もしも、アズールレーン学園に入学したら   作:白だし茶漬け

12 / 20
いつかではなく

 

 暖かい日差しの中、いつも通り桜が散る空の下で長い長い石畳の道を俺達家族は歩き続ける。

 

 道はまだまだ続き、小橋がいくつもあり、その先には長い石階段。そしてその頂上にはこの重桜の中で1番大きな屋敷がそびえ立っていた。

 

 この道を歩いているのは俺達だけでは無く、他の人達も屋敷に向かって歩いていた。

 

 皆それぞれかなり高価な着物や装飾品を身につけており、見た感じかなり上の立場にいる人達ばかりだ。

 そして、周りの人達は俺の事を端目で見ており、珍しい物を見るような目、嫌悪している目がそこら中から突き刺さっていた。

 

「ねぇ、あの子……耳がないわよ」

 

「でもあの服装……指揮官よ」

 

「かごなしが指揮官ねぇ……」

 

(うぅ、視線が痛い……)

 

 かごなしと言うのは、重桜では獣の耳や尻尾が無い人の事を指している。それが無い人達は神様のご加護を受けられていない呪われた人とも言われてるけど……それは大昔の迷信だ。

 

 だけど、信仰が強い重桜ではその言い伝えが根付いている。……今日でそれが払拭出来れば良いんだけど。

 

 思わず気が重くなり、頭も下げて俯いている状態になると、背中から急に強い衝撃に与えられた。

 あまりにも強いから思わず転びそうになり、衝撃の出処を見る為に後ろに振り返ると、そこには狼の耳がある男が立っていた。

 

 高級品漂う装飾品と服、そして屋敷に呼び出されたのを見れば、重桜でも上の立場と言うのは明らかだった。

 

「邪魔なんだよ、かごなしが」

 

 そう言って男は笑いながら悪びれもなく嘲笑いながら先に言ってしまった。ここで問題を起こすのは良くないと思い、小さい頃でもこういう嫌がらせはされてきたので気にもとめず制服に付いた埃を払った。

 

 だが、隣にいた赤城姉さんはそれを良しとせず、目に見えない小さな式神をさっきの男に投げつけた。

 式神が男の背中に触れた瞬間、男の服から服が燃え上がった。

 

「うわぁぁ!? 何だ!? あっっつ!! 熱いい!」

 

 いきなり燃えた背中に男は混乱し、近くにあった池に飛び込んだ。火は何とか鎮火出来たが、服はずぶ濡れで周りの目からは不思議そうな目をしていた。男は呆気に取られ、それを見た赤城姉さんはさっきの男に見られないように笑った。

 

「ふふふ、優海に害を加えた罰よ。なんならその小さな池ごと燃やして……」

 

「赤城っ!」

 

 赤城姉さんが袖元の式神を取り出した瞬間、母さんが聞いた事ない怒鳴り声を上げ、その場の空気を凍りつかせ、赤城姉さんも怯えるような顔をしていた。

 

 赤城姉さんだけじゃない、加賀姉さんも土佐姉さんも見た事無いほど怯えており、耳や尻尾を震わせていた。それ程までに母さんの目は、鬼のように怖く、刀のように触れると斬られそうなほど鋭い目をしていた。

 

「KAN-SENが一般人に力を振るうことはあってはならない事。こればかりは許しません」

 

「うっ……だ、だけどあの男が優海をわざt」

 

「黙りなさい。赤城、貴方の式神を渡しなさい。全部です」

 

「は、はい……」

 

 天城母さんの圧に負け、赤城姉さんは全ての式神を渡した。袖の下、着物の胸元、髪の中……待って? どんだけあるの? 

 結果、渡された式神は天城母さんの手に溢れる程になっており、これには天城母さんも少し引いていた。

 

「こ、これは優海を助ける為です! 優海に近づく害虫や悪女を近づけなくすれば、優海は私の事を……」

 

「少し黙りなさい」

 

 天城母さんの怒りは頂点に達し、笑顔では無い笑顔で天城姉さんの口を閉じらせた。こうなってはもう、赤城姉さんは天城母さんの許しを得るまでは喋る事は無いだろう。

 

 母さんは赤城姉さんの式神を破り捨てると同時に炎で式神を燃やした。

 

「優海、あまり気にするな。所詮は視野が狭いただの一般人だ」

 

「分かってるよ加賀姉さん。……分かってるから」

 

 気にするだけ無駄ってわかってはいる。だけど、微かに聞こえる声は、はっきり言う事よりも心に来た。

 

 

 あの子が指揮官? 

 有り得ないだろ……かごなしだぞ

 

 しかもなんでKAN-SENと一緒に……? 

 

 相応しく無いだろ……

 

(俺が指揮官なのって……間違ってるのか?)

 

 目指した事自体が間違っていたとしたら、今までの俺は……何だったんだ? そんな自己嫌悪に陥ると、母さんが俺の頭に手を置き、優しく頭を撫でてくれた。

 

「今日は【迎春の儀】3日目……つまり、神子様である長門様がカミの声を聞き、それを民に伝える日です。アズールレーンが設立された今、この行事には他の陣営の方もいます。無礼は無いようにしませんと……ね?」

 

 母さんは笑顔を向けてくれた。その笑顔は大丈夫と、言ってくれているようで、さっきの自己嫌悪は少しづつ薄れて行った。

 

「本来はあの男の様な上の立場しか行けない屋敷だが、今回は招待を受けたという訳だ。まぁ、優海が指揮官になったおかげでもあるな」

 

 土佐姉さんの言う通り、本来長門ちゃ……長門様の屋敷に入れるにはそれなりの理由と立場が必要になる。

 それ程、神子と言うのは重要であり、大切な存在だ。その為、こうして大勢で屋敷に行くのはこれぐらいの行事しか無いという訳だ。

 

「しかし、他の陣営が来るのは初の試みだな。上層部どういう意図があるんだ?」

 

「存外、重桜の威厳やらを示そうとしているんじゃないのか? 古臭い考え方だ」

 

 土佐姉さんの疑問に、加賀姉さんの推測混じりで答えてくれた。まぁ……重桜の上層部は結構頭が固いとは思う。

 鎖国なんて大昔にやったぐらいだし、相当外部と関わりたくないのだろう。そう考えれば、こうやって他陣営を招待するのは奇跡に近いだろう。

 

 考え事をしていると屋敷の扉の前にたどり着き、護衛の人達がボディチェックをすると、問題なく屋敷に入る事が出来た。

 

 屋敷は綺麗に清掃された大きな空間、開放的にさせる為に開けられた扉には大きな行けと、天にも届きそうな程そびえ立つ桜の木【重桜】が見えていた。

 

「……懐かしいなぁ」

 

「ん? 優海、何か言ったか?」

 

「な、何でもない!」

 

 加賀姉さんが声をかけ、慌てて俺はなんでもないと言った。

 

 言える訳が無い。子供の頃ちょくちょく屋敷に侵入して長門ちゃんと遊んでいたなんて口が裂けても言えない。

 

 神子は決して他人と長く一緒になってはならないというしきたりがある。もしも、それがバレたらどうなるか……怒られるで済めば御の字だろう。

 だけど屋敷を見れば懐かしさが込み上げて来て、思いふけながら屋敷の中を案内の人を通じて歩いていくと、案内の人が歩くのを止めた。

 

「では、お客様はこちらでお待ちしてください」

 

 どうやら部屋に付いたみたいだ。他の人について行く様に大部屋に行こうとすると、案内人の人に止められた。

 

「あ、お待ち下さい。天城様御一行様はこちらではなく、奥の謁見の間でお待ち下さい」

 

「謁見の間と言うと……直接長門様にお会い出来る所ですよね?」

 

 謁見の間と言う言葉に天城母さんは少し驚いたが、それ以上に周りの人がざわめき出した。

 

「えぇ? あの人たち……KAN-SENでしょ? 何で……」

 

「ほら、あのかごなしが指揮官でしょ? あの制服……間違いないわよ」

 

「何で私達では無くあの庶民が……」

 

 聞こえているざわめきの声がこっちの耳にも届いている。しかも、一部がわざとらしい感じがして嫌な感じだ。これには加賀姉さんと土佐姉さん。そして黙っていた赤城姉さんも我慢の限界だった。

 

「貴様ら……言いたいことがあるならさっさと……」

 

「騒がしいぞ。ここが神子様の屋敷と知っての事か」

 

 加賀姉さんが手を出そうとしたその時、奥の方から加賀姉さんでは無い声が聞こえた。

 そしてその声は懐かしい声でもあった。女性としては少し低く、男性と聞き間違えそう程では無い声の主はキリッとした細い碧眼の目に銀髪の髪、そしてが着物のようになったセーラー服を着ていた。

 

「か、江風さん!」

 

 案内の人が彼女の名前を呼ぶと、江風さんは俺に1目向けると直ぐに目線を他の人達に向けた。

 

「この人達は大事な客だ。丁重にもてなすのは当然だ」

 

「で、ですけどかごなしが……」

 

「耳がなくとも優秀な人材はいる。それに……そんな迷信を信じているとは、幼稚すぎはしないか?」

 

「なっ……にぃ!?」

 

 あまりの強い言葉に1人の男性が江風さんにムカッ腹を立てたが、江風さんの鋭い目に男はしり込みした。

 

「とにかく、これは神子さまの願いだ。私は神子様の守り人、言うことを聞くのは当然だ。……そろそろ行こう。付いてきてくれ」

 

 言葉だけで男達を黙らせると、江風さんは謁見の間までの廊下を歩き、俺達は少しだけスッキリした気持ちで江風さんについて行った。

 

「ありがとうございます江風。おかげで助かりました」

 

「いえ、天城さんを困らせる訳には行きませんでしたので」

 

 天城姉さんがお礼を言うと、江風さんは謙遜していた。

 

「え、母さんって江風さんと知り合いなの?」

 

「えぇ。ちょっとした縁があります。それにしても、私は優海が何故江風【さん】と言うのが気になりますね。まるで交流があるかのような言い方ですね」

 

「あっ、やば……」

 

「馬鹿者が……」

 

 江風さんは呆れ、天城母さんと加賀姉さん、土佐姉さんは興味津々だが、赤城姉さんは違った。今は天城母さんに喋らないように言われてるが、赤城姉さんから強い圧が駄々漏れだ。今日の夜は長くなりそうだなぁ……

 

「べ、別に何も無いよ」

 

「嘘を隠すのが下手すぎるぞ優海……」

 

 土佐姉さんに突っ込まれながらも、俺は口笛を拭いて誤魔化した。それを見て呆れたのか、むしろ子供っぽいと思ったのか、母さんは笑って何も言わなかった。

 

 言える訳が無い。長門……もとい長門ちゃんとは結構昔からの付き合いだと言うことを……

 

 色々あったが、昔から長門ちゃんとはよく遊ぶ関係になっていた。日記を交換したり、お土産を出したりと、母さんの目を盗んではちょくちょく遊びに行っていた。

 

 長門ちゃんも立場が立場だからあまり外には行けず、一人の者と対等に接する事がバレたら後々が面倒なので、こうしてお忍びの関係になって行った。それが今日、どうどうと会う日が来るなんて思わなかった。

 

「話している所悪いが、謁見の間だ。……一応言っておくが、粗相をしないようにな」

 

 江風さんは主に俺を見て話した。済ました顔をしているが、その内心は絶対に子供扱いしていた。

 ふくれっ面になりながらも、もうすぐ謁見の間だから怒りたくても怒れなかった。

 

 江風さんが謁見の間に続く大扉を開け、扉の先には幻想的な光景が広がった。吹き抜けの壁で外の世界に繋がり、重桜の良い天気が見える。

 

 部屋の奥には少しだけ淡い桜色の光を出している桜があり、その手前には小さな部屋の様なものがあり、それが絹のように薄く、透明感のある布が掛けられていた。

 その布の後ろには、かなり大きな艤装を背負ったKAN-SENがいた。

 

 ……あれが長門ちゃんだ。きっと、俺達以外ここにいる人達以外のお客様は驚くだろう。

 

 そしてこの謁見の間には既に俺達以外に招待された者が複数人おり、その中には顔見知りがいた。

 

 まず目に入ったのは金髪で頭に王冠を被った少女、ロイヤルのクイーン・エリザベスさんがいた。

 

 エリザベスさんと目が合うと、俺は軽く頭を下げて挨拶をしたけど、エリザベスさんは何も言わずにそっぽを向いた。

 

 地味にショックを受けながらここにいるKAN-SEN達に顔を向けた。黒い服を来た金髪の人や、まるでお姫様の様な出で立ちの人、クールで男勝りな人がいる中で目に止まったのは、黒いコートを来た白髪の女性だった。

 

 あの黒コートのKAN-SENって……確かビスマルクって言ってたっけ。学園に在籍していると思うけど、見た事は無い。まぁ学年が違うからというのもあるけど……

 

 最後に気になるのはあの長い白髪のKAN-SENだ。他のKAN-SEN達と比べるとあまり突出した雰囲気は感じられなかったけど、誰かに似ているような気がした。多分学園で出会った誰かの姉妹艦だろうか。

 

「さて、これで全員だな。優海達の席はあそこだ」

 

 江風さんが空いている5つの席に案内し、俺が真ん中になるように母さん達も席に座った。

 江風さんが全員と言ったから、これでここに招待する人は揃った訳だ。

 

「陣営の代表者、そして指揮官に選ばれた者よ。今日はこの【迎春の儀】に足を運び感謝する」

 

 部屋の向こうにいる長門が声を発し、ここにいる全員が長門の姿に注目した。そして、長門の姿を隠した布がゆっくりと上げられると、長門の幼い姿と巨大な艤装が姿を現した。

 

「余は重桜の長門。今回この儀式に他陣営の代表者を招いたのは、陣営同士の交流を深める為だ。セイレーンの脅威が大きくなる中で、陣営同士の協力は不可欠だ。そのため、ここに呼んだ限りだ」

 

 確かに、ニュースでもセイレーンの話題は持ちきりだ。セイレーンの活動は日に日に活発化していたりと、1つの陣営の力ではセイレーンには勝てない。長門の言う通り、ここにいる全陣営の協力の為に交流を深めるのは良い考えだと思うけど……

 

「はっ、下らねぇ。オレは先に帰らせて貰うぞ」

 

 女性というにはあまりにも男気勝りのポニーテールのKAN-SENが席を離れると、その隣にいたKAN-SENが彼女の足を止めるように手を掴んだ。

 

「待ちなさいジャン・バール。私達は招かれた身です。少しは謹んでください」

 

「……チッ、分かったよ」

 

 ジャン・バールと呼ばれたKAN-SENは不本意ながらも席に座り直し、長門が1つ咳き込んで話を戻した。

 

「コホン……勿論交流の為でもあるが、今日余はカミの啓示を聞き、伝える日でもある。皆には重桜がどういうものか見てもらう為にも来てもらった。重桜は他陣営との接点が少ないからな」

 

「たしかに……協力する上で不明点があるとなると少し気になるわね……良い考えですね」

 

「確かに良い考えだわ。秘密だらけだと逆に怪しいもの」

 

 白髪のKAN-SENとエリザベスさんは長門の意見に賛同的な事を発端で良い空気になりは……しなかった。

 

「わざわざ他の伝統文化を見せつける為に呼んだのなら私はここで失礼する」

 

「オレもだ。他のやつの行事なんて興味は無い」

 

 金髪で黒い軍服を来たKAN-SENが呆れるようなため息を付きながら席を立ち、ここから離れようとしていた。

 そんな2人を止める為に、俺の体は無意識に彼女達の前に立ちはだかった。

 

「待ってください!」

 

「お前、指揮官か? なんだ、オレ達に命令するのか?」

 

「そんなつもりは……」

 

「だったらどいてくれ。私達にも、やるべき事があるから」

 

 ごもっともな言い分だ。だけどそれでも、ここで帰らせる訳には行かない。長門の心意気を無駄にしない為にも、俺は深々と2人に頭を下げた。

 

「お願いします! どうか、少しだけでもこの儀を見てください!」

 

 指揮官が、部下的な立場であるKAN-SENを前に頭を下げるこの光景は、ここにいるKAN-SEN達をざわつかせた。将来はここにいる全員を指揮し、勝利を導く存在が、今は頭を下げているのだ。

 

 言うなれば、国のトップの人が国民に頭を下げているのと同意義だ。だけど、今の俺にはそんな事実はどうでも良く、ただ2人にこの重桜を、長門がこうして呼んだ意味を分かって欲しい一心だった。

 

「この迎春の義は、重桜の皆が待ち望んだ大事な日でもあり、長門ちゃんが重桜の皆と顔を合わせられる日でもある。だから知って欲しい! 長門ちゃんが知らない重桜の人達に対してどんな気持ちを抱いているのか知って欲しい! だから……帰らせる訳には行かない!」

 

 ありったけの思いをぶつけ、2人の歩みは止まった。2人は顔を見合わせ、小さな息をした後、体を振り返って元の席に戻ってくれた。

 

「……つまらん物だったら許さねぇぞ」

 

「同感だ。迎春の義を見物させて貰う」

 

「あ……ありがとうございます!」

 

 今度はお礼に頭を下げ、江風さんのアイコンタクトで座れと言われたので俺も急いで元の席に座った。

 

 席に座った後、代表者2人に対して意見を貫き通したという事実がようやく飲み込み、上の空で木の天井を見上げた。

 

(あ、あっぶなー! めちゃくちゃドキドキした〜!)

 

 冷や汗が身体中から流れ出て心臓もバクバク言って多分提供された料理を全部を食べれそうに無かった。持ち帰る事って出来ないかなぁ……。

 

「……うむ、ではこれより迎春の義 宣託を始める。カミの声を聞き、その言葉を民に伝えるのが余の役目だ。そして民はその言葉と共に生きていく大事な日だ。ここに招いたのは、我ら重桜がどのように生き、どのように歩んで行ったのか見てもらいたいのじゃ。……指揮官が先に言っていたがな」

 

「あはは……すみません」

 

「過ぎた事じゃ。……それを見て、共に歩むか、縁を切るを判断しても良い。じゃがこれだけは知って欲しい。余は、重桜の民の事を、我が身の様に大事にしておるとな」

 

 長門ちゃんは薄い羽衣を脱ぐと、近くにある大きな桜の木に向かって祈りを捧げた。

 すると目の前の桜の木が淡い桃色の光に覆われ、この部屋もまるで水面のような煌めきに満ちた。

 

 化学とかでは説明出来ない現象に皆は驚きつつも長門ちゃんを見守り、桜の花びらが1枚長門ちゃんの手に舞い降り、その瞬間大きな光が長門ちゃんを包み込んだ。

 

「……神託は届いた。江風、頼む」

 

「はっ」

 

 江風さんが刀を地面に2回叩くと、いきなりこの部屋が大きく揺れ、長門ちゃんがいる空間の壁が開かれ、外が見える様になった。

 

 外の景色は海の地平線と巨大な重桜が見え、この屋敷の下には大勢の重桜の民が長門ちゃんの姿を見ると大きな歓声をあげた。

 

「長門様が姿を現したぞ!!」

 

「おぉ、なんとも雄々しくも美しい姿だ!」

 

「……随分と慕われてるのね」

 

「ふん、私だってこれぐらいのカリスマはあるわよ」

 

 エリザベスさんが対抗心を燃やしているが、長門ちゃんのこの信仰を認めてはいた。そして、皆は長門ちゃん……正確にはカミの言葉を待っていた。

 

 少し強い風が吹き、桜が多く散ったその瞬間、長門ちゃんは息を吸って声を出した。

 

「余は長門! 重桜の長門じゃ!」

 

 長門の声は重桜の民に届き、一際の歓声の後に静寂が訪れた。神の言葉を聞く為に、そして長門ちゃんの声を聞く為に、重桜の民は耳をすませた。

 

「……この地には、呪いとも言える言い伝えがある。カミに与えられし獣の写し身を宿さん者は、災いの象徴であると」

 

 その言葉は、俺の胸に深く突き刺さった。長門ちゃんが言ったことは【かごなし】の事だ。

 

 獣の耳と尻尾が無い人は災いの象徴であり、カミの加護を持たない物、それ故に今まで迫害されてきた。同じ重桜の民だと言うのに、耳が無いからといって差別されてきた。

 

 

 俺も例外じゃなかった。小さい頃は色んな人に虐められた事を思い出し、無意識に体が震えていた。

 

 今回その事に付いて話していると言う事は、【かごなし】に対する神託なのは間違い無かった。もしも、これよりも酷い差別を煽る様な神託だと考えたら、嫌でも震えてしまう。

 

 そんな心配や不安が積もっていくと、一瞬長門ちゃんが俺の方を見たような気がした。

 

「心配するな……」

 

 小さく長門ちゃんがそう言うと、直ぐに前を向いた。

 

「じゃが、今日を持ってそれと決別する!」

 

 その瞬間重桜の民は一斉にざわめき、俺の心は曇り空を一気に晴れさすような風を受けた衝撃を受けた。

 長門ちゃんはざわめきを消すかのように、さらに声をあげた。

 

「カミは見ていた! 獣の加護がなくとも抗い、前に進む者や、それを支える者達を! 故に我らは、今ここに【かごなし】と共に歩む事をしなければならぬ!」

 

 

「かごなしを同等に接するだと?」

 

「では今まで俺たちがした事は間違いなのか?」

 

「しかしカミが間違いを犯すのか?」

 

 

 今までの事を否定する様な言葉に、民のざわめきは消えなかった。だが長門ちゃんの言葉でそのざわめきは消えた。

 

「この重桜に、かごなしであるのにも関わらず指揮官になった! そして我々はセイレーンに対抗する為に、他の陣営にも協力する。そしてその陣営の者達は我々でいうかごなしだ。故に、共に歩まねばならぬ! これがカミの思し召しなのだ!」

 

 その後、長門ちゃんの言葉に民は何も言わず、静かにこの神託を受け取り、その後長門ちゃんを讃える歓声があがった。

 

「良かったわね、優海」

 

「うん。ありがとう、赤城姉さん」

 

「……なるほど、ただの飾りでは無い訳だな」

 

 神託を伝え終えたと同時に、ビスマルクは席をたち、この場から離れようとした。

 

「もう行くんですか?」

 

 ビスマルクさんを呼び止めるが、ビスマルクさんは顔を振り返っただけで足を止めなかったが、言葉は返してくれた。

 

「長門がどれほど重桜と民の事を思っているのはよく分かった。……尚更、負けてられない」

 

 ビスマルクさんは長門ちゃんの方を一瞬目を向けてこの部屋から去っていった。どうやら、長門ちゃんが重桜に対する思いが伝わった様だ。

 

 ビスマルクさんだけじゃなく、さっきの態度や国民の声を聞いたおかげでここにいるKAN-SEN達も、分かってくれた様だった。

 

 大仕事を終えた長門ちゃんが部屋に戻ると、変形した部屋は元の形に戻り、KAN-SEN達は労うように拍手をした。

 

「お疲れ様です神子様」

 

「うむ。……これにて、迎春3日目の行事は終わりじゃ。少しは重桜の事を分かってくれると幸いだ」

 

「とても素晴らしい物でした」

 

「アイリスとはまた随分違った信仰ですが、それでも民の思う心は変わりませんね」

 

 どうやら良い印象を持ってくれたようで、その後の交流もわかだまり無く円満に終わった。丁度日が沈む時を境に、各陣営のKAN-SEN達は元の陣営に戻り、俺達もここでお開きという形になった。

 

 江風さんが先頭になってKAN-SEN達を案内しようとしたその時、江風さんが俺に近づいてある事を言った。

 

「お前は少し残ってくれ」

 

 耳打ちするような小声で江風さんは他のKAN-SEN達に屋敷を案内し、そのまま外へと出ていった。

 まぁ、残れと言わたら残るしかない。母さんと姉さん達に事情を伝えると、赤城姉さんも残ると言い出したけど、母さんの圧でそれは叶わなかった。

 

「では、家で待ってますよ」

 

 母さん達と江風さんももこの謁見の間から出ていき、ここには俺と長門ちゃんだけになった。

 

「ふぅ……やっぱりこの時期は忙しいのぅ」

 

「俺以外誰もいないからそんな堅苦しい言い方はしなくてもいいよ」

 

「そ、そう? で、でも余は長門だから口調はこのまま!」

 

「もう既に口調がごちゃごちゃだよ?」

 

「あっ……こ、細かいことは気にするでない!」

 

 長門ちゃんは頬を膨らませながら怒り、素の感じになっていった。

 長門ちゃんは本来は見た目相応の口調が素だけど、立場の都合上、威厳を保つ為にあえて強い口調にしていた。素を見せても何とか威厳を保とうとする必死な長門ちゃんを見て思わず頬が緩み、そんな俺を見た長門ちゃんはまた更に頬を膨らませながらこっちに向かってポカポカと胸を叩いて来た。

 

 やがて叩き疲れたのか、長門ちゃんは叩くのを止めて俺の胸にうずくまった。

 

「……疲れた」

 

「うん。お疲れ様。それとありがとう。かごなしの事、言ってくれて」

 

「これで優海は……もう誰にも虐められることは無い……よね?」

 

「分からない。でも、必ずその風潮は消えるよ。だってこんな事しなくても俺を支えてくれた人達がいたもん。絶対に……かごなしの呪いは消えるよ」

 

 俺の事を見放さないでくれた家族がいた。友達がいた。支えてくれた人たちもいた。

 

 そして、今勇気を貰った人がここにいる。

 

「長門ちゃん。俺、君のおかげで勇気を貰ったんだ」

 

「勇気?」

 

「そう。……ここに来る前は、俺の事指揮官に相応しく無いとか、そんな感じの陰口を言われてさ。指揮官としての自信がなくなったんだ。けど、もう俺はそんな事言わない」

 

 今まで分からなかったけど、長門ちゃんの小さな背中には大きな期待と責任がのしかかっていた。民の為に務め、自分を震え立たせ、堂々としているあの姿はまさに重桜を導く神子として相応しかった。

 

 KAN-SENだからとか、産まれ持った運命とかそんな物は関係ない、長門ちゃん自身の立ち振る舞いに、勇気を貰った。

 

「……俺は、指揮官としてもっと立派になる。誰もが認める指揮官に」

 

 そう決意を込めるように言い、長門ちゃんはゆっくりと頷いてくれた。

 

「なれるよ。優海なら」

 

「ありがとう。じゃあ、もう遅いし俺はそろそろ帰るよ」

 

「ま……待って!」

 

 長門ちゃんがいきなり俺を引き止める様に背中まで腕を回し、ギュッと力を入れた。

 

「もう少し……ここにいて」

 

「え? う、うん。分かった」

 

「良かった……」

 

「…………長門ちゃん?」

 

 長門ちゃんは俺に抱きしめながら目を閉じ、規則正しい寝息を立てて寝てしまった。

 

 起こす……訳には行かないし、大事な役目を終えて緊張感がどっとのしかかって疲れたんだろう。どうすれば良いか分からず、とにかく俺は長門ちゃんを起こさないようにそのまま座ったまま動かないようにした。

 

 こうして長門ちゃんを近くで見るのは初めてで、ついまじまじと見てしまう。

 

 艶やかな黒髪に、まだ幼い体でモチモチの肌はついつい触りたくなる。好奇心で思わず柔らかい頬を人差し指でつつくと、長門ちゃんは声を漏らし、更に強く俺を抱きしめた。

 

 起こしてしまった……? いや、寝息はそのままだから寝ており、ホッとしたのも束の間、隣に誰かいる気配がして思わず左に顔を向けると、そこには鬼の形相で俺を睨んでいた江風さんが現れ、驚きで顔をあげようとした所を江風さんは両手で俺の口を塞ぎ、大声を止めた。

 

「黙っていろ。……それにしても、貴様神子様に何をするつもりだ……!」

 

「べ、別に何もするつもりありませんよ!」

 

 小声で江風さんの言うことを否定し、江風さんは納得いかない顔を浮かべた。

 

「……本当か?」

 

「本当です!」

 

「そうか……しかし、神子様がこうなってしまえば当分は起きん。今日はここに泊まれ。布団も寝間着も用意する」

 

「はっ? いきなりそう言われても……」

 

「安心しろ。天城さん達には連絡しておく」

 

「いやそういう意味じゃなくて」

 

「では神子様を部屋に送るのは頼むぞ。昔と場所は変わってないからな。……粗相はするなよ。もししたら……責任を取ってもらうぞ」

 

 そう言って江風さんは颯爽と部屋から出ていき、嫌という場面では無くなかった。

 

 こうなってしまえば、今日はここに泊まるしかないだろう。とにかく寝ている長門ちゃんを抱き上げ、昔行った事のある長門ちゃんの部屋へと静かに足音を出さずに連れていく。

 

 もう夕日が沈み、今頃母さん達は江風さんの知らせを受けて家に帰っているのだろうか。

 

 何だか心做しか遠くの方で赤城姉さんの叫び声が聞こえてくる。

 

 そんな事を考えていると、長門ちゃんの部屋の前にたどり着き、襖を開けて中に入る。

 

 部屋はだいたい8畳ぐらいの広さでありながら、何も無かった。

 

 いや、なにも無いわけでは無かった。長机に布団、本棚に飾り刀を飾る為の棚とかはあるけど、それ以外の物は何も無かった。

 

 遊び道具も、部屋を彩る娯楽品や装飾品も何もかも無く、寂しさを感じる部屋だった。

 

「本当に変わってない……」

 

 昔遊びに行った時もこんな部屋だった。何も無いこの部屋は当時の俺は灰色にも見え、長門ちゃんの心境を表しているようにも思えた。

 

 それを見かねて俺は、色んなものを長門ちゃんに渡した記憶がある。

 

 祭りの景品で貰ったビー玉やぬいぐるみ、秋に拾った松ぼっくりやどんぐり、絵等色々だ。だけどそれは見当たらず、江風さん……いや、それ以外の側近の人達から捨てられたと考える方が自然だろうか。

 

 おおかた、神子たるものがこんな俗物に触れる事は許されないって言われたのが容易に想像出来る。

 

 とにかく長門ちゃんをゆっくりと布団に寝かせると、窓の外から風が中に入り、何か紙のような物が地面に落ちた音がした。

 

 音がした所は小さな座卓の隙間であり、気になって座卓の隙間を見るとそこには少し古い紙があり、広げて見ると紙には絵が描かれてあった。

 

 クレパスで書かれた絵はまさに子供が描いたような幼稚な絵だった。顔は大きく、体は手足が描かれていてもバランスが悪い人の絵が2人で描かれ、片方は俺、もう片方は長門ちゃんであり、一緒に手を繋いでいる絵だった。

 

 しかもこれ俺が昔描いた絵で昔長門ちゃんに渡した物だった。

 

 拙さで恥ずかしいという気持ちより、まだ持っていた事に喜びを感じ、恐らくだが座卓の裏にテープか何かで張り付けていたんだろう。

 

 流石に座卓の裏までは調べられて無い故に、俺が渡した物は唯一これだけだろう。なにかの手違いで見つからないように元の場所に戻し、剥がれかけのテープの代わりに過保護な母さんから貰った絆創膏を付けようと紙の裏面を見ると、追加で書かれた文字があった。

 

 ﹁いつかこの絵のように2人でこの国を歩きたい﹂

 

 紙の裏にはそう書かれていた。

 

 この文字を見て初めて長門ちゃんの本心が聞けたようにも思えた。

 

 誰よりも普通に憧れて、誰よりも寂しがり屋で、誰よりも純粋だけど、決して弱みを見せない。何故なら、重桜の長門なのだから。

 

 その長門の唯一見せた本心に応えるように、俺は座卓にあるペンを使い、紙の裏に一言書き足した。こうして見ると、昔やった交換日記を思い出しながら、この言葉に対しての返事を書き記した。

 

 

 ﹁いつかじゃなくて、絶対に﹂

 

 




ちょっと一言
迎春の儀の元ネタは、ゴールデンウィーク。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。