サリーのロボトミーコーポレーション 作:エリック
【来ぬのか?ではこちらから往くぞ!】
メイが小休憩を取っていることに気づいた雪の女王は、彼女に休む暇を与えない。左側に剣を立て、ろくに構えていないメイに切りかかる。
メイはすぐに剣を正眼に構え、左足を前に出す。
一般的に「プフルーク」と呼ばれるその構えは突きを繰り出す時に用いる構え。先ほどメイの突きをいなした雪の女王は小細工なしに《シールハウ》をくりだす。
(……きたっ!)
その瞬間をメイは待っていた。
大振りの攻撃は見てから躱しやすいが躱せば先程と同じ《ウンターハウ》が襲ってくる。かと言って下手に受ければバインドを強要されて自らを窮地へと追い込む。
だからこそ、雪の女王は自分に有利な択勝負が強要できる袈裟斬りを攻めの一手に選んだのだろう。
だったら、不意をついてやればいい。
武器は揃った、状況は完璧だ。
この瞬間を、メイは望んでいた。
「……ふっ!」
キィンと硬質な音を立てて雪の女王の剣とメイの剣がぶつかる。
ただし、今回はバインドしない。なぜなら、
【ほう!この数瞬で《リール》をものにするか!】
メイは先ほど雪の女王が見せた防御姿勢《リール》をくりだしたから。
プフルークに構えた状態から、メイはほぼ最速で剣の先で円を描き始めていた。剣の先端の遠心力はメイが剣を回している力よりも遥かに大きく、人間の小さな力を何倍にも増幅させている。
その剣先は雪の女王の《シールハウ》を弾き、その遠心力をもって剣を絡めとる。剣の勢いは遠心力に吸収されて、弧を描くように地面へと導かれていく。
攻撃をいなしてもメイは止まらない。
雪の女王が困惑している間に一撃を叩き込む。それだけを考えてメイは進んでいた。
メイの突きは吸い込まれるように雪の女王の腹に向かい、
【危うくやられるところだった。】
雪の女王に止められる。
遠心力を利用できるのはメイだけでは無い。雪の女王もまた、リールの遠心力を利用した。
両手で持つ剣が地に落とされた時、雪の女王はすぐカウンターに注意を向ける。リールで攻撃をいなしたなら、次に来るのは突き。
合理性を突き詰めたメイの動きは、奇しくも完成された剣術と同じ。剣術のセオリーをなぞるなら、雪の女王は容易に対処出来る。
雪の女王は右手を軸に左手で持ち手の先端を押し下げ、テコの応用で剣先をはね上げる。剣術の型で言うなら《ミッテルハウ》に分類されるその型は、角度次第で攻撃にも防御にもなり得る汎用性の高い型だ。
完全に決まるはずだった一撃を、雪の女王は普通では無い反応速度で受け止める。
だが、雪の女王も今の一撃は想定外だったらしく、口では余裕を醸し出しているものの、2の太刀が用意できない程度には追い詰められていた。
(【まぁ、取っておきを止められれば小娘も1度立て直すだろう。】)
メイの今までの行動から考えて、雪の女王は少し余裕を取り戻す。
だが、冷静に状況を考えるほどの余裕がメイにはなかった。
(攻めろ、攻め続けろ。隙を晒すな!)
自分に言い聞かせてメイは攻撃動作を続ける。手負いの獣にも似た妄執がメイを突き動かしていた。
(一度時間を置いたらまた今までと同じ……!止まるな、攻めろ!)
突きの勢いを殺されて跳ね上がった腕をそのまま利用して袈裟斬りを敢行する。もちろんその攻撃は雪の女王にガードされるが、雪の女王の想定外から繰り出された攻撃は雪の女王に不完全なガードを強いる。
(!!!ストロング!)
自分の剣が根元で打ち合ったのを見たメイは、剣が弾かれないように1歩踏み込む。バインドだ。
【バインドを望むか、小娘!】
「違……う!」
メイは雪の女王の剣とバインドした時に、すぐさま体は右に移して左腕を高く上げた。剣先は水平よりも下がり、切っ先は相手の首を狙っている。
(【ツヴェルヒハウ!?】)
雪の女王は自分が教えていない技術をメイが使ってきたことに驚愕を隠せない。自分の命を刈り取らんとする一撃に、雪の女王は必死に抗う。
バインドしている剣をさらに押し込み、柄を破壊してメイの指を切り落としにかかった。
「…………ふっ!」
メイはその動きを見てから対処する。剣に裏拳を叩き込み、力のベクトルを微妙に逸らしてから剣を押し込んで斬撃をたたき落とした。
(切り返しは対策された。だから……!)
メイは剣を構え直さずそのまま雪の女王に自分の身体をぶち当てる。予想外の接触に雪の女王はたたらを踏むが倒すには至らない。
だが、それで十分だ。
【……!?どこへ……!?】
雪の女王の視線がメイから外れたほんの数瞬の間にメイは雪の女王の死角へと回り込んだ。
仕合の中では一瞬でも視線を外せば命取り。
「ふっ……!」
息を鋭く短く吐いてメイは斬撃を飛ばす。
ただ、手応えはない。
雪の女王はメイの姿が確認できなかった。ただ、冷静になればおおよその検討はつく。
雪の女王はメイが死角に入ったことと、自身の剣がメイの脇に振り下ろされていたことからメイのおおよその位置を掴む。
あとは、絶対にメイがいない自身の剣の側に数歩移動してやれば躱せる。
冷静になればどうということは無かった。
そして、冷静さを取り戻した雪の女王にとってはメイの素人同然の動きなど相手にならない。
【久方ぶりに追い詰められたぞ、小娘。危ういところだったわ。】
がむしゃらに繰り出されるメイの攻撃を柄に近い部分で受け止め、雪の女王は流れるように左足を踏み込む。鍔の部分で相手の剣を横に跳ね飛ばしそのまま柄の底でメイの鼻をぶん殴る。
「…………っ!?」
反射的に目を瞑ったのが命取り、雪の女王は剣のぶつかった箇所を支点としそのままの勢いでメイのこめかみを鍔で打ち砕く。
メイの視界に火花が散る。瞬く間だけではあるが意識が飛んだ影響で、メイは後ろに倒れる身体を引き戻せない。
視界が真っ赤に染まる。額を裂いて這い出た血液が目に入って視界を蹂躙する。頭がクラクラして上手く立ち上がれない。
(ダメ……敵から目を逸らしたら……!)
赤い視界の中で雪の女王が剣を下に向けているのが見える。
そしてその剣先が自分の腹に向けられているのも、見える。
「─────ッ!」
反射的に身をひねるがもう遅い。雪の女王の凶刃がメイに突き刺さる。かろうじて致命傷は避けたものの、メイは脇腹を裂かれて辺りを真っ赤に染めた。
声にならない絶叫を上げるメイを雪の女王は見下ろしている。メイはジクジクと痛む脇腹を押さえて転がり、雪の女王の追撃から距離をとる。追撃を外した雪の女王は、床にめり込んだ剣を引き抜いていた。
額の脂汗が止まらない。傷口からはとめどなく血が溢れるが、だんだんとその血も凍っていく。
やがて氷は傷口そのものにも達し、焼け付くような痛みとともに傷口全体が凍りついた。
血は止まったがメイの顔色はあまり良くない。息は短く浅く、そして早い。
(次で……決めないと……)
呼吸を長く深く、ゆっくりと吸い直す。身体中に酸素を回して活力を巡らす。
勝てるビジョンは明確に。相手の手の内はかなり見た。
「ふっ……!」
1発息を鋭く吐くと、メイはゆらりと雪の女王に近づく。
構えは斬撃、剣先を下にして剣をぶら下げるように持つ。剣術で言うと《ツォルンハウ》を繰り出す直前に似た格好で雪の女王に向かう。
動きはゆったり、足さばきは鋭く。動きのギャップで遠近感を崩し、相手を翻弄するための足さばき。
【無駄なことを!】
だが、雪の女王には通じない。雪の女王のいつもの構え、剣を地に突き刺し、柄の上に手を置くアルバーの構えでメイを迎え撃つ。
両者の距離が1.5mを切ったとき、戦局が大きく動いた。
真っ直ぐに突っ込んでくるメイに向かって、雪の女王が右手を軸に左手で剣の持ち手の先端を押し下げ、テコの応用で剣先をはね上げる。
一見隙だらけのアルバーの構えから繰り出される十八番。勢いよく相手が攻撃してくる時に、切っ先を上に向け下腹を突くアルバーの基本的な攻撃。
そして、メイが作業中に一度見た攻撃だ。
「…………っ!」
剣先が上がったのを確認した瞬間、メイはアームクロスで持った剣を振り上げる。雪の女王のその行動は、数多想定してきた中で1番メイに都合がいい。
突きに移行しつつある雪の女王の剣をメイは下から掬いあげるように切り飛ばす。
ギィン!と硬質な音が部屋中に響いた。バインドは、していなかった。
【なっ!?】
驚いてメイを見る雪の女王の視線と追撃の準備をしているメイの視線のみが交差する。
(上手くいった!)
メイは雪の女王に得物を手放させることに成功していた。
雪の女王から剣を奪うには、メイの力では役者不足。その不足分を補うために、メイは分の悪い賭けに出ようとしていた。
けれど、雪の女王は攻撃方法としてアルバーからの突きを選択した。この選択がメイに味方する。
メイの斬撃は下から上へ放たれた。斬撃の勢いは、同じく下から上へ跳ね上げられた剣──てこの応用で増幅された雪の女王の力を巻き込んで助長する。
活性された力は雪の女王に衝撃となって伝わり、圧倒的な威力を以て彼女の五指を開かせる。
雪の女王は丸腰、これ以上ない好機だ。
「はあああああ!」
気合い一発、メイは力任せに剣を振るう。
狙うのは胸。先の攻撃で上がった雪の女王の両腕、その下に剣を捻り込むことで相手に素手でのガードすら許さない。
あとは、剣を振り切るだけだ。
咆哮と共に放たれた攻撃は狙った通りの弧を描く。
そして──