ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい   作:へぶん99

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122話:雨の中のゴールドカップ②

 

 勝負服に着替えて化粧を済ませた私達は、関係者用の通路を通ってパドックへと向かった。スタッフさんに綺麗におめかししてもらったのに、既に屋外は雨模様。1時間天気予報を見ていたトレーナーによると、雨脚はここから更に強まるとか。

 お化粧と勝負服の着付けをしてくれたスタッフさんには申し訳ないけれど、これから泥雨だらけにならないといけないらしい。化粧が崩れるのは勿体ないと思いながらも、私はスタンド裏側の出口から屋外パドックに向かって歩き出した。

 

 パドックでウマ娘の身体を冷やしてはならないという判断が取られたのか、屋外パドックの頭上には簡易的な屋根が設置されていた。普段よりも上等なスーツを着ていたトレーナーは、パドック中に傘を差せない決まりになっているせいかホッとしていた。

 それでも屋根下まで水滴の飛沫が飛んでくるくらいには悪天候が強まっている。横風が打ちつけるように吹き荒び、6月の末にしてはやけに肌寒い空気が足元に流れてきている。とみおは肘の裏を気にするようにスーツの濡れ具合をいちいち確認しており、その落ち着きのなさに私は彼の脇腹をつつくハメになった。

 

 確かに体感の風速はかなり強いものだ。スカートの裾を押さえていないと()()()()()()()()くらいには荒れているし、ふわふわにセットしたボブカットも既に形が崩れてしまった。髪型に関してはレースで崩れることが確定しているので気にならなかったが、パドックでのお披露目まで持ってほしかったのが正直なところである。

 

 京都レース場のような円形のパドックに姿を現すと、周囲を囲む人々から黄色い歓声が上がった。私は軽く手を振ってファンの人達にアピールしながら、脚を冷やさないようにパドックの外回りをゆっくりと歩き始めた。

 イギリスのレース場ということで、アスコットはその響きから想像できる通りの華やかさと壮麗さを持ち合わせている。曇天の淀んだ雰囲気を打ち払うかのような、色鮮やかな花で彩られたパドック。機能美とデザイン性を感じさせる巨大なメインスタンド。スタンド裏などに点在するピクニックスペースではテーブルや机が用意されている他、バンドの生演奏が行われている。雨が降り始めてから賑やかな音楽は聞こえなくなってしまったが、そのピクニックスペースにいた人達がパドックにやって来たらしく、パドック周囲は悪天候にも関わらず人波でごった返していた。

 

 パドックを歩きながらウマ娘の集結を待っていると、ジェイジェイザジェットバイシクルさんと思しき褐色ロングのウマ娘がやって来て、頭上のスピーカーから『ガガッ』という音が響いた。

 いよいよパドックのお披露目が始まる。

 

『今年もやってきました、伝統の一戦ロイヤルアスコット・ゴールドカップ。さて、歴史あるこのアスコットの地に新しい風が吹こうとしています。長距離三強に加えて、異国からの挑戦者が次々と参戦! G1ウマ娘の数は何と8人! まさに歴代最高レベルのレースとなるでしょう! そんな歴史的一戦を前にして、ロイヤルの名を冠したレース場には約12万人のファンが訪れているとの情報が入っています!』

『この悪天候で12万人ですか……素晴らしいですね。しかも、私の主観ですが、今まで以上に若者が多い印象を受けますよ。最近の情勢を鑑みても嬉しいの一言に尽きますねぇ』

『ええ、ええ。そうですね!』

 

 パドックの周りにはおよそ9000人分の収容スペースがあるらしいけれど、実況解説の言う通り12万人のファンがレース場に押し寄せたなら……それはもう焼け石に水という感じである。アスコットレース場の開場は午前11時のため、悪天候になると知っていながら現地に訪れたファンが大半とはいえ……レース観戦どころじゃない人がいるかもしれないな。

 また、正装に雨合羽は相応しくないと判断したのか傘を差している人が大半なため、パドック周りはパンパンのぎゅうぎゅう詰めになっていた。そもそも今日は『レディーズ・デイ(Ladies' Day)』とされるロイヤルアスコット開催3日目の木曜日。この日は重賞集中開催期間中で最も人出が多いことで知られており――

 

 そういえばルモスさんがこう零していた。「ロイヤルアスコットは1日あたり7万人を超える観客が訪れるんだけど、今年の木曜日はどれくらい集まるのかなぁ! 記録更新できるかも!」――と。今思い出すような大切なことではなかったけど、この盛況を見て喜ぶルモスさん達の姿を幻視して、少しだけ頬が緩む。

 

「G1ウマ娘が8人も出走するゴールドカップで1番人気になるなんて、アポロちゃんの実力は底知れないな」

「そうだな」

「俺達、あの子のことをずっと見てきたけどさ……アポロちゃんの背中、ジュニア級に比べて大きくなったなって」

「そりゃあトレーニングしてるから筋肉はつくだろ――という冗談はさておき、未だに信じられないよな。目標にしてたレースを勝ちまくってるし、グッズ展開も好調らしいし……遠いところに行っちゃった感じがするよ」

「はは、俺達が最初に目をつけてたのにな」

「あんまり勘違いすると厄介オタクだと思われ――あ」

「ん?」

「見ろよ、アポロちゃんが俺達に手振ってる」

「それこそ勘違いじゃないのか?」

「いや、めっちゃ手を振ってくれ――ウッ!」

「どうした急に――ア!」

 

 日本人っぽいファンの2人組を見つけたので手を振って笑顔を向けてみると、片方が膝から崩れ落ちてしまった。悪いことしちゃったかな、と思いつつ追い討ちするようにウインクすると、もう1人が卒倒した。……あの人達は何回もレース場で見たことがあるし、すぐ復活してくれるだろう。

 良い意味で緊張していないなと思いつつ前を向くと、私は突然爆発した歓声によって半強制的に背筋を反らされてしまう。パドックのお披露目が始まったのだ。

 

『――最内枠の1番となったのは、昨年から長距離王者として欧州に君臨する“天才ステイヤー”カイフタラ。僅差の2番人気です』

『イギリス出身の彼女は、前走のヘンリー2世ステークスでも危なげない勝利を見せています。ドバイではアポロレインボウを、サンダウンではジャラジャラを倒したことから、日本勢に対して2戦2勝と圧倒的な強さを見せていますね。日本勢キラーとも言えるでしょう』

 

 悪天候を吹っ飛ばすような大歓声。その先にいるのは覇気を纏うカイフタラさんだ。初めて対峙する勝負服。弾き飛ばされる上着。更にうねるような声が上がって、曇天の下に輝かしい光を帯びた勝負服が曝された。

 蒼を基調とした勝負服だった。右手に白の手袋、左手に黒の手袋を装着して、ロイヤルブルーのプリーツスカートは脛の辺りまで伸びている。肩には甲冑のようなシルバーの装飾、背中には青藍のマントを翻しており、腹部には白銀のコルセットを纏っている。スカートのスリットから見える足元は、青地にシルバーラインのニーハイと、両足とも黒のブーツを履いている。

 まるで女騎士のような勝負服だ。カイフタラさんがこの勝負服を身に纏うことで、青を基調とした爽やかな雰囲気と相反して、周囲には威圧感のような歪んだオーラが渦巻いている。王者然とした勝負服が鹿毛の煌めきを際立たせて、遠くから見ているだけで鳥肌が立ちそうだ。

 

 お披露目のためにステージに立つ彼女は、押し寄せた観客に向けて手を振るようなことはしなかった。その場に仁王立ちして、オレを見ろと言わんばかりに憮然と腕を組むだけだ。それでも彼女の仕上がり具合は完璧そのものだと分かる。ドバイの時と比べてもずっと()()

 額の流星を弄りながら、カイフタラさんが口元を弓なりに歪めた。腰まで届きそうな鹿毛のポニーテールが、マントと共に風を受けてたなびく。170センチを優に超える雄大な体躯も相まって、彼女はこの場を支配するに事足りる圧倒的な貫禄を醸し出していた。

 

 そんな彼女を見て、私は間違いなく嬉しく思った。あの模擬レースで闘魂注入してくれなかったら、私は自信を持ってここに立てていない。ゴールドカップ当日に『未知の領域(ゾーン)』の初見殺しを行わなかったのは、恐らくカイフタラさんが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。

 ……私は彼女に感謝しなければならない。そして、その感謝は私の勝利をもって示させてもらおうか。

 

『事前の生放送インタビューでは、アポロレインボウとの煽り合いが印象的でしたねえ』

『そうですね。アポロレインボウはそういうプロレスに不慣れな感じでしたが、2人のゴールドカップにかける想いが伝わってきましたよね』

 

 事前インタビューでは私とカイフタラさんが軽い言い争いのようなやり取りをする場面があった。まあ彼女から吹っかけてきたのだが――「アポロ、模擬レースのようにオレを失望させるなよ」「は?」「弱い挑戦者を倒しても意味が無いだろう。ちゃんと強くなったんだろうな?」「当たり前でしょう。舐めてるとぶっ潰しますよ」「その細い腕で?」「足で踏み潰すんですよ」「やめておけ。オレの靴の方が大きいんだから」という可愛らしいプロレスが行われて、SNSで大きな反響があった。

 SNSでは「こんなアポロちゃん初めて見た」「これがガールズトークちゃんですか」「こわい」「カイフタラ様かっこいい……」「カイフタラがこんな嬉しそうなの初めてだな」というコメントが散見され、ニュース番組でも私達のやり取りが翻訳されてお茶の間を賑わせたりしていたとか何とか。

 

 2番のスモーキースリルさん、3番のラビット役・ハニーハートビートさんの紹介が終わると、4番のチョコフォンデュさんがお披露目台に立つ。

 チョコフォンデュさんが勝利したG1・クリテリウムドサンクルーはジュニア級限定のG1だ。彼女はイギリスダービー前のG3・クラシックトライアルを勝利した後に骨折して、最近復帰したウマ娘である。私の陣営の優先順位は低いが、もしイギリスダービーやキングジョージ、凱旋門賞に出走していたら――と悔やまれることすらある実力者だ。しかし真っ白な肌に黒鹿毛が対照的に映えて、名前のせいか何だか美味しそうな雰囲気である。

 

 5番のサイレントジョーカーさんの次は、個人的に注目しているジェイジェイザジェットバイシクルさん。名前の長さにまず目を引かれるが、南アフリカにおけるダービー・サウスアフリカンダービーを勝利している上、ヨーロッパの洋芝への適応を示すかのようにG3・ヴィンテージクロップステークスを制している。また、脚質が自在というのも怖い。

 G1・サウスアフリカンダービーは追込で制し、G1・ケープタウンメットは思い切った先行策で勝利した。最近は逃げ・先行で重賞レースを勝っており、先のヴィンテージクロップSは差しでぶっちぎった。個人的に彼女の映像を見ていたところ、レース当日の気分で脚質を決めていると考えられる。もっと言うと、最近はレースの上位人気ウマ娘と同じ脚質を選択して真っ向勝負を仕掛けている疑惑がある。

 

『――6番、ジェイジェイザジェットバイシクル。6番人気です』

『……でっっ……かいですね。とにかく大きい。説明不要なほど長身です。ジェイジェイザジェットバイシクル以外の長身ウマ娘といえばカイフタラが挙げられますが、彼女はカイフタラの174センチを優に越す身長191センチ。その巨躯に相反して、アフリカンダービーを制するほどのスタミナとスピードを有しています。優れているのはパワーだけじゃないんですね。重戦車と言うよりは装甲車ですか』

『シニア級3年目のジェットバイシクル、まだ成長期が終わっていないらしいですよ。本人の目標は身長200メートルとのこと。言い間違いではありません』

『なるほど、人となりが分かりますね』

 

 そう。ジェイさんはクソデカい。身長191センチ、バスト108、ウエスト68、ヒップ100というとんでもないフィジカルの持ち主なのである。私との身長差が50センチ程もあるため、ジェイさんを前にすると幼子になった気分になる。

 そんなジェイさんにマークされて真後ろに位置取られるようなことがあったら……考えたくないレベルの消耗を強いられるだろう。

 

 アフリカ出身の彼女が何故ヨーロッパに来たかと言うと、アフリカのトゥインクル・シリーズは短距離を重視するため、中長距離ランナーの彼女は戦いの場所をヨーロッパに求めたらしい。他にも香港やオーストラリアを渡り歩いた経歴があり、「ヨーロッパのステイヤーがどれくらい強いのか楽しみだ」というコメントを残している。

 彼女的には同じくオーストラリアのレースを経験したエンゼリーちゃんが気になっているらしく、2人も仲良く煽り合いを繰り広げていた。この出来事からして、彼女はエンゼリーちゃんをマークすると見て良いだろう。

 

 7番のG1ウマ娘・ブストアルシーツォさんはアルゼンチンのダートレースを何度も勝利している。ダートも芝も問題なく走る万能性を兼ね備えており、マイルから超長距離を走る自信と実力を持っている。まさにアルゼンチンのハッピーミークと言ったところか。彼女はジェイジェイザジェットバイシクルさんを意識しているらしいが、当の本人はエンゼリーちゃんを気にしているため、ブストアルシーツォさんは一方通行の愛に嫉妬の炎を燃やしている。

 ……まだ半数のお披露目しか終わっていないのに、それぞれのウマ娘が向けている矢印を辿ると地獄のような複雑さだ。

 

 8番のシーユーレイターちゃんは昨年のイギリスセントレジャーを制したステイヤーだ。3番のハニーハートビートさんをペースメーカーとして万全の構えを取った上で、詰将棋のように勝ちに来る。明確な勝ちパターンを持った頭脳派の()()()と言えるだろう。

 今回は私の大逃げやカイフタラさんの追込でペースメイクをしづらいはず。4番人気ではあるものの、圧倒的なペース破壊を前にしてどう立ち向かってくるかは予想できない。彼女は大逃げである私を気にしており、ペースメイクの際の邪魔になることからラビット役のハニーハートビートさんとの戦いになるだろう。

 

 9番のオレンジサファイアさん、10番のスイッチオンさんの紹介の後、見慣れた顔がお披露目のステージ上に上がる。

 

『――11番、ジャラジャラ。5番人気です』

『日本で優秀な成績を残しているステイヤーです。ヨーロッパのタフなレース場に対応できるのか不安視されていましたが、前走のヘンリー2世ステークスではカイフタラの2着と好走しています。彼女にとっての問題はむしろ場ではなく、自分より人気上位のウマ娘――特に三強と呼ばれるウマ娘のレースぶりでしょうか』

『そうですね。日本ではアポロレインボウに、ヨーロッパではカイフタラに敗北していますから、この2人と同等の実力を持っているエンゼリーも高い壁となるでしょう。世界最長のレースで見事大物食いとなれるか? 注目しましょう』

 

 ――ジャラジャラちゃん。シンプルな勝負服を纏った彼女は、パドックの一部から上がった声に手を振って応えていた。彼女の視線の先にはジャラジャラちゃんの応援団と思しき集団がいて、ロイヤルアスコットという場で若干躊躇いが見られたものの、我慢できなくなった応援団がジャラジャラちゃんの応援幕を掲げていた。

 ものの数秒幕を掲げた後、彼らは自主的に応援幕を取り下げる。ロイヤルの名を冠する今のアスコットでは、応援幕を掲げるのは恐らくマナー違反。今年が若干緩くなっているだけで、即刻退場となってもおかしくなかっただろう。運営側としてもギリギリの許容ラインだったことには間違いないだろうが、内情を理解するジャラジャラちゃんには数秒のアピールで十分だった。

 

「とみお、ジャラジャラちゃんの闘志が濃くなったみたい」

「サプライズだったんだろうな」

 

 彼女もまた色々な人達の期待を背負っているのだ。しかし皮肉なことに、ジャラジャラちゃんの応援幕の中央にも『必勝』という言葉が刻みつけられているのが見えてしまった。

 ……生憎だけど、ただひとつの勝利は私が貰っていくよ、ジャラジャラちゃん。

 

 誰もが横一線に並んで1着を取れるレースに価値はない。人を惹きつける輝きというのは、残酷で過酷なレースの中にしかないのだ。

 つまり、ただひとりだけが勝者たり得る世界にのみ熱狂は存在する。人を惹きつける煌びやかな光は、夢を前にして敗北する者の上に輝いている。

 

 だから、夢を賭けて戦った結果、敗北者が生まれるのは世の常だ。

 そうでしょう? ジャラジャラちゃん。

 

 ステージを降りてくるジャラジャラちゃんと視線が交錯する。

 お互いに、嫌という程()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 

 日本代表だと呼ばれてきた私だけど、ジャラジャラちゃんもまた2人目の日本代表としてヨーロッパに遠征している。私も彼女も日本で戦ってきたライバルのために負けられない。それぞれの背中に踏み越えてきた夢がのしかかっている。

 お互いに、背景とか心情とか、色々違うけれど……全力で戦おうね。ジャラジャラちゃん。

 

「…………」

 

 少なくとも、私と彼女の間に言葉は要らなかった。交わすとしたらターフの上になるのだろう。そういう予感がしていた。

 

『続いてのウマ娘は、12番の“緑の天使”エンゼリー。3番人気です』

『彼女はアイルランド出身ですが、オーストラリアで連戦連勝を重ねたことで“オーストラリアの英雄”と呼ばれることもしばしばあります。いずれにせよ、人気も実力も確かなものがありますよ』

 

 再び、怒号のような熱狂が響き渡る。身長157センチ、深い鹿毛のウマ娘がステージに姿を現した。普段なら右耳に空けられている翡翠のピアスは、G1仕様のためか両耳に数十個という単位で空けられている。しいたけのような丸い瞳があちこちに向けられて、アピールのために背中まで伸びたロングヘアーが奔放に振り回される。頬に貼られた天使の羽のようなシールは増量中なのか、若干過剰な枚数にも思えるが――彼女の振り切った雰囲気の前に細かい指摘は無意味だった。

 

 深い緑を基調とした勝負服。上着として深緑のチェスターコートを羽織っており、下に深紅のシャツと深碧のセーターを着込んでいる。そのセーターは所謂「はいてない」と言われる絶妙な丈の長さとなっており、紅のニーハイソックスとの間に存在する絶対領域が彼女の美脚を際立たせている。右足には赤、左足には白のコンバットブーツを着用。ワンポイントとして緑の曲線が描かれている。

 エンゼリーちゃんの勝負服は、上半身の着込み具合に反して下半身が薄着である。その他にも、首元に純白のショートタイを締めていたり、チェスターコートの模様が緑一辺倒ではなく遊び心のある模様が描かれていたりと、細部にもこだわりの見られる意匠だ。

 

 何やかんや、エンゼリーちゃんと直接的に戦うのは今回が初めてになるのか。私としてはドバイ遠征辺りから本格的に注意を向けていたのだけど、運命のイタズラか今日という日まで対戦機会はなかった。

 この前の模擬レースでカイフタラさんとエンゼリーちゃんが戦っていて、結果は確かハナ差でカイフタラさんの勝利。見る人によってはエンゼリーちゃんが勝っていたとか同着とか言われていたけど、本気のカイフタラさんに食らいつける実力者なのは間違いない。

 

『エンゼリーはファッションと流行に目がないウマ娘として有名ですが、生放送のインタビュー中には珍しく強気な発言が目立ちましたね』

『そうですね。彼女にも譲れないものはあるということでしょう』

 

 事前インタビューで欧州長距離三強としてのコメントを求められた時、私達は印象的なやり取りをした。耳を絞っての睨み合いが起きたのはその時だ。

 アレはインタビュアーの質問が悪かったと思う。「3人の中で誰が1番強いんでしょうか?」なんて聞かれたら、負けず嫌いのウマ娘は当たり前のようにヒートアップしちゃうよ。まあ、冗談混じりに私が「もちろん私が1番強いです」と即答したのも悪かった。

 エンゼリーちゃんの()()()()目のハイライトが消え、カイフタラさんが「は?」と更に耳を絞る。後はもうインタビュアーを置き去りにしてプライドのぶつかり合いである。

 

「お前はオレに勝ったことがねぇだろ」

「勝ったG1の数が違いますぅ」

「直対の経験はないけど、長距離レースを連勝しまくってるウチがナンバーワンってことでいいよね?」

「お前は先週の模擬レースでオレに負けただろ」

「あァ? ウチが勝ってたって聞いたんですけど」

「2人ともやめなって。いっぱいレコード勝ちしてる私が1番強いんだから」

「アポロ……雑魚は黙ってな?」

「は?」

「何だよ。やるのか?」

 

 思い出すだけで恥ずかしくなっちゃう! 2人とも私が1番強いって認めてくれないんだもん。思わず口調が荒れちゃったよね。

 ……まあ、エンゼリーちゃんはパリピ系だけど、ちゃんと闘争心を持ってるってことだ。

 

 エンゼリーちゃんはステージ上で思う存分アピールした後、舌をペロリと出してからパドックへと降りていった。

 ……自由なウマ娘だ。あれだけ奔放に振る舞えるということは、自信の表れでもあるんだろうが。

 

 13番のゾーンエスプレッソさん、14番のゴールデンネダウィさんのお披露目が終わると、影に控えていたスタッフさんから声がかかる。手渡されていた上着をぎゅっと握り締めた私は、上着ごと肩を掴んだままお披露目台に上っていった。

 簡易ステージ上に続く階段を踏みしめる度、私に降り注ぐ視線が増えていく。歓声が大きくなっていく。上着を鷲掴みにして、捲り上げるように上空へと放り投げる。叩きつけるような雨音を掻き消すように歓声が爆発すると同時、120%に仕上がった私の勝負服がお披露目された。

 

『――15番の大外枠、“芦毛の妖精”アポロレインボウ。1番人気です』

『日本国内外でとてつもない人気を誇るウマ娘です。本人の自慢が無限のスタミナと可愛い顔面などと自称している通り、整った容姿によるファンも多くいますが――我々が最も期待してやまないのは彼女が生み出す波乱のレース・大逃げです。しかし私としては、大逃げというレーススタイルで4000メートルを走り切ることが出来るのか甚だ疑問なんですよね……』

『それは今から分かることですが……それはいくら何でも不可能だという諦めよりも、彼女ならやってくれるかもしれないという期待の方が大きいからこそ1番人気なんでしょうね』

『そうですね。カイフタラを凌いで1番人気になるということは、皆が不安以上に期待を寄せているのは間違いなさそうです』

 

 今日の私はいつにも増して絶好調だ。出力が上がりすぎて自分の身体を破壊してしまうかもしれない。それくらい肉体も精神も極まっていた。

 この日をどれだけ待ったと思ってる。夢を抱いたあの日から、私は()()()()()()()()()()()()()()()()()()をずっと渇望していた。世界最長であるこのレースしか有り得なかった。トレセン学園に入学して、メイクデビューまで漕ぎつけて、しゃかりきに走り続けて数年間。苦しんで、悔やんで、悩んで、楽しんで、喜んで、噛み締めて、背負って、色んなことを経験して。やっと辿り着いたゴールドカップ。

 

 負けられない。絶対に負けられないのだ。

 むしろ、勝てなきゃ嘘だ。

 ()()()()()()()()()()()()でさえ勝てなかったら……それはもう、私の夢が叶わないことと同義だ。カイフタラさんがいて、エンゼリーちゃんがいて、ジャラジャラちゃんがいて。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。数々の想いが交錯するレースで強くなれる。私はそういうウマ娘なのだ。

 

 既に闘志は全開。気持ちが高まりすぎた結果『未知の領域(ゾーン)』が中途半端に展開している。雪の結晶が最も集まっているのはカイフタラさんで、その次にエンゼリーちゃんと続いている。

 この雪の結晶が何を示すかは分からないが――無視していい情報ではないはずだ。恐らく()()()は、私にとって重要な存在の近くに集まるんだと思う。

 

 今はそういう風に納得するとして。私は大きなウマ耳をわざとらしく動かしながら、細やかな器官の制御まで可能なことをアピールしてやった。パドック周りに集結したファンからすれば、私がチャームポイントである大きな耳を動かしてくれた……程度の行為にしか見えなかったのかもしれないが、感情によって勝手に動いてしまうウマ耳を意識の制御下に置けているのは、私が非常に落ち着いているという証左でもある。

 それに気付いたのはレースに出走する14人のウマ娘とそのトレーナー達。燃え上がる感情と冷静な思考を両立している私はより厄介に映るだろう。

 

 私はチーフズグライダーさんに答えを教えて貰った。パーマーさん達に激情(燃料)を与えてもらった。ロイヤルアスコットでなければ応援幕を大々的に掲げてもらったはずだが、メッセージを貰えただけで十分以上である。

 私は頃合を見計らってパドックから立ち去り、スタンド下の関係者用通路へと移動した。とみおと最後の会話となる。作戦は既に決まっていたし、特に話すこともないが……手持ち無沙汰だった私は、とある昔話をすることにした。

 

「ねね、とみお。私と出会った時のこと覚えてる?」

「もちろん。図書室で色々と話したよね」

「そうそう。でさ、とみおが理想とするステイヤーって、4000メートルを走ることのできるウマ娘だったよね」

「あぁ……そうだ。菊花賞や春の天皇賞に勝つステイヤーを育てたかったのはもちろんだけど、いつかはゴールドカップかカドラン賞にも挑戦できるようなウマ娘を担当したいと思ってたんだ」

「……最強ステイヤーが私達の夢だもんね」

「…………」

「……ねえ、とみお。震えてるよ?」

「はは、今頃こわくなってきたみたいだ……」

「…………」

「……俺から言えることはひとつ。無事に帰ってきてくれ」

「――うん。私、今から最強のウマ娘になって帰ってくるから。ちゃんと待っててね」

「……ああ、待ってる。行ってらっしゃいアポロ」

「うん! ……アポロレインボウ、行ってきます!」

 

 改めて想いを確認した私は、軽く手を上げる。彼は何をして欲しいかすぐに分かってくれて、同じように手を上げた。そのまま私はとみおと爽快なハイタッチを交わして、振り返らずに進んでいく。

 私は土砂降りのターフへ。とみおは関係者用の屋外席へ。

 

 頑張るぞ。頑張ろう、アポロレインボウ。

 私は自らを鼓舞しながら、鈍色の世界へと駆け出した。

 

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