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吹き抜けるような蒼天の中心で燦々と輝く太陽と、その日の下で絶えず変化し続ける人類に完全な停滞という静寂はない。中でも今日は一段と騒がしく人が動くようで、まだ月も見えないというのにオラリオは活気に満ちていた。
日頃から精神的にも身体的にも疲労が溜まっている筈のオラリオ市民も、このような催しはまるで別腹のように楽しむ。疲れなど祭りの前には吹き飛んでいるようだ。
しかしディルックの心象はそう単純ではなく、一筋縄では行かない。今も彼の横を通る人々の様に、目の前の命題から目を背けたとしても本心から笑顔になれるのなら楽だろうが、彼には到底真似出来ないものであった。まあ、彼には真似する気もないだろうが。
四方八方から無差別に聞こえる喧騒に、表情にはおくびにも出さないが辟易する。元より明確な目的もないのにも関わらず、酔っぱらいの下らない誘いにのって趣味でもない散歩に興じるのが間違っている。そうディルックは悔やむように顔を顰めた。
ありふれた街の風景が広がっているのなら、ここまでの悪態も生まれないだろう。しかし今日という日は特別であり、普段の日常とは全くかけ離れた壮観が展開される日。
年に一度のこの日『
簡潔に説明をするならば、モンスターの展示会。テイマーが直々に調教を施した、世界各地のモンスターを見世物に愉しむ。というのが『怪物祭』の本質だが、若干、形骸化の恐れもある。
催しに乗じ十人十色の屋台を開き、あっという間に稼ぎの場となったのが偏に原因だろう。街に繰り出す人々も、需要を求め需要があるからこそ興じるだけ。さて、全員が全員モンスターの晴れ姿を拝めたい訳では無いのは事実だ。中途半端な需要など最悪捨ててもいい。
こんな憂いを人知れず抱えながら、それでも祭りは止まらない。
色々な事をあれこれと考えたところで前へ進める訳でもないので、彼は適当な屋台で手頃な食べ物を買うことに決めた。
中心部は様々な出店が立ち並び、皆一様に笑顔で交流している。性別、年齢、人種、それぞれ何もかも異なろうとも笑い合える世界。今、彼が見ているのはほんの表層の更に一部であり、水面下では依然として差別は蔓延っているものだ。
しかし仮初では無い。狭い視界の中で、笑い合える世界があるという事が、彼はあまりにも嬉しかった。
このような催しの中で社会に滲み出る人間性は、得てしてその人の本音である。たとえ一時だけの平和であろうと、この刹那が大きな一歩となるだろう。彼は、じゃが丸くんを片手に強く願う。
普段はこのような食に興味を持っていなかったが、存外に美味いものだった。と彼は清々しく微笑んだ。
目的も無く単にふらつくだけの、一見すれば時間の浪費とも思える行為も、しかし見えるものがあり、決して無駄ではない得るものがあった。悪くない、と彼は認識を改める。
「そっちのじゃが丸くんも一つ貰おう」
「毎度あり! ……はい、お釣りだ!」
「ありがとう。……やはりいい香りだ」
そんな今、俗世に触れたディルックは見事にじゃが丸くんの虜となっていた。大衆料理と聞いていたが、手頃な価格でこの質はどうにも釣り合っていないように思える。
じゃがいもを練り、衣を付けて油でカラッと揚げるだけの工程でこれ程に香ばしいモノが出来上がるのは、ディルックの中では立派な革命である。
完全に落ちたディルックは、この香りを感じるだけでも口角が上へ釣り上がりそうになるのを必死に阻止しながら、再び街を散策する。
こうして見れば、日常を描くオラリオにもまだまだ未知の発見があった。概ね知り尽くしたと思っていたとしても、案外その考えは容易く打ち砕かれ、オラリオの広さを思い知る。このじゃが丸くんもそうだった様に。
しかし、ディルックには気がかりなことが一つあった。
元を辿ればこの状況すらあの女神が作り出したものだ。何か面白いことがある、という安い誘い文句だが、何時にもなく真剣な眼差しを前に彼は誘いに乗った。
彼女の指す面白いこととは、一歩引いていた彼が民衆に触れた事により彼に齎した変化の事なのか。しかし具体的な変化と言えば好物が一つ追加されたことくらいだが。やはりどうにも引っ掛かる。
彼女の本命の狙いは何だ。神は人の嘘を見抜くが、基本的には神自身も嘘をつくことがない。あの女神はつまらない事を、態々面白いと偽ることは有り得ない。そもそも、その手の冗談を彼女は嫌う筈だ。
だが、彼女との会話を辿れば鍵は自ずと見えてくる。恐らくベル・クラネルという人物が深く関係しているのではないだろうか。そんな推察。
思えばあの日のエンジェルズシェア、終始彼女は彼? にゾッコンであったことを、遠い目をして振り返る。二度と御免だ、と心中で吐き捨てながら。
兎にも角にも、現状で答え合わせは出来ないのだから考えるだけ無駄だろう。所詮は人の身であり
ふと手元に視線を下ろせばじゃが丸くんが無いことに気が付いた。咀嚼しながら熟考していたため、虚空を噛むまで気が付かなかったようだ。
しかし手元の資金も無限ではない。無駄使いもそこそこに、あと一つで締めにしようと近くのじゃが丸くんを売る屋台を捜索する。
「……! 君は」
漸く見つけた屋台には、どうやら先客がいたらしい。しかし見覚えしかない面影にディルックは悪い兆しを見る。こんな所で再会するとは、何かが起こりそうな嫌な予感だ。
「あの時の……。こんにちは」
「ああ、君は「剣姫」だったか」
「「……」」
劇的と言うには味気ないが奇妙ではあった二人の出会いのお陰か、両者の会話は停滞した。あまりにも話が弾まない事に一般人は焦りを感じるだろう状況。
しかし、生憎とこの場において一般人は居ない訳で、アイズ・ヴァレンシュタインは元々の気質が寡黙なため、一方ディルックは会話の必要性が感じられないため。それぞれ改善しようのない理由で話さない。
今、この二人で仲睦まじい会話を成せるだろうか。出来るものならやってみて欲しい。
「あー! アイズいた!!」
唐突に、快活な声に襲われた。声の主とは存外に距離が近い事も重なり、耳に残る大声となっている。自分が呼ばれた訳でもないため、どこか割を食ったような感情に陥ったのは単に心が狭いからなのか。
「話の途中で悪いが、近くで大声を出すのはやめてくれ」
「あっごめんなさい。えっと……」
「ディルックだ」
「ごめんなさい、ディルックさん」
「大丈夫だよティオナ。彼は強いから」
「……そういう問題じゃない」
噂の剣姫とはどのような人物か。改めて判断する為に身構えていたが、肩透かしを食らう。磨かれた剣筋と荒々しい戦闘スタイルからは考えられない弱い頭をしていたが、彼女に自覚は無い様子。
加えてもう一人。「大切断」の二つ名を持つ同じくロキファミリアの第一級冒険者であるティオナ・ヒリュテもさほど気にしていないようだ。いや、この二人は恐ろしく気質が合うのだろう。ティオナ・ヒリュテも快活な馬鹿のようにも見える。
何故か、彼の評価は何時にも増して辛口だった。特にティオナだが、理由は誰も分からない。
「ティオネとレフィーヤは……?」
「皆あっちで待ってるよ! い───」
「!?」
突如として鳴り響くのは、オラリオの都市内で聞くはずのない暴力的な崩壊音。それに次いでの悲鳴だった。何が起きたのかと、物騒な出来事に人々は不安を抱きながらざわめく。しかし連続するその音の先に見えたのは、この街の景色に似合わないモンスターの影だった。
誰かが叫ぶ。それを合図に民衆の雑踏は加速し、その不規則さから焦燥と必死さを窺える。どこからともなく上がっていた黄色い歓声も赤く染められて聞くに堪えない。
見渡せば笑顔は、恐怖の顔に変わっていた。
あまりの変わりように事態を飲み込めてない二人は未だてんやわんやとしているが、ディルックは一人情報収集を行う。
但し、大方予想は着いている。
「待て、君はギルド職員だろう。出来れば状況を説明して欲しい」
「え……ロキファミリアの皆さんですか?!」
「どうなってるのか、説明をお願い」
自然とロキファミリアの一員に見られている事は大変不服であったが、指摘する時間も無駄になるので黙殺して職員の説明に傾聴する。要約すれば、見世物として扱われていた魔物が暴走をし、檻を破壊しては都市の至る所で暴れているとの事だが、専用の調教師は何をしているのか。
いや、本来ならば辿る筈のない未来だ。テイムが一度成功している時点で、それ以上の強力な影響の介入が無ければ逆らう意思が芽生えることも無い。
しかし、魔物とて生き物だ。強く心を揺さぶられれば……。
瞬間、世界がはまった気がした。失われていた一つを、欠陥を取り戻したように。
するべき事を見出したディルックは、携えていた漆黒の大剣を顕現させ、直線的な軌道で仰々しく振り下ろす。
冒険者のレベルに換算すれば6以上の膂力を持って砕かれた地面からは、未だ疎らに居る人々をかき分けるように深紅の線が走る。凄まじい熱気を放ちながら行き着く終点は、少し先に居る一体の魔物だった。
ひび割れた大地から湧き上がるような炎は、街を破壊するその四肢とそれを支える胴と空の頭。全身を隈無く灰燼と変える。
「……強い」
「うわー! 凄い!」
立て続けて、左右の路地裏から二体のモンスターが牙を剥く。定めた狙いは、目の前の少女。罪なきその柔肌を糧にしようと食らいついた。
このモンスターの失態は二人の実力を見誤った事と、それを抑えて存在そのものが許されていなかった事。
二人の少女は迎撃の体勢に入る。とは言っても何かが変わる訳でもなく、ただ強いて言うならリラックスとして肩の力を抜くか。
そして、空気が爆ぜた。完全に獲物として捉えていた二体のモンスターの、一体は原型を留めない連続の殴打。一撃必殺の拳を何十発と食らう。もう一体は、疾風と見まごう剣速と吹き荒れる剣閃で細切れに。これで借り物の剣だと言うのが信じられない。
「アタシたちも負けてられないよー!」
「早くしないと」
そう言って、視界に入るモンスターを滅するために飛び出した二人。後に続く積もりの彼は、拭えない違和を感じていた。
根拠は無いが、地中に何かが這いずっているような気色悪い感覚が彼の脳を襲っていた。
嫌な予感は強まっている。
「全く笑えない、な。面白くない」
記憶の中の忌々しい女神に対し、呪詛を呟くように糾弾した。