ゆるふわ芦毛のクソかわウマ娘になってトレーナーを勘違いさせたい   作:へぶん99

14 / 151
12話:さぁ、エンジンをかけ直して

 暑い夏はまだまだ続く。8月3週目のとある早朝。とみおと私――とハッピーミークと桐生院葵は、5日間の夏合宿に赴くことになった。

 

 本来ならば予算や実績の関係で合宿を行うことは出来なかったはずなのだが、桐生院ちゃんが幅を利かせてくれたおかげで私達もお零れにあずかることができたのだ。まぁ、幅を利かせたと言うか、ハッピーミークが7月後半に行われた函館ジュニアステークス(G3)を勝っていたため、その実績あって合宿の許可が出たのだろうが。

 

 ……ハッピーミークと桐生院葵。この2人、スペちゃんやグラスちゃん達有力ウマ娘が仕上がり切る前に、重賞を勝って賞金を積み上げておこうという魂胆だろうな。そんでもって、来年のクラシックに出走できるようにしておく……敵ながら良い作戦だ。余程仕上げに自信の無い限り、最速で行われるジュニア級重賞に出ようだなんてトレーナーはいない。そこら辺の戦略はさすが名門の出なだけあって、強かというか()()()

 

 ハッピーミーク陣営の戦略は当たっている。実際に、1997年、最強世代のほとんどは年が明けるまで出てこなかった。グラスワンダーとキングヘイロー以外は2歳の重賞に出走すらしていないのだ。セイウンスカイやエルコンドルパサー、スペシャルウィークは上がりの遅い馬だったと言える。

 

 ただ、それがこの世界でどう響くか。後者の3人はゆっくりと仕上げてくるはずだが、目標レースや収得賞金の関係で、ジュニア級重賞にはほぼ間違いなく出てくるだろう。

 

 エルちゃんは阪神ジュベナイルフィリーズか朝日杯フューチュリティステークスをジュニア級の目標にしているだろう。スペちゃんは、やはりホープフルステークスが大目標か。セイちゃんは……自分の手の内を見せることを嫌って、年明けまでは条件戦やオープン戦しか戦わないかもしれないな。

 

 史実とは違って、メイクデビューの時期が一律なため――今の時期はどのレースに誰が出るか分からない。もしかしたら、変な条件戦でスペちゃん達とひょっこり顔合わせするかもしれない。逆に、重賞に出たのに最強世代の誰とも当たらないかもしれない。ここら辺はとみおの嗅覚と情報頼りになるな。

 

「とみお、オーライオーライ! そろそろストップ!」

 

 色々と考えながら、私はトレセン学園所有のバンに向けて両手を上げた。運転席の窓から顔を出しながら、とみおは車をバックさせて私の前まで車を持ってくる。

 

「手伝ってもらって悪いな。本当は俺の役目なのに」

「全然いいって。ほら、荷物入れよ?」

「おう」

 

 今の私達は、合宿に向けて準備をしている真っ最中だ。古びた倉庫兼トレーニング資材置き場に向かってバンのお尻を突っ込み、今から荷物を積みこもうとしている。

 

 とみおが車から降りてきて、バックドアを開く。その際、袖を捲った彼の太く日に焼けた腕が目に入って、少しどきりとする。私の腕のふた周りは大きい。茹だるような暑さで張り付いたシャツが妙に艶かしい。……つーか、正直えっ――

 

「……アポロ? どうした、蚊でもついてるか?」

「っ! あ、いや! 別になんでもない! あは、あはは」

「……? まあいいや。じゃ、荷物運ぶからな〜」

 

 私はウホンと咳払いして、とみおの背中を追って古びた倉庫に押し入った。倉庫内は小蝿のような虫が飛んでおり、蒸し暑い。使い込まれた器材から漂う土と埃の臭いが強烈だった。目が痒くなってくるな……早いところ退散しよう。

 

 私達は筋トレ用の器材をさっさと運び出し、バンの後ろにぶち込んだ。ガチの器材なだけあって、ウマ娘の私でも重いと感じたくらいである。私は助手席に乗り込んで、体操服の胸の辺りを摘んでばさばさと扇いだ。

 

「……? どしたん、とみお。早く桐生院さん達のところに行こうよ」

「え? あ、ああ……そうだな」

 

 私はシートベルトを装着して、その窮屈さに喘ぎながら服を扇ぎ続けた。うーん……器材を運んでからトレーナーの視線が泳いでるというか……私を見てくれないというか。あれ? 見てくれてはいるな。私の胸の辺り。何かついてるのかな――

 

「っ!」

 

 そう思って自分の胸の辺りを見下ろしたところ、かなりの汗をかいていたため下着が透けていた。ちょっと大人っぽいソレが、肌に張り付いた体操服の下にありありと露呈している。

 

 しまった! 今日に限って目立つ色を着ちゃったみたい。私は両腕をクロスさせて胸を隠し、前傾姿勢になる。エンジンをかけようとしていたとみおがビクッと反応した。

 

「と、とみお! ……見た?」

「……見てねえよ、この野郎」

「威圧したってダメ。ほんとは見たんでしょ?」

「…………」

 

 苦虫を噛み潰したような顔をするとみお。この反応じゃ、さっきからチラチラ見てたに違いない。私の下着を。

 

 鋭く睨み続けていると、彼は観念したように首を縦に振った。

 その瞬間、私の頬はかあっと燃え上がるように熱くなった。

 

「――っ、この――ヘンタイ……っ」

「ご、ごめんっ! 本当にごめんって! 偶然目に入ったんだ! その、見るつもりは無くてっ!!」

 

 あたふたしながら身を仰け反らせるトレーナー。嬉しいような、恥ずかしいような、腹立たしいような。……いや、かなりムカつく。

 

 普段のトレーニングでは透けてもいいように地味目のスポーツタイプを着用するのが私達ウマ娘の常識だ。それが目に入るのはまあしょうがないと我慢できる。だけど、これを見られたのは普通に恥ずかしい。私はギリギリと歯を鳴らしながら怒りを沈めた。

 

「……今回は私の広い心に免じて許してあげるけど、次はないからね」

「お、おう。分かってる……分かってます。はい……」

 

 こうして敷地内を車が走る間、車内は無言が続いた。車内に取り付けられた日光避けのミラーを見ると、私の耳は後ろに思いっきり絞られていた。

 

 

 タオルで上半身を隠しながら帰寮した私は、シャワーと着替えを済ませるついでにハッピーミークちゃんを呼んでくることにした。とみおは桐生院ちゃんに連絡を取って、先に合流しておくらしい。

 

「お〜い、ミークちゃん!」

 

 マルゼンスキーに貰ったナウいゆるふわ私服に着替えた私は、ミークちゃんの寮室の前に立って扉を数回ノックした。返事はない。

 

「ミークちゃん?」

 

 いつまで経っても返事がないので、扉を開こうとすると――

 

 ぬっ……と現れた大きな影が私を呑み込んだ。

 

「わあっ!?」

 

 狼狽しながら振り向くと、そこには白毛のぼーっとしたウマ娘がいた。ハッピーミークだ。彼女は私より10センチはデカい。そりゃ、照明の関係で影に呑み込まれるわけだ。

 

「み、ミークちゃん……驚かせないでよほんと……」

「……ごめん。用事があって、今戻ってきた」

 

 ――ハッピーミーク。とみおの同期である桐生院ちゃんの担当ウマ娘、のんびり、ぼんやり、不思議ちゃんな子だ。口数も少ないし、何を考えているか察しづらい。

 

 だが、その実力は折り紙付きだ。この世代における最初の重賞ウマ娘と言えば、その強さが分かるだろう。私より遥かに強い。加えて、1000メートルから4000メートル、芝とダートを能力の減衰無く走ることの出来る適性お化けだ。

 

 その適性の広さもあって、彼女とは併走トレーニングや模擬レースをよくやっている。(ほとんど私が一方的にだけど)顔を合わせる度によく話す友達だ。

 

「ミークちゃん、そろそろ出発するってさ〜」

「……分かった」

 

 ミークちゃんは部屋の中から大きめのリュックを引っ張り出してくると、扉につっかえながら廊下に引きずり出した。確かに私の荷物も多いけど、こんなに持ってくる必要ってあるのかな……?

 

「い、行こっか。みんな下で待ってるからさ」

「……うん」

 

 私達は荷物を持って寮の外に出た。近くに見えたバン付近では、とみおと桐生院が語り合っていた。私達の姿を見て、とみおが「こっちこっち!」と手を振ってくる。

 

「おはようございます、桐生院さん」

「アポロさん、こんにちは。今日からよろしくお願いします!」

 

 私は桐生院に挨拶を済ませる。……うん、こうして見ると桐生院ちゃんはかなり美人さんだ。顔はかなり整っているし、誰にでも好かれそうな明るさを持っている。プロポーションも……私よりいい。ただ、彼女には疑惑を抱かざるを得ない。

 

 何て言うんだろう。自分の無知さ・危うさを自覚していないフリして、うちのトレーナーに近付こうとしている気がするんだよね。

 

 まあ、そういう感情は置いておいて、桐生院ちゃんには本当に感謝している。彼女に誘ってもらわなければ、貴重な合宿という機会を得ることは無かったからね。無論、私達だけを誘った理由には疑問が残るけど。

 ……なんで同期の連中を誘わなかったの? 桐生院ちゃん。あなた絶対とみお狙ってるでしょ。2人っきりの時間を作りたかったんでしょ。

 

 表面上は笑顔を取り繕いつつ、私は最後の荷物を車に詰め込んだ。大きなバンを借りてきたはいいが、資材や着替えなどを乗せた結果車内は早くも手狭になっている。ぎゅうぎゅう詰めにはなるが、何とか4人分のスペースはある。

 

 ハッピーミークは何も言わずに後部座席に乗り込んだが、どう見ても窮屈だ。真顔でぼーっとしているミークちゃんがシュールで可愛い。狭いのはやだし、とみおの隣に座りたいし、前に行くか〜。

 

 無言で助手席のドアに手をかけようとすると、桐生院さんがスススと近づいてくる。

 

「――アポロさん。桃沢トレーナーのナビをしなくちゃいけないので……助手席には私が乗りますよ」

 

 ――なるほどね。そういう体裁での牽制ですか。でも私には効きませんよ。その昔、車に乗ったことがあるのでね。

 

「いや、私が案内するので大丈夫です」

「えっ」

「とみおのナビは私がするので、桐生院さんは後ろに乗ってください」

「いや、しかし……」

 

 私は桐生院を黙らせるようにドアを開き、助手席に乗り込んだ。ガハハ、勝ったな!

 

 そうしてニヤリと口元を歪ませた私の下に、とみおの手が伸びてくる。

 

「いやアポロ。さすがに桐生院さんに譲ろうよ」

「えっ」

「桐生院さん、ささ……どうぞ」

「あ、失礼します!」

 

 とみおに首根っこを掴まれて外に持ち出され、空いた助手席に桐生院が滑り込む。そのまま私はとみおの手で後部座席に放り込まれた。ぽかんとする私の肩に、何かを察したようにハッピーミークの手が置かれた。

 

「…………」

 

 ちょっと虚しくなったが、これもまた経験か……と納得することにした。

 

 

 

 さて、こうして昼前に私達がやって来たのは、トレセン学園と深い関係のある宿屋である。都会の喧騒から離れた静かな田舎にあるその宿屋には、よくウマ娘が合宿に来るらしい。

 

 宿泊施設の周りには、ウマ娘が自由に走ることが可能な私道――なんと10キロ以上の距離を誇る――や、ちょっと古びてはいるものの整備されたトラックコース、数年前に建て替えられたという田舎には似合わない大きなトレーニング施設、自然を活かしたトレーニングができそうな低山がある。

 

 実質的にこの宿泊施設はURA傘下の施設と言っていいだろう。このレベルの設備は、巨大な組織のバックアップが無ければ維持費や管理費に莫大な費用を持っていかれる。

 

「こんにちは〜!」

 

 宿屋のおばちゃんに挨拶して、私達は5日間寝泊まりする部屋に入った。部屋割りはアポロレインボウとハッピーミークが一緒の部屋。桃沢とみおと桐生院葵は一緒の部屋だってさ。

 

 何でやねん! 桐生院、お前はバカなのか?

 

 桐生院に問い詰めたところ、「予約が2部屋しか取れなかったみたいで……」とのこと。違うだろ。2部屋しか取れなくても部屋割りのやり方ってものがあるだろうがよ。私ととみおが一緒の部屋になるべきなのは自明の理だ。そうでなければ、女3人が1部屋に泊まるべきではないのだろうか。私の感覚って間違ってるかな?

 

 さすがに我慢が出来なくなって、夕方のトレーニングが始まる前に私は桐生院をお手洗いの前に呼び出した。何を相談されるのだろうと身構える桐生院。いや、あなたが悪いんですからね。うちのトレーナーに唾をつけるようなことをして……。

 

「ねえ、桐生院さん。あなたこの前から私のトレーナーと距離が近すぎるんじゃないですか?」

「ふぇ?」

「ふぇ、じゃないですよ」

 

 桐生院は私の剣呑な雰囲気を感じ取って、一歩後退した。その先は壁だ。彼女の華奢な背中が木造の壁に追い詰められる。その怯えた瞳の中に映る自分は、とてつもない威圧感を噴出して耳を絞っている。ふと視線を落とすと、私の尻尾はマイナス感情を表すかのようにばさばさと揺れていた。

 

(……あれ? 何で私はこんなに怒ってるんだろう?)

 

 自分でも分からないくらい、アポロレインボウは怒り狂っている。ともすれば、桐生院を食い殺してしまおうかという殺意が漏れている。

 

 トレーナーを取られたくない、桐生院がトレーナーの隣にいる、そんなモヤモヤが心の底に漂っていただけ。ちょっと質問をしたかっただけ。そのはずだったのに、いつの間にか状況は悪化していた。

 

「桐生院さん? どうして目を逸らすんですか?」

 

 自分でも驚くくらい、冷たく低い声が出る。桐生院はすっかり怯え切って、その場に尻もちを着いてしまった。

 

 まずい――これ以上()()()()に身を任せたら、私は止まれなくなる。どうしてこの身体は言うことを聞いてくれないのだ。桐生院がとみおのことをどう思っているか、ちょっと聞いてみたかっただけではないか。

 

 私の狂気的な歩みは止まらない。思考がどす黒い何かに塗り潰されて、まともではなくなってしまった。

 

「答えてください。どうして私のトレーナーに近づくんですか?」

 

 桐生院の脇の下に手を入れ、無理矢理立ち上がらせる。間髪入れず、彼女の耳元で囁く。桐生院はびくりと身体を震わせた後、少しきょとんとした表情で私の方を見てきた。

 

 これが()()()()()()()――いや、()()()()()()()()()なのか? 少なくとも男だった頃には味わったことの無い、理性を塗り潰すほどの狂気。まさか、ウマ娘の爆発的な原動力の正体はこいつなのか?

 

 妙に冷静な思考と、先走る己の身体。暴走していた私の身体を止めたのは、他ならぬ桐生院の言葉だった。

 

「何でって――私が桃沢トレーナーに憧れているからですよ……?」

「……え?」

 

 私は目をぱちくりとさせて、非常に、何と言うか……きょとんとした。あまりにも拍子抜けな返答だった。脳幹に冷水をぶっかけられた気分である。身体の主導権が理性に戻ってきて、レース前のように振り撒かれていた威圧感が引っ込む。

 

 桐生院の瞳に嘘の色はない。と言うか、ウマ娘の規格外のパワーを知る桐生院が下手な嘘をついて私を刺激する必要も無い。

 

 桐生院はとみおに好意を持ってはいたが、それは同じトレーナーとしての憧れであり――異性に対する恋心ではなかったのだ。

 

 肩透かしを食らった気分だった。同時に反省する。完全にかかっていた。視野が狭くなっていた。勝ちたい、彼の1番になりたいという気持ちが大きくなりすぎて、私はどうかしていた。狂っていたのだ。

 

 ……初めて知った。ウマ娘の何かに対する執着心がここまで強いなんて思わなかった。勝利への執着心が他の何かに向かうと、ここまで異質なものに変容してしまうとは。……ウマ娘の本能をバカにしていた。闘争心溢れるこの種族を見くびっていた。大反省が必要である。

 

 それに、私はウマ娘の本分を忘れていた。私の使命は何だ?

 走ることだ。最強のステイヤーになることだ。

 

 忘れるな。私は雑魚だ。大逃げで運良く勝ち上がれてこそいるが、成績を見れば有象無象の中のひとり。3戦1勝、主な勝ち鞍は未勝利戦のみという――言わばごみかすのようなウマ娘だ。とみおを振り向かせるには、もっともっと結果を残さなければならない。

 

 強くなることが、全ての夢に通ずるのだ。

 

 ――現実を見ろ。うつつを抜かすなアポロレインボウ。思い上がるな。本能を向ける矛先を間違えるな。道を踏み外すな。()()()にかまけているな。走ることに集中しろ。

 

 今、お前は嫉妬の炎を燃やしている場合ではない。何のための夏合宿だ? 何故とみおと桐生院はお前をこの場所に連れてきてくれた? 強くなるためだ。自分の恋路がどうとか、気持ちがどうとか、桐生院がどうとか……そんなの合宿を計画してくれた2人に対する最悪の無礼ではないか。

 

 お前はこの貴重な時間を()()()()()()()に振り回されて無駄な合宿にしたいのか?

 

 違うだろ。これは勝つための合宿。

 アポロレインボウというウマ娘が、周囲の人間に恵まれていることを忘れるな。

 

「ご――ごめんなさいっ! 私、とんでもない早とちりを……!」

 

 私は桐生院に頭を下げた。本当に……私がバカだった。しょうもない気持ちひとつで、真剣に物事を考えてくれていた桐生院やとみおをバカにするようなことをしてしまった。

 

 恥ずかしさで涙が出そうになる。しかし、そんな私に桐生院は優しく声をかけてくれた。

 

「あ、あはは……別に気にしてませんよ。偶然とはいえ、そう見られてもおかしくないことが起きたのは事実です。同部屋にしたのはウマ娘のトレーニング論について語り合うため……だなんて信じてもらえなくて当然ですし」

「で、でもっ……」

「いえいえ、それ以上に()()()()()が分かったので――それでチャラということにしましょう」

「っ」

 

 桐生院は私の反応を見てにやりとしてから、ケロリとした表情で宿泊部屋に向かって行った。

 

 くそう……私のこの感情、マルゼンさんにも桐生院さんにもバレバレじゃん……。

 

「はぁ……私、本当に何をやってるんだか……」

 

 私はその場にへたりこんで、反省会を始めた。アポロレインボウは周囲の人間に恵まれている。恵まれすぎている。()()()()私のバカな行動を水に流してくれる桐生院さん、優しすぎる。

 

 ……そして、私が未熟すぎる。ウマ娘の身体になって4ヶ月が経過しようとしているが、こうしてウマ娘の獰猛な本能に触れたのは初めてだった。本来なら生まれてからの長い時間で、この激情との折り合いをつけていけるのだろうが……。

 

 私にはその時間がなかった。急ピッチでこの感情との付き合い方を知らなければならない。ただ、折り合いをつけるには、次の模擬レースや紫菊賞への時間が足りない。本能を押さえつけるのではなく、どこか別の領域に受け流すことしかできそうにないな――

 

「……そうか」

 

 そこまで思い至り、とあるアイデアが頭に浮かんだ。

 

 あの狂おしいほどの独占欲――激情のうねりの矛先を、()()()()()()()()()()()()。それが出来れば私はもっともっと強くなれるはずだ……と。

 

 あぁ――今後の目標が出来た。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――そっくりそのまま()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それを可能にして、やっとハッピーミークを含めた()()()()()と同じ土壌に立てる。オープンクラスはもちろん、1勝クラスは厳しい世界だ。

 

 余裕なんてない。トレーナーとの関係にドキドキしている暇なんてない。その惚けていた1秒をトレーニングに費やすのだ。積み重ねた1秒間が、他のウマ娘との差を埋めてくれる。

 

 忘れるな。私は弱い。

 夏合宿で大きな成長を見込めなければ、十中八九アポロレインボウの夢は潰える。

 

「……()()()()

 

 私は己の両頬を叩いた。

 ()()()――という言葉を、本来の意味で初めて使った瞬間だった。

 




はやる気持ちを抑え、顧みて反省し、着実に成長しつつあるアポロレインボウ。でもこの子重くない?
次回は灼熱のトレーニング回です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。