サリーのロボトミーコーポレーション 作:エリック
これから待ち受けている運命という苦痛の中でも、
強く生きていくことを誓った
8日目が始まる。
陰鬱な一日が、また始まる。
「あ、あの……おはようございます……」
デボーナがいなくなり、人数が少なくなった情報チームに新人と新アブノーマリティがやってきた。
新人はおどおどとしながらメインルームにやってくる。
理由は至極単純、先に出勤していた先輩方2人の間に漂う空気が重いのだ。
「ん……?あぁ、新人さんか。はじめまして。私はダコタ。そっちにいるのがモルティと……だ。ここはわけわかんねぇ事がたくさん起こるけど、まぁおいおい慣れていってくれ。」
「は、はい!あの、アンジェリーナです!よろしくお願いします!」
ダコタはできるだけ明るい表情を作って言うが、その変わり身の早さでむしろアンジェリーナを怖がらせてしまった。
びくびくしているアンジェリーナを見てダコタは苦笑しながら「どうすっかなぁ……」と呟く。
たとえ昨日の事を話してもそれを受け止められるだけの器量は新入社員にはないだろうし、そもそもダコタもサンチェスもデボーナの一件を消化しきれていない。
「まぁ、肩の力抜いて、いったん深呼吸しな。危険だけど難しい仕事じゃないから。」
グルグルとアンジェリーナは目を回しながらも、ひとまずはダコタに言われたように緊張をほぐす。
「心が赴くままに武器を振ればいいのか……」
「!?」
不穏な一言が聞こえた気がしたが、アンジェリーナは「きっと聞き間違いだ」と思うことにした。さっきから収容室への扉を睨んだままこちらに一瞥もくれない先輩の事は、とりあえず考えないようにすることを決めたのだ。
「管理人のこれまでの業務指示的に、まずは罪善かウェルチの作業だと思う。どっちも安全なアブノマだから、あんまり心配しなくて大丈夫だ。作業方法は頭に入ってる?」
「は、はい!マニュアルを読みましたから!」
「なら、多分大丈夫だ。どんなことがあっても自制心を忘れないようにすること。イレギュラーが起こっても、とりあえず一度落ち着くこと。この二点にだけは注意してくれ。」
「頑張ってみます……!」
気合いを入れるアンジェリーナをダコタはなんとも言えない目で見つめていた。
「アンジェリーナ→蓋の空いたウェルチアースに本能作業」
「ダコタ→罰鳥に洞察作業」
しばらくして管理人から作業指示が出される。
情報チームは誰一人、何も言わず作業に赴いた。
「まぁ、ウェルチも新人には優しいところあるし、大丈夫だろう…………と信じたいな。」
ダコタは昨日と同じように罰鳥の収容室へと向かっていた。
デボーナの1件があろうとも、どれだけ自分が辛かろうと、管理人の指示には従わなければならない。
「……私も、メイさんとこの罪を背負うって決めたんだ。しっかりしろ。」
ぺしぺしと頬を叩いて気合いを入れ直し、ダコタは収容室に入った。
一方、アンジェリーナは困惑と不安が入り交じった表情で廊下を歩いている。
「みなさん、元気なかったな……なにかあったのかな……?」
考えても答えの出ないことが彼女の脳内をグルグル巡る。
「ダコタさんも、「危険な仕事だ」って言ってたし……」
アンジェリーナは何度目かも分からないため息をつく。少し前までの「翼に入れた!」と無邪気に喜んでいた時がもはや懐かしくさえ思えた。
「…………怖いなぁ。」
アンジェリーナはポツリと呟いて収容室に入った。
管理人はカメラを広域にして、2人の作業を同時に見守る。
「よぉクソ鳥。唐揚げにしてやんよ」
「失礼しま〜す……」
2人は対象的な態度で作業を開始した。
「……デボーナの取ってくれたデータを、無駄にしないためにな。」
ダコタは慣れた手つきでスキナー箱実験をこなす。
彼女の決意は伊達や酔狂で打ち立てたものでは無い。
それでなくても勇気の高い彼女の作業に、心配するところはなかった。
けれども、アンジェリーナはそうもいかない。
「…………え?」
初めての作業で、喋るエビと対峙したアンジェリーナは混乱の極地にいた。
【いつもこんな感じだなぁ】
【しょうがないよ。僕らは彼女たちとずいぶん見た目が違うからね。】
混乱するアンジェリーナを、エビたちはいつものようにサポートしながら作業を進める。
エビたちは、悪いやつではないのだ。
もう少しでアンジェリーナが退職するところでもあったが、まぁ、悪いやつではない。
そんなこともあって、アンジェリーナの初作業は失敗はありつつも悪くない結果で終わった。
「そんなに怖くなかったな。」
安堵の表情を浮かべて、アンジェリーナはメインルームへと戻ってくる。
アンジェリーナがメインルームに戻った時、そこにダコタはおらず、もう1人の先輩──モルティが、ダコタの行った方を見つめて佇んでいた。
「あ……あの、戻りました……」
「…………あぁ、アンジェリーナか。おつかれさん。しばらく休んでな。」
モルティはチラリとアンジェリーナを見ると、すぐに視線を戻して素っ気ない返事をする。
ひらひらと雑に手を振っている仕草が、アンジェリーナには自分のことをどうでもいいと思っているようにも見える。
しかし、そんなことが気にならなくなるくらいに不自然な点にアンジェリーナは気がついた。
「あの、モルティさん、そのブレスレットはいったい……?」
アンジェリーナが気になったのは、モルティが腕につけている、ボロボロの赤茶にくすんだ石を繋げただけのブレスレットだった。
都市の人間が付けている装飾品とは全く違い、どちらかと言うとメイが付けているE.G.O.ギフトにも近いような、非常に粗悪なブレスレットだ。
「……これか?まぁ、大したもんじゃない。」
モルティはアンジェリーナの方を向かずに答え、しばし何かを思い出しているかのように地に視線を落とす。
しばしの沈黙の後、モルティは答える。
「これは俺の後悔で、彼女の
小さなその一言の意味を、アンジェリーナは測りきれていない。
けれど、それ以上を聞く前に、もう1人の先輩が作業から帰ってくる。
「戻ったぞ。アンジェリーナ、作業はどうだった?」
「え、あ、はい!えっと、先輩方の観察所見にあるように、友好的で非常に作業がやりやすかったです。ちょっと目が怖い時がありましたけど……」
アンジェリーナは急に作業について訊ねられ、多少の困惑を覗かせながらもダコタに応える。
ダコタはそれに頷いて、自身の方の作業所件を述べた。
「私の方は上手くいった。途中、シャーペンの芯が折れてアイツの方に飛んでった時に少し喰らっただけで、あとはスキナー箱やってても大人しかったな。」
そこまで言ったあと、ダコタは「ここからは私の憶測なんだけど」と断った上で初見を続ける。
「作業中、手が滑ってシャーペンを落とした時があったんだけど、そんときはアイツ、ちらっとこっちを見るだけで何もしてこなかった。だから多分、アイツの中で「悪いこと」かどうかで攻撃するか否かが変わってるんだと思う。」
昨日のことと合わせてな、とダコタは締めくくった。
「…………心に留めておきます。」
モルティは重々しい口調でそう返す。
二人の間に流れた息苦しい雰囲気に当てられたアンジェリーナがオロオロするのを見て苦笑しながら、ダコタは罪人に思いを馳せる。
画面の中の指示を見つめながら。
「メイ→オールドレディに愛着作業」
「わたしは、大丈夫。大丈夫、だから……」
半ば自分に言い聞かせるように、メイは呟いた。
彼女は昨日、自らの誓いを守れなかったのだ。まだ手のひらに残る感覚が、昨日の出来事を通じて克明に蘇る。
その深い傷口からとめどなく溢れる後悔が、彼女を悲劇的に蝕む。
けれども時は待ってくれない。
管理人も、彼女の心中を知ってか知らずか作業を言い渡す。
昨日のことを引きずりながらの作業ではあったが、相手は今まで幾度となく行ったオールドレディへの愛着作業。
話に合わせて適当に相槌を打つだけで良く、オールドレディもいつも真面目に話を聞いてくれるメイを信頼しきっているのか非常に上機嫌で作業を終える。
メイが暗い顔をしていても、もともとの幸薄顔のせいか誰も彼女の苦悩に気づかない。
「良かった……私はちゃんとやれる。今度は、今度こそは、失敗しないから。」
メイは強ばった表情をぐにぐにと両手で揉みながらメインルームへと戻る。
そんな姿のメイを見てか、管理人はそこからしばらくの間、なんの作業指示も出さずにT-04-06を眺めていた。
「メイ→T-04-06に愛着作業」
長い時間が経った後、やっと新しいアブノーマリティへの作業指示が出される。
「……ずいぶんと、信頼されてるみたいね。」
誰も救えなかったと自負するメイは、自虐的な笑みを浮かべながら呟く。
誰も救えなかった自分は管理人が思っているほど優秀ではない
昨日のこともあってか、すっかり自信を無くしているメイはそう思いながら情報チームへと向かう。
(でも、誰かが犠牲になるくらいなら、私が死んだ方が、ずっといい。)
破滅的な願いを胸に、メイは収容室へ入った。
瞬間、メイの目に飛び込んできたのは一体の大きなクマのぬいぐるみ。
「ぬいぐるみ……なら、できる作業は少ないかな。」
メイは『直接接触の試み』『好みの分析』と記入して作業を始める。
「……よし。」
掛け声で気合を入れるとメイはT-04-06へと近づいていく。
「愛着作業だから、普通の人形を相手するみたいに、自然体で。」
そういうと、メイはT-04-06に、大きなクマのぬいぐるみにするのと同じように抱きつく。
少し古くてカビ臭い、けれどもどこか懐かしさすら感じる香りがメイの鼻腔をくすぐる。
メイは大きく息を吸い込んで、T-04-06の腹部に顔を埋めた。
(なんだか、少しおちつく。)
懐かしいような安心するような不思議な感覚から、メイはT-04-06に身を預ける。
こんなふうに自分の不安を和らげるものがあったらな、とメイは思った。
(そうしたらきっと……)
過去の後悔を思い出し、T-04-06を抱く腕につい力がはいる。考え出すと止まらなくなり、メイは脅迫的な不安感に襲われた。
それがT-04-06のNEboxによるものなのか、自罰によるものなのか、メイには判別できない。
「…………ちょっと、乱暴にしすぎちゃったね。ごめんなさい。」
しばらくの抱擁の後、T-04-06を強く抱いていたことに気づいたメイはその抱擁を解き、優しくT-04-06を撫でる。
改めてT-04-06を見ていると、T-04-06は体のあちこちが破れてそこから綿が飛び出ており、誰が見ても明らかなほどボロボロだった。
「かわいそうに。今は直せないけど、気休め程度には……ね。」
そう言うと、メイはT-04-06から飛び出た綿を内部へと押し込んでいく。その手つきは非常に丁寧で、慈しみに満ちていた。
しかし、手つきとは裏腹にメイはまだ脅迫的な不安感に苛まれている。
「そろそろ作業が終わるから、また後でね。」
そう呟くと、メイは最後にもう一度だけT-04-06を抱きしめる。
一瞬だけ、メイの背中を柔らかいものが優しく叩くような感触がした。
その感触を気のせいだと断定して、メイはコントロールチームへと戻る。
「2ヶ月働けば外に出られるらしいし、頑張らないと。」
T-04-06の作業で少し落ち着きを取り戻したのか、メイはもう一度立ち上がる。
ひとつの区切りを目指して、彼女はまだ茨の道を突き進む。
そんなに自分を責めないでください。
あなたは優しい人だから
僕はあなたを恨んでいません。
「クリフォト暴走は……鏡か。」
情報チームでモルティは静かに呟いた。
後ろではアラートにビビりちらかしていたアンジェリーナにクリフォト暴走とはなんぞやということをダコタが説明している。
「俺はきっと、役立たずだからな……」
今日、1度も管理作業を任されていないことをモルティはそのように結論づける。
自分の研究計画で同期を死なせてしまった
そう思っている限り、彼が救われることは永遠にないだろう。
そんな自己嫌悪に苛まれている間にも、メイとダコタはキュートちゃんと罰鳥の作業をそれぞれ任されていた。
「……やっぱり、先輩たちは手馴れてるよ。管理人からの信頼も厚い。あの人たちだったらきっと……」
栓のないことと知りつつもモルティは自己批判を続ける。
モルティからすれば、一日で立ち直っているように見えるダコタなら、それだけ冷静でいられるダコタが立てた実験計画なら、デボーナもきっと死んでいなかった。
そんなことばかり考えてしまう。
「モルティ→T-04-06に洞察作業」
「……まぁ、やれるだけやってみせますよ。」
そんなモルティに管理人から作業指示が出る。モルティはいつもより無気力にそれに応えた。
歩きながらモルティは作業内容を考える。
「報告書を見ると、相手はクマのぬいぐるみらしいから……清潔手順稼働と……あとは何ができる?喋れねぇだろうし、室内機能点検が主になるか?」
ブツブツと独り言を呟きながらモルティは考える。口に出して考えなければモルティは自信を保てない。
収容室の前に着いた後、モルティは一度深呼吸して収容室に入る。
「ゆっくり、慎重に。」
モルティは作業を開始した。
「清潔手順稼働……本能作業の領分な気もするけど、明言されてないし、清掃の一環ってことで一応本体も軽く拭くか。」
モルティはぬるま湯に浸けたタオルを絞ってT-04-06を優しく拭いていく。
2mに届きそうなほど大きなぬいぐるみを綺麗にする方法は、モルティにはこれ以外思いつかなかった。
一部例外を除いて、収容室に浴槽はないのだ。
「………………っ!」
モルティがT-04-06を吹きはじめた途端に、モルティは凄まじい頭痛と吐き気に襲われる。
身体に外傷は見られず、頭痛と吐き気以外の変調も見当たらない。
「この感じ……ずっと前に罪善に作業した時のを強くした感じだな……!」
モルティは苦しそうに呻く。そんな状況にあってもモルティは作業を進めていた。
それが、ロボトミーの就業規則だから。
人の命よりもエネルギー生産を優先するのが、ロボトミーの、ひいては管理人の役割だから。
モルティの顔から血の気が引いていき、手足はガタガタと震えている。
高い勇気で震える体を叱咤するも、モルティの脳内を狂った思想が埋め尽くす。
それは、メインルームでしていた自己批判よりも数段脅迫的で、他責的で、まともな思考ではないことをモルティは理解する。
そして、おそらくはアブノーマリティの影響なのだろうことも理解する。
「クソっ……こういうタイプもいるのかよ……!」
悪態をつきながらもモルティは収容室内に備え付けられた連絡設備を利用して自身のセフィラに支援要請を行った。
「イェソドさん……鎮静化音楽の影響評価を申請します……」
『……清潔手順も稼働していますし、T-04-06へのケアも問題はなさそうですね?いいでしょう。受理します。』
イェソドからそう返事があると、収容室内に穏やかで楽しげな音楽が流れる。ちょうど、T-04-06のようなぬいぐるみが好きな子供が好む音楽が。
その影響か、モルティの感じていた強迫観念も少し和らぐ。
油断すればまだまだ気が狂いそうな水準ではあるが、ひとまずは落ち着いたといった具合でモルティは作業に戻る。
作業終了時、生産できたエネルギーはメイの2/3程度だったが、鎮静化音楽の影響評価を行うまでは更にその1/3ほどのエネルギーしか生産していなかったのを見るに、モルティのその判断は正しかったのだろう。
「っふぅ……」
収容室を出た後、いつの間にか止まっていた息を大きく吐き出してモルティはメインルームへと戻る。
メインルームでは、ダコタがアンジェリーナに先ほど説明しそびれた試練についての話をしているところだった。
「戻りました。」
「あ、お疲れ様です!」
「……ん?おぉ、おつかれ。洞察作業はどうだった?」
2人はモルティの顔色に言及することなく作業好感度について話し始める。
本人が平気そうに振舞っている以上、詮索するのは余計だろう。
「洞察作業は、あまり良くなさそうな感じがしました。鎮静化音楽で乗り切りましたが、あれがなければパニックでしたね。」
「ふぅん?鎮静化音楽はどんなやつだった?」
「…………女児向けの……楽しそうなやつです。」
ダコタは困惑しながら怒っているような表情を浮かべる。本人は至って普通に聞いているつもりだが、その表情にアンジェリーナは怯えていた。
「いやマジで。ふざけてないです。」
「……じゃあ、元は女児向けのぬいぐるみだったのかね?そうならさっきメイさんがやってた愛着作業が一番良さげか?」
そこまで話し合った時、管理人からダコタへの新たな作業指示がかかる。
「ダコタ→罰鳥に洞察作業」
「……呼ばれたな。モルティは作業所感書いとけよ。アンジェリーナは、多分私が戻ってきたら試練があるから覚悟決めとけ。」
「了解です。」「分かりました……」
それだけ言い残し、ダコタは罰鳥の収容室に洞察学習の実験をしに行く。
ダコタは自分の考えた罰鳥の攻撃行動条件に抵触しないよう、洞察学習に使う小石をひとつずつ丁寧に並べていったためか洞察学習でも作業結果は高評価だった。
裏ではサンチェスもキュートちゃんに楽しそうにエサをやっており、名残惜しそうに戻ってくる姿でメイに精神汚染度を心配されていた。
「戻ったぞ。やっぱり、罰鳥の中で「悪いこと」か「悪いことじゃない」かは重要っぽいな。」
「……………………っす。」
二人の間に重たい空気が流れる。乗り越えなければならないのは2人も分かっているが、理解と納得は別物だ。
「ま、今から試練が始まるらしいし、切り替えていこう。」
「はい。」
パンとひとつ柏手を打ってダコタは空気を切り替える。モルティもいつまでも考え込んでいては自分の身すら守れないと頭を切り替えた。
「アレックス→たった一つの罪と何百もの善に愛着作業」
コントロールチームのアレックスに作業指示が出る。アレックスが収容室に入った頃、クリフォト暴走アラートが鳴り響いた。
そして、それをかき消すほど大きな、何かが産まれ蠢く音も響き渡る。
「来た。」「来たな。」「来ちゃった……」
「全員察しているでしょうが、試練です。今回の試練は琥珀の黎明、便宜上私たちはこれを【完全食】と呼称しています。」
イェソドは試練開始と共にメインルームにやってきて琥珀の試練について説明を始める。
「【完全食】は部門に4体、現在は合計8体存在しています。管理人の指示に従い、規定通りに職責を果たしなさい。」
「情報チーム総員→【完全食】鎮圧」
「行くぞ!」
「はい!」
掛け声一発、3人はY1廊下──蓋の空いたウェルチアースの収容室がある廊下に駆け出す。扉を開けて最初に見えたのは、4体の【完全食】に襲われるオフィサーと襲われてはいないがパニックになって駆け回るオフィサーたちだった。
「キッッッモ!」
「余裕こいてんな。慢心は身を滅ぼすぞ。」
「わぁぁぁぁ……一人を集中して狙ってるぅ……」
三者三様の反応をしながらもダコタとモルティは冷静に、アンジェリーナは若干緊張しながら試練へと挑む。
「動きが早いから、インファイトは分が悪と思う。私が壁役をやるから、モルティはメイン火力として離れて攻撃、アンジェリーナは難しいと思うけど、隙を見てなんとか攻撃を当ててくれ。」
「了解です。」「分かりました……!」
3人は軽い打ち合わせの後に【完全食】との戦闘を始める。
「イモムシ共こっち来いや〜!!!」
ダコタが打ち合わせ通り、【完全食】の敵愾心を煽るためタウントを行う。タウントは成功したようで、狙い通りイモムシたちはダコタを集中的に狙う。
「モルティ!」
「分かってます!」
モルティもタウントの成功を確認して【孤独】で【完全食】を狙い撃つ。
「や、やあぁぁぁぁぁぁぁ!」
アンジェリーナも必死に【懺悔】を振り回して応戦するが、正義が低いためか彼女の攻撃はそのほとんどが躱される。
「くっそ……!ジャンプして攻撃が当たらねぇ……!…………!?体液口入った!ペッペッ!」
「えぇ!?大丈夫ですか!?」
「うっわ……!オレンジの味する!気持ち悪っ!」
「ダコタさんが軽口叩いてるなら大丈夫だ!それよりまだ三体いる!油断すんな!」
完全食4体に一斉に飛びかかられながらも、一撃は軽いのかダコタは軽口を叩く。ダコタによると【完全食】はオレンジ味らしい。
アンジェリーナは【完全食】一体を倒して振り返った瞬間にダコタが発した「体液が口に入った」発言でやりきった感よりも不安の方が強かった。
なにせ【完全食】は未知の生き物すぎるのだ、なにか怪しい感染症などを持っているかもしれない。
もっとも、モルティはダコタの軽口が自分たちに余裕を見せるためだという意図を見抜いてアンジェリーナを叱責していたが。
「ダコタ→メインルーム移動」
「チッ……!命令だから退却する。お前らも無理するなよ!」
ダコタは後輩2人を思いやりながら命令通りに退却を始める。残された2人はダコタをまだ追っている【完全食】を追いかけて追い打ちをかける。
「アンジェリーナ!前に出すぎだ!お前が狙われるぞ!」
モルティは無策で【完全食】を追うアンジェリーナにそう注意するがもう遅い。
ダコタが廊下から出ていった後、【完全食】たちはアンジェリーナを狙いだす。
「わぁぁぁぁ!こっちみた!」
アンジェリーナはキャーキャー悲鳴をあげながら【懺悔】で応戦する。
モルティの猛攻でもう一体の【完全食】がやられた時、分が悪いと悟ったのか、数回のジャンプ攻撃をアンジェリーナに見舞った後に【完全食】たちは地面に潜った。
「!?どこに行ったんですか……!?」
「気にするな。俺たちが鎮圧を命じられた【完全食】は鎮圧してる。一旦戻って立て直しと命令を待とう。」
モルティはアンジェリーナを宥めてなんとかメインルームへと戻る。メインルームではダコタが傷を癒していた。
「2人とも戻ったか。……怪我はないか?」
「俺は。アンジェリーナは少し。」
「そうか。とりあえずは休憩だ。別命あるまでは待機する。」
「分かりました。」
そう言っている間に、【完全食】はコントロールチームで猛威を振るう。
「メイさん!【孤独】はピストルですから僕が前に出ます!」
「でも、【完全食】はもう私をターゲットにしてる。退却命令は出てないし、このままやるしかないわ。」
コントロールチームに出現した【完全食】はメイをターゲットに選んでいた。
メイとサンチェスはメインルームで作戦を決めており、その作戦はメイはキュートちゃん側から、サンチェスは調整の鏡側から鎮圧に向かうことによって攻撃対象をバラけさせて被ダメージを減らし、挟み撃ちで一体の【完全食】を狙うというものだった。
しかし、サンチェスが【完全食】のいる廊下にたどり着く前にメイが【完全食】と相対してしまい、メイ1人が狙われていたのだ。
「でもメイさん言ってたじゃないですか!【孤独】防具は物理に対する耐性がスーツより低いって!」
「えぇ。でも、管理人がやれって言ったらやるしかないの。」
「メイ→メインルーム移動」
サンチェスがメイを心配して声をかけた時、ちょうど管理人からも撤退の指示が出た。
しかし、その時既にメイの体力は半分を切っており、彼女は4体の【完全食】に囲まれていた。
「メイさん!ここは僕に任せて撤退を!」
「……分かった。」
メイは退却を始める。しかし、【完全食】達にはそんなこと関係ない。
「…………っ!」
4体の【完全食】が一斉に飛びかかる。それだけでメイの体力は更に半分減少する。
加えて、【孤独】がRed属性に脆弱なこともあり、大きなダメージを負ったメイはバランスを崩して壁に手を付く。
「メイさん!」
「大、丈夫。管理人の命令は、私が果たしてみせるから……」
メイは壁に体重を預けながらゆっくりと歩いて退却する。
体の芯まで響いたダメージは移動に多大な影響を及ぼしていた。
「…………っぇ!!!」
しかし、いくらメイがよろめいて歩いていてもそんなこと【完全食】には関係ない。
メイの背後から追い打ちをかける。
三体からの攻撃をもろにくらい、メイは血反吐を吐き散らす。
「メイさん!」
最後の一体の攻撃をサンチェスが【懺悔】でたたき落とし、それに怯んだのか【完全食】は地べたに潜って退却する。
「良かった……間に合った……!」
サンチェスは安堵の吐息をもらす。メイはダメージをくらいすぎてサンチェスの一言に気づいておらず、一心不乱にメインルームへの道を進んでいた。
「サンチェス→【完全食】鎮圧」
「メイさんの分まで、やってみせます!」
サンチェスは気合い一発、4体の【完全食】に果敢に挑む。
「せめて、メイさんの負担にならないように……!」
サンチェスは必死に【懺悔】を振るう。けれど【完全食】の機動力は異様に早く、サンチェスの攻撃は一度しかヒットしなかった。
「サンチェス→メインルーム移動」
「……了解です。」
自分の無様を悔やみながら、サンチェスは指示通り撤退する。何となくやりきれない気持ち悪い感覚を抱きながら、サンチェスはメインルームまでの道のりを歩んでいた。
「戻りました。」
「サンチェスくん、お疲れ様。まだ残党はいると思うけど、一休みして体力を戻そう。」
再生リアクターで少しは元気になったメイが冷静にサンチェスに声をかける。サンチェスもそれに頷きつつ、次の鎮圧に参加する可能性のあるアレックスに【完全食】の情報を共有した。
舞台は翻って情報チーム
ダコタの回復した頃、再び移動した【完全食】たちは4体が蓋の空いたウェルチアースのいるY1廊下、2匹がオールドレディのいるM2廊下に出現していた。
「やることはさっきと一緒だ。オレンジの味がするからって食うなよ?いくぞ!」
「はよ片付けて終わりましょう。」
「頑張ります……!」
先程と同じく、まずはダコタがタウントをして、飛びかかって無防備なところをモルティが【孤独】で一撃、着地後の隙をアンジェリーナが【懺悔】でたたきつぶす。ダコタは超近接武器ゆえに攻撃が当たりづらいが、そこは経験の差、飛びかかってきたところにカウンターパンチを見舞い、ある程度のダメージを稼ぐ。
「……!倒した!」
「こっちも一体!ダコタさん、残党は!?」
「近くの一体と、後ろにもう一体!後ろのはこっちに気づいてないからそっちから奇襲する!」
ダコタは手早く処理する【完全食】の優先順位を決めて作戦を伝える。
2人はそれに頷いてダコタの後ろをついて行く。ダコタより前に出たら作戦が作戦が崩壊しかねないからだ。
「たたみかけろ!」
「「了解です!」」
ダコタに気づいた【完全食】は気づいた瞬間に凄まじい跳躍力でダコタに襲いかかる。
けれどダコタは揺らぐことなく攻撃を受け止め、モルティの射線を通す。モルティは開いた射線から【孤独】を連射し、のたうち回る【完全食】をアンジェリーナが叩き潰した。
「ダコタ→メインルーム移動」
「あと少しだ、気を抜くなよ!」
ダコタはそう言いながら撤退し、ダコタに追撃しようとしていた【完全食】をアンジェリーナが殴り倒す。残った【完全食】はターゲットを変えアンジェリーナを狙うも、アンジェリーナに飛びかかろうとした瞬間にモルティに撃ち殺される。
ブドウの匂いがする体液を撒き散らしながら【完全食】は活動を完全に停止した。
「よし……!」
「おつかれさん。あとはコントロールチームに任せよう。」
残った2体はコントロールチームのM1廊下に出現しているとの報告を受けていた3人は、不測の事態に備えて体力を回復させる。
一方のコントロールチーム、メイ・サンチェス・アレックスの3人は壁の向こうに【完全食】がいる事を知り、鎮圧の覚悟を決めていた。
「コントロールチーム各位→【完全食】鎮圧」
「始めよう。」
「「はい!」」
鎮圧指示と共に3人は動き出す。
まずはメイが入室し【孤独】を構える。あからさまな敵対行動に【完全食】はメイをターゲットに選んだ。
その突撃を阻むようにサンチェスとアレックスが【完全食】と距離を詰めた。
しかし【完全食】は凄まじい跳躍力で2人の頭上を超えてメイの皮膚を齧りとる。結果としてこの行動が彼らの自滅を呼び寄せた。
「メイさん!」
「平気!それより【完全食】が動ける範囲が減ったから、たたみかけるよ!」
冷静にメイが先の戦闘で体力の削れていた【完全食】を撃ち殺し、もう一体の【完全食】を挟み撃ちにする。
挟まれた【完全食】は逃げ場を完全に失い、廊下の隅に追いやられ、3人の攻撃を避けることが出来ずに死んでいった。
「よし……!」
「お疲れ様です!」
最後の【完全食】を鎮圧し、琥珀の黎明が過ぎ去った。
こうなれば、あとは普段通りの作業をするだけだ。
「サンチェス→キュートちゃんに本能作業」
「ダコタ→罰鳥に洞察作業」
「アンジェリーナ→蓋の空いたウェルチアースに洞察作業」
3人が指示通りに作業を終えて目標エネルギーを貯めきり、心地よい疲労感と共にその日の業務は終わりを告げる。
「明日も、これからもずっと、こんな日が続きますように。」
罪人は一人、祈りを捧げる。
そんなに後悔しないでください。
それしか方法がなかったのだから、
私はあなたを憎んでいません。
9日目が始まった。
この日は普段の業務と少し様子が異なっていた。
「みなさんこんにちは!」
ダコタ・モルティ・アンジェリーナ・アレックスの4人はそれぞれのセフィラの指示に従って、指定された部屋に来ていた。
「…………えっと?」
4人は入室と同時に見知らぬ茶髪にロングヘアーのセフィラから声をかけられて思わず硬直する。
なんとかダコタが状況を整理しようと声をあげるが、続く言葉が出てこない。
「あ、自己紹介がまだでしたね!私は教育チームのホドと言います!管理人からあなた達の自制強化プログラムを行うようにと言われています!」
元気に、まくし立てるようにホドは話す。要点を押さえた分かりやすい説明ではあったが、何も聞かされていなかったダコタたちからすれば
「…………なるほど。」
これ以上の言葉が出てこない。
「それでは今から座学の時間ですよ〜!あなた達はロボトミー社の大切な職員ですから!」
その講義で4人はかなり自制の美徳を高めることが出来たが、かかった時間もやはりかなりのものだった。
「や、やっと終わった……」
「はい、お疲れ様でした!」
そして次の一言が、4人を地獄へたたき落とす。
「では、本日の業務も頑張ってください!」
どこかの部屋で、4人分の悲鳴が響き渡った。
「おはよう……ございます……」
アレックスはやや遅れ気味にメインルームへとやってきた。
「おはよう、アレックスくん。元気ないけどどうかした?」
「いえ……半日くらい自制を高める座学をやっていて、少し疲れただけです……」
そんな大袈裟な……とメイは思ったが、それほど長い時間やっていたと感じるほど過酷な座学だったのだろうと勝手に納得する。
なにせ、業務開始時間はいつもの時間と変わらないのだ。できて30分くらいしか座学をやっていないだろうとメイは思った。
「お疲れ様。きっとそれだけ管理人はアレックスくんに期待してるんだよ。」
「そうですかね……?」
「えぇ、きっとそう。」
メイは優しく微笑みながらアレックスに伝える。アレックスは少し照れくさそうに頬をかいた。
「他にはその座学、誰か受けてた?」
「えっと、情報チームの3人もたしか受けてました。」
「……そうなんだ。」
情報チームの2人も、なにか思うところがあったんだろうなとメイは考え、部門の同僚を喪った2人に思いを馳せる。
「ダコタ→T-04-06に愛着作業」
その日の作業は、座学で自制を鍛え「根暗の先輩」の肩書きを新たに貰ったダコタから始まった。
「昨日来たアブノーマリティか。」
ダコタは収容室までの道を歩く。
「昨日メイさんが作業した後、私じゃなくてモルティが作業に行ったことと、今日のE.G.O.が【懺悔】になってるところから、多分相手のNEboxの属性は精神系、かな?」
ダコタは1人で考えながら廊下を進む。奇しくもそれは、座学で上がった自制心の影響も少なからずあった。
「愛着作業だけど、メイさんの報告書的には「破損部に触らない」「乱暴に扱わない」「撫でるよりもハグが好き?」か……この歳で人形に抱きつくって小っ恥ずかしいな……」
頭をかいて照れくささを紛らわしつつ、ダコタは収容室に入る。
「ホント……デカいぬいぐるみだなぁ……」
そう言いつつ、ダコタはレポートに「好みの分析・関係欲求の解消」と書き込んで作業を開始する。
「まぁ、いろいろやってみよう。」
まずダコタはT-04-06に近づき、T-04-06の頭を撫でてみる。大きく揺するように撫でていると、NEboxが生産されたのか、情緒が不安定になるのをダコタは感じた。
「これはあまり好きじゃない……か。大きく揺さぶるのがダメだったかな?いや、素っ気ない方か?…………まぁとりあえず……」
ダコタはいろいろ考えるが、ひとまず思考を打ち切ってT-04-06の機嫌をとりにいく。
「……ごめんな、少し乱暴だったな。」
正面からT-04-06にもたれかかり、優しい抱擁を行う。
T-04-06はそれが好きなのか、すごい勢いでPEboxを生産していた。
「やっぱり、これが1番好きなのか。」
ダコタはT-04-06を見て訊ねるが、T-04-06は動かない。しかし、ままごとの一環としてダコタはロールプレイを続ける。
「そうか。それは良かった。」
(何が良かったんだよ)
ダコタは心の中でツッコミをいれるも、心の声を無視して続ける。
「お前は良い奴だな。私に優しい抱擁をくれるし、安心を与えてくれる。」
ダコタはT-04-06の頭をポンポンと撫でながら続けた。
その撫でかたを何度かすると、ダコタはまたも情緒が不安定になる感じを覚えた。
「撫でることより、単純な接触を求めてるのか?」
独り言を漏らしながらダコタは作業を続けた。
「よっこいしょ……っと……」
単純接触でも比較をしようと考えたダコタはT-04-06と同じ方向を向きながら座り込み、T-04-06に背を預けると、それの腕を自身に巻き付けるようにへその辺で交差させた。
初めT-04-06からは困惑からかNEboxが生産されたが、ダコタの接触がお気に召したらしくPEboxを次々に生産する
はずだったが、そこで邪魔が入る。
『ダコタさん、規定の時間を過ぎています。今すぐ戻りなさい。』
情報チームセフィラ、イェソドだった。
イェソドはルールに厳格に、ダコタを厳しい口調で非難する。
「おっと!そういや時間見てなかったな……ごめんな、また来る!」
しかし、ダコタも規定違反の事故に心当たりがあるのか、すぐに書類をまとめて収容室から出ていった。
「危ない危ない……またクソ犬の時よろしく、酷い目に合うところだったかもな……」
自分の行いを反省しつつ、ダコタはメインルームへと戻っていった。
「戻ったぞー。やっぱりアイツ、軽い接触よりも全身で愛情を示す行為の方が好きみたいだな。」
「……その、全身で愛情を示す行為ってのは?」
モルティが「悪い予感がする……」といった表情でダコタに訊ねる。アンジェリーナもその後ろでドキドキしながらその先を待っていた。
「……ん?あぁ、簡単だよ。普通に抱きつけばいい。小さい女の子がよくやってるみたいにな。」
ダコタが事も無げに答えた瞬間、モルティは非常に嫌そうな表情を浮かべ、アンジェリーナは目を輝かせていた。
「ちょっと私、T-04-06に作業をやってみたいです!」
「それは管理人しだいだから祈っておくんだな。俺はごめんだ。」
「モルティ→T-04-06に愛着作業」
モルティのその言葉を待っていたとばかりに管理人から作業指示が出る。対象はモルティで、相手は当のT-04-06。
モルティは膝から崩れ落ちた。
「モルティ、管理人はお前がT-04-06に抱きつくのを見たいらしいぞ。」
「嫌だ……恥ずすぎる……人形とか妹に買ってやるくらいでしか触んねぇよ……」
ブツブツ言いつつも、業務規定的に管理人の指示には逆らえないのでモルティは収容室に向かう。
なんだかんだ言いつつも、モルティは死にたい訳ではないので結局ちゃんと相手の好む作業を行うのだが。
「落ち着いてやればいいんだ、多分。」
収容室に入ったモルティはレポートに「愛着の抵抗確認」と書き込んで作業を開始する。
「んじゃ、ちょっと失礼して……」
モルティもT-04-06に正面から抱きつく。モルティの選択した作業は「愛着の抵抗確認」。どの程度の愛着を示せば抵抗を見せるのかを確認する作業のため、それをとりあえず時間という尺度でモルティは測ることにした。
そうすれば、あれこれ考えなくても作業終了まで抱きついていればいいだけだから。
(でも、やっぱりちょっと恥ずかしいな……)
そう考えた時、T-04-06は鋭敏にそれを察知したのか少しだけNEboxを排出していたが、それ以外ではハグが1番好きなのかT-04-06は上機嫌だった。
「…………終わりの時間だ。」
やっと終わったと言わんばかりにモルティはT-04-06からゆっくりと離れて退出する。
「好みさえ分かれば、結構御しやすいアブノーマリティだな。」
そんなことを呟きながらモルティはメインルームへと戻っていく。
「おっ、モルティ、お疲れさん。作業はどうだった?」
「はぁ……愛着の抵抗確認を行いました。ずっと抱きついていましたが、全く拒否する素振りがなかったんで、多分ハグさえしとけば大人しいアブノーマリティだと思います。」
ニヤリと笑って作業結果を聞いてくるダコタにモルティは「普通にこなしただけだ」と返す。ダコタはそれを見て「ふぅん?」と意味深な反応だけを返して話を打ち切る。
それはダコタなりに空気を軽くしようとしているのか、はたまた単にメイにされたようなことをモルティにもしているだけか。
対するモルティも「なんでそんな意味深長な反応なんですか……」とだけ返してレポートの作成に取りかかる。
昨日よりも雰囲気が柔らかくなってアンジェリーナも嬉しそうだった。
「アンジェリーナ→T-09-80使用」
「……え?使用?」
管理人から出た新たな指示にアンジェリーナが困惑する。
その疑問を先輩であるダコタはしっかりと解消する。
「あぁ、【使用】で名前がわかってないんなら今日来たツール型だと思う。とりあえず行くだけで使用方法分かるし、危険でもないからリラックスしてればいいよ。」
「そうなんですね!ありがとうございます!」
ダコタのその一言にアンジェリーナは破顔する。自分が未知のアブノーマリティの一番槍ということでかなり緊張していた彼女だが、危険ではないということを聞いて目に見えて安心していた。
「ツール型って言ってたけど、どんな不思議道具があるんだろう……」
アンジェリーナは期待と不安に胸を膨らませながら扉を開ける。
そこにあったのは、巨木の一部であろう枝と、そこから並々と溢れんばかりにつがれている粘度の高い液体だった。
「……?多分、飲むんだよね……?」
ダコタから「思った通りに使えばいい」と聞いていたアンジェリーナは少し躊躇いつつも液体を飲み干す。
「…………!甘い!美味しい!」
その味はまさに極上。栄養に満ちていて、たとえ砂漠の中であろうとこれさえあれば生きていくのに困らないだろうと直感するほどだった。
「……?なんだか力が湧いてくる気がする……」
加えてやってきた体の内側から力が溢れるような感覚に困惑しながらも、アンジェリーナはひとまずメインルームに戻ることにした。
「おっ、おかえり。調子はどうだ?」
「とってもいいです!中にあった樹液みたいな飲み物を飲んだら、内側から力が湧いてくる感じがするというか、今とっても調子がいいです!」
ダコタに使用所感を聞かれてアンジェリーナはテンション高く答える。
「ふぅん?ウェルチみたいな?」
「そうそう!アレがずっと続いてる感じがします!」
アンジェリーナが興奮しながら話すのに「ちょっとやべぇ成分でも入ってんのかな?」と思いつつ、ダコタは新しいツール型の情報を聞き出していく。
「ダコタ→
「作業指示だな。ごめんなアンジェリーナ、ちょっと行ってくる。」
「はい!行ってらっしゃい!」
話の途中で管理人から作業命令が出たためダコタはアンジェリーナの話を途中で打ち切る。気を悪くするかもと心配していたダコタだったが、どうやらその心配は無用だったらしい。
先程も通った廊下を通り、先程と同じような作業を行うだけの簡単な仕事だった。
しかし、上がってきたアブノーマリティの情報を見るとこれまでのアブノーマリティよりも危険度が上のHEだったため気は抜かない。
「よし、そろそろ終わりだな。また来るよ。」
ヒラヒラと手を振ってダコタは退出した。
その後も、アンジェリーナは罰鳥に洞察作業、モルティは罰鳥への作業でクリフォトレベルが上がって暴走した蓋の空いたウェルチアースに本能作業を行い、いずれも良い結果をたたき出す。
その後は管理人がなにかに急き立てられるようにキュートちゃん・テディ・罰鳥・キュートちゃんと連続した作業指示を出す。
この急ぐ感じでエージェント各位は次の暴走で試練が起こることを悟った。
しばらく時間が空き、全員が次の作業開始と同時に試練が始まることを察する。
皆がその時を静かに待っていた。
「アレックス→たった一つの罪と何百もの善に愛着作業」
来た。
エージェント全員が気を引き締め直す。
「では、行ってきます。どうかご武運を!」
アレックスは同僚にそう言い残すと作業へと向かう。
今回の試練が何かは分からないが、きっといつもと同じくかなり激しい先頭になるだろうと予見して。
アレックスが収容室に入ると同時にクリフォト暴走アラートが鳴り響く。
それと同時に試練が発生するが、エージェントのランクも高くなっているため黎明の試練が発生した程度ではファーストトランペットは鳴り響かなくなっていた。
「マルクトさん、今回は?」
「イェソドさん、今回は?」
同じ時に別のチームで、同じことをセフィラについてメイとダコタが訊ねる。
部門セフィラは同じことを答えた。
「今回の黎明は紫、私たちはこれを便宜上【理解の果実】と呼んでいます。耐久面、攻撃面共に低く倒しやすいですが、放置すると爆発して、部門内全てのアブノーマリティのカウンターを0にします。二次災害に繋がる恐れがある試練ですからご注意を。」
「メイ・サンチェス→指揮部門【理解の果実】鎮圧」
「情報チーム各位→情報部門【理解の果実】鎮圧」
説明の終了と同時に管理人から鎮圧命令が出される。二次災害に繋がれば一気に形勢が傾き死者が出ることは想像に難くない。
エージェント達はすぐに動き出した。
「やるぞ2人とも。罰鳥やキュートちゃんの収容室まで来られると厄介だ。」
「さっさと片付けましょう。」「了解です!」
3人は幸せなテディがいるY3収容廊下まで急行する。3人が到着すると、それまで戦っていたらしきオフィサーがパニックになって逃げ出していた。
「敵は精神攻撃してくるタイプか?とりあえず、やばくなる前にチャチャッと終わらせる!」
ダコタが先陣を切り、モルティが援護、アンジェリーナは敵の脇に回り込んで攻撃と連携して敵を追い詰める。
「え、援護します!」
そこにオフィサーがやってきて援護を買ってでた。
「おう、助か……!?」
「ダコタさん!?手を止めてる場合じゃ……!?」
そこにいたオフィサーは、ダコタがいつも洗面台で見ている、髪を下ろした時のダコタに寸分違わないように見えるオフィサーだった。
「私じゃん!!!」
「そんなこといいから、早く倒しましょう!!!」
「そうだった!」
ひとしきり驚いたが、それは今は関係ない。
気になることは後で聞けばいいと考えて鎮圧に戻る。
「これで終わりだ!」
ダコタの【カワイイ!!】が炸裂し、攻撃を放とうとしている【理解の果実】が弾け飛ぶ。
同時に、【理解の果実】の攻撃も炸裂し、エージェントも多くないダメージを受ける。
「ぐふっ……」
その瞬間エージェントのダコタ2が死亡した。
「私?私!死ぬなーー!私ーーー!!!」
「ふざけてないで戻りますよ、ダコタさん?」
「オフィサーはかわいそうですけど、毎日入れ替わる人たちですから……」
悲しむダコタに後の2人が辛辣な一言を送る。ダコタは涙ながらに自分に瓜二つなオフィサーの死を──
「ま、そうだな。多分、クローンかなんかなんだろ。私結構ケガしてるし、そんときにでもDNA抜かれたか?」
──訂正。ダコタはオフィサーの死を悼んでなどいなかった。
かなり楽な試練だったらしく、3人とも余裕綽々でおしゃべりに興じていた。
それはコントロールチームも同じだったらしく、2人でもピンチになることすらなく鎮圧を完了する。
その後、あのオフィサーは話にも上がることなく作業は進んで業務は終わる。
そのオフィサーの死は、誰にも覚えられることはなかった。
それでもきっと、酷く自罰的なあなたは
私たちのために涙を流すのでしょう?
10日目
新規のアブノーマリティはおらず、いつも通りの作業を粛々と終えるだけの日が始まった。
管理人は「ザーっと作業して、べべべっと終わらせよう」という宣言の通り、普段よりかなりハイペースで作業を回していく。
「アンジェリーナ→罰鳥に洞察作業」
「ダコタ→幸せなテディに愛着作業」
「メイ→オールドレディに愛着作業」
「早いです管理人!レポートが追いつきません!」
「泣きべそかいてる余裕があるなら大丈夫だ。慣れればどうとでもなる。」
「ちょっと余裕が無くなってきたわ……」
エージェントの泣き言もなんのその。管理人はTT2プロトコルを駆使しつつハイペースで作業を進める。
「モルティ→幸せなテディに愛着作業」
「サンチェス→キュートちゃんに本能作業」
「メイ→オールドレディに愛着作業」
「ダコタ→罰鳥に洞察作業」
「休んでるヒマねぇなこれ……!」
「今日はのんびりしてられないんです……ごめんね……」
「もうクリフォト暴走?管理人急いでるわね……」
「こんなに急ぐって……管理人に何があったんだ……?」
管理人は「敏腕管理人でしょ?」とモニタールームでご満悦だった。
「メイ→幸せなテディに愛着作業」
「アレックス→オールドレディに愛着作業」
「ダコタ→幸せなテディに愛着作業」
「また作業か……私はよっぽど信頼されてるのね。」
「今日は追加が来ないから楽だと思ってたんですが……」
「ホント……忙しないな!」
激流のような忙しさに誰も彼もが目を回す。
その忙しさがひと段落ついた時、全てのエージェントが悟った。
『次は試練だ』
皆が皆、試練を乗り越えるために心を鎮めて時を待つ。
「アンジェリーナ→罰鳥に洞察作業」
「来た」
そう全員が確信する。セフィラの話では、段階によって抜けはあれど、試練は【深紅】【琥珀】【緑青】【紫】の4種類だと聞いている。
どれに当たっても、危なかったところはあれど一度は超えたことのある試練だ。
今回も大丈夫だと、絶え間ない作業で高鳴った心を落ち着けている。
アンジェリーナが収容室に入った瞬間、いつもと同じようにクリフォト暴走アラートと低音のハウリングが響いた。
「【緑青】だ。」
メイはこれまでの経験から試練の種別を即座に把握して伝える。【緑青の黎明】──【疑問】は火力が高い、殺戮に特化した試練だ。ヒットアンドアウェイを徹底すれば怖い相手ではない。
しかし、この時ばかりは様子が違った。
「!!!メイさん!アレって……!」
【3,2/8,2/3,7/3,2/6,1/1,9/1,2,3/5,7/1,❷,1/6,3/】
「【疑問】……!?どうして……!?」
メインルームに【疑問】が侵入してくる。再生リアクターは停止し、オフィサーは即座に攻撃を開始していた。
困惑する2人より早く、コントロールチーム1番の新入りが応戦した。
「マニュアルA-3-2!待機場所・移動場所及び移動中に敵と対峙した場合、驚異が去るまでは敵を殲滅せよ!」
アレックスが手にした【懺悔】で【疑問】に殴り掛かる。
マニュアル通りの対応に、2人もイレギュラー時でもマニュアルに従うべきと武器を構える。
アレックスを頂点として右後ろに【ソーダ】を持ったサンチェスが、左後ろに【孤独】を持ったメイが、三角形のフォーメーションを組んで【疑問】と相対する。
【2,9/11,5/5,7/2,9/3,7/11/1,3/3,2/2,5/13/6,9/5,7/6,3/8,1/8,6/1,2,5/3/?】
しかし【疑問】は殺戮に特化した試練。ただやられているわけではなく槍と化している腕で正面にいるアレックスを突き刺す。
一撃目は脇腹を掠め、【カワイイ!!】の防具を砕いた。
二撃目は砕けた防具の穴を狙って脇腹を抉る。
三撃目は左肩を掠め、アレックスの肉を抉る。
「…………ッッッ!!!」
アレックスは苦痛に顔を歪め、肩からは血が、脇腹からは内臓が溢れる。
【懺悔】はメイスのため片手でも振れる。そのため攻撃動作に影響はない。
しかし、肉が抉られたということは、E.G.O.の耐久力が下がっているという意味でもある。
E.G.O.は借り物ではあるが自我そのもの。
その自我が傷ついているということは、使用者の状態にも何となく察しがつくだろう。
「クソっ……早く倒れてください……!」
「アレックス→メインルーム移動」
アレックスの体力が減ってきているのを見た管理人がアレックスを避難させようとする。
しかし、指示を出した場所は彼が今いるメインルーム。
そして、敵が手の前にいる限り、エージェントは攻撃を続けなければならない。
「アレックスくん!もういい!一旦下がって立て直そう!私が前に出るから、アレックスくんは後ろに回って!」
メイが呼びかけるも、アレックスは動かない。
メイが初日に言った「管理人から指示がない限りはマニュアルに従って行動せよ」という言葉の通りに遂行する。
「アレックス→メインルーム移動」
「アレックス→メインルーム移動」
「アレックス→メインルーム移動」
管理人も焦っているのか何度もアレックスに同じ指示を出す。
けれど、その指示はすぐに完了し、アレックスは目の前の敵を倒そうとする。
四撃目はアレックスの頬を切り裂く。
もう少し逸れていれば自身の目玉が抉り抜かれていたであろう事実にアレックスは戦慄を禁じ得ない。
「アレックスくん!もう危ないよ!早く逃げて!」
「ダメです。」
メイが泣きそうな顔でアレックスに懇願にも近い指示を出した時、とても冷酷な声が響いた。
声の主は管理棟通路を通ってメインルームへとやってくる。
声の主は普段と変わらない笑みを浮かべていて、あの時のように冷酷な事を楽しそうに言っていて、
古びたメモを、後生大事に抱えていた。
「ダメです。管理人の指示に従えば、全てが全てが上手くいきます。私たちの下手な考えが、管理人の考えている大きくて崇高な計画を破綻させる可能性があるんです。だったら、私たちはただ粛々と、その指示を聞いていればいいんです。」
「マルクトさん……っ!でも、でもこのままじゃアレックスくんが……!」
「えぇ、死ぬでしょうね。」
サラリとなんの感慨もなくマルクトは言う。
その一言にメイは続く言葉が出てこない。
「ですが、それがどうかしましたか?私たちのチームは『コントロールチーム』、このロボトミー社全てを指揮する部門です。私たちのミスが、この社の全員の命を落とさせる原因になりかねません。」
だったら、とマルクトは花が咲いたような笑顔で言い放つ。
「だったら、私の部門に無能な職員はいらないの。管理人の崇高な指示に従えない無能も、管理人の期待に応えられない無能も、自分の能力を過信して全体に大きな迷惑をかける職員も、みんなみんなみぃんな、いらない。」
マルクトは手に持ったメモ帳を強く胸に引き寄せる。
そして、何も言えない職員3名に告げた。
「さぁ、頑張って管理人のご期待に応えましょう!過信で身を滅ぼす無能はここにはいないと証明してみせてください!」
おぞましい
それがメイが最初に抱いた感想だった。
笑顔で人殺しを命じ、誇りかのように殺人を称え、死に瀕する人の命を「いらない」と吐き捨てる。
そんな存在を、メイはこれまで見たことがなかった。
「うあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
内臓をぶちまけ、全身真っ赤に染まったアレックスがノーガードで【疑問】に殴り掛かる。
アレックスの気迫に応えるように、【疑問】の攻撃も熱をましてゆく。
「アレックスくん!もういい!もういいから!!!」
「続けなさい。」
五撃目でアレックスの小腸が引きずり出される。
アレックスは血反吐を噛み潰し、口から血をこぼしながら歯を食いしばって応戦する。
「もういいよ!本当に死んじゃうから!」
「続けなさい!」
六撃目、アレックスの腿が貫かれ、アレックスはバランスを崩したが根性だけで踏ん張り立ち上がる。
グチャグチャと血の中で肉が蠢く音が小さく鳴った。
「逃げてアレックスくん!」
「続けろぉ!!!」
七撃目、【疑問】の腕はアレックスの心臓を貫き、持ち上げた。
アレックスはしばらく身体中の穴から血を吹き出して痙攣していたが、ある時大きく痙攣して海老反りになると、そのまま全身から力が抜けた。
ダランと腕が垂れ下がったのを確認した【疑問】は地べたにアレックスを叩きつける。
その後、もう動かないアレックスを滅多刺しにした。
その刺突はアレックスの顔を砕いた。
脳漿が飛び散り、刺突の圧力に負けて飛び出た眼球とメイと目が合う。
その刺突はアレックスの肉を細切れにした。
血が飛び出て肉はすり潰され、アレックスだったものはミンチとなって宙を舞う。
その刺突はアレックスの骨を砕いた。
砕かれた薄片は中を舞い、その軽さからゆっくりと重力に引かれて落ちてゆく。それはまるで雪のような白く、冷たく、冷酷だった。
そこには堅苦しい職員だったアレックスの姿はもうない。
アレックスだった粉々の肉片と骨片が散らばっているだけだ。
周囲からパン、パンと破裂音がなる。
一度に限界を優に超える量の精神的ダメージを負ったオフィサーが、絶望の悲鳴をあげることも無く手にした拳銃で自害した音だった。
メイは全て見えていた。見えてしまっていた。
凄惨たる惨状だ。
知っている。
あまりに惨い虐殺だ。
分かっている。
けれど、自分はパニックになっていない。
どころか、幸せなテディの作業をした時よりも精神的ダメージを負っていない。
そんな自分が、
こんな時でも冷静であれる自分が、
堪らなく気持ち悪かった。
アレックスを砕いた後、【疑問】は活動を停止する。
もう少しだけでも早ければ、アレックスは死なずに済んだかもしれない。
けれど、そんなふうに思うだけで、あの時のように泣き出したいほど辛いとは思っていない。
そんな自分の成長に、そんな現実に、
メイは吐き気さえ覚えていた。
「……死んじゃいましたね。まぁ、仕方がありません。職員アレックスはコントロールチームにふさわしいだけの能力がなかっただけのことです!私の部門に無能な職員はいりませんから!」
そういうとマルクトは、残された自分たちに笑顔を向けて手を振り、また管理棟へと戻って行った。
そこからメイは、自分が何をしていたかを覚えていない。
きっと試練も終わり、後は何事もなくエネルギーを貯めて業務を終了したのだろう。
けれど、自分の成長によって誰かの死を事前に防げると思っていたメイの自信は、メイのあの日の誓いは、
今、粉々に叩き潰された。
だったら、楽になるまで泣いてください。
泣いて泣いて、泣き疲れて、
どうにか前に進めたのなら、
みんな、死んでいった
ただ1人の同僚も
希望に胸を膨らませて入社した後輩も
新しい部門の新入りも
入ってまもない社員も
みんな、私が殺した。
殺したようなものだ。
燈が消える──みんな消えた。
わなないている人々の上に葬式の幕布が緞張で嵐のようにサッと降りる。
すれば、天使等は眞青に血の気もうせて立上り、覆面をとって確かめる。
その芝居は、「人間」という悲劇で、
その立役は勝利の蛆虫であると。
どこかの本で読んだ一節が、今の私にはお似合いだ。
誰も救えず、悲嘆にくれて、
冷徹を装うくせに死を目の前にすると化けの皮が剥がれる
そんな私を、惨めで汚く這いずりまわる蛆虫と呼ばずしてなんと呼ぼうか?
この苦痛は、私がこれからも抱えなければならないんだろう。
決して逃れることができない苦痛。
私にはもはや、それしか残っていない。
けれど、
あぁ、どうして苦痛を恨めようか
私がネビルくんを殺した時も、
私がブラウンさんにとどめを刺した時も、
私がデボーナさんに何も出来なかったと悔やむ時も、
私がアレックスくんを見殺しにした時も、
苦痛はいつでも、私の隣りに座っていた。
あぁ、苦痛よ
お前は決して私から離れぬが故に、私はお前を尊敬するに至った。
……………………
…………声が聞こえる。
…………どこまでも透き通るような綺麗な声が。
……………………
そうね。分かってる。
……………………
分かってるよ!
情報を共有せずに、同僚をみすみす殺したのは誰だって?
私だよ
E.G.O.の存在を知りつつ、作成を具申しなかったのは誰?
私だよ
新入りに何もしてあげることなく見殺しにしたのは誰?
私だよ
後輩を盾にして犠牲にしたのは誰?
私だよ!
そんなこと、あなたに言われなくても分かってるよ!
私のせいだ!
私のせいでみんな死んでいったんだ!
私が何かしようとする度に、それがことごとく裏目に出て、私じゃない人たちが死んでいくんだ!
結局のところ、何もしないのが一番いいんだ!
意識的な惰性が、一番良かったんだ!
私が何をしようとも、私も、周りも、誰も救われない!
なにか知れぬ希望を探し求めて急ぎ続けるのはもうウンザリだ!
何度も裏切られて、それでもまだ立つなんて、私はそんなに出来た人間じゃない!
……………………
……………………
…………お願い
お願いだから……
これ以上、私を追い込まないで…………
どうか、
多少のLibrary Of Ruina要素がありますが、場所とやってる事と職員の成長方法的に不思議はないので入れてみました。
分からない人はぜひLibrary Of Ruinaをやってみて下さい。
でも元ネタの投稿者さん(ピエロ恐怖症)はやらないでください。
このオチをTwitterで「とっても素敵な〆が書けた」と言っていた私は、多分頭がおかしいんだと思います。