迷宮都市オラリオ。
天高く聳えるシンボル「バベルの塔」を中心に大きな発展を遂げた最大級の都市である。
それ故に人口も多く、毎年かなりの人数が移住をしている。中には金や仕事を求める者、色恋沙汰を期待する者や、英雄や名高い冒険者に憧れて訪れる人が大半を占める。
都市の中心部や付近の大通りには毎日のようにマーケットは開き、日常生活を送る上での不便の種は全て解消されている。その利便性もあって永住率を高めているのが現状だ。
その背景には、バベルの塔一階を入口とした魔物が屯う地下世界「ダンジョン」の存在が大きいだろう。オラリオは、ダンジョンの魔物から採れる魔石の恩恵に大きくあやかっている。例えば冒険者が魔物を討伐し、回収してくる魔石をギルド(簡単に都市の運営)が買い取りその魔石でまた利益を稼ぐ。そして発生した利益は公共物の建築、修繕、または職員の給料に充てられ、民衆の生活を支えているためである。
それはさておき、オラリオにはもう一つ忘れてはならない事がある。
それは、神とファミリアの存在。超越存在と総称される神は、人類の創世記から私達を見守り、時には干渉し、また時には掻き乱す。偉大でもあれば自由奔放な方達だ。
本来ならば地上ではなく天界で暮らしているが、暇つぶしと言ってその身を地上に降ろし人と遜色ない姿で人と共に暮らしている。勿論、全員という訳では無いが。
しかし、神には一つ人には出来ない技能を携えている。それは神に見初められた人間への祝福「神の恩恵」を人に刻む事。その恩恵を受けた人間は授けた神の眷属となり、また先述したファミリアの構成員ともなる。
ファミリアというのは、一柱の神とその神から恩恵を授かった人間達(神の眷属)から成る団体の総称であり、主に商業、農業、医薬、鍛治、ダンジョン攻略のファミリア等がある。各々が協力し合い、ギルドとも連携する事で大きなサポートが付き、ファミリアも活動しやすくオラリオの平和も保たれている。
と、この様に従来の都市とは異なる、オラリオ独自の発展には数多くの魅力がある。
人が集まるからこそ、様々な思惑と私欲が交錯し混濁し、良い意味で活気に溢れている。
そして今晩もまた、中心部と大通りは賑わい豪勢な様子。冒険を終えた冒険者達が酒を片手に宴会し、神は地上の民を見て微笑む。
そんな中心からほんの少し抜けた所に、何やら芳ばしい香りが漂う。誘われる様に歩いてみればそこは裏路地の中。建物の影で夜には更に深い闇が広がるそこに、淡いオレンジのライトが揺れる。まるで手招きしているようだ。
誘われるがままに光の下に。目の前には木目調の奥ゆかしい扉が。きっとこの先には天使が居るに違いない。その翼をそっと休めて。
至福のひとときを貴方に。
───エンジェルズシェア 開店
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「……はぁ」
「珍しく陰鬱だな。「
オラリオでひっそりと営業中のバー「エンジェルズシェア」には今日も極上の酒が待っている。
しかし、今日は天使ではなく勇者がグラスを傾けていた。何やら苦悩に満ちた表情だ。
「僕は何時でも勇者じゃない。そうあれる程の器もないよ」
「鼻につく謙虚だな。君はあのロキファミリアを率いている。相応しいからこその「勇者」の名だろう」
「昔はね。若い頃はそう張りきれたけど、今じゃそうでも無いのさ」
そう弱々しく吐き捨てて、再び酒を煽る。ヤケになってキツめの粗い酒を頼んだため、押し寄せる苦味に「勇者」フィン・ディムナは顔を顰める。ちょっぴり後悔した。
頼んだ手前残す訳にもいかず、思い切りよくグイッと飲み干して甘めのカクテルを注文する。
この店のオーナーであるディルック・ラグヴィンドの出す酒はソーマに匹敵すると一部の人達の中で評判だ。強く苦い酒も時には良いが、今はただ、気分ではなかった。それだけ。
「ちょっと聞いて欲しい事があるんだけど、いいかな?」
「暗い話か。僕は君の相談役ではないが、まあいい」
口ではそう言うものの、彼の表情は驚く程に少しの機微も見せない。まるで凍ってしまっている様だ。しかし彼は基本、お客には紳士な態度を心がける。このような無愛想さも人によっては値千金の尊さがあるらしい。
それとは対照的にフィンは、待ってましたと言うような唯ならぬ影の差したにやけ顔で話を切り出す。完全に顔は死んでいる。
「最近、皆が指示を聞かなくてさ。別に何でもかんでも従えとは言わないけどさ、仮にも僕達はオラリオの最前線を走っているから、少し落ち着いて欲しいなってさりげなく注意したけど、本当に分かっているのやら。活発なのはいい事だけどチームワークが乱れるのも良くないし、いざという時に指示が通らないのは……」
「つまり君は、僕に従えと言いたいのか」
「そんな極端なものじゃないけど、そう言う力強さも必要なのかなって」
「因みに聞くが、主に誰が常習犯なんだ?」
「ベートとアイズを含めた若手の幹部組、かな」
「そうか」
重苦しい空気を漂わせてどれ程の話かと思えば、なんだ、と拍子抜けするものだった。第三者からすれば心からどうでもいい。期待させておいて呆気ない悩みだが、当事者のみが知る辛さもきっとあるのだろう。
現にフィンは、酒を口に運びながらそっとお腹に手を当てていた。ロキファミリアの勇者をも悶えさせる問題なのだ。思いの外大きい。
「僕は君の悩みに対して理解は深くない。だから何も言うべきではないが、なら今日は全てを吐き出すといい。これは僕の奢りだ」
そう言って彼は、フィンの前に酒を注ぐ。この色と香りは。フィンは見覚えのある酒に瞠目した。グラスの大きさも二倍はある。
「とびっきりにキツいものだ。これなら君も酔えるだろう」
相も変わらず無愛想な表情で言い放つ。とんでもなく不器用だが、優しい彼なりの心遣い。心底苦悩しているフィンを見て、彼の良心に火がついたのだろう。
「全く、君ってやつは……」
フィンは微笑んだ。さっきの闇に塗れたものではなく、感謝を込めた清々しいものだった。彼の優しさが身に染みて目の周りが熱くなるが、今夜は何もかも酒に流す事にした。
その場しのぎの逃げだと誰に糾弾されようと、今日この時は勇者ではなくフィン・ディムナとして。
「そう言えば……」
「どうした」
はっと思いついたように顔を上げたフィンは、目の前で見下ろすディルックを見つめ返した。
何かに気づいたようだが、幾ら見られたところで当然、ディルックには何も伝わらずに不可思議な沈黙が流れる。しかし空気は停滞して動かない。
「……明後日、深層へ遠征があるんだった」
失念していた、と仰々しく手で顔を覆うフィンは絶望した。気づいた時には遅くグラスは既に空。あの大きさのグラスに並々注がれた酒を、フィンはイッキしてしまったのだ。
かなり強めの度数に、きっと翌朝は地獄を見るだろう。それも二つの意味で。せめて遠征が明後日なのが救いだが懸念するべきは沢山ある。もし、二日酔いが完治せず遠征にまで頭痛を引っ張っては、万全じゃない状態で臨んだばかりにとんでもない失態をやらかしたら。様々な思考がフィンの脳内を渦巻いてはかき乱し、冷たい汗が全身隈無くだらりと流れる。
一体何分、もしくは何時間、没頭してから経っただろうか。氷は半分溶けていた。
その間ディルックは、哀れなるロキファミリア団長フィン・デムナを静かに見守っていた。いや、半分は呆れ見捨てているのが正しい。しかし、先端だけだろうと関わってしまったため静観だけに止まるのも彼の良心が許さなかった。
「今日は帰るといい。君に出す酒はもう無い」
「ああ、そうさせてもらうよ」
顔色が悪いという次元を超えて灰になったフィンは、適当な代金をカウンターに雑に置いて出口へ歩んだ。不安定な心はその足取りにも反映されていて、揺蕩う様にアンバランスでふらふらしている。これでは本当に無事ホームに帰れるのか心配になる。
「外はまだ暗い。気をつけて帰るといい」
言い方はアレなものの、やはり彼は何かと優しく面倒見もいい。しかし、たとえそう告げても彼は、そんな事はないとキッパリと否定するだろう。謙虚なのは彼も同じなようだ。
そんな優しさが「勇者」には丁度よく感じた。
「リヴェリア、怒るだろうな……」
まあ、顔は死んでいた。
翌朝の新聞で、深夜に子供の幽鬼が徘徊していたと見出しがあったのも、それが誰なのかも彼は知らない。
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