サリーのロボトミーコーポレーション 作:エリック
頑張ってね
【ほう?】
雪の女王が剣を支えに立ち上がった私を興味深そうに見つめる。
肺に骨が刺さっているのか私の呼吸は喘息患者のように荒い。呼吸をする度に胸がズキズキと痛み、血が混じった咳が喉から這い出てくる。
額から血が滴って氷を染める。凍った脇腹は冷たくジクジクと存在を主張する。
だからどうした。
骨が折れたからどうした?ネビルくんは骨が折れても見えない何かに抗い続けた。
肉が抉れたからどうした?ブラウンさんは瀕死の重体になっても進み続けた。
恐怖なんて食い千切れよ。デボーナさんは死の淵にあってもそうしていたはずだ。
血反吐は噛み潰せばいい。アレックスくんがそうしていたのを見ていただろう。
私はまだ、彼らと肩を並べられるくらいに恐怖と向き合っていないじゃないか。
生きる意味なんて探すな。誰かを私の生きる意味に据えて、私の罪と贖罪をその誰かに被せるな。
死なんて、留まることなく進み続けた先でいずれ辿り着く。
だから、今は進め!
1歩だけでいい、私が確かにいたんだって思えるものを遺すために、もう1歩だけでも進み続けろ!
「誰も救えなかった私は、ここでおしまいにする!臆病な私の物語は、ここでおしまいだ!」
フォムタグに構えて愚直に突っ込む。雪の女王は私が戦える状態だと思っていなかったのか、剣を地に刺すいつもの構え。
雪の女王が急いで剣をはね上げる。でも、その攻撃はもう見た。
トップスピードを維持できる限界の動作で剣を躱す。脇腹が浅く切れたけど、一切構わずに進み続ける。
前はここから切り下ろし──シールハウが受け止められた。だから今回、フォムタグの構えは囮に使う。
スライディングの要領で私は雪の女王の股下に滑り込む。視界の端では前と同じように雪の女王がハーフグリップに構え直していた。
すれ違いざまに雪の女王の内腿を切り裂いて踏み込みの力を削ぎ落とす。踏み込めなければ剣の勢いは衰える。
【………………ッ!】
頭上で雪の女王が小さく呻く。こんなこと、今までなかった。
【寄らせるか!】
滑っていって少し離れた私を近寄らせまいと雪の女王が氷の欠片を飛ばしてくる。
アレは見たことがある。私も一度受けたことのある、サンチェスくんの胸に刺さっていた氷の欠片だ。
何度も受けると全てを忘れる、氷の欠片だ。
氷はまっすぐ私に飛んでくる。これなら問題ない。
「ふっ!」
息を鋭く吐いてシールハウ。氷の欠片をたたき落とす。
【一つだけとでも思うたか!】
「普通ならね!」
雪の女王の底意地が悪いことなんて、もう薄々気づいている。だから私は油断しない。
いくつも飛んでくる氷の欠片、それに向かって踏み込んだ。
クランプハウで打ち払い、シールハウでたたき落とす。
ウンターハウで隙を塞ぎ、ミッテルハウで切り払った。
飛び道具を出しながらだとその場に留まることしか出来なかったらしく、雪の女王と私の距離はどんどん詰まっていく。
ここからは、また剣の間合いだ。
身体中が悲鳴をあげる。
あぁ……痛い。
血をどれほど失ったのか、頭がクラクラして視界がぼやける。
耳元では心臓がうるさいくらいに脈動して、その存在を私に主張してくる。
あばらは折れ、内臓はぐちゃぐちゃ。血反吐混じりの咳すら出てきた。
今、自分が立っていること自体が不思議な気分だ。
でも、どうしてだろう?分からないけれど、この気分は、
あぁ、
「生きてるって……感じがするねぇ……!!!」
雪の女王のシールハウ。
反撃は冷静に、一歩下がってその軌跡を追いかけるようにナカライセン
返しのウンターハウをリールでいなす。
その後の突きは受け止められてバインド。
バインドから両者リールでデススパイラル。
焦らず雪の女王がフォムタグに切り替えた瞬間、引いた剣に合わせて突き。
相手が体勢を崩す。
その隙にフォムタグに切り替えて奥の肩にシールハウ。
畳み掛けるようにミッテルハウ。
その後何度も見て、何度もくらったウンターハウで追撃。
構えを紫の涙と同じオクスに切り替えて突き
防御されたのですぐに引き戻してプフルークからの突き。これも防御された。
動作は流水のごとく、素早く切れ目なく。
理想は雪の女王のようにいつ構えたのか分からないあの動作。
【調子にのるなよ……!】
扇状に剣を回して防御に徹していた雪の女王が、剣の動きはそのままに角度だけを変えて攻撃に転じる。
あぁ、【圧倒的な汎用性】ってこういうことか。
喉元に迫ってくる刃を、焦らずに落ち着いてシールハウでたたき落とす。踏み込みの力を削いだとはいえ、こうも簡単に叩き落とせるなんて思っていなかった。
あの子たちの声が私の理想を突き動かし、私の理想が私の勇気を奮い立たせる。
不思議な気分だ。身体はボロボロなはずなのに勇気が溢れて止まらない。
シュナイデンで腹を裂く。先ほどまでの意趣返し。
続けて袈裟斬り。
ガードされたからガードに合わせて内腿の傷を蹴りあげる。
苦痛で雪の女王の表情が歪んだ。
怯んだ隙にハーフグリップに持ち替えて、柄で鼻頭をぶん殴る。
全部、さっきあなたがしてきた技とその応用だ。
私は更に1歩踏み込む。
【小娘が…………!】
雪の女王が猛るけど何も出来ずにいる。
当たり前だ。私と雪の女王が密着しているこの状況ではロングソードが震えない。
剣が使えないのはこちらも同じ。だから剣を地面に放り捨てて両手を自由にし、さっきつけた切り傷をぶん殴る。指を入れても良かったけど、そこまで傷は深くなかった。
くの字に折れ曲がる雪の女王の胸ぐらを掴んで引き寄せてから、追加でその顔面に一撃を入れる。
【小娘ぇぇぇぇ!!!】
怒り狂った雪の女王は剣を握っていない手で拳を作り、その拳を振り下ろす。
ガードは間に合わない。なら、
「んん!!!」
全力のヘッドバットをその拳に叩き込む。おでこから血が出ていることなんて忘れてたからすごく痛い。
でも、ここで勝てなきゃ私は一生なにも成せないままだ。
私も雪の女王も、攻撃がかち合った衝撃で後ろに仰け反る。
雪の女王がバランスを大きく崩した。
チャンスが巡ってきた。
「はっ!」
仰け反った勢いを乗せた蹴りを入れる。目標は雪の女王の右手──剣を持つその手だ。
クリーンヒットはしなかったけど雪の女王も余裕がなかったらしく、その手から剣が離れる。
やり返すなら、最後まできっちりやり返さないと。
「…………!」
体勢を立て直して剣を取りに行く。
取るのは私の剣ではなく、宙を舞う雪の女王の剣。
「──ッ!」
私の背丈より大きいそれの刀身を持つ。両手が切れて血が流れるけど気にしない。気にしていられる余裕は無い。
掴んだあとは身体を大きく捻って回転する。そうすることで重力加速度を遠心力に変えるんだ。
【しまっ……!】
雪の女王が私の狙いに気づく。慌てて近くにあった私の剣を取るけどもう遅い。
「ああああああああぁぁぁ!!!」
私は全力で剣をぶん回した。正真正銘、全く同じ状況での意趣返し。
当たると思っていた攻撃を対処してからのモルトシュラーク
雪の女王は剣でガードした。でも、私の攻撃範囲は柄の分だけちょっと広い。
剣の柄が雪の女王の胸にめり込む。ガラスを引っ掻いて割った時のような音が響き、雪の女王が苦悶する。
「ああああああああぁぁぁ!!!」
剣をさらに押し込む。このまま雪の女王をへし折るくらいの勢いで攻撃の手を緩めない。
ブシッブシッ、と刃を握る手が血を吹き上げる。グチャリと手のひらの肉が抉れる音が聞こえる。
それでも手は離さない。確実に仕留めるまでは、絶対に油断しない。
止まってなんかやるもんか。
もう二度と、止まってなんかやらないんだ。
ガラスにヒビが入った時のような音が響き、剣が雪の女王に飲み込まれる。
そして、両手が軽くなった。
【キャアアアアアアアア!!!】
絹を引き裂くような悲鳴とともに猛吹雪が吹き荒れる。あまりの勢いに目が開けられない。
私は吹雪に飛ばされないように思い切り踏ん張った。
どのくらいの時間が経ったのだろうか、気がつけば吹雪は止んでいた。
「…………おわっ……た…………?」
決闘相手を探すが見当たらない。辺りを見渡すと、雪の女王の姿どころか雪も氷も、雪の女王を象徴とする全てのものが無くなっている。
「そうだ、サンチェスくんは!?」
何もかもが無くなり、位置関係がさっぱり分からなくなった収容室を懸命に探す。
そして、見つけた。
収容室のすみっこで、静かに横たわるサンチェスくんを。
氷は溶けている。春が訪れたからか、宮殿が崩れ落ちてしまったからか、私には分からない。
「サンチェスくん!」
急いで彼の元へと向かう。彼の顔を覗き込むと、その顔色は青白くはあるものの、あの時のような土気色はしていない。
「サンチェスくん、サンチェスくん!」
「………………ぅぅ」
彼の声がした。か細くて聞こえるかどうかギリギリの声量だったけど、彼は生きている。
「サンチェスくん……!良かった……本当に……!」
背中が震える。全身の産毛が逆立つ。
自然に流れた涙が止まらない。
やっとだ。やっとたどり着いた。
臆病で愚かで、ずっと絶望に打ちひしがれていた私が、初めて誰かを救えた。
やっと、この物語に終止符を打てた。
「…………メイ……さん……?」
「サンチェスくん、おはよう。大丈夫?体になにか異常はない?」
サンチェスくんが目覚めた。
急いで涙を拭い平常心を装って話しかけるけど、私の声は酷く鼻声で、目だってきっと真っ赤だろう。
「メイさん……ごめんなさい……」
蚊がなくような声でサンチェスくんが話す。起き上がろうとしているが、頭がフラフラしているのか起き上がれていない。
「いい、いいの。サンチェスくんが無事に戻ってきてくれたから。」
「でも……そんなに……傷ついて……」
いたるところを血で赤く染めた私を見て、サンチェスくんがそう言う。
でも、これは必要なことだったから。
私が過去を乗り越えるために、必要なことだったから。
「その話は後で聞くよ。とりあえず今は、みんなのところに帰ろう?」
「はい……はい。」
泣きそうな笑顔でサンチェスくんが返事をする。
サンチェスくんはすぐに立ち上がったから私が注意すると、「少しクラクラしますけど、もう大丈夫です。」なんて言って笑う。長い間凍っていて表情筋が固まっているのか、彼の笑顔は酷く引き攣っていた。
サンチェスくんとは部門が違うから収容室の前で別れる。メインルームまでついて行こうかとも考えたけど、私も人の心配ができるほど軽傷では無い。
業務終了の知らせが入る。
あぁ、大変な1日だった。
「でも、悪くないかな。」