サリーのロボトミーコーポレーション 作:エリック
願えば夢は叶うなんて、
とんだ虚像だったというのに。
【今度は小僧か。今日は随分と騒がしい日だな?】
「度々申し訳ありません。今回は、女王様の身の回りの環境をよくできればと思って来た次第です。」
【小僧も話が分かるタイプだな。よく礼節を弁えている。】
「恐縮です。」
深々と頭を下げながらサンチェスは告げる。先ほどのメイの報告で、丁寧な言葉遣いをすることと不用意に接近・接触しようとしないことが注意事項として挙げられていた。
分かりやすい対処法と、それを使って上手くことが運んでいる事実からサンチェスはメイに頭が上がらない。
「では、床の汚染度中和の作業から入らせていただきますね。」
【はっ!我が氷城に汚れなどない!どれだけ苦労したとてなにも得られぬ結果に震えるがいい!】
「清潔に保たれているんですか……すごいですね……僕の知っている王城は、見るに堪えない惨状だと聞いていたので意外です。」
サンチェスは歴史書で読んだ話と随分異なる収容室の評価に驚く。サンチェスの驚愕の表情を見て、F-01-37もかなり機嫌が良さそうだ。
「では、身の回りのものなどどうでしょうか?不足や傷みはありませんか?この吹雪ではすぐに傷んでしまうでしょう?」
洞察作業ということで、サンチェスはF-01-37が収容室内の環境で困っていることについて訊ねる。
正しい判断だろう。洞察作業では環境を整備し、アブノーマリティが過ごしやすい状態を維持するのが目的の作業だ。
だが、サンチェスは見えていなかった地雷を踏み抜いたようだ。
【小僧、貴様この私を愚弄するか!】
収容室内の吹雪が強まる。吹雪の勢いはF-01-37の怒りのボルテージと共に増していき、サンチェスはその場に立つのが精一杯だ。
【分を弁えよ、小僧!この吹き荒ぶ吹雪は壁!貴様らのような矮小で卑下なる存在と高貴で永遠たる私を隔てる壁だ!それを不要な、ともすれば害悪なものと定義しているとも取れるその言動!貴様覚悟はできているのだろうな!?】
勢いを増す横殴りの吹雪に耐えきれず、サンチェスはバランスを崩して膝をつく。まずい状態になったとサンチェスは焦るが、その焦りはもう不要。
サンチェスはすでに、女王の前で膝をついている。
【ほう?膝をつくか。自らの過ちに気づいたようだな?】
F-01-37の言葉の後に、だんだんと吹雪の勢いは衰えていった。「衰えた」とは言っても無くなったわけではない。入室時と同じく吹雪は吹き荒れているが、先ほどまでのように立てないほどではなくなっていた。
それでもサンチェスは体勢を変えない。F-01-37はどうやら、自分の体勢を見て態度を変えたようだと理解しているから。
「出過ぎた真似を致しました……申し訳ございません……」
【フン、まぁ分かれば良いのだ。だが私は今虫の居所が悪い。疾く去ね。】
「かしこまりました……」
とりあえず何とかなって良かったとサンチェスは胸を撫で下ろしながら退出していった。
「危なかったですね……運が味方していなければ、僕も氷の欠片を埋め込まれていたかもしれません……」
自らの幸運に感謝しながらサンチェスはメインルームへと戻る。
F-01-37の激情を目の当たりにしたからか、管理人は情報開示を行って基本情報を確認してから、しばらくの間F-01-37改め雪の女王を放置しておくことに決めた。
ダコタに大鳥、シャオに母なるクモの本能作業をそれぞれ命じ、1回目のクリフォト暴走に備える。
メレンデスが母なるクモに作業を行い、1回目のクリフォト暴走。暴走対象は罰鳥と魔弾の射手だったが、ちょうどいいタイミングで罰鳥が脱走したため実質1箇所の暴走対処となった。
魔弾の射手はいつも通りジーニーが作業。朝の作業から引き続き、ジーニーは昨日の魔弾制御について魔弾の射手にお小言を貰っていたが、魔弾の射手が楽しそうにしているので管理人的には何も問題は無い。
ノルマ達成を急ぐのか、管理人はまだ雪の女王には手を出さない。
メイに大鳥の愛着作業を任せ、メイは期待を裏切らずほぼフルスコアで作業を終える。今の作業で固有PeBoxが充分な量になったらしく、管理人は大鳥のE.G.O.防具を作成した。
また、卒倒から回復したマキを母なるクモの作業に向かわせ、母なるクモのE.G.O.武器と防具をそれぞれ1つずつ作成していた。
職場内のE.G.O.が充実し、翌日からの業務がかなり安全に近づいた。これには職員を気にかけているホドもニッコリ、マルクトも優秀な職員が増えることにホクホクだった。
「モルティ→雪の女王に愛着作業」
「今度は俺か。珍しいな、管理人がいろんな人に管理作業させるの。」
ダコタ・メイ・サンチェスと来て、次は自分が呼ばれたことから、モルティは管理人の思惑を推測しようとする。けれど、それを考えるのは詮無きことだろうと早々に結論づけてモルティは作業に集中しなおす。
「直接接触の試みは失敗に終わって、さらに機嫌まで損ねたから……オキシトシン・バソプレシンの受容体検査はできないだろうな。そんじゃ……積極的表現特性の分析かな。地雷が見えてると観測計画が立てやすくていい。」
初期の頃とは見違えるほど成長したモルティは、管理作業も手馴れたもので収容室に着く前に作業計画を立て終えて収容室へと入っていった。
(落ち着いて、冷静に。)
短く息を吐いてモルティは雪の女王に相対する。
「よぉ、女王さん。ツラ拝みに来たぜ。」
【……随分と元気の良い小僧だなぁ?】
いつもの調子で話しかけるモルティに、雪の女王は苛立ち混じりに返答する。吹雪が強くなるが、ダコタの報告からそのくらいで機嫌を損ねるような相手では無いとモルティは理解している。
「そんな怒んないでくれって。まだ女王さんの話は帝国流剣術の師範を負かしたところまでしか聞いちゃいねぇんだ。先を聞かせてくれよ。」
【はっ!教会の孤児どもと同じだな。いいだろう、惰弱な小僧にも分かるように聞かせてやる。】
意外に話好きなのか雪の女王は機嫌よくモルティに過去の話を言って聞かせる。
モルティは出身の裏路地とも入社前に少しだけ垣間見た巣とも異なる暮らしの話に興味津々、本人すら気付かぬうちに感嘆の声を漏らしており、それが雪の女王の気分をさらに良くする。
「知らねぇ話ばっかりだ……理解出来なさすぎて作り話みてぇだな……」
【ははっ!稚児のように驚いて、そんなに面白かったのか?だが、今回はここまでだ。また来い。次はもっと壮大な話を聞かせてやろう。】
ただただ驚くことしか出来ないモルティを見て雪の女王は気を良くする。けれど雪の女王は一度に全てを話すようなことはしない。教会の孤児に話す時でさえ外交の場を想定し、情報を小出しにする雪の女王は、今回も話を途中で切り上げて引きを作る。
この先あるかもしれない交渉のテーブルに有利な立場で着くためにと、彼女は駆け引きの余地を作ることを忘れない。
【さぁ、疾く去ね。小僧にはまだなすべきことがあるのだろう?】
「……ま、ここらが引き際か。一旦帰らせてもらうよ。」
ヒラヒラとバインダーを振ってモルティは退出する。
まだノルマは半分程度残っている。気を抜くことはできない。
今日はいろいろな作業を試してみようと考えているのか、管理人は普段からは考えられないような組み合わせの作業を命じる。
【ほう?今回はジーニーではないのだな?】
「はい。メイといいます。ご不満ですか?」
【いいや、問題ない。お前はジーニーより見込みがありそうだ。どれ、魔弾の手ほどきをしてやろう。】
「今は遠慮しておきます。」
【……そうか。お前からは殺しに慣れていそうな匂いがするのだが……まぁ気が変わったらいつでも来い。】
ジーニーしか作業をしたことが無い魔弾の射手にメイが作業を命じられる。魔弾の射手はジーニー以上にメイを気に入ったみたいだが、にべもなく断られていた。
【!#...!#&&*&^$%%$$%%^^&*(!】
「なに言ってるか全然分かんないや……」
【!#...!#&&*&^$%%$$%%^^&*(!】
「いや繰り返されても分かんないよ……」
アンジェリーナとニコイチだったはずの宇宙の欠片にはスーザンがあてがわれる。宇宙の欠片はスーザンの知能レベルを押し上げようと躍起になるが、当のスーザンは宇宙の欠片の発言を何ひとつとして理解出来ていなかった。
「まてまてまてまて!?俺はオヤツじゃねぇって!こないだは悪かったよ!だから俺まで食おうとするんじゃない!」
【キャンキャン!キャワウン!】
ジュリアンだけは「仲直りしろ」と言わんばかりにキュートちゃんへの本能作業を言い渡されたが、キュートちゃん的には先日の愛着作業が不服だったらしい。ジュリアンの持ってきたおやつが本物かどうか疑わしいと言いたげに本物の肉ことジュリアンに噛み付いていた。
その後はアンジェリーナが罰鳥に洞察作業、エフゲニがたった一つの罪と何百もの善に愛着作業を行い、琥珀の黎明が起こった。
ほとんど準備なく始まった試練だったが、ランクⅤとランクⅣの職員3人を擁する今のLobotomy社には黎明など相手にならないと言わんばかりの活躍で即座に鎮圧する。
新入りのシャオとメレンデスは初めての琥珀の試練で、動き回るイモムシたちに攻撃が当たっていなかった。
けれどもそこは部門間連携、アンジェリーナの遠距離武器とサンチェスの中距離武器で素早く鎮圧することに成功していた。
「紫と似たような見た目なのに……めちゃくちゃ動き回るじゃん……」
「手強い相手だったな……」
「まぁ、攻撃の当てづらさで言えば随一の試練ですからね。死人は幸い出たことのない試練ですが、危ないことは何度かありました。気を緩めたらあっという間ですよ。」
サンチェスの総評にシャオとメレンデスは震え上がる。自分の命が容易く吹き飛びかねないという事実に戦々恐々としていた。
「まぁ、それを言うなら作業もですけどね。……おや、作業指示ですか。では、お2人はそのまま休んでいてください。少し出てきますね。」
鎮圧後それほど間を置かずにサンチェスが雪の女王の洞察作業に呼ばれる。
ランクⅣになったサンチェスは黎明程度では揺るがない。それなりの余裕を見せながら、雪の女王2度目の作業に赴いた。
「失礼します。」
【小僧か。今日私に再びまみえたのは貴様が初めてだぞ。】
「えぇ、管理人の指示ですから。」
軽いジャブ代わりの皮肉を交えながらサンチェスは作業を開始する。
今回サンチェスが選択した作業は「大気環境の分析」
吹雪に含まれる成分を分析することで間接的に雪の女王の異常性を観測しようと画策している。
【その管理人とやらはそれほどまでに力を持っているのか?】
「えぇ、一応僕の雇用主ですから。管理人がやれと言えば、例え死ぬことが分かっていようともやらなければなりません。」
サンチェスの言葉を聞いて、雪の女王の瞳が怪しく光る。
【ほう?それは随分な身分だな?その者は王族か何かか?】
「さぁ……?詳しいことは僕も聞かされていません。ただ、優秀な研究者ではあったそうですよ。」
サンチェスが言い終わるのが先か、雪の女王がなんの前触れもなく荒ぶり始める。
【王ではない!なのに女王たるこの私を超える権限を有し、我が臣下たる小僧たちを顎で指し使うか!】
自分ではなく管理人に怒りをぶつけ始めた雪の女王にサンチェスは困惑を隠しきれない。
【良い、良い良い良い!いいだろう!その態度、宣戦布告と受け取った!私の臣下を返してもらおうぞ!!!】
大仰な1人芝居を始めた雪の女王を驚いた目で見ていたサンチェスと、雪の女王の視線が合致する。
【手始めに、貴様から手篭めにしてやろう。】
瞬間、サンチェスは何者かに刺された感触を覚える。
違和感の元に目を向けると、そこには氷の欠片が刺さっており、氷の欠片はサンチェスの身のうちに潜り込もうと運動を始めていた。
「なん……!?」
【我が臣下よ、まずは戻って休むといい。貴様の望む未来を描き、貴様の想う理想を願え。貴様の望みを、この私が叶えてやろう。】
サンチェスは吹雪に押し流される。両手で顔を覆い、気づいた時には収容室の外に出ていた。
「なんだったんでしょう?」
胸元に静かに刺さる氷の欠片を見つめて、サンチェスは首を傾げる。だが、サンチェスに今できることは無いと考え、大人しくメインルームに戻っていった。
氷を埋め込まれたサンチェスを避けるように管理人はダコタへ愛着作業を言い渡し、なんの作業をしてもあと1度でノルマを達成できるくらいにエネルギーが集まる。
だが、管理人は自身に芽生えた好奇心には勝てなかった。
「サンチェス→雪の女王に洞察作業」
決闘をどうしても見てみたいと氷の欠片を埋め込まれたサンチェスを再び雪の女王の収容室へと送り込む。
リスクを犯してでも自らの欲望に忠実に、管理人は職務を全うする。
「あの……サンチェスさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫……そうですね。むしろ、なんだか頭が軽い気がするくらいです。」
氷の欠片が胸に刺さったサンチェスをメレンデスは心配するが、サンチェスはむしろ調子がいいくらいだと公言する。
サンチェスとてバカではない。この状況が異常なことくらい理解している。
だから、この件について問い詰めるために作業に赴くのだ。
サンチェスは収容室の扉を開き、雪の女王に詰め寄った。
「先ほどぶりです。1つ、お訊ねしたいことがあるのですが……」
【おぉ、よく来た我が臣下よ!欠片は上手く馴染んだようだな?今の私は気分がいい。なんでも答えてやろう。】
「ありがとうございます。では率直に。この氷の欠片は、いったいなんなんですか?」
両者の間に沈黙が降りる。だがそれは決して重たいものではなく、むしろキョトンとしている時のようなコミカルな雰囲気を纏った沈黙だった。
【なんだ、気づいておらんのか?】
「……お恥ずかしながら。」
【まぁ良い。この件については説明しなかった私も悪いからな。】
コホンと咳払いをして雪の女王は説明を始める。
【この氷の欠片は、悪魔の鏡をモチーフとして私が作り出した物だ。】
「悪魔の鏡……?」
【そう心配するな。あくまでモチーフでしかない。この欠片は、忘却を対価とする代わりに貴様に知識を与えるだろう。自覚はあるか?】
「……お恥ずかしながら。」
【そうか……けれど、忘却の対価は支払われている。臣下も感じ取れるはずだ。否、感じ取れないと言った方が正しいか?】
雪の女王はサンチェス自身に何かを気づかせようとしているのか、その先にある答えをサンチェスに委ねる。
そして、サンチェスは答えを見つけた。収容室に入っていなければ見つけられなかったであろう答えを。
「寒くない……忘却ってもしかして……?」
【その通り。1度目は寒さを忘れられる。だが、対価が軽い分与えられる知識も少ない。知識は人によるのだが、臣下の場合は……】
「恐らく、俯瞰的な視点。スーパーバイザーとして持っているべき視線と主観を同時に得る方法を知ったんだと思います。」
【ほう!そこまで理解しているか!臣下が3度欠片を手にすれば、果たしてどのような人物へと相成るのだろうな!】
雪の女王は楽しそうにサンチェスを見つめる。この先のことを考えて、雪の女王は1人心を踊らせていた。
【では臣下、貴様は氷の欠片を得て何を成す?貴様の思い描く未来はなんだ?貴様の想う理想はなんだ?】
「それは……」
【まぁまだ良い。今得た知識を一度持ち帰り、よく考えてみるといい。】
雪の女王がサンチェスにそう語りかけたところで作業時間も終わりを告げる。サンチェスはなんだか愛着作業のような内容になってしまったと反省しながらも言い訳として「行動パターン分析」と書き記し、観測レポートを書き上げた。
今日のノルマを終え、集めたエネルギーの純化が始まる。
けれど、管理人の欲望は留まるところを知らない。
「サンチェス→雪の女王に洞察作業」
どうしても決闘を見たい管理人はサンチェスを雪の女王の作業に赴かせる。
サンチェスは唐突に増えた作業量に困惑しつつも、ずっと胸の内に秘めていた理想に近づくため、理想に近づく手段を知るために雪の女王の収容室へと赴いた。
【来たか。では聞かせてもらおう、臣下の理想を、目指す先にある未来を!】
「僕は……」
サンチェスは語り始める。
ずっと胸の中に抱えてあって、
ずっと諦め続けていたこの想いを。
「幸せになりたい。」
【……ふむ?】
「ここに来て、ずっと思っていたんです。どうしてエネルギーのために苦しまなければならないのかと。どうして、遺された者たちは今もなお、過去に囚われなければならないのかと。」
あの日から変わった彼の性格
あの日垣間見た彼女の慟哭
あの日から腹の底に沈み続ける悲愴
それら全てがなにゆえに存在するのか、
それら全てが何のために存在するのか、
存在しなくてもいいはずのものなのに。
「だから、僕はここを変えたい。どうか誰も死なず、苦しまず、いつだって笑い合える場所にしたいんです。」
だから、とサンチェスは前置きして言い放つ。
なにかに宣誓するように、
なにかと決別するために。
「だから、そのための知識が欲しいです。僕の両の手のひらからこぼれ落ちる命を全部救いあげられるだけの知識が。」
【剛毅な話だな。】
雪の女王はサンチェスの覚悟を鼻で笑う。
【だが、嫌いでは無い。】
それでも、雪の女王はサンチェスの覚悟を否定するつもりは全くなかった。
【では、少々手ほどきをしてやろう。2つ目の氷の欠片を受け入れられるようにするための手ほどきを。】
雪の女王は妖しく笑う。
全ては自らの思い描く理想に至るため。