何か改変が生じてしまったかもしれません。ごめんなさい。ですがオリジナルを除き根本的な事は大丈夫だと思います。
「はあああっ!!」
掛け声と共に強烈な轟音が辺りの空間を震わす。鈍くも爽快な打撃音だが、それ程の手応えは得られない。特に強固にも見られない体躯をしているものの、途轍もなく硬い感触が体を伝う。
思わずティオナは歯噛みする。普通ならば体ごと吹き飛んでいい威力で食らわせた筈。手加減の類は一切していないのにも関わらず、未だに相手は五体満足でいる。この様な無力感も実力者の彼女にとっては久しい。
「フッ……!」
入れ替わるように飛び出したのは、ディルックだった。彼の代名詞とも言える火炎は大剣を起点とし、明確な断罪の意志を持って吹き荒れる。彼はティオナを狙う触手ごと焼き切り、その勢いを殺さぬままモンスターが坐す方向へ駆ける。
彼らが対峙しているモンスターは、どこか植物に似通った風貌をしている。
その体から伸び、手足のように精密な操作を可能とする触手は、見た目の気色悪さも然ることながらその膂力も凄まじい。一度胴に受ければ四肢の保証は出来ない程に、その細小さからは想像ができないポテンシャルを秘める。
そして固い。一本一本が堅牢な城を彷彿とさせる重厚感が打ち合った者には伝わっている。その固さも攻撃の威力を底上げする要因だろう。
触手による凄絶な連続攻撃すらも、彼は培った経験値と技術と優れた勘だけで捌き切る。弾き会う度に溢れる量の火花が散り、力のぶつかり合い、相克を理解させられる。
右方向から曲線の軌道で放つ触手の突きを斜に構えた大剣の側面で軽快に受け流し、一秒にも満たない時間差で繰り出される左からの更なる襲撃も半身で躱す。
勢いを殺しきれなかった触手は、有り余る力で地面に突き刺さり一瞬の停滞を生じさせた。明確な隙を見逃す程にディルックの目は節穴と化していない。すぐさま見極め強く踏み込んだ右足を軸に一回転。その回転をブーストに、左足で未だ動かない数本の触手を蹴り敵の本体にめがけ飛び込む。
行かせはしないとディルックの行動を遮るように放たれた触手すら、彼にとっては脅威にもなり得ない。見切れる筈のない死角にも込めた的確に急所を突いた攻撃も、彼の絶技によって容易く薙ぎ払われる。周囲を狂乱に舞う焔は触手の形作る組織ごと全焼させ、最早使い物にならない。その火力は一目瞭然だった。
懐の半歩手前で止まった彼は再び地を蹴り、己の体を上昇させる。丁度、敵対するモンスターの全貌を見下ろせる位置へと飛び、大剣を構えた。瞬間、彼の周囲の空気は焼かれた。
振り上がる刃は、汝を処す刃。
この熱さは詰みの重さ。この痛みは贖罪の重さ。
───さあ、喰らえ……!
そのモンスターは、高く飛び得物を構えるディルックから何かを感じ取ったかのように震えた。感情が持ち得るかも分からないが、明らかに震え上がり特異な反応を示した。
動物的本能から由来する何かの現象なのか。しかし、このモンスターはただ一点、ディルックを視ているようで決して離さない。そして瞬間、残りの触手を彼へ放った。釣られる様に、強い引力に引っ張られる様に。
しかし、その足掻きすらも届く事は決してない。
ディルックの周囲に流れる凄まじいほどの魔力の奔流と迸る火炎。絶対的不可侵の超火力は容易に敵の反撃を文字通り溶かした。
そして、彼は気にも留めず大剣の柄を握る両手に精一杯の力を込め、持ちうるほぼ全ての精神力を注ぎ込む。
口ずさむのは彼の意志。それはまるで詠唱のように。
「判決を、下す……!」
罪を知らしめる煉獄の炎は、容赦なく魔物を喰らい尽くす。翻る翼は大地を焼き、踊る羽は大気を燃やす。あまりの熱さと眩さにその場に居た全ての人間は見とれてしまう。
「何なんですか、あれ……」
「……とんでもない火力ね」
後に合流していたアイズらと同じくロキファミリアの精鋭、ティオネとレフィーヤの二人は身も知らない謎の男の実力に瞠目する。下手すればレベル6である高位の冒険者ですら凌駕する一撃は二人の、いやアイズやティオナを含めた四人に大きな衝撃を与えた。
誰もが開いた口が塞がらない心境の中でしかし、とアイズは一人疑問を抱いていた。
先日のダンジョン内での一件でかなりの実力者である事は彼女も把握済みだが、これ程の威力は内包していなかったため強く気に留める事も無かった。だが、今回の件で以前見たものとは比べようも無い力を持っていた事を知ったが、その様な冒険者は聞いたことが無い。
冒険者に限らず強者であれば、その活躍や戦いの様子が人々と神を伝って語られる筈だが、こんな魔法と剣を駆使する人なんてアイズは聞いた事がなかった。魔法を使用しているという事は少なからず何処かのファミリアに所属しているだろう。
反応から察するに、この場の人は誰一人として彼を知らない。或いは、豊富な智見と鋭い慧眼を持つ団長ならば知っているかもしれない。
しかしアイズはあれこれ難しい事を考えるのが何より苦手だ。そのため、後で彼に直接聞こうと決めた。
大胆かつ行動力のお化けである。
「クッ……まだか」
しかし、灰燼と化すには少しばかり足りなかった。彼自身、街への被害等も考慮した上での攻撃だったが抑えすぎたようだ。モンスターは辛うじて原型を成している。大部分はドロドロと溶けて形を失っているが、未だに脅威である事に変わりはない。
もう一度放てば、周辺にある全ての無事は保証できない。一撃の爆発力は申し分なく強力だが、小回りが利かないという些末な短所がここで不幸を呼び寄せた。力の神髄が炎、物を焼き、燃やし、溶かす性質であるが故、尚更のこと無視出来るはずもない。
終わらない葛藤に苦悩の声を漏らす。いつか感じた無力感がまた、弱さを見つけて這ってきた。剣を握る力だけが、強い。
時間は無い。一刻も早く対処しなければ。
ところで、名所が不明のこのモンスターにはとある特有の性質を持つ。それは、魔力に過剰反応を示すというもの。
人間やエルフ、またはそれ以外の魔法を扱う生命には魔力が宿る。魔力は魔法を構築し放つ為の媒体であり、またそれは人の中に内包され潜在能力であり、生命力にも繋がるエネルギー。少量であれ膨大な力を秘め、扱い方もある程度個人の自由にカスタムが可能の優れた力である。
そして今彼らが対峙している魔物も例に漏れず、その習性が備わっていた。
意識は健在。たとえ身体が形を失い消えようとも、その魔物には殺意の意志があった。その習性に乗せ、痛みで滲む意識を痛みで制して命の略奪を今。
この場、この状況で狙われる可能性が比較的に高いのは誰か。
エルフは魔法に長けている。その事実は人類が共有する確固たる真実だが、決して長所と言う訳でも無かった。戦闘を繰り返し、培い、更なる進化の糧として己を支えてきた高い魔力が牙を剥くなんて未来、想像できただろうか。
少なくとも、この状況においては最悪な未来だったと言える。
「とどめ……えっ───」
体内で練り上げた魔力に案の定、触手は食らいつき、この中でただ一人のエルフを襲撃する。
レフィーヤは油断していた。
見たことも無い男が放った攻撃によって魔物の体躯を滅ぼし、死まであと一歩というところまで追い詰めたのを間近で見たからか、如何にも瀕死の状態で反撃なんて、と自身の価値観による断定が思考を鈍らせた。
心があって、意志があるならば誰であろうと思い上がるのが常識だ。自身よりも強く逞しく、そしてレベルが高い冒険者ですら太刀打ち出来ない化け物を前に怖気付いた彼女。
仕方がない、どうせ役に立たないと思いながらも絶望だけはせず、諦観せずに好機を狙う。
そんな時に現れた、いや作られた隙。どこの誰か、知らない人からのプレゼントなのは気に入らないが、小さい不満はチャンスを前に吹き飛んだ。
やっと役に立てる、その一心が彼女の目を潰してしまった。
最早、麻薬だ。自尊心の回復は依存性が高く、人が渇望する身近な欲求である。人は最初、夢を見て、その次に夢の上に理想を描いて、そのまた次は指標を定め走る。大小なんて問わず、人は先の道に想いを馳せるようだ。
彼女の心中、きっと憧れの誰かに褒められている妄想でも捗っていたのだろう。だから、今に進行する殺意に気が付かない。
人の夢は幾らでも変えて変えて無制限だが、描き直しだけは出来ない。疑似の白紙には出来るが、薄いレイヤーを一枚重ねたハリボテ。つまり、気付くのが遅れたら終わりなのさ。
あっ、と思って幻視したのは鈍い赤。これは未来視かもしれない。ただ強制的に享受させる痛みに、心構えを整えて。
「よそ見を……するな!」
固く閉じた瞼は、たった一人の一声で容易く開いた。レフィーヤが見たものは紛れも無い赤。燃えるように、焦がすような、とても熱い赤だった。ちょっとした断片が肌に散り鋭く痛むが、触れては危険な筈の赤が、どうしても触れたくなる温かさに包まれている。
颯爽と救命を成したディルックは、そよ風でかき消される命での足掻きに、執拗いと苦言を呈しながらも華麗に屠る。迷いの無い流動的な運びで、一瞬だった。
人は夢を見て、理想を描きなぞる生き物だが、描くパレットが一つであると限られるのか。自分の人生の中、幾度となく夢を描き直す人はいる。その度々にシートを重ね合わせて上書きをしていた。一つのパレットを人生のように大切にする。
だが、人生はパレットじゃない。人生の中に描く為のパレットがあり、要するに宝の地図とでも言おうか。宝探しに地図は付き物だが、地図だけで完結は望めない。その他諸々のプロセスを踏み達成が見えてくるのが、人生にも転写されているだけの話だ。
つまり、パレットは一つだけとは決まっていない。
燃え盛る炎と蒼天を背後に、黒い背中が照射される。ガラス越しに見る宝石やアクセサリーよりも、何よりも煌めいていたのは違いない。
レフィーヤのパレットはもう一つ追加された。今度はどんな理想を描く。
なんかフラグの予感……(ヒロインではない、断じて)