遅くなって、本当に申し訳ございません!
遂に邂逅ですが、リューさんのヒロイン力が高いような……。
「君と会話するのは、ジャガーノートの戦い以来か……」
「そう……ですね」
想定外の再会により濁る空気。両者の佇む夜の街道は、何処かしら淀んだ雰囲気を醸していた。心做しか、身体にかかる重力までより重厚になっているかもしれない。
一言交わせば、後に続く言葉はあらぬ方向に彷徨って、宙を揺蕩う様に飛んで行く。特にリュー・リオンの悲痛という解釈の余地がある表層が、重苦しさに磨きをかけていた。
「生きていたのですね……てっきり亡くなってしまったのかと」
「僕も五体満足で生還できるとは思っていなかった。……彼女達のお陰さ」
「ええ。アリーゼ達が居たから、今のオラリオがあると、そう思っています」
共通する悲哀に満ち溢れた過去を持つ者同士、ちょっとした悲劇の反芻で会話が起こる。あまり詳細に鮮明に振り返れる程に良い記憶ではないが、それでも自戒として忘却する事は許容できない。
両者にとって、あの日々は間違いなく掛け替えのない何物にも勝る宝玉。同じ思いを抱く二人は、しかし相容れないだろう。少なくともディルック自身が彼女と交流し、強くそう感じた。
「リュー・リオン。君は僕を恨んではいないのか」
「……そうですね。昔の私であれば分かりませんが、今の私は特に貴方を恨んではいない」
恨んではいない。同じ正義を胸に掲げ共に奮闘した戦友から、その言葉を受けただけで幾許か肩の荷が降りた気がした。
決して免罪になるという話ではないが、リュー・リオンの双眸と言葉には芯が通っている。これでも数年間背中を預けたのだから、言葉の真偽程度は識別できる積もりであった。
「リューは、エレボスの言う「正義」を見つけたのか」
「ええ。未だ、体現するには至れていませんが」
「……そうか」
「そう言う貴方は、どうなのですか」
リュー・リオンによる問答は、緩やかな兆候を見せた空気をまた、硬直させるにまで至った。
彼女の穿つような訊きは、正しくディルックの苦悩の中枢を抉る。投じられた一石と伴った揺らぎは、彼の無で凍りついた表情を大きく歪ませる程に、心中を侵していた。
ジャガーノート戦に於いて、彼はアストレアの眷属の一端を担い正義の完全な遂行を果たした。脆弱な大衆の命を守護し、安寧の糧となる為、半ば未熟な刃を振るう。そこに迷いは無い。民の平和こそが正義と疑えなかったのだ。
嘗て邪神に踏み躙られた志すら、所詮は邪神と耳を貸さずに自己陶酔に走る姿。思い起こせば愚者極まりない。終ぞ、彼は数多の民の救世主となり、仲間を救命しようともしなかった裏切り者となる。それすら借り物だというのに、嘗ての正義を腐らせたまま。
故に、ディルックに自身の正義は何一つ無い。今、こうして刃を振るう意思すら「正義」から生じた強迫観念であるのだから。
「僕は、今も昔も変わらない。平和の為に闇派閥を、悪を滅するだけだ」
「そう、ですか。……それは高尚ですが、何故か貴方は昔の私に酷く似ている」
嘗て、オラリオの為共に東奔西走を繰り返し、悪人を裁く日々。リューの記憶の中、街を疾駆するディルックの姿に恥ずかしくも憧憬を抱いていた。ただ純粋に正義を求め、体現し、闇に意志が汚される事も無い。そして情に厚く思い遣りある、正にリューの描いた理想の絵画。
その理想の歪曲は、七年前の大抗争からであっただろう。
今は亡き邪神エレボスは問う。正義とは何かと。リュー・リオンはその問いに対し自らの解を導いた。それは他ならぬ彼が共に居たから可能となった事。
だがしかし、彼の答えは一蹴される。
崩壊の引き金は、その刹那に引かれた筈だ。
「私は、貴方に復讐に囚われてほしくない。以前の様に、毅然と正義を掲げて欲しい。今の私にはできないから……」
「……すまない」
「……っ」
返ってきた謝罪の言葉は、リューの心に強く罅を走らせた。
改めて、過去は既に失われた事を突きつけられた様に思う。正義のアストレアファミリアは、もう何処にも無いのだと知ってしまった。
しかし、彼女は憤ることは無く、失望もない。この結末こそ私達、私に相応しいものだと達観する。自責の念を募らせ、心に後悔を焚べらせながら。
「たとえ、僕が醜い復讐鬼に成り果てようと、彼女達の遺した志は継がなければならない。それは全てを失った僕だから可能な事だ」
「それは……!」
「君には既に、守るべき仲間がいるだろう。後は君の正義を貫け」
ディルックはそう言い捨て、静かに微笑む。日常の中、人の笑顔を見るだけの男はその口角を上げ笑った。心の底から誰かに笑顔を向けるのは、久しい。彼はそう、自身を俯瞰する様に。
夜風を巻き込み翻る。はためく該当は星の消えた夜空のように深淵だった。立ち込める暗雲がおどろおどろしい。
「縁があればまた会おう。リュー・リオン」
流麗に背を向け去ってしまう。闇夜の背中は夜に溶ける様に遠ざかって、やがては見えなくなるだろう。
リュー・リオンの心には予感が走る。現状を傍観したままでは、二度と彼と会えないだろう事を。それではダメだ、と彼女は奮い立つ。過去の二の舞で喪う事への恐怖が、彼を引き止める原動力となって。
「待ちなさい! ディルック・ラグヴィンド!!」
「……何だ」
「貴方は仲間と言いました。ええ、私には何としても守りたい人達がいます。そしてそれは、貴方もです。ディルック」
「僕が……?」
「そうです。……ですから、私は嘗てのような貴方を取り戻してみせます。その身を壊してしまう前に」
愚直な瞳は固く鋭利な視線を放ち、ディルックを間違いなく射抜いた。瞳の奥に揺れるものは無い。その代わり、ただ一つ彼女の抱く彼への強固な想いがある。その激情が言葉として、不可視の形を象って顕現した。
その使命は、彼を過去から救う事。
「覚悟しておいて下さい、ディルック。私は容赦しません」
「……っ」
微かな狼狽、心の機微が窺える。今はまだ、それだけで構わない。元よりこの刹那で心情を変革出来るほど、彼の意志は脆弱でないと知っている。
彼は終ぞ、言葉を置かずに街へ消えた。きまりが悪いと、その場から離脱を図る悪癖は克服していないよう。
変わり果てた彼にも、変わらないものが奥底に秘めていることを、何となくリュー・リオンは知覚した。些細な癖は彼本人である事の証左でもあるし、何より彼は全てに勝る熱さを持つ男だ。
たとえ腐敗した正義であろうと、対する熱さに狂いはない。寸分違わず彼だと言える。
「私も、戻りましょうか……」
しかし、柄にもなく熱くなってしまった。何処からか彼のが移ってしまったのかもしれない。リュー・リオンは日常の自身と掛け離れた様子に戸惑いながら、それを受け入れているようにも見える。
移ったのなら、それも存外良いのかもしれない。一度目を瞑り、そうしみじみ思う。
「とはいえ、威勢よく啖呵をきったものの、何をするか決めてませんね……」
どうしましょうか。
彼女の呟きは、颯爽と夜風がさらう。カランとぶら下げた看板が揺れていた。
具体的な事は、過去編で改めて書こうかなと思ってます。