ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい   作:へぶん99

111 / 151
97話:夢と目標に向けて

 ドバイミーティングから数週間が経過し、時は4月中旬。4月初旬のオーストラリアのG1ラッシュことザチャンピオンシップス、高松宮記念や大阪杯も終わったことで私達の間には束の間の休息ムードが生まれていた。

 休息と言っても一瞬だけだし、割とがっつりトレーニングしてるんだけど。

 

 ……さて、私達が日本に帰ってきてから最初に行ったのはライバル達の分析である。主な対象はスペシャルウィークやセイウンスカイ、カイフタラなど。有記念が終わってからどういった変化があったのか、彼女達に立ち向かっていくためにはどういう部分が障害になるのかを知らなければいけない。

 私はトレーナー室のソファで寛ぎながら、何かしらの作業をしているとみおに声をかけた。

 

「そろそろミーティング始めようよ〜」

「あとちょっとだから!」

「それさっき聞いたし……まだデータ纏まらないの?」

 

 5分くらい前からずっとこの調子だ。一体何をしているのか。

 頬を膨らませつつ、ソファから立ち上がってデスクに近寄る。肩に手を置いて画面を覗き込むと、『天皇賞・春』『ゴールドカップ』と銘打たれた見出しと、めちゃくちゃな人数の顔写真とプロフィールがびっしりと羅列されていた。それにぎょっとするのとほとんど同時、とみおがわざとらしいくらい大きな音を立ててエンターキーを叩く。彼は背筋を伸ばしつつゴキゴキと肩を鳴らして、ふやけたような声で「終わった〜!」と言い放った。

 

「お疲れ様! これってライバルの子達のデータだよね」

「そうそう。早いうちに作っておいた方がいいと思ってたんだが……時間が掛かっちゃったな」

「おぉ〜……脚質、距離適性、得意なレース展開、好きな食べ物まで……痒いところまで手が届くね」

「だろ?」

「偉いぞ〜」

「頭を撫でるな」

「え〜」

 

 文句を言われたので、彼の髪に突っ込んだ手を肩に伸ばす。そのままガチガチに凝ったとみおの肩を揉みほぐしながら、詳細な情報が書き込まれたデータシートを流し見る。スペシャルウィーク、ジャラジャラ、メジロブライト、セイウンスカイ、カイフタラ……ざっと見えるだけで50人分のデータはある。

 この量を纏めていたから時間がかかったわけだ。半ば納得しながら、私はミーティングの準備に取り掛かる。コーヒーは既に用意してあったので、メモ帳と筆記用具を取り出して準備完了。とみおはそれを見届けると、早速ミーティングを開始の音頭を取った。

 

「それじゃ、ミーティングを始めよう」

「はいよ〜」

「今日は4月14日。世界的にはドバイワールドカップミーティングとオーストラリアのザチャンピオンシップスが終わり、日本を見ると高松宮記念と大阪杯が終わって……所謂“隙間の期間”にある。ここで一旦原点に立ち返って、改めて色々と確認していきたいと思う」

 

 とみおはパソコンを置いて、車輪付きのホワイトボードを持ってきてペンを走らせ始める。彼が大きな文字で書き出したのは、『目標と夢』というデカデカとした見出しであった。

 目標と夢。正直なところ、この2つは今更確認するまでもない。根底にある共通認識だ。ただ、とみおにも考えがあって再度の確認を行うつもりなのだろう。そういうのって案外大事だし、彼がやろうと言ったことに反抗するつもりもない。私は黙って彼の言葉を聞く姿勢になる。

 

「言うまでもないが、俺の夢は最強ステイヤーを育てること。んで、アポロの夢は最強ステイヤーになることだったよな?」

「うん」

「よし。しかしここで疑問が出てくる。『そもそもどうやったら最強になれるんだ?』『最強って何なんだ?』という疑問だ」

 

 ミーティングというよりは授業みたいな雰囲気になってきたな、と思いつつ彼の言葉に頷く。『最強』なんて言葉は、ウマ娘である以上耳にタコができるくらい聞く言葉だけど……具体的に最強という言葉を説明するのは確かに難しい。

 特に、そこに至るまでの道のりは、『最強』なんて派手な言葉の割に地道なものだ。運と環境に恵まれた上で自分を鍛えまくらないと到達できないし、そこには怠惰な自分との究極的な戦いが待っている。地道な積み重ねの先にある極致。最強とはそういう領域だ。

 

 とみおが私に質問する。「アポロの思う最強ステイヤーって何だ?」と。私は迷わず回答する。「長距離レースで勝ちまくって偉業を成し遂げたウマ娘!」――我ながら単純でふんわりとした答えだが、イメージとしてはこんなものだ。

 

 とみおはその答えに納得したのか、何度か頷いてホワイトボードに文字を書いていく。

 

「夢に到達するためには段階ごとに目標を設ける必要がある……と俺は考えている。最初は比較的簡単なことを目標にして、段々とレベルを上げていき――最終的な目標が夢に直結するわけだ」

 

 とみおは『アポロレインボウ世界最強ステイヤーへの道』という見出しを書いて、『目標1』『目標2』……と言った風に箇条書きを並べていく。

 

 『目標1』はオープンクラスに昇格すること。

 『目標2』は重賞に勝利しG1レベルに成長すること。

 『目標3』は長距離G1に勝利すること。

 そして最後の目標は……長距離レースに関する何かしらの偉業を成し遂げること。とみおは目標1〜3に横線を引いて、『目標4』をぐるりと丸で囲んだ。

 

「目標1から3は既に達成してる。どうだ? こうして見たら、ジュニア級の頃に比べて夢が実現に近づいてきたのが分かるだろ?」

「むしろ最後が1番難しくない?」

「それはそうなんだが……まぁ、偉業といってもざっくりしすぎだから、更に細かい達成目標を設けるとしようか」

 

 『目標4』の下に書かれる『小目標』の小見出し。

 長距離レースに関する偉業と言っても、前人未到の記録なんて案外ごろごろ転がっている。日本・ヨーロッパ・オーストラリアの長距離G1制覇に、ステイヤーズミリオン完全制覇、その他諸々……。

 

 そんな中、私達が挑む偉業は『ステイヤーズミリオン完全制覇』。小目標として『ヨーロッパの長距離重賞制覇』『ヨーロッパの4000m級G1制覇』『ステイヤーズミリオン完全制覇』という文字が羅列されていく。

 分割されているが、これら全てを達成してやっとステイヤーズミリオン完全制覇が成し遂げられる。いざ文章化してみると、この偉業の壁の高さを嫌というほど思い知らされてしまう。

 

「俺達が目指す『目標4』は、ステイヤーの本場たる欧州の『ウェザービーズ・ハミルトン・ステイヤーズミリオン』の完全制覇。書き並べた小目標を全て達成すると完成だ。ちなみに、このステイヤーズミリオンなんだが……設立されてから新しいというのもあるけど、未だに完全制覇者はいない」

「私が完全制覇1人目になれば、長距離レースに関する偉業を成し遂げたと言ってもいいわけだね」

 

 ダブルトリガーさんは『サガロステークス→ゴールドカップ→グッドウッドカップ→ドンカスターカップ』のローテーションで全て勝利しているが、完全制覇のためにはドンカスターカップではなくロンズデールカップに出走する必要がある。そもそもステイヤーズミリオン設立前の話だったので、ロンズデールカップに出走する意味がないというのもあったが――近年で最も完全制覇に近づいたのはダブルトリガーさんだろう。

 

「そう。ステイヤーズミリオン制覇の第一人者というインパクトは大きいし、日本のウマ娘が欧州の長距離G1を制した記録もない。完璧な結果を残し続けたなら、君は間違いなく新時代の最強ステイヤーとして名声を得られるだろうね」

 

 今のところのステイヤーとしての大きな実績は、やはり菊花賞の2分台制覇だろうか。また、仮に菊花賞→有記念→天皇賞・春の長距離G1を連続で制覇したならルドルフ会長以来の快挙となる。それに加えてステイヤーズミリオンを勝てたなら、確かに自信を持って私は最強ステイヤーですと自負できそうだ。

 逆に言えば、ヨーロッパで活躍できないと、高くついても『日本』最強のステイヤー止まり。1度きりの人生でそれは何だか悔しい。どうせなら誰も見たことのない高みに辿り着きたいと思うのは強欲だろうか。

 

「――と、言うことで。ステイヤーズミリオン制覇は夢でもあり、達成すべき目標でもある。天皇賞・春からのレースは負けられない戦いになることを覚悟していてほしい」

 

 とみおはそう区切って、何故か大きく溜め息をついた。先程の作業でそんなに疲れていたのかと首を傾げたが、どうやら理由は別にあるらしく――彼は視線を落としてぽつりぽつりと語り始めた。

 

「……まぁ、偉そうに講釈を垂れたわけだが、俺は君に比べると酷く未熟だ。アポロは否定するかもしれないけど、ドバイゴールドカップで自分の至らなさというものを嫌というほど痛感したよ。俺がもっとしっかりしていれば、少なくとも接触事故を起こさせるようなヘマはしなかった。自分で気づかないうちに油断してたんだろうな」

「そんなことは……」

「いや。外国の芝への適応と、別のところに気を取られていたのは事実だ。そこで、これからは細かな対策まで煮詰めていきたいと思う」

 

 きびきびとした動きでホワイトボードの文字を消し始めるとみお。彼がドバイゴールドカップの惜敗を気にしていたのは薄々察していたけど、こうして口にされると心臓がキュッと締められるような感覚になる。

 とみおは色々と指導してくれたし、実際にレースを走ったのは私だ。私からすれば、むしろ負けてごめんと謝りたいくらいなのに。

 

 だけど……世間から責められてしまうのは、私の指導者であるとみおの方だ。実際、ドバイでの敗北にとみおを名指した批判が来たこともある。

 勝てば称賛されるが、負ければ大切な人が批判される。ならば、やはり勝つしかない。私は夢の他にも色々なモノを背負って戦わなければならないのだ。

 

 そんな私の内心をつゆ知らず、とみおは白くなったボードに『勝利のためのラビット対策!』と書き上げて自信満々に白い歯を見せる。先程のしんみりした雰囲気が一変して、かなりの自信と期待が窺える表情。いったい何を考えているのだろう。ちょっと嫌な予感。

 

「これからヨーロッパのレースに挑むにあたり、逃げウマ娘のアポロには避けて通れない障害がある。それがこの『ラビット』と呼ばれるウマ娘達だ。……アポロは説明しなくても分かるよな?」

「平たく言えば、チームメイトを勝たせるためのペースメーカーだよね」

「その通り。日本との大きな違いだな」

 

 ラビット、もしくはラビットウマ娘。ヨーロッパで一般的に存在する()()()()逃げウマ娘のことだ。ドッグレースで先頭を走る兎が語源。ウマ娘のレースにおいては、先頭を走ってペースを支配し、後ろ脚質のチームメイトに有利な展開を作るウマ娘を指す。

 例えば、有力ウマ娘が差し・追込脚質にも関わらず、逃げが不在でスローペースになりそうな時は、当然先行のウマ娘が有利になってしまう。それを回避するため、ペースを上げることを目的として、有力ウマ娘のチームメイトがラビットとして出走することがあるのだ。

 反対に、逃げウマが多くペースが上がってしまいそうな場合にも、ペースを抑えるためにラビットを出走させる時もある。この場合は、ラビットウマ娘を早めに先頭に立たせて逃げを抑え込ませることで目的は達成される。

 

 全てのレースで()()なるわけではないが、スタミナ・ペース管理が重要になってくる長距離レースではラビットの存在を無視することはできないだろう。

 もちろん、日本でこんなことをすれば批判の的になってしまうが、ヨーロッパではチームメイトがラビットをするのは何の問題もない。そういうお国柄である。

 

「ラビットウマ娘は君を抜いてハナを奪おうと全力になって襲いかかってくるだろう。レースに勝つことじゃなく、ペースを操ってチームメイトを勝たせることが目的なんだからな」

 

 未だにラビットと呼ばれるウマ娘と戦ったことはないが、それこそシアトルチャーミングさんのように執念を持って立ち向かってくるはずだ。最悪なパターンなら経験したことがある。レース終盤に使うような圧倒的なパワーと加速力でもって横に並ばれ、余計なスタミナを消耗させられて――有力ウマ娘(カイフタラ)に差し切られる。シアトルチャーミングさんとカイフタラさんはチームメイトじゃないし、何ならシアトルさんもラビットではないけど……大舞台で似たような展開になってもおかしくない。

 仮にカイフタラさんとシアトルさんがラビットと有力ウマ娘の関係だったら、もっとヤバかった。それを考えると、ラビット対策をしないわけにはいかないだろう。

 

「正直なところ、逃げウマ娘とのハナ争いでスタミナを消耗して、負けの可能性を作ってしまうのはあまりにも勿体なさすぎる。――そこで俺は考えた!」

 

 とみおはそう言って、ペンを唇の上に乗せていた私に肉薄してくる。唇を突き出していた私は思わず仰け反って、ソファの背もたれまで吹っ飛んだ。

 

「理論上、同じ逃げウマ娘に邪魔されないような作戦があるんだ! 不利を受けずに有力ウマ娘達と真正面で戦うことのできる作戦――その名も! 大逃げを超えた唯一無二の逃げ、『超高速爆逃げ』だ!!」

 

 思わずずっこけそうになる。大真面目な顔をして、このトレーナーは何を言っているのか。……でも、私がカイフタラさんに勝つために考えていた作戦と似ている。ラビットを退け、単純な根性勝負に持ち込める作戦なんて、大逃げを超える超逃げくらいしかないのだ。

 

 しかし、大逃げを超える超逃げをしろだなんて簡単じゃない。今の大逃げスタイルでもいっぱいいっぱいだからこそ、厳しいトレーニングによる更なるレベルアップが必要だと思っていたのだけれど……とみおには何か別の考えがあるらしい。

 

「大逃げを超える超逃げを会得するため、講師を呼ぶことにした」

「講師?」

「そうだ」

 

 とみおはトレーナー室の扉の方をちらりと見つめる。釣られてそちらを見ると、曇りガラスの向こうにモザイクのような人影が映り込んでいるのが分かった。何より、曇りガラスを貫通して見える特徴的な2つの三角は、その講師がウマ娘であることを表していて。

 

「扉の向こうで待機してもらってるから、そろそろ入っ」

 

「はい!!! サクラバクシンオーです!!!!」

 

 ――私は再びソファの背もたれに向かって吹っ飛んだ。

 

 


 

 

 ステイヤーズミリオンの完全制覇の条件を改めて書いておきます。私も間違えそうになるので……。

 

 3月5週、G2・ドバイゴールドカップ

 4月4週、G3・ヴィンテージクロップステークス

 4月4週、G3・サガロステークス

 5月2週、G3・オーモンドステークス

 5月3週、G2・オレアンダーレネン賞

 5月4週、G2・ヨークシャーカップ

 5月4週、G2・ヴィコムテスヴィジェール賞

 6月1週、G3・ヘンリー2世ステークス

 6月1週、G2・ヴィコンテスヴィジエ賞

 

 これらの()()()()1()()()()に勝利しなければ、そもそもステイヤーズミリオンに挑戦することはできません。逆に言えば、上記の1レースに勝ちさえすれば挑戦権を得られます。

 そして、上記したレースに勝利したウマ娘が同一年の『6月4週G1ゴールドカップ→8月1週G1グッドウッドカップ→8月4週G2ロンズデールカップ』の全てに勝利すると、ステイヤーズミリオン完全制覇となります。

 

 間違えやすいのが、英国長距離三冠の対象レースが『ゴールドカップ』、『グッドウッドカップ』、そして『G2・()()()()()()()()()』であることです。

 ロンズデールカップは8月4週、ドンカスターカップは9月2週に開催されるのですが、ステイヤーズミリオンに挑戦しつつ長距離三冠を狙うとなると、ローテーションが厳しくなってしまいます。また、ドンカスターカップの翌週にはG1・アイルランドセントレジャーが開催されるため、ステイヤーズミリオン設立によって英国長距離三冠を狙う価値は低下してしまったとも言えますね。

 

 ステイヤーズミリオン連呼しすぎだろ……と思ったら、SM(ステイヤーズミリオン)、SM表記にします。そこは気分で。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。