エンジェルズシェア〜オラリオ店〜   作:カリスマピーナッツ

8 / 10
遅くなって本当に申し訳ありません!!しばらくこんな調子ですがどうかお付き合い下さい。

沢山のお気に入り登録、本当に感謝です!ありがとうございます!!


豊饒の女主人

 

 

 

 今夜もゆったりと酒精香る筈の裏道は、余りに暗く伽藍堂。指標を担う夕陽色のランプも風に虚しく揺れる。

 どうやら、今日は営業をしていないらしい。

 

 一体、何故だろうか。

 

 先ず挙げられる要因といえば、不定期の悪人退治。決して眠る事の無い夜の街へ、粛清の刃を振るいに。

 そしてもう一つは、ダンジョンへ赴き魔石の採集に励んでいるか。商う者としては、商品の枯渇は何よりも恐れる事。余裕を持ち、念には念を入れる事は何とも彼らしくある。

 

 

 他にもまだ、可能性という可能性は挙げられるが、過ぎれば際限なくキリがない。

 それに、今回は何れも当てはまらないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 彼はまた珍しく、夜の入口でオラリオを闊歩する。子供もまだ目を擦る時間ですらない。酒飲みで言えば景気付けの一杯だろうか。取り敢えず、という口上のような触り。

 

 

 その中で一人、ディルックは何処へ訪れようというのか。

 案外目的など無く、自由気ままに夜風を感じるだけの散歩かもしれない。若しくは、度重なる心境の変化による負担を、酒と共に飛ばそうと。それとも、気まぐれに出会う人の温度に触れようとする一種の試みか。

 

 

 存外的外れでは無いようだが、正鵠を射る予測とも言えない。確かにその意思も、彼の心中に留まっている様だが主体では無かった。

 

 彼の目的は約束を果たす事。と言っても壮大な背景と重苦しい過去の轍による、尊い契りでは無く。囁かな文通からの口約束である。

 礼儀と格式、形式的且つ由緒正しいものでも無く、一夜共にする誘いの様に。

 

 要するに、お遊びだった。

 

 

 

 この様な機会でなければ能動的に夜遊びをする心も持たないが、案外彼はこの様な事を好いている。

 

 普段は、自身の「エンジェルズシェア」のカウンターで特製ぶどうジュースを雅に煽る。それが毎夜の慣わしであり、彼にとって落ち着くのがあの定位置だから。

 

 しかし、人並みに新鮮さを好む彼には、異なる店で交わす酒(ノンアルコール)も美味い。

 経営しているだけでは見えてこない、不明瞭であった客の目線にも合わせて酒が楽しめる。その一連の中には、多くの発見と新たな知識が詰まっている。まさに、彼にとって宝物に溢れる箱の様な一時である。

 

 

 

 まだ見ぬ今夜の酒(ノンアルコール)の味に思いを馳せれば、あっと言う間に目的地に着く。

 そこはとある酒場。木造のドアにはいくつかの打撃痕など傷むところも少々。しかし、それは長年とこの店が慕われてきた証左でもある。

 

 店内へと踏み入れれば、よく賑わう空間であった。彼のエンジェルズシェアと対比させれば、これまた真逆のよう。

 更に、店内の証明も若干明るめに設定されているのも、一つの知恵か。視覚から人の精神に訴えかける体制は、思わず感心する程に賢い。

 

 強烈な酒の匂い。舌に置かずとも酔いそうな程に香ばしい。この店は、たった一瞬で客を酒に没頭させる。

 描かれた光景は如何なる時も不変。筋骨隆々のならず者から熟れきれぬ若者まで、一様に無邪気に笑い合い、飲み交わす。品が無いとは言わせない。この店では、その笑顔が最高級であって不文律。剣呑、陰鬱、湿っぽい話は置いておき、愉快に酒に溺れる場であるから。

 

 相変わらずだと、彼は微笑んだ。

 

「豊饒の女主人」は、今夜もきっと騒がしい。

 

 

 

 

 

 

 

「一名様ご案内にゃー!」

 

 

 

 独特な語尾で案内された席は、店側の都合でカウンターの端の方。照明の当たり具合の関係か仄暗い席だが、彼にとっては僥倖だろう。

 

 騒ぐのは、どうにも性にあわない。楽しい酒に嫌悪はないが酒の肴にならないというだけ。しかし、騒がしいのは好む。他者の奏でる喧騒が、酒の肴に丁度いい位で彼は好んでいる。その点で言えば「豊饒の女主人」は打って付けだった。幸いにも、店主とも顔を合わせて話す関係であるため心置き無く楽しめる。

 

 

 

「今夜も一人かい? 女っ気がないねえ」

 

 

 

 酒の席で盛り上がる話題と言えば、恋愛譚であるのは否めない。しかし必ずといった具合でも無いだろう。紳士淑女も多少下劣に寄るとはいえ、何故自身の周りはこうもその方面を目指すのか。

 彼は少々だらしなく肘をつき項垂れる。そしてこの場を制す店主に対し、責めるような目で視線を合わせる。

 

 

 

「余計なお世話だ。……いつものを頼む」

 

 

「はいよ。ツマミはいるかい?」

 

 

「君のおすすめを貰おう」

 

 

「じゃ、これもいつものだね。少し待ってな」

 

 

 

 店主は早々に店の奥に消え、彼は手持ち無沙汰なのか、暇を弄ぶ為テーブル席に目をやった。

 十人十色。一瞥のみで色鮮やかだと解る景色は、美しいとはまた異なる情景を心に映す。価値の坩堝だが混沌の悪寒はなく、一つ一つが独立して混ざり合う。色同士、ひしめき合い衝突し合い濁らず。とても透き通っていた。

 

 これがここの醍醐味。酒の前のお通しには高尚過ぎるが、味は濃く応えがある。

 

 

 

「お待ちどうさま。はいよ!」

 

 

「悪いな。……っ、ああ、美味い」

 

 

「下戸のくせにいい飲みっぷりだねぇ」

 

 

 

 ご存知の通り、彼は酒に滅法弱い。本来であれば先の一口で溺死する程にカナズチな体質をしている。そんな彼が酒場を営むのも可笑しな話だが、それよりも今、彼を夢中にさせているのは彼が嗜む酔わない酒。

 

 彼と店主が共同開発をし、遂に完成させたのは下戸が幾ら飲もうと酔わない酒、という代物であった。

 これは革新であり救済。今まで下戸として虐げられる日々からの解放の一助として、これは成り立つ。実際彼も、その恩恵に肖り大きく感動した事だ。

 

 つまり、今彼は酔わない酒を飲んでいる。そんなの酒じゃない、とそれも一理あるかもしれない。だが、飲めなかった人々にとっては正しく救いだったのだ。

 

 

 

 少々長く浸っていた彼だが、ふと何かに気付き辺りを見渡す。その寡黙な表情も、若干の焦燥に歪んでいるように見える。

 

 彼らしからぬ反応。努めておくびにも出さない様に心持ちを強くしているようだが、長く人情に触れてきた店主は、一目で理解が可能だった。

 

 

 

「安心しな。あんたが来る時はリューは下がらせてるよ」

 

 

「……何も言っていないが」

 

 

「図星だろ? 目は口ほどに物を言うからね。あんたの場合、分かりやすくて助かるよ」

 

 

 

 それほど目を泳がせた自覚は無いが、この推測は店主の超人的な対人理解力によるものでもある。並大抵の人間では崩せぬ彼の仮面も、彼女にとっては豆腐の如し柔さ。

 やはり彼女には敵わない。内心で白旗を翻す。

 

 

 

「まだ引きずってんのかい。リューはもうとっくに振り切っているよ」

 

 

「分かっている。ああ……分かっている」

 

 

 

 いとも容易く悟られた己の悔恨。まるで彼女には、全てを見透かされているようで、何となく居心地が悪く感じる。

 逃避するように箸を進ませ、しかし絶妙な塩梅のツマミすら何の味もしない。

 

 一度核心に触れられれば、この有様。こんなにも脆弱な鎧であっただろうか。僕はこんなにも弱いのか、今一度彼は苛まれる。

 もしも、この様な彼が、過去の遺恨に再び向き合ってしまえば、どうなってしまうのか。余りにも悲惨且つ、呆れるほどに弱小な己の未来像に、合わせる顔がないと彼は自身を糾弾する。

 

 どうしようもなく、彼は弱いのだ。

 

 まるで非の打ち所の無い天才肌ですら弱点を、欠点を抱えて生きる。彼もまた人間だっただけの話だ。

 

 

 

「……少し、外の空気を吸おう」

 

 

「ああ、行ってきな。席はとっておいてやる」

 

 

「ありがとう」

 

 

 

 今だけは形骸の感謝で、その対応を流す。口は悪くとも空気は読める。そして何より慮れる優しい心が店主には備わっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 引きずっている、と彼女は言った。

 

 確かに彼は、決して切れぬ鎖で繋がれているように引きずる。歩く度に重くなり、日々の幸せがその縛りを強くする。既にその鎖も風化し、錆びているというのに。いや、だからこの有様かもしれない。と彼は自嘲する。

 

 だが、前には進めている。今を生きる一瞬が如何なる刻苦に成り代わろうとも、あの日あの時、虚しく翳る墓標の前誓った復讐は今も、刃の研石となって。

 憤怒もまた、忘却せずに遺産として心にある。

 

 そして、何よりも彼女の正義を借りているままだった。もう返せないこの意志は、今尚彼の心象に燻る。

 こんな借り物でしか刃を振るえない己は、否応なく最低だ。

 

 長い髪は冷たい夜風に靡く。なんの抵抗もなく揺れ動く様子に、卑屈にもまた自己を投影する。

 

 

 

 

「う……そ……」

 

 

 

 そんな夜闇に、靡くものがもう一つ。

 

 

 

「ディルック……なの、です、か?」

 

 

 

 それは、見覚えのある一輪の花であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




遂に邂逅の時ですがちょっと短いかもしれません。申し訳ない。

ちなみに、オリジナル設定として追加した酔わない酒は、ただノンアルというだけです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。