ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい 作:へぶん99
ヘンリー2世ステークスは目まぐるしい展開の変化と驚愕の連続だったものの、終わってみれば人気通り。1番人気のカイフタラさんが1着、2番人気のジャラジャラちゃんが2着、3番人気のゴールデンネダウィさんが3着という形で幕を下ろした。
ジャラジャラちゃんは彼女なりに
「凄いレースだったな」
「うん。強くなったのは私だけじゃなかった。みんなのレベルが何段階も上がってる」
「あぁ。ジャラジャラはいやらしさを覚えたし、カイフタラに関しては段違いの出力と末脚を獲得していた。特にカイフタラのあの末脚は何度見返しても理解ができないな……
ゴール直後、ジャラジャラちゃんは精根尽き果て、立ち上がることもままならなかった。それ程までの全力を出し切って、カイフタラさんに手も足も出なかった。そんな彼女に手を差し伸べるカイフタラさんと、唇を噛み締めながら助けを受けるジャラジャラちゃんの対比に、私は胸の中を掻き回されるような感覚を覚えた。
――まるで、格付けが済んでしまったかのよう。本当のところは彼女達にしか分からないのだけど、ジャラジャラちゃんは心身共に打ちのめされた様子だった。
カメラには
……こういう残酷さが勝負の世界の厳しい部分なのは分かっている。だけど、最後の最後の理不尽な末脚さえなければ、ジャラジャラちゃんが勝っていた可能性はかなり高い。前が壁で、後続集団は超スローペース。末脚が以前のものであったなら、カメラを向けられていたのがジャラジャラちゃんだった可能性は高かっただろう。ただ、今のカイフタラさんの末脚は
――
つまり――私だ。私がカイフタラを倒さなければならないのだ。
己の身体の芯を貫く激情を抑えつけながら、私はヘンリー2世ステークスの勝利者インタビューを思い出す。
『アポロ……お前はオレに夢を思い出させてくれた。お前がオレを強くさせちまったんだよ。
『ターフで戦う者として――ゴールドカップでお前を喰らい尽くす』
勝利者インタビューにも関わらず、カイフタラさんは私の内心を見透かしたような挑発をしてきた。いや、挑発ではなく「受けて立つ」という果たし状のようなものか。いずれにせよ、数年後に見返した時に黒歴史になりそうなスカした態度のライバルを許せる私ではない。私はゴールドカップでカイフタラさんを打ち負かすことを強く決意した。
それと同時に、どうやってカイフタラさんに勝てばいいんだ、という声も散見された。勝利タイム3:43.1はごく平凡だったものの、末脚の上がりタイムがあまりにも異常だったからだ。ゴルシワープのようにカメラワークとイン突きの結果生まれたものではなく、純粋なワープに見紛う爆発的な末脚。
カイフタラさんの成長を具体的な形で観測できたのはプラスなのだが、それはそれとしてアレに立ち向かう具体的な案はあるのか? と問われると……。
「う〜ん……」
正直、無理ゲーじゃね? ってのが素直な感想であった。
だってさ〜……レース最終盤に化け物みたいな加速するんだよあの人。バテかけてたとはいえ、ジャラジャラちゃんのラストスパートを置き去りにするのはマジでヤバい。カイフタラさんだけ別の生き物だよ。
ヘンリー2世ステークスが終わってから、とみおと私はカイフタラさんとエンゼリーちゃんの対策を考え続けていた。そんな中、ヘンリー2世ステークスの翌日に行われたG2・ヴィコンテスヴィジエ賞では、エンゼリーちゃんが3馬身の差をつけて危なげない勝利を重ねている。
カイフタラさんとエンゼリーちゃん、この2人の優劣は未だに付けられないが、今のところ目に見えて危険なカイフタラさんの対抗策を優先して考えるのは間違っていないと思う。別にエンゼリーちゃんを完全放置するわけでもないし、優先順位の違いだ。
言うなれば、エンゼリーちゃんは若干トリッキーなタイプのウマ娘。対するカイフタラさんは圧倒的なフィジカルタイプのウマ娘。純粋な
来る日も来る日もカイフタラさん対策を考えながら、厳しいトレーニングに身を投じる。そうしてヘンリー2世ステークスから1週間が経ったある日、私はカイフタラさんに呼び出されてグラウンドに行くことになった。
出会った当初よりは確実に仲良くなったが、ゴールドカップが近付いている今は一緒に遊ぶことも少ない。精々、エンゼリーちゃんを交えて一緒にお昼ご飯を食べたり、放課後にちょっと雑談したりする程度。ある程度レース間隔が空いたなら一緒に遊ぶことも
しかし、ゴールドカップの追い込みの時期だというのにわざわざ私を呼び出すとは何の用だろう。余程大事なことでも伝えたいのだろうか。
というわけで、結構ドキドキしながら集合場所のグラウンドに行ったところ――
「オレと勝負しろ、アポロレインボウ」
「……えっ?」
――カイフタラさんがとんてもない発言をしてきた。
本番まで残り僅かというこの時期に、わざわざ手の内を公開するような行為。呆気にとられて大口を開いていると、彼女は「そんなに変なことか?」と首を捻った。
え、変なことじゃないの? ゴールドカップまで手札を隠しておきたいって、普通そう考えるもんでしょ? ……それとも、お互いに腹の探り合いで、『
「オレと模擬レースだ。場所は森の中のトラックコースで、距離は4000メートル。小細工ナシのガチンコ勝負と行こうじゃないか」
「……ど、どうしてですか」
「?」
「あの末脚があれば、私と模擬レースをして下手に情報を与える必要もないでしょう。私やエンゼリーちゃんは、カイフタラさんの『
「……まぁ、そうだろうな。だが、勘違いするな。オレはエンゼリーにもマッチレースを申し込んでいる。
……一概に本番を模したレースやマッチレースをすると言っても、大抵その内容は本番同然の激しさを内包しているだろう。さすがにゴールドカップと同等の苛烈さがあるわけではないはずだけど、それでも模擬レース前後はそれ相応のスケジュールを組まなければならない。
ウマ娘の中には、一定数『本番前に模擬レースをして気持ちを高める(または情報を集める)と調子が良くなるタイプ』が存在する。闘志溢れる戦闘狂タイプ……もといレースをしても
データを収集するし、己の戦闘力に慢心しないし、しかも戦闘狂。ポーカーフェイスで何を考えているか分からないトリッキー型かと思えば、ゴリゴリに肉体のパワーで押してくる。敵として立ち向かうには最悪な要素がてんこ盛りだ。
対する私は、本番に向けて練習メニューを緩やかにしていきつつ、休息や繊細な調整によって調子のピークを本番に持っていくタイプのウマ娘。いわゆる標準的な『レース前ゆっくり調整タイプ』で、連戦にはあまり向いていない。つまり本番前に模擬レースを行うと、調子が狂ってしまう可能性があった。
私自身、レース後の体力の回復は早いし、身体も丈夫な方だと自覚している。しかし、
――本来であれば、このカイフタラさんの誘いは断っておくべき事案だ。この調整による日本での成功例がある以上、そのジンクスを壊したくもない。下手にルーティーンを崩せば、ウマ娘の繊細な調子リズムがどう狂ってしまうか分からないという理由もある。
ただ、その提案が魅力的なことは間違いなかった。本番を前にしてカイフタラさんと実際に戦える。彼女のことだから手は抜いてこないだろうし、あの末脚を間近で感じられるのはどんな情報よりも価値があるだろう。
……無論、それ以外の理由もあった。私がカイフタラさんの提案を断れば、エンゼリーちゃんだけが彼女との対戦経験を重ねてしまうことに恐れを抱いてしまったのである。
ライバルに置いていかれたくない。だって私は逃げウマ娘だから。日本を代表してヨーロッパにやって来たウマ娘だから。私はカイフタラさんを倒し、夢を叶えるために
「分かりました。やりましょう」
――申し出を断りたい気持ちよりも、戦いたい気持ちが勝った。後ろ手でとみおに爆速メッセージを打ち込みながら、私はカイフタラさんの提案を承諾した。
「――ふ。お前ならそう言うと思っていたぞ、アポロ」
「模擬レースの日時はいつですか? なるべく早い方がこちらとしては助かりますけど、トレーナーと日程の調節をしないといけないので」
私のメッセージに対して、とみおは『調整はこっちで上手くやるから、全部俺に任せて好きに戦ってこい』と速攻で返信してくれた。これまでの上手くいった
とみおは
「日時はそっちで指定してくれ。……オレはあくまでお願いをする側だ。好きにしな。それに、お前は
「えぇ、まぁ……」
「今決まらないなら、後でオレにメッセを寄越してくれ」
「いえ、今トレーナーから連絡が――明後日の放課後はどうですか?」
「問題ない。そこにしよう」
とみおが言うには、『全速力で仕上げるなら最短で明後日にレース可能』とのこと。もちろんゴールドカップが本命なので、
……まぁ、とみおに抱き締められたら速攻で絶好調になっちゃうと思うけど。
「……この模擬レース、自分の首を締めることにならないといいですね」
「生憎だが心配は無用。お前にもエンゼリーにも負ける気はサラサラない。……だが、この絶対とも言える自信が通用したのはあくまで1対1の場合だし……
「…………」
――カイフタラさんが猪突猛進の脳筋ウマ娘だったら、どれだけ良かったことか。その豪快な走りと違って、彼女はこんなにも思慮深い。どれだけ己の実力を信じていようと、油断の『ゆ』の字もない。石橋を叩いて渡るような慎重さもまた強さの根源というわけだ。
「お前も分かってるだろ? 世間は三強対決だと盛り上がってやがるが、オレ達からすりゃG1を勝つのが純粋にキツくなっただけさ。……こういうことが起きて、ある意味嬉しい自分もいるがな」
それはそうだ。強いウマ娘が多いければ多いほどファンは喜ぶが、競技者としては単純に勝率が下がってしまうので微妙に思ってしまう面もある。私も嬉しさ半分、辛さ半分と言ったところ。ライバルに勝つのは大変だし対策の時間も少ないけど、その中でやりくりしていくのが楽しいのだ。
今の私も楽しさと苛立ちで満たされている。何であなたはそんなに強いのだ――なんて、文句とも悦びとも取れる感情が渦巻いていて。
堪らなく、疼く。
この
あなたのせいだよ。責任は取ってもらうんだからね。
――ここまで考えて、私は噴き出しそうになった。ヘンリー2世ステークスの勝利インタビューを受けていた
「カイフタラさんと私って、結構似てますよね」
「は? そんなわけないだろ。産まれも、見た目も、性格も、レーススタイルに至るまで……オレ達は全然違うと思うが」
「そんなことないですよ。分かってるくせに」
「………………くだらん話をするならオレは帰る。また明後日に会おう」
「あ、ちょっと! 折角グラウンドまで来たんですから、1本くらい併走くらいやりましょうよ!」
こうして私達は何回か併走した後、それぞれの調整のために一旦解散となった。
そして2日後――森の中のトラックコースにて。とみおが見守る中で私とカイフタラさんの直接対決が行われる運びとなった。