ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい 作:へぶん99
「あ、アポロちゃん!? どうしたんですか、そのほっぺた!」
「派手に転んだ」
「こ、転んだって……どう転んだらそんな腫れ方をするんですか!?」
「マジで派手に転んだの。シャンティイの森には魔物がいるらしいよ」
「は、はあ……」
鼻歌を歌うくらいご機嫌だった私は、エルちゃんと朝ごはんを食べていた。散歩から帰ってくる途中で気付いたのだが、チーフさんに
内カメラで見た感じ、青アザの一歩手前といったところか。チーフさんに言った通り生徒会や先生方にチクる気は全くないけど、私に会う人は何があったのか気になるだろう。……とみおにだけはアザの原因を伝えておいた方がいいか。ちゃんと理由さえ伝えれば、悪いようにはしないはずだ。多分。
「保健室に行った方がいいんじゃ……」
「大丈夫だって!」
「目も腫れてますよ」
「それは……えっと、まぁ、ちょっと……泣いちゃって」
「泣くほど痛かったんですか!? やっぱり保健室に行きましょうよ!」
「分かった分かった! ご飯終わったら行ってくるから!」
「はい! そうしてください!」
そういうわけでエルちゃんと別れた後、私は真っ直ぐトレーナー室に向かった。保健室の先生に頬の痕を診られたら最後、ほぼ確実にウマ娘のパワーで叩かれたアザだとバレるからだ。そうなるのはマジに勘弁だから、とみおを頼るしかないわけ。
何せ、割とガッツリ殴られたからね。思わず手が出ちゃった感じだから、そこまで強い一撃ではなかったのが幸いである。
今日はオフの日だったので、トレーナー室に行く予定は特に無かった。まぁ、オフの日は暇だからという理由で大体トレーナー室に入り浸っているのだが……一応チャットで訪室を伝えた上で、私はトレーナー室の扉をノックした。
とみおからは「いつでも入ってきていいよ」という返信を貰っているので、返事を待たずに容赦なく扉を開いた。パソコンの前でコーヒーを飲んでいたとみおは「おはよう」と言って微笑みかけてくれたが、私の顔を見た彼の表情が微妙なものに変化する。
とみおは椅子から立ち上がって、私の前で中腰になった。頬に触れてきて、ごく優しい口調で、どうしたの、と訊いてくる。
「チーフさんに闘魂注入されたの。拳で」
「は?」
チーフさんに心を動かしてもらったこと、その最中で私が戦うウマ娘に対して失礼な言葉を放ってしまったこと、その流れでチーフさんに叩かれたこと、その他諸々をかくかくしかじか説明する。チーフさんに非がないことをアピールしたおかげか、とみおは不承不承引き下がってくれた。見た目の割に軽傷だと判断したからかもしれない。
「頬のアザはもちろん、模擬レースの結果で落ち込んでたことも、大事に至らなくて良かったよ」
「…………」
「昨日の様子からして、本番までズルズル引きずっちゃうかもしれないって焦ってたんだ。さっきからアポロが立ち直るにはどうすればいいか考えててさ……徒労に終わって良かったけど。あ、湿布貼るからじっとしてて」
「ちべたい!」
「こら、動かない」
「だって!」
「文句も言わない。色々と心配したんだから……本当に良かった」
とみおは私の頬に湿布を貼った後、心の底から安心したかのように頭を撫でてきた。彼にしては珍しい行為だなと思った。
「私のこと、そんなに大切?」
「うん」
からかい半分、質問半分で訊いてみたところ、即答で肯定が返ってきた。かなり語気の強い声だったので、照れ臭さで返答に窮してしまう。やっぱり、私の身体は私だけのものじゃないんだなぁ。
「そうそう。今朝、日本からアポロ宛に贈り物が届いてたよ」
「え、何かな?」
「それが……ダンボール6箱分の荷物が来たんだよね。何が来たか分かる?」
「ダンボール6箱……? あっ!」
日本からの贈り物、大量のダンボール……これらが導き出した答えはひとつ。ギャル組の皆さんから届く予定だった大量のにんじんと応援幕が今届いたのだ。首を振って件のダンボール箱達を探すとデスク横に鎮座していたので、早々とカッターを持ってきてガムテープを切り裂いた。
中にあったのは宣言通り大量のにんじん。ひとつだけ軽いダンボール箱の中には、丁寧に梱包された応援幕が入っていた。
「おお、気合入ってるなぁ……応援幕ってやつか?」
「うん! シチー先輩が先導して作ってくれたみたい!」
かなり壮大なスケールの布だったため、とみおに手伝ってもらいながらゆっくりと広げていく。明らかになっていく日の丸と『必勝』の大きな2文字。その下に『いざ最強ステイヤーへ! 必勝アポロレインボウ!』という文章が綴られており、余ったスペースにはぎゅうぎゅう詰めの応援メッセージが書かれていた。
ヘリオスさん、パーマーさん、ジョーダンさん、シチーさんのギャル組。ジュニア級の頃からお世話になりっぱなしのマルゼンさん。ルドルフ会長とシリウスさんのシンボリコンビ。テイオーさん、ゴルシちゃん、ウオッカちゃん、スカーレットちゃんのスピカ組。マックイーンさんと天海トレーナー。バクシン的な心意気と技術を教えてくれたバクシンオーさん。こういう時にメッセージをくれるのは珍しいタキオンさん……それぞれの筆跡で思い思いの内容が詰まった応援幕。インターネット上での電子的なやり取りが常となった現代だからこそ、手書きの温かさが心に染みた。
「うわぁ……! やば、マジで嬉しい!」
「凄いメンツの応援メッセージだな……」
とみおの手を取って、飛び跳ねて喜んだ。喜びのあまり、グループチャットを開いて通話を始めようとしたが、日本の時間が朝の3〜4時であることに気付いて流石に手が止まる。それはそれとして感謝の気持ちを伝えたかったので、それぞれに簡潔なメッセージを送っておいた。日本に帰った時にちゃんと伝えるとして、この恩に報いるためにはゴールドカップに勝つのが1番手っ取り早いだろうか。
「……アポロ」
「んぇ? どしたの?」
「いや。昨日の落ち込みが嘘みたいだなって思って」
「負けたこと自体はショックだけどね! もうくよくよしないって決めたから!」
「……そうか。トレーナーの俺が何もしてあげられなくてごめんな」
「ううん、とみおは別のところで貢献してくれるからね!」
「だったら良かった……」
とみおは胸を撫で下ろした後、応援幕を壁に飾ろうと提案してくる。部屋の見栄えが良くなるし、私のモチベーションも爆上げだし、目に見える場所に幕を飾っておくのは大賛成だ。ヨークシャーカップのトロフィーが飾ってある棚の上に応援幕を取り付けた私は、とりあえず写真を撮ってウマスタにアップしてみた。
ファンのみんなからの反応は(未明の早朝だというのに)上々で、沢山の応援コメントがついた。私のテンションはうなぎ登りだ。残り2週間に迫ったゴールドカップに向けて、着々と激情が積み重ねられていくのを感じる。
「ヨークシャーカップのトロフィーと応援幕、向こうのトレーナー室で飾ったら絶景だろうね」
「はは。でもアポロ、向こうに帰る時はゴールドカップやグッドウッドカップのトロフィーも持ち帰らないといけないぞ」
「……! うんっ!」
とみおも信じてくれてるんだ。尻尾をぶんぶん振り回しながら返事して、私は彼の首元を掻き抱いた。すると思わず出てしまったような「うっ」という声を上げて、とみおが俯き気味になってしまう。
「とみお、どうかしたの?」
「し、仕事しないといけないから離れてくれるかな?」
「でもでも久々のオフなわけじゃん? お仕事の邪魔はしないから、このままで良くない?」
「よ、良くないからっ……色々と……!」
「え〜」
とみおが私を引き剥がそうとするので、私はいたずらっぽく笑いながら逆に両腕に力を込めた。ジュニア級の頃と比べて結構パワーがついたでしょ? なんて耳元で囁きながら、慌てるとみおの反応を楽しむ。英気が養われるとはこういう感覚なのだろうか。彼と触れ合うだけで元気が湧いてくる感じがする。
私、やっぱりこの人のことを好きすぎるよね。独占欲が強いのかな? ヨークシャーカップで確信に至ったんだけど……結構重めの部類かも? いや、かなり重いよね……。例えばとみおが私以外の異性と会話してるだけでもご機嫌斜めになっちゃうし、逆にとみおと話すだけで調子が上を向くし……。
……この“好き”の気持ちをいつ伝えようか。ゴールドカップの後? それともグッドウッドカップの後? ……今年の有馬記念の後とか? 何なら今すぐにでも伝えたいけど、いかんせん勇気が足りない。だからこうして、“気付いてほしい”オーラを出してアタックしてるわけだし。
仮にステイヤーズミリオンを完全制覇したら、そういう自信もついてくるのかな。アスリートとして上手く行き始めると、私生活も充実する……的な感じで。どっちにしても、今の私はあと一歩が遠いのである。
とみおに身体を押し付けて、しばらく。抵抗することを止めたトレーナーが、逆に私の身体を強く抱き締めてきた。ぎょっとして彼を抱擁する力が弱まる。攻めていたはずが攻められる側に回るとは露ほども考えていなかった。
彼にぎゅっとされると、全身がふわふわしてくすぐったくなった。する側とされる側ではこんなにも違いがあるのだと変に納得したが、彼の身体との密着感がとてつもなく恥ずかしいことに思えた。燃え上がるように熱くなったうなじの辺りを撫でられて、トドメを刺される。私は「ひゃんっ」と裏返った声を発しながらソファに向かって飛び退いた。
「……押してダメなら引いてみるってことで」
「ば、ばかっ……うなじ触るとかマジありえない、変態!」
「急に抱き着いておいて酷くない?」
……私、対とみおがクソザコすぎる。レースと私生活の両立はまだ難しそうだ。少なくとも今年いっぱいはレースに本気で取り組もう。恋のレースは二の次で。そう考えた私は、紅潮した両頬を必死に隠すのだった。
火照りを沈めるために洗面所で顔を洗った後、とみおと私は対カイフタラさんの作戦会議を1日前倒して行うことにした。
とみお曰く、今日という丸1日をオフに当てていたのは、私の精神が落ち着くためのクールタイムとして設けた時間だったらしい。休養としての意味合いは小さかったとのこと。私が見事半日足らずで復活したので、とみおとしては1日分得をしたことになるな。
モニターを引っ張ってきて、先日の模擬レースの様子を映し出すとみお。そこには自信たっぷりの無表情(としか形容できない)で走るカイフタラさんと、何かに焦ったような表情で大逃げをかます私が映っていた。
……もし私がこのレースを観戦していたら、レーススタートの時点でどちらが勝つか分かってしまいそうだ。最初から勝つ気でいるウマ娘と、雑念が渦巻いて勝利から限りなく遠いウマ娘の違いが顔に現れていると言うべきか。それで負けた時に
レースは終始大逃げの私が優位に立っていたが、残り1600〜1200メートルの辺りで立場が逆転し始める。カイフタラさんの『
俯瞰で見ると壮観で、残り2000メートルもないターフの上で起こった20馬身以上の大逆転劇は、周囲のギャラリーが驚愕の声を上げるのも納得のレースだった。自分が負けたレースだというのに、もはや痛快の域に達する爽快感である。そりゃカイフタラさんのレースぶりも人気になるわ。
1度
だからトレーナーには悪いけれど、「とみおが考案した対カイフタラさんの作戦がないと勝てません!!」みたいなレベルの期待をかけているわけではない。私の大逃げに明確な対抗策が無いように、カイフタラさんの極端な追込にも
結果、ゴールドカップは精神の削り合いの泥仕合になると私は見ている。トレーナーの言葉は流し半分に聞くのが正解だろう。とみおが分析力に秀でているとはいえ、今回は流石にね……。
「……君はどう考えている?」
「カイフタラさんのこと?」
「そうだ」
「う〜ん……
「……2度戦った君がそう言うなら、きっとそうなんだろうな」
「え、とみおは対カイフタラさんの作戦を考えてたんじゃないの?」
「……頑張って考えて色んな人に相談したけど、答えは出なかった。そんな都合の良いものは無いらしい」
おお、マジか。とみおのことだから、てっきり対カイフタラさんの何かを捻り出したものだと思っていた。とみおの目からしてもカイフタラさんの走りは究極に近いということか……。
「天才ステイヤーと称されるだけあって、彼女の走りには死角なしだ。ただ、俺達が勝利に近付けるような
「特定の条件……?」
「あぁ。ただの仮説だけどね」
とみおはそう言い放つと、モニターの横にホワイトボードを引っ張ってきてペンを走らせた。白いボードの中央左寄りに『特定の条件』と太文字で書いて、中央右寄りに『
何が何だか分からない私は、とみおが『特定の条件』『Kayf Tara』という見出しの周囲に書き始めた文字を目で追うことしかできない。『良』『稍重』『重』『不良』『4000m』『ハイペース』『スローペース』『スタミナ量』……細々と書かれた単語達に私は思わず首を捻った。一体何なんだ、これは……。
「まず初めに。カイフタラを最も
「え? 私はまあ……良馬場になったら1番勝ち目があるかなって思うよ。日本勢の私としては1番走りやすい状態なわけだし」
「……俺は逆の考えだ。世界で最も長い4000メートルのレースだからこそ、体力消費の激しい重馬場……もっと言えば不良馬場に勝算があると俺は考えている」
「……マジ?」
「大マジだ。理由を説明しよう」
とみおはホワイトボードに書かれた『良』『稍重』を消した後、ペン先で『スローペース』『ハイペース』の中間点を指し示す。
「カイフタラはそもそも良馬場より重馬場を得意とするウマ娘だ。しかしトレーニングの様子を見ていると、極悪の不良馬場においては彼女でさえも走りにくそうにしている。そもそも欧州の不良馬場なんて考えたくもない劣悪な条件なんだが――それはともかく。付け加えると、カイフタラはハイペースが苦手なんだ。ペースキープと異次元の末脚で何とかしちゃってるだけで」
「……つまり?」
「ドロドロの不良馬場を日本の良馬場並のペースで駆け抜ければ、カイフタラは速度不足と
「できるかそんなこと!! ……え? スタミナ切れって?」
とみおは「待ってました」と言わんばかりに口角を上げる。もったいぶったように咳払いすると、彼は『特定の条件』を指し示した。
「特定の条件は『不良馬場』『4000m』『ハイペース』の3つ。この3つの条件を満たした時のみ、
「ええ!? 何で!?」
「アポロレインボウ、エンゼリー、カイフタラ……この3人の中で最もスタミナに秀でているのが間違いなく君だからだ。ドロドロの不良馬場で容赦なく後続を磨り潰せば、最後に残るのは君だけになる」
「え、えぇ……? 大逃げについてきてくれそうなエンゼリーちゃん相手ならともかく……自分のペースを絶対に崩さないカイフタラさんが相手なんだよ? あの人をそんな上手く磨り潰せるのかな。カイフタラさんが私についてこないのって、多分そういうのをケアした結果でもあると思うし……」
「……先日の模擬レース、
「…………」
私の3000メートル通過タイムの3分13秒5に対して、カイフタラさんはスパートを開始していたため3分15秒7の時計を記録。そして決着タイムは4分16秒3――良馬場だったとはいえ、カイフタラさんは高低差40メートルを誇る過酷なトラックコースでレコードタイムを叩き出したのである。
「
「…………でも、日本の良馬場並のペースを維持しつつ、ヨーロッパの不良馬場4000メートルを大逃げしてくれって……それ私死ぬよ?」
「…………言うな」
「ですよね〜……」
基本的に日本のレースは世界中で見ても高速の決着になりやすい。高低差が少ないし、画一的なコースが多いしね。
それに対してヨーロッパは高低差10メートルなんて当たり前だし、コースの形は訳分からんし……とにかく時間がかかる。日本と同じだと思って走ると間違いなく失敗するのがヨーロッパだ。
「あ〜……昨日の夜中に深夜テンションで考えたんだが……やっぱりアポロ自身の負担が重すぎるんだよな。しかも、
「まあね……」
結局巡り巡って、結論は『
カイフタラさんは重賞を3連勝中。エンゼリーちゃんは7連勝中(重賞4連勝中)。私はG1を4連勝中。
『欧州長距離3強』が激突するゴールドカップまで残り2週間。世界中のファンの期待は膨れ上がっている。
『欧州長距離3強』連勝レースまとめ
エンゼリー(Enzeli)
9月未勝利→10月条件戦→10月国際競走(条件戦)→11月ジッピングクラシック(G2・2400m)→2月ロードランスステークス(G3・2600m)→4月シドニーカップ(G1・3200m)→6月ヴィコンテスヴィジエ賞(G2・3100m)
10戦7勝(7連勝中・重賞4連勝中)
主な勝ち鞍
G1:シドニーカップ
G2:ジッピングクラシック、ヴィコンテスヴィジエ賞
G3:ロードランスステークス
次走 ゴールドカップ(G1・4000m)
カイフタラ(Kayf Tara)
9月アイルランドセントレジャー(G1・2800m)→3月ドバイゴールドカップ(G2・3200m)→6月ヘンリー2世ステークス(G3・3300m)
10戦6勝(重賞3連勝中)
主な勝ち鞍
G1:ゴールドカップ、アイルランドセントレジャー
G2:ドバイゴールドカップ
G3:ヘンリー2世ステークス
次走 ゴールドカップ(G1・4000m)
アポロレインボウ(Apollo Rainbow)
4月 天皇賞(春)(G1・3200m)→5月ヨークシャーカップ(G2・2800m)
5月 東京優駿(G1・2400m)→10月 菊花賞(G1・3000m)→12月 有馬記念(G1・2500m)→4月 天皇賞(春)(G1・3200m)
14戦9勝(重賞2連勝中・G1 4連勝中)
主な勝ち鞍
G1:東京優駿、菊花賞、有馬記念、天皇賞(春)
G2:ステイヤーズステークス、ヨークシャーカップ
次走 ゴールドカップ(G1・4000m)