サリーのロボトミーコーポレーション 作:エリック
17日目が始まる前に、昨日の【肉体の調和】との激闘を見てか、管理人は何人かの職員たちに軽い研修を受けさせる。
メレンデスは自制をランクⅢに、
スーザンは昨日の調整の鏡で伸びなかった慎重をランクⅡに、
メイは低い慎重をランクⅢに、
それぞれ苦手な分野を伸ばした。
教育セフィラで職員の安全を人一倍気にかけているホドもこれにはニッコリ。
マキもE.G.O.装備を支給されてホクホクだった。
メレンデスとスーザンはランクⅢに、メイはランクⅤに昇進したところで業務がスタートする。
「さて、昨日も上手く作業ができていたようなので、今日も同じように頑張りましょう。」
教育チームでは、教育係も様になってきたサンチェスが柏手を1つ打ち鳴らしながら軽い朝礼を始める。
「シャオさんはあまり気を抜きすぎないように。昨日も大変だったんでしょう?」
「うぃ。【母なるクモ】の子蜘蛛たちに齧られるのはもうコリゴリです。」
「反対にメレンデスくんはガチガチ過ぎです。予想外に対処できるよう遊びの部分を作りましょう。」
「善処します。僕らを足して2で割れたら理想なのかもしれませんね。」
昨日の振り返りとスキルアップのための目標を立てて軽めのミーティングを終わりにする。
裏ではいつも通りと言うべきか、モルティが【幸せなテディ】に、ジーニーが【魔弾の射手】にそれぞれ作業している。
2人の精神汚染度を心配するホドの胃がウォーミングアップを始めていた。
今日新しく抽出されたアブノーマリティは教育チームに配備されている。正直、いつ未知のアブノーマリティに作業を命じられるか分からない状態ということで、教育チームの雰囲気は少しピリついている。
「ダコタ→F-01-37に愛着作業」
「お?私?」
「……?ダコタさんですか。」
情報チームと教育チームでランクⅣ職員が同時に呟く。意外な采配だがエージェントたちに異論などあろうはずもない。
「……ま、行ってくるか。サンチェスが結構頑張ってるみたいだし、サンチェスが1番作業だと思ったんだがな……」
独り言を零しながらダコタは教育チームへと歩を進める。
別部門からわざわざ1番作業を命じられたことでダコタは自分が管理人に信頼されてるんだなぁと感じつつも、少しだけその信頼を重くも感じていた。
「そもそも作業なら、初見のアブノーマリティへの作業経験値が1番あるメイさんが適任だろうに……なんで私なんだぁ?」
ダコタが知る限りにおいても、メイは【たった一つの罪と何百もの善】・【オールドレディ】・【幸せなテディ】の三体の初見作業をこなしている。ダコタの知らない経験も含めればもう少し増えるだろうことも容易に伺える。
それなのに、わざわざ自分に任せる理由はなんなのだろうかとダコタは少しだけ悩んでいた。
「ま、考えても仕方ないな。行くか。」
考えをめぐらすうちに収容室までたどり着いたダコタは、1度頭の中をクリアにしてから収容室へと入っていった。
【ほう?わざわざこんな氷風の吹き荒ぶ場所まで来るとは、いったい何の用だ、小娘?】
収容室の扉を開けた瞬間、ダコタの顔を吹雪が殴りつける。
吹雪のベールが敷かれた向こう側には剣を地に突き刺した人影がある。頭の上に鎮座する王冠とその人影の声音から察するに、人影の主は女王だろうと当たりをつけてダコタは作業を開始する。
(だったら、今1番知るべきは……)
ダコタは手元の観測レポートに【内的作業モデルの確認】【愛着タイプ分類】と書き加えて作業を始める。
「……ま、仕事でちょっとな。悪く思うなよ、大局を見つめる女王さんと違って、私たちみたいなのは目の前を見つめなきゃいけないんだ。」
【フン、彼我の身分の差を弁えているならよい。好きにしろ。】
「んじゃ、好きにさせてもらう。いくつか質問もするけど、答えられないものなら無視してもらっても構わないぞ。女王さんにもなれば国民に隠さないといけないこともあるだろうしな。」
【粗暴な口調だがよく分かっているな。】
鼻を鳴らして小馬鹿にするようにF-01-37は返した。
ダコタはその態度に少しだけ苛立ちを覚えるが、良い結果と自分の保身のためにその苛立ちを自制する。
(まぁ、王族だから国民に付け入る隙を与えないよう教育されてきたんだろ。ここをもう少し深堀りしたいが……まぁ危険か。最初は慎重すぎるくらいがちょうどいい。)
今までの短いやり取りからダコタはできる限界まで情報を集めとる。F-01-37の内的作業モデルについては大枠がわかっただけでも良しとして、今度は愛着タイプの分類の理解を始めた。
「それじゃ、女王様の過去の話でも聞こうかね。女王様が王女様だった時の話でも聞かせてくれ。」
【フッ、まぁ良い。私が玉座に就くまでの昔話もまた乙なものだろう。】
急に話題を変えたダコタだったが、変えた話題が女王にとっても話したい内容だったのか話が弾む。
正直ダコタが口を挟んだり質問をしたりする余裕などないくらいに詰め込まれた話題に、ダコタはメモを取るだけで精一杯だ。
【……とまぁ、こんな具合でな?教育係にも手を焼いたものだよ。】
「ほぇ〜、随分と優秀な王女様だったんだな。」
【あぁ、小娘とは大違いだ。】
余計な一言にイラッとしたが、ダコタは怒りさえも自在に自制する。
「おっと女王さん、今回はここまでだ。私も雇われの身だから、あんまり勝手すると国が回らんくなる。」
【ほう?まぁ我が国のために粉骨砕身するためならば無下にはできまい。励めよ。】
「おう。」
良い結果を叩き出してダコタは収容室を出る。
「危険度は大鳥ほどじゃないけど、罰鳥ほど低くもない……ま、テディと同じくらいか。作業ダメージは多分White。肉体的なダメージはなかったからな。んで……」
サラサラとレポートを書きながらダコタは情報メインルームへと戻る。それなりに長い道程だったためか、メインルームに戻った時には既に観測レポートが書き上がっていた。
「うぃ、戻ったぞ。F-01-37は多分HEくらいの人型アブノーマリティだ。お前たちも作業に駆り出されるかもな?」
「へぇぇ……1部門に一体くらいの頻度でいますよね、人型のアブノーマリティ。」
「お?[[rb:情報チーム>ウチ]]のはなんだ?ウェルチか?」
「あのエビは含まんでしょ……普通……」
ダコタ・モルティ・アンジェリーナの3人は情報チームらしく新規アブノーマリティについての考察を始める。かなりの割合で軽口も含まれているものの、必要な考察は必要な分だけしっかりと出していた。
そうしている間にも作業は進む。
「メイ→F-01-37に愛着作業」
「次は私ね。まだ手元に情報が来てないけど……まぁ、【直接接触の試み】と【理性的会話実験】でもしようかな?」
観測レポートの今埋められる箇所をめいいっぱい埋めながら、メイはF-01-37の収容室へと向かう。
歩く速度はそれなりに早い。作業前に埋められる箇所を全て埋めると同時にメイは収容室へとたどり着いた。
「それじゃあ、始めようか。」
いつも通りに扉を開けて、メイは作業を開始する。
「こんにちは。」
【……またか。今度は何の用だ?】
「少しお話をと思いまして。あなたの話をお聞きしても?」
【……先の粗暴な小娘と違って、最低限のマナーは弁えているようだな。良い。先ほどは話足りなかったところだ。先の続きから聞かせてやろう。】
メイの返事を聞く前に、F-01-37は自分勝手に話を進める。
メイは始まってしまったものはしょうがないと大人しくF-01-37の話を聞いていた。もちろん、適度に相づちを打つのも忘れない。
【その時の指南役の顔といったら!ふはは!お前にも見せてやりたいよ!この剣であいつを地に伏せさせた時の顔を!】
「剣術にも秀でてらっしゃるんですね。その剣、少し拝見しても?」
作業計画の通りに直接接触を試みようとメイが1歩前に出る。
その瞬間、部屋の雰囲気が凍りついた。
急激な雰囲気の変化にメイが立ち止まると、喉元からプツリと血の玉が浮かんでくる。
【寄るな痴れ者が。】
F-01-37が底冷えするような声色でメイに言った。威嚇のような、最後通牒のような、進めば先がないことを予感させる声音だった。
(反応出来なかった……!)
メイは自分が何をされたかを理解している。どうして自分の首に血が滲んでいるのかを把握している。
(剣の柄を右手で押し下げて、左手を支点としたてこの原理ではね上げた……早すぎて反応が間に合わなかった……!)
止まるのがあと少しでも遅れていたらと考えると、メイの背筋が凍りつく。今はかろうじて喉元が浅く切れただけだったが、もう少し反応が遅れていたり、この場が殺し合いの場だったらと思うと、自分の命など吹き飛んでいただろう。
それを思うとメイが今生きているのは偶然以外の何ものでもなかった。
「すみません、そんなつもりは…………っ!」
【誰が喋って良いと言った?】
F-01-37は剣の鋒でメイの顎を持ち上げる。吹雪で姿は見えないが、肌に感じる威圧感だけでF-01-37の機嫌の悪さを如実に感じ取れた。
【現の土産に取っておけ。せいぜい、冥土の土産にならないことを祈るといい。】
そう言うとF-01-37は何かを取り出すと、それをメイの胸元に向けて放つ。
「────っ!?」
心臓を刺す冷たい感覚に、メイは思わず呻き声を上げた。胸を押さえて蹲ると、鼓動の度に冷たい血液が送り出されるかのごとく身体が冷えていく感覚が全身を支配した。
「はっ……はっ……」
息が酷く浅い。身体が冷たくなっていく。
だが、それと同時にメイの知らない感覚が、今までに感じたことのない新しい感覚がメイの中に芽生えた。
「はっ……はぁ……」
メイは勤めて息を大きく吸い込み、息を落ち着かせる。F-01-37もメイが這いつくばって悶える姿を見て満足したのか、元の剣を地に突き刺す構えに戻ってメイを見下ろしていた。
「失礼……します……」
どうにか立ち上がったメイは、辛うじて一言だけF-01-37にかけて退出する。明確に相手の地雷を踏んだ感覚は、メイが久しく感じていないものだった。
(大丈夫……地雷が分かったなら、もう踏み抜くことは無いから……)
メイは手早くレポートを書き上げ、教育チームに提出する。
観測レポートは1度アブノーマリティが所属する部門のセフィラに提出し、ある程度アブノーマリティ自身の情報を精査してから情報チームに統括され、記録される。
こんな時でもメイは冷静だった。
「ただいま……ごめん、ちょっと休ませて……」
「メイさんが休むなんて珍しいですね?危険度高かったり?」
「違う……ちょっとトチっちゃってね……」
「……うわぁ!?なんか刺さってますけど大丈夫ですか!?抜きます!?」
「抜くと危険……かも……心臓に刺さってる感覚があるから……」
メイの話を聞いたマキは真っ青な顔をして倒れ、ジーニーは露骨に嫌そうな表情を見せた。その嫌そうな表情は異常な反応を示すメイに対してか、それとも卒倒して仕事を増やしたマキに対してか。
メイはメイで「身体の仕組みが組み変わってるみたいで気持ち悪いけど、身体機能に影響はなさそう」なんて冷静に分析していた。安全チームのエージェントたちの様子が忙しすぎる。
メイが苦しそうにしているのを見て危機感を覚えたのか、それとも単に早く情報を集めようと管理人もやる気を出したのか、三度作業指示が出された。
「サンチェス→F-01-37に洞察作業」
「僕ですか……そうですね……」
初のF-01-37に対する洞察作業を命じられ、サンチェスは有効な作業を考える。
「収容室内は吹雪に覆われてる……吹雪は異常性からくるものなのでしょうか?なら……」
少し考えた結果、サンチェスは【心理/物理学的同形の検討】と書き加えて作業に赴く。
通常、心理と物理は相容れない存在だ。
けれどこのLobotomy corporationではE.G.O.武器や防具、ギフトなど、心理的なものが物質として出力される。【オールドレディ】の安楽椅子も彼女が作り出したものだと聞くし、吹雪もそれに類するものかもしれないと考えての作業計画だった。
「よし……!僕も、メイさんの助けになるために!」
気合十分、サンチェスは収容室に入っていった。