ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい   作:へぶん99

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88話:2度目のバレンタインデー

 ……バレンタインデーのチョコ、早いとこ作っておかなきゃ。トレーニングを終えたバレンタインデー2日前の夜、私はグリ子が安らかに寝息を立てる部屋の中で漠然と考えていた。

 トレーニングへの熱中具合が凄まじく、前々から「やろうやろう」と考えていたのにチョコ作りが全く進んでいない。小一時間あればチョコ自体は完成するのだが、買っていない材料があるのだ。丁度生クリームとココアパウダーを切らしてたから、スーパーとかコンビニで買わなきゃなぁ……。

 

 今年のバレンタインチョコはハートマークの生チョコを作りたいな〜とぼんやり考えている。生クリームもココアパウダーもさすがに前日までに買っておかないと、市販のヤツで済ませることになりそう……早く買わないと。でも時間がない。

 

 ……なら、逆に今コンビニに買いに行くのはどうだろう。

 思い立ったが吉日。私は耳をピンと立てて、がばりと跳ね起きた。

 

 ……ついでにトレーナーも誘っちゃおっかな? まだ消灯時間前だし余裕で起きてるはず。薄闇の部屋の中、私は枕元に放り投げてあった携帯電話を探る。触り慣れた感触を引っ捕らえると、私は眩しさに目を細めながら画面を覗き見た。

 

 現在時刻、20:14。さすがに電話をかけるわけにはいかないかな……と言うか、画面の光キツすぎ。グリ子を起こしちゃ悪いし、廊下で弄ることにしよう。私はそっと部屋のドアノブに手をかけ、暗闇が支配する廊下に歩を進める。床から冷気が噴出しているのかと疑ってしまうくらい、廊下は肌寒かった。

 

 まだ消灯時間ではないが、春のG1戦線に向けたトレーニングによって疲れ果て眠っているウマ娘は多い。最近のグリ子なんかまさにそれで、トレーニングが終わって夕食を食べた後、浴場で眠い目を擦りつつ身体を洗って、限界を迎えるようにベッドに崩れ落ちるのを毎日観測している。日々のトレーニングが充実している証ではあるが、グリ子は宿題が手につかないと嘆いていた。華やかなトゥインクル・シリーズのG1ウマ娘であっても、宿題からは逃れられないのである。

 すれ違うウマ娘はおらず、寮長も雰囲気を察してか早くも消灯して最低限の明かりしか点けていない。私のぺたぺたという足音だけが響いて、生気のひとつも感じられなかった。

 

「うぅ、さむ……」

 

 私は蛍光灯の明かりがある洗面所の近くまでやって来て、壁にそっと寄りかかった。

 チャットアプリを開き、『桃沢とみお』の名前をタップする。一瞬で画面が切り替わると、私のダル絡みがあれよあれよと出てくる。そちらには目を向けず、私は「今起きてる?」と打ち込んで送信した。

 

 ――そして、速攻で後悔。夜のいい時間に「今起きてる?」とか、ダルさの極みみたいなメッセージではないか。どんくらいダルいかって言うと、「ごめん送る人間違えた笑」「ミスった笑」から会話を始めようとする奴くらいダルい。

 いくら私が可愛いとはいえ、夜のお仕事中にこんなメッセージが来たらトレーナーもげんなりするに違いない。すぐにメッセージを消去しようと指を動かすと、送信済みメッセージの隣に小さく『既読』のアイコンが点灯した。

 

 やばいと思う暇もなく、画面の左から「何かあったの?」というメッセージが生えてくる。彼の性格的に、ここで「何でもない」と言うのは逆効果だ。多分とみおは私のことを心配して根掘り葉掘り事情を聞こうとしてくるだろう。こういう含みのあるメッセージを送ることなんて今までなかったから、尚更。

 観念するしかあるまい。素直な気持ちを表すため、私は恐る恐る「会いたい」と打ち込んで送信した。メッセージ送信と共に既読アイコンが表示されると、彼から即座に「すぐに行く」という返信が返ってくる。

 

「もしかして慌ててる? ……あっヤバ」

 

 よく考えたら、夜に「今起きてる?」→「会いたい」のムーブは「何でもない」って言うよりもまずいじゃん! 普通に深刻な感じを醸してしまったので、咄嗟に「別に大したことじゃないから!」とフリック操作で高速入力しようとしたが――そしてその言葉も更に深読みされたら厄介なことになると思い至ったタイミングで――私の操作を妨げるように、デバイスが小刻みに震え始めた。

 電話だ。相手はもちろんトレーナー。すぐに画面をタップしてスピーカーをオンにすると、実際に聞く声よりも変調したとみおの声が聞こえてきた。

 

『アポロ、何か辛いことでもあったのか?』

 

 第一声でこれである。電話特有のくぐもった声のため分かりにくいが、かなり心配そうな声。今更コンビニに行こうよ〜って切り出しづらすぎる。全部私が悪い。ごめんねとみお……それはそれとしてコンビニに行こう。

 

「コンビニ行かない?」

『は?』

「コンビニ」

『いや、聞こえてるけど』

「心配させたならマジでごめん……でも、ほんとにコンビニ行きたくなっただけなんだよね」

『……分かった。準備するからちょっと待ってて』

「あ、いいの?」

『こっちも用事があったから、丁度いいと思って』

「集合は正門前でいい?」

『うん』

 

 電話を切ると、私は自室に早歩きで帰った。クローゼットからロングコートとマフラーをかっさらって、寮からそっと抜け出す。寮内も相当寒かったが、外に出ると空気が格段に冷え切っていた。街灯で照らされた場所以外は真っ暗で、動くのも億劫になってしまいそうだ。

 

「さっむ〜」

 

 とみおに貰ったマフラーに口元を埋めつつ、ポケットに手を突っ込んでがたがたと震える。2月の夜はさすがに冷える。雪国じゃなくても充分寒い。

 5分ほど正門前で待っていると、向こうの方からとみおが走ってきた。運動のせいで濃くなった白い息が目に入って、何だか愛おしく思う。

 

「ごめんね、急に変なこと言って」

「全然、だい、じょうぶ、はぁ……はぁ……」

「……急いでないからさ、ゆっくり歩こ?」

「助かる……」

 

 私はとみおの背中を擦りながら、最寄りのコンビニに向かってゆっくりと歩き出した。

 トレーナー室から正門までは――ウマ娘基準なら軽いランニングで1分ほどの距離。この調子だと、とみおは全力で走って5分といったところだろうか。そんな遠かったっけと思わないでもないが、そもそもヒトとウマ娘の身体能力に差があることをすっかり忘れていた。何せ、この身体(と少女性)にどっぷり浸かって2年弱経ったのだ。そりゃ、自分がウマ娘の産まれだと勘違いもするわ。

 

「……ふふ」

「な、何?」

「いや、何でも」

「気になるな……」

 

 体格的には成人男性の方が優れているのに、運動性能ではどこを取ってもウマ娘(私達)より貧弱なことが可愛くて堪らない。恋は盲目と言うが、彼を可愛いと思うのは別の感情によるものなのだろうか。

 私は薄暗い道を歩きながら、寒さのせいではないぞくぞくとした感情に襲われていた。

 

 とみおのペースに合わせて歩くこと数分、トレセン最寄りのコンビニにやって来た。バレンタインの文字が踊る()()()()を横目に入店すると、眠そうだったバイト店員が私を見てぎょっと目を丸くする。

 別にトレーナーと一緒にコンビニにやって来ただけだから何の問題もあるまい。コートの下にパジャマが見えるけど……まぁ夜だからセーフでしょ。

 

 店員さんの驚愕顔をよそに、買い物籠を(さら)いながら商品の物色を始める。バレンタインデー間近だからか、店内にはバレンタインのニーズに合わせたチョコやプレゼント類が売られていた。

 よく分からん柄の紙袋、高級そうなチョコ、『チョコ作りコーナー』と題してチョコの材料が陳列された商品棚……私が欲しいものはとりあえず揃いそうで安心。

 

「コンビニに行きたいって言ってたけど、アポロは結局何を買いたいんだ?」

「ん〜、 チョコの材料を買いたいなって思ったの。授業とドバイ遠征組のトレーニングで最近全然暇がないし……重い腰を上げて、こういう機会にでも買わないといけなかったわけ」

「あ〜……」

「とみおは何買うつもり?」

「ペンとノートとSDカードとコーヒーと……他にも色々」

「ちなみにカップラーメンって言ったら怒ってたよ」

「怖ぇ〜」

「怖ぇじゃないよ。最近はちゃんと自炊してるんだよね?」

「はい、してます。カップラーメンは食べてません」

「よろしい」

 

 私は適当な生クリームとココアパウダーを籠に放り込んで、ついでにトレーナーの隙を窺ってお菓子を少々入れてみた。どう考えてもバレるのだが、とみおは見逃してくれるようだった。

 彼は宣言通り事務作業用の小道具や飲料を軽く買い込んだ後、レジに向かって籠を押し上げた。財布を取り出したトレーナーは、ふとその視線を横にやる。目線の先には――肉まんがある。

 

「…………」

「…………」

「……アポロも食べる?」

「……いいの?」

「アポロは太りにくい体質だし、半分こするくらいなら大丈夫だ」

 

 店員さんが更に目を丸くしながらも、スムーズにレジ作業は進む。

 

「あ、あ、ありがとうございました!! またお越しください!!」

 

 そのまま夜とは思えないくらい声量で店員さんに見送られた後、私達はゆっくりと帰路に着く。レジ袋を2人の間に共有して持っていると、とみおは熱々の肉まんを器用に取り出した。

 

「はい、上手いことちぎって食べて」

「美味しそ〜」

「熱っ」

「はふ、火傷しそう」

 

 とみおと肉まんを共有しながら歩く。表面はそこまでだが、中身の肉と肉汁が熱すぎる。白い息を沢山出しながら肉まんに悪戦苦闘。何とか食べ終わったけど、完全に舌先を火傷した。ヒリヒリする。

 

「あち〜」

「でも美味しかったね」

「夜のコンビニで買い食いするものは大体美味しい」

「あはは。骨無しチキンとかアイスとか、やけに美味しいよね」

 

 からから笑いながら、視線を落とす。いよいよチョコ作りの材料が揃ったのだ。明日の早朝に早いところ作っておいて、冷蔵庫の中で当日まで冷やしておこう。多分1〜2時間あればチョコは出来るから、問題はチョコを詰める袋だなぁ。

 ぶつくさ考える。そんな中で、ふと確認したいことがあった。それは――好きな女の子のタイプである。

 

「とみおってさ〜」

「うん?」

「どんな女の子が好き?」

「……う〜〜〜〜ん」

「急に聞かれても答えられない?」

「…………」

 

 そもそもバレンタインとは、ヨーロッパにおける『恋人や家族などの大切な人に贈り物をすることが習わしになっている』日である。恋人と愛を祝うも良し、家族や友人にプレゼントを贈るも良し――何なら贈り物はチョコに縛られない。

 元々のバレンタインデーは日本の狭義とは違っていたのだが、こと日本では女性がアプローチしたい意中の男性に愛情の告白としてチョコを贈る日として定着してしまった。

 

 もちろん私が渡すのは本命チョコだが――本命チョコというのは、お互いに好き合っていることを何となく察した状態で、答え合わせのように渡すもの……と聞いたことがあるのだ。いや、私ととみおは結構イケてるとは思うよ? 永遠を誓い合った(?)仲だし、それ抜きにしても関係良好だし。でも、チキンな私はワンチャン勘違いな可能性が捨て切れていない。

 彼との距離が近づけば近づくほど、もしかしたら拒絶されるかもしれないという恐怖が大きくなっているのだ。心では深く繋がり合ってるだろうし、今更見た目の好みでどうこう言うような関係でもないと思うけど……。

 

 ()()()()()()()()()()()()()、という心の声が私の後ろ髪を引いている。多分、とみおは私のことを結構好きなはずなのだ。私に自信がないだけで、他人から見ればきっとそれは明白で――

 ――でもやっぱり、決定的な自信を持てない。それが私だ。

 

「どんな女の子が好き、か……今まで気にしたことなかった」

「じゃ、例えば髪型はどんなのが好き?」

「…………ストレートのロングヘアー?」

「あはは、そこは嘘でもボブって言ってよ」

 

 口では軽く言いながら、若干傷つく。本命チョコを渡す自信が少し薄れる。たわわに実ったボブカットを指で擦り合わせつつ、どれくらいの時間でとみおの好きな髪型(ロングヘアー)になるのかなと思案する。

 そんな私の乱れた心を、とみおのあっけらかんとした言葉が射抜いた。

 

「あ、でもアポロはボブがいちばん似合ってると思うよ。髪型だけじゃない。君は君であることに自信を持って。アポロはありのままがいちばん魅力的だよ」

「――っ」

 

 すっと胸に溶け込むような、私が今1番欲しかった言葉だった。うれしくて、びっくりして、思わず涙が溢れそうになる。鼻を啜り上げて、唇を結ぶことで何とか決壊を堪える。

 不意打ちなんて、最低だ。当たり前のようにそんな言葉を言って、私の中に入り込んで来て――何て(ずる)くて素敵なひとなんだろう。

 

 やっぱり、この人以外には考えられない。私は彼の腕に抱き着いて、歩く速度を下げさせた。もっとお話したい。トレセン学園に帰るまでの、ささやかな帰路を楽しみたい。

 先程までの暗雲じみた思考は消し飛んだ。私は私らしくて良いんだ。誰にも邪魔されず、どこまでも私で良いのだ。圧倒的な自信はまだ持てないけど、悩みは払拭された。

 

 本命チョコは、私の大好きなトレーナーにあげるんだ。

 まっすぐな想いが私の芯を貫いて、方針が定まる。

 

 ――愛を込めよう。感謝を込めよう。ありったけの激情(おもい)を込めて、彼に伝えよう。

 そして――叶えるのだ。私の夢を。

 最強ステイヤーという誰にも譲れない夢を――

 

 歩くペースを落としたことによって、帰路は永遠のように長い。しかし、いつかは終わる刹那。困ったように笑うトレーナーの顔を見上げながら、私は取り留めのない会話を楽しむのだった。

 

 

 後日、早朝。私は寮の共同スペースにあるキッチンにやって来て、黙々とチョコ作りを始めた。用意した材料は、ビターチョコレート150g、生クリーム90ml、デコレーションのためのココアパウダー、粉糖、フリーズドライのフルーツ、ハートマークの型抜きなど。

 Webサイトのレシピ通りに進めていけば『ハート型生チョコレート』の完成だ。

 

 忘れちゃいけないのが、愛情を込めること。やっぱり誰かの手作りというのは良いものだ。

 これまでの2年弱に渡って積もらせた想いを込める。それだけで、このチョコはきっと美味しく仕上がってくれる。

 

 ――こうして、簡単な工程と揃えやすい材料の割に()()()()()()()()()()生チョコが完成したのを見て、私は満足気に頷くのだった。

 

 


 

 

「ちなみにさ、ウマ娘だったらどんな毛色が好き?」

「黒鹿毛」

「ちょっと! 芦毛じゃないの!?」

「いやいや違ってもいいでしょ好みくらい!」

「良くないもん! 私の感動返してよ!」

「え〜……」

「でも、ヘリオスさんとかブライアンさんとかスペちゃんとか……とみおって黒鹿毛のウマ娘を好きそうな顔してるもんね、ちょっと納得」

「どういう顔だよ……」

 

 


 

 

次回からファン感謝祭


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