が無くなってしまったマキは、その差を埋めようと必死に足掻けど業務指示が来る前から気を張りつめすぎて何も出来なくなっている。

そのことにマキも薄々気づいているのか、現状を打破しなければとどんどん自分を追いつめた結果、どんどん空回りが加速する状態に追い込まれてしまった。

 

「悔しい?」

 

「悔しいってわけじゃなくて……なんて言うか……」

 

そんなマキに、メイは静かに声をかける。マキの思いを引き出すその一言だけをかけ、自分の内心に合う言葉を必死に探すマキの次の一言を寛大な心で待ち続ける。

 

「なんだろう……?その……置いていかれたくないって言うか……「お前は手違いで入ってきたんだ」って言われてるみたいな……そんな感じがして……」

 

「頑張ろうって思って、気持ちだけが先に走っちゃったのかな?」

 

「!!!そうです!まさにそんな感じで!」

 

メイの誘導でマキは自分の心情を理解することが出来た。

ただ、それだけで終わらせないのがメイが「寛大なインテリ」と呼ばれている所以だろう。

 

「それじゃあ、マキくんはどうなりたい?」

 

「僕は……管理人に、安心して仕事を任せられる人になりたいです。本当は、入ってきた時点でなっているべきなんでしょうけれど……」

 

「……そっか。それも大事なことだと思うね。それじゃあ、どうやったら管理人に認めて貰えるんだろうねぇ。」

 

「それは……分かりません……」

 

2人が話している裏でも作業は進んでいる。エフゲニがオールドレディに愛着作業を済ませ、そろそろ次の作業指示が出るだろうというところだった。

 

「メイ→大鳥に本能作業」

 

「翼に入れたってことは、それなりに優秀な証拠だと思うよ。方法は沢山あるから、ちょっと考えてみてね。」

 

作業に呼ばれたメイはマキに一言だけ声をかけ、現在地から遠い方の扉から退出する。明らかに不審な行動にマキは少しだけ違和感を覚えた。

 

だが、その行動を向けられた側にはメイの意味不明な行動の意図が読めている。

 

(ったく……敵わんな、メイさんには。)

 

作業後すぐにはメインルームに戻らずに少しの間扉の前で頭を冷やしていたジーニーにとっては、自分の気構えができる前に鉢合わせる危機を回避出来たことになる。

 

しかも、扉の奥のことなんて見えてもいないのに、だ。

 

「ホント……1部のエージェントの方がよっぽどバケモンだよ。」

 

零れた独り言を置き去りにして、ジーニーはメインルームへと戻っていく。

ジーニーはウジウジした者が嫌いだが、それ以上に大声で喚くだけの無能を唾棄しているのだ。

 

「俺の質問の答えは出たか?」

 

「……すみません、まだ出てなくて……」

 

身を縮こまらせて囁くように返すマキに少しだけ苛立ちを覚える。

だが、その態度が自分の態度から来るものだということをジーニーはすでに理解していた。

 

(なら、俺もやろうか。先輩らしく、俺の憧れたチーフ(メイさん)みたいに手を引いてやろう。)

 

彼も前に進む。

メイほど上手くはできないだろう。

ダコタほど背中では語れないだろう。

サンチェスほどのフォローはできないだろう。

 

けれど、彼は先輩たちの上に立ってチームを引っ張らなければならないのだ。

 

「んじゃ、1個ずつ確認していこう。まず、俺は安全チームには何が必要だって言った?」

 

「たしか……的確な処置のための慎重さ、そしてある程度ショッキングなものに耐えうるだけの勇気……でしたか?」

 

「あぁ、正解だ。なんたって、怪我人の処置を司るチームなんだからな。」

 

それじゃあ、と前置きしてジーニーは続ける。

 

「それじゃあ、なんでその2つが大切かってのを聞く前に、1回ある手順を挟もう」

 

「手順……ですか?」

 

何が大切かは分かるがなぜ大切かが分かっていないマキは、不思議そうに首を傾げながらジーニーの次の言葉を待つ。

 

「想像してみろ。施設に未知のバケモン、怪我人多数。この状態で、実際にどうやって救護を遂行する?」

 

「あ……っ!」

 

マキが小さく声を漏らす。どうやら合点がいったらしい。

 

「救護をその場で行えば、自分の身を無防備に晒すことになります!つまり、怪我人はメインルームで治療を行わなければいけません!」

 

「そうだな。ならどうして勇気と慎重が必要なんだ?」

 

「勇気はアブノーマリティの足止めのため。アブノーマリティに立ち向かえるだけの勇気が必要なんですね!そして慎重は、怪我人の負傷度合いを見極めるため!重い人から退却させて、負傷度の軽い人は戦闘しながら様子を見る!」

 

「やりゃできんじゃねぇの。」

 

ジーニーが唇の端を持ち上げてマキを称える。

 

「場合によっちゃあ、遠距離での攻撃手段もあるかもしれないから、アブノーマリティの観察も忘れずにな。必要なら射線を塞ぐのも必要だ。状況判断と対応力を欠かさずにな。」

 

「メモしておきます……!」

 

もうマキは自分の無能に怯えるだけの職員では無い。

メイから教わった思考の推移を見定める方法と、ジーニーから教示された安全チームの職責と論理だった考え方を会得した彼は、もはやただ嘆くだけの存在では無い。

 

むしろ、E.G.O.が支給されなかったのが管理人のガバだとしても自分の働きでカバーしてやるといった気概さえ感じられる。

 

「戻った……けど、2人とも何かあった?」

 

戻ってきて早々に2人の間にある空気感に気づいたメイが訊ねる。

2人は顔を見合わせて、いたずらっぽく笑った。

 

「大したことじゃないですよ。」

「内緒、です。」

 

口角を上げて笑んだ2人に対してメイは「ふぅん」とだけ返す。

素っ気ない態度だが、ジーニーはその発言に隠されたメイの感情を知っていた。

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