エンジェルズシェア〜オラリオ店〜   作:カリスマピーナッツ

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難産でした……。今更ではありますが、多少のオリジナルを含みます。ご注意下さい。


沢山のお気に入り登録、評価、本当にありがとうございます!


狂い始める

 

 十八階層「迷宮の楽園」

 

 安全階層と呼称される冒険者の憩いの場。特徴と言えば様々だが、誰もが一瞥で済まないものは一つ、中央水晶だろう。人の目分では識別にも至らない、その埒外の全貌は必ず舌を巻く。

 天空を構築するのは結晶。放つ光が昼夜を擬似的に描いている。

 

 対する陸地と言えば、溢れるような深緑が延々と広がる。濃厚な自然の主張が嫌でも聞き取れて、やがては飽きる程。

 湿地帯から広大な森林と有りと有らゆる自然の豹を窺える十八階層だが、冒険者なるものこのような過酷の中で心身に休息を、と思えばそれは違う。

 

 階層の西側。比較的に青が多く、水に富む清涼な地帯であり、島と湖畔で構成された西方。その島の東部に位置する街「リヴェラ」こそ、冒険者の休息所である。

 宿屋から雑貨店等が並び資源や商いには困らないが、歓迎するのはインフレ極まる価格設定。しかし理不尽なほど暴力的でもなく、必需品に関しては需要の価格弾力性に伴い、高くとも需要はあるようだ。

 

 地上とは一変した状況に、ダンジョンの艱難辛苦をまた一つ感じる街でもある。

 

 

 そんな十八階層には、繁茂する木々に囲まれて、ぽつんと一つある空間が完成されている。不自然なその間には、一人を除き人の訪れた形跡はない。

 

 今、そこへ接近する足音があった。

 どこか冷徹だが物悲しい、踏み込みから奏でられる足音は一人の男のもの。

 

 鬱陶しい草木に少々四苦八苦しながらも、顔を現したのはディルックだった。

 何故かと問えば、「仲間」と顔を合わせる為と無表情で宣うのだろう。彼はゆったりとした足運びで「仲間」と向き合う。

 

 

「……久しい再会だ」

 

 

 彼の目の前には、墓碑が立つ。

 

 ここは正しく墓場。彷徨う遺志を無念を、謝礼と敬意で弔う場。彼は仲間が死して初めて、見舞うことを決断した。

 

 

「弱さのある姿は晒さないと、決めたんだが……」

 

 

 そう言って、荷物の中から一本のボトルを取り出す。魅惑的な液体の鳴りは、それが酒であると物語った。

 

 

「今日は、僕が奢ろう」

 

 

 グラスを一つ、墓の目前に置き酒を注ぐ。コトコトと喉の鳴る擬音と共に、並々と透明感のある酒がグラスを満たす。

 その芳醇な香りは、素人ですら涎を垂らす天下一品。神をも陶酔し、酒の大海に沈む傑作。彼の営むエンジェルズシェアの提供できる最高の神酒であった。

 

 

「先日、彼女から今の僕を叱咤された。君に似てそれは恐ろしい形相だったさ。……僕達の後輩は立派に育っているらしい、そう感じたよ」

 

 

 当然だが、相応の返事は聞こえず、乾いたそよ風が可愛く唸る音が唯一だった。

 その度に、仲間の死と向き合って、己の精神を能動的に蝕んでいく。しかし、腐りかかった心は反比例的に澄んでいく錯覚に陥るから不思議だ。

 

 

「僕は、どうするべきか悩んでいた。当然だが復讐に迷いはない。今すぐにでも闇派閥(イヴィルス)を駆逐すべきだと思っている。それは間接的にオラリオの平和にも繋がるからだが……」

 

 

 激しい葛藤に苛まれて、息苦しい。

 改めて、正しさを見失っている自身を俯瞰して吐き気を催している。本心が何れか、解を出せずに悩ましい時が刻まれ、見舞いの土産にまでなってしまった。

 

 遂に、半ば故人に縋る姿は滑稽なのだろうと、更に厭悪する。

 

 

「君は、君達は何を言うだろうか。……きっと、自分で考えなさい、と言うのだろう。そして───」

 

 

『───でも、何かを守りたいのなら、選んではダメ。たとえどちらかしか守れないとしても、どちらも守ろうとするの。最初から切り捨てたら、守れるものも守れないから』

 

 圧倒的な理想。誰もが描き挫折するまでが典型の、机上の空論にある夢。助ける事は秤にかける事と同義だ。より重いものが優先される。それは命の数か、思い出か、感傷か。個人で偏るが、人は傲慢に選り好んでしまう。どうせを枕詞に目を逸らしながら。

 

 それを糾弾した人がいた。否定した人達がいた。ディルックはいつか語られた言葉を振り返り、思い出す。

 

 

「確か……そう言っていたな」

 

 

 曖昧にだが、指標は見えた気がする。

 進む理由すら暗中模索する最中、確かに光るものがあった。奥底から滲むように台頭する記憶は、冷え切った心を溶解し、堕落する精神を正す様に。

 

 込められた言霊が、今になって漸く効き目を見せるのか。何となしに傾聴していた彼女の自論は、本当に救いの梯子を掛けてみせたのだろう。

 登るもへし折るも、選択は彼自身に委ねられている。ただ這い上がるだけの為の先導で、登りきった後の事はこれから開拓しなければならない。

 

 

「決断には……まだ早いな」

 

 

 か細い呟きの後、ゆっくりと立ち上がる。眼下に映る仲間の姿を目に焼き付け、墓を後にした。一升瓶ごと酒を残したまま。

 何処からか吹いた突風がグラスの中身を掻っ攫う様は、まるで本当に神酒に舌鼓を打つかのようだった。

 

 

 

 

 

 

 リヴェラへと帰還したディルックは、残りの空いた時間を有意義に消費しようと様々に画策していた。決めあぐねているものの、目先の優先事項は宿を取ること。良心の欠けた安寧のある一泊の価値が、ダンジョン内でどれ程大きなものかよく知れる価格に溜息を零しながら、無事部屋は取れたのだが。

 

 何やら外が喧騒に満ちているようだ。

 剛毅な怒号、野太い声。甲高い絶叫まで反響し、リヴェラを包む空気は悪化していく。これは賑わいでは無くざわめき。

 

 何か不測の事態、急を要する事件が発生したのは最早明白。昨今のオラリオは図ったようにトラブルが尽きないが、その厄はダンジョン内にも取り憑いていた。

 リヴェラは冒険者の街なだけあって、傷害事件もまあ多い傾向にある。些細な因縁が発端となり、無駄に芯の通った意志がぶつかって、てんやわんや。

 それが日常茶飯事である街にここまで冷え切った空気を満たすとは、何事なのか。

 

 

「悪い、何があったか教えてくれないか?」

 

「知らないのか兄ちゃん。さっきあそこで上級冒険者の死体が見つかったんだ。……んで今は、偶然居合わせたロキ・ファミリアの奴らが町を封鎖してんだ」

 

 

 不穏な空気をひしひしと感じ始めた頃、ディルックもまた一波乱の予兆が走る。

 一先ず、情報収集を主に町内の散策を思い立ったが、親切な男性の話により練り歩く必要も無くなったようだ。

 

 僥倖に感謝しつつ状況の整理を履行する。有り体に言えば殺人事件の一角。決して命を軽く扱う訳では無いが、町とはいえダンジョン内ではそう珍しい事でもないだろう。

 件の死者がどのような状態で息を引き取ったのか定かでは無いため、あらゆる可能性を捨てきれない。魔物による殺害もここでは可能であるのだから、事件か半ばの事故なのか。

 

 だが、被害者の背負う名があまりにも大きく、箔のつきであったためこの事態を肥大させている。

 被害者はガネーシャ・ファミリア所属のハナーシャ。レベル4の中々に極められた戦士だが、無惨にもその生を終えてしまった。だが、前提として容易に殺生できる相手でもない事は確かだ。

 十八階層にレベル4を打ち砕く魔物が居るとも思えない。暗殺であれ、魔物の矮小な脳では搦手等考えつく筈もない。

 

 

「どうにもきな臭いな」

 

 

 男に簡易な感謝を述べ、現場へと赴くディルック。ロキ・ファミリアの幹部等には多少の縁が結わえてある。友人とは言えないがまた珍妙な関係性だ。そのため、彼の要望も通る可能性が高いと見ていいだろう。人の命が贄となって発生した事件を、下らないと切り捨てる事などディルックであれば尚更出来やしない。

 

 

 

 

 話によれば、また別の宿屋の一室が落命の舞台らしい。以前の件に関しても、終息どころか収束の目処すら立たないというのに、物騒になりつつある俗世にディルックは危惧の感情を抱く。

 

 さて、例の現場周辺まで足を運んだ訳だが、どうやら思うよりも切迫しておるらしく、忙しない雰囲気を感じ取る。

 

 

「やあディルック。少し久しぶり、かな?」

 

「……フィンか」

 

「君は……魔石の採集かい?」

 

「いや……そうだな。それよりも、君たちが請け負う事件に───」

 

「───捕まえました!!」

 

「……進展があったようだな」

 

「……そうだね」

 

 

 伽藍とする静寂のリヴェラで響く、一人の瑞々しい勝鬨。この状況下でのそれは間違いなく、重要な手がかりの発見を示しているだろう。

 

 

「君も向かうかい?」

 

「……ああ、同行しよう」

 

 

 呉越同舟とまではいかないものの、ロキ・ファミリアの面々との顔合わせも能動的とは言い難い。しかし、瞬く間に逡巡した後、協力する事に決めた。

 やはり人数は多い方がいいと安直な見通しだが、一個人で観察できる領分が設けられているため、多角的に物事を見れるのは大きいメリット。多少の間抜けも愛嬌だと許容するスタンスであった。

 

 二人は声の元へと向かい着いた先には、直近の記憶にいる若いエルフの少女と、ディルックと直の関わりは薄いが、頻りに若い男等の話題の種となっている「剣姫」が、とある人物を捕らえていている光景が出来上がっていた。

 

 

「あ、団長……と……ディルックさん?!」

 

「? ……ああ、君か」

 

 

 いつの間にか、出逢えば吃驚される関係へと変遷していたようで、変化に心当たりの無いディルックは眉をひそめ首を擡げる。

 明確に記憶しているのは怪物祭での事。顔を知った程度の交わりであり、言葉を含めその他のアプローチをとられた憶えは勿論、自らとった憶えもない。

 

 疑問は渦まけど、過剰に反応するべき事でもないので、無視をして話の進行を促す。がしかし、そう思惑通りに事は運ばれない。

 あどけなさ残る端正な顔を赤面させ、こちらに駆け寄るレフィーヤを確認してしまった。

 

 

「あ、あの! ……この前は、助けていただきありがとうございました!!」

 

「ああ、君も大した怪我はないようだな」

 

「……そういえば、うちのレフィーヤが君にお世話になったみたいだね。僕からも礼を言うよ」

 

「今はそれよりも、この容疑者について話せ。フィン」

 

「はは、それもそうだね」

 

 

 閑話休題。

 弛み切った空気も、再度張り詰めて鋭い。痛いくらいに様々な視線がかわされる中、先程呆気なく捕獲された容疑者に尋問を開始する。

 

 

 

 

 

 

「……成程」

 

 

 このタイミングで逃走を図るという愚行をしたのは、ヘルメス・ファミリア所属のルルネという女性冒険者であった。

 彼女はとある荷物を抱えており、それはハナーシャから預かったものだという。ただでさえ、ハナーシャの殺害現場では彼の所持物を荒らされた形跡があり、自らの命を脅かされる危機を予感したようで、ここから逃げようと決断に至った。

 

 

「僕は神ではないから真偽は分からないけど、犯人ではなさそうだね」

 

「だが、この情報量ではどの道推理の余地はないが……その荷物が何か、先ずは見せてもらおう。手がかりになるかもしれない」

 

「こ、これは……誰にも見せるなって依頼人から念押しされていて」

 

「その肝心のハナーシャが殺害されたんだ。万が一の責任は僕が負おう」

 

 

 己の精神に残虐な圧を捩じ込む空気の中、発せられたディルックの甘言に逆らえる膂力は最早ない。責任という厄介を払えるのならと、逃げるようにルルネは近接しているアイズに荷物を手渡す。

 

 

「……宝玉?」

 

 

 手に取ったそれは、透明感のある宝玉。肌理細やかな表皮は淑女の嗜みにも相応だが、見逃せないのは中にある存在だ。

 小さな異形。モンスターとも認識できるそれは深い眠りの海に沈下している。

 

 

「っ……!」

 

「アイズ……? どうしたんだい?」

 

 

 当然だが、アイズ宝玉の主に注目した。してしまったと言おうか。その刹那、彼女の意識は彼方へ飛躍する。やけに視界は奥行きを拡大し完全なトリップだが、ふと自覚を持つ頃には意識を取り戻していた。

 原因が分からないから摩訶不思議。しかし、アイズはその宝玉に対し何か危機的な懐疑を向ける。

 

 

「──貰った!」

 

「……甘い!」

 

 

 不意にロキ・ファミリア達を強襲した刺客は、赤髪の女性であった。得物に合わぬ軽い身のこなしから繰り出される連撃は重く、そして俊敏。アイズ・ヴァレンシュタインの現状では捌くことは到底不可能。

 しかし、アイズの手元に注意を払っていたディルックはその限りでは無い。この程度の敏捷ならば防御に繋ぎ、且つ反撃すら容易い。

 

 殺意に煽られ暗い閃の走る大剣は、憤怒に燃ゆる鬣を思わせる、彼の刃と相克する。奇しくも両者の牙は類似していた。

 

 

「貴様……! 何者だ!」

 

「生憎だが、敵に名乗る名前は無い」

 

 

 腰を落とし、凄絶な闘気を放ち刃を研ぐ。そしてディルックの周囲には、彼の力を顕示する裂帛の焔が舞った。

 緊迫した無言の中、彼の闘志に応える様に闖入者の女性は剣を振るう。

 

 

「フィン、恐らくだが彼女が犯人だ」

 

「このタイミングさ、妥当だね。だとすれば狙いはアイズの持つそれかな」

 

「それは直接聞けばいい」

 

「それもそうだね。……じゃあ、アイズはその宝玉を守っていてほしい」

 

「うん……分かった」

 

 

 そうして二人の冒険者は互いの背を信託する。まるで相手の敗北を微塵も思考していない程に前を向いていた。

 

 オラリオ屈指の実力者による共闘に、並の凡夫であれば絶望を超える。しかし、闖入者の彼女は飄々と綽々と口角を釣り上げた。

 

 

「貴様ら二人、確かにかなりの強者だろう。だが、相手取る必要も無い」

 

「? ……しまっ──」

 

 

 彼女は前へ屈み、その体躯も一瞬にして疾風が攫う。二人の意識を超越したスピードで、迅速に目当ての物の奪取を試みる。

 しかし、掌握するのは「剣姫」。戦闘に思考を費やす彼女は容易に喰らえる餌ではない。

 

 

「『目覚めよ(テンペスト)』」

 

 

 荒れ狂う大気が心火を燃やす様に雄叫びを上げた。ただの風すら、アイズ・ヴァレンシュタインにかかれば暴虐の極みとなる。それが彼女の刃。唯一担う事を許諾された神秘、魔法であった。

 

 

「フィン、ディルック。ここは、私が闘う……!」

 

 

 ここに、剣姫の真価が吹き荒れる。

 




ディルックの旦那、キャラ崩壊ですかね()
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