『金』の棋譜   作:Fiery

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評価とかがめっちゃ伸びてて、ランキングとか何度も見直してしまいました。
日間載っちゃってるのどういう事……


よくよく考えたら師匠もロリを弟子に取っていたから、これも伝統

 

 

《水鏡金美インタビュー》

 

 ――史上初、女性としての四段昇段おめでとうございます。

 

『有難うございます』

 

 ――昇段が決まった事を、まず誰に伝えましたか?

 

『伝えた、というより伝えたい人間が皆控室にスタンバってました。師匠に、親友に、妹弟子と弟弟子。その日は他の関西棋士の方も来て大騒ぎでしたが……後日、家族の墓前に報告させて頂きました』

 

 ――関西棋士の間では可愛がられていたのですか?

 

『そうですね……何だかんだ、色んな方に厳しく指導してもらったと思います。師匠に、その兄弟子の月光会長もそうですが、生石さんに振り飛車を教えてもらいましたね』

 

 ――三段リーグでの棋譜を見る限り、居飛車も振り飛車も指していますね。

 

『戦型にこだわりはあまり持っていませんので、その時やれそうな方を指すようにしています。ただ、どちらも未だ途上だと思っているので、中途半端にならないように精進していきたいと思います』

 

 ――それが、プロ棋士となった秘訣ですか?

 

『秘訣、というほどのものではありません。自分に居飛車が合っていれば居飛車党になっていたと思いますし、振り飛車ならそっちに寄っていたと思います。どっちにもしっくり来る時と来なかった時があるので、私がこうなったのはそう言う適性的な話かなと』

 

 ――水鏡新四段が考える、プロ棋士に必要なものとは何ですか?

 

『何でしょうね。才能やらなんやらと言えばいいのか……ただ、私が昇段できたのは、そう言うものを育んでくれた環境のおかげだと思います。私の場合は師匠が居て、その繋がりでA級棋士の方々と指す機会もあって、下から突き上げてくる妹も弟も居て、とにかく周りに恵まれたおかげかなと。まぁ一番大きいのは……変わらない関係で、初心に戻って将棋を指せる親友でしょうか』

 

 ――なるほど。今後の目標などはありますか?

 

『目下の目標は、なったばかりなので実感を掴む事ですかね。まだ三段リーグで負ける夢とか見るので、それが無くなるのと、一戦一戦を大事にしていきたいと思います』

 

 ――三段リーグの最後の方は鬼気迫る、という顔だったというお話でしたね

 

『親友に『一歩間違えたら誰か殺しそう』って言われました。そんな凶悪な顔してたんですかね……追い詰められていた自覚はありますけど、そう言えば刃物とかも遠ざけられてた記憶があるんですが、ちょっと後で聞かないと』

 

 ―― 一門の事についてお聞きしますが、お話を聞く限りとても仲が良いのですね。

 

『うちの一門は家族みたいなものですからね。私は師匠の家の近くに住んでて、妹弟子と弟弟子が内弟子として師匠の家に住んで、親友は師匠の娘ですし。ただ、最初からそうだったわけではありませんし、私自身師匠や親友とは何度も喧嘩しました。後、妹弟子と弟弟子ともバチバチにやり合いもしましたが……まぁだからこそ、家族になれたんだと思います』

 

 ――昇段した後、どんな事を話されましたか?

 

『そうですね……師匠とはプロになってからのあれこれや、タイトル戦に出た時に着る和服の手配するための店とか教えては貰いました。気が早過ぎるというかなんというか……まぁ、困らないので有り難く聞かせて頂きました。他は……何でか親友、妹弟子、弟弟子の三人相手に三面将棋指してました』

 

 ――そ、それはどう言った理由で?

 

『何というか、色々感じたものを口で説明するより指してる方が伝わりやすいというか……まぁそんな感じです。こう見えて、一門の中の誰かと毎日指してはいるんですよ。で、今回のリーグ中はちょっとご無沙汰だったので、私が感じたものとか色々と教える為にですね』

 

 ――伝える事は出来ましたか?

 

『妹弟子が奨励会に入る決意をしてしまったので、伝わってはいるかと』

 

 ――次なる女性棋士の誕生を期待してもいいと?

 

『何とも言えませんが……そうですね。妹弟子が望んで、プロになる事を目指してくれれば嬉しいとは思います。ただ、厳しさも知っているだけに、手放しでは喜べませんが』

 

 ――弟子を取るご予定は?

 

『当分は自分の事で手一杯になりますから、考えてはいません。落ち着いた時にそういうご縁があれば、考えてもいいとは思っています』

 

 ――師匠の清滝九段のように、内弟子として育てたいと思いますか?

 

『んー、迷い所ですね。同性ならばいいんですけど異性だと色々言われそうなので、基本は家庭教師みたいな感じの方がいいかなと思います。それに内弟子という制度が、今の社会システム的には受け入れづらいものである事は否定できませんし、ネットで音声通話しながら指す事だって出来る。そう言う意味では遠方の弟子を取る事も可能なわけですから、内弟子という形にこだわる必要はないと思います。ただ……憧れみたいなものは確かにあります』

 

 ――それでは最後に一言、お願いします。

 

『史上初の女性棋士という事ですが、それだけの棋士にならないよう精進していきたいと思います』

 

 

 

 

 

 

 水鏡金美は忙しい。

 

 突発的な仕事というのは殆どないが、外せないスケジュールが数カ月先まで詰まっていると言う事はザラである。『史上初の女性棋士』という肩書を背負って七年経つが、最初の二年は大学生活と取材と対局に解説など睡眠時間が足りないくらいの生活をしていた。

 それから二十歳になって雷の後見人になり、弟子の育成も加わった。『これあかん死ぬ』と思い、月光会長と相談して解説の仕事は減らしてもらい、大学にも掛け合ってカリキュラムの見直しとレポートによる単位を認めてもらった。その分自主学習に手を抜けなくなったが、新幹線などの移動時間に学習ができる為、時間を効率よく使えるようになった。

 

 おかげで大学はちゃんと四年で卒業でき、目の回る忙しさからは解き放たれてプロ棋士の仕事に集中できるようになった。大学では経営を学び、将来的には会社を……奨励会などで夢破れた人間の受け皿を作る事を目標として、今は片手間で経営の事にもアンテナを立てながら、今日も仕事である。

 

 そのスケジュールをこなしながら五年でA級棋士になった時は、A級棋士全員から化け物を見る目で見られた。月光会長は目が見えないがそんな雰囲気だった。

 

「本当に、何時寝ているのだという仕事量だったろうに」

 

 大阪を離れ、対局の為に東京に来た金美はある女性から呼び出しを受けていた。原宿にある、まるで西洋の館のような佇まいのブティック。扱っているブランドは《Schneewittchen(シュネーヴィットヒェン)》というもので、その経営者でもある女性。

 

「三段リーグでの追い込まれ具合よりはマシだと思ってますよ。少なくとも、ストレスで眠れないと言う事はなかったので」

「それが、君の棋士としての強さの根源と?」

「強さの理由は一つではありませんよ。釈迦堂(しゃかんど)会長」

 

 出された紅茶に口を付けながら、金美は答えた。

 目の前に座る女性……釈迦堂 里奈は、日本の女流棋士のトップだ。女流六段で女流棋士会会長であり、現役の女流名跡。そして四つの女流タイトルの永世位を持った《永遠の女王(エターナル・クイーン)》とも呼ばれる伝説。不自然に若い見た目であり、金美と並んでも年齢差は全く感じさせない……初めて会った時など、金美は彼女の年齢を三度聞き直して怒られたくらいである。

 

「それで、御用と伺いましたが」

「あぁ、女性にして現役A級棋士である水鏡金美八段に、少し聞きたい事がある」

「とりあえず伺いましょう」

 

 カップをソーサーの上に置いて、金美は目の前の女傑と視線を交えた。

 

「君は今の女流棋士について、どう思う?」

「全体の話で言うなら、()()()()()()と言わざるを得ません。女流二冠の銀子はまだプロでない奨励会二段で、彼女に黒星をつけられたのがうちの雷だけ。彼女もまだ二段です。釈迦堂会長の弟子である岳滅鬼さんが女流になるというならまた話は変わるでしょうが……彼女は今三段リーグで頑張っています。少なくとも、昇段か年齢制限まで女流になる事はあり得ない」

 

 歯に衣着せぬ物言いに、釈迦堂は『そうか』と呟くだけだった。

 将棋界の、『女は弱い』と言われていた理を覆した存在。そして、釈迦堂から見ても棋士の魔窟と言えるA級において、現在()()()()を誇る目の前の存在から見れば、そう言われても仕方ないと理解している。

 

「女流棋士の中で見込みがある者は?」

「私が何と答えるかは、会長も分かっているでしょう……かつてエキシビジョン、私が六面で戦った女流タイトル保持者六名。その中で私に十分以上時間を使わせたのは、会長だけです。今なら銀子と雷が居るので簡単には勝てないでしょうし、機会があるなら是非やってみたいですが、それは二人とエキシビジョンとは言え公式でやってみたいからですよ」

 

 女流タイトルは女王、女流玉座、女流玉将、女流帝位、女流名跡、山城桜花の六つあり、かつての金美は釈迦堂を含めた六人を相手に六面指しで勝っている。それだけ『女性棋士』と『女流棋士』に差が存在すると証明してしまったその対局は、ある意味で女流棋士のレベルを格付けてしまった。

 

「――…女性棋士(水鏡金美)から見て、今の女流棋士は弱い、か」

「強さだけが全て、とは言いません。しかし、強くなければ夢破れるのが将棋界です。そんな中で今の女流棋士界は()()()()()()()()()()()()と思います」

「というと?」

「ただの持論なんですがね……肉体的に言っても、男女で同じトレーニングをしようが同じ筋肉量を搭載する事は難しいですよね? 頭脳競技である将棋にも同じ事が言えて、男性が将棋で強くなる方法は長い歴史の中で確立していても、女性はそれが無い。または浅い」

 

 なら、それがあれば強くなれる。

 とても単純な事であり、同時にとても難しい事だ。釈迦堂であってもそんな方法があったら聞きたいくらいのものであり……だからこそ、目の前の相手への視線を強めた。

 

「それを君は知っていると、解釈するが?」

「自分が必死になって考えた鍛え方を幅広く教えるなんてしませんよ。自分以外に合ってるかどうかも分からない代物ですし」

「しかし、それを知りたがる輩は多いだろう。余も興味がある……女性棋士の修練法はな」

「だから教えませんよ。さっきも理由言いましたよね?」

「ケチー」

「ケチでいいですー。というか、棋帝戦トーナメントの合間に呼び出した内容はそれですか?」

 

 金美がすっかり冷めた紅茶を飲み干せば、ツーンと口を尖らせた釈迦堂が表情を元に戻す。

 

「いや、別件だ」

「本題に入るまでの話題も本気すぎた気がしますが……」

「いい加減、余のブランドのモデルになる事を了承してくれ」

「オツカレッシター、ホテルニカエリヤース」

 

 荷物を抱えて、金美は一目散に逃げだした。

 釈迦堂のブランドの服は、言ってしまえばゴシック系だったり中世の貴族のドレスのようなものだったりと、独自色が強い。銀子のような美少女が着ればこの上なく似合うだろうが、金美はどちらかというと引き締まった身体で、女性にしては高身長。タイトル戦は和服だが、普段の対局はパンツスーツなのだ。

 

 フリフリのドレスを着せられても絶望的に似合わない。王子様系? 一度着た事はあるが、もう二度と着ないと心に決めている。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで対局を終えて大阪に帰れば。

 

「弟弟子が小学生を連れてきた件について……あぁ、うちの師匠も当時四歳の女の子連れてきたし、それに比べればはるかにマシですか」

「言い方ァッ!?」

 

 清滝の家ではちょっとした修羅場であった。

 帰ってきた足で勝手知ったる師匠の家に入り、目当ての部屋の襖を開ければ上座に師匠が座り、その横には桂香。襖側には銀子と雷が座り、奥には八一。彼の横には唯一、この中で金美と面識のない幼い少女が座っている。

 『とりあえずお土産です』と金美は桂香に大きな紙袋を渡す。中身は東京バナナに風月堂のゴーフレットに他様々なお菓子だ。ただ、この内の半分は金美が食べるので自分用とも言えなくもない。

 

「連盟からの連絡は、師匠にも来ているようですね」

「あぁ。その様子やとお前も聞いとるようやな」

男鹿(おが)さんから連絡が」

 

 お土産の中身には茶菓子になるものもあるので、桂香が早速用意するのと入れ違いに金美が部屋に入って座った。

 

「どこまで?」

「とりあえず、八一の横に()るのが雛鶴(ひなつる)あいちゃん。八一の弟子になりたいと石川県から飛び出してきた。んで、八一の家に突撃した所を銀子とばったり」

「だからあんなに睨んでるんですか」

「姉さん!?」

 

 頬を赤く染めて声を上げた銀子をスルーして、金美はあいに視線を向ける。それに反応してかびくり、と彼女は身体を震わせて八一に掴まってその身体の影に隠れた。

 

「雛鶴さん」

「は、はい」

「あ、私はその九頭竜八一の姉弟子の水鏡金美です。何故、八一の弟子になりたいと?」

 

 その問いに、あいはたどたどしくもはっきりと答えた。

 彼女の家は『ひな鶴』という老舗の旅館であり、八一が竜王となった竜王戦で会場になった場所だ。彼女はそこの一人娘であり、竜王戦最終局で八一がプレッシャーで倒れていた所に水を差し入れたのが縁。

 その時も、そして対局中も、彼女にとって九頭竜八一は格好良かったらしい。単純に言えば憧れて、小学三年生が一人で大阪までやってくる行動力には笑いしか出てこないが、両親に黙って出てきたというのがこの場合大問題ではあるが、師弟は揃って懐かしいと思った。

 

「……これも因果ですかねぇ」

「お前も気付いたか」

 

 やってる事は多方面に迷惑をかけているが、その根源である憧れはかつて、あいが弟子入りしたいと言った八一が、清滝に弟子入りした理由と同じだ。

 十年前にこの家に来た少年がプロになり、竜王となり、憧れた弟子までやってきた。もうそんなに経ったのかと、清滝もそうだが金美も思わずにはいられない。

 

「でもこの小童は、超の付くほどの初心者です」

「まぁ、私の名前を聞いても何の反応もしなかった所でそうかなとは思いましたが、どれくらいなんです?」

「正味三カ月らしく……将棋図巧を全部解いたと」

「……普段なら『ナイスジョーク』とか言いたい所ですが、小学生がそもそもそんな物の名前を口に出すなんてあり得ませんからね」

 

 『全問解けばプロになれる』等とも言われるほどの『超』難問揃いの詰将棋集の名前が出てきて、流石に金美も頭痛がしてきた。更に聞けば銀子と八一はあいと一局指したらしく、その際に才能の片鱗は見せた様子だ。序盤と中盤は素人丸出しだったが、終盤は将棋図巧を解いたという言葉が真実だと確信できる程のものだったと、八一は勿論だが銀子も認める物だったという。

 

「んで、ここまで聞いた()()の結論はどんなもんや?」

 

 にぃ、と笑う師匠(父親)の顔には、もう既に弟子()が何と答えるかはわかっている様子だ。それに反発しても特に意味はないので素直に答えてもいいが、一つだけ気掛かりな事があった。

 

「八一。夜叉神さんのお子さんを弟子にする話は受けたと聞きましたが、彼女も弟子にすると考えているので?」

「その……考えというか、案というか、お願いがあるんですけど」

 

 お願い? と聞き返せば、八一は姿勢を正し、師匠と姉弟子に向かって畳に額をつけるほどに頭を下げた。

 

「二人とも弟子にしたいので、協力をお願いします……!」

「「まぁ、そんな事だろうと思ったわ(思いました)」」

 

 師匠と姉弟子の重なった声に、一世一代の決意で頭を下げたはずの八一がずっこけた。

 

 

 

 

 

 

 結局、あいは清滝家の方に住む事となった。

 八一は今現在銀子と同棲中であり、その邪魔をするのは流石に憚れるためだ。ただ、あいがまったく納得せず説明する度にハイライトが消えていく為、仕方ないので通いで家事はOKした。八一も銀子も、一通りは出来るが一度VSや研究を始めるとその辺りが疎かになる。

 もう一人、天衣への指導も開始して、それぞれの適性を見極めながら、八一は悩みながらもどう指導するか、何を糧にするかを考えていく。どうしても答えが出ない時は、師匠や弟子を持ってる方の姉弟子に意見を求めながら、瞬く間に時間は経っていく。

 

「相談ですか?」

「はい。弟子の事で」

 

 二カ月飛んで五月。

 関西将棋会館の一階にあるレストランで、金美は八一に相談を持ち掛けられた。

 

「女流棋士の話なら桂香の方が詳しいでしょう?」

 

 あいと天衣の目指す方向については、既に二人の両親も含めて話は詰めてある。天衣の方は非常にスムーズに話は進んだが、問題はあいだ。

 彼女は石川県から家出同然で大阪まで来たために、両親との話し合いは最初から難航した。最後にはあいの弟子入りには同意したものの、その条件として『中学卒業までに女流棋士タイトルを獲得する事』『出来なければ女流棋士になっていても引退して将棋を止め、女将としての教育を再開する事』『その時に八一が婿入りして、あいを助ける事』を提示して来た。

 

 金美がその場に居れば最後の条件は意地でも撤回させたが、生憎彼女は棋帝戦の決勝トーナメントの対局があって不在だった。

 

 話は逸れたが、女流棋士になる事が二人の第一目標だ。

 女流棋士になる為の最短距離――…それは、女流将棋界最大の棋戦である『マイナビ女子オープン』で勝ち抜き、本選で勝つ事。この大会の本選で一勝すれば……正確にはベスト8に入る事なのだが、本選出場人数はシード枠を含めて十六名。故に一度でも勝てばベスト8に入る為、女流棋士になる権利を得る事が出来る。

 ちなみに桂香は研修会から女流棋士になったが、一級に上がったのはこのマイナビ女子オープンで本選入りしたからだ。そう言う意味では清滝一門にとって、思い入れのある大会と言える。

 

「二人と対局をお願いしたいんです」

「名人に負けて暇が出来たのでいいですが、私に頼む理由は?」

「姉弟子と、祭神対策です」

「――…なるほど、良い度胸ですね」

 

 ギシリ、と空気が固まったような錯覚を、八一は感じた。それほどまでに濃密な威圧感を放っているのが、普段は冷静で自分達のまとめ役になってくれている姉弟子だ。怒っているわけでは無く、それが意味する事を問うている……つまり、自分の妹弟子と愛弟子を倒せる敵を自分で鍛えてほしい、と言うようなものだ。

 

 水鏡金美は身内には甘い。清滝一門は彼女にとって家族も同然であるし、雷は年の近い娘のようにも感じている。その輪に最近加わった、弟の愛弟子に手助けするのも吝かではない。

 

 しかしそれが、公式での身内同士の戦いとなれば話は別である。銀子と雷が争った公式戦であるこのマイナビオープン、女流玉座戦、女流玉将戦について彼女はどちらにも等しく手を貸さなかった。雷に対して師匠としての務めは最低限果たし、家族として応援はしたがそれだけだ。銀子にも家族としての応援だけに留めている。

 実力差を考えれば、手を貸したところで問題にはならない。それだけの実力差が銀子と雷、あいと天衣の間にはある。金美があいと天衣に数回指導対局した所で、覆しようの無いものが。

 

「実力差を埋める、というわけじゃないんです。今はまだ、あの二人にあいと天衣は勝てないでしょう。それでも、出来る事をやってやりたい……そこで考えたのが」

「私と対局して、間接的に二人の実力を……もっと言えば纏う空気を体感させたいと」

「はい」

 

 真っ直ぐ金美の目を見つめ返す八一に、彼女は出していた威圧感を引っ込めた。トップ棋士に研修会生の相手をさせ、剰え()()()()()()()()()()と言ってくるのは狂気さえ感じる。やられた方は絶望するかもしれないほどの賭けだ。

 

「まぁ対局の件は了解しました。一週間ほどは取材程度しか仕事が入ってないので、その中でお願いします」

「ありがとうございます!」

「……マイナビのチャレンジマッチの出場資格に女性棋士の項目があれば出たんですがね」

「水鏡さんが出たら姉弟子が不憫すぎるので本当に止めてくださいよ!?」

「あの子なら嬉々として戦ってくれそうですけどねぇ」

「それと勝ち負けは別じゃないですか……」

 

 そんな会話をしている頃、銀子・雷・桂香は同時に悪寒を感じ、あいと天衣は目の前を黒猫が横切ったり、様々な不吉の予兆に遭遇したという。

 

 

 

 




ちなみに清滝一門の弟子入りの順番は原作とは違ってます。
具体的には桂香が辞めてないので

師匠:清滝鋼介 九段

一番弟子:水鏡金美 八段(史上初の女性棋士)
二番弟子:清滝桂香 女流一級
三番弟子:空銀子 女流二冠(女王、女流玉将)
四番弟子:九頭竜八一 竜王(史上最年少竜王)

孫弟子:祭神雷 女流玉座(水鏡一門)
孫弟子:雛鶴あい(九頭竜一門)
孫弟子:夜叉神天衣(九頭竜一門)


金美と桂香は同時に弟子入りしているので、本当は差はない。
ただ、何だかんだとまとめ役をするのが金美の方なのでこの順番になった。

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