ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい 作:へぶん99
いよいよ迎えた『ドバイワールドカップミーティング』の日。そのメインレースの多くが夜の開催となるものの、メイダンレース場周りは『ドバイワールドカップデー』として昼頃から大きな賑わいを醸していた。
日本ではあまり見られない光景だが、メイダンの空にはヘリやドローンが飛びまくっている。上空からカメラを回して中継映像を撮っているのだろうか。中東っぽいターバンを巻いた人達も沢山押しかけていて……そんな人達がロケットみたいなカメラを持っていて少し滑稽だ。
人々の格好に関わらず、メイダンレース場には巨大カメラを担いだ報道陣が数え切れないくらいいる。まだ昼前だというのに、スタンド前の広場でマイクを手にするリポーターが多い。
私はとみおと一緒にテレビカメラの横を抜けながら、メイダンレース場の関係者用入口に向かう。私の出走レースはメンバーの中で最も早い時間のため、みんなとは別行動でトレーナーとレース場に到着した次第である。
「ほへ〜、テレビ局の人いっぱいいるね〜」
「
「うわ、ほんとだ。20万人も視聴してるよ」
「ここに来てる他のテレビ局は、出走ウマ娘の出身国から来た人が多いんじゃないか? ヨーロッパにアメリカに、日本、オーストラリア、アフリカ、中東、南米……まあ世界中って言っても過言じゃないな」
「日本のテレビ局とか来てるかな〜? もしかしたら、乙名史さんみたいな見知った記者の人もいるかも!」
「……乙名史さんはなぁ」
「?」
「いや、何でもない」
謎の会話を交わしつつ、『WELCOME TO THE DUBAI WORLD CUP』と書かれたゲートを潜る。会場は大賑わいで、メインレースが近づいた夜ならもっと人が多いだろう。ファッションショーのような正装をした人が多く、あちこちで写真撮影が行われている。
メイダンレース場は明確に正装以外での入場がお断りされているため、とみおはスーツだし私は制服だ。もっとも、割と暑いので、レース場に入った途端みんなジャケットを脱いでいくのだけど。
「おや、あそこにいるのは日本からやって来たアポロレインボウ選手です! 声をかけてみましょう!」
丁度近くにテレビ局のアナウンサーがいたみたいで、私の姿を見た途端マイク片手に接近してきた。数分程度なら喋れるよとトレーナーが答えたらしく、私も異論はなかったので前髪を整えつつカメラの前に躍り出た。
どこの国の
「お時間をいただけるようなので、少しだけインタビューしたいと思います! アポロレインボウさん、こんにちは!」
「こんにちは〜」
カメラに向かって愛想良く手を振る。毎日のように自分のクソ可愛い顔を眺めたことによって、どの角度から見たらアポロレインボウが最も可憐に映るか、どんな風に笑えば相手に好印象を与えられるか、相手がドキッとするような仕草をどうやって自然に見せるかの徹底ができるようになった。尻尾や耳のコントロールは上手くできないけど、テレビ撮影の間なら完璧な自分を演出できる。
……どこぞのトレーナーの前じゃ全然上手くできないし、何ならスルーされるくらいなのだけど。
どうやら私の言動が刺さったらしく、後ろで腕を組んでいたおじ様が胸を押さえて苦しんでいた。この好感触なら、レンズの向こうでも私の可愛さによって堕ちた人が現在進行形で生まれているだろう。
まぁ私ガチで可愛いしね。芦毛だし。
何個かの質問に答えていると、「ドバイゴールドカップに出走するウマ娘の中に気になる子、つまりライバル視しているウマ娘はいますか?」という言葉が飛んできた。今回私が出走するG2・ドバイゴールドカップは、世間や人気的には“2強”の様相を呈している。
アポロレインボウとカイフタラがぶっちぎって1、2番人気を獲得しており、否が応でも
「私のライバルはもちろん、カイフタラさんです!」
本心でもあったが、テレビ的には2強同士が意識し合っている構図の方が扱いやすいだろう。そんな想いもありつつ、私は語気を強めてカイフタラさんの名を口にした。
インタビュアーは、やっぱり、といった感じで何度か頷いた後、次の質問を繰り出そうとしていたが――
「アポロ、そろそろ準備しよう」
「オッケー」
とみおの制止が入り、私はカメラマン達にことわりながらその場を後にした。報道陣も私達の雰囲気を察して深追いをしてこようとはせず、再び元いた場所に立って現地の様子を報道するのだった。
メイダンのスタンド内に入り、グッズ屋さんの近くを通る。そこには日本の売店で売られているようなぱかプチが所狭しと並べられており――多分各地のURAと繋がっているのだろう――私やエルちゃん、スズカさん達のグッズが寄り添うようにして鎮座していた。
見慣れない海外ウマ娘のグッズもあるが、何となく日本のウマ娘の
サングラスをした屈強なガードマンの横を通り、いよいよ控え室にやってきた。さすがに舞台裏までゴージャス仕様……というわけにはいかず、ごくごく普通の控え室である。
暑苦しい制服を脱ぎ去り、体操服に着替えていく。どうせ海外に遠征するんだったら、G2でも勝負服を着たかったところ。そういうことをしたらG1の特別感が薄れるし、そもそも規則によって禁じられているからしないけど。
「さてアポロ、レース前ミーティングを始めようか」
「はいは〜い」
私はトレーナーと向かい合って、彼が差し出したバインダーを見つめた。ドバイゴールドカップに出走するウマ娘は16人。出走表は以下の通り。
1番
2番
3番
4番
5番
6番
7番
8番
9番
10番
11番
12番
13番
14番
15番
16番
ドバイ含めた海外レースには『枠番』が存在せず、○枠○番という呼び方をしない。単純に○番と言うだけだ。
でもって、私は2番の2番人気。ややこしい。対する1番人気はカイフタラさん。私より1歳年上かつ長距離戦の実績を評価されて1番人気に推された。長距離重賞5戦2勝、うち長距離G1・2勝。勝ちレースはダブルトリガーさんを打ち破ったゴールドカップとアイルランドセントレジャーで、それを評価されてカルティエ賞最優秀ステイヤーを獲得しているのだから……私よりも実績があるのは間違いない。
「カイフタラの得意距離は2400メートルから4000メートル、主な脚質は先行・差し・追込。豪快なロングスパートから来る追込が特に有名で、体内時計が非常に優秀なためトリックは効きづらい。その上、ポーカーフェイスで何を考えているかもよく分からない。アポロとはある意味正反対のウマ娘だな」
カイフタラさんと言えば強烈な直一気の追込が代名詞で、とみおの言う通り大逃げしかできない私とは正反対のウマ娘である。やや含みがあったのは、カイフタラさんのポーカーフェイスと、私の愛想の良さの対比をしたつもりだったのだろうか。
「さて、今回はアポロが内枠でカイフタラが外枠に収まった。お互い集団のブロックを受けにくいベストポジションになったわけだな」
長距離のレースは枠番の有利不利が出にくい。全く無いということはないのだが、それでも短距離レースよりはマシである。
「海外遠征の初戦でカイフタラと戦うことになったのは、正直かなり苦しい展開だ。……でも、ここはヨーロッパのレース場じゃなくてドバイのレース場。つまり、俺達はもちろん向こうもアウェー。十分な勝ち目があるさ」
「うん、分かってるつもり」
「俺達の勝ち目は3つある。ひとつ目は、ドバイのコースが平坦で、パワーやスタミナがあまり要らないスピードの出る馬場になりやすいこと。今日の良馬場も手伝って、かなりのスピードが出るターフになるはずだ」
ドバイはその地理特性上、雨になる日が極端に少ない。そのためほとんどの場合レースは良馬場での施行となる。メイダンの芝は日本とヨーロッパの芝が融合したものとなっているので、良馬場つまり軽めの芝状態となれば日本のウマ娘には大きな追い風となる。
また、メイダンレース場は高低差が全くない。コース全体を通しての高低差が2メートル以内に収まるという平坦っぷりで、最終直線にも坂らしい坂がないおかげで大分やりやすいのではないだろうか。
ヨーロッパのレース場は高低差が20メートルあるなんてこともザラだ。カイフタラさん含めて欧州から来たウマ娘が平坦なコースに走り慣れていなければ、利はこちらにある。
「ふたつ目は、前に東条トレーナーが言っていた『とある凱旋門賞ウマ娘の話』と似ているんだが……君が
ヨーロッパ出身のウマ娘は
ヨーロッパは最後の競り合いのために体力を温存するのがセオリーとなっている。
しかし、ここはヨーロッパではなくドバイのメイダンレース場。日本寄りの芝かつ平坦なコースである以上、日本でのレースのように破滅的爆逃げをぶっ放しても勝てる算段が立ってしまうのだ。
大逃げを受けたヨーロッパのウマ娘は異常な脚質に驚嘆し、自分のレースに徹しようとするだろう。日本のウマ娘のようにガンガン削りに来るとは考えにくい。そういう意味で、滅茶苦茶な爆逃げをする私やスズカさんは、メイダンでレースをする時点で若干の優位に立っていると言えるだろう。
「3つ目は……カイフタラが思った以上の仕上がりなこと。そのおかげで、アポロへのマークが分散してる。これはピンチでもあるんだが、楽に走れることを考えればチャンスでもある」
大逃げの作戦を取るウマ娘としては、『マークの分散』……これが最もありがたい。自分の走りや自分が作ったペースを乱されることは、逃げをしていると結構きついからね。
「不安材料はカイフタラさんがどんな作戦を取るか分からないことだね。外枠だから多分追込だろうけど」
「何にせよ、これに勝てばステイヤーズ・ミリオン対象レースのひとつを制覇したことになる。いつも以上に気合を入れて頑張ろう!」
「うん!」
――ステイヤーズミリオン。正式名称、
私が出走するG2・ドバイゴールドカップは、ステイヤーズミリオンの対象レースでもある。ただし、出走レースのローテーションの関係上、このレースを勝たなければステイヤーズミリオン完全制覇を成し遂げるのは絶望的になってしまう。
このレースシリーズは、太古の昔に比べれば価値の落ちた英国長距離三冠に加えて、賞金と栄誉の上乗せをすることで長距離路線の活性化を狙って設立されたものとされている。
私にしてみれば、ステイヤーズミリオン完全制覇が今年の目標。夢ではなく目標だ。だからこそ、対象レースたるドバイゴールドカップを落とすことはできない。
ステイヤーズミリオンの3月から6月の対象レースは以下の通り。
3月5週、3200メートルG2・ドバイゴールドカップ。
4月4週、2800メートルG3・ヴィンテージクロップステークス。
4月4週、3200メートルG3・サガロステークス。
5月2週、2700メートルG3・オーモンドステークス。
5月3週、3200メートルG2・オレアンダーレネン賞。
5月4週、2800メートルG2・ヨークシャーカップ。
5月4週、3000メートルG2・ヴィコムテスヴィジェール賞。
6月1週、3300メートルG3・ヘンリー2世ステークス。
6月1週、3200メートルG2・ヴィコンテスヴィジエ賞。
上記のいずれか1つのレースに勝利した上で英国長距離三冠を獲得すると“ステイヤーズミリオン完全制覇”となり、100万ポンドの賞金が与えられる。
こういうボーナス賞金は、日本で言う春シニア三冠・秋シニア三冠のボーナスのようなものだ。本当は達成自体に意味があるのだけれど、シニア三冠対象レースやステイヤーズミリオン対象レースに参加してもらいたいがための『餌』としての賞金。ヨーロッパの重賞は賞金が低いから、そういうボーナスがなければ参加する意義が無くなってしまうからね。
「それじゃ、大まかな作戦をもう一度確認しておこうか――」
結局、軽いミーティングのつもりがその後も話が続いてしまい、ストレッチしたり蹄鉄の具合を確認したりしているうちに、私達が気がついた頃にはドバイワールドカップミーティングの第1レースが始まる時間になってしまった。
私達が控え室からスタンド席に来た時には既に第1レースは終わっていて、ウィナーズ・サークルでトロフィーの贈呈及びインタビューが行われていた。折角の第1レースを見過ごしてしまったのは残念だが、その分いい時間の使い方ができた。後は第2レースを見送って、第3レースのドバイゴールドカップに備えるだけだ。
「次のレースはゴドルフィンマイル?」
「そうだな。ダートマイルのG2」
「
「さぁ……海外レースだし、そのうち格上げされるんじゃない?」
「それもそっか」
第2レースはG2・ゴドルフィンマイル。その次が私の出走するG2・ドバイゴールドカップ。ダート戦をお目にかかる機会はそこまで多くないし、観客の盛り上がりに触れてテンションを高めておくのも大事だろうということで、ガッツリ観戦することに。
関係者席に向かい、体操着姿のままターフを見下ろす。これからレースが始まろうかというダートコースは整備が進められていて、人の出入りが多い。一生懸命にコースの手入れをするのはどの国も同じらしい。
しばしの間待っていると、パドックに姿を現したウマ娘達が巨大なターフビジョン内で紹介され始めた。日本の紹介よりも派手で、G2ながら勝負服の紹介まで行っている。
ウマ娘ひとりひとりの名前が呼ばれる度に、あちこちから歓声が上がる。異国の民だろうが何だろうが、レースの熱狂は世界共通なのだ。総勢16人、世界中から集められた砂の巧者が次々にコースに入っていき、これも万国共通の返しウマを行い始めた。パドックの熱が少し収まり、嵐の前の静けさを取り戻すスタンド。実況解説の声がゲートインの完了を告げる。更に静まり返る観客席。
ゲートはあっという間に開いた。16人のウマ娘がゲートに収まってから、ほんの10秒ほど。ぶり返すように熱狂が渦巻き、たった数分間の狂乱が幕を開ける。
熱風が吹き荒び、怒号のような声援が飛ぶ。その声に押されるようにして、アメリカン・スタイルに任せて全速力で駆けていくウマ娘達。アメリカのウマ娘は最初から最後まで一切スピードを緩めない。日本の大逃げウマ娘のように、華麗にぶっ飛ばして砂を蹴りつけていく。
メイダンは興奮の
『ゴォォォルッ!! 1着に飛び込んできたのは3番のクールダンディ!! 2着は微妙です!! やったぞクールダンディ、遠い異国の地で復活を告げるG2勝利!! およそ2年ぶりに味わう勝利の美酒に涙が溢れているぞ!!』
『彼女は重賞戦線でずっと苦しんできましたからね。アメリカから駆けつけたファンも、涙を流す彼女に感動を誘われていますよ』
砂が跳ね返って、酷く汚れた体操服のまま涙を流すウマ娘。そんな彼女の背中を叩き、健闘を讃えるライバル達。沈みゆく太陽光に反射して、ダートコースが輝いて見えた。
どこからともなく指笛が飛び、温かな大歓声が全てのウマ娘に向かって注がれる。鳴り止まない拍手喝采の中、私は海外レースの熱狂を味わいながら、胸の内の闘争心を高め続けた。