サリーのロボトミーコーポレーション   作:エリック

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雛は卵の中から出ようと戦う。
だがそれは、新しい苦悩と新しい隷属の始まりに過ぎなかった。


#19~20 サンチェス③

18日目が始まる。

昨日作成した【ランプ】防具は研修で正義を上げたサンチェスに

【赤い目】武器・防具はシャオに、

【氷の欠片】武器・防具はモルティに

それぞれ新しい装備が支給された。

 

新しいアブノーマリティも抽出されて心機一転、教育チームは新装備と共に気合いを入れ直す。

 

「今日も頑張っていきましょう。新しいアブノーマリティも抽出されましたし、上手く作業ができないように考え、落ち着いて作業をするように。」

 

「うぃ〜」「はい。」

 

サンチェスが後輩2人に向けて話をする。

その様子にいつもと違う何かを感じたのか、シャオはこっそりとメレンデスに耳打ちをした。

 

「メレ〜」

 

「人の名前を略すんじゃあない。それでなんだ藪から棒に?」

 

「今日の代理チーフ、なんかおかしくない?」

 

「本当になんだ藪から棒に!?僕にはいつも通りに見えるけど……」

 

「うーん……でもいつもなら「油断せず、よく観察して作業にあたるように」ってお説教するじゃん?今日はなんか……ゴキゲン?」

 

シャオは主観的に感じた違和感をメレンデスに共有する。なんとなくという感覚でしかなく、根拠などあろうはずもないが、シャオはその違和感の裏には何かがあると踏んでメレンデスに共有していた。

 

「……まぁ、たまたまかもしれないだろう?特に僕らはまだサンチェスさんと出会って3日だ。僕らには分からないことが、きっとあるんだろう。」

 

けれど、根拠がなければ動くわけにはいかない。メレンデスはそのことをしっかりと理解して逆にシャオを諭す。

シャオもただの主観的観測だったことを理解しているのか、メレンデスの意見に何も言わず首を縦に振る。

 

「……まぁ、頭には入れておくよ。さ、作業に集中しよう。今日も忙しくなるぞ。」

 

「……うん。ありがと。」

 

軽く頷きあってシャオとメレンデスは作業に集中し始めた。

 

まずはモルティが雪の女王に愛着作業。昨日一日で情報開示が終わったため、管理作業がかなり安定していた。サンチェスも雪の女王に洞察作業をし、フルスコアで作業を終える。

 

サンチェスがいい結果を残したことで安心したのかシャオもいい感じに作業に集中できており、母なるクモへの本能作業を上々のPeBox量で切り上げた。

 

その後、メイとダコタのツートップがそれぞれ大鳥・幸せなテディへ愛着作業を行い、2人とも良い結果を叩き出してエネルギーを荒稼ぎした。

 

情報開示が済んでいるアブノーマリティの管理については、もうかなり観測作業が安定していた。

 

安定しない作業といえば、まだ情報が何も分かっていないアブノーマリティだけだ。

 

「サンチェス→O-03-88に洞察作業」

 

「僕ですか……何気に1番作業は初めてですね。」

 

サンチェスは少しだけ不安を抱えつつも、それを表に出さないように作業に向かう。

自分の前に立っていた尊敬する先輩はここにいない。逆に自分がその立ち位置にいることを自覚している。

 

「大きな理想を抱いたんです。態度で示して近づかないと。」

 

サンチェスは理想を胸に、管理作業を開始する。

 

「…………?何もない……?」

 

収容室に入って一言目、サンチェスは空の収容室でその一言を零した。けれど、サンチェスとて本気で何もないと思っているわけではない。

収容室に入った瞬間、サンチェスは威圧感を感じた。ランクⅣであるサンチェスは辛うじて冷静さを保てるが、後輩たちなら緊張や絶望、ともすれば圧倒されるほどの威圧感が収容室いっぱいに広がっている。

 

「管理規範では……この水入りコップを規定位置に置いて……よし。」

 

昨日の作業で慎重ランクがⅤに飛び級昇格したサンチェスは、洞察作業においてはかなり多くの作業を同時並行で進められる。

 

「目を凝らせば空間の揺らぎが見えます……では、照明強度の調節と清潔手順稼働、加えて多面的な生物分析を行いましょうか。」

 

物言わぬ空間の歪みに向かって、サンチェスは作業を開始する。

 

「E1から5までは中強度……少し照明強度を上げましょう。全体的に部屋を明るくして、他の方がこのオブジェクトに気づくように……」

 

照明の強さを少し明るくしてみて、サンチェスはオブジェクトの様子を伺う。規定位置に置いたコップに動きは無い。とりあえず機嫌は損ねていないのだろう。

 

「では、生物的特徴の検定を……」

 

サンチェスが次の作業に移った瞬間、カシャンと甲高い音が鳴る。音の主は規定位置に置いたはずのコップ、それが粉々になった残骸からだった。

 

(浮いて……!?)

 

サンチェスの目の前でコップの残骸が浮き上がる。ありえない状況にサンチェスは混乱するが、すぐに規定を思い出す。

 

(置かれたコップが砕けた場合はすぐさま退却。少しでも多く情報を持ち帰ろうと居残ることは決してしないこと……よし!)

 

サンチェスは作業に見切りをつけて退出した。作業時間はまだ残っていたが、しっかり規定に沿った行動からくる危機回避のための業務違反。イェソドとて咎めることは無いだろう。

 

「戻りました。O-03-88ですが、今までに見たことがないくらい強烈な存在感のアブノーマリティでした。恐らくお2人は作業に呼ばれないとは思いますが、脱走の可能性があるように見受けられました。万一脱走した場合には覚悟してください。」

 

「うぃ〜」「了解です。」

 

教育メインルームへと戻ってきたサンチェスは、いつものようにアブノーマリティの特徴を端的に後輩に説明する。可能性のあるものとないものに分けて伝えることで、どのような心構えをしておく必要があるかも合わせて伝えており、後輩としてもメンタルを作りやすいため非常に助かっている。

 

「サンチェス→雪の女王に洞察作業」

 

「おや、また僕ですか」

 

その後も作業はまだ続く。息つく暇もなくサンチェスは雪の女王の洞察作業に駆り出され、入れ替わるようにメイが雪の女王に洞察作業を行う。

 

作業が規定値に達してクリフォト抑止力が弱まった。暴走が起きたのは【母なるクモ】と【T-09-80】、ずっと管理人が避けていたツールに暴走がつく。

 

とりあえず母なるクモはメレンデスに作業を行わせて鎮めるが、T-09-80を誰に使わせるかで管理人は悩んでいた。

 

そして、管理人が下した決定は、

 

『そうだ、運命の円環を回そう』

 

完全に運任せのルーレットだった。

外部ツールを用いてルーレットを用意し、即死の可能性があるT-09-80を誰に使わせるかを決定する。

運命の輪は回り、職員の運命を規定した。

 

「マキ→T-09-80使用」

 

「ん?知らないツール型ですね……」

 

選ばれたのはマキだった。

 

「今日はツール型が入ってくる日でもないし……何があったんだろうな?メイさんなら知ってるかな?」

 

マキもジーニーもT-09-80が使用されたところを見たことがないため、そもそもT-09-80はなんぞやと首を捻っていた。

 

「ま、ツール型は使い方なんとなく分かるし、とりあえず行ってこい。」

 

「はい!行ってきます!」

 

マキはてくてくとT-09-80の収容室へと向かう。

その行軍が死の行軍になるかもしれないということなど知らずに、気楽な調子で向かう。

 

「さてさて、使用するツール型は……っと……」

 

T-09-80を目の当たりにしたマキは「これ、何に使うんだろ?」という疑問と「なんとなく飲んでみたい」という欲望が同時に湧き上がる。

 

「まぁ、使用を命じられたし飲んでみよう……」

 

使用を命じられた事実もあり、マキは自らの欲望に身を委ねた。

 

小瓶にも似た枝の中には樹液が溜まっており、枝を傾けるとそれなりの粘度をもった樹液が零れ落ちる。

溢れた雫を舐めるように口に含むと甘味が口いっぱいを支配して、マキは多幸感に包まれる。

しばらく樹液を口の中で転がして、甘味と香りを楽しんだ後、マキはその樹液を喉へと追いやり飲み下す。

ドロリとした粘つく感覚が喉を抜け、樹液は少しの清涼感とともに臓腑へと落ちる。

 

「これは……美味しいです……!」

 

「マキ→Y4廊下待機」

 

身体の奥底から湧き上がる力の感覚に包まれるマキに管理人から指示が飛ぶ。マキが新たに命じられたのはその場での待機だった。

 

「……???何かあったんでしょうか?」

 

マキはその場で待ち続ける。

5分、10分……何もない時間がただただ過ぎ去る。その間、いかなる指示も出されておらず、マキはもしや自分の身に何かあったのかと空恐ろしく思っていた。

 

いつしか身体の底から湧き上がる力の感覚もなくなり、マキがいよいよ不安に押しつぶされそうになった時、やっと管理人から新たな指示がやってきた。

 

「マキ→安全メインルームに移動」

 

「良かった……やっと帰れる……!」

 

泣きそうな顔をしながらマキは安全チームへと戻っていった。

不安そうなマキを無視して管理人は業務を進める。

 

今日の過労死枠のモルティが雪の女王に洞察作業を命じられ、シャオが母なるクモに本能作業を行う。

 

大鳥にはサンチェスがあてがわれ、その存在感とO-03-88のそれとを比較してO-03-88も大鳥と同じWAWクラスだと確信する。

途中、自分のE.G.O.を装備しているからか大鳥の全ての眼差しがサンチェスに注がれたが、好きに見せて作業を続けていると、いつの間にか大鳥の興味はまた別のところに向けられていた。

 

「サンチェス→O-03-88に洞察作業」

 

「2連続で、推定ですがWAWクラスの作業ですか……結構キツいですね……」

 

クリフォト過負荷のこともあって作業強度が桁違いなWAWクラスの作業を言い渡され、サンチェスはその労働強度に文句を零しながら収容室へと向かう。

 

「先ほどはコップが砕けましたが、アブノーマリティが大きくなっているなら問題ですね……では。」

 

サンチェスは「成長率概算チェック」と書き加えて収容室へと入っていった。

 

「では……規定位置よし、カメラ準備……よし。電磁波測定器……よし!」

 

サンチェスは規定位置にコップを置き、成長しているか否かを視覚的に判断するための指標を等間隔に設置する。

また、相手の正体が不明なため電磁波の測定機器と全てを記録するためのカメラを設置し、稼働させる。

 

「では始めましょう。」

 

バインダーを片手に、サンチェスは作業を開始する。

相手は不可視の空間の揺らぎ、何が起こるか分からないため、サンチェスは無言で部屋の中の洞察と電磁波測定器の数値、カメラが正常に動作しているかのチェックを行う。

 

しばらく観察していると、いくつかの地点に置いたコップがパリンと割れて宙を舞った。

 

(きたっ!)

 

サンチェスは電磁波測定器を素早く片付けながら部屋全体を洞察する。割れたコップはサンチェスの正面にあった3つのコップ。収容室奥に置いた物やO-03-88の推定存在位置の横に設置した物は破壊されていない。

 

「それで十分です!撤収の許可を!」

 

『管理規定にあるように、このオブジェクトでは特例が認められています。規定物の破損を確認しました。サンチェス、すぐに作業を取りやめて撤収しなさい。』

 

収容室に取り付けられた通信機を通じてセフィラと連絡を取る。先ほどはホドが担当した通信だったが、業務規定的に間違いがあったのではないかと訝しむイェソドが今回の担当を強引に変更させていた。

 

「では撤収します!」

 

サンチェスは荷物をまとめて撤収した。映像記録を残したカメラと高価な電磁波測定器だけは確実に持ち、安価で回収には危険を伴うコップは捨ておいて収容室を脱する。

 

「ふーー……っ!2人とも、今戻りました。O-03-88は空間の歪みであることはほぼ確定として良さそうです。電磁波にも少しばかり異常が認められました。今のところは大きくなっている素振りはないので安心してください。ただ移動は行うみたいなので、O-03-88管理時の業務規定はしっかりと守るようにしてください。」

 

「おkです〜」「分かりました。」

 

サンチェスは情報伝達をしつつもレポートの手を止めない。

サンチェスの観測レポートによって、管理人も幾ばくかの情報を開示し、O-03-88の生態を丸裸にしていく。

 

作業はまだまだ終わらない。黎明だってまだ来ていない。

 

再びメイが魔弾の射手に抑圧作業を命じられ、また同じように魔法の弾丸を扱う射手にならないかと勧誘される。

アンジェリーナは雪の女王に洞察作業。管理方法が分かっているアブノーマリティの作業なだけあって、初めての作業でもかなりいい結果をたたき出す。

サンチェスも魔弾の射手に抑圧作業を命じられたが、こちらは特に勧誘などされていない。

 

メイとサンチェスの間にはどんな差があったのだろうか?

 

「おそらくは……肩書きでしょうか?」

 

サンチェスは自身の肩書き『神経質な捜査官』を思い出してそう結論づけた。神経質な性格では、スナイパーには向かないだろう。

対してメイの肩書きは『寛大な殺戮者』

魔弾の射手の好みそうな肩書きだ。

 

(いったいメイさんは、何を殺して『殺戮者』と呼ばれるようになったんでしょうか……?)

 

余計なことを考えながら、サンチェスはメインルームへと戻っていく。

黎明を告げる刻はすぐそこだ。

 

「スーザン→たった一つの罪と何百もの善に愛着作業」

 

この作業をきっかけに黎明が巻き起こることは、社内の誰もが予想していた。

 

「黎明が始まりそうですね。ただ、これだけE.G.O.が揃っていれば問題ありません。すぐに終わらせましょう。」

 

サンチェスがそう告げた直後、すぐさま試練が始まった。低く響く低音のハウリングと歯車の音から経験のある職員はすぐに黎明が緑青であることを見抜く。

 

「すぐに終わらせましょう。」

 

サンチェスのその言葉の通り、管理人は手早い鎮圧を心がける。

 

まずコントロールチームに出現した【疑問】をスーザンを除くコントロールチームと教育チームの計5人で即座に鎮圧。

安全チームは目を離した隙にメインルームに【疑問】が闖入してきたが、メイが正面でタゲを取り、ジーニーが後ろから【彼方の欠片】で攻撃する。マキとオフィサーはその更に後方から銃と【孤独】で攻撃し、死者を出さずに鎮圧。

情報チームは教育チームに出現した個体と合流し、2体に増えた【疑問】をその圧倒的なE.G.O.の火力をもって制圧していた。

 

もう危なくなることはなく黎明は超えることができるようになっていた。

 

もうほとんどノルマは達成したという場面になっても、管理人は育成のために作業を続ける。

 

モルティは大鳥に本能作業を命じられ、モルティはかなりギリギリの体力になりつつも作業を終えて生還。ここでエネルギー純化が始まった。

 

「ふいぃぃぃぃ……っぶねぇなぁあの鳥……危うく死ぬところだったぜ。まぁ、長らく取れてなかった血液サンプルが取れたからいいか。」

 

モルティは危ない状況下でも余裕ぶって強がる。自分の命を軽んじているかのようなその言動はどこから来たものか。

その答えはアンジェリーナより前に雇用された職員たち3人しか知らない物語だ。

 

「戻りましたぁ……だいぶグロッキーなんで休ませてください……」

 

「…………なぁモルティ、お前またゴキゲンなもんつけてるな?」

 

「あ〜?まぁ結構体当たりされたりつつき回されたり、散々でしたから、そりゃ生傷だって付きますよ……」

 

ダコタは違う違うと首を振ってアンジェリーナに鏡を用意させる。

アンジェリーナが持ってきた鏡を覗き込むと、そこには無数の目に似たギョロギョロと動き回るカチューシャのような物体。

 

「うっわなんだこれ!?」

 

「2つ目のE.G.O.ギフトですね!おめでとうございます!」

 

「めでたかねぇだろ!?【クマの手】は浮かれたテーマパーク気分、これはギョロギョロ動き回る気持ち悪ぃカチューシャ!ヤダよ俺こんなの!!!」

 

「そうは言っても取る気はないくせに……」

 

ダコタが小声で呟くが実際その通りだった。

E.G.O.ギフトは本人が望む望まないに関わらず身体から離れない性質のもの。一部【孤独】や【くちばし】、今回の【ランプ】のように装飾品で外すことができるものも存在するが、そういった種類のものに関しては、なぜか強い愛着が湧いて外したくないという脅迫的な感情に苛まれる。

 

それゆえ、口ではなんと言っていようとE.G.O.ギフトを外す気は起きてこないのだ。

 

一見呪いのような装飾品だが、それが呪いでも祝福でも、職員たちはアブノーマリティたちから貰ったそれを愛するだろう。

 

「いやもうマジあの体当たり……アイツこれ付けようとしてガスガス当たってきてたのかぁ?言ってくれれば屈むなりして対応したのにさ……」

 

「WAWクラスのE.G.O.ギフトって、何気に初めてですよね?それも含めて観測レポートにまとめた方がいいんじゃないですか?」

 

アンジェリーナの意見ももっともだとモルティは大鳥の観測レポートに【ランプ】ギフトについての観測記録も添えて提出した。

 

管理人がモルティに着いた【ランプ】ギフトに気づいて大騒ぎして、どうにかそのギフトをサンチェスに付けようと騒ぎ出し、アンジェラに迷惑をかけるのは、また別のお話。

 

アンジェラに諭されて【ランプ】ギフトの移植を諦めた管理人は、エネルギー純化が始まっているのにヤケになって作業をしまくる。

 

シャオは本日3度目の母なるクモへの本能作業を終え、サンチェスもO-03-88に3度目の洞察作業を言い渡される。

 

シャオはいつも通り子蜘蛛たちにエサをやり、サンチェスは先ほど立てた仮説の帰無仮説を検証するための実験を行った。

 

結果としてO-03-88は【次元屈折変異体】という移動するタイプの空間の歪みであることが判明し、今日の作業は上々の結果で幕を閉じるものだと思われた。

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