ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい   作:へぶん99

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107話:フランスでも私の可愛さは絶対的ってワケ

 

 ――フランスのパリから車で1時間程度離れた場所にある、優美なレース場・シャンティイ。フランスで最も歴史が深く、世界一美しいレース場とも言われる場所だ。

 そのレース場の近くの森の中には、日本のトレセン学園に負けないくらい大きな学園が構えている。通称シャンティイ・トレセン学園。これからの半年間、私はこのトレセン学園に籍を置くことになった。広いヨーロッパでこの場所を選んだ理由は色々とあるが、大きな理由を占めるのはエルちゃんやカイフタラさんがここにいるからだ。エンゼリーちゃんもいるので、交友関係的にもシャンティイ以上の場所はないと思う。

 

 飛行機に乗ってフランスのパリ=シャルル・ド・ゴール空港に到着した私達は、ヨーロッパの風を感じて感傷に浸った。大部分の荷物は既にシャンティイのトレセン学園へ送っていたので、小さなバッグだけを抱えて空港内を歩く。

 

「ふぅ〜……やっと着いた」

「時差ボケは大丈夫か?」

「寝てたから多分オッケー」

「そうか。じゃ、行くぞ」

「ん」

「あ、そうだ。マスコミの人達は俺が捌くから、アポロは堂々としててね」

「りょ〜かい」

 

 そうして会話をしているうちに、報道陣らしき大人達と目が合う。すると、彼らはフランス語で何かを口走りながらこちらへと殺到してきた。カメラマンとリポーターを合わせてその数は20名を超えていて、瞬く間に周囲が暑苦しくなる。

 フランスのメディアだけじゃなくて、ドイツとかイギリスのメディアもいるのだろう、多彩な言語が私に浴びせられることになった。とみおはフランス語やドイツ語も喋れるから、翻訳は彼に任せておこう。

 

 とみおが対応に追われる中、度々聞こえてくる『三強』『長距離三強』という単語。耳をピンと反り返らせて、あちこちから名詞を拾ってきて質問内容を予想する。ステイヤーズミリオンという言葉が聞こえたところで、マスコミの質問内容は大体予想できた。その答え合わせをするように、とみおが翻訳結果を耳打ちしてくれる。

 

「『今年のステイヤーズミリオンは異例の盛り上がりを見せている。長距離三強の一員としての心持ちを教えてくれ』ってさ」

「……英語で答えたらいいかな」

「お好きにどうぞ」

 

 私は前に出て、辺りを軽く見渡した。ジャパンカップに出走するために来日した大物なんかは、空港にやってきた時点でカメラのレンズに曝されていた。そういう過去の例から考えるに、恐らく私の来仏も生放送されているのだろう。大きな目のようなレンズに囲まれ、僅かな緊張感に苛まれながら、私は質問に答えていった。

 

「ステイヤーズミリオン完全制覇以外は見えてません。カイフタラさんには必ずやり返したいですし、エンゼリーちゃんにも負ける気はありません」

 

 ワオ、という声がどこかから漏れる。マジかよコイツ、という表情の記者が多数である。日本のウマ娘が欧州のクラシックディスタンス以上のG1を制した例が少ないというのもあってか、微妙な顔をしている人がほとんどだった。

 

 現在欧州長距離界で三強と言われているのは、前年の欧州長距離チャンピオンたるカイフタラ、G1含むレースを連勝中のエンゼリー、そして3000メートル級レースで世界レコードを2度記録しているアポロレインボウこと私である。

 言外に日本代表のステイヤーという看板を背負わされているのは明白で、極東の島国からやってきた私を値踏みするかのような視線があるのは紛れもない事実だった。ヨーロッパの人達からすれば、日本はよく分からない国なのだろう。そのよく分からない国のトゥインクル・シリーズからやってきた変なウマ娘……という印象が彼らの顔にそのまま現れている、気がする。

 

 下手な言動が放送されれば、日本のイメージを悪くしてしまうだろう。適度な謙虚さを持ちつつ、敬意と礼儀をもって接することが大切である。英語が完璧に話せるわけではないので、慣れない皮肉や棘のある発言は絶対に避けるべきだ。長距離界隈を盛り上げていきたいなら尚更。少しでも困ったら、とみおを頼るか、一呼吸置いて冷静になることが大切だろう。

 ……それはそれとして、好き勝手に発言して私の魅力を振り撒いて、この放送を見ているヨーロッパ中の男を魅了してやりたくもある。だって私、世界レベルで可愛いし……可愛く生まれたなら、誰もに好かれたいと思うのは当然のことでしょ? 世界中の人に愛された上で、ただひとりの男に愛を捧げるのも背徳感があって中々良い…………良くない?

 

「『2400メートルのG1に挑む予定はあるんですか』ってさ。キングジョージや凱旋門賞に出ないことは既に伝えてたと思うんだけど……どうやら懐疑的みたいだ」

「行けるとしても来年以降になるよね」

「そうだな」

「長距離の方が得意なので、あまり考えていません!」

 

 まぁ、今後海外でのメディア対応に慣れてきたら、私の素をたっぷり出す時間はあるだろう。そこまでは没個性的でオッケーだ。何なら、今は微笑んでるだけでトレーナーに全部任せても良かったと思う。私可愛いから、黙ってても絵になるし。

 

 こうしてシャルル・ド・ゴール空港で現地メディアの出迎えに応えつつ、所定の時間以上の追撃をタクシーで振り切ってきた私達は、鬱蒼としたシャンティイの森の前で車を下りた。

 フランスは日本と比べると何もかもが違っていたけど、芝の匂いだけは変わらなかった。苦いような、青いような、土に混じった緑の香り。懐かしい独特の匂いに導かれて、私達は森の中のトレセン学園を目指す。

 

 森の中の暗がりのあちこちから、ウマ娘のものと思われる蹄鉄の音が聞こえてくる。大自然の中にそのまま造られたトレーニングコースがあるらしく、そこらに立つ大樹の幹の太さが森の深さとフランスのトゥインクル・シリーズの歴史を物語っているようだ。

 シャンティイの街は、フランスだけでなくヨーロッパ全土を見渡してもトップレベルのウマ娘とトレーナーが集約する中心地であり、さしずめフランスのトゥインクル・シリーズの総本山と言うべき特別な場所となっている。森に入った先程から感じる僅かな肌の痛みは、レース前のウマ娘を目の当たりにするような闘志の塊に似ている。

 

 やっとシャンティイのトレセン学園の校舎が見えてきて、私は何とも言えない高揚感に駆られた。後ろに着いてきていたとみおが息を切らしており、知らぬ間に早歩きになっていたことに気付く。抑えられない緊張と興奮。私はとみおの手を引きながら、校舎に入ろうと正門を潜ったところで――

 

「こんにちは、アポロレインボウさん」

 

 ふわふわした雰囲気のウマ娘に呼び止められた。声質はメジロブライトさんに似ているようで、少し違う。常に穏やかな笑顔を湛えているのがブライトさんなら、このウマ娘は心の底を双眸で見透かしてくるような……それでいて、全てを許してくれるような、そんな不思議な感覚のあるウマ娘だった。

 しかし、本能が只者ではないと察知している。わざわざ私を出迎えてくれる――つまり生徒会的や寮長的な役回りのウマ娘であるなら、それなりの実績を持っているものだからね。日本で言うところのフジキセキ・ヒシアマゾン寮長のような保護者的存在かつ、シンボリルドルフに匹敵する存在と見た。

 

 ……ただ、ひとつ気になることがあって。

 

「フランス語喋れなくて……英語でも構いませんか?」

「良いですわよ〜」

「……えと。お隣にいらっしゃるその羊さんは、いったい……」

「わたくしの大親友ですわ〜」

「は、はあ……」

 

 鹿毛のウマ娘の隣には、まさに健康体と言うべき肉付きの良い羊がいたのである。彼女がリードを引いているわけでもないのに、その羊はじっと鹿毛のウマ娘に寄り添っているではないか。動物と仲の良さそうな様子を見て、何となくメイショウドトウちゃんの姿が脳裏を過ぎった。

 それにしても……『フランス』『恐らく輝かしい成績を残した競走馬』『羊』に関連するであろうこの子は誰なのだろう。私が彼女のことを知らないのは失礼に当たるかもしれないし、慎重にならざるを得ない。

 結局探り探りで名前を窺うことにしたわけだが、彼女の名前を聞いた私は度肝を抜かれてしまった。

 

「あ、改めましてこんにちは……アポロレインボウです。その、あなたは案内役の方ですか? それともシャンティイ・トレセン学園の生徒会か何かで……?」

「あぁ、自己紹介が遅れましたわね。わたくしは生徒会副会長のアレフランスという者ですわ〜」

「……っ!!? あ、アレフランス……!?」

 

 アレフランスと言えば、凱旋門賞など仏国の大レースを次々に制覇し、『ロンシャンの女王』と呼ばれた20世紀ヨーロッパ競馬を代表する名牝中の名牝だ。逆にこの世界に実在していたのかというレベルの存在だから、腰が抜けそうになる。あの名馬の化身と言ってもいいだろうアレフランスさんに、私は自然と握手を求めていた。

 

「ぜ、前世からファンでした……お写真撮ってもよろしいですか?」

「あら〜?」

 

 柔らかなおててを握らせて貰いながら、私はあることに気付く。もしかすると、このトレセンには海外の名馬がウマ娘になって集まっているのではなかろうか、と。当たり前のことだが、逆に当たり前すぎて忘れていた。

 実際、エンゼリーちゃんやカイフタラさんは世紀末に走っていた競走馬だ。モンジューちゃんとか普通に在籍してるだろうし、その他にも考えれば考えるほど名馬の名前が頭の中にポンポンと浮かんでくる。そもそもウマ娘化していた日本の競走馬達も間違いなく名馬揃いではあったのだが、新鮮味が違うというか何と言うか――

 

 果たして、私の心臓は持つのだろうか。私は変な緊張感を今更覚えながら、スカートの裾で手汗を拭いた。ちなみに制服のデザインは若干異なるが、基本的には同じである。

 

「それで、先程生徒会の副会長と聞いたのが間違いでなければ……生徒会の会長もいらっしゃるんで?」

「シーバードおねえさ……生徒会長は今外しておりまして……申し訳ありません〜」

 

 え? シーバードお姉様?

 耳に入ってきた次なるビッグネームに背筋が凍るほどの戦慄をしつつ、私はとみおに背中を押されてトレセン学園の案内を受けることになった。羊と一緒に。

 

 基本的にシャンティイのトレセン学園は日本の作りと同じ――日本がトレセン学園を作る時にここを真似たのかもしれない――で、途中トレーナー棟と私達の新たなトレーナー室が紹介された。件の部屋は扉が開かれた瞬間軽く埃が舞う程度の状態であったが、部屋がないよりは大分マシな待遇と言えるだろう。

 この部屋は代々倉庫件トレーナー室として扱われてきたようで、長期滞在する海外勢(私達)のためにわざわざ場所を空けてくれたみたい。ともあれ、こちらに来て初めにやることは部屋の大掃除になりそうだ。

 

「続いては教室などの施設を紹介しますわね〜」

 

 私が通うことになるクラスや、実験室・家庭科室などの特別教室の場所を教えてくれるアレフランスさん。とみおはトレーナー室に届けられていた荷物を纏めると言って去っていったので、私とアレフランスさんは2人きりで校舎内を巡ることになった。

 施設を巡る間、私はアレフランスさんに質問をしまくった。このトレセンに在籍するウマ娘やトレーナーは何人か、授業とトレーニングの配分はどれくらいか、屋内外のトレーニング施設はどこにあるのか……などなど。天皇賞が終わってからゴタゴタしていたため、頭に入れる時間が全くなかったのである。

 

 そんな私にもアレフランスさんは丁寧に、かつゆっくりとシャンティイ・トレセン学園の仕組みを教えてくれた。そして施設案内を終える頃には、すっかりシャンティイ・トレセン学園に詳しくなった……ような気がした。

 

「アレフランスさん、ありがとうございました!」

「生徒会の役目ですから〜。それでは、ごきげんよう」

 

 森の中に校舎が聳えているとあって、トラックコースは丘をそのまま切り抜いたような性質で、日本に比べて芝がボーボーに思えてしまう程だった。隅っこの方を軽く走らせてもらったところ、まず日本に比べて土が柔らかいことに驚いた。土を蹴って一気に加速するのは難しそうだし、日本やアメリカのようなスピードの出るレースは望むべくもない。そりゃこんなターフで走ってたら走法も変わるだろう。とにかく、全力疾走するのは日本よりも体力を使わされそうな印象を受けた。

 早いところ重い芝に慣れなければならないな。適性自体はあるだろうけど、雨で重場になったらどうしても上手く走れなさそうだ。重場の鬼と噂のカイフタラさんとは対照的だが、勝負は実力と運が噛み合って決着されるもの。そこは祈るのみ……か。

 

 私は真新しい制服に身を包みながら、トレーナー室に向かって校舎内を小走りで駆け抜ける。その最中、すれ違うウマ娘達が私に目を奪われて振り向いてくる。

 

「あの子誰?」

「可愛い子だね」

「もしかして日本から来た……」

 

 最近の私は、肉体的にも容姿的にもべらぼうに成長している。特に見た目はゆるふわ天使と言ってもいいレベルで可愛くなった。ブライトさんやアレフランスさんのような『本物』のゆるふわ族には内面的な意味で敵わないが、私には私の良さがあるのでオッケーだ。

 上手くやっていけそうな嬉しい予感を感じつつ、廊下を走って曲がり角に差し掛かる。角をカーブしようとした瞬間、向こう側から声が聞こえた気がして急ブレーキをかけたが――時すでに遅し。反対方向から曲がってきた鹿毛のウマ娘が目に入った。お互いに小走りだったらしく、速度を落としても間に合わない。

 

「ちょっ!? あぶな――」

「うぷっ!?」

 

 瞳を閉じて衝撃に備えていると、鼻っ面から柔らかな感触に包まれた。視界が暗闇に落ち、いきなり呼吸ができなくなって慌てていると、両肩を掴まれて引き剥がされた。……どうやら相手方の胸にダイブしてしまったらしい。高速でバックステップすると同時に爆速で頭を下げる。

 

「ご、ごめんなさいっ! 私、前をよく見てなくて!」

「いや、こっちも不注意だったから全然いいよ〜…………って、え? あなたアポロレインボウちゃんじゃない?」

「え、どうして私の名前を――」

 

 名前を知られていたことに驚いて顔を上げると、当然相手と目が合う。私と同じくらいの身長。深めの鹿毛をロングヘアーにしており、耳には派手なピアスが空けられている。頬には天使の羽を模したシールが貼られていて、私はそれを見て彼女の正体に思い至る。

 

「もしかして……エンゼリーちゃん?」

「あったり〜!」

 

 彼女の名はエンゼリー。勝負服を着た際の凛々しい印象と異なっていたため、判別が遅れてしまった。彼女は現在レースを6連勝、G1含む重賞を3連勝中のステイヤーだ。彼女のことはもちろん知っていたが、対面するのは今日が初めてだ。

 

「うんうん、やっぱり本物は可愛いな〜!」

 

 ……そう、初対面。初対面だよね? それにしてはちょっと近すぎやしないか。

 エンゼリーちゃんは()()()()のような目を輝かせ、目と鼻の先の距離までぐいぐいと近づいてくる。あまりにも近距離なので一歩引こうとすると、背中に彼女の手が回って更に引き寄せられ――エンゼリーちゃんの豊満な身体に抱き締められてしまった。再び窒息の危機に見舞われ、彼女の胸の中でもがく。

 

「やっば! ほんとに妖精さんみたい! 写真撮ろ!? あ、今からウチとパフェ食べに行かん!? 良い店知ってるんだ!」

「もごもご〜!」

 

 ちょっ、どれだけ力を入れても全然拘束が解けない! 何だこのパワー!? 私もめっちゃ鍛えてるのに――!

 胸の柔らかさと彼女の強靭な膂力に喘ぎながら抵抗していると、私の背後から聞き覚えのある低い声が飛んできた。

 

「おい、エンゼリー。やめてやれ」

「あ、カイフタラちゃん」

「ぷはっ! か、カイフタラさん!?」

 

 腹の底を震わせるような低い声。黄金の瞳。奔放に伸びた鹿毛のポニーテールと尻尾。屈強な肉体を蓄えたそのウマ娘は、腕を組んで私を睨んでいた。侮蔑、哀れみ、もどかしさと嬉しさの混じった微妙な表情を一瞬だけ見せたかと思うと、彼女は鼻を鳴らして皮肉たっぷりに嗤う。

 

「お前、結局来たんだな。このヨーロッパに」

「……はい。ドバイの借り、必ず返させてもらいますから」

「……フン。バカなヤツだ」

 

 くつくつと笑うカイフタラさん。もちろん瞳は死んだように濁った金色だ。現状を言伝でしか知らない私は反論すら許されない。だけど、私は世界に対して希望を持っている。きっと私達の違いは希望を持てているか否かだ。

 私は希望を持っている。このヨーロッパにも、あなたにも。むしろ逆だ。雪の結晶の意味を知っているはずのカイフタラさん(あなた)を逃がすつもりはない。意識的だろうと、無意識だろうと、私の根幹に関わる何かを持っているのは間違いないのだから。

 

 私は何も言わなかったが、彼女に視線で対抗する。頭ひとつ高い所から見下ろしてくるカイフタラさんは、少し苛立っているようだった。そんな私と彼女の間に不穏なものを感じたのか、慌てて割って入ってきたエンゼリーちゃんが間を取り持つ。

 

「ちょっとカイフタラちゃん、そんなこと言わなくてもいーじゃん! ルモスさん達が頑張ってくれてるんだから! アポロちゃんも! ね! この人こういう所あるからさ! 許してやってよ!」

「エンゼリー、お前はいちいち癇に障ることを言うな」

「毎度毎度カイフタラちゃんが皮肉屋すぎるの! ライバルである前に友達なんだから、ほら握手して仲直りしよ?」

 

 体格で言えばカイフタラさんよりも一回り小さな彼女だが、気迫では全く引けを取らない。有無を言わさない威圧感を溢れさせながらカイフタラさんに向かっていった彼女だが、相手が悪すぎた。

 エンゼリーちゃんのオーラを軽くあしらったカイフタラさんは、舌打ちしながらこの場を去っていく。私が差し出した手は宙ぶらりんになったままだった。

 

「こら、カイフタラちゃーん!」

「…………」

 

 怒りは感じなかった。何故なら、私はカイフタラさんが悪い人だとは思っていないから。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という気持ちをひしひしと感じるばかりである。

 固まったままの私に「マジでごめんね〜」と謝るエンゼリーちゃん。怒られた子犬のように尻尾と耳を垂れさせ、差し出した手を取って埋め合わせのように握ってきた。

 

 エンゼリーちゃんが謝ることじゃない、と言うと、彼女はこんなことを言った。

 

「カイフタラちゃんにも可愛いところはあるんだけどね〜……。猫ちゃんが好きなところとか、姉妹想いなところとか。ああやって憎まれ口叩いてるけど、やっぱ大切な友達だし? どうせなら仲良くなったウチらで長距離界を盛り上げていきたいじゃんね!」

 

 明るい子だな、と思った。エンゼリー……ターフで見せる走りのように、彼女の性格もまた爽やかなものだと知れてよかった。

 

「エンゼリーちゃん、ありがとね」

「え、何が?」

「ううん、こっちの話」

「んぇ?」

「あはは、何でもないって」

 

 私は踵を返して、つま先を新トレーナー室に向けて固定する。エンゼリーちゃんも解散の気配を察したのか、元々向かっていた方向に向かってゆっくりと歩き始めた。

 

「それじゃ、またね! 会えてよかったよ!」

「おう! ウチも生アポロちゃん見れてマジ幸せだったぜ! 今度マジでパフェ食べに行こうね!!」

「りょーかい!」

「それと、もうひとつ追加なんだけど!」

「うん、何?」

「仲良しになりたいのは本当だけど――ターフの上では負けないからね! そんじゃ!」

 

 八重歯を見せて、にかっと笑うエンゼリーちゃん。呆気に取られていると、彼女はあっという間に廊下の奥へと走り去ってしまった。最後に見たエンゼリーちゃんの横顔。向こう向きになっていく彼女の双眸はあまりにも鋭く、間違いなく勝負師の眼光を宿していて――寒気を感じるほどにゾクゾクした。

 それと同時に、カイフタラさんに目を奪われすぎていた自分を恥じる。エンゼリーというウマ娘をどこか低く見ていたのかもしれない。あんなに真っ直ぐで気持ちの良いウマ娘がどんなレースをしてくるのか――楽しみだ。

 

「……んふ」

 

 私は誰もいなくなった廊下を歩き、そのまま新トレーナー室の扉を開いた。とみおが荷物を持ち上げながら「すまん、手伝ってくれ!」と悲鳴を上げている。

 

「も〜、しょうがないなぁ! とみおは私がいないとダメなんだから!」

 

 久々に感じる獰猛な闘争心を影に隠しながら、私はとみおの傍に駆け寄った。

 

 

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