続かねぇよ!
強くてニューゲームとは、ラスボスの誕生に他ならない
水鏡金美。
史上初の女性棋士。そして史上初の女性名人であり、十九世名人の永世称号を獲得した女傑も人の子であった。
享年六十五歳。平均寿命から見れば早すぎる死は関係者たちを騒然とさせ、時の将棋連盟会長を務める神鍋歩夢九段は、執務中にその話を聞いて涙を流したという。
彼女の最期を看取ったのは、天涯孤独の身の上だった彼女の唯一の身内であり、最初で最後の弟子である祭神雷だった。師に呼ばれて自宅に顔を出した雷は、突然の昔話に少しだけ困惑したがそれでも楽しく話をし、勝手知ったる台所でお茶を淹れ直して戻った時には既に、彼女はこと切れていた。
奇しくもそれは、その最愛の弟子が自身も保持した名人初獲得の最年長記録を打ち出した翌日の事。
「……間に合って良かったと思ったんですが、ここは?」
現世の大騒ぎを死した本人は知る由もなく、唐突に開けた視界と場所に困惑していた。
そこはまるで将棋の道場のような場所だった。いくつもの将棋盤が並び、盤を挟んで指す誰かが居て、皆が皆将棋を指している。
『何や、随分落ち着いとるやないけ』
横から唐突に声を掛けられる。
知っている声……忘れられる筈のない声に、金美は慌ててそちらに視線を向けた。
「……嘘、でしょう?」
『嘘も何も、お前もこっちに来たっちゅうことやろがい』
「それは、そうなんですが」
そこに居たのは、金美よりも十数年前にこの世を去った師匠である清滝鋼介。ただ、その姿は指し盛りの頃の三十代の容姿で、快活に笑っている。その姿を見て『あぁ、やっぱり死んだのか』と金美は自身の死を完全に理解した。
『ま、ここに来たんならまずはわしと指してけ。十九世名人』
「……他に知ってる顔がいるんです?」
『お前より前の歴代永世名人も揃い踏みやぞ。わしもさっきまで月光さんにボッコボコにされとったわ』
「死んでまで将棋指してるんですか。控えめに言って馬鹿ですよね? 将棋馬鹿師匠」
『お前もここに来たっちゅうことは同類やぞ、将棋馬鹿弟子』
違いない、と金美は笑う。死後の世界にも色々あるものか……自分が天国行きか地獄行きかはわからないが、それが決まるまで師匠や生前どう足掻いても指す事の出来なかった誰かと指すのもいい。
「では、ここに来たての弟子にご指導お願いします。師匠」
『よっしゃ、早速やろか』
頭を下げる弟子に、師匠はニカッと明るく笑う。ここが死後の世界だろうが、死の間際に見た夢であってもどうでもいい。敬愛する師匠ともう一度指せるというのは、そんな事よりも重大だから。
盤を挟み、駒を並べ、互いに礼をする。定跡も何も考えず、金美は自分の指し運に任せるがままに駒を動かしていく。
『わしが死んでからも、相当揉まれたんか?』
「雷や銀子、八一達も相当頑張りましたから」
だから強くなったと笑う。自分の知るままの一番弟子に師匠も笑って、駒を動かす。その手はまだ形すら作れていないのに、とても重いもののように感じられた。
ここでの研鑽が宿った一手。自分の知る最も強かった時の清滝鋼介よりも遥かに強い。今の自分よりも強い師匠がここにいる。
『……お前は変わらんな』
「そうですか?」
『わしの将棋を見て、受け止めて、
その指摘に、金美はいっそう笑みを深めた。大事な所は何も変わっていなかったと、誰でもない師匠に言ってもらえたことが嬉しかった。
死後の世界。将棋だけを指す場所。ここで姿形が変わらないのは将棋盤と駒だけ。三十代の清滝鋼介と盤を挟んで向かい合うのは幼い……清滝鋼介に弟子入りした頃の水鏡金美の姿。
もっともっとと、将棋を学ぶ事を強請っていたあの頃の師弟の姿。
『ここなら時間は関係ない。じっくりやろうや』
「もちろん!」
没頭していく。肉体にも、時間にも縛られない魂だけの世界で、親子の語り合いはまだまだ続いていく。
『結局結婚せんかったよなお前……桂香は嫁にやったのに』
「ご祝儀奮発してだいぶ怒られたのは良い思い出です……私の事情は知ってますよね?」
『わしもお前が、自分を産んだ両親を
「そんな、血の繋がった相手を捨てられる血筋を残す気はありませんよ」
『……そこも変わらんな。もし生まれ変わったら、良い親の所やとええな』
「そうですね。そうだと良いかも知れません」
『気の無い返事やなぁ』
「今でさえ、雷に対して良い
雑談を交えながら指す。
時間の感覚は既に曖昧であり、タイトル戦の番勝負以上の時間を掛けて指している気もするが、この場所では意味がない。疲れもせず、ただ頭が冴えていく感覚があり、無限に指し続けられる場所。
生前の事を肴に将棋を指し、輪廻転生の話を肴に将棋を指す。いずれ、自分の知る棋士達も来るのだろうかとふと思うが、清滝の話ではそう言う事でもないらしい。来る人と来ない人の違いはよくわからないが、気にしてもしょうがないと彼は笑った。
『次は私と指そうか』
一万ほど清滝と指した頃、今度は金美にとって最も因縁があると言って良い棋士が声を掛けてきた。
「喜んで」
『君と指すのを、ここでも楽しみにしていたよ』
水鏡金美が名人位に挑戦した時に、その座にいた人。神とも呼ばれた伝説の棋士。
金美が名人在位時の挑戦者の半数は彼だというのは、将棋界にとっては笑いの種だ。それほどまでに彼が強かったという証明でもあるが、終わった後はどちらも楽しかったと笑うそんな将棋を指していた。
「将棋はまだまだ好きですか?」
『勿論。君も以前より遥かに、だろう?』
「当然ですね」
将棋馬鹿としての会話は楽しい。余計な柵も何もなく、将棋の事を考えて指す。目指すのはいつか盤上に現れるだろう真理の一端。それを感じても尚まだ、将棋は深い。
『そうか。ここはこれか』
「でしたら……こう行けますね」
生前、彼と金美が研究会を行う事は終ぞなかった。二人にとっては公式戦が研究会のようなものであり、名人戦がその最たるものであったから。
死んでから初めて行うというのもおかしな話で、死んだ後に新鮮と感じるなどよりおかしな話。それでも今目の前の事と比べれば些末な事であるので、金美は捨て置いた。
それから何万も、何億も、何兆も……那由多の果てまで、そこに居る色々な誰かと金美は指した。歴代永世称号の保持者もいれば、遠い過去の棋士も。昔のルールもやったし、遊び将棋も幾つも指した。
『お主、素質があるな』
唐突に来た後光を背負う女性に唐突に声を掛けられ、唐突に輪廻の輪に還されるまでは。
◇
「……だれ?」
「
五歳とは思えないほどに流暢に話す少女に、病室の主である三歳の少女は目を丸くする。出てきた名字は彼女の主治医のものであり、ならば以前言っていた『娘に会わせる』という話を実行したのかと思った。
「将棋、やりましょうか」
「ん」
彼女も将棋を指すのか、と病室の主である銀子は了解した。
折り畳みの将棋盤を簡易テーブルにおいて、駒を並べていく手つきに迷いはない。相当に慣れていると理解できる所作に、金美と名乗った少女の熟練度が伺える。
そして指してみれば、良いように操られる。まるで指す場所が分かっているかのように、金美の手に迷いはない。銀子が悩んで指せば、笑みを深めてノータイムで指し返してくる。そうやって気がつけば、自分の玉が詰んでいる。
「もういっかい!」
「えぇ、何度でも」
それが悔しくて何度も、銀子は金美に対局を強請った。嫌な顔一つせずに金美はそれに応えて、銀子の指す手がみるみる変わっていく。
変化で無く、進化と言えるようなそれをもし、将棋を知る人間が見ていたら驚愕と共に眺めていたかもしれない。対局を重ねる度に、明らかに棋力が上がるなどと言うオカルト……それに銀子が気がつかなかったのは、ある意味幸運だった。
「もういっか……ッ」
何度目かわからない『もう一回』の時に、銀子が胸を抑えて蹲る。それを見た金美は迅速に動き、落ち着かせるように冷静に対処。ナースコールを押して状況を伝えて、銀子をベッドへと寝かせる。
「無理をさせ過ぎました」
病室に来た主治医、金美の父でもある
それから暇があれば、金美は銀子の病室に顔を出して将棋の事も話した。何が今は流行りだとか、そんな将棋に全く関係なさそうな事も色々話した。銀子が本が好きだと言えば、色々な本を渡してくれた。将棋の本もあれば、時の作家が書いた純文学や大衆文学。ライトノベルなんかもある。
これどうしたの? と聞けば、父に話したとの事。だから大量に……と銀子は思い、それ以上は何も言わず本を読む。
「そろそろ退院だと聞きました」
銀子が四歳になる頃、金美が言った事に銀子は頷いた。
一年ほどの交流の中で、銀子はこの奇妙な年上の少女に対して姉のような感覚を抱いている。優しくも厳しい、年も近いのにそんな事は全く感じない……六歳児に対して言う事ではない、老成したような雰囲気。そして、自分に対する真っ直ぐで純粋に向けられる愛情に、最初に抱いていた警戒心などもう無い。銀子にとって金美は、将棋が強いお姉さんになっていた。
「これを、貴女にあげます。気が向いたら読んでください」
そう言って渡されたのは、分厚い紙の束。A4のコピー用紙には文字がびっしり書かれた……製本を行う前の原稿用紙のような束。
「これは?」
「パソコンに書き溜めてた、私の将棋に関する持論です。今は何を言ってるかわからない部分もあると思いますから、わかる所だけ読んだら感想をください」
「わかった」
素直に銀子は頷いた。この一年で、将棋の事に関して金美を疑う事は無くなったから。
「……もう、会えない?」
「どうでしょう? 将棋会館で会うかもしれませんし、貴女が呼んでくれるなら、清滝先生の所にお伺いする事も出来るでしょう」
そこまで知っているのかと、銀子は納得する。
圭の手回しで、退院後にはプロ棋士の清滝鋼介九段の家で内弟子として生活する事が決まっていた。娘であり自分と交流のある金美がそれを知っていても不思議はないし、その道に進むという彼女の決意を知って、金美がこれを持たせてくれたのだと理解した。
「頑張ってください。私も頑張りますから」
ぽんぽんと、軽く頭に手を乗せられる。その感触に悪い気はしないと、銀子は笑みを浮かべた。
内弟子として生活し、外の情報が手に入るようになった時。
そのお姉さんが小学一年生でアマチュア竜王戦を優勝し、プロ棋士が居る竜王戦に挑むと聞いて『驚きで口から心臓が出ると思った』と、後に銀子は金美に言ったという。
◇
今生、明石金美となった彼女の将棋の経験値は、今現在の人類は到底到達不可能である。ソフトであっても、彼女の人生数回分の年数では届かないレベルの積み重ねをあの世で重ね、現世に持ち越した彼女はまさしく、今この世界で将棋においては最強であると断言できる。
そしてそれは、前世において初の名人戦で花開いた彼女の将棋……『導き』にも同じ事が言える。
莫大な経験値から、彼女には相手の棋力の成長においてどうすればいいのかが見え、それを適切に示す事が出来る。限界自体は本人に超えさせねばならないが、それでも限界を超える為の扉の前まで導き、開けさせる所まで一つの対局で可能になった。
前世では長い時間を掛ける必要があったものだが、それだけ今と昔では経験値の桁が違う。
「参り、ました……」
「有難うございました」
アマチュア出場枠で出場した竜王戦。第六組の金美は全ての対局で時間を使わずに勝ち進んだ。
今居る世界と、金美が元々いた世界の差異。彼女が調べた範囲においてはそれこそ『
そんなどうでもいい事を考えながら、第六組決勝の相手に礼をして一声掛ける。しかし相手は小学生に負けたという事実に打ちのめされているようで、感想戦も出来ない。当然、導きも不発の様だ。
(気付いてくれればいいんですが)
金美と指せば強くなれる。前世で一時流れた噂は、ある意味事実だ。
ただそれは色々と条件があり、まずそれを受けられるだけの力量があるかなどの制限がある。故に闇雲に出来るものでも無かったが、あの世の経験値を得た今であれば諸々の制限は大分緩和されている。相手の気付きが必要なのは絶対条件の為、そこは変わらなかったが。
対局室を出れば、詰めかけたマスコミのフラッシュに出迎えられる。前世で既に慣れた光景に気にする事無く、一礼をして迎えに来た母の車で家へと帰る。
今生の両親は良い両親だと言えるだろう。終ぞ金美が前世で知る事の無かった一般家庭の温もりに戸惑う事もあるが、父や母と呼ぶ事に躊躇いはない。それでも金美にとって父は違っているので、『こういう時前世の記憶は不便だな』と苦笑いするしかない。
『アマチュア小学生、史上最年少で竜王戦決勝トーナメント進出!』
そんな見出しが翌日の新聞に載るだろう。去年、竜王戦の決勝トーナメントの制度が変わった事にも言及して、彼女を竜王にさせないためなどなんだのと騒がれている。
金美以外そんな事になる等想定も想像も出来ないのだから、その意見は全くの的外れだ。小学二年生が竜王戦に出ますなんて、前世の金美でも鼻で笑っていただろう自信がある。本人だし。
それでもこんな事をしている理由は、偏にプロ棋士になる為。
奨励会を駆け上がってもいいが、それでは時間がかかる。さっさとプロに行って指したい相手が山ほどいるのだ。躊躇う理由は無かった。
竜王戦で十分すぎるほどの存在感を示した金美には既に、三段リーグに編入しないかと言う話が来ている。前世では2007年に創設された制度だが、金美に来た話では無試験での編入だ。そこで勝ち抜けばプロになれる。ただ、竜王戦は辞退になるし、編入されるリーグも先の話。
『決勝トーナメントに行ったらプロにしてください』と言ってみたが、それには流石に難色を示された。そりゃ、中身が別の世界線で名人にもなった女性だと、本人以外誰も知らないので当然である。なのでランキング戦で負けたらその話を受けますと言った。
ぶっちゃけて言えば、負ける事は簡単だ。
相手に悟られないような負けを演出するのが、勝つ事よりも難しいというだけ。ただ、そんな事をすれば相手にもそうだが将棋に対する侮辱であるとも考える為、金美はそんな事はしない。
現在の棋力設定は、前世の金美と同じくらいだ。それも永世称号である十九世名人を得たくらいの……この時点でアマチュアにとっては無理ゲーであるし、第六組に居る棋士にとっても難易度ルナティックである。三段リーグも恐らく楽勝だろう。
決勝トーナメントで当たる相手を考えれば確実とは言えないが、その時は見極めて上げるだけだ。だって竜王獲った事ないから獲りたいんだもの、と金美は思う。
(まぁ、どんな提案をしてくるかですねぇ)
小学生がプロ棋戦に出るだけで大騒ぎなのに、もし獲ってしまった場合どれほどになるか金美には想像がついている。それはおそらく連盟の方も同じで、だからこそ獲れると感じさせる金美をプロにする為に動くだろう。
「明石金美さん。プロ棋士への編入試験を受けてみませんか?」
棋士総会が行われた日の後、自宅に現れた十七世名人の資格を持ち、その総会で会長就任が決まった月光九段にそう告げられて、金美の返事は決まっていた。
「竜王を獲ったら受けます。それまでに負けたら三段編入でお願いします」
◇
竜王戦第六組を制した少女が小学生であると、月光聖市はどうしても信じられない。
二十代の時に大病を患い、月光は視力を失った。故に他の感覚が研ぎ澄まされ、目の見える人間とは違うものが見える事がある。
プロ編入試験の話を持って行った時、月光はそれを強く感じた。
(天才? いや、才能ではない。彼女の真価はその経験値……七歳か八歳の少女が積めるはずのない途方もないものである事を除けば、ですが)
才能がある事も疑いはないが、それはおまけだ。将棋のあらゆる局面を知り尽くした、仙人のような人物のイメージが月光の脳内には浮かんでいる。
実際に会った印象はそれなのに、聞こえてくる声は間違いなく幼い少女のもの。しかし流暢な喋り方からその言い回しまで、少女のものとは思えない。チグハグが過ぎて、少女のまま成長が止まった老女と言われても信じてしまいそうになる。
彼女であれば三段リーグと言えど、時間の無駄。それだけの強さ、経験値を既に持っている。
今すぐに特例を用いてプロにした所で問題ないくらいだ。竜王戦のランキング戦をアマチュアで優勝した事で既にそれは証明されている。編入試験の話も、対外的な説得力を持たせるためでしかない。
ただ、それを蹴られるとは思わなかった。剰え『竜王になったらプロになります』と言い切られるとは思わなかった。
「何を言うのかと、普通なら思いますが……」
竜王戦決勝トーナメントの決勝戦……要するに竜王戦挑戦者決定戦に、金美は辿り着いていた。制度改定によって、六組優勝者は最も多く勝たなければ竜王に挑戦できない。その中にはA級棋士やタイトルホルダーも交ざる事があり、この時の準決勝の相手……竜王戦第一組の優勝者はあの名人だ。
ここで天才少女の快進撃は終わりだと誰もが思い……それは裏切られた。
名人の手が震え、彼は対局中だというのに涙を流していた。感極まって泣きながら、『名人戦で待っている』と言って投了したのは、余りにも衝撃的な出来事だった。そんな相手と、第一組二位だった月光は今対局している。
脳裏に浮かぶ姿は、天高く浮かぶ太陽。既に人ではない……あえて当て嵌めるなら、日本の神である天照大神だろうか。
棋力自体、自分よりも上だと月光は感じている。だがそれ以上に、人類では到達不可能であろう広大無辺な将棋観を有している。何を指しても彼女にとっては既知であり、自分を更なる高みへと導いている節すらある。
「明石さん」
「……何か?」
「相手がいないと、退屈ですか?」
「相手はいますし、退屈もしていませんよ」
何の気負いもなく言われた言葉に、何の偽りもない事に月光は驚いた。
彼女と戦える人間は、今の将棋界には存在し得ないだろう。ならば何を持って退屈でないと彼女は断言するのか、月光にはわからない。
こうして導いて、自分の領域に来る誰かを待っているのか……そんな事を考えても、不可能だと断言できる。将棋に絶対は無いとしても、人間の寿命に限界はある。人生を数回繰り返し、全ての記憶を持ちこして、全部将棋に捧げても辿り着けそうにない境地。
彼女の導きがあっても、そこに辿り着ける人間など、月光には考えられなかった。
「神と呼ばれた棋士は居ますが、将棋の神が現れるとは思いませんでした」
月光の言葉に、一際高く響いた駒音が答えた。
「それは、私への侮辱ですか?」
金美の平坦な声に、煮え滾る怒りが込められている。
やろうと思えば誰だって出来る事だと、金美は本気で思っている。他人がやろうとしない事にとやかく言うつもりはないが、自分がやってきた事をそう言われるのは不愉快だった。
「……その様なつもりはありませんでした。申し訳ない」
「私も過敏でした」
その一手は月光の陣の急所だった。それから光速で寄せられ、月光は投了。金美は史上最年少かつ、史上初のアマチュアでの竜王挑戦者となる。
この年の十一月。自分で自分の記録を塗り替える、史上最年少と二つの史上初を達成した竜王が誕生する。
史上最年少、八歳四か月。女子小学生であり、アマチュア参加枠からの竜王誕生。
今後誰にも塗り替えられる事のない伝説がここにその姿を現した。
名人になった → 色々しつつも生涯将棋を研鑽した → 死 → あの世で一億年ボタン連打したみたいな膨大な期間を将棋ばっか指して経験値を得る → 位階的にやべー神に目を付けられる → 転生して今度は八一と同い年になる → アマチュアで竜王獲る? できらぁ! しちゃった。