サリーのロボトミーコーポレーション   作:エリック

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今回少し短いです&ネツァクが図書館口調です。
pixiv版の方ではロボトミー仕様なので、気になる方はpixivの方にお願いします
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=18625196#4


罪のアントニム
#13~14 アンジェリーナ


あぁ、全く、どんなに恐しく、哀しく、切なく思っているだろう?この会社に入る前、純朴だった頃の記憶の無くなることを。

この気持ちは誰にも分からない。誰にも分からない。

私と同じ身の上になった者でなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

11日目

新たな部門が増え、新規に職員が3名雇われた。

同期3名は美徳強化プログラムのためにある部屋に集められ、そこで自分たちが同期であることを知る。

 

セフィラには少し驚かされたものの、3人は長い時間をかけて勇気・慎重・自制の美徳を高め、これから3人で頑張っていくことを誓った。

 

けれど、3人は皆、別々の部署に配置されることとなる。

 

「2人ともいないけど……とりあえず1番楽そうな【安全チーム】の配属で良かった。」

 

新人の1人、明るい職員のエフゲニは呟く。そんなエフゲニに声をかける人物が1人

 

「初めまして。え〜っと……エフゲニさん……ですか?」

 

「!!はい。本日から勤務になりました、エフゲニです。」

 

「そんなに硬くならなくて大丈夫ですよ。私だって3日前からの勤務ですし、エージェントとしてのランクも同じですしね。」

 

アンジェリーナは優しく声をかけるが、エフゲニはアンジェリーナの声に震え上がる。初日の勤務である事実とプログラムで聞いた業務内容で張り詰めているのだろうか。

 

「全員揃っていますね?こんなに早くから真面目なんですね。」

 

2人が無駄話をしていると、寝ぼけまなこのセフィラが入室する。どこか病的な印象を受ける彼こそ安全チームの担当セフィラ、ネツァクその人だ。

 

「あ、ネツァクさん、おはようございます。はじめまして。」

 

「ほ、本日からロボトミー社勤務になりました、エフゲニです!よ、よろしくお願いします!」

 

「そんなに大きな声を出さないでください、頭に響きます……業務内容はいつも通りやればいいのでよろしくお願いします。分からなかったら……まぁ適当にやってください。」

 

ヒラヒラとめんどくさそうにネツァクは手を振り退出しようとする。

セフィラとしてあるまじきその態度に、エフゲニは質問を投げかけた。

 

「あの!ネツァクさん、いったいどこへ?」

 

「……なんでもいいでしょう?そうですね……ビールを飲んでもいいですし、エンケファリンを使ってもいいかもしれませんね。」

 

「……?ビール飲めるんですか?」

 

ネツァクの見た目からビールが飲めないと思っていたのか、エフゲニは不思議そうに訊ねる。ネツァクは暗い笑みを浮かべながら「……そうですね。」とだけ返して今度こそ退出していった。

 

「……まぁ、何かあったら指示してくれるでしょう。あとは管理人からの作業指示を……エフゲニさん?」

 

「はぁぁぁ……びっくりしました……」

 

「??あぁ、セフィラは業務開始直前に朝礼に来ますから。さすがにあんなにギリギリに来るとは思ってませんでしたけど……」

 

明るい職員二人組はつらつらとどうでもいい話で盛り上がりながら作業指示を待つ。

 

「アンジェリーナ→O-03-60に愛着作業」

 

「わぁぁ……一番作業は初めてだぁ……」

 

エフゲニに不安を与えないようにかアンジェリーナは小声で呟くと、エフゲニの方を見ることなくO-03-60の収容室に向かった。

 

その背中をエフゲニは、「背中で語る先輩かっこいい……」と見送った。

 

今までの作業とは異なり、メインルームから直通のエレベーターに乗り収容室へと急ぐ。

 

「……いつも通りやれば、大丈夫。」

 

アンジェリーナはそう気合を入れると収容室に入っていった。

 

「いっ!?」

 

入った瞬間、アンジェリーナは絶句する。これまで感じたことの無い不快感がアンジェリーナを背筋を伝う。

 

そこには何もいない、否、なにかの気配は感じるが、網膜にはなにも映っていない。

気配というのもおこがましい、部屋いっぱいになにかの存在感だけが充満していた。

 

(次元が……違うんだ……住んでる次元が、文字通りに違う)

 

アンジェリーナは直感でそう理解した。

 

光が粒子という極小の立体である以上、皆が言うアニメや漫画などの2次元は真の意味での2次元足りえない。

故に、次元が違うものを真に観測することは出来ないとアンジェリーナは半ば強引に納得する。

 

けれども、

 

「愛着作業……交流……どうしよう……?」

 

アンジェリーナがそう呟くと、部屋全体が啼いた。

 

幾重にも反響するエコーが彼女の鼓膜と脳を攻め立てる。

アンジェリーナは少しの不快感を覚えたが、彼女の佇まいからはまだ余裕がありそうな印象を受けた。

 

【理解。完璧。】

 

エコーがなりやんだ直後エコーと同じような音が、今度は明確に意志を持っている言葉を放った。

 

「えっと、こちらの言葉を理解したということでしょうか?」

 

アンジェリーナは訊ねるが、エコーは気にせず話を続ける。

 

【瞬間。知る。私たちの知識。意味。伝える。】

 

「……分かりました。できるだけ正確にメモを取ります。準備はできているのでよろしくお願いします。」

 

アンジェリーナは非現実的な状況にあることに怯むことなく職務を全うする。

 

【違う。いない。不便。見せる。】

 

アンジェリーナは虚空を見ながらエコーと対話を試みたが、エコーは少し困ったような音色でアンジェリーナに何かを伝えた。

 

次の瞬間、アンジェリーナの視界の端に黒くて丸い、ファンシーな見た目をした何かが現れた。

 

「わぁ!?」

 

【謝罪。驚愕。不意。私たち。】

 

突如現れた4本足の子供の落書きのようななにかは、頭頂部分にある花を震わせて何かを伝える。

その言語はたどたどしく、難解なものであったが、アンジェリーナには何となく意味が伝わっていた。

 

「いえ、大丈夫です。私のためにありがとうございます。」

 

【始める。】

 

「はい。」

 

たった一言エコーは告げると、アンジェリーナに知識を授け始めた。

 

【!#...!#&&*&^$%%$$%%^^&*(!】

 

「………………え?」

 

もっとも、それは人間が理解できるような代物では無かったのだが。

 

【!#&^*&(^^*()!!#$!#$】

 

「え……?ちょ……まって、だめ……!」

 

【!&&((@##&^@%$!@#!@&】

 

アンジェリーナの懇願も聞こえていないのか、O-03-60は謎のエコーを垂れ流す。

アンジェリーナはよく分からない物が鼓膜から脳に直接流し込まれる感覚を味わい、困惑から頭を振っていた。

 

それでも、エコーが止まることは無い。

 

【€>}""<;"¥@'|\'%;\<|;】

【@&^<|'!&!#%<$+*€】

【*#&@$*^#$€@#€%】

 

O-03-60の声らしき音が幾重にも重なって耳に入る。

たどたどしい言葉なら何が言いたいのか理解できていたアンジェリーナだが、この世のどこのものでもない、言語かどうかすら怪しい音波は理解できなかったようだ。

 

けれどもエコーは上機嫌で音波を放ち続ける。

肉体的にも精神的にもダメージはないが、アンジェリーナは訳の分からないエコーに呆然とするしかない。「メモを取る」とは言ったものの、彼女のメモは真っ白いままだ。

 

【過多。情報。良くない。終わり。】

 

訳がわからず呆然としているアンジェリーナに、エコーが唐突に終わりを告げる。

言葉の節々にアンジェリーナを思いやるような言動があることから、どうやらエコーの機嫌は悪くないらしい。

 

「……え?あ、はい。分かりました。上に伝えておきますね。」

 

【十全。期待。再来。】

 

「はい!また来ます。」

 

アンジェリーナは収容室を出ていく。作業自体はそんなに辛くなく、作業結果も良いものだった。

エコーの伝えたかった知識が何かは分からないが、分からずともエコー自身が納得していて、エネルギー生産効率が良くなるなら言うことは無い。

 

アンジェリーナは満足そうな様子で安全チームのメインルームに戻ってきた。

 

「あ、アンジェリーナ先輩!お疲れ様です!」

 

「お疲れ様です、エフゲニさん。O-03-60の作業についてなんですけど……」

 

アンジェリーナは作業所感とO-03-60の行動について詳しい説明をする。

作業で与えられた知識を全く理解せず、ただ聞いているだけでも上機嫌と聞いてエフゲニは目に見えて安堵していた。

 

そんな中、またも安全チーム担当セフィラのネツァクがメインルームにやってきた。

 

「あ、ネツァクさん、お疲れ様です。業務レポートはもうすぐできるので、あと少しだけ待ってください。」

 

アンジェリーナがレポートから目を離してネツァクを見ると、ネツァクは心底面倒そうな顔をしながらアンジェリーナに返す。

 

「業務レポートなんていつ出してもいいですよ……なんなら出さなくてもいいくらいです。その方が僕の仕事も減りますし。まぁ書いたのならその辺に置いておいてください。」

 

呆然とするアンジェリーナを一瞥し、ネツァクはどこかへと消えていった。

 

「エフゲニ→O-03-60に愛着作業」

 

何が何だか分からない様子のエフゲニだったが、作業命令が出たことで自分を取り戻す。すぐに荷物をまとめて収容室へと向かっていった。

 

「それじゃあ、頑張ってきます!」

 

「えぁ?あ、はい!頑張ってください!」

 

若干、呆然としていたアンジェリーナに声をかけてエフゲニは収容室へと急ぐ。

エフゲニは心配の表情を滲ませつつも、軽い足取りで収容室にたどり着いた。

 

「アンジェリーナさんに聞く限りは安全そうだから、マニュアル通りにやれば、大丈夫。」

 

エフゲニは作業を開始する。

 

【歓喜。再来。伝える。】

 

「はい。お願いします。」

 

O-03-60は先ほどと同じような、意味のよく分からないエコーを響かせる。

エフゲニはアンジェリーナに言われた作業の話に安心して、O-03-60のエコーをぼーっと聞き流していた。

 

【───────!!!】

 

しかしそれがO-03-60の気に障ったのか、O-03-60は大音量のエコーを響かせながら頂点の花の模様を振り乱して暴れる。

触手の1本がエフゲニを殴打し、エフゲニの体力と精神が両方削られる。

 

「いてっ……!だ、大丈夫です!聞いてます!聞いてますから!」

 

触手に殴打されながらもエフゲニが許しを懇願すると、O-03-60は暴れるのをピタリとやめた。

エフゲニは4発ほどダメージをもらったものの、そこまで痛手ではないらしい。すぐに冷静さを取り戻して作業を再開する。

 

「気に障ったならすみません。」

 

【平気。謝罪。歓喜。到来。】

 

「なら良かったです。……すみません、時間なのでまた今度。」

 

【期待。再来。】

 

「はい。」

 

エフゲニはいい顔で笑って退出する。O-03-60も別に機嫌が悪かったわけではないらしく、作業結果も良判定の範囲内だった。

 

「なんとか乗り切った……」

 

エフゲニは安堵のため息をつく。最初の作業でやや緊張していたものの、ランクⅡのエージェントであるエフゲニは冷静さを保てていた。

 

「2人は大丈夫かなぁ……?」

 

エフゲニの心配をよそに、共に強化プログラムを受けたスーザンはあまり緊張していなかった。

 

「ふむ……なるほど。」

 

大気中の異物除去を申請しながら現象学的観察をスーザンは済ませる。

観察法による実験のためアブノーマリティと直接関わることがないからか、スーザンは独り言を多少零すくらいで特に困った様子は無い。

 

罰鳥も悪いことさえしなければ危害を加える必要はないとばかりに止まり木の上でもちもちびよんびよんくつろいでいた。

 

「これで……終わり……か。うん。大人しくて楽なアブノーマリティだったな。」

 

罰鳥にネガティブエンケファリンボックスを生成させることなく作業を終えたスーザンは、見てわかるほど安堵した表情を浮かべながらメインルームに戻る。

 

これまでの作業で血と恐怖を撒き散らしながら情報を開示したことも情報チーム所属の彼が持つ悔恨も、彼女は知らない。

 

「ただいま戻りました。」

 

「……あぁ、お疲れさん。随分と作業結果が良かったみたいで……正直ホッとした。」

 

モルティが真顔で言うものだから、スーザンはその一言が本気なのか嫌味なのかを測りかねていた。

軽い調子と表情で接してくるダコタが幸せなテディの作業で居ないため他に判断するすべがないスーザンは、早々に真意を探るのを諦めて話を進める。

 

「観察法なので楽でしたよ。モルティさんたちの言った通りにやったらすごく上手くいきました。」

 

「ハハッ、そうなら良かったんだけどな。」

 

自嘲気味に笑う彼の姿にスーザンは違和感を覚える。

けれどもスーザンの洞察力ではその違和感の正体には気づけなかった。

モルティの静かにブレスレットをさする仕草に気づくには、彼女の慎重さでは少し役者不足だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

罰鳥(アイツ)が俺の元へ来る度に、破滅的で破壊的な衝動に駆られる。

罰鳥(アイツ)の作業を命じられる度に、惨い姿の彼女が脳裏にこびりつく。

 

自制心を高めれば、この衝動や記憶と共存できるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わってコントロールチーム。本日から雇用されたジュリアンは、先輩たちに囲まれて恐縮していた。

ただでさえ初勤務で緊張しているのに、先輩たちの態度がどこかよそよそしい。

 

メイは幸薄そうで何を考えているのか分からない顔をしているし、サンチェスは困ったような戸惑っているような表情でメイにチラチラ視線を投げている。

 

マルクトから「優秀な先輩たちだ」と聞いているけれど、その情報があったとしても何かを聞ける雰囲気では無かった。

 

なぜだか重い空気の中で、ジュリアンはまだ話せないでいる。

 

「ジュリアンくん……だよね?大丈夫?」

 

ジュリアンが1人で悩んでいると、俯いた彼を幸薄顔の先輩が覗き込む。

その先輩は、先程までの重苦しい雰囲気など感じさせないほど軽い、けれども本当にこちらを気遣っているような声音でジュリアンに訊ねてきた。

 

「ふぇっ!?……だ、大丈夫です。心配いりませんよ。研修も受けましたし、アブノーマリティの管理は一通り頭に入っていますから!」

 

「そう?だったらいいんだけど……」

 

メイは心配そうな風貌を崩さぬままにこちらを覗き込む。

こちらを見透かしているような、けれども自分を見ていないようなその視線に、ジュリアンは思わず目をそらす。

 

メイもメイで特に詮索することはせず、静かにジュリアンから離れていった。

 

特に作業についての話をしなかったのは、単にジュリアンが社内研修を受けていて能力が高いからだろうか。

 

(それとも……)

 

サンチェスはそこまで考えて首を振る。まるで今脳裏に浮かんだ嫌な想像を振り払うかのように。

 

(昨日の1件から、嫌なことばかり考えてしまいます……)

 

昨日の業務終了後、酷い顔で慟哭するメイを見たというのに彼女を疑ってしまう自分に嫌気がさす。

 

彼女が苦しんでいることなどとうに知っているはずなのに。

彼女の苦悩する姿を、昨日目の当たりにしたはずなのに。

 

だったら、

 

「ジュリアンくん、アブノーマリティの資料に目は通しましたか?研修を受けたとは言っても、なんでも全てマニュアル通りというわけにはいきません。イレギュラーを生まないために、アブノーマリティたち個々の特性を理解して上手に作業を進めましょう。」

 

自信を失っているメイに変わって、サンチェス自身が前に出た。

彼女が自分を信じられないなら、彼女に助けられたサンチェス自身が彼女を肯定しよう。メイ1人の経験ではなく、サンチェスとダコタの2人の経験も合わせて、彼女が正しかったことを肯定しよう。

 

サンチェスはダコタとは正反対の覚悟を決める。

 

メイがメイ自身を見限るなら、サンチェスが彼女を肯定する。

メイがメイ自身を破滅へと追いやるなら、サンチェスがメイの隣で恐怖と向き合う。

 

メイの隣には立てないとサンチェスは昨日痛感した。

 

けれども、

 

だからといってサンチェスが諦める筋合いは無い。

サンチェスは勝手に隣に押しかけて、惨めだろうがなんだろうがメイにくらいつく覚悟を決めたのだった。

 

「少しは見ましたけど……」

 

「では、もう少し詳しく見ていきましょう。アブノーマリティは予測不可能ですが、僕らの知識だけは裏切りません。では、【たった一つの罪と何百もの善】についてですが……」

 

ひとまずコントロールチームにいるアブノーマリティについての話をするサンチェスたちを見て、メイの相貌には暗い影が落ちていた。

 

「ジュリアン→キュートちゃんに本能作業」

 

しばらく説明が続いた後、ジュリアンに作業の命令が入る。

対象は先程サンチェスから概要を聞いたコントロールチームのキュートちゃん。

 

「ジュリアンくん、キュートちゃんの特徴は?」

 

「たしか……いつもお腹を空かせてて、空腹によってクリフォトカウンターが減少する。だから本能作業の時には気持ち多めに食べ物を持っていく……だったかと。」

 

「その通りです。危険度はTETH、逆鱗に触れなければほとんどの場合で驚異とならないアブノーマリティですから、焦らずに落ち着いて作業をしてください。」

 

サンチェスはたとえ危険度がTETHで作業好感度の高い作業でも、絶対に大丈夫とは言えないし言わない。

 

その一言は、情報チームの彼女にあまりに失礼で、その同期の彼に対してあまりに惨い一言だから。

 

それを知らないジュリアンは、サンチェスの助言をありがたく受け取ってキュートちゃんの収容室へと向かう。

メインルームから出る時に、メイが何か言いたげにこちらを見ていたのが見えた。けれど、彼女がジュリアンに何かを言うことはなかった。

 

「うまく作業できるといいんだけどな……」

 

目的地についたジュリアンは不安そうに収容室を開ける。その瞬間、キュートちゃんがジュリアンに吠えて来訪を歓迎する。

視線がジュリアンの持ってきたエサに釘付けなところを見るにキュートちゃんはご飯が貰えればなんでもいいらしい。

 

「ただの犬に見える……というかただの犬だろこれ……」

 

足元で元気に跳ね回るキュートちゃんをジュリアンはそう評する。

とりあえず機嫌を損ねないうちにとジュリアンはエサを差し出した。出されたエサをキュートちゃんは豪快に、しかし少しも零さずに喰らい尽くす。

 

少し不細工なキュートちゃんの顔を見て、ジュリアンはなんとも言えない愛着を覚えた。

 

「これからよろしくな。」

 

【ギャワン!】

 

キュートちゃんにそう言って退出しようとした瞬間、キュートちゃんがジュリアンに牙を剥く。

 

「った……!何!?俺なんかした!?」

 

そう言って収容室を見回すと、かなりの量を持ってきたはずのキュートちゃん用エサ入れが空になっている。

それだけでジュリアンには合点がいった。

 

「まさか……もう食べきったのか?」

 

【ワン!】

 

ジュリアンの顔が少し強ばる。サンチェスから「いつでも腹を空かせている」とは聞いていたが、まさかここまでだったとは思っていなかったらしい。

 

「……分かった。とりあえずおかわり持ってくるから待っててな?」

 

【ワン!】

 

キュートちゃんの元気な返事を聞いてからジュリアンは退出する。この最後の一言も実はサンチェスの受け売りだ。

 

「情報分かってるアブノーマリティで良かった……」

 

ジュリアンは安堵のため息を零す。しかし、よくよく思い出してみると、今日入ってきたアブノーマリティ以外は情報が出ているアブノーマリティだけしか居ないことにも気づいてしまった。

 

「新しいアブノーマリティはたしか、安全チームだっけ?」

 

同期のエフゲニがどうしているかは気になるが、ジュリアンはすぐに自分も人の心配をしているような状況にないことを思い出すと急いでエレベーターに乗り、メインルームに戻る準備を始めた。

 

「これで……よし……っと……」

 

そんなジュリアンと壁を挟んだ場所にある収容室にて、アンジェリーナがO-03-60の作業を

 

「適当に話を聞き流すだけの楽な作業だから楽だな」

 

と評していることなど、ジュリアンは知る由もない。

 

「作業数的に、次の作業で暴走だ。試練じゃないといいけど、罰鳥の脱走と試練が被ると面倒だ。覚悟はしておけよ。」

 

「分かりました。」

 

「……了解です。」

 

罰鳥の管理方法上の注意から、情報チームは何時でも気が抜けない。罰鳥に攻撃した者には恐ろしい懲罰が待っていると知っているからだ。

 

試練を鎮圧する時に、もし自分の放った攻撃が試練ではなく罰鳥に当たったら?

E.G.O.によっては、広範囲を一気に片付けることが出来るものもあると言うし、もしも自分の武器がそれに該当するならば思わぬ形で罰鳥を攻撃してしまうことがあるかもしれない。

 

事故を減らすためにも、情報チームの面々はいつだって気を張っている。

 

「モルティ→幸せなテディに愛着作業」

 

「……俺ですね。行ってきます。」

 

モルティは返事を聞かずに早足で幸せなテディの収容室へ向かう。

彼の後ろ姿を見送るダコタの目は少しだけ寂しそうだった。

 

「………………」

 

モルティは無言でずんずん廊下を進む。あの日からモルティは目に見えて口数が減り、笑顔が作れなくなっていた。

ただ淡々と作業をこなし、それが上手くいく度になぜ自分はまだ生きているのかという感覚が腹の底で重く粘つく。

 

「俺のせいで」

 

後悔がモルティの身を焼く。

 

けれど、それと同じくらい、

彼の腹には憎しみが募っている。

 

罰鳥(アイツ)のせいで」

 

憎しみは炎に焚べられ、彼の身を焦がし続ける。

 

「化け物共が……っ!」

 

モルティは苛立ち混じりに作業を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、おい、聞けよ

「お前は人との交流が好きなんだろ?

「だったら、俺の話を聞いてくれよ。

 

「俺は、人を殺したんだ。

 

「人を殺すのは慣れてると思ってた。

「裏路地じゃぁ、虫の息の奴を殺して身ぐるみ剥がすのなんて日常茶飯事さ

「そうしなきゃ、生きていけなかったからな。

「騙して殺して、気に入らないから殺して、身代わりにして殺して、今日も死ななかったことに感謝する毎日だった。

 

「毎日がギリギリすぎて、殺さなきゃ死ぬような環境にいたんだ。なんの罪悪感もない。

「それを気にするようなやつは、すぐに物言わぬ肉塊になって終わりさ。

 

「でも、

 

「でも、あの時は違うんだよ。

 

「俺がやるはずだったことを彼女がやって、

「それが原因で彼女は死んでいった。

 

「俺が提案したことを彼女がやって、

「そのせいで彼女とはもう二度と会えなくなった。

 

「なぁ、

 

「お前はずっとそこで動かないけど、人を殺したことはあるか?

 

「もしもあるなら、

 

 

「お前はそれを、どう思ってんだ?

 

 

 

「なぁおい、

「なんとか言えよ

 

退出する直前、モルティの頭を何かがそっと撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

情報チームの面々が危惧していた試練が起きることはなく、通常のクリフォト暴走が施設全域を襲う。

 

暴走によってクリフォト抑止力が弱まった収容室は、奇しくも罰鳥のいる収容室だった。

 

スーザンがすぐに暴走の対処に向かったことでクリフォト抑止力はすぐに元に戻る。

 

「戻りました……モルティさんはまだ戻ってないんですか?」

 

「おかえり。まぁ幸せなテディのリスクレベルはHEだからな。Ebox量の関係でTETHの罰鳥よりもかかる時間が長いんだ。あと、単純に収容室までが遠い。」

 

ダコタの説明を受けて、スーザンは納得したように頷く。

 

そんな和気あいあいとした雰囲気と扉を挟んだ廊下にて、モルティは必死に憎悪を自制していたのを見ていた者はいなかった。

 

「……ダメだ、仕事中だぞ。」

 

モルティは自身の憎悪を幸せなテディにぶちまけたのを自覚しているのか、ペシペシと両頬を叩いて落ち着きを取り戻そうとする。

幸い、幸せなテディの収容室と情報チームのメインルームには距離があったため、モルティはなんとか気を鎮めることに成功した。

 

「アブノーマリティに個人的感情を抱くなって、先輩たちは言ってるけど……」

 

その先を言うことなく、モルティはメインルームへと帰還する。

 

「戻りました。アイツはこっちがただ話をするだけでも結構機嫌が良くなる感じでしたね。単純接触を少し減らして、不要なリスクを避けましょう。」

 

「……!?あ、あぁ……」

 

モルティは努めていつも通りに振る舞うが、ダコタの様子が少しおかしい。

モルティは「まだもう少し抑えられてなかったか?」と肝を冷やすが、どうやらそういうわけでもないらしい。

 

「なぁモルティ、お前、頭に随分可愛らしいもんつけてるな?」

 

「はい?…………!?なんかついてる!?」

 

「テーマパークのカチューシャみたいなクマの耳?ですかね?モルティさん、それどうしたんですか?」

 

ダコタはからかうようにニヤニヤと、スーザンは心底不思議そうにモルティを見る。

モルティは頭の上のふわふわした感触に戸惑いながらも頭は冷えていた。

 

「おいモルティ……さてはお前、仕事サボって……」

 

「サボってませんよ!?さっき暴走レベル上がりましたよね!?」

 

「大丈夫、分かってっから……たまには遊びたいよな?」

 

「できるんなら俺も行ってみたいもんですよ!!!」

 

ダコタとモルティが師弟漫才を繰り広げていると、先程までとは少し異なる様子の作業指示が出た。

 

「ダコタ→幸せなテディに愛着作業」

「エフゲニ→宇宙の欠片に愛着作業」

 

「同時の作業指示?今までは1箇所ずつだったのに?」

 

スーザンが不安そうに呟く。そんなスーザンとは裏腹に、これから作業に赴くダコタは事も無げに答える。

 

「多分それは──」

 

「これから試練が始まるからでしょうね。」

 

ダコタと同じ瞬間、全く同じことを別の場所でメイが言う。

 

「どうしてそんなことが分かるんですか?」

 

「管理人の癖よ。管理人は試練の前には必ず急いで作業をさせるの。そして、少し時間を空けてからの作業指示で試練が始まる。」

 

メイはそのまま説明を続ける。

 

「試練は深紅・緑青・橙・紫の4種類を確認してる。深紅と紫はクリフォト抑止力に異常を、緑青と橙は殺戮に長けた特徴をそれぞれ持ってる。……正直、どの試練でも十分に人は死ねる。」

 

それを聞いたジュリアンはごくりと生唾を飲み込んだ。

 

「……教えてください。それぞれの試練について、もっと詳しく。」

 

今までよりもっと差し迫った表情でジュリアンがメイに頼んだ。研ぎ澄まされた彼の双眸にメイは応える。

 

「分かった。まずは深紅……」

 

しばらくの間、メイは試練について説明を続けていた。

 

ジュリアンは真っ青な表情でメモを取っている。

淡々と説明を続けるメイの後ろ姿を見て、彼女の切り替えの早さをサンチェスは見習おうと考えていたが、サンチェスもジュリアンも、管理人までも見えてはいなかった。

 

メイが、深い闇を湛えた眼で諦念の表情を浮かべている姿を。

 

「アンジェリーナ→宇宙の欠片に愛着作業」

「メイ→幸せなテディに愛着作業」

「スーザン→罰鳥に洞察作業」

「サンチェス→キュートちゃんに本能作業」

 

メイによる試練の説明が一通り終わった時、全ての部門のメンバーに作業指示が出る。

連続する作業だが、人が増えてきた現在ではそれほど負担も大きくは無い。

 

「さて……恐らくですが、もうすぐ試練が始まります。試練が終わったらほどなくして業務は終了すると思うので、気張っていきましょう。」

 

コントロールチームではサンチェスが

 

「いつも通り、試練が始まる。冷静に、いつも通り対処しろ。ただ、試練で人は簡単に死ねる。忘れるな。」

 

情報チームではダコタが

 

「他チームから試練が始まりそうとの連絡を受けました。緊張することはありません。厳しそうであれば、応援が駆けつけてくれるそうなので。」

 

少し人数の少ない安全チームではアンジェリーナが

 

それぞれ部門内の士気を高めていた。

 

新人職員が一気に3名入ってきたために緊張しているのか、管理人はなかなか試練を始めようとしない。

 

たっぷりと時間を使った後になって、ようやく管理人からの指示が出される。

 

「コントロールチーム各位→M3廊下移動」

「情報チーム各位→Y2廊下移動」

「安全チーム各位→N上部廊下移動」

 

「「移動指示だ」」

 

指示が出た瞬間に、全ての試練の経験があるメイとダコタが呟いた。

2人はこれまでの経験を元にこれからの試練が何色なのかを瞬時に理解した。

 

「チッ……深紅の黎明か……最悪、試練と罰鳥が同時にいる状況にぶち当たるかもしれない。罰鳥が逃げたら深紅の処理が面倒になるから、絶対に逃がすな。」

 

「了解です。ぶち殺してやりますよ。」

 

物騒な会話をしながら、情報チームはその時を待っていた。

 

「ジュリアン→キュートちゃんに本能作業」

 

「では、行ってきます。ご武運を!」

 

作業指示が出た瞬間、ジュリアンは目に見えてホッとしながらメイとサンチェスにそう言った。

未知の試練よりも既知のキュートちゃんに作業する方が心情的にも楽なのだろう。

 

ジュリアンが収容室へと入室する。

その瞬間だった。

 

【ギャハハハハハ!】

 

けたたましいファンファーレと共に、虚空から小さなピエロが生み出される。

 

「いこう。」

「はい。」

 

現れたピエロが収容扉の前に来るよりも早く、2人は行動を開始する。

 

メイは両手に填めた【クマの手】を振りかぶり、

サンチェスは腰に提げた【ソーダ】を抜く。

 

ピエロは踊るように走って収容室の扉を目指す。

メイがクロスカウンターを決めようとするが、ピエロの独特な足さばきと軟体でするりと脇を抜けられた。

 

「思ったようにいかないな……!」

 

「カバーします!」

 

E.G.O.に振り回され気味なメイに向けて、サンチェスはそう声をかけた。

 

E.G.O.は借り物の自我。故に完全な制御は出来ず、ともすればE.G.O.の持つ力に振り回されかねない。

 

故に仲間との連携は不可欠なのだ。

 

「今度は、今度こそは倒してみせますから!」

 

サンチェスは覚悟を胸に、いつの日かは越えられなかった試練と相対する。

深紅の黎明が出現してからすぐに攻撃を開始し、2発の弾丸をピエロの眉間にぶち込むと、すれ違おうとするピエロを【ソーダ】本体で殴打する。

ピエロもまさかピストル本体で殴られるとは思っていなかったらしく、完全に不意を打つ形となったそれは、ピエロの顔面にそれなりにいい一撃となった。

 

「逃げられる前に、なんとしても倒すよ。」

 

「はい!」

 

深紅の黎明に追いついたメイが右ストレートをピエロの頬にぶち当てる。ピエロは少しよろけたものの、卑下た笑みと不思議な踊りを止めない。

 

深紅の黎明ではクリフォトカウンターを下げるピエロが現れる。

そのピエロはキュートちゃんの収容室の前にいて、収容室の中にはジュリアンがいる。

 

もしキュートちゃんが暴れ出せば、真っ先に標的になるのは中にいるジュリアンだ。

 

2人はもう二度と、誰かが死ぬところなんて見たくはない。

 

「これで……!」

 

トドメと言わんばかりにメイは強烈なアッパーを繰り出す。顎に綺麗な形で決まったアッパーはピエロを大きく仰け反らせた。

 

【ギシシ!】

 

ピエロは笑いながらバク宙で体制を整える。

 

「……ふっ!」

 

その眉間に、サンチェスは寸分たがわず弾丸を叩き込んだ。

撃ち抜かれたピエロはブルリと身を震わせて沈黙する。

 

「倒した……!サンチェスくん離れて!」

 

「終わった……んですか?いや……でも……」

 

熱病に苛まれているのように身体を大きく痙攣させるピエロを見て、サンチェスは「本当にこれで終わったのか」と訝しむ。

 

死亡を確認するために、サンチェスは沈黙したピエロに近づいた。

 

その瞬間だった。

 

【ギャハハハハハ!ヒヒッ!ヒハハッ!アーッヒャッヒャッヒャッヒャ!】

 

狂ったようにピエロは笑い声を上げて目を剥く。

その後、胴体が異常に膨れ上がったかと思えば、顔に笑みを貼り付けたまま爆散した。

 

爆発に巻き込まれたサンチェスは爆風で頬を浅く切り、爆発の勢いで壁に強かに打ち付けられる。

 

少量のREDダメージを受けたサンチェスだったが、のんびりしていない出来事が次々に襲いかかる。

 

【ギャハハハハハ!】

 

「新手!?」

 

先ほど倒したのとは別のピエロが再びキュートちゃんの収容室前にワープしてきたのだ。

 

「サンチェスくん、落ち着いて。多分別の部門からやってきた個体だから、結構体力が減ってるはず。すぐに対処しよう。」

 

「分かりました!」

 

少し驚いたサンチェスだったが、メイに諭されてなんとか平静を取り戻す。

メイの言う通り、安全チームから来たピエロはもうかなりボロボロで、メイが手を出すまでもなく【ソーダ】の弾丸2.3発で方が付いた。

 

「カットしました!あとは離れて……!?」

 

「作業終わりました……ってえ!?」

 

ピエロが膨らみ始めた瞬間に、キュートちゃんの作業を終えたジュリアンが収容室から出てきた。

 

キュートちゃんのダメージタイプはRED。

ジュリアンがどのくらいダメージを食らっているか分からない現状、ピエロの爆発を食らって死んでしまう可能性がサンチェスの脳裏をよぎる。

 

「ジュリアンくん、離れて!」

 

「……え、え!?」

 

メイは咄嗟に声をかけるがジュリアンは何がなんだか分かっていないらしく、ただただ膨らむピエロの目の前で立ちすくんでいた。

 

【ギャハハハハハ!ヒヒッ!ヒハハッ!アーッヒャッヒャッヒャッヒャ!】

 

「………………っ!!」

 

気がつけばサンチェスは動いていた。

ジュリアンを庇うように、ピエロとジュリアンとの間に自分の体を滑り込ませる。

 

ピエロが爆発して、爆風とその勢いがサンチェスの全身をぶん殴る。爆風に押されてサンチェスは後ろのジュリアンごと吹き飛ばされて壁面にぶち当たった。

 

「っつぅ……!ジュリアンくん、無事、ですか?」

 

「ゲホッ……ヒュー……は、はい……なんとか……」

 

地べたにジュリアンを押し倒すような形でサンチェスが訊ねる。庇われたジュリアンも少なくは無いダメージを貰っており、爆風で内臓が押されたのか苦しそうに咳き込むが、大事には至っていないらしい。

 

「なら、良かったです。キュートちゃんの作業はどうでしたか?」

 

「大丈夫です。キュートちゃんはかなり上機嫌でした。」

 

「コントロールチーム各位→メインルーム移動」

 

服を払いながらサンチェスが立ち上がると同時に管理人からメインルームへ戻るよう指示が出る。どうやら試練を超えることができたらしい。

 

「では、戻りましょう。立てますか?」

 

「ありがとうございます。」

 

ジュリアンはサンチェスの手を借りて立ち上がる。

 

その姿を、メイは少しだけ寂しそうに、羨ましそうに、見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は、1人を守れた。

私は、何ができただろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

12日目

昨日の試練で深紅の黎明を一体逃がしてコントロールチームに負担をかけてしまったからか、管理人は新人を1人また雇用する。

 

いつものように新人職員は教育チームの研修を受けてから安全チームに配属された。

 

今回彼が研修を受けたのは「勇気」「慎重」「正義」の三項目。

特に正義は定量的に測定することが難しく、定義すら曖昧な価値観のため育成研修にはより多くのLOBポイントが必要となる。

 

そんな期待を一身に背負って、ジーニーという男は入社してきた。

 

「えっと……おはようございます。……あの、すみません、研修を受けてて少し遅くなりました。」

 

定刻を守れなかったことを少しすまなそうに彼は安全チームのメインルームへと入室する。

裏路地の23区で育ってきた彼にとって、約束を交わすという行動は大きな意味と責任を伴う行為だった。

 

しかし、安全チームの先輩たちにとってはそうでもなかったらしい。

 

「あぁ、ジーニーくん……ですよね?話は聞いています。まだ管理人からの指示は来てないので心配いりませんよ。」

 

アンジェリーナはケロリとした表情でジーニーに言った。

ジーニーは、これまで自分の中に漠然とあった常識と何もかもが違う光景に呆然とする。

 

「いや……でも、遅刻は遅刻ですから。ほら、部門会議ももう終わってしまっているみたいですし……」

 

「あー……」

 

ジーニーがそう食い下がると、アンジェリーナはなんとも言いにくそうな表情をして黙り込む。

ジーニーはそんな先輩の様子を見て「なにか上手いこと誤魔化してくれたのだろう」と思い、アンジェリーナに羨望の眼差しを向けた。

 

ジーニーはアンジェリーナの顔を汚さないためにも、アンジェリーナの方からは何も言わせることなくお礼を言おうとする。

 

「あの、ありが──」

 

「安全チームセフィラのネツァクさんは、上層セフィラ会議室で酔いつぶれていると、情報チームから連絡がありました。」

 

「……………………はい?」

 

頭がおかしくなるかと思った。

【翼】と呼ばれる世界を牛耳る大企業であるLobotomy Corporation。その管理職に位置するはずのセフィラが、朝から飲酒と遅刻、さらに会議不参加という業務違反待ったなしな行動を平然と取るなんて、ジーニーには理解出来なかった。

 

「まぁ、昨日の時点で結構自由な方でしたし、あまり気にしなくていいと思いますよ。」

 

「あ、あぁ……そう……ですか……?」

 

ジーニーは困惑しながらもかろうじてそう返す。心の内では悶々と悩み続けているが、できるだけそれは外に出さないように努めていた。

 

(今の私、変じゃなかったかな?)

 

一方のアンジェリーナは今まで見てきた先輩たちのように、冷静でカッコいい、できる先輩を演じきれたことにとりあえず一安心していた。

 

巣にいた頃、大学院でも結構抜けていた部分があることをアンジェリーナは自覚している。

この会社に入ってきて化け物たちを相手取るうちにポカをやらかすことは少なくなってきたが、それはあくまで作業での話。

 

この安全チームで1番の先輩である自分が後輩たちのお手本として見られる以上、メイやダコタに恥じないくらいの立ち振る舞いを身につけなければとアンジェリーナは焦っていた。

 

(ダコタさんはぶっきらぼうだけど距離が近くて頼りやすいんだよなぁ……メイさんはメイさんで、ちょっと怖いけどいつでもピシッとしててカッコよくて頼りになるし……)

 

「私もあんなふうになれるのかなぁ……」

 

管理人室で管理人がF-01-69と

 

「依頼受けてよぉ!!!」

 

【対価も用意せずよく言えたものだな!】

 

「依頼作業見せてよぉ!お願いだよぉ!!!」

 

【対価を払えと言っている!!!】

 

とモニターを通して喧喧囂囂の喧嘩をおっぱじめていた頃に、アンジェリーナは小さく呟いた。

 

「アンジェリーナ→F-01-69に洞察作業」

 

随分と時間が経った後、やっと依頼作業を諦めた管理人から今日初めての管理作業指示が出される。

 

「今度のアブノーマリティも……私が一番作業か……」

 

アンジェリーナは誰にも聞こえないようにつぶやくと、ボロを出さないよう何も言わずに収容室へと向かう。

幸か不幸か、そんな彼女の姿勢は「背中で語る有能な先輩」として後輩たちの目に映っていた。

 

「……まぁ、昨日もできたし、先輩たちは私よりももっとやってるから、頑張らないと。」

 

アンジェリーナはF-01-69の収容室へと赴く。

 

「こんにちは。」

 

【……あぁ。】

 

F-01-69はかなり無口なアブノーマリティのようだが、少なくとも敵意は感じない。

アンジェリーナはF-01-69をそう評して作業に移る。

 

アンジェリーナは「室内機能点検・行動パターン分析」と書き込んで作業を始めた。

 

「では少し、室内の空調や汚染中和プロトコルに異常がないか調べますね。」

 

【……フン、好きにしろ。】

 

アンジェリーナは点検手順に従って、しばらくの間あっちをガチャガチャ、こっちをゴソゴソと作業を続ける。

 

しばらく経ってから、アンジェリーナはF-01-69に向き直った。

 

「……では、できる限りではありますが、部屋や備品についてなどのご要望があれば教えてください。可能な限りは支給します。」

 

【……ほう?】

 

アンジェリーナの一言に、F-01-69は興味深そうに反応する。

F-01-69はしばらく顎に手を当てて考え込んだ後、アンジェリーナに伝えた。

 

【では、少量のオイルと襤褸切れ、あとはそうだな……真鍮のブラシ……と言って分かるか?あればで良いが、それも頼みたい。】

 

「なるほど……上の方に伝えてはみますね。布の大きさなどの指定はありますか?」

 

【どんな大きさでもいい。こちらで調整する。強いて言うなら大きい方が使い勝手がいい。】

 

F-01-69の煙のような身体が嬉しそうに揺らぐ。

アンジェリーナはその様子を若干頬を緩ませながら見ていた。

 

アブノーマリティは危険な存在だとは知っている。

しかし、だからと言ってアブノーマリティ全てを抑圧するほどアンジェリーナの正義感は育っていない。

 

「では、許可された物品は次の作業の時にでも持ってきます。」

 

【あぁ。良い返答を期待している。】

 

そう言ってアンジェリーナは退出した。

 

【ふふ、】

 

F-01-69が目を細めて実に嬉しそうに笑う。

 

【ふふふ、】

 

抑えきれないその笑い声が収容室内を反響する。

 

【ははははははは!素晴らしい!実に素晴らしいぞこの場所は!】

 

先程までの落ち着いた様子はどこへやら、F-01-69は両手を広げて見えない空を見る。

興奮した様子のF-01-69は肩に担いだライフルをバトンのように弄び、子供のようにはしゃいでいた。

 

【先程の甘い娘、あの者では私を止められまい!あぁ、あぁ!なんて素晴らしい場所だ!】

 

F-01-69は神にでも祈るかのように天を仰いで涙を零す。

 

【銃殺だ。】

 

口の端の笑みからこぼれた言葉をきっかけに、F-01-69は感情を爆発させた。

 

【ここに白い薔薇の花冠がないのなら、私を止められる者などいるまい!銃殺だ。この場の全ての者を殺し尽くそうか!故郷を忘れた同郷(アブノーマリティ)たちが闊歩し、ランチタイムに人を殺し、愉悦と血液に塗れた地獄を作り上げようか!】

 

踊るような軽やかなステップを踏んで、F-01-69は自身の輝かしい未来に思いを馳せる。

ライフルの銃口を覗き、弾を作り出すためのエネルギー残量を確認し、魔法陣の調子を確認する。

 

【開始の号砲はいつにしようか?この身体を押さえつけるような眠気がもう少し取れた頃にしようか?】

 

クリフォト抑止力のことを、人間だった頃の知能を持っているF-01-69は理性で理解している。

そして、先ほどの興奮でそれが弱まったことも、理解している。

 

だからこそ、自由に動けるその時までじっくり待つことにした。

自分の感情の昂りとこの抑止力が反比例するのなら、自分を止められないと確信するに足る存在があと2度ほど現れれば十分だろうと予測は立てられる。

 

だったら、その時をのんびりと待てばいい。

 

【次には魔法の弾丸(コイツ)を整備する道具が手に入るだろうしな。】

 

凶悪な笑みを浮かべながら、F-01-69は時を待つ。

 

その時までは、従順に依頼を受ける道化を演じようと心に誓って。

 

そんなF-01-69の姿を見てか、管理人はこの日、魔弾の射手に作業を行うことなく、焦った様子で業務を終了したのだった。




#14の作業が事故も目新しいことも無くて「正直、見どころどこだよ!?」ってなったのが原因です……元動画の方は投稿者さんの初見の反応が美味しいんですが、職員視点だとその旨味が全部無くなっちゃうので……

つ、次はもっと長くて面白いのを書くので許してください……
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