ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい 作:へぶん99
仮チーム『ドバイ遠征組』のメンバーとトレーニングする中で、いよいよバレンタインデーが近づいてきた。トレーニングの休憩中、私達はそれぞれのトレーナーにどんなプレゼントを送るのかという雑談になる。
「私はやっぱりチョコを作っちゃおっかなって! でも去年もチョコあげたから、バリエーションを変えていかないとなぁ……」
「ワタシは去年簡単に済ませてしまった分、今年は気合いを入れましょうかね。日頃の感謝を伝えるために、やっぱりハンドメイドで作るべきでしょうか……」
「なるほどね……グリ子はどうすんの?」
「私も去年と違ったチョコを作らなきゃって感じだよ。うちのトレーナー、ただでさえチームを束ねてるわけだし。他の子と被らないようにしなきゃ」
「どんな形にせよ、日頃の感謝を伝えるのは大事デス!」
私達は一応国内トップクラスのアスリートウマ娘である。しかし、どれだけ強かろうとウマ娘も年頃の少女であることには変わりなく――そこには間違いなくプライベートというものが存在する。
そして、プライベートでトレーナーとの信頼関係を深めることは決して寄り道ではない。トレーナーとウマ娘の関係が強固なものになればなるほど、トレーニング効果が高まっていくからだ。同時に、まことしやかに囁かれる噂があり――『ウマ娘はヒトとの強い絆によって更なる力を得る』というものがある。
これは先に挙げた実際的な効果ではなく、スピリチュアル的な意味の噂だ。そもそもウマ娘が割と非科学的な存在なのだが、この事実は確信めいて広く語られている。これに関しては私も実際に経験したことがあるから、この噂にあやかって合法的にとみおと更に近づこうという魂胆もあるわけだが――
私達はすぐ傍にいたミークちゃんやスズカさんを(無理矢理)混ぜて、バレンタインデーに関するガールズトークを始める流れになった。
「やっぱりスズカさんはハート型のチョコレートとか送っちゃう感じですか?」
「私がトレーナーさんに? そうね……トレーナーさんたら毎日夜遅くまでお仕事してるから、
「野菜チョコ……? なんデス、それ」
「そのままの意味よ。簡単にトリュフでも作ろうかと思ったんだけど、やっぱり身体を大事にして欲しいなって。トレーナーさんたら、ただでさえ飴を舐めてて糖分過多だし……」
「あ〜……」
夫婦かな? でもそうやって突っ込んだら負けだよなぁと思いながらエルちゃんとグリ子に視線を向けてみると、時すでに遅し。2人同時に「夫婦ですか?」「夫婦デース」と口笛を鳴らしていた。ミークちゃんは「夫婦……?」と思案顔である。
実際、去年の夏合宿の辺りからこの2人はもう『完成』してたからねぇ。夏合宿以降にスズカさん達と交流し始めたわけだけど、その頃から色々とアレだったし。スペちゃん以外のチームメイトは何となく察しているんじゃなかろうか。
スズカさんと沖野トレーナーは……こう、無意識の距離感が近いというか。沖野トレーナー的には普通にウマ娘と接しているだけなんだろうけど、スズカさんの方が割とグイグイ行ってる(ように見える)せいで、独特の空気感が完成しているような印象がある。
「スズカさんとトレーナーさんって、やっぱりデキてるんですか!?」
「ちょ、グリ子やめなよ」
「ワタシも気になります!」
「エルちゃんまで!」
「スズカ……トレーナーとデキてる……?」
「デキてる……? どういうことかしら。私とトレーナーさんは別に普通よ」
「またまたスズカさんったら〜」
色恋沙汰に敏感なグリ子がガンガン攻める。一応止めに入っている私だけど、スズカさんと彼女のトレーナーの実情が気になっているのは事実。段々と言葉尻に力が入らなくなり、耳がスズカさんの方向に絞られてしまう。
4人の視線を一身に浴びるスズカさんは斜め上の空間を見つめた後、困ったように微笑んだ。彼女は嘘をつく性格ではないから、本当に何とも思っていないらしい。強固な信頼関係はあるだろうが、恋愛に関しては分からないといった感じである。こんな反応をしておいて、10年後とかにくっついてそうだけど。
「ま、スズカさんのことは置いといて……グリ子、あんたのとこはどうなのよ。チーム『カストル』のトレーナーなんだから、競合相手は多いんじゃない?」
「え、えぇ〜? なんのことぉ?」
「誤魔化しても無駄だっつの! エルちゃん、ミークちゃん、グリ子を
「了解デス!」
「……むん」
「え、や、ちょっとそれはタンマ! 別にいいじゃん私とトレーナーのことは!」
グリ子のトレーナーこと芹沢さんは、小規模チーム『カストル』を指揮するトレーナーである。グリ子が初重賞をプレゼントしてからというもの、彼女が国内G1に加えて海外G1まで勝ってしまったことで、一気にトレセン3番手のチームに成り上がった。
グリ子をエースとするチーム『カストル』は、グリ子が台頭してから彼女以外に3人の重賞ウマ娘を輩出している。ローカル戦・ダート戦を特に得意とする芹沢トレーナーだが、そんな中で中央海外問わず勝ちまくっているグリ子の存在はある意味特異的である。
私はグリ子のポニーテールを持ち上げながら、首の後ろに指を当ててみた。それだけで彼女は「うわぁ!」と情けない声を出す。エルちゃんも擽り攻撃にかなり弱いが、グリ子も大概ではないか。
こうして調子に乗って彼女を攻撃していると、エルちゃんがこんなことを言い出す。
「あ〜……でも、グリ子ちゃんのトレーナー、ワタシは苦手かもデス。いっつもニコニコしてて人当たりはいいんですけど、感情が読めないというか……」
「そ、そう! そうなんだよ! 私が何を言っても笑顔で頷くだけで、内心がぜんっぜん分かんないの! この前も2人でお出かけしたのに、ず〜〜〜っとニコニコしてるだけ! マジ何考えてるか分かんない!」
グリ子のトレーナーは常に微笑みを携えていて、カノープスのトレーナーと雰囲気がよく似ていると言われている。常に仮面を被っているようなあの雰囲気は、彼に好意を持つグリ子にしてみれば厄介極まりないであろう。
……グリ子も大変みたいだ。こんな顔つよウマ娘に好意を寄せられても動じないトレーナー、流石である。と言っても、うちのトレーナーもかなり防御が固めだけどね。
結局、グリ子とそのトレーナーは特に進展なしという結論が出た。となれば、男性トレーナーを持つウマ娘で質問されていないのは私だけなので……すかさずグリ子から白羽の矢が向けられることになる。
「アポロちゃんはどうなのさ」
「何の話ぃ?」
「誤魔化すなって〜」
「明らかに嘘つきデス。ことあるごとに、アポロちゃんはトミオトミオって言って見せつけてきますからね」
「私のところは普通だよ。特に進展はないし……」
「は〜〜〜〜出た出た出た。実家にトレーナーを連れて行った人が何か言ってるわ」
「ケ!?」
「ちょ、それは言わない約束――」
「実家と言えば、私のトレーナーさんも来たことがあるわね」
「スズカさん!?」
スズカさんがナチュラルに爆弾を投下してきたが、相変わらずターゲットは私だ。でも進展がないのは本当じゃない? 海外遠征を控えたウマ娘の実家にトレーナーが来るのは割とあることだし、永遠とか色んな言葉を貰ったけど代わり映えしたことは特にないし。
エルちゃんにプロレス技をかけられながら、仕方が無いので正月の出来事をつらつらと吐いていく。エピソードを語る度に、スズカさん以外のみんなの口が開いていくのが見えた。
「こっちも夫婦だったわ」
「エルつまんないデース」
「…………チッ」
「いやみんな冷たっ! ミークちゃん舌打ちするって態度悪すぎでしょ!」
「もうハート型のチョコ渡してイチャイチャすればいいじゃん、細かいこと言わずにさ。本命ですとか言えばもう終わりなんだって。桃沢トレーナー、既に堕ちてるよ」
「いやっ、その、それは……自信がまだ……」
「この期に及んで尻込み!! 腹立たしいデス!!」
エルちゃんの固め技が更に強まったところで、休憩時間の終わりを告げるタイマーのアラームが鳴り響いた。エルちゃんはすぐにプロレス技をやめて、顔つきを鋭くする。グリ子も笑顔を消し去り、スポーツドリンクを放り投げてトラックコースに向かって走り出した。
トレーニングが始まる瞬間、私達のプライベートは終わる。女子学生としての自我はほとんど消え去り、素直に走ることのみを追及するウマ娘としての己が顔を表す。
バレンタインデー間近だろうが何だろうが、トレーニング強度を緩めることは許されない。これから再開するトレーニング内容を思い出して少し気が滅入るが、この辛苦を耐えることによって栄光に近づけるなら安いものだ。
――私達の現在地はトレセン学園のトラックコースではなく、秋川やよい理事長が所有する特殊なトレーニング場である。普通のウマ娘が使う場合はほとんどなく、
というのも、このトレーニング施設には
国内のレースに専念したいウマ娘がこのトレーニング施設で練習する意味は無い。余計なことをしてトレーニング効果を低める理由はないからだ。
逆に、国外レースの出走を希望するウマ娘はこのトレーニング場に殺到する。レース数日前にそのレース場でトレーニングすることは可能だが、その数日だけでは適応が不十分で実力が発揮しきれない恐れがあり――そんな無念を防止するべく設置されたのが本施設というわけだ。
ただ、URAはあくまで
だからこそ、秋川やよい理事長がこの施設を作った――ということになっている。公式の所有者は秋川理事長だが、実際はURA上層部の役員が巨額の費用を注ぎ込んで作り上げたらしい。「日本のレースレベルが世界レベルに置いていかれないように」という理由から作られ、現在でも定期的に芝の更新及び現地のターフの再現が行われている。
私達が今日入っているのは、もちろんドバイのメイダンレース場を模したトラックコース。最近はこの施設で走りっぱなしで、芝やダートに身体を慣らしてからは頻繁に併走を行っている。
休憩前に軽いランニングをして身体を温め終わっているので、今から1000メートルの併走による追い比べをする予定だ。今日の相手はエルちゃん。さっきプロレス技をかけられた恨みを返す機会が早くもやってきた。
「エルちゃん、今日はよろしくね」
「はい! 負けませんよ!」
東条トレーナーやとみおが柵の向こうから見守る中、少しだけストレッチをして身体を解す。私はエルちゃんの背中を押しながら、身体の
これが世界最強の卵。世界で戦っていくための肉体。私もかなり鍛えている自覚はあるけど、果たしてここまでの強さを持っているのかどうか……。私はエルちゃんに背中を押されながら、少し思案に耽った。
時々、エルコンドルパサーの肉体には特徴が無い――などと言われることがある。それはキングヘイローの末脚、セイウンスカイの逃げなどと比べての評論であり、とみおがそう口ずさむこともあった。
曰く、スピードタイプなのかスタミナタイプなのか分からない――とか、芝が合っているのかダートが合っているのかも正直分からない――とか、とにかく突出した特徴に欠けていると言うのだ。
だが、エルコンドルパサーが没個性的であるはずはない。彼女の特徴の無さは全てが高水準であるが故の錯覚なのである。胴、腕、脚の長さ、身体のバランス、筋肉の
てっきりクラシック級の夏には既に仕上がり切ったと思っていたけど……彼女の成長速度は留まるところを知らない。この成長力もエルちゃんの長所だ。
彼女と直接戦ったのは日本ダービーだけで、その時は私の勝ちだったが……今同じ条件で戦ったら間違いなく負けるだろう。ジャパンカップをクラシック級で制した実力は伊達じゃない。
「アポロちゃん、また腹筋が硬くなりましたね!」
「ちょ、そこは触らなくてもいいじゃん」
「そろそろ6つに割れますかね?」
「……そういうこと言うからグラスちゃんにシメられるんだよ」
普段はおふざけキャラでも、エルちゃんがレースやトレーニングを疎かにしたことは1度も無い。ルームメイトのグラスワンダー以上に彼女は勝負師だ。今だって、口調は軽いが視線は鋭くギラついてるし、間違いなくやる気満々である。
桐生院トレーナーが合図を出すと、私達はスタート位置につく。足首を捏ねて用意ドンの声を待つ中、エルちゃんが独り言のように呟いた。
「ワタシは併走トレーニングだとしても、ライバルには絶対に負けたくありません」
「…………」
「
――日本ダービーの敗走を根に持っているのだろうか。それは分からないが、エルちゃんは犬歯を剥き出しにして凄みのある笑みを見せつけてきた。元々彼女の弱点らしい弱点は、レース間隔が詰まると力を出し切れないことくらいなものだ。日本ダービーの敗因はそこにしかない。
私は「勘弁してよ」と軽く受け流して、桐生院トレーナーの用意ドンと共に走り出した。私だって負けるつもりがあって走ってるわけじゃない。レースでもトレーニングでも、どんな勝負だって勝ちたくて挑んでいるのだ。
スタートダッシュは好調。どんどんスピードを上げて、最高速度へと到達する。そこから視界端のトレーナーの手が動き、最高速度を保った状態で行われる1000メートルの併走及びタイム測定が始まった。
エルコンドルパサーと真横で競り合いながら、メイダンを模したトラックコースを走る。スピード、スタミナ、パワー、勝負根性、全てにおいて彼女は最高レベルだ。普通にやっていては容易く怪鳥の爪に仕留められてしまう。
私は瞬発力に欠けるため、どうにかして先頭を死守しなければならない。抜き去られたら一巻の終わり。相手がエルコンドルパサーとなれば、絶対に差し返すことは叶わない。懸命に気張りながら、数センチのリードを死守する。
たかが併走トレーニング。しかし、トレーニングすら本気でやれない者が、どうして本番で勝てると言うのだろう。全力でやるからこそトレーニングの効果があるし、本気をぶつけ合うことでお互いの成長が見込める。
海外遠征するとなれば、どうしても
私はエルコンドルパサーに肩をぶつけながら――もちろんわざとでは無いが――鍛え抜いた体幹でもって先頭を守り抜く。
トレーニング外では仲良しの友達でも、トレーニング中は敵意をぶつけ合うライバルだ。時には助け合うこともあるが、基本は勝利への執着心に従って
「残り500メートル!! 2人とも気張りなさい!!」
唸るような風切り音の中、東条トレーナーの微かな声が耳に届く。私達はトップスピードでコーナーを曲がる。サイレンススズカや桃沢とみおに教わったコーナー技術を遺憾無く発揮して、エルコンドルパサーが足を伸ばす。
殺意に満ちたエルコンドルパサーの視線と、鬼のような豪脚が私にぶつけられている。私は腕を一生懸命に振って、外から進出しようとする彼女を抑え込む。
トレーニングで本気の競り合いと極限状態を作り出すことにより、本番レースで咄嗟の機転が利くようになる――東条トレーナーや沖野トレーナーはそう力説するが、全くもってその通りだと思う。
エルコンドルパサーを抑え込むために必死に頭を働かせて、細やかな位置取り調整や微妙な加速を行う。殺す気で襲いかかってくる怪鳥の追撃をいかにして避けるか。言い方を変えれば、どう動けばエルコンドルパサーが嫌がるか――という行動を徹底して行う。そして、エルコンドルパサーは私の対策の対策をするように全力で応じてくる。
私が対策をすればライバルは対策の対策を仕掛けてきて、更に私は対策の対策の対策をして削り合う。無限に続く牽制と攻勢。体力の残量なんて気にしていられないくらい、苛烈に敵を追い立てていく。
――この経験が、本番で活きないはずがない。
ああ、なんて苦しくて楽しいんだろう。
私達は1000メートルの距離を競り合ったまま、同時にゴールした。勝負根性と体力をたった1分ほどで使い果たし、私とエルちゃんは背中からターフに横たわる。やっとのことで首を上げると、桐生院さんが困ったようにバインダーにペンを走らせていた。
「ゴールインです! え〜……同着だと思います!」
「……写真判定はできないし、こういうことが起こるのは仕方ないわね」
東条トレーナーが肩を竦めると、グリ子とミークちゃんとスズカさんがアップを始めた。私達は疲労困憊の身体を引きずって柵の向こうに逃れ、次クールに向けて5分休憩を行うことにした。
「……さっきの併走、エルが勝ってました」
「何言ってんの? 私がハナ差で勝ってたよ」
「ノンノンノン……エルが負けるなんて有り得ません」
「むっ……癪に障るなぁ。なら、次の併走で決着つけようよ」
「望むところデス!!
「いや、今のは私が勝ったって言ってんじゃん!」
「ワタシが勝ちました!!」
「はぁ!? ちょ、うるさ! は〜あ、じゃあ次でエルちゃんのこと分からせるから」
「良いでしょう!! 次も本気で行きますから、覚悟の準備をしておいてください!!」
言い争いをしていた私達に「……お前ら、しっかり休憩しろよ」と沖野トレーナーが呆れ半分に言う。そんな呟くような言葉が耳に入るはずもなく、私達は5分間言い争いを続けた。
結局、この日のエルコンドルパサーとの併走成績は5勝5敗4引き分けだった。
…………次も勝つ!!