サリーのロボトミーコーポレーション 作:エリック
ネツァクが差し出した決闘用の剣を、メイは静かに取る。
白地に赤い線が入った剣は氷の上を流れる血を表しているようにも見えて、その模様は美しく、その実この後に決闘で起きることを暗示しているかのようで恐ろしくもある。
片刃で抜き身のそれをメイは数度振った。まるで使い心地を確認しているかのごとく念入りに。
「それじゃあ、行ってきます。」
「メイさんなら……メイさんならきっと大丈夫です。お帰りを待ってます。」
やや表情が硬い、何かを言い淀んでいるかのような表情のジーニーにそう声をかけられ、メイは決闘へと赴く。
メイの手にした剣の柄には2輪の赤い薔薇が咲き誇っていた。
寛大な殺戮者は歩を進める。
十分な勇気を携えている。メイは誰かを守るためならば、自分が傷つくことを厭わない。
十分な正義を携えている。メイは自分のエゴのために、その他の全て──自分自身でさえも抑圧できる。
十分な自制を携えている。メイは精神的な隙を見せず、どんな時でも冷静であれるように常に自分を律する。
十分な慎重を携えている。メイはよく見、よく聞き、アブノーマリティとエージェントの不調を見抜く。
美徳は全て揃っている。どの美徳も現状のエージェント内でトップクラスに育っている。
(……私が誰かを救うなんて、そんなことできるはずがない。)
けれど、彼女には自信がない。圧倒的に足りていない。
剣を握りしめるその手には、いつかの感触がまとわりついている。
廊下に刻まれた恐怖が彼女の耳元で囁き続ける。
「なぜ助けてくれなかった」
「まだ生きていたかった」
「作業についてもう少し知識があれば」
「あなたが僕を盾にして殺したんだ」
メイの正義は自身の殺しをどうしても許せず、
メイの慎重は教育を怠った自分自身を許せず、
メイの勇気は後輩を犠牲にした惰弱を許せず、
メイの自制はそれを他人に見せるのを許せず、
彼女は失意の底で自らを責め、
彼女は他の者を決して責めず、
彼女は自分自身を殺し尽くす。
彼女は正しく、それ故にどうしようもなく
【寛大な殺戮者】だった。
だから、
「……私が犠牲になってでも、サンチェスくんを助けないと」
彼女は自己犠牲の道を選ぶ。
2人とも無事に、なんて考えてはいない。そう考えるには多すぎるほどの人たちを見送ってきた。
自分は助かろう、なんて思ってはいない。そう考えるには彼女は少し殺しすぎた。
他人を殺し、後悔の淵で自分を殺し尽くした彼女には、もう何かへの淡い希望や何かを熱望する意思など残ってはいない。
彼女は歩く。管理人の指令に従い、管理人の意に沿うようにただ動き続ける。
けれど、彼女はいつもと違う道を行く。
教育チームのアブノーマリティの作業に赴く時は、通常であれば情報チームのメインルームを経由して行くことになっている。
だがメイは情報チームのメインルームを通らず、コントロールチームの収容室前廊下を歩いていた。
距離は変わらない。ただエレベーターに先に乗るか後に乗るかの違いだ、業務規定からも外れない。
誰からも文句は言われないが、徹底して人を避ける道順選びは燃えたぎる闘志を冷まさぬためだろうか
それとも、死の間際の猫にも似た行動を取っているのだろうか。
「………………」
彼女は無言で歩き続ける。何を考えているのかは誰にも分からない。
管理人は騒ぐ。
曰く「メイちゃん頑張れ!」
曰く「メイちゃんかっこいい!」
曰く「頑張ってくるんだよ!」
普通の反応だ。エージェントたちと会っていれば、彼女らも同じような反応を返していただろう。
けれど、この言葉がもしメイに届いていたらどんな反応を返しただろうか?
「任せてください、管理人。」
と、声援を力に変えるだろうか?
「適当なことばかり言わないでください!私の事なんて何も知らないのに!」
なんて、呑気な管理人を責めただろうか?
それとも
「……そうですね。」
とだけ言い、背筋が冷えるような笑みを返してきただろうか?
そのどれが答えかを知ることはなく、彼女は雪の女王の収容室へと辿り着いた。