サリーのロボトミーコーポレーション 作:エリック
皮肉な話よね
欲望は無限に溢れてくるのに
自由は有限の制約付きで
絶対に、欲望に追いつくことはないだなんて
[newpage]
また1人、死んでいった。
もう誰も死なせないなどと抜かしつつ、実際は短期間で2人も死に追いやっている。
皮肉な話よね
欲望は無限に溢れてくるのに
自由は有限の制限付きで
絶対に、欲望に追いつくことはできないだなんて。
私にできることは少なくて、
それなのに、私の決意を貫くためには何もかもが足りなさすぎる。
その結果、また1人死んでいった。
けれど、今までよりも悲しくはない。
ロボトミーでは価値観の成長が肉体や精神に影響する。
だから、今までよりも悲しくはない。
その事実が恨めしく、気持ち悪い。
この成長が、私を人間でないものにしているような気がして
この成長で、私が私の罪を忘れてしまうような気がして
もしも私が手のひらのこの感触を忘れ、人の死をなんとも思わなくなってしまったら
きっと誰かを手にかけることも、誰かが死ぬことも、何も思わなくなるんだろうなと考えると、それがたまらなく怖く、自分が気味の悪いものに思える。
そして同時に、それはとても幸せなことなんだろうとも思う。
この痛みも、苦しみも、私の傍を離れない苦痛も、
全てを忘れられるのだから。
もう私は祈れない。
切望は力にならないし、私は無力な事を知ってしまったから。
だったら、もう何もしたくない。
お願いだから、1人にして欲しい。
[newpage]
私のやってきたことは、
あなたの首を絞める指の1本に過ぎなかったのか。
[newpage]
アレックスが死んだと聞いた。
メインルームに【疑問】が入ってきて、マニュアル通りの行動を強制され、管理人の指示も虚しく散っていった。
サンチェスが言っていた
「メイさんは泣いていました。大粒の涙を零して、呆然としていて……でも、どこか冷静でした。それがとても痛々しくて、その……とてもじゃないですが見ていられませんでした……」
それは、メイさんが職員の死に慣れているから
そんなことじゃないのは知っている。あの人は優しいんだ。
“ロボトミーでは、精神の成長が肉体にも反映される”
それがこの翼の特異点なのか、それともただの副産物なのかは分からない。
けれど、メイさんの精神の成長が、メイさんの職員を死を受け止められるほどに達したのだろう。
それが良いか悪いかは置いておいて、メイさんはそれが恐ろしいんだと思う。
今、私がメイさんの話を聞いたところで、私はその話を抱えきれるだろうか?
「……ダメだ、一緒に背負うって決めたじゃんか。」
頬を叩いて喝を入れる。
私は、彼女の罪の随行者なんだ。
「分かってるよ!!」
メイさんの声が響いた。
絶叫にも近いそれは、施設全域を巡るんじゃないかと思うくらい大きく、悲痛な色を孕んでいた。
「あなたに言われなくても分かってるよ!!」
誰と話しているんだろうか
気になった私はメイさんの姿を探す。
もしかすると、サンチェスやモルティが何か余計なことを言ったのかもしれない。
何も知らないアンジェリーナが無責任なことを言ったのかもしれない。
仲介のために私はメイさんの姿を探す。
耳をつんざく金切り声を頼りに、私はメイさんの姿を見つけた。
けれど、そこには誰もいなくて、
メイさんが1人で、誰かと会話するように独り言を発していた。
「みんなみんな、生きるために精一杯だったんだ!私にできることはなんだってしたよ!ダコタさんだって、私の言ってたことを新入りに伝えてくれてた!自制だって、アブノーマリティと対峙した時の対応だって、私の経験でいいなら湯水のように差し出した!」
涙の溢れている目は虚空を睨んで、手は爪がくい込んで血が出るほど握りしめて、メイは誰かに叫び散らす。
「でも、無駄だった!ブラウンさんを殺して、デボーナさんを見捨てて、アレックスくんを盾にした!私はちゃんと、ネビルくんと同じ末路を辿らないように伝えてきたつもりだったのに!私にできることは、なんでもやってきたつもりだったのに!!!」
私は声が出せなかった。
だって私は、私より経験の深いメイさんの言ってたことに疑問を持たず、どこかで「自分の経験則よりメイさんの経験則の方が正しい」と思っていたから。
「でも、足りなかったんだよ!みんな死にたくなかったのに、私が何の役にも立たない間違った経験則でみんなを死に追いやったんだ!私のせいなんだよ!」
私は駆け出した。
ただし、メイさんとは逆方向に。
私は耐えられなかった。
「共に背負う」と言っておきながら、実際は自分のことまでメイさんに背負わせていたんだ。
“メイさんの経験則こそが絶対だ”なんて思考停止でメイさんを追い詰めていたんだ。
「私のやってきたことは、あなたの首を絞める指の1本に過ぎなかったのか」
きっと私は今、酷い顔をしているだろう。
こんな姿、誰にも見せられない。
こんな時でも他人のせいにしようとしている私なんて放っておいて
どうか、1人にして欲しい。
[newpage]
いくら歩みを進めても、
僕ではあなたの隣に立てないのでしょうね。
[newpage]
アレックスが死んだ。
初めてだった、人が死ぬところを見るのは。
出来れば、目の前で人の命が終わる瞬間なんて、一生見たくなかった。
しかも、今思い出しても吐き気がするほど残酷な方法で殺されたんだ。
僕は狂気に染まりそうになっていました。
けれど、メイさんは落ち着いていたんです。
確かに、メイさんは驚いたように目を見開き、目からは大粒の涙を零していました。
けれど、同時にメイさんは何かが引っかかっているような、疑問に駆られたような仕草を見せていたんです。
僕は感情のまま叫んで、喚いて、アレックスだった物と自分の吐瀉物を片付けていました。
対してメイさんは、ただ淡々と肉塊を片付け、いつもと変わらぬ様子で業務を続けていました。
どうして、なんて思いましたよ。
アレックスが死ぬまでは、あんなに必死にアレックスを生かす道を探していたのに、死んだ途端に冷静になるんですから。
冷酷な人なのかもとも思いました。
廊下で、1人で、泣き喚いて後悔と自分への呪詛を吐き散らす彼女を見るまでは。
彼女は誰かと会話するように自分を呪い
彼女は自分を苦しめる虚無を受け入れる
彼女は慟哭していました。
曰く「自分の経験で良ければ湯水のように差し出した」
曰く「誰かと同じ末路を職員が辿らないように善処した」
曰く「誰かが不安にならないように常に冷静を装っていた」
曰く「自分のような蛆虫が、救われてはならない」
曰く「誰かが死ぬくらいなら、自分が死んだ方がずっといい」
嗚呼、
どうしてあなたは背負ってしまったのでしょう?
翼に入ったとて危険があることくらい、みんな理解していたのに
どうしてあなたは背負ってしまったんでしょう?
【疑問】はアレックスを狙っていて、僕達が何をやってもアレックスからターゲットが移ることはなかったのに。
どうしてあなたに背負わせてしまったのでしょう?
僕じゃ役者不足かもしれませんけれど、話を聞くことはできたはずだ。
でも、
結局全てあなたに背負わせてしまった。
結局あなたは、ここで1人で泣くことを選んだ。
……分かっています。
きっと、
いくら歩みを進めても、
僕ではあなたの隣に立てないのでしょうね。
[newpage]
なんて残酷で、狂気的な場所だろう?
たった一つの決意すら、平然と踏み躙られる。
[newpage]
あの人は、デボーナが死んだ時も泣いてくれたとダコタさんから聞いた。
直接の関わりは全くと言っていいほどなく、
ただ廊下で1度だけ顔を合わせた程度の繋がりで、あの人はデボーナの死を悼んでくれた。
同時に、
あの人の過去に色々な事があったことも聞いた。
その過去で、何人かの人が死んでいることも。
ダコタさんはそれ以上詳しくは知らないと言っていたけれど、デボーナも自分が殺したと思い詰めるほどの過去らしい。
俺は、俺の研究計画でデボーナを殺した。
ダコタさんはそうじゃないって言ってくれているけど、俺の研究計画はデボーナの死と原因と結果の関係で結ばれているだろう。
なら、関わりのないあの人は、どうしてそう思い詰めてしまったのか。
分かっている。
きっと、過去の何かが原因なのだろう。
そう思いつめるほどの出来事と誰かが死ぬ事への忌避感
それに、誰も死なせたくないという決意があるのだろう。
ダコタさんを通じて、業務の助言をしてくるような人だ。きっとその決意は固く、彼女の心は熱く燃えていたのだろう。
「なんて残酷で、狂気的な場所だろう?
たった一つの決意すら、平然と踏み躙られる。」
俺に彼女の気持ちは分からない。
けれど、デボーナの死を悼んでくれた彼女と同じように、俺も死を悼んでいいだろうか?
顔すら見たことないアレックスの死と
彼女の魂の死を。
[newpage]
[[rb:それでも、諦めることは認められない>私はもう、立ち上がれない]]
次回から平和な回が続くので、暗めの心情描写を吐き出しときました。
やっぱり、元動画に暗い展開がないのに描写だけ暗いってのもどうかと思うので。
とはいえ、やっぱり次回も多少は暗くなると思います。あくまで気休めなのです。