ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい   作:へぶん99

102 / 151
89話:春のファン大感謝祭!その1

 バレンタインデーが終わり、3月に突入する。身も凍るような寒さはどこかに吹き飛んで、たまに春模様が見え隠れする三寒四温の時期となった。

 トレーニングを行う中で、生徒会やURA職員の動きが激しくなったな――と思っていたが、そういえば3月中旬に行われるイベントがあったのに思い至った。

 

 ――ファン感謝祭。トレセン学園内に一般のファンを招き、様々な出し物や催しを運営する一大イベントだ。

 春のG1戦線やドバイワールドカップミーティングが行われる少し前に行われ、競技者であると同時に興行の担い手であるウマ娘とは切っても切り離せない行事である。

 

 ファン感謝祭は1年のうち2回開催され、春の感謝祭は『春のファン大感謝祭』、秋の感謝祭は『聖蹄祭』と呼ばれていて――春は運動に特化した催しが、秋は文化系に特化した出店などが多く行われる。URAが絡んでくることもあって、普通の学校で行われるような文化祭とは規模が違うのも大きな特徴か。

 そして、今年の春のファン大感謝祭はURAや生徒会を含めた管轄側の気合いが入りまくっているため、更なる規模拡大のもと行われるらしかった。

 

 どれくらい気合いが入っているかと言うと、普段の1.5倍のキャパを用意したらしい。その関係で倉庫代わりに使われていたトレーナー室は出店に使われ、膨大な敷地を誇る駐車場も何かしらのスペースに使われるとか。

 去年も『第3次トゥインクル・シリーズ・ブーム』をいち早く察知していたため、大規模な開催となっていたが……さすがに駐車場を潰してまで大々的に行うようなことはしていなかったはず。元々来場客は全員徒歩限定――ウマ娘がいるため自転車や自動車は禁止されている――だったから、有効な場所の使い方と言えるけど。

 

「そういえば、『ドバイ遠征組』はファン感謝祭で催しをするんでしょうか? ワタシはリギルにも所属していますし……」

「そのことなんだけど、URA的には『アポロちゃん世代』『スズカさん世代』みたいに世代ごとで出し物をしたいらしいよ」

「グリ子それマジ?」

「うん。アポロちゃんだけじゃなくて、ミークちゃんとかセイちゃんもチームに入ってないし。それなら同世代で一括りにした方が注目度は上がるし、新鮮味もあって良いってことでしょ」

「……リギルもスピカもずっと強いから、その名前は耳にタコができるくらい聞いてる。だから、これでいい」

「ミークちゃん、割と厳しいこと言うね……」

 

 ファン感謝祭ではクラス単位やチーム単位で様々な催し物が行われる。その内容としては屋台やお化け屋敷など文化祭のものも存在するが、駅伝、バレーボール、フットサルなど、レース以外で活躍するウマ娘たちの姿が見られるということで運動系の催しも人気が高い。

 G1を勝っていたり、ファンに人気のあるウマ娘なんかは特にファンとの交流――もとい露出が求められるので、私達も運動系の催しに参加は免れないだろう。

 

 授業時間を潰したりしながら急ピッチで準備が進められているから、数日後にファンが押しかけてくるという実感が湧かない。準備を手伝っている側の人間ではあるけど、ドバイが近いこともあってか周囲の子と比べると……。

 別に疎かにしたいわけじゃないし、当日は真剣にやるつもりだ。それに、装飾が完成したら、嫌でも分かってくるだろう。全貌が見えてくるまではトレーニングに集中ってことで!

 

 こうして私達『ドバイ遠征組』は、ファン感謝祭が始まるまでは激しいトレーニングを行うのだった。

 

 

 ――そして迎えた『春のファン大感謝祭』当日。

 運動会でぶち上げられるような花火が何発も空を駆け抜け、色とりどりの風船や看板で装飾されたトレセン学園。正門開放時刻前から大挙しているファンが、ファン感謝祭の始まりを告げるチャイムと共にトレセン学園になだれ込む。

 

 その様子を教室の窓越しに見送っていた私は、友達と一緒に「うわ、人の数やば!!」「ファンの人、熱心すぎない!?」と手を取り合って飛び跳ねた。

 廊下から聞こえてくる噂によると、トレセン学園前の行列だけで1万人もいるらしい。早朝から始まるファン感謝祭とはいえ、本腰を入れてのイベントもとい催し物は午後から行われる。この調子で本当にトレセン学園のキャパをオーバーしないのか疑問でしかない。

 

 アリの行列みたいに見えるファンの人達が、正門前にいるウマ娘達からビラを配られて好き勝手にバラけていく。ある一定数はターフやグラウンドに向かい、午後のイベントのために場所取りを行うようだが、やはり8割がたの早朝組の目的は学園内で行っている出店などのようで。

 ビラを受け取った人達の多くが一目散にトレセン学園内に殺到してきた。人々の黒い頭を呑み込んでいくトレセン学園の玄関。良識あるファンが多いのか、他人を押し退けたり走ったりする人はいないから、今のところは何の問題も起きていないが――あまりにも大勢の人が押しかけたため、トレセン学園の校舎が揺れた……気がした。

 

「うわうわうわ、やばいやばいやばい」

「トレセン学園壊れない?」

「秋川理事長がついてるから大丈夫でしょ」

「どういう自信? 分からんでもないけど」

 

 窓越しに伝わってくる人々の熱気、楽しげな笑い声。ビラを配るウマ娘達や、出店の客引きのために奔走するウマ娘達の客引きの声。あちこちに見えるファンの笑顔は、私の気持ちを著しく高揚させる。文化祭を楽しむ以前に、ファンとの密接な交流が楽しみなのだ。

 普段からファンとの交流が無いわけではなかったが、あっさりしたやり取りだけだったり、ネット上のやり取りだったり……面と面を突き合わせて腰を据えての交流はあまりなかった。街中でファンに会う時って、大体時間が無いし。あくまでテンプレ的な会話の中で握手したり、軽く写真を撮ったりしただけ。

 

 それが今日は、比較的時間を取った上で交流できる。それが嬉しくて堪らない。ウマスタにコメントをくれるファンの人はみんな良い人だし、もしかしたらいつもリプライをくれるあの人が来ちゃったりして……。

 

「ちょ、エグい人数来てる!! 食事係と執事役は準備して!!」

 

 教室の窓から顔を出し、そう叫ぶ受付役のウマ娘。クラスメイトの間に緊張が走る。

 私達の()()()()()()()()()()はメイド喫茶ならぬ執事喫茶で、私やグリ子含めた複数のウマ娘がコスプレをしてファンを(もてな)すことになっている。

 

「いや〜、さすがに緊張するね」

「G1ほどじゃないでしょ?」

「まあね」

 

 グリ子と軽口を叩きながら、互いの執事服を整える。グリ子は元々イケメン寄りの()()()顔なので、執事服が物凄く似合う。私の顔は可愛い系なので、正直あんまり似合わない。ということで、かっこいい雰囲気で攻めるのはグリ子に任せて、私は私らしく可愛いを全開にした執事役を執行することにしたのである。

 髪型はボブカットを編み込みアレンジして、普段より()()()雰囲気を押し出した。尻尾にも編み込みを入れて特別感を演出し、割と死角のない仕上がりだ。グリ子の顔が強すぎて、若干霞むのが腹立たしいが……。

 

「ファンの人が来たよ!」

 

 受付役のウマ娘がそう叫んで廊下の机に座り、押し寄せたファンを捌き始める。続々と教室内に入ってくるお客さん達。学生机をくっつけただけのテーブル――資材が余っていなかったので仕方ない、ちゃんとテーブルクロスを引いているので見てくれは悪くない――に座ったファンに向けて、私達は堂々とした振る舞いと共に笑顔を提供する。

 

「お帰りなさいませ、ご主人様」

 

 興行を担う者として、多少の仮面を被る。そうすれば恥ずかしさは吹き飛んで、単純にファンを楽しませたいという心のみが残る。私の初めてのお客さんは綺麗なお姉さん。私をひと目見てからというもの、「ウッ! 編み込みエグかわ……」と胸の辺りを押さえて苦しげだ。

 お客さんは何度も注文を噛みながらコーヒーを頼んだ後、とても満足そうに周囲のウマ娘や私を眺めていた。届けられたコーヒーを飲み終わると、彼女に写真を頼まれたので快く引き受ける。あくまでフジキセキさんのような口調を崩さずに。

 

「さ、どうぞ撮ってください! 心ゆくまで!」

 

 私にカメラを向けてくるファンの人たち。グリ子や他のウマ娘にも大量のシャッターが切られ、パシャパシャという音が教室内に響き渡る。

 しかし、ファンサービスは終わらない。立ち上がろうとした女性ファンを引き止めるように肩を抱き、「ご主人様、(わたくし)とのツーショットはいかがですか?」と至近距離で囁く。彼女の目には既にハートマークが現れ、頷くことしかできないようだった。泣きそうになっているのは気のせいだろうか。

 

「では、フレームに収まって――はい、チーズ」

 

 女性ファンの肩を抱きながら、彼女のデバイスで写真を何枚か撮る。ファンはずっと口元を押さえて声も出せない様子で、そこまで喜ばれるともっとサービスをしてあげたくなってしまう。……が、時間の関係でひとりひとりにこれ以上を提供することはできない。

 私が写真を撮ると同時、教室内を覗いていた女性陣から割とガチな悲鳴が上がる。グリ子も同じようなファンサービスで女の人を泣かせてしまったようで、ハンカチで女性ファンの涙を拭っているではないか。とんでもないタラシがいたものである。

 

 しかし、こちらの女性ファンも写真を撮った後に涙を流していた。「ご主人様、どうか泣かないでください」と彼女を宥めていると、ファンの人が途切れ途切れにこんなことを言った。

 

「うぅ……わたし、ずっとアポロちゃんのファンでぇ、メイクデビューで見た時から綺麗だな、可愛いなって思って、ほんとにずっと応援しててぇ……G1勝った時、自分のことみたいにうれしくて。ひっぐ、ずっと推してて良がっだぁ……」

「――ありがとうございます、ご主人様」

「ごれがらも、ずっど応援じでまず! こ、この写真も、ウチの家宝にじまずぅ……」

 

 女性ファンは限界を迎えながら執事喫茶から退店していく。少し、失敗したかなと思った。執事喫茶という前提があったため、執事に徹するべきかアポロレインボウとしての素を出しても良いのか迷ってしまったのだ。結局素は出せなかったが……果たして満足してくれただろうか。

 

「…………」

 

 でも、あの涙は間違いなく本物だ。あの言葉もきっと、本心から来るものだ。だとしたら、あの女性ファンは相応に満たされたはず。なら、それでいい。

 逆に言えば、ファン全てに個別対応するのは無理だから、今日はこの形で満足してもらうしかないわけで。

 

「アポロちゃん、次は2人のお客さんが入るよ!」

 

 受付で客足を捌き続けるクラスメイトの切迫した声を聞きながら、私はファンの人々にサービスを続けるのであった。

 

 

 ――あっという間に時間が過ぎて、お昼ご飯前。客足が疎らになり、ある程度裏方や執事役に余剰が出てくる。一旦ファンの足が途切れたのを見て、グリ子は白手袋を外して()()を軽く緩めた。

 

「さすがにお客さん多すぎでしょ……疲れた〜」

「グリ子、ファンサービスが抜かりなかったからね。そりゃ疲れるよ」

「それはアポロちゃんもでしょ。……ま、疲れたけどめっちゃ楽しかったし、控えめに言ってサイコーだったかな」

「わかる」

 

 まだ出店の時間が終わったわけではないが、全てのお客さんに満足してもらったと自信を持って言えるだろう。女性ファンの多くは口元を押さえて咽び泣いていたし、男性ファンも大体挙動不審に陥っていた。ここに来た子供のファンも魅了しちゃったかも。私が可愛すぎて教育上良くないかも……なんてね。

 特に好評だったのは髪型変更である。編み込みを可愛いと褒めてくれるファンは多かったし、いつもと違う雰囲気の私でもウケが良かった。

 

 ただ、人が多すぎてコーヒーやケーキが切れかけたり、ひとりひとりに想像以上に時間を割けなかったのは誤算であった。特に提供するメニューの在庫問題が激甚で、一度はトレセン学園のカフェテリアに応援を呼ぶほどには切羽詰まっていた。オグリちゃんの暴食に耐えられるトレセン学園のキッチンを以ってしても、今日の客足の多さは異常だったということか。

 

 休憩ムードが漂う教室。私も手袋を外して少し寛いでいると、受付役の子が誰かと話していた。お客さんだと思った瞬間、手袋を装着して準備するが、入店してきたのは一般のファンではなく――

 

「お、アポロ。手が空いたから見に来たよ」

「とみお……どうしてここに」

 

 私のトレーナーである桃沢とみおであった。普段よりもしっかりとスーツを着こなしており、髪型もバッチリセットして清潔感の塊のような格好だった。トレーナーとしては人気のある方だし、彼も色々と気を使っているのだろう。

 

「どうしてって、酷いなぁ。俺はアポロのトレーナーなんだから、そりゃ担当ウマ娘のクラス出し物だって気になるよ」

 

 とみおはそう言って、不躾に私の格好を見つめた。白を基調とした勝負服と違って、執事服は黒をメインにした落ち着きのある服である。

 ――格好自体はそこまで恥ずかしくなかったが、問題は執事喫茶という設定。いつもと違う口調で彼と話さなければならないのは、堪えがたい恥ずかしさがあった。

 

 しかし、彼の前だからといって恥ずかしがってしまうと、それこそ思う壷だ。そもそも堂々と振る舞えば恥にはならないのだし、ファンと同じように接客するのが正解なはず。

 私は顔が赤くなるのを感じながら、執事喫茶の設定を崩さないような口調でとみおを近くの机に招いた。

 

「お帰りなさいませ、ご主人様。注文はどうなさいますか?」

「その髪型と尻尾の編み込み、普段と印象が変わって良いね。とってもオシャレで可愛いと思うよ。あ、コーヒーください」

「かしこまりました。少々お待ちくだしゃい」

 

 私は尻尾がぶんぶん揺れまくるのを押さえながら、注文を伝えるために裏方に引っ込んだ。

 何なんだ、このトレーナーは。他に誰もお客さんがいないから、全員が私たちのやり取りを聞いてたし何なら見てたんですけど! マジ有り得ない……ニヤつくな私、マジ有り得ない。絶対後でグリ子に弄られる。ほんと最悪……尻尾の揺れが収まんないんですけど。どうしてくれんの。

 

「ふ、ふふ……あ。コーヒーの注文お願いします」

「……アポロちゃん、トレーナーさん見に来たの?」

「え!? 何でわかるの!?」

「いや、尻尾と耳でバレバレでしょ。後で話聞かせてよね〜」

 

 裏方に徹しているクラスメイトにも弄られつつ、私は出来上がったコーヒーをとみおに運んだ。視界の端でグリ子がクソほどニヤニヤしててムカつく。マジでウザい。グリ子だって、トレーナーが来たら()()なる癖に。

 

「お待たせしました、ご主人様。コーヒーでございます」

「お、ありがとう。内装の飾り付けも結構凝ってるし、何より執事服のクオリティが高いね。ファンの人も喜んでくれたんじゃないか?」

 

 とみおは独り言のように呟きながら、コーヒーを啜る。いつにも増してご機嫌である。私のことを見て喜んでくれたんだと思うと、無意識に走り出したくなって()()()しそうになるが何とか堪える。

 こら、口元、緩むな。執事ってのは、口をしっかりと結ぶか、王子様のように微笑んでないといけないんだ。少なくとも、こんなだらしない笑みはやっちゃいけない。

 

「――ふぅ。コーヒーご馳走様」

「ありがとうございます」

「ファンサービスで写真撮ってたんだっけ? 俺とも一緒に撮ってみない?」

「かっ――かしこまりました」

 

 この男、何を言ってるんだ!! みんな居るって言ってんでしょうが!! や、やめてよ恥ずかしいから!!

 内心絶叫して拒絶するが、もちろん逆らうことはできない。とみおはトレーナーでありトレセン学園関係者でもあるが、今は(恐らく)お客さんとして来店してくれたのだ。であれば、その誘いを断るわけにもいかない。

 

 今度は私がガチガチになりながら、とみおとツーショットを撮る。「何か笑顔硬くない?」と言われたり、シャッターを切る瞬間に目を閉じてしまったり……最初の数回は上手くいかなかったが、結局は満足度の高いツーショットを撮ることができた。

 

「アポロちゃんのトレーナーさん、今お客さんいないんで、私が写真撮りますよ!」

「あ、いいの? じゃあお願いしようかな」

 

 グリ子が執事である設定を忘れてそんなことを言い出し、正直誰かにツーショットを撮って欲しかった私は断ることもできずにされるがまま。

 『執事喫茶』と描かれた黒板を背に、私達は肩を寄り添わせてツーショットを撮る羽目になった。

 

「アポロちゃん、笑顔笑顔〜意識して〜」

 

 グリ子、後で絶対ぶっ飛ばす。

 私は青筋を隠しながら笑顔を作る。シャッターが連続して切られ、嫌がらせかと言うくらいフォルダに写真が保存される。まぁ、全然嫌じゃないし、何なら思い出になるから嬉しいのだけど――

 

「ありがとうアポロ。じゃ、また午後に」

 

 とみおが退店した後、私はクラスメイトに囲まれて質問攻めされることになった。「アポロちゃんトレーナーさんのこと好きすぎでしょ」「なんで付き合ってないの?」「ヘタレ」――と、散々な言葉を投げかけられながら、『春のファン大感謝祭』午前の部が終了した。

 

 ――と思いきや、午前の部終了直前にグリ子のトレーナーこと芹沢さんが来店した。それをいいことに、芹沢トレーナーの前でしどろもどろになるグリ子に全く同じことをやり返したのは秘密である。

 

 

 ……――そして、それを見た某栗毛のウマ娘が『オ゛ア゛ーーーー同室コンビ尊すぎて直視できないぃ!!』と言って鼻血を噴き出していた。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。