日が昇り、そろそろ昼時だとお腹が教えてくる時間。季節は桜が散り始める頃と暖かくやさしい時期。都内をめぐる交通網と言ってもこの時間の車内は人が少なく、よくテレビで見るような通勤通学ラッシュの映像と比べると同じ都内だとは思えない。
「ふぁあ、ねむ。……ま、地元はこの時間だっと一人乗ってりゃいい方かな?」
地元の北の大地、それも農地や牧場だらけの田舎から流行の最先端である東京。移動にもかなりの時間と体力を使うが全く知らない場所、しかも都会のジャングルである駅の迷路を抜けてきたせいか疲労が溜まっている。そこに春の心地よい気温に適度な振動。眠くなってしまうのも無理のないことだろう。
「お? どうしたお嬢ちゃん? 私の耳が珍しいのかい?」
同じ車内の同じ列の席、少し離れた場所に座っている母親とベビーカーに乗る幼子。彼女にとっては初めてウマ娘なのだろうか? 自身の持つ耳や尻尾に興味津々のようで柔らかい手をこちらに伸ばしている。
「すいませんお母さん。彼女と握手させてもらっても?」
「ええ、どうぞ。」
そっと人指し指を差しだし、彼女が不思議を握ろうとする手に触れる。地元に置いてきた、と言えば聞こえが悪いが私が中央に進学したせいで離ればなれになった妹のことを思い出す。
「慣れていらっしゃいますね。妹さんでも?」
「えぇ。ちょいとばかし食い意地の張った奴が。」
実際は妹との歳の差はそこまで離れていないので彼女が赤ん坊だったころの記憶は私にないが、こういった小さい子との触れ合いは地元にいたときに何度か経験した。そのおかげで“慣れてる”と言われたのだろう。
「ごめんなさいね、この子初めてウマ娘さんを見て気になったようでして……。」
「いえ、大丈夫ですよ。私も可愛らしい子とお友達になれてうれしい限りです。」
「ふふ、よかったわね。かわいいだって~。……そういえばトレセン学校の生徒さんですか?」
「えぇ。運よくこちらで走れるようになりまして……。」
そうだ。元々はまだ私がいないと不機嫌になる妹もいたし、牧場・農場の管理やその妹の鋼鉄がごとき胃袋を満足させるのに四苦八苦している母もいた。それをほっておけるはずもなく、少し遠いが何とか家から通える地元のトレセンに通おうと思っていた。
それが何の因果か私も中央のエリート集団行き。『いつまでも自分の子供に支えられるほど軟じゃないよ!』と母親に背中を押され、『お"姉"ち"ゃ"ん"!!!』ともうそろそろ高学年になるって言うのに泣きじゃくる妹に見送られながら上京。本当に人生何があるか解らないよね。
……うん、ホントに。
『次は~、東府中~。東府中です。電車とホームの間に~。』
そんなことを考えながら赤ちゃんを連れるお母さんと、頂いた消毒シートで拭いた私の指を甘噛みするお嬢様を眺めながら談笑していると目的地が近づくアナウンス。
「おっと、そろそろか。すいません、お母さん。楽しい時間をありがとうございました。あとおチビちゃん、私の指はおいしかったかな?」
「あう!」
「おっと、そりゃよかった。」
「すみません、ほんとに……。トレセン学園での生活、頑張ってくださいね。」
そのありがたい言葉に感謝しながら降車するために棚に上げてあった荷物を降ろし、キャリーの持ち手部分を伸ばす。はてさて、幼子とそのお母さんのおかげでいつの間にか“都会”というもの自体に緊張していた私は消え失せている。さぁ、中央もろとも楽しみましょうか。
「あ! そういえば、お名前はなんていうんですか、ウマ娘さん!」
ドアの前まで移動し、ゆっくりと速度を落とすことで発生する慣性に抗いながら、そう問われる。
一度は燃え尽きた名前、しかしながら私の魂を、肉体を表す名前は一つだけ。私は、どう頑張っても特別なものには成れはしない。だから、せめて、家族が微笑んでくれるような“甘さ”を持てるように。
「……、キャンディ。オースミキャンディだよ。走ってるとこ、見てくれるとありがたいかな?」
ーーーーーーーーー
と、まぁ母親と幼子っていういきなり故郷を思い出してしまう出会いがあったおかげで若干にゃセンチメンタル。まぁあの親子が私の第一号ファンとして考えれば無茶苦茶ありがたい出会いだったわけであるけども。
「え~っと? 切符で通れるのは……、うわ端っこしかないじゃん。進んでるなぁ……。」
ずらっと並ぶ東府中の改札。その多くがICカード専用になってて共用なのは少ない。地元の最寄り駅は切符だけなのを考えるとやっぱ都会はすごいねぇ。う~む。家でやると手続きが面倒なのとどうせ寮生活になるから空港近くからここまでは切符でいいだろうと思ってたけど……、こりゃ作っといた方が良かったかも。たしかsuikaだっけ? それともmeronか?
「ま、どっかのお上りさんみたいにタッチし忘れるとか切符忘れるとかはないんですけどね。」
田舎出身だがさすがにそこまで遅れてるわけじゃない。する~、と改札を通りましてこの辺りのマップを柱に備え付けられている地図で確認を行う。年齢的には“今どきの子”だが生憎文明の利器であるスマホなんてハイテクなものは持ち合わせていないのでね。この付近のマップ叩き込まないと都会で野垂れ死にする羽目になってしまうのよね……。
「ふむふむ、なるほど……。あ、トレセンの最寄り一個後ろの駅かぁ。どっかで検索ミスったのか? まぁしゃあない。あとは……、お。近くにレース場あるのね。」
私の相棒で今はキャリーケースの中で眠るPCくんで検索した時はトレセンの最寄りは東府中だったんだがどこかで失敗したのだろう。まぁしゃあない、間違うこともある。にしても最寄りにレース場か……、TVの向こう側でしか見たこともない中央のレベルを見に行くのも一つの手だ。
「でもま、確か案内の駿川さん? いくら17時までならいつでも大丈夫って言われてるとしても待たせてるわけだからね。こちらも昼過ぎぐらいに伺うって言ってるわけだから遅れるのはマズいだろう。」
そう言いながら目の前にある地図を頭に叩き込んだ彼女。後ろから地図の前でずっとにらめっこしていたせいか人のよさそうな駅員さんが様子を見に来てくれたが、もう大丈夫なので軽くお礼の会釈をしてその場から立ち去る。
ぐぅ~~~!!!!!
その瞬間鳴り響く凶悪な腹の音。あまり人がいなかったことがまだ救いだが、一斉にこちらを向く無数の目線。こちらに寄ってきていた駅員さんも目をぱちくり。これにはお姉ちゃんも赤面しかない。
「えっと、量が多めのごはん屋さん紹介した方がいいかい?」
「オ、オネガイシマス。」
苦笑いしながらも、おいしくて量が多い学生のウマ娘にありがたいお店を紹介してくれた駅員さんに感謝である。
「大将! ご馳走様ー!」
いや~、食べた食べた。いやはや、上京という一大イベントに緊張して、その後あの親子との出会いがあって、んで間違えたけど一応トレセン付近についたせいで安心した結果……、公衆の面前で馬鹿でかい腹の音を響かせてしまうとは……。
「恥ずかしい、っすねぇ……。」
ま、お勧めしてもらったごはん屋さんはおいしかったし、並みのウマ娘よりはよく食べる私にありがたい値段設定と量。しかもご飯味噌汁おかわり自由なのも最高だったし、大満足ですね。学園に無料で使える食堂が無かったら毎日通ってしまうぐらい。
「いつか妹もこっちに来るだろうし、いつか一緒に……、いや店が潰れるな。さすがに申し訳なさすぎるから却下だ。うん。」
よく食べる我が胃袋は親愛なる母曰く『際限なく吸い込む掃除機』なのに対して、同じく親愛なる我が妹の胃袋は『ただのブラックホール』である。そんなもの申し訳なくてお店に連れて行けねぇ……。まぁその胃袋をいつも埋めてたのは私とお母ちゃんなんだけどね……。
「食事作るの大変過ぎて倒れるとか笑い事じゃないからな、お母ちゃん……。」
さすがにお母ちゃんだけにあの子の食事全部作らせるのは過労死一直線が見えてくるので、二つ目の冷蔵庫一杯に作り置きとネットの海に転がってたお手軽で量があるレシピを色々置いてきたし、『そろそろ自分で食べるのは自分で作れるようにな?』と言うことで簡単なもの叩き込んできたけど、不安だなぁ。
「まぁ東京にいる私ができるのは電話するぐらいかな? ……っし! 腹ごなしに駆け足でトレセン向かいますか! たぶん待たせてるだろうしね!」
ーーーーーーーーー
あれからちょっと走って十数分。地元と違って人が多いし、建物も多いから死角もおおいからあんまりスピード出さないようにしてたけどあんまりそこらへん気にしなくてもいいのかな? なんだかトレセンのお膝元のせいか走ってる私を見る目が凄い微笑ましいものを見る感じですし、歩く人もあちらから邪魔にならないようにスッて避けてくれる。ありがたいことですじゃ。
あと休日で私服、キャリーとか片手に持ち上げて走ってるのもあって新規転入生、みたいな感じで見られてたのかな? どっちかと言うと私新入生の枠組みでこっち来るのが週単位で遅れた不良生徒みたいな感じなんですが……、傍から見たら何も変わらないから仕方ないか。
おっと、ちなみにわたくしの私服は黒パンツで白シャツ黒上着の私服オシャレスーツみたいなの着てます。うちスカートとかひらひらしたの恥ずかしゅうて苦手やねん。最近は妹に矛先が向いたからいいけど母にかわいい服とか色々進められてねぇ。嫌いではないけどクールな方が好きなんですわ。
まぁ私の私服なんてどうでもいい話。ちょっと景色の方に意識を集中させると区画の雰囲気が変わっている。学園や寮らしき建物も見えてきたし、そろそろ到着ですかね?
景色も彼女のいうように町中から学園の敷地へ、雰囲気も人込みも変わっていく。なんだか世界が変わるような感覚に面白さを覚える。そして自分がその世界の一部、口では『地方で十分、中央なんてエリート様の世界でしょ』なんて見上げるだけだった存在になれると考えると気分も上がり、それと共に速度も上がる。
「お、前方の校門らしき場所に人はっけ~ん! 緑のスーツ姿だからメールもらった案内役の駿川さんかな?」
こちらが緑の人を気づいたように、あちらさんもこちらが走ってやってくるのを見つけたようだ。近くに車や他の人が来ていないかを確認するためか軽く左右を見渡しながら手を振ってくれている。
「よい、しょっと! お待たせして申し訳ない! 本日よりお世話になるオースミキャンディです!」
昔地元の奴らとふざけて練習してた重心移動でキャリーケースの重さを利用した急ブレーキで緑スーツの女性の前で止まってご挨拶。
の女性の前で止まってご挨拶。
「いえいえ、大丈夫ですよ。お昼ご飯でも食べてました? 頬におべんとついてますよ?」
頬に手を当てると、言われたように複数の白い粒。……顔が熱くなってくるのを感じる。あ~、なるほど。微笑ましいものを見る目はこれが理由でしたか、とほほ……。
「すいません、つい空腹で食べてきちゃいました。」
「いえいえ、オースミキャンディさんも育ち盛りでしょうから大丈夫ですよ。たくさん食べてたくさん走ればパーフェクトです。あ、申し遅れました。今回の案内をさせていただく駿川たづなと申します。普段は理事長秘書をやらせていもらってます。たづな、と言ってもらって大丈夫ですよ?」
「これはご丁寧に……」
頬から手のひらに移動したご飯粒を口に放り込み、ご挨拶。あとはたづなさんに連れられて学園案内。今日は休日なんで明日からお世話になる教室や、共用のターフ、トレーニング器具などが置いてある部屋などの説明。食堂の説明が終わると購買の案内etc……、う~ん。広い! 地方よりくっそ広いじゃんか! やっぱかかってる金の額が違うぜ……。
「……と、後は寮への案内だけですね。寮の方はそちらの寮長が案内を担当します。それとかなり長い間の案内でしたが大丈夫でしたが?」
「あ~、いえいえ。大丈夫です。地元のトレセンと比べるとかなり広くて驚きましたがある程度は頭たたき込めたのでいけると思います。今日はわざわざありがとうございました。」
「いえいえ、仕事ですので。他の皆さんより少し遅いスタートで色々と大変だと思いますが、頑張ってくださいね。何かあればいつでもお力になりますから。」
「ありがとうございます。……まぁ遅れたのは地元の奴らとなんやかんやあって、大部分自分のせいですので……。ま、なにかあれば頼らせていただきます。」
「はい~。あ、見えてきましたね。あちらがオースミキャンディさんが生活する栗東寮ですよ。」
色々と他愛もない雑談をしながら、話の流れで自分が新入生の癖に一週間ほど遅れてこっちに来ることになった理由である地元の地方トレセンでの同期たちを思い出す。色々あって三年以上の腐れ縁の奴ら、ちょっと目を閉じるだけであいつらの今と成長した二年後の顔がすぐに浮かぶ。
そんな奴らと違うトレセンに進むわけだから色々と思うことが無いと言わない。でも私があそこにいることが“アレ”を引き起こす要因、って言われてしまったら、ねぇ。事故なんて二度も起きる必要ないでしょ? おっと、もう寮についたんだったね。
ーーーーーーーーー
「ふぃ~~~、ここが私の部屋かぁ~~。」
あのあとたづなさんに連れられて栗東寮の寮長さんとご挨拶。そこから簡単な寮の説明と自信の部屋のカギを頂いた。中央の寮長、と言えばもっとバブみが強くて量のみんなにお弁当作ってあげるような人や、初対面の人にマジック披露するような人かと思ってたけど別になんてこともない普通の人だった。まぁ中央にいる以上エリート様なんだけどね。……ん? もしかして変な電波拾った?
「それにしても1人部屋とは……、あっちでは普通に二人だったけど……。普通入学したばっかり中一を一人部屋に当てるか?」
まぁそう愚痴を言いながらも理由はすでに説明されているので意味のないもの。なんでも元々ここには高一の先輩が住んでいたそうだが、ほんの数日前に自主退学なされたらしい。行先は関西の方の地方トレセンだそうだ。
「ま、中央だからこその実力主義社会。私が過ごしたあの二年間みたいに、持ってる物の上で胡坐をかいてたら、名の知らぬ先輩と同じ道辿りそうだよなぁ。」
せっかくこっち来るの一週間も遅らせて地元の奴らと祝復活&決起集会して、『お前らの代わりにてっぺんとってきてやるわ!』な~んてふざけた手前ボロボロになって帰ってくるのは駄目ですね。
荷物の整理もそこそこにベットに寝転がり天井を見つめる私。
「ま、それよりももっと大事な理由があるんだけどね。そうでしょ、スぺ?」
私じゃなくて、彼女に託された思い。そこに、何か思うことはない。どう考えても秘めている才能の差は格段にスぺの方が上。どう考えても託されるべきはスぺだった。
あの時、私の生みの母が私を見ていたかどうかは知らない。まだ幼い私の意識がそこまでしっかりしていると思わなかったのか、母がスぺしか見ていなかったのを私がどう思うか、スぺを産んで、生きるか死ぬかのギリギリの状態で紡がれた約束。そこに私が入っていないことをまだ三つになったばかりの私にどれだけ衝撃を与えるとかあの極限状態に考えられなかったのだろう。
ただ、産みの母のそれまで最大限注いでくれていた愛情が、私に注がれた分だけスぺに注がれるように、残してしまう彼女に何か残せるように紡いだ言葉。『日本一のウマ娘』、“成れる”が“成る”に切り替わった時、いったい何が起こるんだろうね……。
ま、私は両方の母に愛してもらったし、妹は目の中に入れても痛くないほどにかわいい。世界全てと三人を天秤にかけられたら迷わず家族を選ぶくらいに愛してもらったし、こっちも愛してる。
私が危惧してるのはスぺの夢であり、産みの母との約束である『日本一のウマ娘になること』が彼女にとっての呪いとなること。今の私はまだ公式で走っていないが、前は地方トレセンで学園一の才能の持ち主、とかもてはやされた。でも負けるときは結構負けた。地方で天狗になっていた私が地方で負けるんだ。地方よりもエリートが集まる中央でも才媛と呼ばれた奴が何もなせずに終わることなんてざらにあると聞く。
私より底知れない才を持つスぺ。私が彼女と同じ年齢の時、彼女のように才能の光を醸し出していただろうか、いや条件さえ整えれば私より速いし、スタミナがある。彼女の名前、スペシャルに恥じない才能、そして夢に向かって走ることができる能力。私よりも何倍もすごい。
でも、そんな才能がある奴でもこけるときはこける。失敗するときは失敗する。そして才能がある奴ほど一回の失敗が重荷になる。それまで積み重ねたものが大きければ大きいほどその挫折は厳しいモノになる。
私は道の小石でこけてしまい、それが原因で結果が残せないようになって“約束”が“呪い”に変わる、そんなのは見たくない。
「“アレ”を起こさずにスぺがこっちを気ままに楽しく、そして結果を残せるように。私は舗装しにきた。すんばらしい計画だよね。……あとお母ちゃんが苦労しないように牧場&農地の維持費用+改築とかもできるように稼がねば。スぺの食費も忘れちゃならんし。」
スぺとお母ちゃんには悪いけど嘘をついている。
育てのお母ちゃんが私を傷つけないように“二人で”『日本一のウマ娘』なるように、と言い始めてくれた時から私はそれに乗り続けている。スぺはそれに何も疑問を感じずに二人で日本一になろうと頑張っている。母もそれを応援してくれている。私も、母のやさしさを感じながらそれに乗っている。
家を出るときも『じゃあスぺ、お姉ちゃん先に日本一なってくるからね。スぺも私に負けないよう頑張るんだよ?』と言ってきた。
当然だが私にそんなことができる力も才能もない。重賞レースに出走できるのがせいせいだろう。もしかしたらそれ以下で一つも勝ち星を拾えないかもしれない。過去、私の場合は一度目の時は地方重賞で勝ち星を積み重ねたが、中央はそんなに簡単じゃない。
もしかしたらGⅠに出て、勝てるかも。という風に夢を見れるほど私は馬鹿じゃない。いかに緩い地方で戦っていた私でも勝負の世界が厳しいことは解ってる。思い通りになることなんて一つもない、それがレース。
なんども私が言っているようにここはエリートしかいない魔境、蟲毒と言ってもいい。中央にいるだけでみんながみんな化け物だ。地方と中央の交流戦、中央からやってきた未勝利の奴に全く歯が立たなかったことが思い出される。この身で中央の恐ろしさは理解している。
そうだ、私はどうせ“そこ”どまりになる。日本一に挑む資格すらもらえない。
でもスぺは違う。スペシャルウィークは違う。あの目がくらむほどの原石は絶対に違う。
産みの母がつい託してしまうように、育ての母が夢を重ねるように、そして私がすべてを任せてしまうぐらいに彼女の才能は高い。恐ろしいほどに高いんだ。
スぺが走るならダービー、いやそれ以上。クラシック三冠や天皇賞連覇もあり得る。本当にそう感じられる。
だから私は彼女のためにすべてを使う。スぺが中央で走りやすい環境を彼女が入学するまでに用意する、彼女が私以外にも頼れる先輩を探す、彼女がお腹を空かせないように稼ぐ。
あのダイヤモンドが道端の小石で傷がつかないように全力で守らないといけない。彼女を研磨するのはここのトレーナーに任せる。私は彼女に降りかかる障害を全力で蹴り飛ばす。
私が『日本一』になれないのなら、せめてスぺがそれを……。
「それに、一度焼け死んだ身だから……、死人が現世に必要以上に迷惑かけるのわ、ね。おっと。そういえばこっち着いたら連絡するって約束してた。スぺ~、お姉ちゃんが今から電話するよ~。」
そんなことを言いながら、ベットから飛び上がる。まったく中央はお金かかってていけないね。ベットの質が良くてすぐに寝てしまいそうになるよ。
「そういや公衆電話どこだ……?」
ーーーーーーーーー
「お"姉"ち"ゃ"ん"!!!」
『おーおースぺ。どうどう。とりあえずお母ちゃんに代わりな? その間に落ち着いといで。』
スぺが笑いながらボロボロ涙をこぼして走ってきたかと思えばキャンディから電話がかかってきたようだ。まぁ唯一の血の繋がった家族だし、滅茶苦茶仲良かった上にお姉ちゃん子だからねぇ、スぺ。キャンディが中央に行くって決めたときは長い間離れ離れになると理解した瞬間ボロボロ涙をこぼしてそのまま一晩中泣き出したから大変だったよ。……まぁ泣きながらいつも通り大量にご飯食べてたのは少し笑っちゃたけどね。お~い、スぺ。お姉ちゃんにも言われてんだからちょっと顔洗って落ち着いてきなさいな。
「……はい、変わりました。ってまぁキャンディだよな。どうだい、東京は?」
『はは、まだ初日だよお母ちゃん。ま、人は多いし発展してる。退屈しなさそうなのはいいよね。けどスぺとお母ちゃんと会えないのは寂しいし、アイツらと遊べないのもね~。』
「そっか……。でもそっちでも友達出来るだろうしそこまで心配しなくてもいいんじゃない? なんてったって私が知らないうちにあんなに友達出来てるんだもの。まったくいつの間にあれだけの友達作ったんだい?」
『あはは~、まぁ前々から色々ね。二、三年ぐらいの付き合いだったけど話すタイミング逃して、そのままズルズルと……。』
雑談やちゃんとご飯は食べたか、寮はどんなところなのか、そんなことを話していると顔を洗ってきたスぺがこっちに戻ってきた。溢れた感情も落ち着いてきてるみたいだし、変わっても大丈夫かな?
「じゃあ、キャンディ。スぺに代わるよ。……スぺ。お姉ちゃんとの話が終わったらまた私に代わってね。」
「うん!」
「お姉ちゃん! あのねあのね…………。」
オースミキャンディ
スペシャルウィークのお姉ちゃんで史実馬です。かなりドラマがございますので調べてみてはいかがでしょうか? この手の話ではよくあることですが私は神を呪いました。
容姿はスぺを少々大人にしまして、髪色を栗毛寄りの長髪にした感じ。年齢にしてはかなりしっかりしており、妹と家族のためなら本当に何でもする家族思いの子。田舎生まれの田舎育ちだがアニメスぺのように都会に対応できない訳ではない。まぁどこか抜けているところもあるが……。なお服装と言動、すでに本格化が済んでいるため年齢より上の世代と勘違いされやすい。
ちなみにですが拙作の『アルスぺ』の設定の一部を受け継いでます。何とかあっちを書けないかと四苦八苦している時にリハビリの一環として書き上げた物でございます。
ネタバレ
お姉ちゃんは史実通り火災で亡くなっております。史実では厩舎でしたが、こちらでは地方トレセンの寮が焼失し、彼女も巻き込まれました。アニメやアプリでスぺが『近くにウマ娘がいなかった』という発言をしています。彼女の学力、身体能力的に地方のトレセンに入るぐらいは簡単なはずですが、何故入学していなかったのか。そして母親がウマ娘でおそらくキャンペンガールであるのに姉の姉の存在が示されていないのか……。
おそらく中央で勝利しているキャンディが地方に入れば敵なしだったでしょう。そしてスぺの性格と似ていると仮定すれば仲間もたくさんできたでしょう。そこに唯一の血縁であるスぺを遊びにやってこさせるぐらいは普通にするでしょう。ならばスぺは他のウマ娘を見たことがあったはずです。しかも身近に姉がいればそんな発言はしないはずです。
憶測になりますが寮で火事が起こり、すべてが燃えてなくなったと考えれば……。やさしい彼女にとってとても大きな傷になってしまったことは想像に難くありません。
その傷を忘れるために、治すために掛かった時間によって入学が遅れ転入生となってしまい、傷つき壊れてしまうぐらいならばいっそ最初からなかったことにすれば、という心を守るために致し方なく記憶の忘却、それからくる『近くにウマ娘がいなかった』という発言。
ま、全部嘘なんですけどね。
この作品ではお姉ちゃんがなくなる直前で三女神様が出動。悲劇の一番の起点となっているキャンディお姉ちゃんが地方に入学したという事実を中央に入学したというモノに変えることで最悪の事態を回避した世界線になります。しかしながら神様の仕事はいつもどこか抜けているのがお約束。案の定火事の被害者の記憶のリセットを忘れていたのでキャンディの同級生とか後輩とか全部覚えてるんですよね……。
んで女神様方が巻き戻した地点はキャンディの中央入学一月前、キャンディの同級生たちは復活したことに驚きながらももう一度やり直せるならといきこんで地方に入学してみればあの地方オグリ時代みたいに勝ちまくってたキャンディがいない! もしや何かあったのでは! と自分たち火事の被害者みんなが記憶を保持したまま巻き戻ってることに疑問を思わず大パニック。
キャンディ自宅の電話番号を覚えていた有能ネキが電話をかけてみるとキャンディも過去の記憶を覚えてて、しかも中央に入学することになってるじゃないかと大騒ぎ。まだ入学していない小学生の6年、5年(彼女たちも地方に入学しのち被害にあう、キャンディのこと慕ってた)を急いで呼び集めて送別会&復活祭を敢行。キャンディも昔の仲間と一緒に騒げるし、みんな元気にしてるから大喜びで参加。
んで気が付いたら中央の入学式から一週間過ぎてるやんけ……、で冒頭に行きます。
でもまぁお姉ちゃんの気持ち的に自分をもう終わった人間としてるんで、それまで持ってたスぺに為に、という思いが若干暴走してるんですけど……。トレセンという病院で何とかなりませんか? 救いは、あります!