ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい   作:へぶん99

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110話:いざヨークシャーカップへ!

 

 私の次走はイギリスのヨークレース場で行われるG2・ヨークシャーカップ。ヨークレース場はイギリスにあるため、私達は飛行機に乗ってフランスのシャンティイから海の向こうのイギリスに渡った。

 

「せっかくシャンティイのトレセンにも慣れてきたところだったのにな……」

 

 カイフタラさん達と更に仲良くなれそうかも、という時に1週間のイギリス遠征。私の本分がレースなのは間違いないけど、もうちょっとみんなと一緒にいたかったなあ。

 私は携帯デバイスを取り出して、隣の席で眠りにつくトレーナーを内カメラのフレームに収めてツーショットを撮影する。そのまま納得のいく写真を何枚か撮った後、私は彼の肩に寄りかかって仮眠を取ることにした。

 

 日本から見ればイギリスもフランスも同じ“ヨーロッパ”という括りだが、実際にはひとつひとつの国に分かれているし、レース場ごとの移動は大体飛行機が必須である。日本と比べてもレース場ごとの移動距離が尋常じゃなく長い上、同じレース場で何度も走らなければならないということが少ないからだ。

 

 ヨークレース場はイングランド北部のノースヨークシャー州ヨークに存在する。首都ロンドンから300キロメートルほど北上した所にあり、ウーズ川岸の湿地に作られたという歴史がある。川のほとりにあるため、しょっちゅう洪水が起きてレース場や付近の街が冠水するとかしないとか。

 

 飛行機から降りた後は数時間電車に揺られ、やっとのことでヨーク市内に到着した。日本の地方都市か、それ以下の規模の小さな街。それもそのはず、ヨークの人口は20万人程度。シャンティイの規模は人口1万人前後なので、あそこよりは大きな街ではあるが……関東都市圏に住んでいると感覚がおかしくなる。

 歴史的価値のある街だが、それ故に新たな高層ビルなどを建設しにくかったのだろうか。細かいことは分からないが、とにかく小ぢんまりとしていて落ち着く街だった。

 

 とりあえずホテルで一泊してから、私達は現地に入ってレース場の芝状態を確かめることにした。

 海外のホテルとはいえ特に面白いところなんて無いから、普通に身体を休めつつミーティングなんかを行っていたのだけど……ヨークに到着したその夜、ルモスさんからこんなメッセージが届いた。

 

『アポロ! 今ヨークに居るよね! ちょうど今そっちに行く予定ができたんだ! ダブルトリガーもいるから明日会おうよ!』

 

 相も変わらずテンションが高いルモスさん。私は「明日はヨークレース場に下見に行って、メディアのインタビューに答えてからトレーニングです」と答える。スポッという音がしてメッセージが送信されると、相手側に「…」アイコンが表示されて待ち時間が生まれた。

 手持ち無沙汰な私がベッドの上で足をパタパタとさせていると、とみおが私の隣に腰を下ろしてきた。

 

「アポロ、何してるの?」

「ルモスさんとメッセ〜」

「へぇ、2人とも本当に仲がいいんだね」

「うん! ルモスさんもダブルトリガーさんも、みんな大好き!」

 

 ベッドの上を転がりながら彼に微笑みかけると、とみおは頬を掻いて居心地の悪そうな表情になった。布の上にしなだれかかった艶やかな芦毛に数度目をやって、何かを誤魔化すように咳払いする。

 

「……もう夜が耽けてきたから、メッセージのやり取りは程々にして自分の部屋で寝なさい」

「え〜やだ〜! とみおと一緒のベッドで寝た〜い」

「ダメ。何のために2部屋あるホテルを取ったと思ってるの」

「え〜ん」

「え〜んじゃありません。ほら寝るよ」

 

 軽い調子のやり取りだったけど、私は彼の意志の固さを思い知っていた。「俺」が言う通り、とみおは私と一線を引こうとしている。どれだけ背伸びしようとも、私は子供でとみおは大人。その事実が変わらない以上、とみおが私にアタックをしてくることはないのだ。ナチュラルな行動で照れさせてくることはあるけど、それ以上のことは特に起きないし……。

 

 何と言うか、もどかしい。だって、今の反応見た? お風呂上がりの私を見て変な反応してたじゃん。私に見惚れてたんじゃないの? 絶対私のこと好きじゃん。それなのに今の関係以上が望めないのは、乙女の心を生殺しにしていると言ってもいい暴挙である。

 「俺」が私の暴走気味の思考を食い止めようとするが、力技で抑え込んだ。……「俺」がなぜ引き止めたか、その理由は分かっている。とみおは大人で、保護者としての責任があるのだ。たとえ身体がもっと成熟していたとしても、彼は私を保護すべき子供として扱い、その上で今のような心地よい関係を構築してくれただろう。とみおの大人としての接し方があったからこそ私は彼を信頼できたし、ある意味安心して恋心を抱けていると言ってもいい。それが寂しくもあるけれど、彼が未成年に手を出すような大人だったら多分惚れてない。

 

 ()()()()()()()()()()()()からこそ揶揄えるし、優しく拒絶されるからこそめいいっぱい甘えることができる。私の恋心を受け止めた上で、誠実に接してくれるから今の関係があるのだ。

 ……ここまで考えてみて分かった。この恋は勝ち戦ってやつなのかもしれない。だって、私は彼のことが好きで、彼も多分私のことが好きだからこそ()()()()扱ってくれている。それってつまり、両思いってことじゃない? ……違うかな。……まぁこの思い込みが合ってたとしても、恋のレースで常にかかり気味な私は、脳内で思い描いた打算的行動なんてできないんだろうけど。

 

「……抱っこして」

「ひとりで行けるでしょ?」

「……ん〜」

 

 私は枕に鼻先を埋め、イヤイヤと首を振ってみる。こうやってめんどくさい行動をして、彼の気を引こうとするのが関の山。恋愛弱者たる私は、()()()異性の心を弄ぶことができないのである。

 とみおはノートパソコンを閉じて、ベッドの上でバタバタと暴れる私に接近してくる。期待するような目で彼を見上げると、彼は隣の部屋に繋がる扉を指差して微笑んでいた。つまるところ、口には出さないが内心『自分で行けや』と呆れ返っていた。

 

「やだやだやだ! 最近全然甘えさせてくれないじゃん! ケチ! あほ! 優男! 抱っこしてよ抱っこ〜!」

 

 私が大人であれば、こんな子供っぽい行動なんてしないだろう。逆説的に、彼が私を子供として扱う理由がハッキリと分かってしまう。

 ともあれ、私の“駄々こね”が功を奏したのか、彼はベッドに腰掛けて「はい」と両手を広げた。

 

「しょうがないな……ほら、おいで」

「っ……」

 

 好きな人に「おいで」って言われるの、ヤバくない? 反則じゃない? 無限に甘えたくなってしまう。抱っこしてもらって、隣の部屋のベッドまで運んでもらうだけなのに、心臓の高鳴りが止まらなくなってしまう。先程の威勢は吹き飛んで、髪先を弄りながら「あ、えっと……よろしくお願いします」と言って俯いてしまう私。パジャマという格好も相まってか、全身がふわふわとした浮遊感に包まれていた。

 身体を前傾させてきた彼の首に手をかけ、そのまま腕を回して急接近。太ももの裏と腋の辺りに彼の手が差し込まれたのを合図に、私は軽々と持ち上げられてしまった。

 

「わ、わ!」

 

 …………お姫様抱っこ!!!! あれ、前にやってもらったことあったっけ? とにかくヤバい! 凄い! 恥ずかしい! あ、割と酔うかも。

 驚きと歓喜の声を上げながら、たった数メートルのお姫様抱っこに酔いしれる。私の全質量が彼の両手に支えられている――そう思うだけで、何か背徳的な感情が湧き上がるのを感じた。

 

「アポロ、扉開けて」

「は、は〜い」

 

 彼にとってみれば、私は小さな存在なのだろう。それこそ両手で持ち上げられるくらいの女の子。……でも、自意識過剰かもしれないけど、アポロレインボウというウマ娘はとみおの心の中で相当の存在感を発揮していると思う。そうでなければ、たかが担当ウマ娘のために()()()()粉骨砕身の献身をしてくれないはずだ。

 私は左手で彼の首根っこに手をかけ、ベッドに運ばれつつも、右手で彼の頬を引き寄せて視線を独り占めする。ぐつぐつと煮え滾っていく熱い想い。その双眸と視線を通わせる度に、瞬きをした彼の虹彩が揺れ動く度に、背中と脚裏に回された大きな手が柔肌を撫でる度に、ヨークシャーカップに向けた想いと恋心が膨れ上がっていく。

 

「ねぇ、とみお」

「ん?」

「私、()()かな?」

「軽いけど、まあ重いよね」

「……それってどういう意味?」

「色んな意味で」

「え〜?」

 

 数メートルの“お姫様抱っこ区間”はすぐに終わった。彼が私の身体をベッドに横たえ、後頭部に手を携えながら枕を差し込んでくれる。そのまま彼が前髪の辺りを指先で撫でてくると、「おやすみ」と言って彼は部屋の電気を消そうとリモコンに手を伸ばした。

 

 ――軽いイタズラのつもりだった。彼の手を掴み、とみおの身体を引き寄せてみる。すると、意図せぬ方向に彼の身体が傾いて――私の上に倒れ込むように覆い被さってきた。

 知らないうちに強烈な力を発揮してしまったのだろうか。彼の両腕が私の顔の隣に突っ立てられ、至近距離で見合う形になる。私が下で、彼が上。勢いを殺しきれなかったせいか、寝巻きの薄布を通して2人の体温が密着して溶け合っている。どちらのものとも分からない心臓の音が早鐘を打った。

 

「…………」

「…………」

 

 とみおの喉仏が上下に動く。彼の視線があちこちに向けられる。私の耳を、私の口元を、首筋を、鎖骨を――私の勘違いでなければ、一瞬だけ捉えて、すぐに逸らされる。

 ……何なのだ、この状況は。動けない。ドキドキが止まらない。両手を胸の前で重ね合わせて、彼の顔を見ることしかできない。さすがに色んな意味でまずい。いや、とみおなら大丈夫。鋼の意思を持ち合わせる彼なら、間違いなんてきっと起きないはずだ。

 

 期待しているのかしていないのか自分でも分からないまま、私ととみおは永遠のような十秒を見合って過ごした。はっと息を吐いた彼が慌てたように私の上から退いて、特に何も起きないまま事故は終わる。

 

「…………」

「…………」

 

 しばらく動けなかった。背中の辺りにびっしょりと汗を掻いてしまい、頬から胸にかけてを燃えるような熱に襲われていた。とみおは頭の後ろの辺りを居心地悪そうに掻いてから、小さな声で「お、おやすみアポロ……」と零して隣の部屋に帰っていった。

 

「う、うん……おやすみ、とみお……」

 

 トレーナーの身体、とっても大きかった。ガッシリしていて、腕も太くて……とてつもなくドキドキした。単純な力比べをすればウマ娘が勝つのだが、逞しい男性的な身体に心臓の高鳴りが止まらなくなっていた。

 そんな中、ポケットに入れた携帯デバイスから、スポッという間抜けな音が響く。眠気などとうに吹き飛んでいたので、私はベッドから起き上がって椅子に腰掛けた。ルモスさんからのメッセージだった。

 

『ダンテ・フェスティバルも開催されるし、色々と喋りたいこともあるから会おうよ! 現地で朝の7時からウロついてるから、レース場に到着したらメッセージを送るか声をかけるかしてね!』

「りょうかいで〜す」

 

 メッセージを飛ばした後、私はアプリを落としてカメラ機能を立ち上げる。内カメラにした画面で自分の顔を確認すると、とんでもなく()()()()ウマ娘がそこにいた。

 口元は緩み、瞳は潤み、頬は紅潮していて……自分で自分の顔を見られないくらい恥ずかしくなってしまった。あれだけ「抱っこして」だの「一緒に寝よう」だの軽口を叩いておいて、ちょっと事故ったら一気にヘタレて動けなくなってしまう。私はチキンウマ娘だ。ばか。あほ。いくじなし。……結局、とみおは大人だから責任が〜とか考えておいて、つまり()()()()()()()()()()()()()()()という態度を取っておいて、私は彼にチューする勇気すらないのだ。

 お姫様抱っこしてもらった時だって、押し倒されそうになった時だって、唇を軽く突き出せばキスできた。やっぱり私、口だけのウマ娘だ。…………くそぅ。

 

「……はぁ」

 

 恋もレースも全力で挑む。それがアポロレインボウというウマ娘の強さの原動力である。しかし、恋に関してはあまりにも決定力に欠けているため、将来的には苦労するだろうな――なんて他人事に思うのだった。

 

 

 後日、思いのほか爆睡できた私は、早朝のランニングを終えた後ヨークレース場に向かうことになった。ヨークシャーカップに向けたインタビューを受けるのはお昼なので、それまではレース場の下見とルモスさん達への挨拶をする予定だ。

 

「あ……」

「ん、おはようアポロ。昨日はよく眠れた?」

「良いベッドだったから爆睡しちゃった」

「分かる。日本に帰ったらデカいベッド買おうかな」

 

 ランニングから帰ってくると、熟睡していたとみおがやっと起きた。昨日の例の一件には触れないで挨拶を交わしつつ、私達は朝の8時にヨークレース場に向かった。

 ヨークレース場に到着すると、超がつく広大な草原と、まさしくヨーロッパ風味のスタンド(建物)が私達を出迎えてくれる。日本のレース場も十分広いけど、自然の地形そのままをコースにしているヨーロッパのレース場は更に広く感じる。ヨーロッパに楕円形のコースが少ないというのも、その感覚を後押ししているのだろう。

 広々とした入口やスタンドを抜けて、関係者の方達に挨拶をしながらターフに足を踏み入れる。巨大かつ洋風なスタンドがホームストレッチの一部分に跨っていたが、更に長大な直線やコースは地平線の向こうまで広がっていた。

 

 それもそのはず、ヨークレース場の最終直線は約1000メートル。つまり1キロメートル。日本のレース場とは比べ物にならないくらい長いため、スタンドが小さく見えてしまうだけなのだ。

 更に、周囲の風景に山やビルがないせいか――詳しく言うと、日本で慣れ親しんだ電光掲示板ではなくモニターしか存在しないためか――妙に違和感を感じる。周囲にあるのは自然的に生えた木々や、グッズ売り・観戦所として立てられた小規模な建物やパラソルだけ。上空を遮る障害物が無くて、空が私に向かって下りてきているみたいだった。どこまでも続く芝の緑と青い空。地平線で2つの色が見事に溶け合って、遠い昔に原っぱを駆け回った時の記憶が想起された。

 

「良いところじゃん、ヨークレース場」

 

 芝の重さはドバイと同じか、ドバイよりちょっと重い程度。コーナーはちょっと歪で、大小様々なコーナーの曲がり角度が存在する。内ラチは機械じゃなくて人の手で立ててるんだろうなって感じで、遠目に見ると割とガタガタである。

 とみおはコースの下見をしてくると言って、既に1周3200メートルの旅路に出かけてしまった。スタッフさんが車を出しましょうかと言っていたのだが、とみおは肉眼かつ至近距離で確認しないと意味が無いと言って、引き込み線や経済コースや大外側のコースなど、ありとあらゆる場所を徒歩で回ってくるらしい。ヒトの歩行速度はウマ娘の走行速度に比べると非常に遅い上、コースの状態を隅々まで確認すると言っていたので、多分チェックだけで数時間は掛かるだろうなぁ。

 

 とみおと別れた私は、ヨークシャーカップの予行練習をしていた。軽いランニング程度の速さでコースを走り、ヨークレース場が大体どんな感じなのかを把握するためだ。

 本番レースは左回りの2800メートル。スタート地点は向正面の行き止まりからで、大小様々なコーナーを3回程度回ってゴールインだ。ヨーロッパの中では割と日本に近い楕円形のコースだけど、それでも慣れない要素があるのは明白。今日から始まる現地の準備期間で結果が変わってもおかしくはない。

 

「ふっ、ふっ」

 

 ヨークシャーカップの本番コースを何度か走り、感覚を掴んでいく。周囲が平坦な地形なため、向正面の引き込み線から見たスタンドはやけに目立って見えた。電光掲示板がないのも違和感でしかなく、向正面から直接ゴール地点が見えるというのは些か新鮮であった。

 

 しばらくのリハーサルが終わって休憩に入る。とみおはまだ時間が掛かりそうだったので、スタンド付近の芝で座り込んで休憩タイム。スポーツドリンクを(あお)って喉を潤していると、唐突に視界が暗闇の中に落ちる。「わわっ!」と声を出して仰け反ると、後頭部の辺りに誰かの脚が当たった。それと同時、明るい声で「だ〜れだ?」と言われたので――私は間髪入れずに彼女の名を呼んだ。

 

「も〜、ルモスさんですよね? あんまりそういう意地悪しちゃダメですよ! ビックリしちゃうんで!」

「ごめんごめん、アポロはついついイタズラしたくなっちゃう何かがあってね」

 

 私の視界を塞いだのは予想通りルモスさんであった。ヨーロッパでこういうことをしてくるのは、エルちゃん、エンゼリーちゃんとルモスさんの3人しかいないからね。

 そんなルモスさんの隣には呆れ気味のダブルトリガーさんがいて、この人(ルモスさん)は毎回こんな調子なんだなと薄々察せられた。私が挨拶すると、ダブルトリガーさんは久しぶりといった調子で手を上げる。

 

「悪いなアポロ、こんな忙しい時にルモスさんが……」

「いえいえ、全然そんなことは!」

 

 ルモスさんは私と話したいことがあったみたいだし、私としても休憩中に会話する程度のことは造作もない。ルモスさんが早速本題に入りたそうに目を輝かせ始めたので、ダブルトリガーさんが会話の流れをそちら側に差し向けた。すると、ルモスさんは食い気味に切り出した。

 

「アポロはあんまり気にしてないかもしれないけど……人気向上うんぬんかんぬんの話、ちょっとずつ効果が出始めてるよ! アポロのグッズがかなりの勢いで売れ始めてるんだ!」

「え、もう私のグッズ売ってたんですか……」

「やるからには徹底的に押してかないと! 10万個ほどキミのぱかプチを用意させて貰ったよ」

「じゅうま……!?」

「どうした、お前のぱかプチは日本でそれくらい売れているんだろう? 今更驚くことじゃない」

「そ、それはそうなんですけど……私、日本のウマ娘ですよ? 長期遠征の予定とはいえ、何かビックリしちゃって」

「ふっふっふ。キミやカイフタラ、エンゼリーのぱかプチによって、一部のファン人気を獲得できた。あとは一般層に浸透するまでの()()()()()()()()が必要なんだけど……それは言うまでもなく分かってるか」

 

 何らかのキッカケとは、レースそのものの内容である。ルモスさん達が狙うのは、強いウマ娘同士が激突する最高の舞台を用意し人気を爆発させること。

 強い者が生まれ、更にその強者同士が集まって戦うとなれば、トゥインクル・シリーズに限らず多くのスポーツは盛り上がりを見せる。ファンの垣根を飛び越えて一般層にまで名前が轟くようになれば、それは大成功と言えるだろう。

 

 言ってしまえば、私やカイフタラさん、エンゼリーちゃんはルモスさんの計画の駒なのだ。もっとも、この3人は彼女らの計画に協力的なので、利用されているという感覚は全くないけれど。

 ともあれ、特にカイフタラさんにとって、レースの熱気はモチベーションや成績に直結してくる。私の夢の根幹を思い出すためには、カイフタラさんやエンゼリーちゃんが()()()()()()は絶対条件。単純に競技者としての感情で見ても、トゥインクル・シリーズが盛り上がることは喜ばしい。私達が利用し、利用されているのがルモスさんの計画なのである。

 

「その時その瞬間にしかレースを目撃できないという刹那性。そしてたった1人しか勝者が生まれないという残酷性。誰が勝つのか、誰が負けるのか、誰の手に最強の称号が渡るのか。レースは始まってみないと分からない。その焦燥感と期待感を煽り、生物が生来持ち合わせている強さへの憧れを刺激してやれば、否が応でも人々はレース場に足を運ぶだろうね」

「……なんてルモスさんはカッコつけてるが、この人は私達の計画が順調だということを言いたかっただけだ」

「ちょっと! 珍しくカッコつけたのに!」

「ここまでトントン拍子に来ているのは、想像以上にアポロの人気があったことが原因だな。喜ばしいことだ」

 

 ウマ娘やヒトは生き物である。それはつまり、本能的に『強さ』への憧憬を抱いているということ。知性が支配するこの世界でスポーツが行われているのは、『強さ』への原始的な欲求を満たすためにあるのだ。

 そして、ウマ娘において『強さ』とは『速さ』である。生物の限界速度に挑むウマ娘を見て、人々は興奮せずにはいられない。スポーツやトゥインクル・シリーズが存在する限り、ステイヤーの人気復権は可能だと言えるだろう。

 

 ……さて、ルモスさん達は口にしないけど、ヨークシャーカップで私が勝たないとまずいのは明らかである。言い方は悪いが、カイフタラさんレベルのウマ娘もおらず、G2レースというこの舞台で負ければ、ファンは「この程度のウマ娘なのか」と私に失望するだろう。本番レースはG1・ゴールドカップや、G1・グッドウッドカップなのだ。前哨戦で圧勝でもしないと、欧州のファンは()()()()()()だろう。

 私がここで圧勝して、こっちのファンをザワめかせる必要がある。ドバイゴールドカップで勝利したカイフタラさんと、彼女にリベンジを誓うアポロレインボウと、第3のウマ娘・エンゼリーちゃんという勢力図が完成しなければ――それくらいの大物が集って激突しなければ――人気再燃は望めない。強いウマ娘が人を惹きつけるのであれば、私達3人はどこまでも強くなければならないのだ。

 

「話は変わるんですけど、ぱかプチ以外にもグッズを売る予定ってあるんですか?」

「今のところ、日本で売られている形式の物を引っ張ってくる予定だそうだ。そうでしたよね、ルモスさん」

「そうだよ。レースに集中してもらいたいから、必要以上の手間は取らせたくないからね」

「なるほど……あ。エンゼリーちゃんはともかく、カイフタラさんはグッズ販売を許可してくれたんですか? 写真撮影とか宣材とか……あの人、そういうの嫌がりそうですし……それにほら……」

「あ〜」

 

 何でも、カイフタラさんはルモスさんに無礼を働いていたという。これはダブルトリガーさんから聞いたのだが、去年は特に失礼な行動が目立ったらしい。何ならURA賞授与式の時に、ルモスさんの口から「カイフタラはワタシのことを無下に扱うし、ダブルトリガーにも無礼を働く」みたいなことを言われたくらいだし……今はマシになってるよね?

 そんな私の質問に、ルモスさんは妖艶に微笑んだ。

 

「ちょっとお話したら納得してくれたし、ワタシとダブルトリガーに謝罪してくれたよ!」

「……お話って?」

()()()()()()()()()()()って言っただけなんだけどねぇ。でも、例の計画には賛同してくれたし、ちゃんと話したら良い子だった! ね、ダブルトリガー?」

「スゥッ……そうですね」

 

 いやいや、怖すぎでしょ。さすがのカイフタラさんもルモスさんには逆らえないのか。流石は英国長距離三冠ウマ娘……ダブルトリガーさんも何かを思い出したようにブルブルと震えてるし、何があったかは聞かない方がいいと見た。

 

 その後は軽い談笑をして、希望的な未来が見えてきたことに安堵しつつインタビューに向かった。ルモスさんやダブルトリガーさんが見守る中、私とトレーナーは集まった記者陣に向けて様々な質問に答えていく。

 ――初めてヨーロッパのレースに挑むにあたって、どんなことを考えていますか。このレースを勝てばステイヤーズミリオン完全制覇が見えますが、ヨークシャーカップを勝つ自信はありますか。前年のカドラン賞覇者である古豪・チーフズグライダーも参戦しますが、彼女を意識していますか――などなど。

 

 全ての質問に、敬意と謙虚さと実力に裏打ちされた自信でもって答える。私らしさも忘れずに、アポロレインボウというウマ娘を限られた時間の中で発信していく。

 そうして無事インタビューが終わり、記者から最後の質問が飛んでくる。テンプレートじみた質問だったが、決意表明としてはピッタリの言葉だった。

 

『それでは、最後にファンの皆さんに向かって一言お願いします!』

「はい! 初めまして、日本から来たアポロレインボウです! このレースで皆さんの度肝を抜くような走りを見せたいと思います!! 皆さんの応援が私達ウマ娘の力になりますので、是非レース場に来て沢山の応援をしてやってください!! よろしくお願いします!!」

 

 

 ――さぁ、G2・ヨークシャーカップの始まりだ!

 

 

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