ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい   作:へぶん99

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111話:突き放せ!ヨークシャーカップ①

 

 ――5月4週、イギリスのヨークレース場。歴史の風情が感じられる地方都市の中に存在するレース場は、ここ数年間で見てもかなりの盛り上がりを見せていた。

 その理由は2つある。まずひとつ目は、ヨークレース場が『ダンテ開催』――つまり『ダンテ・フェスティバル』という集中重賞開催期間中であることだ。

 

 そもそもヨーロッパにおいて、レースは土日限定の開催ではない。平日でも普通にレースが行われているため、言ってしまえばメリハリがなく集客効果も薄いのである。そこで、集客効果を高めようという狙いの下、重賞を集中開催する期間を設けることになった。理由は他にもあるが、とにかくヨーロッパ等の地域ではそういった開催方法が浸透しているのである。

 重賞の数が比較的少ない日本ではあまり馴染みのない開催だが、欧州は様々な国が集まって『ヨーロッパ』という地域を成しているため、星の数ほどレースがある。普通に重賞を開催するだけでは注目されないし、ある意味こうなるのは当然とも言える。

 

 ヨークレース場の重賞開催日は、最大の開催である8月の『イボア・フェスティバル』に加え、現在絶賛開催中の5月の『ダンテ・フェスティバル』が有名だ。その他にも6月、7月、9月、10月の小規模な開催日があり、中でも『イボア・フェスティバル』における世界最高峰の中距離G1レース・インターナショナルステークスは大きな盛り上がりを見せている。

 ダンテ・フェスティバルは例年5月に行われる3日間の重賞開催期間で、5つの重賞が行われている。内訳はダービーステークスの前哨戦であるG2・ダンテステークスの他、G3・ムシドラステークス、G2・ヨークシャーカップ、G2・デュークオブヨークステークス、G2・ミドルトンステークス。そして、今年の目玉となるのはヨークシャーカップだとファンの間でまことしやかに囁かれていた。

 

 さて、ヨークレース場が大きな盛り上がりを見せているふたつ目の理由は――件のヨークシャーカップに出走するウマ娘にある。該当レースで注目されているウマ娘は2人。日本から来た新星ステイヤー・アポロレインボウと、カドラン賞を制した古豪・チーフズグライダーである。

 最近やたらと盛んにトゥインクル・シリーズのことを放送しているメディアのおかげもあって、特にアポロレインボウの知名度は高い。日本で放映されていたドキュメンタリーやレース映像が翻訳・編集され、連日の如く放送されまくった結果、むしろ現地のウマ娘よりもアポロレインボウの知名度の方が高くなっているくらいだ。

 

 『異国の怪物がやって来る』――そんな看板が立ったヨークレース場付近のグッズ販売所では、アポロレインボウのぱかプチや団扇を抱えたファンの姿が多く見受けられた。芦毛という分かりやすい見た目の特徴も手伝ってか、ヨークに住んでいるものの普段はレース場に足を運ばないライトなファンの姿も確認できるほど。

 更にヨークレース場の付近には、小さなウマ娘とその親子の姿が散見されていた。トレセン学園には入学していないものの、その未来を有望視されているウマ娘達である。そして、アポロレインボウと面識のあるウマ娘――イェーツもヨークレース場にやって来ていた。

 

「わぁ……! とっても賑やかですね! すごく……すごい……とにかくすごいです!!」

 

 ダブルトリガーを左側に、ルモスを右側にして手を引かれるイェーツ。鹿毛のウマ耳がぴょんぴょんと跳ねて、風船の飛ぶヨークレース場内のあちこちに視線が流れていく。

 正装に身を包む貴婦人、ジャケパンスタイルで最低限の格好だけ整えている者、普通の私服でやってきた家族連れ……様々な人がウマ娘の極限のレースを見物するため、我先にとスタンドに流れていく。人の波からイェーツを守りながら、ルモスとダブルトリガーはレース場を包む喧騒に喜びを噛み締めていた。

 

「ルモスさん、どうやら我々の計画は順調のようですね」

「ん、今のところはね。後はレースに出る13人の頑張り次第ってところかな」

「……レースに出る以上、彼女達に()()()()()という選択肢はありませんよ。番狂わせが起きるにせよ上位人気が勝つにせよ、トゥインクル・シリーズの未来が明るいのは確かですね」

「2人とも何の話をしてるんですか? これからアポロさんのレースなんですよ! アポロさんの話をしましょうよ!」

「……そうだね。ワタシ達もレース観戦に集中しよっか!」

 

 ダブルトリガーとルモスに手を引かれながらスタンド内に入っていくイェーツ。彼女達が陣取ったのは、スタンドを抜けた先にあるコース内側の観戦席であった。内場とも呼ばれるその場所は、コースを走るウマ娘を間近に見られて人気も高い。3人は適当な場所に陣地を定めた後、周囲の家族連れに紛れるように腰を下ろした。

 

 ヨーロッパのレース場は、基本的に正装での入場が推奨されている。しかし最近、ヨーロッパのURAは入場の際の服装の基準を一部で撤廃した。複合要因もあるだろうが、その策によって敷居が下がったためか、普段よりも入場者数が多いように感じられる。

 ただし、格式も値段も高いグランドスタンドの方では、帽子やネクタイ、ドレスなどの正装を義務付けることによって、伝統を守っているという姿勢も示していた。無論、ロイヤルアスコットのような格式高い開催では、伝統を完全に撤廃するのは難しいだろうが。

 

 ヨーロッパのトゥインクル・シリーズは、その伝統を重んじる姿勢によって若干足を引っ張られているというか――有り体に言えば、若者の趣味としてはあまり受け入れられてはいなかった。どっちかと言えば、貴族の趣味としての側面が色濃く表出していたのだ。

 それが、ルモスやダブルトリガー達がURAに働きかけることで、貴族の趣味から大衆の趣味へとシフトチェンジしつつある。地方からやってきた怪物・オグリキャップによって巻き起こされた日本のトゥインクル・シリーズのような激変をアポロレインボウにも期待する声はURA内でも大きい。商売のチャンスでもあり、更なる地盤強化にうってつけの機会であることは間違いない。その他にも、世界のスプリント王・グリーンティターンや、クラシック・ディスタンスで無類の強さを誇る怪鳥・エルコンドルパサーら日本勢にも期待が寄せられている。

 

 ……視点を3人のウマ娘に戻そう。本日のメインレースであるヨークシャーカップまで多少の時間があるということで、彼女達は雑談に興じていた。イェーツが望んだ通りアポロレインボウの話題になり、ヨークシャーカップのレース展開の予想がなされていく。

 

「イェーツは誰か勝つと思う? アポロか、チーフか、それとも他の誰かか」

「アポロさんが勝つと思います!!」

「その心は?」

「…………アポロさんが強いからです!!」

「なるほど」「確かにな」

「ちょっと! バカにしないでください!」

「してないしてない。単純に気になるからさ」

「アポロは人生初の欧州芝に加え、ラビット役……言わば潰れ役との初対決だ。ラビット対策の練り具合によってはチーフが勝つことも有り得ると思っているが……」

 

 今回のG2・ヨークシャーカップに出走するウマ娘は、フルゲート16人に対して13人。出走表は以下の通りである。

 

 

 

人気脚質近走戦績主な勝ち鞍

15Office Pixy(オフィスピクシー)先行1-0-1-2G3バルブヴィユ賞

23Cash Monse(キャッシュマウス)先行0-2-0-2G2カラカップ

313Classy Censorship(クラッシーセンサーシップ)差し1-1-1-1OP条件戦

44Exceller Mania(エクセラーマニア)先行1-1-0-2G3ジョンポーターステークス

512Blushing Charm(ブラッシングチャーム)逃げ0-0-0-4OP条件戦

66Sharpen Dancer(シャーペンダンサー)追込1-2-1-0G2グレフュール賞

711Deputy and Royal(デュピティアンドロイヤル)差し0-0-3-1未勝利戦

810Impressions Dinner(インプレッションズディナー)先行0-0-1-3未勝利戦

92Chief's Glider(チーフズグライダー)差し1-1-2-0G1カドラン賞 G2ヴィコムテスヴィジェール賞 他

109Out of Orange(アウトオブオレンジ)追込0-2-2-0OP 条件戦

117Satisfied Theater(サティスフィードシアター)差し1-0-0-3未勝利戦

121Apollo Rainbow(アポロレインボウ)大逃げ3-1-0-0G1日本ダービー G1菊花賞 G1有記念 G1天皇賞(春) 他

138That's a Sovereign(ザッツアソヴリン)先行1-0-0-3G2 マクダイアーミダステークス

 

 

 

 圧倒的1番人気はアポロレインボウ。未だに長距離G1で無敗、そして前走の天皇賞・春のパフォーマンスを評価されて1番人気に推された。未完成な部分はあるが、それ故に成長の余地を残しているという部分も大きな評価ポイントである。

 対する2番人気はチーフズグライダー。昨年のカドラン賞を勝利したウマ娘であり、カイフタラやダブルトリガーとの対戦経験もあり、安定した成績を残し続けていることから2番人気に選ばれた。前走のドバイゴールドカップではカイフタラ、アポロレインボウの3着。加えてチーフズグライダーにはラビット役のチームメイトが加わるため、アポロレインボウに対抗できるのは彼女だけと評されている。

 

 イェーツの言う通り『強いのは強い』という感情があるのは当然だが、1番人気を退けて伏兵が勝ったレースなど歴史上いくらでも存在する。ルモスやダブルトリガーの内心は実際複雑で、『アポロレインボウが勝てばもちろん良いのだが、伏兵が勝っても世間は盛り上がるだろうか』というような思想さえ駆け巡っていた。

 

「いいですか? アポロさんの強さは中盤終盤における末脚の爆発力で――」

 

 イェーツがアポロレインボウのぱかプチを抱きかかえながらレース展開を力説する中、突然スタンドの方が一層騒がしくなった。彼女らが耳を澄ませると、どうやらアポロレインボウと桃沢とみおが現地入りしたらしかった。彼女達にしては随分と遅い時間だが、遠目に見えるアポロレインボウの肌艶は絶好調時のそれであり、レース本番は期待できそうだなとルモスは考えた。

 

「……声をかけに行きますか?」

「そうしたいけど、やめておくよ。邪魔しちゃ悪いからね」

「え〜! わたしは行きたいんだけどなぁ……」

「イェーツ。自重するんだ」

「はぁい……」

 

 現地のファンに取り囲まれてサインを強請(ねだ)られている芦毛の少女。トレーナーのやんわりとした拒絶によって事なきを得た彼女は、控え室の方に向かって消えていった。本人は普通にファンサービスをしようと身を乗り出していたのだが、出走まで余裕があるわけではないため断念したようだ。

 パドックまで残り数時間。ルモス達は内場の芝の上で寝転がりながら、僅かばかりの長閑(のどか)な時間を楽しむことにした。

 

 

 いよいよ観客が増えてきた昼下がり、観客席の前にあるパドック周囲にファンが殺到し始めた。ヨークレース場の特徴として、主要施設がゴール板付近にギュッと集約されていることが挙げられる。スタンド、パドック、飲食店、テラスなどが凝縮しており、また、スタンドとターフ間のスペースも小規模なため、少々窮屈な印象を見受けられる。それがかえって喧騒や歓声などの盛り上がりを演出し、高揚感を生み出してくれるという副次的効果もあるが。

 長方形のパドックに降り立ったアポロレインボウ。彼女が姿を現した途端、ざわめきが支配していたスタンドの空気が変わった。それは実際のアポロレインボウが想像以上に華奢で可憐だったことと、凄まじい威圧感を纏っていたことによる動揺で広がったものだった。

 

 ヨーロッパやアメリカのウマ娘と比べると確かに華奢だが、彼女の体幹の強さや心肺機能、そして何より勝負根性は世界でもトップクラスだ。特に勝負根性はもはや気性難のそれであり、歴代で見ても比肩する者を探すのが難しいほど。溶岩のように煮え立つ彼女の激情が周囲に漏れ出して、パドックの片隅に異質な蒸気の支配する空間が作り出されている……ように見える。

 体操服から覗く白い四肢。遠目から見れば繊細で儚い印象を与えるが、付近から見れば、蓄えられた筋肉密度は圧巻そのもの。特に脚の筋肉に関しては、彼女が歩く度に隆起を繰り返し、男性アスリートのような陰影を明らかにしていた。

 

 まだパドックでの紹介が始まっているわけではなかったが、その場にいた全ての観客が確信する。

 ――このウマ娘は強い、と。

 

 こうして注目を集めている芦毛の少女は、周囲を見渡しながらトレーナーと軽い会話を繰り広げていた。

 

「すごい賑わってるなぁ……()()()()()()()()()()()()()って言われてないね」

「……アポロは緊張してないみたいだな。去年のデボア・フェスティバル(最大の重賞開催期間)並の大盛況らしい」

「私のぱかプチ持ってる人結構多くない? 何か照れちゃうなあ」

「俺としては嬉しい限りだよ。……応援してくれるファンのためにも、そして俺達自身のためにも、このレースは必ず勝とう」

「……うん」

「それじゃ、雑談はここまでだ。お互い集中しよう」

「了解。チーフズグライダーさんの他にもヤバそうな子がいたら報告するし、とみおも()()()()子がいたら教えてね」

「任せろ」

 

 いつもの調子でパドックのお披露目台に向かう桃沢とアポロレインボウ。そのやり取りを直接聞いていたわけではないものの、ルモスとダブルトリガーは2人の様子に頬を緩めた。

 

()()()()、あの2人」

「上手く言えないですけど……羨ましいですよね」

「なんだかなぁ……ずるいよね本当に。2人ともどこか初々しくて、ひたむきで、一生懸命すぎるくらい頑張ってて、見ててちょっと危なっかしくて……そんなの、応援したくなるに決まってるよね」

「ファンの皆もそう思っているでしょうか」

「……例のドキュメンタリーが流された時点で、大分親しみやすくなったんじゃないかな。トレーナーと夢にかける想いも全員分かってるだろうし、アポロはまさに応援したくなるウマ娘って受け取られてると思うよ」

 

 アポロレインボウのドキュメンタリーの内容は、ドバイに向けた冬季トレーニングに数日間密着するというもの。割と一般的な内容ではあったのだが、中でも話題になったのは狂気的なトレーニング内容と、インタビュー内で語られた芦毛の少女の想い――というか桃沢とみおに向けられている割と重い感情――だった。

 

 まず驚くべきはトレーニング内容。スタミナを鍛えるため、毎日のトレーニングに4000メートル全力疾走という項目を盛り込んでいると桃沢トレーナーは言い放った。加えて、勝負根性を鍛えるために重機タイヤを引き回させたり、屋内プールでバタフライ1000メートルを10セットやらせたり、疲弊しきったアポロレインボウに「まだ(トレーニングが)残ってるから頑張れ」と声をかける彼の姿が地上波に流されてしまった。

 そんな彼には冗談混じりに「ナチュラル鬼畜」「ドS」「俺もアポロちゃんみたいに(しご)かれたい」という声が飛んだが、続いて流れてきたアポロレインボウへのインタビューで視聴者はさらに度肝を抜かれる羽目となる。

 

 そのインタビューは「トレーニングはキツいですけど、世界を目指すわけですから手を抜くわけにはいきません。それに、あのトレーニング量にもすぐ慣れましたよ。日課ですね」という狂気的な発言から幕を開けた。

 メイクデビューで起こった事故とその反響、自身の人気と目標についてつらつらと語っていくアポロレインボウ。その中で桃沢トレーナーについて訊かれた芦毛の少女は、彼女のことを深く知らない人でも「あっ、この子はトレーナーのことがガチめに好きなんだな」と察してしまうような受け答えを全世界に放映してしまった。

 

 ――アポロレインボウさんにとって、(桃沢)トレーナーとは?

 ――えっと、一言で言うと纏まらないんですけど……彼は大切なパートナーです。多分、こんな人とは二度と出会えないんじゃないかな〜ってくらいの。色んなところの相性も良いと思いますし、きっと私達は巡り会う運命だったんだと思います。…………ん!? あっ、いや! あんまりそういう風に勘違いして欲しくないんですけど……いやでも……えと……はい。とにかく、とみ……彼はとても良いトレーナーだと思いますし、知識的なこと以外にも、私の意志をちゃんと汲み取ってくれた上で指示を出してくれます。落ち込んだ時は必ず寄り添ってくれますし、逆に彼がダメそうな時は私がちょっかいをかけたりして……うふふ、あ、すいません。ちょっと色々と思い出しちゃって。私が笑っちゃった所はカットしてくださいね? 恥ずかしいんで……。はい、とにかく良いトレーナーなんですよ。……さっきのところカットしてくれますよね? ……あっ、してくれる。ありがとうございます。そういえば聞いてくださいよ、この前とみおがね? あ、トレーナーがですね……――以下略。

 

 恐らく「カットします」と言った赤裸々な部分まで(本当にダメな部分はカットしただろうが)流してしまったそのドキュメンタリーは、日本を代表するウマ娘にも年相応の可愛らしいところがあるのだと大反響を集めたのである。

 そんなインタビュー内容を思い出したのか、ダブルトリガーは思いっ切り吹き出してしまう。

 

「ああいう初々しさというか親しみやすさというか……ちょっと抜けたところも、彼女の親しみやすさとして人気の一端を担っているのかも」

「うん、うん……確かに。アポロみたいなタイプはヨーロッパじゃ珍しいし、彼女は何もかも新しい風を吹き込んでくれるよ」

「私達から見ても新鮮ですね。殺気立ちすぎないウマ娘というのは」

「もうそろそろ豹変するんだろうけどね?」

「ふふ、豹変とは随分とまぁ……本気の彼女もまた本質ですよ」

 

 両手を引かれながら夢中になってパドックを見つめるイェーツ。彼女の身体がぶるりと震えたかと思うと、ダブルトリガー・ルモスの両名が現役時代を思い出す程の殺気が胸を穿った。

 

『9番、チーフズグライダー。2番人気です』

『素晴らしい仕上がりですね。本命は1ヶ月後のゴールドカップでしょうが、ここで勝ちきらねば本番でも良い結果を残せないと語っていましたから……アポロレインボウ対策は相当練っていると思いますよ』

 

 その殺気の主は、勝利に燃えるチーフズグライダーから。或いは、夢の輝きに囚われたアポロレインボウからだった。睨み合い、鋭い視線を激突させるチーフズグライダーとアポロレインボウ。彼女達の闘志はこれ以上ないほど高まっている。ルモスとダブルトリガーは呼吸さえ忘れていた。レース中継の視聴率とか、グッズの売上がどうとか、そういう()()()()()がどうでも良くなるくらいパドックに惹き付けられていた。

 呼吸すら忘れていたようだ。視界の中央の2人から視線を外すと、やっとのことで現実に戻ってくる。2人は咥内に溜まっていた生唾を嚥下し、誰に言われるでもなくふと腕を見る。その肌には、ぷつぷつとした丸い肉の粒が粟立っていた。

 

「これは――」

 

 ルモスは()()()()()と思った。言葉にできないこの凄み。言いようのない期待感。高揚感と不安の間に揺らぐ心臓の鼓動。このレースでは何かが起こる。いや、アポロレインボウは何かを起こしてくれる。常識を破壊するような、ともすれば伝説に残るような偉業を成し遂げてくれる、と。実際にターフを走っていたからこそ分かる予感があった。

 ルモスとダブルトリガーは顔を見合わせることなく、2人同時に拳を握り締めた。そして、彼女達2人はレース関係者であることをやめ、唯の観客となった。スタンド中のファンと共に声を上げ、純粋にウマ娘達を応援するファンのうねりと一体化していく。

 

 頑張れアポロレインボウ。頑張れチーフズグライダー。2人とも負けるな。最高のレースを見せてくれ。

 

『12番、アポロレインボウです』

『トモの仕上がり、髪の艶、全て言うことなしですね。ドバイゴールドカップでは初の海外重賞制覇とはなりませんでしたが、このヨークシャーカップで初の制覇となるでしょうか。彼女の夢である最強ステイヤーのためにも敗北は許されないでしょう。その走りに期待しましょう』

 

 さて、アポロレインボウはドキュメンタリー中のインタビューでこのように語っていた。

 ――夢を叶えて、みんなから愛されるウマ娘になりたい……と。

 

 夢を叶えるため、そして根幹に辿り着くため。

 芦毛の少女の挑戦が今、始まる。

 

 

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