サリーのロボトミーコーポレーション   作:エリック

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#15 ジーニー

うん……

私って、役立たずだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【黒い森】は平和な森だった。

それが狂い始めたのは、旅人が来てからだったと記憶している。

 

いや、【旅人】と言ってしまうのは早計だろう。

彼の者は旅人であり、開拓者であり、預言者であり、同時にそれら全てのどれでもなかったのだから。

 

そんな怪しい彼を森に入れるなど、【黒い森】を愛している鳥たちにとって見過ごせるものではなかった。

 

森に立ち入ることを許されなかった旅人は、最後に予言を残した。

 

『やがてこの森に悲劇が訪れるだろう。

森は悪行と罪に染まり、争いが絶えぬだろう。

悲劇が終わるときは恐ろしい怪物が森に現れ、すべてを飲み込んだ時だ。

二度と森に太陽と月は昇らぬ。森は決して元の姿になることはないだろう。』

鳥たちは恐怖した。恐ろしい怪物が現れたらどうしよう?と日々を不安に過ごしていた。

 

そんな中、【黒い森】を最も愛していた3羽の鳥が悲劇から森を守ろうと立ち上がった。

 

その1羽が、大鳥だった。

 

大鳥はそこに棲む【怪物】について、生き物たちに警告して森を歩き回っていた。
全てを見通す輝く目を持っていた高鳥が与えた眼のおかげで大鳥は【黒い森】をずっと遠くまで見渡すことができ、侵入者を捜して森を守っていた。

 

ある日、誰かが大鳥に訊ねた。

 

「もし夜に怪物が現れたらどうしよう?」

 

それはまずい。

 

大鳥は焦る。たしかに大鳥は森全域を見渡せる。

しかし、夜になってしまえば、辺りが暗くなってしまえば昼間と同じようには見渡せない。

 

心配になった大鳥はその羽全てを抜いてろうそくの芯に、その皮全てを剥いで蝋にすることで永遠に消えないランプを作った。

 

「これで、夜でも森を見渡せる。」

 

大鳥も1度はこれに安心した。

けれど、いくら探し回っても怪物は現れない。

 

「もしかして、怪物はもう何者かに成り代わって【黒い森】にいるんじゃないだろうか?」

 

そして、大鳥は歪んだ「救い」の試みを解決法と考える。

 

自分が頭をかじれば怪物は死なないようにと本性を顕すだろう。

怪物でなければ、怪物の恐怖を知ることなく、平和な森の姿を心に保ったまま逝くことが出来る。

 

それが、大鳥にとっての「救い」だった。

 

森の中の人間と生き物を自らの手で殺して歩き回る。怪物が生き物たちを惨殺することはついに防がれた。

 

けれど、悲劇は止められない。悪い噂が広がり、3羽の鳥は森を守ろうと一生懸命頑張っているのに、誰もわかってくれないことに怒り、悲しんだ。

森を守るために一生懸命に頑張った鳥たちだったが、悲劇と怪物から黒い森を守ることは出来ず、

黒い森から生き物たちはいなくなった。

 

森を最後まで守り続けた3羽の鳥たちは、花も、鳥も、怪物も、なにもいなくなった森を見て呆然とした。

 

「どうして」なんて、今さら問うても遅い。

分かっている。

 

あの予言を止められなかった。

分かっている。

 

けれど、純然たる事実として【黒い森】にはなにもいなくなってしまった。

 

だったらこれ以上、何をすればいいのだろうか?

 

だから3羽の鳥たちは、

 

 

『「怪物」はいないと結論づけた。』

 

 

しかし、それでも大鳥は納得がいかない。

 

注意を促し、羽を抜いて皮を削いでランプを作り、昼も夜もなく森を見回った。

森にはいつの間にか誰もいなくなり、その直前に「あそこに化け物がいる!」という悲痛な叫び声だって聞いた。

 

それなのに、「怪物」はいないだって?

 

他の2羽が出した結論に、どうしても納得出来なかった大鳥は、

今もまだ、【黒い森】を巡回している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お前のそれが正義だと言うのなら、

俺は俺の正義で、お前の正義を抑圧してやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

13日目が始まり、新しいアブノーマリティがロボトミー社にやってくる。

外から捕らえてきたアブノーマリティを警戒してか、昨日のF-01-69の激情を見てか、管理人はジーニーにまたも社内研修を受けさせた。

 

今回ジーニーが受けたのは自制と正義の研修。

管理人にとって都合のいい正義感がジーニーに植え付けられる。

 

安全チームの3人は、業務開始前の部門会議の時間に思いおもいの時間を過ごしていた。

 

そこに、予期せぬ客がやってくる。

 

「お邪魔するね。ちょっと伝達事項があって……」

 

「!?メイさん、どうかしましたか!?」

 

コントロールチームのチーフ、メイだった。

 

「そんなに緊張しないで。ただの伝達だから。」

 

「は、はい!」

 

可哀想なくらい恐縮するアンジェリーナにメイはできる限り優しく言う。アンジェリーナは今まで面と向かって話したことの無い先輩に緊張してガチガチだった。

 

心配そうな表情を浮かべながらも、メイはとりあえず伝達を済ませることを優先する。

 

「……安全チームセフィラのネツァクさんですが、エンケファリンの過剰摂取で倒れました。少し療養するそうなので、本日の作業報告書は教育チームセフィラのホドさんに提出してください。」

 

「教育チームですね、分かりました。」

 

「それと、業務終了後に上層会議室を借りたから、ちょっと来てもらってもいいかな?」

 

その一言で、アンジェリーナの背筋が凍りつく。

何かまずいことでもやらかしたのかと昨日までの自分の行動を振り返った。

 

(レポートかな……?宇宙の欠片(O-03-60)のレポート、何書いてるか分からない言い回しあったしなぁ……あ、それともF-01-69かな?作業は1回だけだったし、私の報告書が悪かったら何も分からなくなっちゃうよね……)

 

他にも(支給品の要望聞いたけど、ちょっと自由度高すぎたかな……)とか(形而上学的な姿って意味分からないよね……)とかの考えがアンジェリーナの頭をぐるぐる回る。

 

目を回しているアンジェリーナの様子に気づいたのか、メイはアンジェリーナの不安を払拭しようと軽く会議室を借りた理由について説明を加えた。

 

「最近、結構部門が増えてきたから、試験的に部門チーフ会議をやったらどうかってマルクトさんとイェソドさんに言われてね。部門間作業もやってるし、各部門の連携が今まで以上に大切になってくると思うの。」

 

「なるほど……私に務まりますかね?」

 

「大丈夫だと思うよ。アンジェリーナさんはこのところ一番作業によく選ばれてるし、E.G.O.ギフトだって貰ってるもの。もっと自信を持ってもいいと思う。」

 

「そうですか?……えへへ。」

 

昨日、2回目の宇宙の欠片への作業でちゃっかりギフトを貰ってきていたアンジェリーナが嬉しそうにはにかむ。

 

「それじゃあ、業務終了後よろしくね。」

 

「はい!レポートはホドさんでしたよね!」

 

メイは静かに頷いてコントロールチームのメインルームへと戻って行った。

 

「あの、アンジェリーナさん……今の方は……?」

 

「ん?あぁ、あの人はメイさん。ここの1番の古株で、とても冷静かつ優秀な方です。管理人からの信頼も厚くて、現在収容されてるアブノーマリティの半分以上はメイさんの一番作業で情報を開示されてるんですよ。」

 

エフゲニとジーニーが不思議そうな顔をして聞いてくる。アンジェリーナも同じ部門に配属されたことがないため詳しくは言えないが、ダコタから聞いた話を元に2人にメイについて説明した。

 

管理人に信頼されているエージェントなこともあって、アンジェリーナの理想像と言っても過言では無いメイに褒められたアンジェリーナは少し機嫌が良さそうだ。

 

「アンジェリーナ→宇宙の欠片に愛着作業」

 

「あ、業務が始まりましたね。では気を引き締めていきましょう!」

 

アンジェリーナは機嫌よくメインルームを出て宇宙の欠片の収容室へと向かう。

 

彼女がメイに褒められたことを思い出しながら作業して、宇宙の欠片にキレられるまであと数分

 

「……今日も業務はたくさんあります。うちの安全チームは特に、昨日調べられなかったアブノーマリティと新しいアブノーマリティの2体の情報について調べなければなりません。気を引き締めて業務にあたりましょう。」

 

宇宙の欠片への作業から帰ってきたアンジェリーナがいつものようなキリッとした表情でメンバーの2人に言った。

 

アンジェリーナに注意された2人は、何となく

 

((さっきの先輩に褒められたのに浮かれてて、作業結果が良くなかったんだろうなぁ……))

 

と理解したし、事実その通りらしい。

 

案外お茶目なところもあるんだなと思いつつも、2人は作業指示を待つ。

 

「ジーニー→F-01-69に洞察作業」

 

「え、俺ですか?」

 

情報がほぼ全く分かっていないアブノーマリティに作業を命じられたジーニーは目を丸くして驚く。

ここは自分よりも優秀なアンジェリーナが行くべきだろうとジーニーは考えていたが、アンジェリーナはそう考えていないらしい。

 

「ふぅむ……わざわざジーニーくんに作業を任せるということは……正義のランクが重要なアブノーマリティなんですかね?」

 

「なるほど、確かにジーニーくんは昨日今日と社内研修を受けましたもんね。」

 

「まぁ受けはしましたけど……そんなアブノーマリティ、いるんですかね?」

 

疑うようなことを言いながらもジーニーの足はF-01-69の方へと向けられている。

 

「さぁ……?ちょっとメイさんに聞いてみますね。あ、前回頼まれた支給品があるので持って行ってください。」

 

「了解です、助かります。」

 

オフィサーからF-01-69への支給品を受け取りながらアンジェリーナの返答を聞いたジーニーは、リストの確認を済ませてからメインルームを出てF-01-69の収容室へと向かった。

ジーニーは持ち前の正義感で早々とF-01-69の収容室へとたどり着く。

 

「初めまして、だな。前回申請された物品を持ってきた。真鍮のブラシ……?がよく分からないが、これで充分か?」

 

【あぁ、真鍮のブラシまでしっかり用意してもらって感謝する。どうしてもコイツの整備に必要でな。】

 

F-01-69は目を細めて手に持ったライフルを軽く叩く。

真鍮のブラシをライフルの弾に使う金属塊だと思っていたジーニーは少なからず驚いたが、契約に従って努めて冷静に作業を続ける。

 

「ところで銃の整備もいいけど、的とかも必要なんじゃないか?アンタには管理人からの依頼もあるらしいし、ライフルってのは勘も重要なんだろう?」

 

【必要ない。】

 

アブノーマリティを取り巻く環境整備という項目にある通り、ジーニーはより良い環境を用意すべくF-01-69に話を持ちかけた。

けれど、F-01-69はピシャリとジーニーの提言を却下する。

 

【私の弾丸はどこにでも、なんにでも当たる。それが契約だ。いくら有耶無耶になった契約とはいえ、それだけは生きている。】

 

ライフルを[[rb:分解清掃>オーバーホール]]しながらF-01-69は言う。

分解の手つきから、ジーニーはF-01-69がもう何年もライフルを扱っているであろうことを理解する。

 

「あんまり床を汚さないでくれよ?一応、汚染浄化プロセスは稼働させてるけどさ……」

 

【お前たちの依頼のために必要な手順だ。必要ならまた清掃に来ればいいだろう。】

 

「まぁそれはそうなんだが……管理人の指示次第だからなぁ……」

 

【なんでもいいが、あまり近寄るなよ。部品が無くなりでもしたら、困るのはお互い様だろう?】

 

F-01-69のオーバーホールは続く。

整備中の油汚れや煤を見てジーニーはこっそり大気中の異物除去を開始した。

 

【……昨日の女と違って、お前は随分と居座るんだな?】

 

「……不満なら出ていこうか?そもそも、清掃する端からお前が汚すのが原因だろうが。」

 

軽口を叩きながらも、F-01-69の機嫌があまり良くないことを察したジーニーは、レポートをそこそこに退出する。

機嫌が悪くなる前に切り上げたため、作業結果は悪くはなかった。

 

しかし、F-01-69収容室内のクリフォト抑止力は少し下がってしまう。

 

得物の整備に集中しているF-01-69も、認知フィルターがかかった画面越しに指示を出している管理人も、その事実に気づくのはもう少し後になるだろう。

 

ジーニーは足早にメインルームへと帰還する。メインルームでは先ほどの疑問の答えを得たアンジェリーナが待っていた。

 

「おかえりなさい、ジーニーくん。確認ですが、レポートの方は?」

 

「出来上がり次第、教育チームのホドさんに。」

 

「その通りです。さて先ほどの質問ですが、メイさんに確認したところ現在のサイトには存在しないようです。ただ、以前には1.76MHzという勇気ランクに応じて作業成功率が変動するアブノーマリティがいたそうですよ。」

 

忘れかけていた疑問を解消したジーニーは「へぇ〜」と月並みの返事しか返せない。

 

「それじゃあ、疑問も解消できたところで部門業務を手伝いましょうか。」

 

「そうですね。レポートも持って行って貰うんですし、オフィサーの人手が足りてませんもんね。」

 

「すみません、なるべく早くに仕上げて俺も手伝います。」

 

安全チームは職員の治療やけが人の運搬を行うチームだ。

それ故に、再生リアクターの整備も安全チームに割り当てられる。

 

通常、この業務はオフィサーが行うものなのだが、ネツァクが倒れて教育チームまでレポートを提出しに行かなければいけない今、オフィサーも人手不足に陥っている。

できる範囲で社全体のために、エージェントも動かなければならないだろう。

 

裏ではメイが幸せなテディに、スーザンが罰鳥にそれぞれ作業を行っていたころ、3人はエンケファリン濃度やリアクターの稼働が正常に行われているかを確かめていた。

 

「アンジェリーナ→O-02-40に本能作業」

 

「では少し外します。2人はそのまま調整の方をお願いしますね。」

 

「「了解です。」」

 

管理人に作業指示を出されたアンジェリーナは、部門の後輩たちにそう声をかけて新しいアブノーマリティの元へと向かう。

 

「大丈夫……3日連続の初作業となれば、もう慣れたものだから……」

 

アンジェリーナは自らに言い聞かせるように呟いてから収容室に入った。

 

そこに居たのは大きな鳥だった。

否、鳥と言うにはおかしな格好をしている。

 

O-02-40には羽根がなく、羽の代わりか腕が生えていてランプを持っている。

煌々と燃えるランプの中心には炎に包まれて橙に輝く羽根が見えており、その灯りはどこか暖かく安心出来る感じがした。

 

1番特徴的なのは目だろうか?

羽のない鳥を覆うように身体中の至る所に目がついており、明らかに鳥のものでは無い目も見られる。

目の数はあまりに膨大で、アンジェリーナは42個目の瞳を確認した時に数えることを諦めた。

 

アンジェリーナは今まで幾度となく作業をしてきたが、このようなアブノーマリティには出会ったことがない。

 

それは単に大きさや種類の問題では無い。

 

一目見て、O-02-40が今まで作業してきたどのアブノーマリティよりも危険であると分かるほどの威圧感。

今までの作業で培った自信があったとて思わず竦んでしまうほどの圧倒的な存在感。

 

それが、目の前のアブノーマリティから放たれており、アンジェリーナの背を冷たい何かが滑り落ちる感覚が襲う。

 

「マニュアル通りにやれば大丈夫……深呼吸して……落ち着け……」

 

それでも作業はしなければならない。

アンジェリーナは半ば言い聞かせるように呟き、深い呼吸を繰り返してマニュアルを開く。

 

どんな時でも自分を律しなければならない

 

尊敬する先輩の──現状施設で唯一のランクⅣ職員の言っていた言葉を思い出しながら、アンジェリーナは作業を開始した。

 

「新しい環境で気が立ってるかもしれないし、ご飯あげたら環境刺激因果と神経系組織の分析をしよう……」

 

アンジェリーナはそう決めて、収容室内にある連絡用回線を使用した。

 

「アンジェリーナ、作業開始します。栄養供給手順の稼働をお願いします。」

 

『分かったよ〜。側壁から差し出すから立ち位置には注意してくれ〜。俺たちはまだ暇だから、他にもあったら気軽に回線で連絡してね〜。』

 

聞き覚えのないセフィラの声がした。誰だろうかと考え始めるが、考えがまとまるよりも早くO-02-40用の食料が支給される。

その大きな体躯に見合った、膨大な量の食料がO-02-40の眼前に差し出された。

 

O-02-40は油断なくランプを持ったまま食料を食べ始める。

作業が始まったからには集中しなければと、アンジェリーナはO-02-40に向き直った。

 

幸い、声の主は「何かあれば気軽に連絡しろ」と言ってくれた。頼れる先があるのは良いことだろう。

 

緊張で強ばる肢体を軽く叩き、アンジェリーナは自分のやるべき作業を続ける。

 

こそこそとO-02-40に近づき、血液の採取や脳波の測定、収容室の環境条件の洗い出しなど、様々な作業をこなす。

 

途中、脳波測定の際に頭に塗るジェルに機嫌を損ねたO-02-40が鉤爪を振るってきたり、血液の採取で不機嫌になったO-02-40の地団駄で飛ばされたりしながらも、アンジェリーナは首尾よく作業を完了した。

O-02-40の機嫌は良くはなかったが、機嫌を損ねる程でもない、可もなく不可もなくといったところ。

管理人も「情報がわかっていない状態でこれなら上々」とアンジェリーナを褒めていた。

 

「身体が痛い……それに、ずっとランプの光を見てたらどんどん不安になってくる……」

 

アンジェリーナは目眩を覚えたのか目頭を押さえてしばし俯く。それが肉体的なものからか、精神的なものからかは分からないが、アンジェリーナに疲れがドッと押し寄せてきた。

 

「E.G.O.防具……いつもダメージを防いでくれるのに、なんでさっきはあんまり効果がなかったんだろう……」

 

NeBoxのダメージが直に自分に突き刺さる感覚にアンジェリーナは首を傾げる。

けれどもとりあえずは考えていても仕方がないとばかりに思考をどこかへと放ってアンジェリーナはメインルームへ帰還した。

 

「戻りました。O-02-40は大きな鳥?のアブノーマリティでした。目がとても多く、羽根は全て毟ったように抜け落ちています。手にはランプを持っていて、その灯りは安心できるような感覚がありますが、引き込まれる感覚もあって不安な感じもしてきます。」

 

「ありがとうございます。やっぱり、変な見た目のアノマリーが多いですね……」

 

「喋るエビだったり喋る骸骨だったり、F-01-69も服着たモヤだったりすることを考えると、喋らない鳥って考えたらまだ常識的ですかね?」

 

罰鳥や幸せなテディ、オールドレディといった常識的な見た目のアブノーマリティを見ていない安全チームの面々は、アブノーマリティに対して湧き上がる不安を拭いきれない。

 

「まぁ、不安になっていても仕方ありません。今できることをやるしかないですから。」

 

アンジェリーナが上手くまとめ、3人は部門業務に戻る。

 

O-02-40についてのレポートは、今までのアブノーマリティと格が違うと感じたこともあってか、アンジェリーナはかなりの時間をかけて分かる限りの情報をレポートに詰め込んだ。

 

「ジーニー→F-01-69に抑圧作業」

 

「また俺ですか。やっぱり、正義感と関係があるんですかね?」

 

「そうですね……昨日の作業が1度だけでしたし、その可能性が高いと思います。ただ、まだ試したことのない作業なのでくれぐれも気をつけてください。」

 

ジーニーは「お気遣い感謝します」と告げてからメインルームを後にする。

 

「抑圧作業か……黒雲会とか親指を参考にしたらいいか……?」

 

自身の生まれ故郷で遠目に見た自治組織のことを思い出して、ジーニーはF-01-69の収容室に急ぐ。

 

「初めての作業だけど……ま、いつも通りやればいい。」

 

ジーニーは扉を開け、再びF-01-69と向き合う。

 

「超自我の注入と……それに伴う思考の孤立化……よし。」

 

静かにそう言って、ジーニーは【オールドレディ】と【幸せなテディ】、【たった一つの罪と何百もの善】のNeエンケファリンの注入を申請し、開始する。

 

「抑圧なら結構やれるから……プロトコルの稼働確認と、ヒステリーの処理だな。」

 

ロボトミーコーポレーションは化け物たちからエネルギーを生産するエネルギー企業である。

抽出したエネルギーはR社の弾薬や人員補充やW社の運営エネルギー、【エンケファリン電池】と言う形での一般供給など、【巣】や【翼】での生活に強く息づいている。

 

しかし、エネルギーとして市場に出せるものは【ポジティブエンケファリン】──作業が上手くいった時のエネルギーだけである。

 

では、作業が上手くいかなかった際に出る【ネガティブエンケファリン】は?

暴力性や暴走可能性が極めて高く、吸収しきれずに漏れ出たエネルギーだけでも職員を死に至らしめる【ネガティブエンケファリン】はどこへゆくのだろうか?

 

その答えの1部が、ジーニーが今行っている抑圧作業の【超自我の注入】だった。

 

価値観が真逆なアブノーマリティのNeBoxエネルギーを注入することでアブノーマリティの自他境界線を曖昧にし、アブノーマリティの思考を孤立化・崩壊させる。

通常、この作業を好むアブノーマリティは少ない──誰しも、自分が自分で無くなっていく感覚は好ましくないだろう。

 

もしこの作業を好むアブノーマリティがいるとすれば、

 

それは一体のアブノーマリティに複数の意識が共存している場合か

自分のルーツを忘れない為に自我の崩壊を望んでいるかのどちらかだろう。

 

【黙れ……!私は……私が……!】

 

NeBoxを大量にぶち込まれたF-01-69が苦しそうに呻く。

利き目を押さえて身体中からモヤを噴出している。

押さえていない方の目はジーニーを睨みつけているようにも見えるが、瞳孔の異常な収縮と熱病に魘されている時のように揺れ動く眼球を見るに、F-01-69の視界にジーニーは存在しないのだろう。

 

【孤独など……慣れている……愛着など……とうに捨てた……!何百もの善のためだ……私は……私は正しい……!!!】

 

唐突にF-01-69は構えた。F-01-69は予備動作なしにジーニーの頭上、何もないところに銃口を向ける。恐慌状態にあったとて何百何千と繰り返した動作は滑らかで、マーチングバンドの指揮者のように軽やかに銃を構えた。

 

けれど、予見していればどうということは無い。

魔法の弾丸の陣が描かれる前にジーニーが【彼方の欠片】で銃口をぶん殴り、銃の向きを変える。

利き目と逆側から来た【彼方の欠片】にF-01-69は反応出来ず、攻撃の勢いに負けて銃を取り落とす。

 

「危ねぇな。依頼は来てないんだ、始まってもない契約を勝手に終わらせてんじゃねぇよ。」

 

まぁお前の契約も悪魔のそれみたいに平和的には終わんねぇんだろうけど?とジーニーは付け加えた。【彼方の欠片】はまだ油断なく中段に構えている。

 

【お前たち……もういい……充分だ……毒ならもう、十分頂いた……】

 

F-01-69は力なく項垂れる。F-01-69が大人しくなったのを確認してジーニーは作業に見切りをつけた。

 

【私の正しさを……証明しよう……号砲が鳴る時はすぐそこだ……】

 

最後にジーニーはF-01-69が何かを言ったのを聞いたが、クリフォト暴走のことだろうかとF-01-69の宣戦布告をスルーしてしまった。

 

実際、その直後にジュリアンがキュートちゃんに作業をすることによってクリフォト暴走アラートが鳴り、ジーニーはF-01-69の言葉を忘れてしまう。

 

「戻りました。俺の力量のあるかもしれませんが、抑圧作業も洞察と同じくらいの好感度な気がします。」

 

「お疲れ様です。クリフォト暴走は【たった一つの罪と何百もの善】と【調整の鏡】につきました。それぞれメイさんとスーザンさんが担当して解決済みです。」

 

「にしても……結構ジーニーくんが作業してるのに、なかなかF-01-69に名前がつきませんね?【宇宙の欠片】は結構すぐ名前が分かったんですけど……」

 

「あー……ま、確かに名前ないと不便ですよね。いつまでもF-01-69なんて妙ちくりんな名前だとめちゃ話しづらいですもんね。」

 

エフゲニとジーニーはのほほんとそんな話をしている。

 

そんな中、アンジェリーナだけが知っていた。

管理人は、アブノーマリティの基本情報が分かるまではほとんどぶっ続けでそのアブノーマリティに作業をし続けることを。

 

そして、きっともうすぐジーニーが3度目の作業に駆り出されるであろうことを、アンジェリーナだけが知っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

故郷を忘れた同郷(アブノーマリティ)たちに、

どうか、溢れんばかりの呪いと祝福を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジーニー→F-01-69に抑圧作業」

 

アンジェリーナの予見どおり、ジーニーにF-01-69の作業がまたもや出される。

 

「また俺か……この職場、結構ブラックだよなぁ……」

 

「まぁ、それだけ信頼されているんですよ。もしも正義ランクがⅢ以上の人が作業しなくてはいけないのなら、ジーニーくん以外に作業できる人がいませんからね。」

 

アンジェリーナもフォローをするが、言動とは裏腹にジーニーはボヤきはするもののしっかり作業の準備を進める。

 

裏路地で生まれ育った彼にとって、【翼】に入ることは夢物語。もしもそんな夢を語ろうものなら周りから嘲笑され、世間知らずのいいカモとして狙われるだけだろう。

 

けれど、何の因果かジーニーは実際に羽根の1枚になることが出来た。

もちろん、ジーニー自身もこれで終わりだとは微塵も思っていない。

業務は気が抜けないし、実感は薄いが命の危険だってある。

 

「それでも、裏路地で野垂れ死ぬよりはずっとマシだ。」

 

少なくとも、四六時中危険と隣合わせと言っても過言では無い裏路地よりも、業務時間外は安全なこちらの方が何倍も楽だと思いながら、ジーニーは作業を開始する。

 

「前回はそんなに良くなかったから……今回はリビドー分化でもやるか……欲求を叩き潰せばいいんだっけ?」

 

かなり的を外した発言をしながらもジーニーはテキパキと作業の準備に取り掛かる。

 

「よぉ、落ち着いたか?」

 

【あぁ、最悪の気分だがな。】

 

F-01-69とジーニーは邂逅1番嫌味のジャブを繰り出しあった。いつもは冷静なF-01-69が嫌味に嫌味で返しているところを見るに、F-01-69はかなり機嫌が悪いのだろうとジーニーは直感する。

 

そしてその勘は当たっている。

 

「良かったろ?このクソ狭い収容室の中じゃ、誰かと話すなんて滅多にねぇぞ?」

 

【それにしては人選が偏っていたように思うのは私の気のせいか?】

 

「同じバケモンじゃねぇか。似たようなもんだろ。」

 

F-01-69の抗議をジーニーは吐き捨てるように却下する。

目の前の異物を、ジーニーの正義は認めない。

 

【同じと言うなら、あいつらよりもお前の方がよっぽど私に近いのだがな?】

 

(まずい)

 

ジーニーの背筋が泡立つ。

先程から、生産されるNeBoxの量が増えている。F-01-69が不機嫌だ。

そのうえ、F-01-69はその不機嫌を隠さずに突き刺すような冷たい眼光をこちらに向けてくる。どう見ても穏便に話し合える状況では無い。

 

「たしかに手足が2本ずつあって、服を着てるところはそっくりだな。さっき話したオールドレディとでもくっついてろよ、お前らもそっくりだぞ。」

 

それでも作業は抑圧。ジーニーは自分が焦っていることを悟られないように作業を続ける。

 

【……たしかに彼女も()人間だがな。】

 

「なんだそれ?……冗談にしても面白くねぇぞ。」

 

F-01-69の言葉に、ジーニーは興味を惹かれた。惹かれてしまった。

 

やってしまった、とは思えど今さら撤回も出来ない。どうにかこうにか取り繕って、ジーニーはまだ作業を進める。

 

【私も彼女も、元々は人間だ。彼女は孤独の怪物と成り果て、私は悪魔に成り下がった。少々状況は異なるが、ルーツは同じだ。】

 

(確かに筋は通る)

 

オールドレディというアブノーマリティに作業をしたことは無いが、該当アブノーマリティの資料ならジーニーも読んだ。

 

オールドレディは既に死んでいると資料には書かれており、作業内容がなんであれ自分の話ばかりしているらしい。

死んでもなお存在しているという謎は先ほどのF-01-69の発言で解決する。

 

(……いや、ダメだって。ちゃんと抑圧しろ。)

 

少し考え込んでしまったジーニーだが、当初の目的を思い出してF-01-69に向き合う。

F-01-69は【……どうかしたか?】と怪訝そうにジーニーを見つめていた。

 

「いや、なんでもない。【悪魔】って聞くと、裏路地のラリってる連中を思い出しただけだ。」

 

【……ほう?私以外にも自由な悪魔がいたのだな?】

 

「ちなみにそいつら全員、酔ってたか薬キメてたかのどっちがだったぞ。」

 

【……嘆かわしいことだな。】

 

遠回しに「お前も頭おかしいと思ってるよ」と伝えていたつもりのジーニーだったが、F-01-69にはこれっぽっちも伝わっていないと直感する。

そして、抑圧作業なんだからともっと直接的に伝えることを決意した。

 

「だから俺は、お前もそいつらと似たような──」

 

ジーニーが話し出した瞬間、収容室内に号砲が響き渡る。

号砲を鳴らした張本人であるF-01-69は銃口を上に向け、さながら威嚇射撃をしましたとでも言いたげな格好をしていた。

 

しかし、その銃口からは弾も硝煙も出ていない。

彼の扱う魔法の弾丸が飛び出たのは、ジーニーの背後。

 

「……っっ!?」

 

放たれた弾丸はジーニーの利き手肩口を貫く。ジーニーを貫いた弾丸はジーニーを貫いてなお直進し、収容室の壁にすら穴を開けて飛んでいくのをジーニーは見た。

予想外からの痛みと困惑に、ジーニーは手に持っていた【彼方の欠片】を手放してしまう。

 

【ふぅむ……やはり魔法は、しっかりと練って狙わなければ弱体化するな。それに狙撃位置もズレる。】

 

肩を押さえて蹲るジーニーを見下ろしながら、F-01-69は自身の狙撃を冷静に評価していた。

それも、しっかりとジーニーに命中させておいて失敗などとほざいている。

 

(これで弱体してるなら、普段ならどれだけ……!)

 

被害を想像したジーニーの肌が泡立つ。

F-01-69の言葉から察するに、自分が受けた弾丸はF-01-69の普段の狙撃よりもかなり弱いものなのだろう。

 

ジーニーの知識では弾丸は高価だが誰でも変わらぬ威力が出せるものではあるものの、大概なんでもありなこの会社では常識など通用しない。

 

そしてもちろんその常識は【巣】【裏路地】【外郭】のどの常識かを問わないことも、ジーニーは理解していた。

 

「クソっ……!」

 

『ジーニーさん危険です、すぐに退出を!』

 

研修の時に聞いた声が、焦っているようなこちらを心配しているような声で喚く。

HEランク以上のアブノーマリティ収容室に備え付けられた非常用連絡装置を通した指令に、ジーニーは大人しく従うことにした。

 

作業時間がまだ余っている?知ったことか。

 

イェソドが聞けば怒り狂いそうなことを考えながら、ジーニーは現在出せる最高速で収容室を出る。

 

その背後でF-01-69が不敵に笑う。

 

【私を止められる者はアレ一人。それも隙に乗じて無力化させた……!】

 

F-01-69はゆっくりとライフルを構えた。

トリガーガードに指をはわせるようにピンと伸ばし、肩と頬で軽くライフルを挟む。

銃身を下から支えるように掴み、脇を締めて銃口を固定する。

 

ライフルを構え終えた時、F-01-69の目に青い魔法陣が浮かび上がる。

 

【対象補足……ふむ?奴はエレベーターに乗ったか。ならば、降りてくるところを狙っておこう。】

 

そう言うとF-01-69はジーニーが乗ったエレベーターの1番下、O-02-40の収容室がある廊下に狙いを定めた。

 

【射出位置固定……弾丸転送準備……完了。】

 

F-01-69が呟く度に彼の銃口に青色の魔法陣が描かれる。

同時に、F-01-69が狙いを定めた廊下の端にも同じような魔法陣が生成されていた。

 

【さぁ、絶望の始まりだ!】

 

F-01-69は引き金を引いた。同時に廊下の魔法陣から青白く発光する弾丸が放たれる。

 

「本能作業用の食料を調合しないと……」

 

その弾丸はエレベーターから出てきた瞬間の情報チーム所属オフィサーを貫き、

 

「情報部門の大エレベーターの点検かぁ……面倒だな……」

 

職務を遂行しに来たオフィサーで血の噴水を作り出し、

 

「……え?」

 

目の前で同僚が死んだオフィサーを血溜まりに沈め、

 

「銃声!?」

 

「どこからだ!?探せ!」

 

銃声に反応したオフィサー2人をまとめて肉塊に変える。

 

【素晴らしい!やはり圧倒的ではないか、私の相棒は!】

 

収容室でその光景を見ていたF-01-69は人間を撃ち殺した感覚に高揚し、自らの作り出した惨劇に歓喜する。

 

【しかし奴は……ふむ、途中で降りたか、悪運の強いやつだな。まぁいい、次で仕留める。】

 

『困るんだよねぇ〜、好き勝手に暴れられたらさ〜。』

 

次弾を準備した瞬間、謎の声とともにF-01-69収容室のクリフォト抑止力が大幅に上がる。

強力な抑止力にF-01-69は抗えず、溶けるように崩れ落ちた。

 

『まぁ、機嫌がいいのはいいことだけどね〜。』

 

謎の声はそう言うとほぼ同時に、先ほど倒れたばかりのF-01-69が再び起き上がる。

F-01-69は何も無かったかのように服についたホコリを払うと、愛銃を肩にかけていつもの立ち位置に戻った。

 

【……ふん、まぁいいだろう。お前たちと組めばこちらにも利があると言ったのは、他ならぬ私だしな。】

 

F-01-69から先ほどまでの激情は消え、業務開始時と同じ、冷静だが不機嫌では無い状態に戻った。

 

管理人はそれを知っているがリスクを避けたいのか、それとも知らずにF-01-69に恐怖しているのか、この日F-01-69に作業指示を出すことは二度となかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

身体は燃えるように熱くして

心だけキンキンに冷やすの

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エフゲニ→宇宙の欠片に愛着作業」

 

「………………あ、呼ばれてますね。今日は管理業務ないのかと思ってました。」

 

エフゲニは少々驚きながらも本日初となる管理業務の準備を始める。

 

「エフゲニさん、宇宙の欠片のレポートは、宇宙の欠片に目に見える不調や変化がなければもう不要ですから、管理作業に集中してください。」

 

観測済みのアブノーマリティについてはレポートの提出が不要。そのためエージェントたちは管理作業にのみ集中でき、結果として作業成功率が大幅に上昇する。

 

アンジェリーナはエフゲニにより作業に集中してもらうため、注意喚起と確認を兼ねて言う。

エフゲニもレポートが不要と知り、それなりに弛緩した状態で宇宙の欠片の元へと向かった。

 

作業は問題なく進み、管理人も作業指示のペースを上げる。

 

「モルティ→幸せなテディに愛着作業」

「メイ→キュートちゃんに本能作業」

「スーザン→罰鳥に洞察作業」

 

「そろそろ試練の時間かな……?」

 

エサを貪るキュートちゃんの頭を撫でながらメイが静かに呟く。連続する作業に何かを感じたメイはいつもより早めに作業を切り上げる。

 

メイが収容室に入ったすぐ後に罰鳥への作業を命じられたダコタもほぼ同じタイミングで作業を終えたらしく、管理人は2人が各メインルームに帰っていくのを眺めていた。

 

「ジュリアン→たった一つの罪と何百もの善に愛着作業」

 

「……もし試練なら、軽く打ち合わせとかないと。」

 

まだメインルームに辿り着いていなかったメイは、気持ち早めにメインルームへと急ぐ。

 

メインルームの中階段でジュリアンとすれ違ったメイは、

「クリフォト暴走ブザーが鳴っても、こっちのことは気にしないで」

とひとことだけジュリアンに告げてメインルームに戻る。

 

メイがコントロールチームのメインルームに戻ったのとタッチの差でジュリアンも【たった一つの罪と何百もの善】の収容室に入室した。

 

メイの予想通り、ジュリアンの入室とともにクリフォト暴走ブザーが鳴り響き、同時に低音のハウリングが施設全体を巡る。

 

「緑青……ですね。」

 

「えぇ、そうね。」

 

いつかの出来事を思い出して、二人の間に沈痛な空気が降りる。

 

「コントロールチーム各位→【疑問】鎮圧」

 

「……行こうか。」

 

「……はい。」

 

2人は管理人の指示通りに職務を遂行する。

それしかなかったから。今さら悔やんだところで、焼け落ちてしまった羽根はもう二度と帰ってこないから。

 

メイは新しく支給された【クマの手】を填め、サンチェスはいつもの【ソーダ】にNeBoxを込める。

 

「援護します。」

 

「エージェントの方ですね!助かります!」

 

「避けてくださいね?」

 

メイは【疑問】に駆け寄り、そういえば見たことがなかった後ろ姿に強烈な右フックをお見舞いする。

バランスを崩し、前方に大きく右手の槍を突き出す形になったが、先ほどまで【疑問】のターゲットだった二人のオフィサーはメイの指示通り【疑問】の左右にそれぞれ避けることで串刺しを免れる。

 

【31113143922341044201225223154504932285131403210461320471933504】

 

【疑問】はメイの方を向くと、先ほどまでターゲットにしていたオフィサーたちを放置してメイに襲いかかる。

 

(……大丈夫。身体へのダメージは半減くらいになってるし、私の前には誰もいない。)

 

この状態なら、誰かが死ぬところを見ることも、細切れにされた誰かを見てパニックになった者を殺す必要も無い。

 

彼女の胸に刻まれた傷は、決して癒えることはないのだろう。

それでも構わない気がした。

自分は人殺しの悪い愚物なのだから。

 

(この痛みは、私が抱えていかないといけないものだから。)

 

「メイさん!平気ですか!?」

 

サンチェスが自分に訊ねてくる。

 

あぁ、良い後輩を持ったものだ。自分が無くしてしまったものを持って、自分が忘れてしまった感覚を大切にしている。

 

メイは自虐気味に考える。

 

「大丈夫。まだ退却指示も出てないし、ここで仕留めないと。」

 

メイはサンチェスの方を振り向かず、一心不乱に拳を振るう。

いつぞやの感覚をぬぐい去るように、無心で、心の思うままに。

 

背後でサンチェスが、怒っているような泣いているような、ともすれば恐怖しているような微妙な表情を浮かべていたが、メイもオフィサーたちもそれを見ることはなかった。

 

【25944404……327112……21】

 

驚くほど早く、ダメージも少なく、オフィサーの犠牲も出ずに、メイは【疑問】を鎮圧した。

 

(こんなにも簡単だったのに)

 

メイの中で黒い感情が渦巻く。

 

(誰も死なず、誰も苦しまず、越えられたのに)

 

酷く自罰的に、傍から見れば滑稽に

 

(アレに立ち向かう勇気が、あるいは弱点を見極める慎重さが、あるいはアレを抑圧する正義が、足りなかったから)

 

「メイさん?鎮圧は終わりましたよ?早くメインルームに戻りましょう?」

 

心配そうにこちらを伺うサンチェスの声すら届かない。

 

(自制さえあれば、みんなが苦しまないと思っていたから)

 

【クマの手】の中で、メイは拳を握りしめる。

 

「……鎮圧は終わったし、早く戻ろうか?」

 

サンチェスの方を振り向かず、メイは静かに言う。

 

サンチェスは、メイの振る舞いから彼女の後悔や自責は感じとることは出来なかった。

彼女の自制はそれほどまでに強固に育っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

洗っても洗っても、血の匂いが取れない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は残業多かったなぁ……」

 

試練の後、ノルマを達成してなお残業を行ったエージェントたちは少し疲れている。

日に日に上がっていくエネルギー生産ノルマと部門業務、新しいアブノーマリティの情報開示に作業計画と、エージェントたちの負担は増える一方だ。

 

「あぁ……早くご飯食べて寝たい……」

 

「お、アンジェリーナ、おつかれさん……って俺たちはまだか。」

 

今までのアブノーマリティ達よりも危険度の高いO-02-40に作業してクタクタなアンジェリーナに情報チームチーフのモルティが声をかける。

 

「あ、モルティさん、お疲れ様です……アレ?『俺たち』ってことは、チーフ会議、情報チームからはモルティさんが出るんですか?」

 

てっきり情報チームからはダコタが出るものと思っていたアンジェリーナはモルティに訊ねる。モルティは頭痛を堪えるように目頭を押さえてその疑問に答える。

 

「あぁ。ダコタさんのが適任だと思うんだけど、あの人「情報チームのことは私よりお前が詳しいんだからお前がチーフだろ」の一点張りで……イェソドさんに推薦までして俺をチーフにしたんだぜ?」

 

「はぇぇ……信頼されてるんですねぇ。」

 

目をぱちくりとさせて驚くアンジェリーナに「ただサボりたいだけだろ」と言ってモルティは続ける。

 

「……ぶっちゃけ、俺はチーフって呼ばれるほど出来た人間じゃねぇからなぁ……出身も裏路地で学がねぇし、日々を何とかやり過ごしてるって感じだよ。」

 

「えっ!?モルティさんって裏路地出身なんですか!?」

 

大げさに驚くアンジェリーナを見てモルティが苦笑する。

それは【巣】に住まう人々の裏路地差別を知っているからか、単純に驚くアンジェリーナが面白かったからか。

 

「……意外か?」

 

「えぇ、もちろん!だってモルティさんは報告書も実験計画もすごく分かりやすいですし、「学がない」なんてとても信じられませんよ!裏路地の仕切り役とかだったんですか?」

 

意外なアンジェリーナの反応に今度はモルティが驚いた。自分はそこまで評価されるようになったのかと少しだけ感慨深い。

 

(そうか……)

 

自分の過去を振り返ると、モルティの胸が少しだけ傷んだ。

 

モルティがここまでできるようになった理由を答えたくはあるが、彼にそれは出来ない。

レポートの書き方も作業計画の立て方も、なんだったら今この地位にいるのだって、全部彼女がいたから。彼女がいたから、自分はここまで歩を進められた。

 

「……ま、そんな大層なもんじゃない。とりあえず早いとこ上層会議室に行こうぜ?メイさんが待ってる。」

 

「そうですね!メイさんもあっちこっち走り回ってたみたいですし、疲れちゃってますよね!」

 

2人は上層会議室に急ぐ。少し立ち話はしたものの、寄り道などはせずにほとんど最短で2人は目的地に着いた。

 

「2人ともお疲れ様。ノルマが増えてきて大変だね。軽くつまめるものを用意したから、ちょっとずつつまみながら気軽に進めていこう。」

 

扉を開けるとすでにメイがセッティングを完璧に終わらせて、3人分のお茶を淹れているところが目に飛び込んでくる。

テーブルには手が汚れないようにと配慮されたお菓子が並び、糖分が欲しい業務終了のタイミングには非常にありがたい。

 

「わぁ!お菓子だ!ありがとうございます!」

 

「こんなにいろいろ……すみません、ありがとうございます。」

 

アンジェリーナは目を輝かせ、モルティは申し訳なさそうに頭を下げる。メイは静かに着席を促し、淹れ終わったお茶をそれぞれの席に、残ったお茶の入ったポットを中心に置いて話を始めた。

 

「さて……最初のチーフ会議だし、気楽に行きましょう。まずはそうね……各部門、現状を報告してもらえる?まずはコントロールチームから。」

 

お茶で口を湿らせ、お菓子で糖分を多少補給してからメイが切り出した。

 

「コントロールチームの新人くん、ジュリアンくんだけど、キュートちゃんへの作業はとっても安定しています。たった一つの罪と何百もの善への作業も安定していますが、たしかオールドレディには作業したことがなかった……と、思う。私が幸せなテディに作業している間に行ってなければ。」

 

メイはそこで一度話を区切って「だけど、」と続けた。

 

「だけど、キュートちゃんにはあんまり好かれてないみたい。よく噛みつかれたり吠えられたりするみたいだね。まぁこの辺りはサンチェスくんがうまいことフォローしてくれてる。向上心もあって、アブノーマリティへの対応を覚えようとしてくれるから今後に期待かな。」

 

メイはそこで報告を終わる。目で2人に質問や意見を求めるが、2人は特に思うところがないらしく首を横に振った。

 

それを受けてメイは次の報告を2人に促す。アンジェリーナとモルティは目で示し合わせ、とりあえずモルティから部門報告を始めた。

 

「情報チームは特段目新しいことはありません。現状、施設で1番ランクが高いダコタさんは正義こそ低めなものの、勇気・慎重・自制ともに高く、作業は安定しています。あの人と比べれば、俺は勇気と慎重がまだまだですね。」

 

そこで1度言葉を区切り、モルティはメイが本当に聞きたかったであろうことの報告を始める。

 

「それから、2日前……11日目から配属になったスーザンですが、研修を受けたことで作業も安定しています。……安定してはいるんですが、【調整の鏡】を使った後、自制の大幅な低下と勇気・正義の上昇があったことが本人の聞き取りと管理人からの通達でわかっています。」

 

「なるほど……どのくらい低下したかで作業成功率が変わってきますね……」

 

「それもなんだが、パニックも心配なんだ。慎重も少し下がったみたいだし、アブノーマリティの機嫌を損ねて精神力が尽きる可能性が懸念点です。」

 

「そうね……勇気が高いとパニックになった時に厄介だってマルクトさんも言ってたもの……」

 

新人にどのようなケアを行えばいいか、3人はひとしきり考える。

 

美徳を高めるための作業指示は管理人に全て委ねられているが、それ以外の場面でできることは必ずあるはずだ。

 

自分のせいで同僚を喪ったチーフ2人組は自らの悔恨を力に変える。

 

「それじゃあ、スーザンさんへの対応はここまでの話通りに。モルティくんとダコタさんに一任します。」

 

「了解しました。できる限りはやります。」

 

「それじゃあ次は、安全チームについて聞いてもいい?」

 

スーザンの話を1度終え、メイはアンジェリーナに話を振った。

 

「はい!では私はまず、新しいアブノーマリティについての説明からしますね!」

 

話を振られてアンジェリーナはガチガチになりながらも、手が空いた時間に作成したカンペに従って報告を行う。

 

「まず、アブノーマリティ【F-01-69】についてですが、該当アブノーマリティは抑圧作業をよく好むようです。新人のジーニーくんが作業してもそれなりに安定しています。ですが、正義ランクが低いとクリフォトカウンターが下がってしまうらしいですね……現状だと、ジーニーくんしか作業ができません。」

 

「厄介なアブノーマリティね……1.76MHzは勇気ランクが低ければ成功率が上がったけど、クリフォトカウンターに影響があるなら作業もおいそれとできないしね……」

 

メイが口元に手を当てながら何かを考え込む。

アンジェリーナは「思慮深いメイさんはかっこいいなぁ……」と思ったが、そんなことを考えている場合では無い。

 

「それよりも!今日来たアブノーマリティ【O-02-40】の方が危険です!」

 

「……詳しく聞いてもいいかな?落ち着いて、ひとつずつ。」

 

急に声を荒らげたアンジェリーナにメイの視線も鋭くなる。

その視線にアンジェリーナは少したじろぐものの、自分の言い方に危機感を持ったのだろうとあまり気にしないように続けた。

 

「【O-02-40】は、今まで見てきたどのアブノーマリティよりも危険です。肌で感じだ威圧感や不機嫌時の身体影響もそうですが、収容室に備え付けの連絡回線があったのと、作業が終わった時に感じた【O-02-40】のクリフォト抑止力への反発……あのアブノーマリティは危険です。」

 

アンジェリーナは作業のことを思い出して身震いする。震えるアンジェリーナにメイは暖かい紅茶を勧めて話を続ける。

 

「そっか……きっととても大変だったでしょう?今はもう大丈夫だから、身体をあっためて落ち着いて?」

 

「はい……ありがとうございます……」

 

お茶をすすり、温かなため息をひとつ吐いてアンジェリーナはなんとか平静を取り戻す。お菓子をつまんでエネルギーを取り、一度O-02-40のことは忘れることにした。

 

「すみません、取り乱しました……じゃあ、次は安全チームのエージェントについてですね。まずはエフゲニくんですが、研修を受けているのでTETHランクのアブノーマリティなら問題なく作業できると思います。ただ、あまり管理人から管理作業を割り当てられないので成長はあまり望めません……できる人なんですけどね。」

 

「ま、未観測のアブノーマリティが多いから管理人もエフゲニを割り当てるのが不安なんだろうさ。」

 

「そうかもしれないわね。そろそろ教育チームが解放されるかもしれないし、配置換えに期待しましょう。」

 

モルティが「安全チームのアブノーマリティが一番危険って、皮肉なシャレですよね〜」と空気を和ませて一度エフゲニの話は打ち切った。

 

「では次に、昨日雇用されたジーニーくんについてですね。彼は珍しく正義の研修を受けて入社したエージェントです。自制は低く、勇気と慎重が同じくらいでしたけど、本日の業務開始前に自制の研修を受けたようで作業も少しは安定してきました。同時に正義の研修も受けたようでF-01-69に抑圧作業を行っていました。」

 

「それで正義ランクが重要って言ってたのか。」

 

アンジェリーナの「F-01-69は正義ランクが重要」という一言がやっと腑に落ちたのか、モルティが誰にも聞こえないようにポツリと呟いた。

 

「正義ランクⅢ以上が求められるなら……作業できるのはジーニーくんだけね。何事もないといいんだけど……」

 

「まぁ今日は上手く作業してくれてましたし、大丈夫ですよ、きっと!」

 

「その事なんですが……」

 

アンジェリーナが楽観的に話を締めようとした時、モルティが口を挟んだ。

 

「アンジェリーナ、たしかF-01-69って銃を持ったアブノーマリティだったよな?」

 

「???はい。その通りですけど……」

 

「今日、黎明の試練が起きる前の話なんですが、情報チームのオフィサー5名が銃殺される事件が起きました。凶器はライフル弾ではないかと。」

 

アンジェリーナの顔に緊張が走る。

 

「もし、作業結果によってクリフォトカウンターが下がるタイプであれば……かなりまずいかもしれません。しかも、アンジェリーナはジーニーの作業が「それなりに安定している」と言っていました。かなり高い水準の作業が求められるんじゃ……」

 

アンジェリーナを疑うわけじゃないと言いつつ、作業の要求水準が高い可能性があるとモルティは伝える。

「ま、結局推論でしかないですが」と付け加えるものの、F-01-69も危険とくれば安全チームのアブノーマリティ達にはよりいっそう注意する必要がある。

 

「……こればかりは、祈るしかないかもな。」

 

「管理人が誰かに正義の研修を割り当てればいいんですが……」

 

「……とりあえず、私たちはできることだけ見つめましょう。今できることを、やるしかないんだ。」

 

明日からの業務に備え、3人はそれぞれの部門エージェントへの対応を話し合い、次の日からどう対応していくかを決定し、この日は解散となるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇアンジー」

 

「なんでしょうか、管理人。」

 

「部門の配置換えをしようと思うんだ。配置はもう決めてあるから、この紙の通りに明日の朝イチでエージェントたちに通達をお願いね。」

 

「かしこまりました。」




投稿日(11月20日)は私とこの3次創作にとって、とても大切な日です。
どうしてもこの日に出そうと思って何とか書き上げましたが、投稿日よりもかなり前(11月16日)に書き終えてしまったので、20日までやきもきしながら待ってます。
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