サリーのロボトミーコーポレーション   作:エリック

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最終的には、知恵も何もかもを忘れてしまったのですよ。


#17~18 ジュリアン⑥

サンチェスの言った通り、次に出された【宇宙の欠片】への愛着作業で通常のクリフォト暴走が起こる。作業を行っていたアンジェリーナはいつまで経ってもクリフォト暴走アラートには慣れないらしく、収容室の中で少しだけ肩を震わせた。

 

今回暴走が起きたのは【幸せなテディ】と【調整の鏡】

それぞれダコタとスーザンが対処して事なきを得る。

 

その後、アイスブレイクだとでも言いたげな何も無い時間がしばらくあった。管理人が覚悟を決めるまで待ってくれと言わんばかりの空白が。

 

「サンチェス→T-02-43に本能作業」

 

やっと覚悟を決めたのか、管理人がサンチェスに作業指示を出す。作業対象は新しく抽出されたオブジェクト。

 

「なるほど、だからいろいろと考えていたんですね。」

 

謎の空白時間に合点がいったサンチェスは、管理人が考えて出した結論ならと管理人を全面的に信頼して作業へ赴く。

無駄な行動や疑念で足を止めることなく、サンチェスは一直線に収容室へとたどり着いた。

 

「変わった僕の姿を、管理人にご覧に入れましょう。」

 

少しだけカッコつけてサンチェスは収容室へと入った。

 

まずサンチェスの目に飛び込んできたのは真っ暗な部屋。そして開けた扉から差し込む外灯に照らされた黒い床だった。

その床はすぐに震えて脈動し、蜘蛛の子を散らすように霧散する。

 

「……いえ、少し違いますね。これは……本当に蜘蛛の子どもでしょうか?」

 

先ほど感じた印象をひっくり返してサンチェスは結論を出す。扉を閉めたため床はよく見えないが、何かがゆっくりと蠢いているのは何となく分かった。

 

「では……少しのいてくださいね。ご飯がありますよ。」

 

本能作業のためにと用意された肉をサンチェスは蜘蛛の子たちを潰さないようにとゆっくり置く。

肉が置かれた次の瞬間、蜘蛛の子どもが一斉に集り始めて肉は即座に蠢く黒の塊へと変貌した。

 

(ふむ……この子たちは随分とお腹が空いてるみたいですね。空腹度合いはキュートちゃんと同程度、もしくはそれ以上かもしれません。)

 

蜘蛛の子どもたちを洞察し、サンチェスは分かる範囲の情報を集めて回る。蜘蛛の子たちを洞察し終えた後、サンチェスは1度部屋全体の洞察に移った。

 

(壁面にまでこの子たちはいるんですね……間違って潰さないように気をつけないと……もしかして天井にも?)

 

サンチェスはそう考えて天井を仰ごうとし、固まった。

脳が危険信号を送る。あまり深くまで近づくなとサンチェスに告げる。

その理由は、サンチェスも理解していた。

 

「……すみません、ジロジロと不躾でしたね。ですが、あなたたちに危害を加えるつもりはないんですよ。」

 

サンチェスは視線を動かさずに言い訳をした。

自分の頭上から放たれるプレッシャーとぬらりと生ぬるい体温を放つ何かに、言い訳をしていた。

 

いくつもの視線がサンチェスを串刺しにする。サンチェスは相手を刺激しないようにずっと姿勢と視線を動かさなかった。

 

【……………………】

 

しばらくの後、サンチェスに向けられていた視線がふと外れる。サンチェスはプレッシャーから解き放たれたためか、幾分安心して作業を再開した。

 

「おや、終わってしまいましたか。ではまた持ってくるので1度戻りますね。…………あの、お皿返してください。」

 

わらわらと空の皿に群がる蜘蛛の子たちに声をかけながらサンチェスは皿を回収する。

\アーッ!/という声が聞こえてきそうなくらいコミカルに蜘蛛の子たちは皿からこぼれ落ち、地面にすちゃっと着地する。

サンチェスは蜘蛛の子たちを踏まないように首尾よく収容室を出た。

 

「ふむ……子蜘蛛にさえ気をつけていれば、楽に管理できそうなアブノーマリティですね。」

 

レポートをサラサラと書きながらサンチェスは教育メインルームへと歩みを進める。

 

「ただいま戻りました。T-02-43……おや、もう情報回っていますね。オブジェクト名【母なるクモ】についてですが、天井から吊り下がった巨大な繭と無数の子蜘蛛からなるオブジェクトです。子蜘蛛への行動に対して母なるクモは執着とも取れる程の興味を示しています。誤って子蜘蛛も潰したり、子蜘蛛を害するようなことはしないように。」

 

「了解です〜。ご飯置いとけば寝ててもいいってことですか?」

 

「シャオ……とりあえず分かりました。僕らも作業に呼ばれそうな感じですかね?」

 

サンチェスの情報共有にシャオとメレンデスが返す。

何がなんでも寝ようとするシャオにメレンデスは呆れるが、【罰鳥】への作業結果が非常に良かったこともあってかメレンデスは文句を言いにくそうにしていた。

 

「情報では【母なるクモ】でオブジェクトクラスは【TETH】。それほど危険では無いアブノーマリティですから2人も作業に駆り出されると思います。ただ子蜘蛛は数が非常に多いため、個別のバイタルチェックや血中栄養濃度の測定は困難でしょう。水分要求量のチェックと栄養供給手順を主として作業に当たってください。」

 

「おkです〜」「了解しました。」

 

その後、サンチェスの言っていた通りシャオとメレンデスにそれぞれ1度ずつ【母なるクモ】の作業指示が出される。

 

2人はサンチェスに言われた通りに作業を行い、PeBoxを十分な量生産することが出来た。

シャオは暗い収容室の中を「ここならよく眠れそう……」と気に入った様子だったが、いざ寝転んでみると子蜘蛛たちが集るわ齧られるわで散々な目にあったとボヤいて、同期のメレンデスに白い目で見られていた。

 

今日1番の仕事を終えたからか、管理人はポンポンと作業を進める。いつも通りジーニーに【魔弾の射手】の抑圧作業を、ダコタに【大鳥】の作業を命じて、両名とも良い結果で作業を終えた。

教育チームも再三に渡る【母なるクモ】への作業をサンチェスが行い、PeBox的には良い結果をたたき出す。

ただ、どれだけ餌を与えても満腹にならない子蜘蛛たちをサンチェスは不思議に思っていた。

 

アンジェリーナに罰鳥の作業を言い渡したところで黎明直前。

 

「黎明か……上手いこと使えるといいんだがな……」

 

安全チームのジーニーが、安全メインルームにてそう独り言をこぼす。彼が手にしていたのは昨日までの【彼方の欠片】ではなく【魔法の弾丸】。武器防具にギフトまで付いた完全魔弾装備だった。

 

「きっと大丈夫だよ。ジーニーくん、【魔弾の射手】に「いいスナイパーになれる」って言われたんでしょ?」

 

「あんなの適当言ってるだけですって。ただでさえいい気分だった時の妄言なんですから、鵜呑みにするのは危険ですよ。」

 

適当な軽口を言い合いながらメイはジーニーを宥める。ジーニーは魔弾の射手をあまりよく思っていないのか、魔弾の射手への当たりがかなり強かった。

 

「マキ→蓋の空いたウェルチアースに本能作業」

 

「呼ばれたので行ってきますね……?」

 

「おう、こっちのことは気にすんな。得物がいつもとちげぇってだけだから。」

 

心配そうにこちらを伺うマキを見て、ジーニーは要らぬ心配をかけたとばかりにフォローを入れる。マキは心配そうな顔をしつつもジーニーを信頼しているのか作業へ赴く。

少しだけ時間が空いた後、クリフォト暴走アラートが鳴り響く。

 

「低く響く音……紫ですね。」

 

「管理人の指示を待とうか。」

 

「ジーニー→【理解の果実】鎮圧」

 

自分1人だけに向けられた鎮圧指示にジーニーは驚く。

ほかの部門の鎮圧指示を確認するが、安全チーム以外のメンバーは総員で鎮圧に当てられていた。

 

「なんで俺だけ……」

 

「さぁ……?とりあえず、管理人がやれって言ったらやるんだよ。」

 

分かってますけど……と煮え切らない態度を取りながらもジーニーは【理解の果実】の鎮圧に当たる。

エレベーターを上がり、扉を開くとそこには昨日も鎮圧した紫色に光るブヨブヨとした化け物がいる。

 

ジーニーは手馴れた様子で【魔法の弾丸】を構える。初めて手にした武器であるはずなのに、何年も共に歩んだ得物と同じように扱える。

 

(コックを開いてエンケファリンを嵌める……コックを閉じて射線を合わせて……貫通と直進、それに廊下の端で消失するように魔法陣を展開……っし!)

 

ジーニーは引き金を引く。同時に展開された魔法陣から弾丸が放たれる。あまりの勢いに銃口が跳ね上がるが、ジーニーは慌てずに銃身を一回転させて反動をいなした。

 

(チッ……とんだじゃじゃ馬だな)

 

ジーニーは舌打ちを漏らすが威力は魔弾の射手の折り紙付、凄まじい火力とともに放たれた弾丸は【理解の果実】の一部分を抉りとっていた。

 

「まだ終わってねぇ。とっとと終わらさないと、【魔弾の射手】(アイツ)に文句言われる!」

 

再びジーニーはコックを開いて空になったエンケファリンをはじき飛ばし、もう一度エンケファリンを込め直す。1度消えた魔法陣を再展開して

 

「うわ!?なんかいる!?」

 

「バッッ……!」

 

闖入してきたオフィサーに気づいたが、ジーニーの洗練された動きは止まらない。引き金を引いて、弾丸が飛び出る。

魔法の弾丸は全てを貫く。ジーニーの目の前にいた【理解の果実】を吹き飛ばし、勢いそのままにオフィサーに飛びかかる。オフィサーは腸をぶちまけ、何が起こったか分からないままに死んでいった。

 

「ジーニー→安全メインルーム移動」

 

「いやもう……なんかすんません……」

 

撃ち殺されたオフィサーの死体を見てか、管理人はジーニーに【魔弾の射手】の鎮圧を止めさせる。あまりの早さにジーニーは何となく雰囲気で謝ってしまった。

 

「メイ→【理解の果実】鎮圧」

 

「ん?何かあったのかな?」

 

そんなことは知らないメイはジーニーと入れ替わるように鎮圧へ向かい、半分ほど削られた【理解の果実】を手馴れた様子で素早く鎮圧した。

 

「終わったよ。管理人が途中で交代させたみたいだけど、何かあった?」

 

「……言い難いんですが、この【魔法の弾丸】ライフルは射線上全てのものを貫くみたいで、かなりの数のオフィサーを撃ち殺してしまったんです……死者が出ると大鳥のクリフォトカウンターも減りますし、それが心配で鎮圧を交代したんだと思います……」

 

「なるほどね……大鳥がいる場合だと、ちょっと扱いにくそうな武器だね……」

 

まぁでも、と前置きを加えてメイはジーニーに注意する。

 

「でも、いざ戦う時になったら、迷わずに使うんだよ。翼が折れる事態も有り得るし、会社の存亡に関わる事態にもなりかねないんだから。」

 

「……そうですね。肝に命じときます。」

 

2人の【魔法の弾丸】武器の確認と同時に管理人も【魔法の弾丸】への対策を考え終えたのか、再び作業は苛烈に進む。

 

もう何も怖くないとばかりに【母なるクモ】に本能作業をメレンデスが行い、裏ではシャオが【罰鳥】に洞察作業を済ませる。

【魔法の弾丸】によるオフィサーの死亡で機嫌が悪くなりつつある【大鳥】にメイの本能作業をぶち込み、勝手に昼寝を始めたシャオが【母なるクモ】の本能作業に呼び出された。

 

加えて度重なる本能作業で地味に今日1度も作業をしていないコントロールチームのことを思い出したのか、ジュリアンは【キュートちゃん】にエサをやる(本能作業)ように言われ、不機嫌なキュートちゃんにおやつとして齧られるその姿が管理人の憐憫を誘う。

マキはマキで再び【たった一つの罪と何百もの善】の作業をフルスコアで終わらせて、ジーニーは【魔弾の射手】に「先ほどの射撃はなんだ?随分と無様な撃ち方始めだったな?」と詰られていた。

 

ジュリアンとジーニーはアブノーマリティとの距離が近く、精神汚染度が心配になってくる。

 

そして、しばしの沈黙が施設の中を不気味に満たす。

これから何か良くないことが起こるのを予感させる、そんな沈黙が。

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