『金』の棋譜   作:Fiery

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やっちまうなぁ……!(予告


ナナメ四十五度に向かってかっとぶ

 

 アマチュアで竜王になった明石金美だが、年を越して一月にプロ棋士への編入試験を受ける事になる。金美の知る歴史ではこれがきちんとした制度になるのはもっと後の事だが、今回は彼女用に急遽間に合わせたのだろう。

 棋士編入試験の受験資格は、金美が知る物はアマチュアや女流棋士が、出場枠のあるプロの棋戦において所定の成績を収める事と、プロ棋士の推薦だ。所定の成績は例えば竜王戦であれば、ランキング戦優勝がある。プロ棋士の推薦は言わずもがなであり、師匠を決めろと言う事だ。

 試験官は、基本的に棋士番号が大きい順で選ばれる。要するに最近四段になった棋士相手になり、五局中三局勝てば順位戦に参加できないフリークラスではあるがプロになれる。

 

「月光会長……」

 

 試験の為に訪れた関西将棋会館で、金美は居住まいを正して月光へと向き直った。

 

「どうしましたか? 明石さん」

「試験ですよね?」

「はい」

「試験官らしき人が皆、タイトルホルダーかA級棋士の方々なのですが」

 

 試験会場に居るのは、五人の棋士。

 記憶では申請して二カ月後くらいに一局行い、一カ月に一局という話だったのだが、五人勢揃い。全員が全員、()()のタイトルホルダーかA級棋士。

 

「何だ金美。俺が相手じゃ不満か?」

「不満というか、こんな試験に出てきていい人じゃないでしょ生石八段。飛鳥さんは元気ですか?」

「お前の竜王戦の中継見て、『研修会に入りたい』ってうるせーくらいだよ。まぁちょくちょく遊びに来てた奴がこんな風になっちまったら、そうなるのも分かるがな……」

 

 溜息を吐いて頭を掻くのは、A級棋士の生石 充。まだA級の中では新参であるが、この頃から既に『振り飛車党総裁』や『捌きの巨匠』と呼ばれている。

 生石は金美の父の明石圭と元々奨励会で同期で、圭が辞めてしまった後でも交流があった。それから同い年の娘が居ると言う事で、金美もちょくちょく彼と会って顔見知りだ。

 その横には関東所属のはずなのにいる於鬼頭 曜(おきと よう)八段……これまたA級棋士であり、帝位のタイトルホルダー。そのまた横には、同じく関東所属のはずなのにいる山刀伐 尽八段。当たり前のようにA級棋士……生石の後にA級入りしたために新参ではある。

 

「そして私も試験官です」

「えぇ、プロ棋士が会長含めて五人ですからね。五局やってもらうって聞いた後でこれですから……いや、それも問題ですが一番の問題があります」

「ほう、何かありますか?」

「……皆さん。ここから私、言葉遣いが酷くなるんで流してください」

 

 そう断る金美に、どういう事か唯一知っている生石が『やれやれ』と肩を竦めた。それを無視して、疑問符を浮かべる四人を尻目に金美は深呼吸を一つ。

 

「名人が! おるの! おかしいやろ!?」

 

 そして吼えた。頭を掻きむしってオーバーリアクションで吼えた。何でいるんだと声を大にして言わねばならない。普通の編入試験だったらオーバーキルどころではない布陣に、ダメ押しが過ぎるだろうと吼えた。

 

「金美お前、自分が竜王なの忘れんなよ。竜王がプロでないってのも将棋の歴史の中でお前だけなんだから、試験官として名人がここにいるのもおかしくない」

「そうですよ明石さん。自分が蒔いた種ですよ」

「ザッケンナコラーッ!? やっていい事と悪い事があるのを教えるのが大人の役目でしょ!? これ明らかにやったら悪い事でしょ常識的に考えて!?」

「女子小学生竜王が一番非常識だというのに、常識を説かれるとは」

「非常識に非常識ぶつけたら収拾つかないでしょ!? 非常識(マイナス)同士ぶつけたらダメなんです!? 常識(プラス)ぶつけてください!!」

「明石クンのお父さんに近づくチャンスだと思ったんだよね。ボク」

「止めてくださいようちの家庭巻き込むの!? 大人と言えどそのドタマカチ割んぞ!?」

「時間が勿体ない。早く指そう」

「あっはい」

 

 名人の鶴の一声に、金美の大暴れは一瞬で鎮火した。『そんな事はどうでもいい。早く指そう』という名人(将棋馬鹿)の言葉の前には、金美(将棋馬鹿)も『じゃあ仕方ない』となってしまうのだ。

 大人しく名人と盤を挟んだ金美を見て、残りの四人は苦笑を禁じ得ない……月光は見えていないが雰囲気で察した。

 

「お願いがあるんだが」

 

 そのまま名人が金美へと真っ直ぐ視線を向ける。金美も背筋を伸ばし、真っ直ぐにその目を見た。

 

「どれだけ短手数になっても構わない。全力で指してほしい」

 

 名人の言葉を受け止め、目を閉じる。次に開かれた時、棋士としての意識に切り替わり……その眼に、名前の通りの金の光を宿らせる。

 

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 

 竜王戦決勝トーナメントに続いて実現した二人の対局を、生石は一生忘れられないだろう。

 目の見えない月光に気を使って、二人とも自分の指し手を読み上げているが、本当はそれすら煩わしいと思うくらいに集中している。

 持ち時間は三時間……長いとは言えないそれが、名人の物だけ溶けていく。導かれる手を指し、検討し、理解していく。長考は、自身の限界点にまで導かれた証明であり、それを打ち破る為に急速に時間が溶けていくのだ。

 

「鍵は、これです」

 

 名人が指し、ノータイムで金美が指す。そこから、名人の世界が広がっていく。将棋の世界がこんなにも広く、深いのだと知れることに感動する。それを見せてくれた少女に感謝する。もっと先へと進もうと、名人は駒を指していく。

 

「名人」

「……三時間じゃ、とてもじゃないけど足りないな」

 

 苦々しい呟きと共に、名人が頭を下げた。見ているのは立ち会った四人と金美だけだが、名人の持ち時間は既に尽きている。時間切れの、反則負け。神と呼ばれた棋士が、手を伸ばし足掻いても届かない領域を見せつけられた対局は、五十手ほどで決着した。

 

「……生石クン、彼女本当に小学生かい?」

 

 山刀伐は金美の竜王戦を見ていたが、今回見せた将棋はそれとは次元が違う。竜王戦の時の序盤はまだ理解が出来た。何度も棋譜を確認し、咀嚼できる程度には。

 たが今回の物は違う。竜王戦の時が多少でも視界の利く霧の中を歩くようなものならば、今回のは一寸先すら見えない深淵だ。手探りで歩こうにも、()()()()()()()()()()()闇の中を歩くようなもの。そんな将棋を、自分の半分も生きていない小学生が指す事が信じられない。

 

「まぁ、ガワは小学生さ。中身は違うがな」

 

 呆然とした山刀伐の言葉にそっけなく返す。

 三歳の頃から金美を知る生石にとっても驚愕の対局だが、それでも以前から知っているだけショックからの立ち直りも早い。

 何せ彼の経営している銭湯『ゴキゲンの湯』の二階にある将棋道場……そこで金美は、生石の娘である飛鳥だけでなく、通っている客相手に()()()()()()()()のだ。三歳児が二十倍の年の差のある大人を将棋で良いように転がす光景を、生石は最初信じられなかった。

 最初はその客だって加減しようとした。しかしその考えを見抜かれて一瞬で詰まされた。本気でやっても詰まされた。剰え、客のプライドを懸けて振り飛車で殴り掛かってくるのを、振り飛車でぐうの音も出ない程に殴り返すのだ。

 そこからはもう、客は金美の将棋に魅せられて教えを乞うている。今では道場で金美と生石を抜けば一番強いのがその、最初に金美にボコられた客だ。

 

「中身は?」

「将棋。あいつの親に聞いたが、あいつ寝言でも将棋の話をしてるらしいんだよ。しかもよくよく聞いたら、指し手を読み上げてんだと」

「それは……」

 

 筋金入りというのも生温い、と山刀伐は思う。自分だって四六時中将棋の事を考えているという自負はあっても、眠っていても指し手を読み上げる……要は夢の中でも対局していると言う事だ。そんな事をしているとは言えない。

 

「生まれた時から将棋を知っているような奴だ。中に将棋が詰まってるって言われても驚かねぇよ」

 

 そう言って、生石は口の端を吊り上げた。

 

「ってそうだ金美」

「何か?」

「お前、師匠は決めたのか?」

「『決める前に試験受けてね』と会長に言われたのでまだですが……」

 

 その時点で前代未聞ではあるが、納得できない話ではないと生石は思う。

 アマチュアでありながら、圧倒的な強さを見せつけて竜王になった女子小学生など、核兵器級の爆弾も同然だ。生半可なプロ棋士ではその存在感に食われてしまうし、弟子にしてしまったら『囲い込み』等とも言われかねない。

 彼女を弟子にしてもそういう話を封殺できる『格』ともいえるものが、師匠となる棋士には必要だ。

 

「最低でもA級。もしくはタイトルホルダーでなければ、周りは納得しませんからね」

 

 月光の言葉には一理ある。だからこそ彼は試験官としてこのメンバーを選んだ。この底知れぬ少女棋士の師匠候補として。

 その意図は全員に伝わったようで、プロ棋士は全員考え込む。金美は『えぇー……』と頬を引き攣らせて半眼になったが。

 

「選択肢、関西棋士のお二人のどちらかしかないですよ? 私も学校がありますし」

「お前弟子にすると、飛鳥が絶対研修会に入るって聞かねぇだろうしなぁ……パスして良いか?」

「私にも選ぶ権利はあるんで大丈夫です。生石さんだと弟子になった時、『居飛車禁止な!』って言いそうなので……」

「生石クンなら言うだろうねぇ。振り飛車一筋だから」

「二人ともぶっ飛ばすぞ」

 

 青筋を浮かべた生石に、山刀伐と金美はさっさと頭を下げた。

 

「所属を変えたくはないと」

「えぇまぁ。両親の説得なんかもありますし、私立の小学校に行かせてもらってますから……転校はちょっと」

 

 於鬼頭の質問に答えれば、また彼は考え込んだ。余程の事が無い限り、小学生を引き取ってというのは難しい。前世で金美が、唯一の弟子である雷を引き取ったのはその家庭環境の劣悪さがあったからだ。そう言うものが無い限り、社会倫理的にもあまり推奨されない。

 

「明石さんは他に師匠の希望でも?」

 

 月光の問いかけに言うべきか悩む。

 可能であれば前世と同じく清滝が良いとは思うが、関係性は大きく変わってしまう。だったらいっその事、今回は違う師匠の下でという選択肢はアリだ。それに銀子とは繋がりがある為に、清滝の家に行く事はたまにあり、その繋がりで既に桂香や八一とは面識がある。

 近づき過ぎれば今の清滝一門の関係を壊してしまいそうだから、今回異物になるだろう自分は居なくていいだろうと、そう思った。

 

「……いえ、特には」

「なら、私が立候補してもいいかな?」

 

 名乗りを上げた人物に、彼以外の全員が驚愕する。

 

「……よろしいのですか? 名人」

 

 弟子を取らないはずの神が、そう言ったのだから。

 

 

 

 この後、三月までに行われた残りの四局、金美は全てに勝利を収めてプロ編入を決めた。

 八歳九か月。史上最年少、史上初の小学生で女性のプロ棋士。そしてその肩書にもう一つ、『神の弟子』が加わった。

 

 

 

 

 

 

 規則に則りながらも、全てが異例であり特例尽くしの明石金美のプロ入りは、その後も特例のようなものが存在している。正確には『金美の存在が規則を変えさせた』というようなものであるが、それは『中学生以下のプロ棋士の棋戦エントリー制の導入』だ。

 金美がプロ棋士を始めるのは小学三年生から……義務教育は中学三年生の卒業までであり、七年間はプロ棋士としての活動と被る。全ての棋戦に参加しようと思えば、授業を休んで平日に参加しなければならない事も、東京の将棋会館へと出向かなければならない事もあるだろう。

 学校などへの説明で、金美本人の事はまだマシかもしれないが、それに付かないといけない両親の労力は馬鹿にできない。父親は医者であり、母親も父親より融通は利くとは言え医療関係者だ。どちらも忙しい時は忙しい。

 そう言う事で金美の提案を受けた月光が制度を考え、総会にて承認されエントリー制が導入された。

 

「順位戦と竜王の防衛戦以外は欠場、ですか」

「はい」

 

 そのエントリーを提出しに、学校帰りに金美は将棋会館に来ていた。私立小学校の制服は大変に目立ち、それを着ているのがテレビでも盛大に取り上げられた女子小学生棋士で竜王であれば、会館は大騒ぎだ。

 何をしに来たんだと気にする人には会長秘書が部屋の外で説明を行っている。『そう言えばまだ男鹿さんが秘書じゃないんでした』とどうでもいい事を考えて、金美は月光を見る。

 

「理由をお聞きしても?」

「まず学業との兼ね合いが一点目。竜王である事によって、免状の署名に時間が取られるであろう事が二点目。三点目は小学生なので、単独での県外移動は両親がほぼ許してくれません。なので基本的に東西の会館で行われる順位戦ならと話して、それは許可を貰いました」

「防衛戦は時期が決まっていますから、ご両親としても休みが取りやすいと。ではこれで受理しておきましょう。ただ……」

「長期休暇に関しては最大限、イベント等に協力させていただきます。ただ、保護者代理の方について頂く必要はありますが」

「その辺りはスタッフの方を手配する事で対応しましょう。しかし、それだけの事をよく考えましたね?」

 

 月光の問いかけに『普通の事です』と、金美は特に誇る事もない。ランドセルを背負った少女の態度としては強烈に違和感のある光景だが、月光も気にした様子はない。目が見えないからこそ、彼はその雰囲気や心理状態で相手を判断する。どんな容姿であるか見えないからこそ、どんな相手にも一定の対応が可能であるのが強みとなっていた。

 

「順位戦。本来なら編入組はフリークラスですが、貴女は竜王なので特例でC級2組です。順位は一番下ですが……」

「既にここまで色々と特別扱いしていただいてますから、あとは実力で示します」

「女流棋士でもなく、奨励会すら入会せずにプロになったのは貴女だけですから、特別扱いになるのは仕方ありませんよ。ご自身の事はよくわかっているようなので、私からはこれ以上言う事は無さそうだ」

「落ち着くまでご迷惑をお掛けすると思いますが、よろしくお願いします」

 

 深々と頭を下げる雰囲気が伝わり、月光は苦笑を浮かべる。本当にアンバランスであると思ってしまう。姿を見れば微笑ましくはあるのだろうが、対応は既に場数を踏んだ熟達者のそれ。長年将棋界に居る月光よりも慣れているかもしれないと思わせるのは、彼の中の少女の姿をした老女(ロリババア)説をより強固にしていく。間違っちゃいないのが最も恐ろしい所だった。

 

「免状の申請状況ってどうなってます?」

「貴女のプロ入りが発表されて、例年の倍ほどに増えているようです。担当に悲鳴交じりで言われましたよ」

「私、各方面に土下座行脚しないといけない気がするんですが……」

「下世話な話ですが、連盟としては収入が増えるのでそこまで言う事ではありませんよ。それに、貴女の登場で将棋に興味を持つ方も増えてきたと報告は上がっていますから、嬉しい悲鳴という奴です」

「反発などは?」

「それこそ、将棋の世界は実力主義です。勝った貴女が悪いのではなく、負けた我々に責任があります。その苦労を今後、貴女に背負わせてしまうのは心苦しいですが」

 

 あれだけ派手にやらかした彼女の注目度は、今までのどの棋士がデビューした時よりも高い。現役の棋士と比較しても、名人より注目されている節すらある。

 

「それが私の選んだ道です。奨励会を選ばず、女流棋士でもなく、アマチュアのまま竜王になる事を選んだ、馬鹿な私の責務です」

 

 それを真っ正面から、彼女は受け止める。自分の選んだ道から逃げる事だけは絶対にしないと、小学生が纏うようなものではない気を纏わせて、そう言い切った。

 

 眩しい。目の見えない月光はそう思う。

 確かに彼女は馬鹿だ。今居るどの棋士よりも、ひょっとしたら今まで居たどの棋士よりも、将棋馬鹿だ。将棋が好きすぎて、こうして自分は色々と便宜を図る羽目になっているが、将棋の為なら仕方ない……そんな事を思って、でも責任としてちゃんと受け止めて。

 

「――…今を壊すのが、貴女で良かったかもしれない」

 

 ぽつり、と呟かれた言葉に、金美は疑問符を浮かべる。

 

「名人が、今の将棋界で何と呼ばれているか知っていますね?」

「えぇ。弟子になった私にも、それを含んだものが付けられましたね」

「私が彼に負け、最後の一冠を奪われた夜から、彼は孤独になりました。友人を持たず、プライベートを明かさず……何を聞かれても笑顔の仮面で隠してしまうようになった」

 

 月光の言葉は、どこか懺悔の様だった。

 

「彼を孤独にしてしまった。絶大な影響力を厭うように、連盟の運営からも距離を置き、弟子を取る自由も無い。剰え唯一自由になる盤上ですら、強すぎる彼に私も、誰も追いつけなかった」

 

 月光が席を立つ。そして、金美の前に立って頭を下げた。

 

「彼の事を、どうか頼みます。貴女だけが、彼を導いてくれると信じています」

「お約束はできません。しかし……弟子となったからには、師に恩を返す必要があります」

 

 それに、と金美は微笑みを浮かべて言葉を続ける。

 

「私が言うのもあれですが、若い芽は確かに芽吹いていますよ。月光会長」

「明石竜王、貴女は本当に小学生ですか?」

「疑問に思ってもそう言う事言わないでくださいよ。ちゃんと戸籍謄本やら確認されてますからね?」

 

 

 

 

 

 

 2009年の5月。

 世間ではゴールデンウィークと言われる時期にあるのは、小学生名人戦の準決勝と決勝である。各道府県予選大会を勝ち残った四十六名と東京区内一名、東京多摩地区一名を加えた四十八名でリーグ戦を行い、勝ち残った半数でトーナメント。そこで勝ち残った四人による準決勝と決勝は公共放送によって収録され、テレビ放映される。

 

「さて、幼き竜王よ。準決勝第一局……京都代表と東京多摩地区代表の一戦だが、どう見る?」

 

 その大盤解説が、対局を除けば金美のプロ棋士としての初仕事である。それは良いのだが、聞き手が癖があるというレベルではない相手だった。

 この組み合わせにした奴誰だよと内心で悪態をつきながら、極自然な笑み(営業スマイル)を浮かべて対応する。

 

「私の名前は明石金美です、釈迦堂女流四冠……どちらも小学五年生で、京都代表は供御飯万智さん。東京多摩地区代表は月夜見坂燎さん。小学生名人戦に勝ち残っているのですから、相性等があっても棋力的にはほとんど差はないと感じますが」

 

 戦況は序盤を終えた所。ここから激突が始まるのだが、どちらも攻撃的な戦型を選んでいる。将棋の出来る小学生が指す手にしては勇気がある決断と言えるだろう。

 

「自分の詰み筋を読めない方が負けるでしょうね」

「頓死で決着だと?」

「プロ棋戦と比較するのもあれですが、持ち時間十分で切れれば三十秒将棋は恐ろしく短い。故に必要なのは、自身の致死をかぎ分ける嗅覚とも言うべきものでしょう。それはそのまま、相手の致死を見抜く力に直結します」

「将棋における危機回避能力……自身の玉に迫る死を回避する力。それを知る者は故に相手をどう殺す事が出来るかを知る。犯罪者が犯罪の手口に一番詳しいというようなものか」

「公共放送でその表現って良いんですか? ……セーフ? なら良いです」

 

 スタッフに確認して大丈夫だったので、金美はそのまま続行に入る。中盤に入り、駒の動きが激しくなっていくが、これでもまだ定跡から逸脱しているわけでは無い。スムーズに解説し、身長が足りない場合は台を利用して大盤の駒を動かしていく。

 

「ここで多摩地区代表が外してきたな」

「そのまま行けば彼女が負ける定跡なので外す事は既定路線ですが、ここから五手ほどで読めているかどうかが分かりますね」

「読めて……どういう事だ?」

「五手先に大きな分岐点があり、そこでの指し手によって形勢は大きく変わります。手を間違えればそのまま、京都代表の供御飯さんが負けます」

「……もしや、限定合駒か?」

「それよりは全然広くて丈夫なものです。蜘蛛の糸がロープに変わった程度ですが」

 

 驚きに目を見開く釈迦堂を余所に、金美が大盤で予測として手を進めていく。五手先に示されたそれに、金美の言う解答を当てはめて二人の棋風に則り指していけば、十手先で十二手詰めが完成。供御飯の勝ちとなるが。

 

「違う場合は、勝ち筋が遥か彼方に行きますね。その後の対応次第で、死路に早変わりです」

 

 その解説の答えは、それから数分で現れた。

 

「――…これは」

「終わりました。これだけ読めているならまず逃さないでしょう。十三手で京都代表が詰みです」

 

 淡々と詰みまでを解説して行く金美を、釈迦堂は興味深そうに眺める。果たして小学生名人戦準決勝第一局は、金美の解説通りの盤面で決着した。投了のタイミングすらも見切って、金美は次の対戦カードに話を持って行く。

 その姿は、この小学生名人戦で戦う四人と同年代とは思えないほどに堂々としたもので、貫禄すら漂わせていた。

 

「釈迦堂女流四冠は、どちらに注目されていますか?」

「っ……そうだな。余が注目しているのは……やはり区内代表だな」

「私は地元の代表と言う事で、大阪代表ですかね」

「確か同い年……同い年? なのだな」

「同じ小学三年生です。誕生日は私の方が早いですが、まぁあまり変わりません」

「知り合いなのか?」

「少し」

 

 具体的な話は伏せて、場を繋げていく。

 話術の方も前世でそれなりに、大盤解説などに出て鍛えられたのだ。それに彼女がコミュ力強者と認める鹿路庭珠代の会話術……実はその関係で鹿路庭は本も出したのだが、彼女直伝のそれでともかく話は途切れない。

 

「……大阪代表はいきなり定跡を外してきたな」

「対する区内代表は、超の付く正統派スタイルで矢倉ですか。中々面白い二人ですね」

 

 そして始まった大阪代表……金美も知る九頭竜八一と、区内代表の神鍋歩夢の対局が始まる。前世では名人戦でも見た組み合わせに、思わず込み上げてくるものがあった。ただ、歩夢が名人になった時に求婚されたのを思い出して、込み上げてきた物は消えていった。

 四十手前で求婚されても困る上に、金美自身結婚する気などなかった。彼自身に何か欠陥……中二病気質は三十に迫って落ち着いた……があるわけでもなく、ただ結婚する気が無かったので断っていた。しかし、彼はめげずに金美をデートに誘い、何かと気に掛けてくれた。

 絆されてゴールインでもすれば美談だったのだろうが、絆されるようなら師匠もあの世で嘆きはしない。きっちりと話し合って袖にして、二人の関係は棋士という共通項を持つ仲間のままで終わったのだ。

 

 それがあるので、転生してもなお微妙な苦手意識が金美の中にある。八一が居た時点で半ば想定していたが、それでも『あっちゃぁー……』と思ってしまう。

 

「型破りと正統派か……どちらも、輝くモノはありそうだな」

「ちょっと解説放置して見るのは……ダメですか。わかりました……」

 

 がっくりと肩を落とした金美が仕事に戻る。テンションを落としながらも、解説は冴えに冴えわたる。八一の突飛な手を、その効果や繋がりを明確にして解説していき、歩夢の堅実な手に隠された意図を詳らかにしていく。

 それが全て現実として盤上に現れてくる様はまさに『予言』だ。ここまで来れば彼女を小学生と侮る空気は掻き消え、同時にその見識に違うものが見えてくる。

 

 『神の弟子』……それはまさに、次代の神だと、誰かが思った。

 

「決勝は大阪対東京になりました……個人的には是非大阪に勝ってもらいたいです。地元ですし」

「余はどちらも違うからな……」

「女流四冠はどちらのご出身でしょう?」

「神奈川の鎌倉だ。神奈川代表はトーナメントまで勝ち残ってくれたが及ばずだった」

「鎌倉ですか。色々と銘菓も美味しい所ですね」

「定番菓子もあれば、他にも色々ある。明石竜王はお菓子が好きなのか?」

「甘い物は好きですよ。家に居ると母に量を制限されるので、果物以外あまり食べれてませんが」

「今はお菓子よりもちゃんと食べて育つ事が肝心であろうしな。母君には感謝するのだぞ」

「それは勿論。ただ、帰りに東京のお菓子は買って帰ります。自分用に」

「そこは黙っていた方が良かったのではないか……?」

 

 本日付き添いの金美の母が『後でお説教』と態度で示せば、わかりやすく金美が恐れ戦いた。そこは歳相応なのか……と釈迦堂が金美についての評価に困っていると、小学生名人戦決勝が始まる。

 

「おや」

 

 そんな声を金美が上げる程度に、決勝の将棋は独特だ。

 

「準決勝に続いて、大阪代表は独特だな」

「独特ですが……指し回しはかなり形になっていますね。まさに自由で柔軟な発想、という所ですか」

 

 定跡無視の力戦将棋を指す八一の表情は明るい。指す事が楽しくて仕方ないと言ったものであり、金美も知っている将棋馬鹿の表情だ。

 解説が難しそうですね、と言いながら鋭い眼差しで一分程度思考。大盤の駒を動かしながら、金美は決勝を戦う九頭竜八一と月夜見坂燎の考えとそれに伴う戦術。そして目的を述べていく。

 

「……まさに預言者よな。明石竜王が述べた通りの盤面か」

 

 ()()()()()()()()()通りの終局を迎え、決勝は終了した。小学生名人に輝いたのは大阪代表の九頭竜八一。小学三年生での小学生名人は史上最年少記録。

 それに伴って主催者が気を利かせたのか、表彰式でトロフィーを授与する役が金美に回ってくる。解説で大阪が地元と言った事もそうだが、史上最年少同士という事も考えたのだろう。それは快く引き受けたのだが。

 

「おめでとう」

「あ、有難うございまヒュッ」

 

 弟子の大盤解説をお忍びで見ていた師匠が突然現れ、三位二人と準優勝者へのトロフィー授与を行う事に決まった。『何がどうなっているんだ……』と弟子は思うが、『終わった後にうちにご飯食べに来なさい。案内するから』と事前に言われていたため、会場に居る事自体に疑問は持っていなかったりする。

 サプライズにもほどがある演出……現名人と現竜王揃い踏みでトロフィーが授与され、憐れ四人は程度の差はあれど対局より緊張している。特に歩夢は礼もガッチガチで言葉も噛んだし、名人が登場するまで泣いていた万智はあまりの驚きで泣き止み、燎は勝った八一を睨み付けていたのが嘘のように大人しい。

 

「おめでとうございます、九頭竜君」

「あ、有難うございます……な、何で二人が?」

「私は解説の仕事ですが、師匠は何故でしょうねぇ……?」

 

 唯一、金美からトロフィーを授与された八一が何とか疑問をひねり出せた。そんな彼に『自分もよくわからん』と金美は笑いかけ、握手を交わした後で離れていく。

 

「何か言わないのかい?」

「言わなくても、いずれもっと大きい場所で戦う事になりそうですから」

「男の子二人かな?」

「可能性が高いのは。女子二人は、何かの拍子で化けてくれればいいんですが」

 

 表彰式の後、名人と竜王に月光会長、そして主催者に挟まれて、四人は集合写真を撮る。目の前に現れた神の効果かわからないが、四人全員が終始大人しかった。

 

 この後の食事会では、名人とその奥さんと娘さん二人が集合しており、娘さん二人に猫かわいがりされる竜王が居たとか居ないとか。

 

 

 

 




いっしゅうめの主人公の容姿イメージはアイマスの白瀬咲耶。
にしゅうめのイメージは高垣楓だったりする。

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