『金』の棋譜   作:Fiery

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にしゅうめを書いておきながらいっしゅうめも書く。

かきたいんだもの さくしゃ


こういう流れはあるだろうと思って書いた。後悔はしていない

 

 

 

 第76期名人戦七番勝負観戦記

 

 

『伝説を刻む者達』

 

 

執筆者 綸

 


 

 あらゆる競技の中にあって、伝説と言う物は存在する。

 誰にも破られないであろう連勝記録や、タイトルの獲得記録。不名誉な物であっても、突き抜ければ皆に愛される伝説になる物だってある。

 

 そんな中で今、将棋界は伝説の中にあって新たな伝説が刻まれている。

 

 『永世七冠』

 『タイトル獲得百期』

 

 神話のような大記録を阻んだ、新たな伝説。

 『神』とそれ以外の棋士の物語だと思われていた今の将棋界に投じられた、二つの新星。史上最年少で竜王となった九頭竜八一と、史上初めて女性でプロ棋士となった水鏡金美。

 

 九頭竜八一は竜王戦にて『永世七冠』を阻んだ。

 そして、水鏡金美は女性として初めて、神へと挑んだ。

 

 行われた名人戦七番勝負。第一局は振り駒により挑戦者の先手で始まった。静かな立ち上がりに見えたが、既にここから第七局まで続く死闘の合図は鳴らされていた。

 新手の応酬で紡がれる、新定跡。今後見れるかどうかわからない伝説の七番勝負の始まりは、奇跡としか言えないものから始まった。目まぐるしく攻め手が変わり、最終盤までソフトすら優劣をつけられない戦いは、名人に軍配が上がった。

 

 第二局は、第一局から全く様相が変わった。オールラウンダーである挑戦者はともかくとして、居飛車党である名人も振り飛車を選択した相振り飛車になったのだから。大盤解説に居た振り飛車党の筆頭である生石玉将も、詰めかけた記者達や将棋ファンも、これには驚きを隠せなかった。

 これもまた序盤から定跡を外れ……いや、新しい定跡を生み出すが如く互いの指す手は止まらなかった。長考を挟んで、しかし二人はまるで盤の上で踊るかのように棋譜を刻み……勝ったのは挑戦者。

 

 第三局。お互いの意地と意地がぶつかり合ったかのような力戦は、プロでも解説が困難な混沌とした物だった。

 第四局と第五局。第四局で挑戦者が後手番一手損角換わりで勝利すれば、第五局で名人が同じ戦い方で勝利をもぎ取る。子供じみた……と言うには、高度に過ぎる将棋の内容。しかし、第五局の大盤解説への顔出しで名人が『やられて悔しかったのでやり返そうと思いました』と発言し、挑戦者以外の皆を驚かせた。

 第六局。名人が居飛車を選択し、対する挑戦者が振り飛車の対抗型となった。ここで挑戦者が指したのは、自身の名前が入った金美濃。それを使って名人の攻めを捌き、鋼鉄の如く耐え、一瞬の隙をついた光速の寄せで挑戦者が詰め切った。

 

 そして、運命の第七局。

 

 振り駒で挑戦者が先手となった最終局は、居飛車同士の相掛かりとなった。この時に挑戦者が選んだのは、『自身が初めて将棋を指した時に使った』という金開き。戦法にこだわらないと言っている挑戦者の、唯一のこだわりとも言えるそれに込められていたのは、絶対に勝つという思いだ。事実、最後の大盤解説へ顔出しをした時には、『最終局ではどんな形だろうとこれを指すと決めていた。これで、絶対勝ちたかったから』と発言している。

 最終局は最長手数記録を更新する四百五十手となり、終盤名人の手は震え続けていた。しかし、七番勝負最大最後の死闘の果てに勝利したのは――…挑戦者、水鏡金美。

 

 『タイトル獲得百期』という伝説を、『史上初の女性名人』という伝説が塗り替えた瞬間だった。

 

 数秒の間、大盤解説に立っていた神鍋七段も、聞き手の釈迦堂女流名跡も、会場に集まった記者も将棋ファンの誰もが、声を発する事が無かった。

 間違いなく、将棋と言う物がある限り語り継がれ続ける伝説の一ページを、皆が目撃した。

 

 伝説が終わったわけでは無い。しかし、これから刻まれる伝説はただ一人の棋士のものではなくなった。

 

 神と呼ばれる棋士と、竜の化身と呼べる棋士と、新たに棋界を照らす太陽となった棋士。

 

 

 伝説を刻む者達が居る限り、伝説は終わらない。

 

 

 

 

 

 

 恋地 綸(こいじ りん)は元女流三段である。

 かつての女流タイトルホルダーでもあり、現名人・水鏡金美とかつて対局して破れ引退した一人だ。当時高校生だった彼女は女流棋士を引退した後、その足で伝手のあった出版社へと赴き、当時の編集長に土下座してまでそこで観戦記者のバイトを始めた。

 それからは学業と観戦記者のバイトをこなしながら、金美を追い続けた。初めてインタビューをした時に、彼女が自分を覚えていた事に驚いた事は印象深い。それが縁で、記事には出来ない話も少しだけ知っているのは、綸の秘かな自慢だ。

 

 恋地 綸が水鏡金美を追う理由は、引退を決意させた対局にある。

 実力差に絶望したとか、そんな事が世間では言われていたが全くの的外れだ。彼女はその対局で見た輝きを一生忘れない。

 

 それは、太陽の輝き。遥か天空から盤を照らし出す光を、彼女は見た。その光は水鏡金美が持つ将棋に対する真摯さも、向き合う中で苦しみ抜いた事も、雄弁に伝えてくれた。金美対女流タイトルホルダー六人による六面指しと言う、女流棋士にとっては屈辱の対局。

 だからこそ、金美は全ての対局に誠実に向き合っていた。それは盤を挟んだ相手にしかわからない事である。事実として、あの時戦った六人は金美と友好的な関係を築いている。当時女王だった花立 薊(はなだち あざみ)は、自身の結婚式に金美を招待するくらいだ。

 

 あの対局を通じて、綸は水鏡金美のファンになった。なったからこそ、彼女を追える位置に……観戦記者になった。女流棋士であった頃よりも遥かに充実していると、綸は思っている。少なくとも、大会で負ける度に怒鳴りつけてきた父親に対して怒鳴り返した後に家を出て、ストレスフリーなのは間違いない。母親とは電話したり会ったりしているが、父親は今でも完全スルーである。

 

「えー……水鏡先生。うち、ここに居ていいんですか……?」

 

 そんな綸は今、関西将棋会館の三階事務所にある会議室に居る。横には金美が座り、更には月光会長が居て、秘書の男鹿が控え、そして机を挟んで向かい合うように座っている一人の男性。

 

「居てもらって結構ですよ。是非報道していただきたい内容ですから」

 

 金美が男性……夜叉神天祐へと視線を向ける。天祐が金美の言葉に同意するように頷くのを見て、綸は肩の力を抜いて部屋の隅に椅子を持って行って座った。

 

「では改めて」

 

 それを察した月光が口を開く。

 

「日本将棋連盟は、東西の将棋会館の建て替え事業を御社に依頼する。そして御社は女流棋界の発展の為、長期的なパートナーシップを締結していただく」

「はい。その際には一つ、水鏡金美名人に聞いてもらいたい話があります」

 

 天祐が鞄から資料を取り出して、男鹿と金美に手渡した。その話は聞いていなかったため、金美の頭上に疑問符が浮かび……資料を読み込んで半眼になった。

 

「女流棋界の発展の為に、女性名人である貴女の協力が必要不可欠だと判断しました。故に我々がスポンサーとなる新たな女流タイトル戦……女流順位戦に貴女の名から一文字頂いて、『金烏(きんう)戦』と名付けさせて頂きたい」

 

 大真面目な顔でそう言い切る天祐の姿に、金美は天を仰いだ。名人になった事で色々と将棋界に対する貢献を考えてはいたが、こう来るとは思わなかったのだ。綸はテンション爆上げで、叫ばなかった事が奇跡レベルで早速メモに情報を書き込んでいる。

 渡された資料の中にある内容……女流順位戦の話は聞いていた。ただ、この名前の事は知らなかった。そして、自分の名前の中にある『金』の文字が使われる事も。

 

「……将棋界発展の為なら否と言いませんが、理由をお聞きしても?」

「まずは順位戦の意味ですが、プロ棋士の方々はフリークラス以外なら年間通して二十局程度は保証されています。これは順位戦によって大半が確保されているのが大きい。対して女流棋士は、予選はほぼトーナメントのみで最低対局数が六局程度と大きな開きがあります」

「プロよりも女流棋士の方が強くなる経験を積めない、と言う意味なら確かに」

「はい。だからこそ女流棋界発展の為に一番いいのは、最低対局数の確保だと我々は結論付けました」

 

 そこまでの理屈は、金美にとっても大いに納得できる。以前釈迦堂に言った『強くなるための道が少ない』という考えの一端に触れる話だ。がむしゃらに対局を重ねるだけでは強くなれないが、対局をしなければ強さへの取っ掛かりも掴めない。

 順位戦であれば、実力の近しい者との対局が最低数保証されるのだから、強くなる道としては決して悪くないものだ。そしてその先にタイトルを持ってくるという話も、名人戦を考えれば棋士にとって普通の話である。

 

「それに私の名前を使いたいと言う事の繋がりが見えないのですが……」

「水鏡名人、今の貴女は世間から見れば将棋界最強の棋士の一人なのです。それと同時に、女性名人として将棋を志す女性や少女達にとって憧れであり象徴だ。()()()()()()()()()()()()であるものに、貴女の名以上に相応しい物はないと思います」

「……流石に、私の名前からとったとは言わないで頂きたいのですが……」

 

 恥ずかしいというレベルではないのでそう言えば、天祐も苦笑して『それは大丈夫ですよ』と答える。

 

「金烏と言う言葉は太陽の異称でもあります。この女流順位戦……金烏戦が、女流棋士にとって新たな夜明けとならん事を願って付けさせていただきました。それに、そちらの観戦記者の方が貴女を太陽と表現したことに感銘を受けましたので」

 

 金美が視線を綸へと向ければ、彼女は二重の意味で恐縮した。まさか自分の記事で新設タイトル戦の名前が決定されるなど思いもよらない事であり、金美からは『余計な事を……』というニュアンスの視線を受けてしまったからだ。

 まぁ金美のものは完全に八つ当たりであるし、本人も自覚があるので視線を向けるだけで済ませるのだが。

 

「あぁそれと、夜叉神グループの名前は出さない方向でお願いしたいのです」

「と、仰いますと?」

 

 天祐の申し出に月光は聞き返すが、金美は逆に『でしょうね』と呟く。そんな彼女に月光の関心が向く気配がしたので、金美は口を開いた。

 

「ご息女が女流棋士ですから、タイトルを親が用意したなんて知られれば反発は必至でしょう。結構勝気な彼女であればなおさら、と言った所ですし」

「そう言う事です」

 

 親馬鹿な表情を覗かせて笑う天祐に、部屋にいた全員もつられて笑った。

 

 

 

 

 

 

 女流棋士の新タイトル創設に、女流棋士達はにわかに活気づく。何せプロ棋士達の順位戦と同じ方式のものが、新タイトルには適応されるのだ。それはすなわち……女流棋士にとっての名人戦と同義だと、皆が皆考える。

 

「どうすんだ?」

「興味がない。これからはプロの順位戦に参加できるし」

 

 そんな記事が載せられた、免状に署名している金美が表紙を飾る月刊誌『将棋世界』を読んだ雷の問いに、銀子は本当に興味なさげに答えた。三段リーグの最終局……全勝同士であるお互いが戦う事になる対局を控えながらも、普段通りの態度で二人は話している。

 何せ全勝は二人のみで、後は軒並み二敗以上をマークしている為、二人のプロ入りは決まりきっている。ならば後はどちらが上になるかを決めるだけであり、二人にとってそれは()()()()()でしかない。

 ちなみに新名人になった金美は、表紙の通り申請が倍増した免状の署名に追われて、今日も会館に缶詰である。対局の為に関東に行っても、免状の署名からは逃げられないらしい。

 

「私らが女流の順位戦を戦った所で、って話だよな」

「それにプロと女流の二足の草鞋は体力的に厳しいし、どの道女流棋戦は無理ね」

「それだけどさァ。釈迦堂会長の話はどうすんだ?」

「……今持ってる女流タイトルを返上するのは待ってくれって話?」

 

 『そーそー』と雷が頷いた。

 先月、関東に遠征した際に二人は釈迦堂の招きを受けて、彼女の店に顔を出している。その時に彼女のブランドの服を着せられたりしながら、ついでのように研究会も行い、その話をされたのだ。

 理由としては、スポンサーの意向だ。それぞれタイプの違う美少女である二人は、他の女流棋士とは隔絶した実力を持っている。それに片や女王、片や女流玉座。そして女流玉将を争うライバル関係。話題性に事欠かない二人を手放す理由がない。

 

 女流棋士にならない事は既に先方にも伝わっている。表立って否定しづらい理由……銀子は高校生活があり、雷は短大に行く予定を組んでいる……があって、ならば次善の案として提示されたのが、タイトル返上の延期だ。

 女流棋士ではなく、女性奨励会員でもなくなるため、それが出場資格の女流棋戦は予選及び本選に出る事は出来ない。ただ、女流玉座戦と女流玉将戦は女流タイトル保持者に本選トーナメントへのシード権が与えられるため出場はできる。後、女子オープンに関しては前回の番勝負挑戦者は雷であったため、本選へのシード権がある。

 

 色んな意味で異常事態と言うか、制度の穴を突いた理論で、以前から二人が出ていた女流棋戦には出てほしいというのがスポンサーの意向だ。将棋で生きていこうとすれば、それを無視するのはなかなか難しい。それがたとえ名人であっても、だ。

 

「そこはまぁ、不用意に女流棋戦に出た私達の自業自得ね。そういう意味だと、カナ姉さんや岳滅鬼さんの判断は正しかった……まぁ岳滅鬼さんの方は女流棋士になったし、順当にいけば勝ち上がってくれるでしょう」

「まぁガッキーなら、私らがマジでやっても負ける可能性があるしな。ガッキー来るまでの我慢って事にしとくか……後は八一ん所の弟子も上ってくりゃいいんだけどよ」

「期待しているの?」

「おめぇ以外の女流タイトルホルダーよりは、な。夜叉神は女子オープン決勝で私相手に千日手に持ってったし、雛鶴は終盤がバケモンだ」

 

 雷の話は、銀子としても納得せざるを得ないものだ。

 女流棋戦ではお互い以外に無敗だった記録に、天衣が雷に灰色の星を付けた。それは女流棋士達にとっては快挙と言えるものであり、大いに盛り上がった……のだが。

 後手番になり、ギアを一つ上げた雷は自分の師が名人戦でも見せた戦法であり、天衣にとっても思い入れの強い戦法である一手損角換わりを繰り出して見せ、何時も見せる超攻撃的な将棋ではない、祭神雷が最も憧れる棋士のようなそつのない将棋で完封。格の違いを見せつけて終わった。

 

「……まぁどこかで白黒は付けないといけない相手、か」

「そういうこった。夜叉神は研修会試験でお前に負けたの、相当根に持ってるから今後も女王はマジで狙いに来る。雛鶴は雛鶴で違う理由でお前を殺しに来そうだけどな」

「それなら、どっちも迎え撃つまでよ。当然、お前もね」

 

 ネット将棋を指していたスマホから顔を上げた銀子が、雷を見据えた。その瞳の奥には、煌々とした蒼炎が見えたような気がした。

 

「ハッ! わりぃがプロになったら私の目標はたった一つだけだ。女流棋戦は調整に使わせてもらうさ」

「それ、カナ姉さんにチクるわよ」

「そういうの止めろよマジで! 先生に聞かれたら先生が思いつめるんだからな!? アレ怒られるより心にクるんだよ!?」

「いやお前、何度かバレてんの?」

 

 

 

 

 

 

 神鍋歩夢は、自身の師を前にしてたじろいだ。

 彼女から発されるオーラとでも言うべきものが、弟子でありいつも傍に控える自分でも見た事の無いものであると感じたからだ。

 

「ゴッドコルドレン」

「どうされましたか、我が師(マスター)

 

 淹れた紅茶にも手を付けず、師である釈迦堂が歩夢を呼ぶ。その視線はある雑誌の記事に固定されたまま。

 歩夢はその内容を知っている……自身にはあまり関係のない話だが、釈迦堂にとっては大事件と言うべき内容だから、彼も頭に入っている。

 

「金烏戦。余は必ず勝ちたい」

 

 そんな言葉が彼女の口から出た事は、歩夢の知る限り初めて。彼が弟子になった頃から、こうして彼女自身の勝敗に執着する姿は見た覚えがない。ただそれも仕方がないと、歩夢は考える。

 今度新設される金烏戦は、女流()()()だ。プロの順位戦のように、頂点に『金烏』のタイトルが君臨する……歩夢は、自身の師が順位戦のクラスを重視して指導していた事を知っている。だからこそ、女流棋士にもそれが導入されれば闘志を燃やすのは明らか。

 

「お前の見立てはどうだ?」

「マスターならば、可能性はあるかと」

 

 歩夢の言葉に嘘はない。将棋に絶対は無いからこそ、釈迦堂里奈が初代金烏になる可能性はある。彼女は今現在の女流名跡タイトルホルダーであり、女流棋士の中では強者の部類に入る事に疑いはない。銀子や雷を相手にしても蹂躙されるのではなく、渡り合う事が出来るだけのものはあるのだから。

 

「……この第一期は現在六十四名の女流棋士を八人ずつ、八つのリーグに分けて総当たりし、リーグ毎の同順位をトーナメントで割り振り、順位を決定していく。初代金烏になるには、全てに勝たねばならんが……」

 

 自分の方へと振り返った師の目に、煮えたぎる溶岩のような熱を歩夢は見た。

 

「それを踏まえて尚、可能であると考えるか?」

「出来ると思わねば、まず成す事が出来ぬと考えます。戦女神(アテナ)がそうしたように」

 

 絶対は無い。しかし、不可能は可能にできる。

 それを証明した存在――…史上初の女性棋士にして女性名人。眩いばかりの可能性と、暗く重い現実を女流棋士達に突き付けた存在。彼女が居るからこそ、歩夢は師に『諦めない事』を説いた。目の前の師が日頃から説く、『心の強さ』こそが大事なのだと。

 

「――…余としては、もうこれ以上の棋力の向上は見込めぬだろう」

「マスター」

 

 聞きたくない、と拒否するかのように歩夢が師を制止した。それは自覚していようと、言ってはいけない事だ。

 

「無論、順位戦でお前に黒星をつけた清滝九段のように幅広く教えを請い、衰えを感じて尚、上を目指す選択肢もある」

 

 歩夢の心情を理解しながらも、釈迦堂は言葉を続ける。

 

「その選択をさせたのは、九段の弟子達だ。女性名人が説教し、若き竜王が涙を流して叱りつけたらしい。娘と銀子も、その場に居たそうだ」

「何と……」

 

 それまで全勝で駆け上っていた順位戦で初めて付けられた黒星の裏側にそんな事があったのかと、歩夢は素直に驚いた。勝てると思っていた対局……油断も慢心も無かったと思っていたが、自身の心の綻びを突かれた苦い記憶だ。

 しかし相手にはそれだけの支えがあって、それを気迫に変える度量もあった。知らずに心に綻びを抱えていた者と、その心に様々な想いを充実させた者であるならば……あの勝敗はむしろ必然だったかと、歩夢は考える。

 

「美しき師弟……いや、彼らの場合は家族か。娘に、息子に怒られ、それを受け入れて奮起する父親。そんな父を見て、またあの子供達も奮起するのであろう。そしてそれは孫弟子達にも伝わっていく」

 

 そこまで言われて、釈迦堂の真意が分からないほど歩夢は愚鈍ではない。ただ、二人の師弟関係は清滝たちとは違う、まさしく正しい師匠と弟子なのだから。

 

「指しましょう。マスター」

 

 だから叱りつけるなんて事は出来ない。説教など以ての外だ。しかしそれでも、出来る事がある。自分も、師匠も、将棋を生業とする者。制度で分けられたとしても、その根幹に流れるものは『棋士』であると言う事。

 

「ゴッドコルドレン……」

「我には、アテナのようには出来ません。ドラゲキンのようにも出来ぬでしょう……しかし、貴女とこうして指す事が出来るのはきっと、弟子である我だけです」

 

 真っ直ぐ釈迦堂を見つめる歩夢の眼差しに、弟子として迎え入れた日の事を思い出す。あの時もこうして真っ直ぐな眼をして、余と向き合っていたな……そんな懐かしい感覚に、自然と釈迦堂の表情にあった険が消えていく。

 

「ご指導ご鞭撻、よろしく頼みます。神鍋歩夢七段」

「ま、マスター!? 我は弟子としてですね……」

 

 強くなっても揶揄い甲斐のある弟子の姿に、久しぶりに釈迦堂は声を出して笑った。

 

 

 

 




乗るしかない。女性名人という波に!

とかそんな感じで、出来る人ならやっちゃいそうな新タイトル創設の話。
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