サリーのロボトミーコーポレーション   作:エリック

4 / 27
ハートフル回です


#10 デボーナ

1度空の青さを知ったものは

2度と地の底には戻れない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人々は大昔から罪を犯してきた。

その罪は、他人を傷つけ、平和を乱し、日常を犯す。

 

『なぜ彼らはそのようなことをするのだろう?それが悪いことだと知っているのに。』

 

異質な生き物たちが溢れ、幸せに暮らしている【黒い森】で暮らしていた一羽の小鳥は考えていた。

 

先日、【黒い森】にやってきた旅人もそうだった。

 

彼は旅人であり、開拓者であり、預言者であり、同時にそれら全てのどれでもなかった。

 

そんな彼を怪しんだ鳥たちは、彼が森に立ち入ることを認めなかった。

 

人の犯す罪によって平和が歪むことを鳥たちは恐れたのだ。

 

森に立ち入ることを許されなかった彼は、最後に予言を残した。

 

『やがてこの森に悲劇が訪れるだろう。

森は悪行と罪に染まり、争いが絶えぬだろう。

悲劇が終わるときは恐ろしい怪物が森に現れ、すべてを飲み込んだ時だ。

二度と森に太陽と月は昇らぬ。森は決して元の姿になることはないだろう。』

 

鳥たちは恐怖した。恐ろしい怪物が現れたらどうしよう?と日々を不安に過ごしていた。

 

そんな中、【黒い森】を最も愛していた3羽の鳥が悲劇から森を守ろうと立ち上がった。

 

その1羽が小鳥だった。

 

小鳥は自分のくちばしを使って、悪いことをした森の仲間に罰を与えることにした。

すると、誰かがこう言った。

『でも、君のくちばしは小さいから全然痛くないよ!』

それを聞いた小鳥は心配になり、くちばしを広く裂き、どんな生き物も丸飲みできるようにした。

 

愛する森とそこに暮らす生き物たちを守るため、3羽の鳥はそれぞれ協力しあって森の平和を守ろうとした。

 

けれど、悲劇は止められない。悪い噂が広がり、3羽の鳥は森を守ろうと一生懸命頑張っているのに、わかってくれないことに怒り、悲しんだ。

 

森を守るために一生懸命に頑張った鳥たちだったが、悲劇と怪物から黒い森を守ることは出来ず、

 

黒い森は今の姿になった。

 

 

 

この悲劇は、みんなが互いを信じられないから起こったんだ。

 

小鳥は考えた。

 

僕らは一生懸命頑張った。この森のためなら、僕らは怪物にだって立ち向かうつもりだった。

 

小鳥は思っていた。

 

悪いことをするものが、平和を脅かす。

 

小鳥は確信した。

 

森には誰もいなくなってしまったけれど、悪いことをする者には、僕が罰を与えないと。

 

そう考えた罰鳥は、二度と森に帰ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あぁ、

また、私の罪が増えていく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7日目の業務が始まった。

 

「んで、今日から私が情報チームに配属だ。名前はダコタ。基本的な作業方法とかで分からないことがあったら聞いて。逆に情報チームには詳しくないから、情報チームに特有なこととかあったら教えてくれ。2人の名前は……モルティとデボーナ、だっけ?」

 

そのセリフ通り、ダコタが7日目から情報チームに配属になった。新人2人は昨日それなりに作業したとはいえ、まだまだロボトミー社の規則には明るくない部分がある。

 

「はい!よろしくお願いしますっ!」「合ってますよ。よろしくです、先輩。」

 

2人はそんなふうに元気に返事をした。デボーナは花弁が舞うように笑い、モルティは無気力そうにしつつも貪欲に知恵を求める瞳をしていた。

 

(……正直、メイさんが配属されると思ってたからなんにも考えてないんだよなぁ。)

 

先輩らしくも緊張を与えないようにと振る舞うダコタだったが、内心ではそう愚痴を漏らす。

正直、 [[rb:キュートちゃん>クソ犬]]や[[rb:ウェルチアース>カマエビ野郎]]で良くはない結果を出し続けている自分が新人たちの元に配属されるとは思っていなかったのだ。

 

(うまいこと、質問に答えてやれりゃいいんだけど……)

 

そんなダコタの心配をよそに、デボーナとモルティは先輩の登場に盛り上がっていた。

デボーナは聞きたいことがたくさんあるらしく、メモ用紙に50を超える質問項目を羅列し、モルティが多すぎるそれにツッコミを入れつつ質問項目を減らしていく。

 

「あの、ダコタさん!質問いいですか?」

 

「ん?あぁ、いいよ。」

 

「ダコタさんが作業の時、一番大切にしていることってなんですか?」

 

デボーナのその一言に、ダコタはつい息を呑んだ。初日にメイが零した暗い呟きと氷のように冷たい表情を思い出したからだ。

 

初日にメイが滲ませた、思い出しただけでも背筋が震えるほどの決意を思い出しながらも、どうにかダコタは言葉を振り絞る。

 

「……自制、だな。」

 

「自制?」

 

「あぁ。これは私より先輩の職員の受け売りなんだけど、自分を強く持って接しないと、人は簡単に狂って死ぬ。私もこの前、身をもって知ったよ。」

 

「なるほど……参考になります!あ、あと何点か質問したいんですけど……」

 

いつも通り、と言うべきか管理人からの指示はまだ来ない。恐らくは新しいアブノーマリティの姿をよく洞察し、どの作業の効率が1番いいかを考えているのだろう。

作業までのつかの間の休息中、ダコタはデボーナから質問攻めにあっていた。

 

「向こうにも、新人が来てるんだろうな……」

 

ポツリと呟いたその声は、誰にも届くことはなかった。

 

「おはようございます!……あれ?ダコタさんは?」

 

「おはようサンチェスくん。ダコタさんは情報チームに転属だよ。」

 

ダコタが質問攻めにあっている間、コントロールチームではメイとサンチェスがそう話している。

サンチェスも情報チームにはメイが派遣されるか、新人2人に完全に任せるかのどちらかかと思っていたらしく、メイがいてダコタがいないことにたいそう驚いていた。

 

「すみません!遅くなりました!新入社員のアレックスです!」

 

そこに、魅力的な新入社員が慌てながら入ってくる。

彼は青い髪に輝く瞳、中性的な声と容姿をもっていた。

 

「よろしく、アレックスくん。まだセフィラも来てないし、業務の指示も出てないから大丈夫だよ。E.G.O.って一見どうやって着たらいいか分からないもんね。」

 

「焦らずとも、ゆっくりやっていきましょう。僕はサンチェス。こちらは先輩のメイさんです。」

 

慌てた様子でコントロールチームのメインルームに入ってきたアレックスを安心させようと、メイは落ち着きはらって言う。理由は違えど、自分も初めてE.G.O.を手にした時に少し遅れて入室したのだ、職務怠慢にならなければ多少は目を瞑る。

 

そんな様子のメイを見たサンチェスも、ここで責めるのはお門違いとばかりに優しく返す。アレックスは目に見えて安堵していた。

 

「モルティ→蓋の空いたウェルチアースに本能作業」

「メイ→オールドレディに愛着作業」

「アレックス→たった一つの罪と何百もの善に愛着作業」

 

その安堵をぶち壊すように、管理人が作業を命じる。

指示されたのはたった3人だったが、その3人のうちの一人にいきなり選ばれたアレックスは目に見えて動揺していた。

 

「……来たね。それじゃあ、今日も一日気を引き締めて行こう。アレックスくん、【たった一つの罪と何百もの善】は良いアブノーマリティだから大丈夫。安心して。」

 

チーム全員に手早く総括を述べたメイはそのまま早足でオールドレディの収容室へと急ぐ。

アレックスはまだ心配そうだったが、サンチェスがダメ押しとばかりに

 

「僕も最初の作業はたった一つの罪と何百もの善への愛着作業でしたから。」

 

と言ったことで幾分か気分が晴れたのか「行ってきます」と残してたった一つの罪と何百もの善の収容室へと向かう。

 

長い長い廊下をアレックスは不安げに歩く。社内研修も何もない状態でいきなり作業に放り込まれているのだ、不安になるのも無理はない。

 

「むむむ……」

 

マルクト特製の六法全書級マニュアルとにらめっこをしながら、大きくて重い扉をアレックスは開ける。

 

【……ふむ?かの2人組ではなく、坊が先に来るとはな。】

 

「!?」

 

アレックスは突如現れた喋る骸骨にびっくりする。

しかし、毎回の初作業時恒例行事と化しているからか、驚かれるのに慣れてしまったからか、アレックスの驚愕をたった一つの罪と何百もの善はサラリと流す。

 

アレックスはたった一つの罪と何百もの善をまじまじと見つめていた。

 

【……坊、作業はいいのか?】

 

「!!!そうでした!えっと、愛着作業はたしか……」

 

心配そうにそう訊ねるたった一つの罪と何百もの善にアレックスも職務を思い出したのか、マニュアルをパラパラ、メモをバサバサと慌てながら作業をする。

 

【……坊、一先ずは落ち着くといい。不慣れな仕事と非現実な状況に驚くのは分かるが、ここでは焦りが命取りになる。】

 

たった一つの罪と何百もの善もそんなアレックスをハラハラしながら見守っている。彼から見てアレックスは今まで見てきた職員の中で危なっかしい職員部門1等賞だろう、おめでとうとは言えないが。

 

「……なんか、すみません。」

 

【いや、良い。気にするな。坊も入ってきた時に言っておったろう?「落ち着いてやればいいんだ」と。】

 

「そうですね。落ち着いてやればいいんだ……たぶん……」

 

そう言うとアレックスは少し気分が楽になったのか、落ち着いた様子でたった一つの罪と何百もの善のストレスチェックを始める。

たった一つの罪と何百もの善は良いアブノーマリティだという先輩たちの言葉は間違ってなかったのだとアレックスは安堵していた。

 

【!!!】

 

作業が終盤に差し掛かった時、それまで質問にテンポよく答えていたたった一つの罪と何百もの善が動きを止めた。

 

「……あの、どうかしましたか……?」

 

あまりに唐突なその出来事に、アレックスは作業の手を止めて心配そうにたった一つの罪と何百もの善を見る。

 

【〜♪♪】

 

アレックスが固唾を呑んでたった一つの罪と何百もの善を見ていると、彼はいきなり宗教チックな鼻歌を歌い始めた。

意味のわからないその行為にアレックスが気圧されていると、たった一つの罪と何百もの善がポツリと呟く。

 

【…………だから、茨の道だと言ったのだ……】

 

アレックスがその言葉の意味を訊ねる前に、作業終了を告げるブザーが鳴り響く。

 

「と、とりあえず作業は以上です。……あの、失礼します、ね?」

 

アレックスの問いかけに、たった一つの罪と何百もの善が答えることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの鼻歌は、

誰かに向けた鎮魂歌だったのかもしれない

あるいは、

誰かの心を砕くのを告げる断罪の音色だったのかも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「生物毒素の分析……わけ分かんねぇ…………」

 

一方そのころ、情報チームでは昨日と同じくモルティが本能作業の報告レポートに四苦八苦していた。

 

「大丈夫!分析結果を見ると、pHが£⊇±〃レで遠心分離と化学変化の結果⊇ゝзιヾだから、(≠τ<яёTヽωτ〃£ゝァ??τ<T=±ヽЙё★£Tレニ<ゐTωτ)の〃£ゝ≠∧ωU∋ЗUになって……ここまで分かる?」

 

「……すまん、俺にも分かる言語で説明してくれ…………」

 

デボーナは懸命にモルティに説明するが、モルティはデボーナの[[rb:宇宙語>専門用語]]が分からないらしく目を回していた。

 

「モルティ、あんまデボーナ困らせるなよ。デボーナも、いつまでも教えてばっかりじゃモルティが成長しないだろ?」

 

「うーん……それもそうなんですけど……」

 

ダコタはそんな2人を窘めるが、当のデボーナは何か言いたげにもにょもにょと口を動かす。

その態度で何となく言いたいことが分かったのか、ダコタはモルティに向き合う。

 

「モルティ、作業レポートの書き方はマルクトさん特製のマニュアルに全部載ってるから、それ見て覚えろ。あの人のマニュアルは分厚すぎて読む気失せるけど、手順通りにやれば最低限書けるようにはなってるから。」

 

「うっ……頑張ります……」

 

「まぁ、それでもできないことはデボーナに頼れ。ただ、いつまでも同じチームに所属するとは限らないんだから、できることは1人でやれ。な?」

 

「そう言われればそうですね……私も頼りっぱなしじゃダメだ……!」

 

ダコタが先輩らしく2人の業務形態を改善させたところで、やっと腹を決めたのか管理人が新アブノーマリティへの作業指示を出す。

 

「ダコタ→ O-02-56に本能作業」

 

「おっと、私か。本能作業のエサはっと……」

 

「……これ、だそうです。」

 

マニュアルとアブノーマリティ情報を頭に叩き込んでいたデボーナが渋い顔をしながらダコタにエサを渡す。

ダコタも渡されたそれに顔を顰めていた。

 

「……毎回思うんですけど、アブノーマリティたちの食料って、ほんとに絶妙な設定ですよね……いや、何がとは言いませんけど……」

 

モルティが皆の意見を代弁し、デボーナはその意見に同意するように激しく頷いていた。

 

「ま、私たちの理解の及ぶものじゃないからな。とりあえず、いつも通りにやってくるよ。」

 

そう言ってダコタはメインルームを出る。

 

「はぁぁぁぁぁ……」

 

メインルームの扉が閉まった音がした時、ダコタは大きく息を吐いた。

 

「……不安だ。」

 

データのないアブノーマリティに作業をするのは[[rb:クソ犬>キュートちゃん]]の件もあるため初めてではない。

しかし、同じ本能作業でも渡されたエサはキュートちゃんとかなり異なる。

 

市販のドッグフードと思い出したくもない原材料で作られた未知のエサ

 

この両者の差がアブノーマリティとしての危険度の差を示しているのかと思うとダコタは憂鬱でたまらない。

 

「……ダメだ。しっかり自制しないと。メイさんにどやされる。」

 

ペシペシと自分の頬を叩くとダコタはO-02-56の収容室へと急ぐ。

 

自身の不安を自制して、ダコタは努めていつも通りに扉を開ける。

 

「落ち着いて、いつも通りに。」

 

そう呟くダコタを収容室で待っていたのは、一羽の小さな鳥だった。

 

小鳥を見たダコタは埒外の化け物でなかったことに安堵するが、その見た目がダコタの持つ複数に分けられた不気味な肉の異質さを際立たせる。

 

それでもさすがはランクⅡ職員、ダコタは小鳥と冷静に向き合えている。

 

「とりあえず……ほら、エサだぞ。好きに食え。」

 

ダコタは小鳥の止まり木の前に持ってきたエサを置くが、当の小鳥はバサバサと部屋中を飛び回ったり、床をちょこちょこと跳ねて移動したりと好き放題やっていた。

 

「……エサには目もくれず……っと。それじゃ、血中成分と栄養状態をチェックするために少し血液をもらおうかな。」

 

ダコタは小鳥が近寄って来るのを待つ

小鳥は縦横無尽に収容室内を飛び回る

ダコタはエサを持って小鳥を釣ろうと試みる

小鳥はダコタを無視して飛び回り続ける

 

「……あんまりやりたくないけど、仕事のためだししょうがないな。」

 

ダコタは不用意に小鳥に近づくと、小鳥を両手で包み込むように捕まえて手早く小鳥用の血液検査キットを小鳥に取り付けた。

 

情報の無いアブノーマリティなのになぜか小鳥専用の検査キットがあるというのは不思議でしかないが、いち職員でしかない自分には何年経っても知らされないことだろうとダコタは理解していたし、知りたいとも思わない。

 

ともあれキットのおかげで手早く小鳥から血中成分分析用の血液を採取出来た。

 

「ごめんな、もう1回だけな?」

 

手の中でモチモチ動く小鳥に罪悪感を覚えながら小鳥はもう一度血液を採取しようとする。

 

しかし、小鳥もいきなり捕らえられて血を抜かれた事にご立腹だったのか、小さなクチバシでダコタの手をつついた。

 

「……って!」

 

その痛みにダコタが怯んだ隙に小鳥はダコタの手中から逃げ出す。

ついでに「よくもやってくれたな」と言いたげに執拗にダコタの頭をつつく。

キュートちゃんの噛みつきと比べればそれほど痛くもないが、確実にただの鳥のくちばしの威力ではない。

改めて、目の前の小鳥が異質な存在である事をダコタは痛感する。

 

「それでも、脱走したクソ犬よりはまだ化け物してない。」

 

それなりに体力を削られて、幾ばくかの流血はあるものの、ダコタは臆することなく再び小鳥を捕まえた。

 

ダコタの勇気は職場内で1番高く、その影響でまだ体力に余裕はあるものの、長期化すればそれも分からないと油断はしない。

手早く血液の採取を終えて小鳥を自由にしてやる。

 

しばらくの間、小鳥はダコタをつついていたものの、ひと通りつついて満足したのかダコタの味に飽きたのか、今度は止まり木に戻ってエサをつつき始めた。

 

「私よりそっちのが美味いんだから、最初からそっちにしとけよな。」

 

呆れたような顔でレポートを書くダコタを無視して小鳥はエサを食べていた。

 

「んじゃ、私は失礼するよ。」

 

レポートを書き終えてそう言うダコタを小鳥はじっと見つめていたが、残念ながらダコタはそれに気づかなかった。

 

 

小鳥の腹部にある大きな口と同じように。

 

 

ダコタはてくてくと廊下を歩いていた。

 

新アブノーマリティの作業は昨日までほとんど専属状態だったキュートちゃんのそれよりかなり楽だったとダコタは胸を撫で下ろしており、心做しか足取りも軽やかだ。

 

小鳥の血液サンプルを人差し指の上でくるくると弄びながらダコタはメインルームに帰還する。

 

「戻ったぞ。本能作業はあんまり効率が良くなさそうだ。ただ、そこまで辛い作業じゃないから自制心さえ保てればどうってことはなさそうだったかな。」

 

「お疲れ様です!」「おつかれっす。」

 

メイがいつも自分にやるのと同じように、ダコタは主観的な作業好感度とアブノーマリティの特徴を伝える。

 

デボーナはそれにふわりと微笑んで応えるが、モルティはレポートとマニュアルから目を話すことなく労いの言葉だけをかける。

彼も、デボーナに助けてもらうだけではなく隣に立てる自分を目指しているのだろう。

 

そんなモルティの思惑が分かったダコタは、モルティのあまりのいじらしさにニヤリとしてしまう。

ダコタの自制はそれほど高くないのだ。

 

「昨日の業務レポート見る限り、次はモルティが行くことになるっぽいから早くそれ終わらせちまえよ?」

 

「うえぇ……了解です。」

 

まだ1つ目のレポートも終わっていないのに次のレポートの存在を示唆されたことで、モルティが目に見えてげっそりする。

外郭の出であるモルティには分母に√がふたつも付く計算式を解くのはまだ難しいらしい。

 

「……っしゃ!できた!」

 

しばらくの時間が経って、モルティがようやくレポートを書きあげた。モルティは自分一人の力で書きあげたレポートを天に高々と掲げ、誇らしげに胸を張る。

後ろでデボーナがにっこり微笑んで可愛らしくもパチパチと手を叩いていた。

 

「モルティ→O-02-56に洞察作業」

 

その瞬間、狙いすましたかのように作業命令が出る。モルティの顔が絶望に染まり、膝から崩れ落ちる。デボーナはそんな同期を見てすぐに駆け寄って、後ろから頭を軽く撫でて慰めていた。

 

「……うん、まぁ、なんだ……ドンマイ。」

 

これにはダコタもかける言葉が見つからない。まさかこんなすぐに作業命令が出ると思ってなかったのとさっきの脅しが実現したのでどうにもバツが悪そうな微妙な表情をしている。

 

「……行ってきます。デボーナ、悪いけどそのレポート、俺の代わりにイェソドさんに渡してきてくれるか……?」

 

「えっと……うん、分かった!……その、無理しないでね?」

 

ゆらりと力なく立ち上がり、死んだ魚の目をしてお願いをしてきたモルティをデボーナは心配そうに見ていた。

 

当のモルティは「はは、無理なんてしてねぇよ」と焦点の合っていない目で言うものだからデボーナは不安でたまらない。

 

「しゃんとしろ。相手はアブノーマリティだ。」

 

「……そうですね。さっき自制の話を聞いたばかりですから。」

 

ダコタがモルティの背中に強めのきつけを入れる。モルティはアブノーマリティの作業で死にかけた経験はないゆえに実感はないがダコタの言葉に気を引き締め直した。

 

モルティはいつも通りに振る舞えるよう自分を律してO-02-56の収容室に入る。

 

「落ち着いて、いつも通りに。」

 

モルティは冷静にO-02-56と向き合った。

 

「洗浄プロトコル開始……えっと、今回は「問題解決テスト」をやれってことだから……この【スキナー箱】ってやつをやろうかな。」

 

モルティは綺麗になっていく部屋を満足気に見つめるO-02-56を片手で鷲掴みにするとスキナー箱にぶち込んだ。

O-02-56はモルティを啄きまくって抗議するが、モルティは怯むことなくちゃちゃっと箱詰めを行ったためダメージはそれほど受けていない。

 

「じゃ、今のうちに音響のチェックだな。」

 

そう言うとモルティはO-02-56収容室に仕掛けられている録音用のマイクや指示その他を行うスピーカーの調子を見る。

いくつもあるそれらの確認をしているうちにO-02-56がスキナー箱から抜け出したら再びスキナー箱にぶち込んだりとモルティは絶え間なく動き続ける。

 

「おい暴れるな!時間的にこれが最後のセットだから!」

 

ベシベシと自分の手を啄いてくるO-02-56にそう言い聞かせながらもどうにかこうにかスキナー箱実験を開始し、モルティは一息つく。

 

一方、コントロールチームでは、クリフォト暴走対処を行っていたアレックスも先程はたった一つの罪と何百もの善に驚いていたが、幾分かの余裕が出来たらしく作業終了間際にはたった一つの罪と何百もの善と談笑するなどのんびりしていた。

エネルギー回収のためキュートちゃんの世話をしているサンチェスはというと、キュートちゃんに餌をあげた後は餌を貪り食うキュートちゃんをニヤニヤしながら眺めていた。

サンチェスの精神汚染度が気になるところである。

 

「っし!終わりっ!」

「あ、時間みたいですね!」

「あぁ……もう時間ですか……」

 

モルティは心底嬉しそうに、アレックスは元気に、サンチェスは少しガッカリしながらと三者三様の反応をして3人は収容室から出る。

職員の優秀さに管理人は感嘆の吐息を漏らしており、アンジェラはそんな管理人の姿を不思議そうに眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不条理

それは神のいない罪だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく管理人がO-02-56の情報を開示する時間があり、各メインルームでは穏やかな時間が流れていた。

 

「あー……分散分析ぃ……統計的仮説検定ぃ……はっ!?え、スキナー箱って洞察学習と合わせてやんなきゃいけなかったのか!?マジかよやらかした!!!」

 

ただ1人、モルティを除いて。

 

モルティはマニュアルをパラパラ、メモ用紙に計算をガリガリ、ついでに頭もガリガリと異常に焦っている様子だった。

 

デボーナはそんなモルティを心配しているが、ダコタに言われたことも守りたいのかダコタの方をチラチラと見てきていた。

 

「……ん?…………あぁ、確かにモルティはちょっと焦りすぎだな。ちょっとだけ助けてやってくれ。」

 

ダコタはそんなデボーナの視線に気づき、「1から10までではなく少しだけ助けてやれ」とデボーナに言う。

デボーナは嬉しそうな申し訳ないような表情をしながらも、ダコタに向かってぺこりとお辞儀をしてモルティの元へと向かった。

 

「モルティくん、大丈夫?」

 

「デボーナぁ……俺やっぱこの仕事向いてねぇや……」

 

思っていたより事態は深刻だった。

 

「だ、大丈夫だよ!ほら、洞察学習の実験モデルって生物の種類に合わせた計画を立てなきゃいけないし、次の作業で洞察学習の実験をやれば挽回できるよ!」

 

「そうなのか……やっぱ学のない俺はダメなんだな……」

 

デボーナの話を聞いて作業の本質が見えていなかったことに気づいたモルティは酷く落ち込んでいた。

しかし、そんなモルティをデボーナは不思議そうな表情で見つめていた。

 

「???モルティくんは優秀だよ?」

 

「……そうか?」

 

「そうだよ!清掃プロトコルと音響のチェックをやった上に問題解決テストまでやるなんて、優秀じゃなきゃ一度の作業でそんなにできないよ!」

 

デボーナがふんっと力を入れるジェスチャーでモルティを励ます。褒められたことよりも、自分のことを自分より認めてくれる仲間の存在にモルティは元気が湧いてきた。

 

「そうか、俺は優秀なんだ!大丈夫だ、俺は出来るやつだぞ!」

 

モルティが自分で自分を鼓舞するかのようにそう言うと、イェソドに提出するレポートに戻った。

それを見てデボーナはモルティが元気を出してくれたことに喜びながらダコタの元へと戻ってくる。

 

「あの、ダコタさん!」

 

「……ん?どうした?」

 

「仲間がいるって、いいものですね!」

 

「……そうか、そうだな。誰かの支えになれるなら、私はこの仕事を頑張れる。」

 

ダコタのその言葉が何を指しているのかは分からなかったが、とりあえずデボーナは自分の意見に同意して貰えた事が嬉しかったらしく上機嫌にモルティの様子を見ている。

 

ダコタはたった一つの罪と何百もの善に言われた言葉を深く噛みしめ、これからもあの人の隣に立てるようにと心持ちを新たにした。

 

「ダコタ→O-02-56に愛着作業」

「メイ→キュートちゃんに本能作業」

 

「お、呼ばれたか。それじゃ、行ってくるな。」

 

「はい!行ってらっしゃい!」

 

デボーナはダコタの後ろ姿を見送り、自分も誰かの力になれるようにと心持ちを新たにした。

 

ダコタは作業好感度の測定のため先程とは別の愛着作業に赴く。

同時にメイも、低い勇気を補うために苦手な本能作業に赴いた。

 

「いつも通りやればいいんだ。」

「油断さえしなければ大丈夫。」

 

ダコタはO-02-56の情動状態の確認とオキシトシン/バソプレシン受容体チェックを素早く行う。

同時にメイはキュートちゃんに生理的満足度の誘導と、知らぬ間に強化されていた古典的条件付けの消去手順を開始する。

 

ダコタはO-02-56にどつかれながらもO-02-56の体液の採取に成功し、同時に愛着作業の好感度があまり高くないことを理解する。

 

メイはクリフォト暴走アラートと条件付けられたキュートちゃんの唾液分泌反応をキュートちゃんに幾度となく噛みつかれながらも完了する。

 

「このE.G.O.便利だな。攻撃されてもあんま痛くないし。」

「フラフラする……【懺悔】防具の時よりもキュートちゃんの攻撃が痛い……」

 

2人はそれぞれの反応を示しながらも生きてメインルームに戻る。

さすがは初期雇用組と言うべきか、2人の作業は安定している。少し辛そうなことを言っているメイも、防具の性能を比較して分析できていることから充分な余裕がありそうだ。

 

「本当に、いつも助けて貰ってすみません……」

 

【ふふ、そんな事が言えるということは、坊も少し余裕が出てきたな?】

 

2人の裏でたった一つの罪と何百もの善に愛着作業をしていたアレックスも、徐々に仕事に慣れてきたらしくたった一つの罪と何百もの善とおしゃべりに興じる。

 

 

作業は好調。全てが順調に進んでいた。

 

 

「これが……よし!なぁデボーナ、洞察学習の実験モデルってこんなもんでいいか?」

 

モルティがO-02-56の情報を見ていたデボーナを呼び止める。

 

「…………うん!詳しく手順が書かれてるし、再現性もバッチリ!これならうまくいくんじゃないかな?」

 

「おっ、そうか。そう言われると自信つくな。」

 

モルティはデボーナのお墨付きをもらって、少し照れくさそうに喜んでいる。2人は次の洞察作業でこの実験モデルを使用しようと2人で話し合う。

 

「デボーナ→O-02-56に洞察作業」

 

ちょうどその時だった。デボーナが件の洞察作業を命じられる。

 

「呼ばれたみたい!それじゃあ行ってくるね!」

 

「おう、行ってらっしゃい。」

 

2人は互いに微笑みあう。デボーナは大きく手を振りながら収容室へと向かっていった。

 

「モルティくんが頑張って実験モデル作ってくれたし、私も頑張らないと!」

 

デボーナは気合いを一発入れるとO-02-56の収容室に入った。

 

「こんにちわー!ちょっとだけ準備するから待っててね?」

 

デボーナはそう言って洞察学習の実験モデルを組み始める。

 

デボーナがセットの組み立てを行っているうちに、少しだけ洞察学習とスキナー箱について解説を行おう。

 

スキナー箱は、箱の中にある仕掛けを解けば外に出られる仕掛け箱に動物をぶち込む実験だ。仕掛けとは言っても、仕掛け自体は「ボタンを押す」や「レバーを下げる」などの至極単純なものだ。

この実験では、まず中に入れられた動物は箱の中から偶然脱出する。しかし、何度も繰り返し脱出することで脱出条件を理解し、しまいには入れられた直後に脱出ができるようになる学習形態の実験だ。

このような学習の方法を「試行錯誤型学習」という。

 

対して洞察学習は試行錯誤型学習より高度な学習方法である。

こちらは人間のやるものと同じように、場の状況を一通り見渡して解決を図る学習形態だ。

 

例えば猿の洞察学習の例を出そう。

ある部屋に猿ぶち込まれている。その部屋には天井からバナナがぶら下がっており、いくつかの箱と短い棒っきれが置かれている。

猿はこの状況を見て、あれこれとバナナを手に入れる方法を試すことなく、少し考えた後に箱を積み上げて上に登り、棒っきれでバナナをたたき落とすのだ。

 

洞察学習がスキナー箱実験と異なる部分は、スキナー箱実験は「脱出までにかかる時間で学習の習熟度や学習スピードの早さを見る」のに対し、洞察学習は「洞察学習が可能か不可能かを見る」部分にあるだろう。

 

「よし、出来た!」

 

そのことを踏まえてモルティが作成した実験モデルは以下のようなものだった。

 

30cm程の細いガラス容器に半分ほどまで水を入れ、その上にO-02-56のエサを浮かべる(この時、エサはO-02-56のくちばしが届かない場所になくてはならない)。そのまわりに小石などの重りをばら撒き、小石で水嵩をあげることによってエサを手に入れられるかにより洞察学習が可能かどうかを調べる。

 

「もうすぐ済むから、あとちょっとだけ待っててね。」

 

デボーナはガラス容器とエサの準備を終えて、O-02-56に天真爛漫に微笑んだ。

O-02-56はデボーナのそんな様子を不思議そうに首を傾げて見ていた。

O-02-56のそんな様子を微笑ましく思いながら、デボーナは収容室に小石をばら撒く。

 

その時、O-02-56の雰囲気が変わった。

 

【この人は何をしているんだろう?】

【こんな狭い部屋に閉じ込められて、】

【よく分からない物で部屋を汚された】

【嫌がらせ、だろうか?】

【なぜ人はそのようなことをするのだろう?】

【それが悪い事だと知っているのに。】

【そうだ、】

【ここの秩序を守るためにも】

 

 

【僕が罰を与えないと】

 

 

「もういいよ〜。……えっ!?」

 

デボーナがO-02-56に振り返った瞬間、O-02-56がデボーナ目掛けて飛びかかる。

あまりに唐突な出来事にデボーナは混乱し、O-02-56を避けることが出来ない。

 

咄嗟に首を左に動かしてかわそうとしたが、結果としてそれは最悪の愚行だった。

 

「……………………〜〜〜っ!!!」

 

O-02-56の小さなくちばしが、デボーナの左の眼球に突き刺さる。デボーナは痛みにもんどりうって痛みの元凶を叩き落とした。

 

そして、それがO-02-56の逆鱗に触れる。

 

【やっぱり、これは悪いものだ。】

 

O-02-56は秩序を乱す不届き者を許さない。その小さなくちばしで、今度はデボーナの左手を狙う。

 

「……っ!痛い!」

 

O-02-56はデボーナの左肘に留まると、突かれた左眼を覆うデボーナの左手首を何度も何度もつつく。

O-02-56は小鳥のなりをしているとはいえ腐ってもアブノーマリティ、一撃一撃はそう深くなくとも人間の肉を抉るくらいはたやすいことだ。

 

「やめて!なんで!?何がダメだったの!?なんでこんなことするの!?」

 

肉がえぐれて骨が見えてきた左手と開かない片目に取り乱しながらもデボーナは必死にO-02-56と交信しようと努めるが、当のO-02-56はデボーナに攻撃をやめない。

 

「ごめんなさい!ごめんなさい!気に障ったならすぐにやめるから!ごめんなさい!許してください!」

 

デボーナの懇願に耳を貸すことなくO-02-56は小さなくちばしで、膝を砕き、脇腹を裂いて、目を抉り出し、爪を剥ぐ。

頭から、腹から、脚から、鉄臭い香りが収容室中に広がる。

 

「死にたくない!助けて!管理人!ここから出して!管理に……!」

 

デボーナの喉をO-02-56がついばむ。デボーナの喉は潰れてとても声が出せる状況ではなくなった。

 

「………………!」

 

喉から空気が漏れるような音をたてながら、デボーナは必死に収容室の扉へと這って向かう。

収容室から出ていく意思をやっと汲み取ったのか、もうO-02-56はデボーナへの攻撃をやめていた。

 

(メインルームに戻らなきゃ……先輩にはまだ教えて欲しいことがたくさんあるし、先輩に失望されたくない……)

 

デボーナは喉に空いた穴から血の混じった咳を出し、抉れて骨が見えている両手で動かない両足を引きずって移動する。

 

(戻りたい……戻って、この話を笑い話にして、いつかできる私の後輩に「アブノーマリティはこんなに怖いんだぞ」って教えてあげて、それから……)

 

希望的観測を並べてデボーナは意識を保つ。扉まではあと10数cm

 

(モルティくん、レポートで困ってるだろうなぁ……困ってたら、また助けてあげないと……)

 

デボーナは収容室の扉に手をかける。これで戻れるとデボーナは安堵した。

 

けれど、作業はまだ終わっていない。

ゆえに扉は開かない。

 

デボーナはもうすぐ扉が開いてくれるという安心からひと息ついて目を閉じ、

 

もう二度と、その目が開かれることはなかった。

 

 

そして、そんなデボーナの背後では皮肉にもO-02-56が洞察学習を成功させてエサを食べていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日、疑問を持った。我々はどこから来たのだろう?

誰かに命を授けられ、無責任なまま放置された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生きていくことは苦痛だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デボーナの死は誰にも気づかれることなく、まだ業務は続く。

 

「ダコタ→蓋の空いたウェルチアースに本能作業」

 

「私か。んじゃ、ちょっくら動機づけの消去実験でもやってくるかね。」

 

ダコタはそういうとオペラント条件づけの実験器具を持ち出して収容室へと向かう。

施設のクリフォト抑止力は段々と弱まりつつあった。

 

「ま、余裕だね。」

 

そう言うとダコタは収容室の扉を開いた。

ダコタがウェルチアースの収容室に入ると同時に緑のボロきれが掛かった箱が現れる。

 

その箱が現れるとほぼ同時に、施設全域に一昔前の機械類の起動音が爆音で鳴り響いた。

 

爆音と同時に箱はギリギリと不快な金属音をたてながら、歯車が剥き出しになった赤い目を持つ3mほどの人型のロボットになる。

 

【・・・・・ー・ ・・・・・-・】

 

【・・・---・・・  ・・・---・・・】

 

ロボットはコントロールチームの1番エレベーター前待機ルームと情報チームの罰鳥収容室前から行動を開始した。

 

「な、なんですか!?」

 

「試練だ。」

 

「来ましたか。」

 

コントロールチームではアレックスが慌てふためき、メイとサンチェスが強ばった表情をしていた。

 

「昨日のやつか……!」

 

「手早く終わらせてもらうぞエビ野郎。後輩を死なせる訳にはいかないんだ。」

 

一方、情報チームではモルティがデボーナの身を案じて重々しく呟き、クリフォト暴走アラートとは別の音で試練を察したダコタがウェルチアースに啖呵を切っていた。

 

「モルティ→情報部門【疑問】鎮圧」

 

「やってやるよ!」

 

作業でダメージを受けたデボーナが帰ってくる前に仕留めてやるとモルティが息巻く。手に持った【孤独】は長年使い込んだ得物であるかのように手に馴染む。

 

モルティがメインルームから廊下に出ると、すぐに【疑問】がモルティの目に飛び込んでくる。

【疑問】も人の気配を感じたのか振り返ってモルティへと近づいてくる。

 

「デボーナが戻ってくるまでに片をつけてやるよ!」

 

【ー・ ・・ ーーー ・ー・・ ・・ ・・ー ・ー・ー・ ・ー・ーー ・・ ・・・ー ーーー ・・ー・・ ー・ ・・ーー ・ー・ー・ ー・ ・・ !?】

 

モルティが【孤独】を乱射させると【疑問】も両手の代わりに存在する巨大な針でモルティを串刺しせんと突き出す。

 

「…………!便利だな、これ!」

 

しかしその針はモルティの着る【懺悔】に阻まれ、モルティ自身には幾分かの衝撃が伝わるだけにとどまった。

内臓が揺れて幾分かのダメージは負ったものの、まだ戦えないほどでは無い。

 

「俺がくたばったら、妹にも、いろいろ教えてくれたデボーナにも、申し訳がたたねぇな……!」

 

【疑問】の刺突を何度も食らって胃酸の混じった噫を漏らしたモルティが呟く。

その時、管理人から新たな指示が出た。

 

「モルティ→メインルーム移動」

 

「ちっ……!まだデボーナが出てきてないのに!」

 

O-02-56の収容室を恨めしげに見つめながらモルティはメインルームに退避する。閉まる扉の向こうで【疑問】がO-02-56の収容室の方へと歩き出すのが見えた。

 

「おわりっ!じゃあ失礼するよ!」

 

モルティが退避するとほぼ同時にダコタも【蓋の空いたウェルチアース】の作業を終える。

急いで収容室を出ようとするダコタをエビたちが呼び止めた。

 

【ちょっと待って!】

 

「なんだ!?後輩がピンチかもしれないんだ、手短に頼む!」

 

【これを飲んで行って!体力が全快するから!】

 

そう言ってエビはダコタに蓋の空いていない赤のウェルチアースを投げ渡す。少量とはいえRedダメージをうけていたダコタは渡されたそれをすぐさま開けて飲み干す。

 

【缶はその辺に置いといて!後輩ちゃんを助けてあげるんだよ!】

 

「……助かる!」

 

ダコタは蓋の空いたウェルチアースを振り返ることなく収容室を後にする。

 

「誰も死なせるもんか……!」

「ダコタ→情報部門【疑問】鎮圧」

 

ダコタが収容室を出た瞬間、管理人から【疑問】の鎮圧指示が下る。ダコタは駆け足で鎮圧へと赴いた。

 

「見つけたっ!」

 

【・・ー・ ・ーー・ !】

 

ダコタは【疑問】を見つけるやいなや【カワイイ!!】で【疑問】を殴り飛ばす。【疑問】は一瞬よろけたものの、すぐにダコタの方を向き直り攻撃動作を開始した。

 

【ーーーー ・ー・ー ーー・ー・ ・ー・ーー ・ーー ー・ーー・ !!】

 

「やってみろクズ鉄が!!!」

 

ダコタは気合い一発そう猛ると【疑問】と正面から打ち合う。お互いに凄い気迫で殴りあっていた。

 

「先輩、援護します!」

 

「間違って私を撃つなよ!」

 

ダコタが完全にターゲットを取った時、【孤独】を携えたモルティが援護に入る。ダコタは軽口をたたく余裕すらあったらしく、モルティにはそんな背中が頼もしく見える。

 

【ー・・・ー ー・ー・ー ・・ ー・ー ーー・ ー・ ・・ !!】

 

「畳かけろ!」

「はい!」

 

パニックになってそこらじゅうを駆け回るオフィサーを鬱陶しく思った【疑問】がオフィサーを狙いだした隙をついて、ダコタとモルティは【疑問】の駆動部を狙い撃つ。

機械の露出部分を狙われた【疑問】は蓄積した負荷に耐えられず、その活動を停止する。

 

「……っし!」

「よくやった!」

 

2人は目先の試練を超えたことを喜びながらメインルームへと帰還する。残る【疑問】はあと一体。

 

「ダコタ→情報部門【疑問】鎮圧」

「モルティ→情報部門【疑問】鎮圧」

「ダコタ→情報部門【疑問】鎮圧」

「モルティ→情報部門【疑問】鎮圧」

「ダコタ→情報部門【疑問】鎮圧」

「モルティ→情報部門【疑問】鎮圧」

 

「管理人、もう終わってます!」

 

操作のおぼつかない管理人のことなどつゆ知らず、ダコタたちはメインルームで次の指示を待つ。

 

結局、管理人が鎮圧対象を選択し直すのを忘れていたことに気づくことはなかった。

 

「メイ→指揮部門【疑問】鎮圧」

「サンチェス→指揮部門【疑問】鎮圧」

「アレックス→指揮部門【疑問】鎮圧」

「アレックス→メインルーム移動」

 

多少のガバがありつつも、管理人から鎮圧指示が出た。

メインとサンチェスが情報チームに移動した【疑問】を潰しにかかる。

 

「誰も死なせない……!」

「好きにはさせません!」

 

【・ーー・ ・・・ ・ー】

 

メイが今となっては空虚な決意を決め、サンチェスが今回こそ試練を超えてみせると息巻く。

 

メイは射程ギリギリからいち早く攻撃を開始し、サンチェスはメイスを当てるため至近距離まで接敵する。

構図で言えば情報チームの交戦風景と同じだが、正義の値が違うため、DPSはこちらの方が高い。

 

「いつも通りやればいいんです……!」

「たいして怖くはないわね。」

 

【ーー・ー ・ー・ ・ー ・・ーー・・】

 

いきなり殴りつけてくる人間に混乱したのか、【疑問】が困惑の声を上げながら交戦に入る。

 

先制攻撃をもらったものの、さすがは殺戮に特化した【緑青】の試練と言うべきか、サンチェスがメイスを振り下ろすよりも少しだけ早く刺突を繰り出す。

 

「ちょっと……辛いですね……」

 

「サンチェス→メインルーム移動」

 

【疑問】の体力を2/3ほど減らした時、サンチェスの体力の減少を案じた管理人が早めにサンチェスに避難命令を出した。

 

「大丈夫、ゆっくり休んでて。」

 

「すみません……きっとまた、援護に戻りますから!」

 

最後に攻撃を躱しながらサンチェスはメイとすれ違う。メイは少しだけ気を緩めた。

 

「良かった……これなら誰も死なせなくていい。」

 

【疑問】と1対1の状況を先ほどよりもメイはリラックスした状態で行う。誰かが目の前で死ぬのは、もう見たくないのだ。

 

過去のトラウマを、酷く自罰的な彼女が乗り越えることはないのだろう。

 

【ーー・ー ・ー・ ・・・ー ・・ーー・・】

 

「…………まだだよ。」

 

前衛をスイッチしてから3度目の刺突でメイは【疑問】を仕留めた。

【疑問】が停止前に放った文言にメイは答えながら背を向けて歩き出す。

 

今度は試練を超えることができた。

 

「……っし!」

 

「お疲れ様。」

 

モルティとダコタがメインルームでハイタッチをしながら喜びに浸る。ダコタと一通り喜んだ後、モルティはキョロキョロと辺りを見回していた。

 

「…………デボーナ、まだ戻ってきませんね?」

 

「たしかに。いい加減、戻ってきてもいい頃なんだけどな?」

 

訝しむ2人の元に部門セフィラのイェソドが現れる。

モルティはすぐさまイェソドに質問を投げかけに行った。

 

「あ、イェソドさんお疲れ様です。……あの、デボーナはどこにいますか?管理人の指示が別途出てるとかですかね?」

 

イェソドはとても冷たい目をしていた。

 

彼は続けて無慈悲に告げる。

 

「あぁ、デボーナですか。後で()()()()おいてください。」

 

「…………………………ぇ?」

 

「もちろん今すぐに、というわけではありません。業務が終わってからで結構です。」

 

「あ、あの!……それって、それってどういう…………!」

「ダコタ→ 罰鳥(O-02-56)に本能作業」

 

モルティが全てを聞き出す前に、ダコタに作業指示が出た。

業務はまだ終わらない。ゆえにイェソドも業務終了を優先する。

 

「まだ業務は終わっていません。業務規定から外れないように職務を全うしなさい。」

 

それだけ言い残してイェソドはメインルームを後にする。

ダコタは混乱するモルティに何か声でもかけようかと思ったが、かけるべき言葉が見当たらず、とりあえず業務をこなそうと罰鳥の収容室へと向かった。

 

モルティの様子とイェソドの言葉に胸をざわつかせながらもダコタは職務を全うせんと収容室の扉を開けた。

 

瞬間、ダコタの目に飛び込んできたのは片目が抉り取られ、臓物と骨をさらけ出しているデボーナだったものだった。

 

「…………!!!」

 

凄惨は現場にダコタは恐怖と困惑を覚える。饐えた香りが喉の奥から鼻腔を刺激した。

 

「………………とりあえず、免疫システムの管理と表面の強度チェックだ。」

 

酸性のそれを飲み下し、ダコタは仕事を進める。

皮肉にも、作業自体は良い結果で終わった。

 

「『片付けろ』って……そういうことかよ……!」

 

ダコタは奥歯を噛み締めて呪詛の言葉を吐く。

異様なほどに冷徹で、極端に肌の露出を嫌っているセフィラの毒蛇を心の底から憎悪した。

 

メインルームに戻って怒鳴ってやりたい衝動に駆られるが、その願いは叶わない。

 

「業務終了。お疲れ様でした。」

 

管理人からの通告が無情にも響く。

セフィラはこれから上層セフィラ会議があり、業務レポートや翌日の作業について話し合わなければならない。

 

だったら、この憎悪は呑み込まなくては。

 

「ちくしょう……「いつまで一緒にいられるか分からない」って、そういう意味で言ったんじゃねぇんだよ……!」

 

言葉を交わし、モルティにとって幾度となく助けてくれた同期の死を伝えるのは、今のダコタには荷が重い。

 

それに、あの断罪者がこのことを知ったらどう思うだろうか?

自罰的な咎人は、きっとまた、自身を責めるに違いない。

 

そんなことを考えながら歩く廊下は酷く短かった。

 

「…………ぁ、おかえりなさい、先輩。デボーナは……」

 

「…………あぁ、イェソドさんにも頼まれたんだ、最後にこのクソったれな現実を見に行こう。」

 

ついてこい、と突き放したような言葉使いで言うダコタを見て、モルティもある程度は悟った。けれど、その考えを振り払い、モルティはまだ甘い理想を夢見る。

 

両者一言も話すことなく罰鳥の収容室までやってきた。

モルティの呼吸が荒くなる。過呼吸を起こしているのではないかと心配するほどには彼の呼吸はたどたどしいものだった。

 

そんなモルティを案じてか、ダコタの扉を開ける手が一瞬だけ止まる。

けれどダコタは止まることなく、細く長い息を吐いて扉を開けた。

 

「…………ッ!!!」

 

「『片付けろ』ってのは、こういう意味だったんだよ。多分、作業中にあいつの逆鱗に触れたか、作業で機嫌を損ねたか……それで殺されたんだ、こんなに惨たらしくな……」

 

ダコタがモルティに声をかけるが、モルティの耳にはダコタの声が一切入っていなかった。

モルティの自制は低かった。

 

「…………してやる」

 

「モルティ、これが最後なんだ、見送ってやろう?」

 

「殺してやる!!!」

 

モルティは腰に吊った【孤独】を抜くと枝に止まる罰鳥へと瞬時に照準を合わせた。錆びたリボルバーが罰鳥に向けられ、モルティはすぐに引き金を引き

 

「…………っっ!」

 

ダコタに撃鉄を止められた。

 

「観測記録読んでないのか!?お前まで死ぬところだったんだぞ!」

 

「分かってます!」

 

「分かってねぇだろ!」

 

「分かってるんです!!」

 

撃鉄に滑り込ませたダコタの親指から血が流れる。痛みを感じていないのか耐えられない程でもないのか、ダコタは指を気にすることなくモルティを怒鳴りつけた。

 

しかし、モルティも退かない。両者の額がくっつきそうなほどの距離感で2人は怒鳴りあっていた。

 

「分かって……いるんです。業務が終わっていることも、ここで俺が死んだら、明日来た管理人が困惑することだって、全部分かってるんです。」

 

モルティは独白する。

 

「それでも、それでも俺はコイツが憎い。デボーナはいい奴だったんです。努力家で頭も良くて……俺とは大違いだ。」

 

自嘲するようにモルティは心中を吐露する。

 

「そんな奴が殺されて、でも出来の悪い俺は生き残って、それで納得できねぇよ……!頭もいい、努力もできる、そんなエリートがこんなところで……!」

 

モルティはおぞましい殺気を込めた瞳で罰鳥を見つめる。

彼の言動は飛び飛びで、サバイバーズギルトを感じていることが痛ましいほどよく分かる。

 

けれど、ダコタはそれを否定する。

否、

否定しなければならない。

 

「だから自分も死のうってか?ストライキにしても出来が悪い。自分一人が責任を投げ出して、それで助かるのは自分だけだぞ。」

 

「分かってますよ!デボーナはきっとこんなことを望んでないことくらい、俺にだって分かってますよ!でも、でもこうでもしないと耐えられないんですよ!さっきまで作業について話してて、俺の実験計画でデボーナは死んだんだ!本当なら俺が死ぬはずだったのに!!!」

 

モルティは暗い瞳で虚空を見つめながら叫び散らす。

まるで、何が悲しくて泣いているのか分からずに途方に暮れている子供のように。

 

「俺が殺したんだ!俺の計画が悪かったからデボーナは死んで、俺がもっとちゃんとしてたら、俺があの時ちゃんと洞察学習のテストもやってたら、デボーナは死んでなくて、俺があいつを……あいつを殺したのは俺」

 

「自惚れんなクソガキが!!!」

 

ダコタがモルティの胸ぐらを掴んで持ち上げる。例えランクがⅡだろうが、それなりに育ったダコタの勇気なら人ひとり持ち上げるくらいは造作もない。

 

「デボーナを殺したのは[[rb:コイツ>罰鳥]]だ、何でもかんでも自分のせいにすんじゃねぇよ!!!最後くらい、いつも通りに「お疲れ様」って目を見て言ってやれよ、もう会えねぇんだぞ!!!」

 

ダコタは一気にまくし立てたあと、モルティから乱暴に手を離す。

尻もちをついたモルティを後目に1人でデボーナの亡骸を抱えると収容室から出ていく。

 

「ドタマ冷やしてこい。」

 

その一言だけを残してダコタは扉の向こう側へと消えた。

 

1人残されたモルティはたっぷりと時間を使った後にゆっくり立ち上がり、なんとか収容室を出る。

 

思い足取りでメインルームに戻る姿はまるで死人が歩いているかのように生気がなかった。

 

「……ここで友達を作る意味なんてない。」

 

モルティはポツリと呟く。

しかし、そう言っていたモルティは、でも、と前置きして続ける。

 

「……でも、仲間がいないと耐えられない。」

 

モルティの表情を見ていた者は、オフィサーや管理人を含めたとしても誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

君がいるところは、案外いいところなのかもしれないな

私がいくら待っても、

俺がいくら願っても、

君は戻ってこないのだから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モルティとデボーナを2人きりにしてあげようとデボーナとの別れを手早く済ませたダコタがエージェント用更衣室に戻ってくる。

朝とはうってかわってダコタの気分は重く陰鬱だった。

 

「……あ、メイさん。」

 

「…………お疲れ様。話は聞いたわ。…………残念だったわね。」

 

メイは冷静に、ある種なにも感じていないかのようにダコタに返す。

ダコタの腹の底で不思議な感覚が蠢いた。

 

「良い奴でしたよ……ちょっと抜けてるところがあるモルティに色々と教えたり、サポートする、よくできたやつでした。」

 

ダコタは1日しか一緒に働いていない同僚を懐かしむ。

 

「作業中のことだったんです。洞察学習の実験で機嫌を損ねたのか、デボーナが作業から帰ってくることはありませんでした……」

 

メイはダコタの話に「そう……」とか「うん……」とだけしか返さない。

ダコタの腹の底にあった不思議な感覚が喉まで昇ってくる。

 

「嫌なもんですね、同僚を失うっていうのは。」

 

「えぇ、出来れば二度と、起こって欲しくなかった。」

 

その一言でダコタの不思議な感覚が言葉となって彼女の口を突く。

 

「メイさんは随分と冷静ですね?」

 

「…………そう見える?」

 

「えぇ、とても。まるで人が死ぬのに慣れてるみたいだ。アレですか?もしかして、自分で殺してないから別にいいやって感じなんですか?」

 

酷い言い分だ。普段のダコタならこうは言っていないだろう。

彼女もモルティと同じく冷静さを欠いていた。

 

「今回は接点がないやつだったから別に良かったんですか?昨日だってオフィサーが死んだ時にはなにも言ってませんでしたよね?」

 

メイは俯いて小さく震えている。

ダコタは最低な八つ当たりをしていることに気づいていない。

 

「良かったですね、自分と関係あるサンチェスやアレックスが死ななくて!」

 

「いいわけないでしょうが!!!」

 

メイが麗眉を吊り上げてダコタを怒鳴りつける。聞いた事のないメイの大声を聞いたダコタは目を丸くしてたじろぐ。

 

「関わってないから死んでもいい?ふざけないで!例え部門が別でも、私にできることはたくさんあった!自制の心得やアブノーマリティを宥める方法、セフィラ権限でできること、生き残るために使える方法は何でも伝えるべきだったんだ!」

 

ダコタの方を向いてダコタを見ていないふたつの瞳が、口を突くその言葉が、メイの後悔と自分への怒りを如実に表す。

 

「それを、部門が別なことを理由にしてこなかったのは私なんだ。セフィラにクリフォト抑止力をあげてもらうように言えば、もしかしたら助かってたかもしれない、アブノーマリティに襲われた恐怖を自制できていれば、作業が上手くいったかもしれない……そんなことばかり考えてしまう……それをきちんとやっていれば彼女が生きていたのなら、彼女を殺したのは私みたいなものだよ……」

 

ダコタは自分を恥じた。冷静ぶりながらも初の死者に取り乱していたことにも気づかず、自分のどす黒い憎悪を自制出来なかったことを後悔した。

 

ダコタはメイがここまで自罰的になった原因も、彼女の罪も知りはしない。

それは決して触れられないものであり、触れてはならないものだと考えているから。

 

(それでも、私は彼女のことを誤解していた。)

 

ダコタは静かに後悔を零すメイをじっと見つめていた。

何度も声をかけようとして、先ほどの暴言を思い出しては声をかけることを止めていた。

 

「……だったら、私もですよ。」

 

けれど、止めることは出来なかった。

 

「私はメイさんと違って、アイツらと一緒にいたんです。メイさんから教えてもらったことを、言っておくべきでした。」

 

メイは顔を上げてダコタの方を見ると、何か言いたげに口をパクパクさせている。

しかし、メイの口から言葉が出てくることは無い。

 

「これは、私の怠慢でもあったんですね……なのに、メイさんに当たってしまいました……申し訳ありません。」

 

深く頭を下げるダコタをメイが見ている。

メイの表情はダコタに見えることはなく、メイがどのような表情をしているのか分からない。

 

もしかしたら、その通りだと怒っているかもしれない。

もしかしたら、「あなたのせいじゃない」と慰めようとしているかもしれない。

もしかしたら、気づくのが遅いと失望しているかもしれない。

 

そして、

 

その全てを確かめる術は存在しない。

 

「私は、怠慢でした。その怠慢が、人を殺したんです。飛んだ罪人ですね。」

 

ダコタは泣きそうな顔で笑った。痛々しい笑顔だった。

後輩を殺し、先輩を傷つけた、酷い人間だと自身を責めている様子が見て取れ、メイはいたたまれない気分になる。

 

自分の言ったこと全てがダコタに突き刺さったのだと思い込む。

 

(……これも、私の罪なのかな?)

 

メイの背負わなければいけないものがまた増える。

 

(あなたの罪は知らないけれど、私も今日、罪人になりました。)

 

ダコタは新たに背負うものを得てしまった。

 

((だったら、|こんな罪まみれの私が許されるなんておこがましい。《あなたの罪も、共に背負いたい。》))

 

罪人たちはすれ違う。

 

何百もの善を積み重ねれば、彼女たちが救われる日が来るのだろうか?




ハートフル(ボッコ)回です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。