もしも、アズールレーン学園に入学したら   作:白だし茶漬け

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光の祝福

 

 潮風が心地よいカフェテラスの白いテーブルの白い椅子に座り、遠くに見える地平線と白い砂浜を背景にロイヤルの紅茶を飲む。

 

 紅茶の風味とミルクの甘味が互いに引き立て、今まで紅茶をあまり飲んだ事の無い俺が言うのもなんだけど、今まで1番美味しかった。

 

「どうですか指揮官様、ロイヤルのお茶の味は」

 

 対面に座っているイラストリアスさんが感想を待ち望むかのやうな笑顔で顔を近づかせた。

 

 綺麗な顔に上半身を少し前屈んで近づけたせいでイラストリアスさんの大きな胸がテーブルの上に乗り、見ないようにしていた谷間が見えてしまい、思わず視線を向こうにある海に背け、「美味しいです」と返した。

 

 本当はさっきの光景で味の方は忘れてしまったのに。

 

 イラストリアスさんは視線を逸らされた事に対して首を傾げつつも、距離を戻して優雅にお茶を飲んだ。

 

「先日の件はありがとうございました。陛下も大変喜んでおりましたわ」

 

「だったら指揮官として認めるサインをくれても良いのに……」

 

 ついつい愚痴を呟いてしまい、思わず口を手で塞いだ。

 

 エリザベスさんはこの陣営の王女様だ。そしてエリザベスさんを崇拝しているイラストリアスさんからすればこれは侮辱罪や不敬罪に当たるだろう。

 

 サインを貰う前に自分の命が終わると悟ったけど、イラストリアスさんはあまり気にしない様子で笑った。

 

「ふふ、大丈夫ですわ。陛下はロイヤルの事を指揮官に知って欲しいからサインをしなかったのですから」

 

「ロイヤルの事? ……あっ」

 

 そういえば、俺はロイヤルの事について全然知らない。

 

 大体の特色については教科書とかで分かっているけど、その肌で感じたり、見た事はあまり無い。

 

 もし仮にエリザベスさんからサインを貰ったら、期限があまり無いから俺は直ぐに別の陣営に行って代表者のサインを貰おうとしたかもしれない。

 

 そう考えたらエリザベスさんから今サインを貰わなかったのは良かった。しかもイラストリアスさんが居るんだ、ロイヤルの事について多く知れるチャンスだろう。

 

「今日私がお誘いしたのはその事について頼まれたからですわ。ふふ、デートですわね」

 

「デ、デート?」

 

 その単語で不意にブレマートンさんを思い出した。

 

 少しはた迷惑なストーカーを炙り出す為にユニオンの遊園地で遊び、無事にそのストーカーは逮捕出来た。

 

 よく思い返してみれば、あれって普通のデートとは言えないから、実質これが初デートという事になるんだろうか? 

 

「あら? もしかしてデートは初めてですか?」

 

「う、うーん……どうなんでしょうかね」

 

 女性と何処かだ遊んだりする事をデートと言うんだったら……

 

「まぁ、初めでは無い……かも?」

 

「あら、ではいつかエスコートをお願いしますね」

 

「うぇ!? あ、はい」

 

 つい返事してしまったけど、これ後々とんでもない事になりそうだと思うのは気の所為だろか。

 

(気のせいだと思いたいなぁ……)

 

「ではそろそろお出かけ致しましょうか。今日でロイヤルの素晴らしさをご教授しますわ」

 

 やる気に満ち溢れたイラストリアスさんはポヨンと胸を上下に揺れながら立ち上がった。

 

 ダメだダメだ、邪な事は考えちゃダメだ。心頭滅却心頭滅却……うん、そうだ。考えちゃダメだ……。

 

「どうしましたか? 指揮官」

 

「いいいやいやいや!? 大丈夫でひゅ!」

 

「……?? とにかく参りましょうか」

 

(俺、大丈夫かなぁ……色んな意味で)

 

 理性が保つことを祈りながら、俺はイラストリアスさんとロイヤルを観光することにした。

 

 近くにあったバス停からなんと2階があるバスに乗り、折角なので2階の座席に乗せてもらった。

 

 重桜でバスが走っているところは殆ど無く、バスにはあまり乗った事は無い。

 

 ただでさえ俺がバスを見るのは珍しいのに、こんな2階から見れる景色は新鮮だった。

 

 高い視線で街並みが動き続ける様はまるで映画のフィルムのようだった。

 

 街並みは変わらないけど、多種多様なお店や紳士淑女が歩いている景色は映画のワンシーンで、風をきってロイヤルの街を進む自分が主人公の様にも思えてきた。

 

「これがロイヤルかぁー!」

 

 レンガ造りの街並み、売られている商品や食べ物、見る物全てが初めてでまるで異世界に来たみたいに思えてくる。

 

 そんな子供のようにはしゃぐ俺を見たイラストリアスの小さな笑い声が聞こえ、振り向くとイラストリアスさんは子供の成長を見守る様な暖かい目をこっちに向けていた。

 

 年甲斐もなくはしゃいでしまったと今更ながら羞恥心を感じてしまい、顔を赤くさせて無言で窓の外の景色を見つめた。……凄く、恥ずかしかった。

 

 やがてバスは終点で停り、イラストリアスさんとバスが降りた先には大きな塔の上に飾られている巨大な時計があるのが特徴的な建物が目に入った。

 

 清掃されているけど、かなり古い建物だ。時計塔の針は動く度に大きく一分を刻んでおり、歴史を感じさせる物だ。

 

「イラストリアスさん、あれはなんですか?」

 

「あれはエリザベスタワーですわ」

 

「エリザベス……という事は、エリザベスさんが作ったのですか?」

 

「いいえ違いますわ。およそ150年前の陛下が作った物だと聞いていますわ。あの塔の建築技術は今でも通用するもので、それはとても美しい事から、陛下の名を象ったのですよ」

 

「へぇ……」

 

「夜になるとライトアップされてまたとても美しい景色になるんですよ。夜、またここにいらっしゃいますか?」

 

「是非!」

 

「では次の所までアイスを食べながら行きましょう」

 

 そう言ってイラストリアスさんと一緒に近くのアイス屋さんへと足を運んだ。ロイヤルの店だから勿論メニューはロイヤルの文字で書かれている。

 

 指揮官選別テストでは全ての陣営の言語テストもあったから、一般的に広く使われている言語は全て覚えているから、メニューの文字は大体分かる。

 

 バニラにいちご、オレンジにチョコクッキー……重桜で買えるものとそれほど大差は無さそうで安心しつつも、目新しい物は無いかとメニューを眺めた。

 

 イラストリアスさんは店員に自分の好きな味を頼み、俺は定番のバニラを頼んだ。

 

 それから暫くしてアイスが運ばれて来て、2人同時に一口食べた。

 

 すると口の中には今まで味わった事の無い甘みと冷たさが広がり、思わず頬が落ちそうになった。

 

 重桜では味わえないロイヤルならではの一品に感動してると、俺の反応にイラストリアスさんは俺のアイスをじっと見ていた。

 

「指揮官様のアイス、美味しそうですね。1口貰っても良いですか?」

 

 もちろんあげようと思うけど……スプーンも無いしどうしようかと悩み、結局アイスをコーン事手渡そうとイラストリアスさんの豊満な胸に溶けたアイスが落ちてしまう。

 

「ひゃっ……!」

 

 冷たいアイスが急に自分の胸に落ちたからかイラストリアさんは裏声混じりに声を上げた。

 

「ご、ごめんなさい! 直ぐに拭いとりま……す……」

 

 ハンカチを手に取り、胸の上に着いたアイスを拭い取ろうとしたが、よく良く考えればこれってイラストリアスさんの胸を触らなければならないでは……? 

 

 いやいやいくら事故とは言えそれはいけない。ここはイラストリアスさんにハンカチを渡して自分で拭いてもらうと考えたその矢先、イラストリアスさんはハンカチを持った俺の左手首を掴み、微笑んだ。

 

「良いですよ? どうぞ拭ってください」

 

「はぃ!?」

 

 ついつい変な声が出てしまった。本人の了承という最大の免罪符が出来てしまった……けどやはり出来ない。

 

 倫理観とか、羞恥心とか入り交じって心臓がどび出してしまうほどうるさくなり、思わずイラストリアスさんの手を振り払った。

 

「い、いやいやダメです。ハンカチあげますから、自分で拭いてください」

 

 慌ててハンカチを渡そうとした結果、ハンカチはイラストリアスさんの足元にひらひらと落ちてしまった。

 

 慌ててハンカチを拾い上げて頭をあげると、後頭部にぽよよんと言う擬音が見えるほどの柔らかい感触が伝わってきた。

 

 今俺はイラストリアスさんの足元にいる事から、この後頭部に触れているのは……

 

「あ、ごめんなさい。私、足元があまり見えなくて」

 

「いえ……こちらこそごめんなさい……」

 

 形はどうあれ、結局イラストリアスさんの胸に触ってしまった事に対して恥ずかしさや申し訳なさが募っていき、まともにイラストリアスさんの顔を見ることができなかった。

 

 結局ハンカチをイラストリアスさんに渡し、イラストリアスさんがハンカチでアイスを拭う事で落ち着いた。

 

「ハンカチは私が洗ってお返ししますわね」

 

「ええ? 別にそんな……」

 

「いいえ。私が気にするんですから、お願いします」

 

「そう言われるとなぁ……」

 

 ハンカチを渡さまいとハンカチを握りしめながら小悪魔の様な笑みで頼まれると世の男性は断りきれないだろう。

 

 ずるいと思いつつもイラストリアスさんにハンカチを一旦貸すことにし、まだドキドキしている自分の心臓音を聴きながらアイスを食べた。

 

 心臓が煩かったせいなのか、この時のアイスの味はよく分からなかった。

 

 次に向かったのはリトル・ベニスという、都心でありながら昔ながらの風貌を感じさせる所だった。

 川沿いに建てられた家に生い茂る木々の光景はどこか懐かしさを覚えるようだった。

 

 ノスタルジック……って言えばいいのか、宮殿や歴史ある建物はロイヤルの優雅さや気高さが感じられたけど、ここは喉かな雰囲気が感じられた。

 

 爽やかな風とそれに当てられて木々達の葉が揺れる音で心地よい気持ちになってくる。

 

 まだ全部を見たわけでは無いけど、ロイヤルの中で1番好きな場所ぐらいここが気に入った。

 

 ここから見えるあの小さな傾きのある芝生とか寝転べばさぞ気持ちがいいと思いながらも、イラストリアスさんとこの街を歩いた。

 

 街中を見渡しながら歩いていると、通行人と目が合うことがしばしばある。目が合うと軽く会釈してしまうけど、大半の人は返してくれて、もう半分はイラストリアスさんの方に目を向けていた。

 

 何となくそんな理由がわかる気がする。

 

 イラストリアスは顔立ちは綺麗だしスタイルも良いし、誰もが振り向く美女と言ってもいい。

 

 そんな人とこうして隣同士歩いているのだと今更ながら意識してしまい、何故か無性にイラストリアスさんの事が気になってまた心臓が早く動き、胸を抑えるようにして服を掴む。

 

「指揮官さま? ……指揮官さま!」

 

 イラストリアスさんの声が目の前まで聞こえ、咄嗟に顔を上げると、イラストリアスの顔が目と鼻の先まで来ていた。

 

 声にならない声を上げながら後ずさりし、ぎこちないながらも返事をする。

 

「え? は、はい!? なんですか!?」

 

「お昼を食べようとさっきから呼んでいたのですか……どうしました?」

 

「いや、なんでもないです! そっか、お昼か!」

 

 時計を見るともう12時を過ぎていてお腹もちょうど空いていた。

 

「お腹空いたなー」と大袈裟に言ってさっきまでの気持ちを消し去り、無理やりお昼に向けて意識を集中させる。

 

 そうでもしないと、いつまでもこの心臓の鼓動が収まらないから。

 

「……?? ではお昼にしましょう。あと、陛下から是非食べてもらいたい物があるのです」

 

「へぇー。どんなのだろう……」

 

 あのエリザベスさんから直々に食べてもらいたいもの……どんなものがあるんだろう。

 

 楽しみにしながら俺はイラストリアスさんと近くのレストランに足を運び、ウキウキしながらその料理を待った。

 

 そして、そのウキウキとワクワクは一瞬にして崩れ去っていくのだった。

 

 レストランに入り、眺めの良い2階の窓際のテーブルに座り、そこで運び出された料理に思わず絶句した。

 

 歩き疲れたのかと目をゴシゴシと擦り、目の前にあるパイの上に魚の頭が何個か突き刺さっている料理……これ料理って言っていいのか分からない物体Xが著しく食欲を失せさせた。

 

「え? あの……これ、パイの上に魚の頭を乗せて……え? 何ですか? これ」

 

「スターゲイジーパイです。スターとゲイジーで星を見つめる者という意味です」

 

 なるほど、魚の頭が空……言わば星を見上げているから星を見つめるもの、スターゲイジーパイなのか。

 

 って納得いかない、いくわけが無い。星を見つめるどころか俺にとっては生贄に捧げられる瞬間にしか見えない。今もこうして突き刺さった魚の目がこっちをじっと見ていると感じてしまい、料理に対して初めて寒気を感じた。

 

「さぁ、ご遠慮なく食べてください。私もいただきます」

 

 イラストリアスさんは何の抵抗もなくスターゲイジーパイを一口分に切り分け、そのまま食べ進めた。

 

 凄く美人な人がこんな料理を食べているギャップがえげつなく感じながらも、進められたからには食べなければ無作法であり、失礼に値する。

 

 覚悟を決めてフォークとナイフを持ち、魚の頭部分は食べなくて良いとの事なのでそこを避けながらパイを一口分に切り分ける。

 

 中は肉や野菜がギッシリと詰まっていて美味しそうだ。……避けた魚がこっちを見なければなお良かったんだけど。

 

 とにかくパイを一口食べ、しっかりと噛んで味わう。

 

 肉の旨みがマッシュポテトに染み込んでジューシーに仕上がり、野菜もサイコロ型に切られてて食べやすく、クリームソースとの組み合わせがとても風味が良かった。

 

「お、美味しい!」

 

「それは良かったです。陛下が好む料理ですから、ぜひとも食べさせてやりなさいと言われましたから」

 

 何故これを好んでいるのかと呟いたら殺されるかもしれないと思い、心の内にしまい込みながら黙々とスターゲイジーパイを食べ進めた。

 

 食べる度に魚の断末魔が聞こえて来たのは気の所為だ。気のせいだと思いたい。しばらく魚は食べられそうには無いだろう。

 

「……ふぅ、ご馳走様でした」

 

 意外と量があったけど、いつも母さんが作ってくれる重箱弁当よりは少ないから問題なく食べられた。

 

「お口にあったようで何よりです。この後は……きゃっ!」

 

「イラストリアスさん?」

 

 突然バキッという何かが折れた音ともにイラストリアスさんが転びそうになった所を急いで体を抱いて転びそうになった所を助けた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「ええ、ありがとうございます。……ふふ、胸を触ってますね」

 

 イラストリアスさんに言われて初めて胸を鷲掴みにしている事に気づいた。

 

 胸に沈んでいく指はあまりの大きさで指の隙間からはみ出てる程で、柔らかさや弾力が嫌でも感じられた。

 

 急いで胸から手を離し、イラストリアスさんから離れた。

 

「ご、ごめんなさいごめんなさい! いや、本当にごめんなさい!!」

 

「いえいえ、助けてくれてありがとうございます。けど、ヒールが……」

 

 さっきの折れた音はイラストリアスさんが履いているヒールが折れてしまい、このままでは裸足で歩かなければならない状態だった。

 

 しかも不意な事故で足を挫いたのか、イラストリアスさんは右足を痛めていた。

 

「どこか休めるところは……」

 

 土地勘の無い俺がキョロキョロしても休める場所を見つけられる訳がなく、無力感に苛まれてしまう。

 

 とにかく出来ることをしようと、手持ちのバックから救急セットを手に取り、イラストリアスさんの右足を見た。

 

 急にヒールが折れたせいで足をぐねったのか、足首が少し青くなっていた。

 

 確か救急セットに湿布やスプレーがあったはずと思い、手でまさぐるとやっぱりあった。

 

「まぁ、準備がいいのですね」

 

「いや、母さんが持っていきなさいって言われたので。母さんの過保護さがここで役に立つなんて思いもしなかったです」

 

 母さんに感謝しながらイラストリアスさんの足に湿布を貼り、念の為包帯も巻いて足を固定させる。

 

 後は時間が経てば少しはマシになるだろう。

 

「これで大丈夫な筈ですけど……観光、ダメになっちゃいましたね」

 

 イラストリアスさんのこの足じゃ歩くのは無理そうだし、かといっておぶっていきながら観光というのも目立ってしまう。

 

 ならば、ここで観光を切り上げてイラストリアスさんを帰らせた方が得策だと思い、連絡先を交換していたベルファストさんに電話をかけようとすると、イラストリアスさんが俺の携帯を上から手で被せた。

 

「大丈夫ですよ。それに、ちょうどここの近くに見せたい物があったんです」

 

「見せたい物……?」

 

「ええ。なのでそこまでエスコート、お願いします」

 

 イラストリアスさんは捻挫した右足首を擦りながらそう言った。

 

「……はい、分かりました。じゃあはい、背中に乗ってください」

 

 折れたヒールをこっちのカバンに入れ、イラストリアスさんは俺の背中に乗り、落ちないようにしっかりとおんぶする。

 

 イラストリアスさんの体温や柔らかいものがムニュという擬音が聞こえそうな程背中に押し寄せ、叫びそうになる声を閉じて心の中で悶絶する。

 

 それに何だか良い匂いもしてくる。イラストリアスさんの白い髪がこっちの肩にかかって来る度、花のように甘い匂いが強くなっていく。

 

 どんなシャンプー使っているんだろう……って、何考えてるんだ俺は……! 

 

「あ、あの! どこに行けば良いですか?」

 

 自分でも分からないゴチャ混ぜの感情を考えないようにするため、イラストリアスさんに話かけると、イラストリアスさんは道を示すようにここから見える海に指を指した。

 

「あの海が見えますか? あそこに行って欲しいのです」

 

「海……ですか」

 

「……? 何かありますか?」

 

「いえ……分かりました。行きましょう」

 

 よりによって海かと思いったけど、イラストリアスさんの案内は断れなかった俺は、案内をして貰いながら海に向かっていった。

 

 イラストリアスさんが示した海……というより、そこの観光地は『ジュラシック・コースト』と呼ばれており、近くに首長竜の形をした岩があり、海で水を飲む恐竜の姿の様に見える事からそう名付けられたらしい。

 

 柔らかい砂浜に辿りつくと、潮の香りが鼻につき、つい海を眺めてしまう。

 

 波が打ち付けられる音である事を思い出し、無意識に海から距離を置いた。

 

「指揮官様、ここで大丈夫ですよ」

 

「え、でも足……」

 

「これ程柔らかい砂浜でしたら大丈夫です。それに、手首の包帯で少しは固定されているので」

 

 それでも心配だ。という前にイラストリアスさんは心配ないと言っているような笑顔を向けてきた。

 

 こんな笑顔を見せられて断れる訳もなく、渋々降りるように背中からイラストリアスさんを下ろす。

 

 足首は砂浜を踏みしめた途端少し痛そうにしてたけど、固定されているおかげでさっきよりは痛くないようだった。

 

 けれど念の為にイラストリアスの手を握り、少しでも足に負担をかけまいとすると、イラストリアスさんが手を握り返してきた。

 

 一瞬で手汗が止まらなくなるが、ここで離すわけにもいかず、そのまま手を繋いで砂浜を歩く。

 

「こうしていると、恋人みたいですね。私達」

 

「こいっ……!? うぇぇ?」

 

 砂浜に足を取られたかのような感覚で驚き、ついイラストリアスさんを目を合わせてしまう。

 

 恋人と言われ、場所もまぁまぁ良い感じだからつい意識してしまう。体が熱く、心臓もまた激しく動いて口から出ていってしまいそうだ。

 

 この人は何を思ってそんな事言ったんだ? からっているのか? 

 

 分からない。イラストリアスさんの考えている事について悩ませると、そんな俺を見てイラストリアスさんはまた笑った。

 

「ふふ、可愛いですね。指揮官様は」

 

「な……何をしたいんですかイラストリアスさんは!」

 

「何をと言いましても、私は思ったことを口にしただけですよ。ですが、指揮官様となら本当にそういう関係になっても良いですね」

 

 小悪魔の様に笑うイラストリアスさんは沈みゆく夕陽で紅に染まった雲と夕暮れ空を鏡のように写す海面が融和した神々しい光景を背にした海に連れていこうとした。

 

「ここから見える海は綺麗なのですよ。指揮官様も近くで……」

 

「海……っ!」

 

 海に近づくと俺は思わずイラストリアスさんの手を払いのけ、海から離れていった。

 

 初めてイラストリアスさんは笑顔以外の顔……困惑を俺に向け、俺は無意識に払い除けた右手を見て理由を話した。

 

「……ごめんなさい、俺……海が怖いんです」

 

「怖い……?」

 

 波の音があの時の事を思い出させ、口に出すとあの時の恐怖が蘇ってきそうで体が震える。

 

 けど、言わなければきっとイラストリアスさんは何か分からない物にずっと心を引きずってしまうだろう。

 

 イラストリアスの後悔や自分が何かしたのかと自責の念が、顔で物語っていたのだから。

 

 呼吸を1つして砂浜に腰を下ろし、茜色の空を見上げて過去を振り返った。

 

「……俺、昔あった重桜の大嵐で発生した大波に巻き込まれた事があったんです」

 

 あれから大体10年前ぐらいだろうか。10年前の事や、前の家族の事もあまり覚えてないのに、あの大嵐の時だけは記憶に刻まれていた。

 

 冷たい風、体を打ち付ける大雨、全てを呑み込む波、鳴り響く雷雲は、幼い頃の俺の心や神経を追い込ませていた。

 

 家族も、家も、その日持っていた宝物は全部海に飲み込まれてしまい、生と死の狭間を行き来させた海を、俺はその日から恐れだした。

 

 大嵐が収まった日、俺は海の上で漂流していた所を赤城姉さんに助けられ、その日から俺の家族は赤城姉さん、加賀姉さん、土佐姉さん、そして天城母さんとなった。

 

 また大切な物が多く出来た。だからこそ、また海が大切なものを呑み込むんじゃ無いかと、心のどこかで考えていた。

 

 それが、俺が海を恐れる理由だ。

 

「俺にとって海は大事なものを呑み込んでしまう怪物です。指揮官なのに海が怖いっておかしいですよね……はは」

 

 ……何を言ってるんだ俺は。どう考えても今言い出すタイミングじゃ無かっただろ。

 

 海に連れて行った人に、海が怖いって……話し下手にも程がある。

 

 やってしまったと意気消沈していく中、イラストリアスさんは右手を上げ、背中から何か青い光が集める始めた。

 

 光はやがて長い滑走路の様な物へと変貌し、滑走路には小さな艦載機が一機置かれていた。

 

 イラストリアスさんは滑走路を海へと向け、艦載機を飛びだたせた。

 

 艦載機は茜色の空を飛び、まるで海の上で踊るかのように飛んでいた。

 

「……大丈夫です。たとえ貴方が海に呑み込まれてしまっても、私……いえ、私達KAN-SENが貴方を見つけ、お守りします」

 

「イラストリアスさん……」

 

「それに、指揮官様ならきっと海への恐怖を克服出来ると思います」

 

「どうして……まだ知り合って日が浅いのに」

 

「王冠が盗まれた事件。指揮官様は必死に怪盗を見つけ、身を呈して捕まえてくれました。その時、ロイヤルで重宝されている優雅さを見出したのです」

 

「優雅……?」

 

 俺とは無縁な言葉を言われて首を傾げている所を、イラストリアスさんは話を続けた。

 

「優雅とは思いやり深く、他人をよく理解し、故に批判や非難をせず、人を惹きつける事です」

 

「……あまりピンと来ないなぁ」

 

「ですが、指揮官様は私達のことを理解しようとしています。それに、今回も私に対する思いやりも感じ取れました。通路側を歩いたり、治療してくれたりと……ね?」

 

「あ……」

 

「このロイヤルの建築物は私達が産まれる前から『優雅』という意志と共に受け継がれ、人々を今でも惹かれさせているのです」

 

 確かに、ロイヤルの街並みや文化にはそれぞれ惹かれる要素があった。

 

 重桜とは違う文化の尊重が建物や場所に根付いていて、ついその優雅という物に惹かれていく。それがロイヤルの魅力でもあり、強さでもあった。

 

 エリザベスさんの確固たる立ち振る舞いや、ベルファストさんの完璧な奉仕にも優雅さは感じられるし、目の前にいるイラストリアスさんの美しさにも優雅さがある。

 

 皆、それを絶対的な物だと信じているから強いんだと、今改めて理解出来た。

 

 俺にそんなものがあるとイラストリアスさんは言ってくれたが……そんな自信は今はない。……そう、『今は』。

 

「指揮官様、どうか貴方は優雅にお進みください。それを支える為、ロイヤルのKAN-SENは貴方を支えます」

 

 イラストリアスさんは飛ばせていた艦載機を消えさせ、艤装を解くと、手を差し出すようにしてきた。

 

 イラストリアスさんの手を繋ぐ為には、足を海につけなければならない。

 

 けど、さっきの怖さは少しだけ無くなった。

 

 小さな1歩を踏み出し、海へと近づいていき、波の音が大きく聞こえ始める。

 

 波の音で大波のフラッシュバックが起きようとも、振り払うように首を振ってイラストリアスさんの元まで歩きはじめる。

 

 指先が海に触れ、イラストリアスさんの手に触れる所までもう少しだ。

 

 あと一歩、あと一歩踏み出すと同時にイラストリアスさんの手を握った。

 

 足が海に入り、手がイラストリアスさんの柔肌に包まれて心地よい。

 

「……海って、こんなに暖かいんだ」

 

 思ったよりも暖かくて、冷たい感じが一切しなかった。これ以上踏み込むのは無理だけど、俺にとっては大きな一歩になった。

 

 イラストリアスさんには感謝してもしきれ無いが、それでも言わなければいけないと思った。

 

「あの、イラストリアスさん」

 

「なんですか?」

 

「……ありがとう、ございます。俺……貴方が誇れるような、優雅な指揮官に頑張ってなろうと思っています」

 

「ええ。指揮官様ならきっとなれますよ」

 

 イラストリアスさんの祝福の笑顔は、夕日に照らされてまるで宝石のように輝いていて、思わず息を呑んでずっと見ていた。

 

 まさに、その名前(イラストリアス)相応しい輝きでもあった。

 

 多分、今日見てきた中で一番の輝きを持った笑顔に、俺は惹きつけられ、彼女と共に夜までこの海辺を砂浜を歩いていった。

 

 ___

 

 __

 

 _

 

 そして数週間後、俺はこれまでの事をエリザベスさんにロイヤルの事についてのレポートを提出し、見事エリザベスさんのサインを貰った。

 

 これで課題の1つはクリアし、ガッツポーズをするとエリザベスさんに咎められた。

 

「まだ1つしか貰ってないでしょ。あと3つ、頑張りなさい」

 

「はい! えーと……けど、次はどこに?」

 

「次は……そうね……ユニオンに行きなさい! 飛行機はもう手配してるから!」

 

「早っ!?」

 

 流石女王陛下と言うべきか、動きが早すぎると感服した。

 

「ほら、早く行きなさい! ……あとアンタ、ちょっと荷物多くない?」

 

 エリザベスさんは俺の右手にある大きなバックについて突っ込むと、苦笑いしてバックの中身を答えた。

 

「いや〜KAN-SEN達から貰った物やお土産でパンパンで……」

 

「はぁ……それを実家の重桜に届く手配もするから、最低限の荷物だけ持っていきなさい」

 

「え? 良いんですか!? ありがとうございます! じゃあ、お願いします!」

 

 大荷物のバックをこの部屋に置いていき、次の目的地であるユニオンに楽しみと好奇心を胸に、俺は飛行機まで走っていく。

 

「……全く、優雅さの欠片も無いわね。まぁ、でも……ふふ、これからね」

 

 城の外に出ると、既に迎えの車が手配されており、これに乗れば空港まで到着するだろう。

 

 そして、車の傍にはイラストリアスさんが笑顔で俺を待っていたのか、俺を見るとこっちに来てくれた。

 

「指揮官様、これをお忘れですよ」

 

 そう言って差し出してきたのは、俺が最初に持っていたハンカチだった。

 

 そういえばイラストリアスさんに渡したままだったなと忘れていて、ありがとうございますと言ってハンカチを手に取ろうとするが、何故かイラストリアスは俺にハンカチを渡さまいと手を挙げてハンカチを取らせないようにした。

 

「な、なんでぇ?」

 

「少しおまじないをしようと思いまして」

 

「おまじない?」

 

 そう言ってイラストリアスさんは俺のハンカチに……口付けをした。

 

 口を付けるだけの短いものだったが、あまりの衝撃でその短さが数分にも思え、イラストリアスさんは変わらない笑顔で口付けをしたハンカチを渡した。

 

「どうぞ、指揮官様」

 

「え? あ、あ……ありがとう、ございます……?」

 

「ふふ、次はユニオンとお聞きしました。そちらでも頑張ってくださいね♪」

 

「あっ……は、はい。じゃ、じゃあ! 俺はこれで!」

 

「はい。次は……学園ですかね」

 

 手配された車に乗り、イラストリアスさんは笑顔で手を振って俺を見送ってくれた。

 

 車に乗った俺は、イラストリアスさんから返されたハンカチを見ると、少しだけ薄桃色のところがあった。

 

 しかもそれは唇の形をしていて……間違いなくあの時付けられた物だと理解する。

 

 ついさっきの光景とイラストリアスさんとの観光の出来事が思い出してしまい、このハンカチをぞんざいに扱う事が出来なくなった。

 

「はぁ……イラストリアスさんって、本当に分からないなぁ……」

 

 少しモヤモヤする気持ちを抱きながらも、俺はロイヤルにしばしの別れを告げ、次はユニオンへと思いを侍らせた。

 

「行ってらっしゃい指揮官様。どうか貴方に聖なる光の祝福がありますように」

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